貯蓄経済研究

消費税再増税先送りは選挙の争点になりうるのか

第47回衆議院選挙が公示された。1,191人が立候補し、少数精鋭の選挙戦が始まった。安全保障の在り方、原発再稼働、国会改革など政策課題は多々あるが、今回の選挙は経済再生=アベノミクスの成否が最大の争点だそうだ。そもそも、安倍首相の解散の大義が、今年4月の8%への消費税増税による景気低迷が深刻であることから、来年10月からの消費税の10%への増税を1年半先送りせざるをえないと決断したことの是非を問うというものだ。それだけに経済政策、財政政策が焦点にならざるを得ない。予定通り、消費税増税を実施して消費が一段と冷え込み、企業収益が落ち込んで賃金も上がらない状態に陥っては、税収の増加も期待できず、財政はますます逼迫するというのが決断の理由らしい。経済再生を軌道に乗せ国民にも応分の負担を求めて税収増を図り、政策の集中と選択により歳出削減を達成して財政再建を確かなものにすることは、誰が取り組んでも至難の業だ。

それでは、選挙を戦う各政党は経済・財政政策についてどのような主張をしているのか、主要政党の衆議院選挙に向けて発表された公約の一部を見てみよう。

① 政権与党である自民党は、

『<経済再生と財政再建の両立を> 
デフレからの脱却を確実なものとするため、経済最優先で政権運営にあたっていくとの決意の下、「三本の矢」を強力に推進し、経済再生と財政再建を両立させながら、雇用や所得の増加を伴う経済好循環の更なる拡大を目指します。物価安定目標2%の早期達成に向け、大胆な金融政策を引き続き推進します。国・地方の基礎的財政収支について、2015年度までに2010年度に比べ赤字の対GDP比を半減、2020年度までに黒字化、その後の債務残高対GDP比の安定的な引下げを目指します。2020年度の黒字化目標の達成に向けた具体的な計画を来年の夏までに策定します。消費税については全額、社会保障の財源とし、国民に還元します。経済再生と財政健全化を両立するため、消費税率10%への引上げは2017年4月に行います。また、軽減税率制度については、関係事業者を含む国民の理解を得た上で、税率10%時に導入します。2017年度からの導入を目指して、対象品目、区分経理、安定財源等について早急に具体的な検討を進めます。』
(詳細はhttps://special.jimin.jp/political_promise/)

② 連立を組む公明党は、当面する重要政治課題の中で、

『 1.当面の経済財政運営と財政健全化
自公連立政権が経済最優先で政権運営に取り組んできた結果、企業収益、雇用情勢は大きく改善、今年度は賃上げの動きが広がるなど、日本経済は着実に好転に向け歩んでいます。しかし、消費税率8%への引き上げ後の反動減の影響等、個人消費を中心に回復が遅れ、エネルギーや原材料のコスト高は、特に地方の生活者や中小企業を圧迫する要因となっています。まず、GDPの6割を占める個人消費の回復、投資喚起を促す「緊急経済対策」を講じます。企業収益の増加を雇用拡大、賃金上昇へとつなげ、消費・投資の拡大によりさらに企業収益を増やす「経済の好循環」を力強くさらに進め、経済成長の果実を家計や地方、中小企業へと行き渡らせます。財政健全化にあたつては、中長期的に国・地方の債務残高GDP比を安定させ、長期的には引き下げることを基本とし、2017年4月の消費税率10%への引き上げを確実に実施します。国・地方のプライマリーバランスについて、2020年度に黒字化するという財政健全化目標の確実な達成をめざし、早期に信頼できる「中期財政計画」を策定します。 』
(詳細は https://www.komei.or.jp/campaign/shuin2014/manifesto/manifesto2014.pdf)

③ 民主党は、

『●行き過ぎた円安に対策を打ちます。補助金交付を通じたガソリン・軽油などの価格高騰対策を講じるなど、円安によるコスト増大に苦しむ生活者、中小企業、農林水産業者を支援します。「過度な異次元緩和」よりも、経済、財政状況、市場環境を踏まえ、「国民生活に十分留意した柔軟な金融政策」を日本銀行に求めます。
 ●財政健全化を進め、未来への責任を果たします。予算を消化できないようなバラマキ公共事業は見直し、復興や真に必要なインフラ整備を確実に実行します。「財政健全化推進法」を制定します。
 ●消費税引上げは延期します。アベノミクスによる国民生活の悪化、約束していた社会保障の充実・安定化及び議員定数削減が果たされていない状況を踏まえ、消費税引上げは延期します。複数税率だけでなく、消費税の還付措置(給付付き税額控除)の導入について検討を行い、低所得者対策を確実に講じます。』
(詳細はhttp://www.dpj.or.jp/special2014/manifesto)

④ 維新の党は、

『 1.「身を切る改革」、「徹底行革」で財源を生み出す
 ●国民との約束である「身を切る改革」(定数・歳費)を徹底。国会議員歳費を3割カット、議員定数を3割削減
 ●独法改革、官民ファンドや基金の整理、政府資産の売却により財源を生み出す。 
 ●経済成長/歳出削減/歳入改革のバランスの取れた基礎的財政収支(プライマリーバランス)赤字ゼロへの工程表を作る。
 ●「財政責任法」の制定。国・地方の財政制度に発生主義と複式簿記を導入する。国の債務残高低減等、財制運営の基本方針を定める。』
(詳細は https://ishinnotoh.jp/election/shugiin/201412/pdf/manifest.pdf)

各政党に共通して言えることは、経済再生・財政再建への具体的道筋が具体的に示されていないことだ。数値目標はあっても達成への工程が十分明示されておらず、政策の項目が羅列してあっても具体的内容がはっきり見えない。例えば、自民党は、従来通り、2015年度までに2010年度に比べ基礎的財政収支の赤字の対GDP比を半減、2020年度までに黒字化を目指し、そのため来年夏までに具体的計画を策定するとしているが、今年度まで予定された赤字の縮減は出来ておらず、既に2015年度の半減は困難となり、2020年度の黒字化も事実上無理ではないかという見通しが出ているような状況でどのような新しい計画を作るのか皆目見当がつかない。また、民主党は財政健全化推進法を策定としているが、その具体的内容の一端さえも記載されていないのにどのようにして国民に判断しろというのだろうか。

選挙公約なのでそこまで細かく記載できないということもあろう。衆議院議員の任期4年の間の約束だという言い訳も聞こえてきそうだ。何より、問題なのは、国民に痛みや負担をお願いする政策にはどの政党もほとんど触れていないことだ。わずかに、維新の党の社会保障制度改革の項目に受益と負担のバランスを適正化するという記述が見られるだけではないだろうか。

国の財政状況は悪化の一途を辿り、今年度末には債務残高は1,143兆円に達する見通しだ。GDP比254%にも上る先進国中最大の財政赤字を抱え、具体的解消の方途さえ見出せない事態ではないだろうか。人口減と高齢化、地方の疲弊といった構造的な社会現象が進んでいる中、例え経済再生が達成されたとしても、従来のような高い経済成長は望めない。税収の大幅な増加は期待できず、現行水準の社会保障が維持できなくなるのは目に見えている。そのような厳しい現実を何ら説明することもなく、国民にとって心地よいバラマキ型を中心とした政策だけを訴えて政権を取ったとしても、その後、公約では全く触れなかった多大の負担を求めざるを得なくなる事態に陥ることが許されるのだろうか。

消費税の再増税を先送りした安倍首相の決断は、ムーディーズが日本国債格付けをA1へ一段階引き下げるという反応を引き起こした。その理由として、ムーディーズは、第1に「財政赤字削減目標の達成可能性に関する不確実性の高まり」、第2に「デフレ圧力の下での成長促進策のタイミングと有効性に対する不確実性」、第3に「それに伴う中期的な日本国債の利回り上昇リスクの高まりと債務負担能力の低下」を上げたという。2020年度の基礎的財政収支の黒字化への不信、アベノミクスの未熟な成長戦略による経済成長の低迷、国債を買い増しする日銀の異次元の金融緩和が結果的に金利高騰を防いでいるだけだという市場の脆弱性というのが本音だろう。日本国債は最低の格付けとなり、G7中、イタリアに次ぐ低ランクとなった。

ムーディーズさえ危機感を表明する消費税再増税の先送りに税収減への代替策も財政赤字削減の長期的見通しも明確に示さず、空疎な景気回復と財政再建の両立という掛け声だけがこだまする選挙戦に、国の財政に対する漠然とした不安を感じているに違いない国民は投票行動でどのように意思表示するのだろうか。

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