貯蓄経済研究

累積債務の対GDP比縮小で財政再建が進んでいると言えるのか

「2015年度に対GDP比でPB赤字を半減するという目標を立てた。2020年度にはPBの黒字化を目標としているが、これは政府の税収と政策的経費との関係になっている。勘案するものは果たしてそれだけでいいのか。それだけで全て見てしまうのではなく、累積債務に対するGDP比、世界でも割とこれを指標としているところがあるが、GDPを大きくすることで累積債務の比率を小さくすることになる。そこで投入された国家資源がしっかりとしたストックになっていくことについて、どう評価するかという観点から伊藤議員はおっしゃったのだろうと思うが、もう少し複合的に見ていくことも必要かなと思う。」

2014年12月22日の経済財政諮問会議での安倍首相の発言である。

2015年2月12日の同会議では、内閣府は、2015年度の基礎的財政収支(PB)は、16兆4千億円の赤字となる見通しであり、毎年名目成長率3%の高い成長が続くと仮定しても、黒字達成目標の2020年度でも9兆4千億円の赤字が残るとの試算を示した。もちろん、2017年度からの消費税率10%への再増税は織り込み済みだ。

上記二つの事実は、基礎的財政収支(PB)を2020年度に黒字化するという目標の達成が困難になってきたので、財政再建の取組みが遅れているという批判を招かないために、アベノミクスの第三の矢である成長戦略のもたらす実績を反映させて国内総生産(GDP)を拡大することにより、国の累積債務は減らさなくても小さく見せることが出来るのだから、このような見方も検討すべきではないかと言っているように見える。

早速、2015年2月17日付けの日本経済新聞は、次のように論評した。

「景気が良くなって成長率が高まれば、普通はお金の需要が増えて、金利が上がる。それは財政を圧迫する要因になる。国債の利払い費が増え、債務残高が膨らむからだ。成長率が高まるなかで債務残高のGDP比を小さくするには、金利を成長率より低くとどめておく必要がある。今は日銀が異次元緩和で市場から国債を買い上げ、金利を抑え込んでいるからいい。だが、デフレから抜け出したあとも国債を大量に買い続ければ、世の中に出回るお金はどんどん増えてインフレが止まらなくなるおそれがある。そもそも高い成長率を実現できるかはわからないし、景気がよくなれば金利が何かの拍子に跳ね上がるリスクは高まる。成長をひたすら追い求める「上げ潮」路線に頼る財政再建は、危うい賭けに見える。(中略) 財政再建に近道はない。」

消費税率の10%を超える引き上げなどの新たな増税や社会保障サービスのカットなど大幅な歳出削減といった国民に痛みの生じる決断を断行し、まずはPBを黒字化し、毎年度予算の政策経費に赤字国債を投入しなくて済む状況を作る。そして、少しづつでも累積債務を縮減していく地道なやり方以外財政再建の方途はないのではないか。確かに、累積債務のGDP比を見るのも重要だが、それは累積債務をGDPの範囲内に収めている国の話だ。GDPの2倍を超える債務を有し、毎年それが増え続ける国で、そのような見方を唱えてもただの気休めに過ぎないような気がするが、どうだろうか。それよりも、国民に危機的財政状況を正確に説明し、再建のためには早急にどのような厳しい政策を取らざるを得ないか、もしそれを回避して今のような国債発行に頼る予算編成を続けた場合、いつ頃どのような事態が生ずるか、つまり、今の大幅な増税や歳出削減と、近い将来の財政破綻による塗炭の苦しみのどちらを選択するかを示し、国民の判断を一刻も早く問うことが大事だと思える。どちらも痛みは尋常ではないだけに、国論は二分され、政権は二転、三転するだろう。痛みの発生する時期が異なることから、前者は現世代を、後者は次世代を直撃すると考えられ、世代間の激しい対立を生むかもしれない。だが、たとえ、国民の判断と政治の決断を先送りしても、それは単に後者の選択をしたと同じ結果を生むに過ぎない。

社会学者橋爪大三郎東京工業大学名誉教授と経済学者小林慶一郎慶応義塾大学経済学部教授の共著『ジャパン・クライシス』は、我が国財政政策の行きつく先をハイパーインフレと予想した最悪のシナリオを提示し、その地獄に陥らないためにも、消費税率の35%への引き上げと社会保障費の大幅カット等大胆な歳出削減による地道で長期的財政再建を提唱している。今得られる具体的なデータを示し、より詳細に、かつ出来るだけ分かりやすく記述しているので、経済財政に精通しなくても誰にでも理解可能で、一読の価値があると思う。このような議論に接することにより、一人でも多くの国民が国の財政について関心を持ち、財政再建を自分のこととして考えることが大事だ。事ここに及んでは苦痛を伴わない解決策はなく、少しでも苦痛を和らげるために如何に早く治療に取りかかるではないだろうか。

一方、欧州債務危機の発端となったギリシャでは、EUの支援を受ける条件となっている厳しい財政緊縮策に反発する国民が多数を占め、この緊縮策の見直しを訴えるチプラス政権が誕生した。ギリシャ新政権は、EUの財務相会合で緊縮策の緩和を要請したが、ドイツ、フランスを始めとしたEU各国はこれを受け入れず、もし緊縮策を取らないのなら支援を中止すると表明した。現役時代の給与を上回る退職後の年金を支給するなど放漫な財政運営を行い、国民に手厚い保護を与え続けた結果陥った財政危機を乗り切るために、国民に厳しい緊縮策の実施さえ説得できない国への支援など継続できないと判断するのは当然ではないだろうか。ただでさえも、債務危機を目前にしている国はギリシャだけでなく、スペインやイタリア、アイルランドなど引きも切らないのだ。2015年2月24日、ギリシャ政府は、脱税の摘発強化、年金改革などの聖域なき歳出の見直し等を盛り込んだ財政構造改革を策定してEUに提出し、当面4か月の支援継続を取り付け、ひとまずデフォルトを免れた。だが、国内では早くもチプラス政権に対し公約違反の声が上がっており、恒久的なEU支援の取り付けに向けて求められる緊縮策の徹底と強化の狭間で、難しい政治決断が続くものと考えられる。債務危機に陥ったギリシャの苦悩は、10年後の我が国の姿だという指摘を杞憂と切り捨てることはできるのだろうか。

再び、日本経済新聞(2015年2月21日電子版)に戻る。

「首相と黒田氏が出席した(2月)12日の経済財政諮問会議。そこでの隠されたやりとりが関係者に波紋を広げている。『黒田総裁は珍しく自ら発言を求め、財政の信認が揺らげば将来的に金利急騰リスクがあると首相に直言した』(関係者)。ところが、5日後に明らかになった議事要旨では、黒田氏の発言の大半が消え、『(財政再建について)しっかり議論していくべきだ』などのあいまいな表現ばかりが残った。会議での具体的なやりとりは『オフレコの部分があった』と出席者は言葉をにごす。」

日銀にデフレからの脱却のため異次元の金融緩和を断行し、2%の消費者物価を2年で達成することを求めた安倍首相と、追加緩和の際の政策決定会合で反対意見を抑えて見事にその負託に応えている黒田総裁との蜜月が終焉に近づいているようだ。経済再生による企業業績の向上と賃金の上昇による消費拡大がもたらす税収贈を見込み、財政再建に道筋をつけてもらいたい黒田総裁は、異次元の緩和を継続しても思ったとおりインフレが進まないこともあり、アベノミクスの成長戦略が結果を出していないことに苛立っているのではないか。経済財政諮問会議での発言を明らかにできないような事態は、財政再建に最も強力なリーダーシップを取るべき二人の間に亀裂が入りつつあるという憶測を裏付ける出来事であり、財政再建はますます遠のくばかりではないだろうか。

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