郵政研究所ディスカッション・ペーパー・シリーズ No.1996−6

生命保険業の産業組織の再検討
郵政省郵政研究所客員研究官(京都大学経済研究所助教授)

岩本 康志
郵政省郵政研究所研究官

古家 潤子
1996.8.30

生命保険業の産業組織の再検討
岩本 康志
古家 潤子
要約
 本稿では,わが国の生命保険業において,規模の経済と「護送船団行政」の存在を検証する。1979年から1994年度までの21社のパネルデータによる分析では,従来の研究よりも大きな規模の弾性値が確認された。従来の研究では,保護行政による純地代を大会社の配当あるいは剰余から検出しようとしたが,配当が横並びで決定されるならば,準地代は含み益に反映されると考えられる。そこで,含み益を説明する回帰をおこなったところ,規模の正の効果が確認された。

A Reappraisal of the Industrial Organization of Japanese Life Insurance Companies
Yasushi Iwamoto
Junko Koie
Abstract
This paper tests for the existence of both scale economies and “convoy administration,” i.e.,government policies that favor producers at the expense of consumers, in the Japanese life insurance industry. Using panel data of 21 life insurance companies from 1979 to 1994 we find scale economies with bigger elasticities than in previous studies. Earlier research failed to detect quasi−rents resulting from convoy administration in dividends or profits of large companies. If dividends can be manipulated, however, the quasi−rents will be reflected in the value of latent assets. Our regression analysis confirmed that there was a positive effect of firm size on the value of latent assets.



生命保険業の産業組織の再検討*

岩本 康志**
古家 潤子

はじめに
T 生命保険会社の費用構造と効率性
U 費用構造の実証分析
V 生命保険業の産業組織
W 産業組織の実証分析
おわりに
補論 生命保険会社の費用構造への代替的接近

*本稿の前半部分は,第8回郵政研究所研究発表会(1996年5月16日)で発表された「生命保険会社の費用構造と効率性:パネルデータによる分析」を加筆・修正したものである。本稿作成の過程で,大阪大学筒井義郎教授,京都大学人見光太郎講師,大阪大学堀敬一助手から受けたコメント,助言は本稿の改善に大きく役立った。ここに記して感謝の意を表したい。
** 岩本康志(郵政研究所客員研究官,京都大学経済研究所助教授),古屋潤子(郵政研究所研究官)





はじめに

 生命保険会社の経営および生命保険業の産業組織を考えるに当たって,重要な問題とされてきたものは2つある。第1は,生命保険業に規模の経済が存在するかどうか,という問題であり,第2は,政府行政が生命保険業にどのような役割を担ったか,である。この2つの問題は,独立の問題として論じられるのではなく,密接に関連している。わが国の生命保険業が競争的な市場であるのか,それとも「護送船団行政」と呼ばれるような政府規制により,非効率的な会社が保護されている非競争的な市場であるのかは,消費者の利益に大きな影響を与える重要な問題である。そしてもし規模の経済が存在し,かつ非効率的な企業が淘汰されないような保護がされているならば,大会社(平均費用の低い)は,規制による超過利潤を享受することができる。
 規模の経済の検証については,これまでの実証研究の結果を整理した井口(1996)によれば,13の研究のうちの1つをのぞくすべてが,規模の経済の存在を確認している。ただし,生命保険業においては,その生産物は何か,規模とはいかにして計測するかについて,製造業よりもはるかに困難な問題をもっており,同じ金融業である銀行業に比較しても,より深刻である補足1。生命保険業の事業の多様性に着目した範囲の経済の分析も,高橋(1990),筒井・関口・茶野(1992)によっておこなわれている。
 保護行政の分析も,すでに多数おこなわれてきた。既存の研究でおこなわれた検証方法の代表的なものとして,つぎの2つがあげられる。まず第1は,政府規制があれば会社は自由に価格設定できず,価格は横並びになるが,競争的な市場では,価格はばらつく,と考えて,価格のばらつきで判断する方法である。第2は,規制のもとで発生する超過利潤の存在を探索しようというものである。

補足1
銀行業の(規模の経済を含む)費用構造の実証分析の最近の展望に,堀(1996)がある。

 産業組織論の実証研究の手法を生命保険業に適用した先駆的業績である筒井(1989)は,この両者の試みをおこなっている。筒井(1989)は,契約者配当/保険料(これを「配当割合」と呼んでいる)の変動係数が1976年度以降大きくなっていること,利潤率(当期未処分利益/保険料で定義)と平均費用の相関が1976年度以降に,それまでの有意な正の相関から高い負の相関に逆転していることから,生命保険市場が競争的な方向へ転換しはじめたとのべている。しかし,この関係は新規参入企業を除外した20社について見るとそれほど明確ではないことも指摘されている。
 生命保険業における「護送船団行政」は「通念」として確立されているが,この通念に挑戦したのが,小宮(1989)の反証である。小宮(1989)は,生命保険市場で非効率的な中小会社が保護されていたとすれば,
@ 大会社は中小会社よりも成長率が高い
A 大会社は中小会社よりも利潤率が高い
B 大会社は中小会社よりも配当水準が高い
という帰結が得られるはずであると考えた。しかし,小宮(1989)の実証分析ではこうした事実はいずれも観察されず,護送船団行政の通念は誤りであると結論づけている。
 本稿では,生命保険会社に規模の経済は存在するか,生命保険市場は競争制限的であったか,という2つの問題を中心に議論する。規模の経済の検証に関しての本稿の主眼は,以下の点である。
 すでにのべたように,生命保険会社は費用構造やサービスの性格の異なる商品を同時に販売しており,推定に用いられるデータが,理論で想定されたような費用と規模の関係を反映しているかどうかに大きな問題がある。この問題への対処法は3つある。まず,商品構成の違いをコントロールするための説明変数を追加する方法であり,井口(1985),松岡(1984,1985),野崎(1985)等によって採用されている。第2は2次元法との規模変数を考えた生産関数あるいは費用関数を推定する方法であり,筒井・関口・茶野(1992)によっておこなわれている。第3は,時間的にもっとも新しく採用されたものであり,会社固有の事情による費用の違いをパネルデータを用いて会社ダミー変数によって識別する方法である。わが国では,米山・宮下(1995)における生産関数の推定が先駆的なものである。
 本稿では,パネルデータを用いた費用関数を推定して,米山・宮下(1995)の研究を補完するが,同時に,上でのべた2つの問題点への対処法も採用する。
 生命保険業における護送船団行政の分析における,本稿の主眼となる論点は以下の3つである。
 第1は,価格のちらばりによって,競争的かどうかを判断することは可能であるかどうかである。価格形成に規制があれば価格のちらばりは存在しないであろう。しかし,同質的な商品で完全に競争的あるならば,「一物一価の法則」により,価格はばらつかなくなる。したがって,価格のばらつきでは競争的であるかどうかは判断できない。
 第2は,これまでの研究での配当の性質に対する仮定についてである。生命保険商品の価格とは保険料から配当を差し引いた,契約者から生命保険会社への純支払額である。保険料がほぼ規制されていたとすると,価格のばらつきはすべて配当のばらつきにより発生する。しかし,この議論では,配当は生命保険会社の経営活動の結果であることが前提条件である。しかし,実際には先に必要配当額が決まり,それに合わせて剰余が決定されると考えた方が説得的である。
 第3は,生命保険産業が競争的であるかどうかは,価格のちらばりではなく,規制によって発生した準地代をつきとめることによって,検証すべきである。小宮(1989)は,それを剰余,配当に求めたが,規模との相関関係は見られなかった。上の議論は,準地代のゆくべき先は,含み益であることを示唆している。含み益と規模との関係が,政府規制の影響を考察するのに重要な鍵となることを指摘する。
 本稿の構成は以下の通りである。T節では,生命保険会社の費用構造と効率性を検討する。U節では,パネルデータによる生命保険会社の費用関数を推定し,規模の経済,範囲の経済,費用効率性の検証をおこなう。V節では,生命保険業の産業組織をめぐる論点を整理する。ここでは,「保護行政は存在した」という視点から,これまでの実証研究の結果を展望する。そのなかで,小宮(1989)による護送船団行政への反証も,護送船団行政と矛盾なく解釈できることを論じる。W節の実証分析では,まず,配当を規定する剰余水準と規模の関係をパネルデータによる回帰で調べ,大会社ほど剰余水準が高いという現象は観察されないことを見る。つぎに,規制による準地代の行き先と見なされる含み益の水準と規模との関係を検証したところ,ここには統計的に有意な正の関係が観察された。最後に,結論が要約される。また補論では,本稿で使用される事業費のデータが,会社の費用構造,経営効率についての有益な情報をもたらしているかどうかを,別の方法で検証する。


  T 生命保険会社の費用構造と効率性

 1 2つの問題

 わが国の生命保険業に関する,規模の経済性および範囲の経済性の実証研究については,井口(1996)による展望が参考になる。それによれば,規模の経済性に関する13の研究のうち,1つを除いて,規模の経済があるとの結果を得ている。範囲の経済性については,筒井・関口・茶野(1992)が,範囲の経済性はないという結果を得ている。
 生命保険業において規模の経済を観察するときの大きな問題点は2つある。
@ 生命保険会社の販売する商品は同質的なものではなく,1次元の規模変数に集約することは危険かもしれない。商品構成の違いを考慮にいれた分析が望まれる。
A 護送船団行政のもとでは,すべての企業が生産関数のフロンティア上にあるという前提が成立するかどうかが問題である。効率性を検証しようとする研究では,現実にかかった費用と生産フロンティア上での費用を識別しようとしている。わが国の生命保険業への適用としては,中馬・橘木・高田(1993)がある。

 2 商品構成と費用

 第1の問題点をさらにくわしく見てみよう。生命保険産業の規模の経済の検証をおこなったこれまでの実証研究のすべてに共通する問題点は,生命保険会社の規模をどのように計測するかという問題である。もっともよく用いられるのは,収入保険料である。収入保険料の大小関係で企業規模を計測するのは大きな問題がある。
 個別の保険契約にたちもどると,生命保険会社の収入となる保険料(営業保険料)は純保険料と付加保険料からなる。純保険料は,保険数理から計算される保険料であり,付加保険料は,保険会社の事業費をまかなうための保険料である。規模の経済の実証での平均費用に相当するものとして用いられる事業費/収入保険料は,付加保険料/営業保険料に近い数値になると考えられる。しかし,この付加保険料/営業保険料は,保険の種類によって大きく異なる。例として,生存保険と死亡保険をとりあげよう。
 付加保険料の仕組みは,各保険会社,各保険契約により異なるが,ここでは代表例として,西川編(1994)にある数値例を用いることにする。30歳男子が10年満期の定期生存保険と定期死亡保険に加入する場合を考える。死亡保険の場合は,保険金1000円に対する年払平準営業保険料(平準保険料とは,加入期間に均等に保険料を支払うときの保険料を指す)は,3.581円となり,うち純保険料が1.056円,付加保険料が2.525円となる。付加保険料/営業保険料は70.5%になる。生存保険の場合は,保険料1000円に対する年払平準営業保険料は,86.215円となり,うち純保険料は76.215円で付加保険料は6.390円であり,付加保険料/営業保険料は,7.73%となる。したがって,死亡保険と生存保険では付加保険料/営業保険料に大きな差が生じる。付加保険料は事業費をまかなうのが目的のため,事業費/収入保険料はこの比と連動していると考えられる。生存保険は貯蓄の機能をもつ保険といってもよい。したがって,貯蓄性の高い保険の割合が増えると,事業費率は低下すると考えられる。

 3 データへの反映

 上でのべた現象は,実際のデータから容易に観察できる。図1は,内国会社,外国会社,簡保の合計31社の保有保険金額と責任準備金のそれぞれ自然対数をとったもの(1994年度末)の散布図である。ここでは,保有保険金額が「保障」を,責任準備金が「貯蓄」をあらわす代理変数と考えている。散布図は,各社が左下から右上にかけて分布しているが,いくつかの会社については,傾向線から乖離していることがわかる。とくに,傾向線から下方に乖離している会社としては,貯蓄性商品の比重が高い簡保,太陽生命が位置している補足2

補足2
アメリカン・ファミリーは主力商品であるガン保険のガン死亡割増保険金額が計上されていないため,見かけ上貯蓄性が強く現れており,注意が必要である。

図1 生命保険会社の保障と貯蓄の機能
図1 生命保険会社の保障と貯蓄の機能

 図2は,規模の経済性の実証分析で,代表的な平均費用の代理変数となる対収入保険料の事業費率と,代表的な規模変数である収入保険料の自然対数の関係を,図1と同じサンプルについて示したものである。これによると,平均費用が他社よりも低くなっているのが,簡保,太陽生命であり,図1で見た保有保険金額と責任準備金の相関関係と密接な関係があると考えられる。

図.2 生命保険会社の平均費用と規模の関係

図2 生命保険会社の平均費用と規模の関係

 また,カタカナ会社とも呼ばれる新規参入企業と,既存企業との性質の相違も問題となる。図2に見られるように,新規参入企業の多くは規模が小さく平均費用が高くなっている。これまでの実証研究においては,この平均費用が高い理由は,これらの企業が操業初期段階にあること,あるいは既存会社とは違って,無配当保険,医療保険といった収入保険料に対する事業費が高くなる商品販売に力をいれていること,があげられており,単純に既存企業より効率性が劣るとは判断できない,とされている。筒井(1989)は新規参入企業を含めるか含めないかによって,実証研究の評価が違ってくることを観測している。また,新規参入企業の存在に注意をした研究として,松浦(1993)がある。
 実証研究の多くは,内国会社20社にサンプルを限定しているので,簡保はサンプルから除外されるが,太陽生命は含まれる。商品構成の違いを考慮にいれずに費用曲線を推定すると,太陽生命の位置する中位の規模で費用が最小になるだろうし,フロンティア関数を推定すると,太陽生命より上位の企業は非効率的であると判断されることになるが,これは見せかけのものかもしれない。
 単純に事業費率を見ることの問題点は,この他にもある。一時払い養老保険のブームのときには,一時払保険料が増大することによる事業費率の低下があった。しかし,これは,将来の保険料を先払いすることになるためで,効率が高まったわけではない。



  U 費用構造の実証分析

 1 パネルデータによる規模の経済の検証

 事業費率の取り扱いの問題への対処の方法は2つ考えられる。第1は,費用の異なる商品の構成割合を示す変数を説明変数に追加して,純粋に規模を源泉とした費用節約の効果を識別する方法である。第2は,ある会社の商品構成の特色はサンプル期間中で大きく変化しないと考えて,会社ダミー変数を商品構成の違いの代理変数とする方法である。横断面でのデータしか存在しない場合には,このようなダミー変数の導入には,自由度の面から限界があるが,時系列と横断面の両方がそろったパネルデータを用いれば,サンプル全社についてそれぞれのダミー変数を説明変数に追加することが可能となる。
 パネルデータを用いることの利点は以下のようにして説明できる。図3は,それを示したもので,いまかりに2社のデータが(A)のような平均費用と規模の関係で観察されたとしよう。このとき,会社の費用関数は同一であるとすれば,(B)のように規模の経済が存在するといえる。しかし,(C)のように,規模に関する収穫一定で2社の費用関数の定数項が異なる可能性もある。いまの2社の横断面データでは,(B)と(C)のどちらの可能性が正しいかは識別できない。しかし,もし2期間にわたり,この2社のデータが観察できるならば,この2つの可能性を識別することができる。

図3 横断面データでの規模の経済と企業特性

図3 横断面データでの規模の経済と企業特性
図3 横断面データでの規模の経済と企業特性
図3 横断面データでの規模の経済と企業特性

 図4は,A社とB社の1期と2期の観測点を示したものである。同一の費用関数で規模の経済が存在する場合の2社の動きは(A)のようになり,規模に関する収穫一定で,かつ異なった費用関数をもつ場合には(B)のような動きになることから,この両者を識別することができる。時系列データでは,時間を通じて費用関数が移動する可能性が考えられるが,図4の例では,まだ自由度が1つあるので,2社の費用関数が同じ幅だけシフトする時間的変化を識別することが可能である。このように,パネルデータでは,横断面や時系列データでは識別できないモデルの情報を明らかにしてくれる。

図4 パネルデータでの規模の経済と企業特性の識別
図4 パネルデータでの規模の経済と企業特性の識別
図4 パネルデータでの規模の経済と企業特性の識別

 生命保険会社の費用をC,規模をYと表し,費用関数を対数線型で書くと,

となる。これをCobb−Douglas型と呼ぶことにする。Wは生産要素価格ベクトル,Xは規模以外に費用に影響を与える説明変数のベクトルである。規模の経済を評価する指標として,規模の経済の弾性値(費用の規模に対する弾性値の逆数)を1/bで示すことにしよう。この弾性値が1より大きい(bが1より小さい)場合に,規模の経済が存在する。
 横断面データを用いた分析では,生産需要価格を説明変数に含まず,規模変数も実質化しないことが多い。これは完全競争市場では,価格は横断面で等しくなるので,説明変数として加えるのが適当ではないことが理由である補足3。時系列データでは価格変化の考慮は当然必要である。ここでは,規模変数をGDPデフレータで実質化した。しかしながら,本稿での推定では時間ダミーが導入されており,各社間で等しい時系列データは,時間ダミーとは独立でなくなる。したがって,価格変化はすべて時間ダミーの部分で考慮され,規模の弾性値は,どのような(横断面で等しい)価格で実質化しても,同じ結果が推定される。

補足3
小宮(1989)は,競争制限規制により生じる準地代が,内勤従業員の高給与に反映されている可能性を示唆している。したがって,横断面での賃金格差を説明変数に取り入れてないことは問題であるかもしれない。しかし,生保会社が従業員給与に関する情報を開示しはじめたのは最近であり,長期間のパネルデータを整備することは困難である。

 パネルデータの推定式は,会社の添え字をi,時間の添え字をtとして,

となる。ここで,aiは会社に固有の要因を表すダミー変数で,atは時間ダミー変数である。(2)式が(1)式と異なる点は,定数項が会社と時間によって異なり,会社固有の要因と時間固有の要因の和で現わされるという構造になっていることである。このような構造をもつモデルは,2方向固定効果モデル(two−way fixed effects model)と呼ばれる。
 一方,線型が適切な関数形であるかどうかを見るために,規模の2次関数となる

についても,Translog型と呼んで,推定をおこなう。
 井口(1996)の整理によれば,規模の経済に関する13の研究のうちの8つで費用変数として事業費が,同じく13研究のうち9つで規模変数として収入保険料がとられている。したがって,この2つの変数を用いた推定式が,費用関数による規模の経済の検証方法の典型的なものである。このことから,本稿の推定で用いる変数は,

被説明変数 事業費の対数
規模を表す説明変数 収入保険料の対数
収入保険料の対数の自乗
それ以外の説明変数 責任準備金/保有契約高
新規契約高/保有契約高
団体契約高/保有契約高

とした。サンプルは,1979年度から1994年度までである。データは,1993年度以前は『インシュアランス』生命保険統計号各年版,94年度については,『週刊東洋経済生命保険特集』(1995年版)からとられた。

 2 推定結果

 説明変数のいくつかの組み合わせのもとでの推定結果を示したものが,表1である。なお,会社ダミーと時間ダミーは報告を省略している。(1)はもっとも単純な定式化であり,収入保険料のみを説明変数としたものである。その係数の推定値は0.48,標準誤差は0.024であり,1%水準で有意に規模の経済の存在が確認できた。(2)で示されたように,責任準備金/保有契約高を説明変数に加えても,規模変数の係数は0.44とさほど変化せず,強く有意である。責任準備金/保有契約高の係数は正で有意である。(3)では新契約高/保有契約高を説明変数に含めたものであるが,規模変数の係数は0.48で有意である。新契約高の係数は正であるが,有意ではない。(4)は団体保険契約高/保有契約高をいれたものであるが,規模変数の係数は0.48で有意である。団体契約の比率は負で有意であり,団体保険は個人保険に比較して事業費がかからないことが示唆された。(5)は,すべての説明変数を使用したものであるが,規模変数の係数は0.44で,有意である。

表1 費用関数による規模の経済の検証

(A)Cobb−Douglas型

(1) (2) (3) (4) (5)
収入保険料(対数) 0.48
(0.024)
0.44
(0.025)
0.48
(0.024)
0.48
(0.023)
0.44
(0.026)
責任準備金/保有契約高 1.6
(0.41)
1.4
(0.41)
新契約高/保有契約高 0.44
(0.26)
−0.20
(0.29)
団体契約高/保有契約高 −0.54
(0.14)
−0.49
(0.16)
決定係数 0.94 0.94 0.94 0.94 0.94
標準誤差 0.085 0.083 0.085 0.083 0.082
規模の弾性値 2.1 2.3 2.1 2.1 2.3

(B)Translog型

(1) (2) (3) (4) (5)
収入保険料(対数) 0.61
(0.048)
0.55
(0.050)
0.67
(0.051)
0.77
(0.051)
0.74
(0.058)
収入保険料(対数)の自乗(×10−2 −1.1
(0.34)
−0.93
(0.34)
−1.5
(0.36)
−2.3
(0.37)
−2.2
(0.39)
責任準備金/保有契約高 1.5
(0.40)
0.74
(0.41)
新契約高/保有契約高 0.87
(0.27)
0.12
(0.28)
団体契約高/保有契約高 −1.0
(0.15)
−0.91
(0.17)
決定係数 0.94 0.94 0.94 0.95 0.95
標準誤差 0.084 0.082 0.083 0.078 0.078
規模の弾性値 2.4 2.5 2.4 2.6 2.7
括弧内は係数の標準誤差。
サンプル期間は1979年度から1994年度まで。この期間にデータが入手できた内国会社21社を対象。
(B)の規模の弾性値はサンプル平均値による評価。

 (B)は,規模の自乗の項まで含んだTranslog型の推定結果である。この定式化の場合の規模の経済の弾性値(費用の規模に対する弾性値の逆数)は,1/(b+2blogY)であらわされる。Yのサンプル平均値で評価すると,弾性値はいずれも2より大きい。また,すべてのサンプルで弾性値は1よりも大きく,規模の経済の存在が確認できる。
 ここでの推定結果でとくに注目すべき点は,推定された規模の弾性値が既存研究の結果と比較して,きわめて大きいことである。既存研究の代表的な推定値を見てみると,横断面データでCubb−Douglas型の費用関数を推定した筒井・関口・茶野(1992)は1〜1.2の値を得ている。Translog型の推定では,弾性値は若干小さくなっている。一方,Cubb−Douglas型のフロンティア生産関数の推定結果では,横断面データによる中馬・橘木・高田(1993)では,0.82〜1.14,パネルデータによる米山・宮下(1995第3表)では,0.95〜1.67という値が得られている。
 既存研究からとくに乖離したデータや推定式を用いたわけではないので,われわれの規模の弾性値の推定値が大きくなったのは,パネルデータによる推定をおこなったことと,固定効果を考慮したことによると考えられる。実際,われわれの用いたデータと定式化で横断面推定をおこなうと,既存研究と近い推定値を得る。また,固定効果を含まない推定では,米山・宮下(1995)のパネルデータでの生産関数による推定値の範囲内におさまる弾性値が計測された補足4。パネルデータによる推定でなぜ規模の弾性値が大きくなるのかは,以下のようにして説明できる。
 図5は説明のための概念図である。図3,4と同じく2社のデータが2期間で観測されたとする。横断面の推定をおこなうとAとBを結んだ曲線により規模の経済が観測される。もしかりに時間ダミーを含まず,会社ダミーを含んだパネルデータの推定をおこなえば,費用関数はAとA,BとBを結んだ曲線として識別される。パネルデータで規模の弾性値が大きいことは,図5に示されたように,会社ごとの時系列データによる費用曲線の傾きが横断面での費用曲線の傾きよりも大きいことを意味している。また,図5からわかるように,規模の大きい企業ほど費用曲線は上方にあり(会社ダミーの値が大きい),効率性が低いと解釈される。

補足4
われわれは固定効果を含んだ確率的フロンティア費用関数の推定を試みたが,最尤法推定のパラメータの初期値を得るための最小自乗法推定の残差の歪度が負になり,確率的フロンティア費用関数の適用ができなかった(Waldman[1982]を参照)。

図5 時系列と横断面での費用曲線
図5 時系列と横断面での費用曲線

 図5に図式化されたような状況は,本稿で使用したデータについてあてはまる。図6は,縦軸に事業費の対数,横軸に収入保険料の対数をとり(いずれもGDPデフレータで実質化),会社の時系列データを結んだ曲線を94年の収入保険料の順に5社おきにとった5社について示したものである。図6から傾向として読みとれるのは,時系列での曲線の傾きが,横断面での傾きよりも緩やかであることである。これは,規模の小さい会社が時間とともに成長して,かつての大会社の規模に達したとき,その事業費はかつての大会社よりも低くなっていることを意味している。

図6 時系列での費用と規模の関係(5社)
図6 時系列での費用と規模の関係(5社)

 こうした結果になる理由のひとつとして,技術進歩により時間とともに費用曲線がシフトしていくことが考えられる。表1の推定では,時間ダミーでこの技術進歩を識別しようとしているが,こうして識別された技術進歩は各社の時系列での費用低下の説明能力をあまりもたないという結果が得られたことになる。
 表2は,このことをもう少しくわしく見たものである。表の(1)欄には,21社の収入保険料(GDPデフレータで実質化)の成長率を示してある。21社のうち,費用節約がかけはなれて小さい日本団体と第百をのぞく19社の平均値は8.1%である。もし規模の経済も技術進歩もなければ,事業費は同率で上昇するはずであるが,実際の19社の平均値は(2)欄に示されているように,3.9%である補足5。両者の差4.2%は,規模の経済もしくは技術進歩による費用節約分である。横断面の推定値の代表例として規模の弾性値を1.1とした場合に,規模の経済による費用節約分は(3)欄のように0.7%(全体の17.4%),技術進歩による節約分は,残差として,(4)欄のように3.5%(全体の82.6%)と推定される。これに対し,弾性値を表1のCobb−Douglas型の推定値にした場合(2.1)には,規模の経済による費用節約分は,(5)欄に示されたように,4.2%となり,費用節約分のほぼ100%が規模の経済によるものとされる。

補足5
ここでは,GDPデフレータで実質化された事業費率を用いた。これは,生産要素価格の上昇率は一律に生産物価格(GDPデフレータ)の上昇率に等しいという仮定を置いたことを意味する。この仮定により,技術進歩と価格変化を識別している。

表2 費用節約の分解

(1) (2) (3) (4) (5) (6) (7)
弾性値 1.1 弾性値 2.1
収入保険料 事業費 費用節約分 規模の経済  技術進歩 規模の経済  技術進歩
日本 0.066 0.029 0.037 0.006 (16.2%) 0.031 (83.8%) 0.034 (93.6%) 0.002 (6.4%)
第一 0.078 0.032 0.046 0.007 (15.4%) 0.039 (84.6%) 0.041 (89.0%) 0.005 (11.0%)
住友 0.079 0.032 0.047 0.007 (15.4%) 0.040 (84.6%) 0.042 (88.6%) 0.005 (11.4%)
明治 0.076 0.031 0.045 0.007 (15.4%) 0.038 (84.6%) 0.040 (88.7%) 0.005 (11.3%)
朝日 0.069 0.033 0.036 0.006 (17.4%) 0.030 (82.6%) 0.036 (100.4%) 0.000 −(0.4%)
三井 0.068 0.024 0.044 0.006 (14.1%) 0.038 (85.9%) 0.036 (81.5%) 0.008 (18.5%)
安田 0.078 0.035 0.043 0.007 (16.4%) 0.036 (83.6%) 0.041 (94.6%) 0.002 (5.4%)
太陽 0.041 0.031 0.009 0.004 (39.4%) 0.006 (60.6%) 0.021 (227.2%) −0.012 −(127.2%)
大同 0.111 0.067 0.045 0.010 (22.6%) 0.035 (77.4%) 0.058 (130.4%) −0.014 −(30.4%)
千代田 0.087 0.036 0.051 0.008 (15.5%) 0.043 (84.5%) 0.046 (89.1%) 0.006 (10.9%)
協栄 0.095 0.047 0.047 0.009 (18.2%) 0.039 (81.8%) 0.050 (104.6%) −0.002 −(4.6%)
東邦 0.077 0.038 0.039 0.007 (17.9%) 0.032 (82.1%) 0.041 (102.9%) −0.001 −(2.9%)
富国 0.095 0.048 0.047 0.009 (18.3%) 0.039 (81.7%) 0.050 (105.2%) −0.002 −(5.2%)
日本団体 0.087 0.088 −0.001 0.008 −(1145.8%) −0.009 (1245.8%) 0.046 −(6602.1%) −0.046 (6702.1%)
第百 0.042 0.039 0.003 0.004 (122.6%) −0.001 −(22.6%) 0.022 (706.3%) −0.019 −(606.3%)
日産 0.076 0.043 0.033 0.007 (20.8%) 0.026 (79.2%) 0.040 (119.7%) −0.007 −(19.7%)
東京 0.062 0.031 0.031 0.006 (18.1%) 0.025 (81.9%) 0.032 (104.5%) −0.001 −(4.5%)
セゾン 0.195 0.110 0.085 0.018 (20.8%) 0.067 (79.2%) 0.102 (119.9%) −0.017 −(19.9%)
平和 0.055 0.008 0.047 0.005 (10.6%) 0.042 (89.4%) 0.029 (61.2%) 0.018 (38.8%)
大和 0.075 0.035 0.041 0.007 (16.9%) 0.034 (83.1%) 0.039 (97.2%) 0.001 (2.8%)
大正 0.046 0.023 0.023 0.004 (17.9%) 0.019 (82.1%) 0.024 (103.4%) −0.001 −(3.4%)
平均 0.081 0.039 0.042 0.007 (17.4%) 0.035 (82.6%) 0.042 (100.5%) 0.000 −(0.5%)
(1)は1979年度から1994年度までの収入保険料(GDPデフレータで実質化)の年平均成長率
(2)は1979年度から1994年度までの事業費(GDPデフレータで実質化)の年平均成長率
(3)は(1)−(2)
(4),(5)は規模の経済の弾性値を1.1とした場合の,費用節約分の規模の経済と技術進歩への分解
(6),(7)は規模の経済の弾性値を2.1とした場合の,費用節約分の規模の経済と技術進歩への分解
最終行の「平均」は,上段の21社から日本団体と第百を除いた19社の数値の単純平均

 これまでの横断面での分析で得られていた規模の弾性値では,時系列での費用節約効果の約8割は,技術進歩であることを含意していたのに対して,パネルデータによる推定により,技術進歩を識別しようとしたことろ,技術進歩の効果はほとんどなかったという結果になっている。

 3 費用効率性

 米山・宮下(1995)は,パネルデータで生産関数の推定をおこない,会社ダミーの大きさを効率性の指標とし,現実にかかった費用と生産フロンティア上の費用との識別を図った。表1で報告された(5)の定式化のもとでの,Cobb−Douglas型とTranslog型の推定について,会社ダミーを図示したのが,図7と図8である。ここで考えている効率性の指標は相対的な概念であるので,ダミー変数の絶対水準ではなく,最小値(いずれも大正生命)をゼロとした相対水準を記入した。いずれも左から収入保険料の降順に会社をならべてある。傾向として会社ダミー変数と収入保険料に負の相関が明瞭にあらわれている。会社ダミー変数を効率性の指標と見なせるという識別条件が正しければ,規模の大きい会社ほど,生産フロンティアの内側で操業をおこなっていたということがいえる。

図7 会社ダミー変数による効率性の指標(Cobb−Douglas型)
図7 会社ダミー変数による効率性の指標(Cobb−Douglas型)
図8 会社ダミー変数による効率性の指標(Translog型)

図8 会社ダミー変数による効率性の指標(Translog型)

 ただし,非効率から発生している費用を数量的に評価してみると,このダミー変数のすべてを費用効率性とみなすことには問題があることがわかる。フロンティア上で操業した場合の費用C*とすると,効率性指標aは,


   logC=a+logC*  (4)
という関係式で,現実の費用と関係づけられる。現実にかかっか費用のうち,どれだけの割合が非効率(フロンティアから乖離している)な部分に相当するかは,

によって計測することができる(eは自然対数の底である)。(5)式に基づいてこの非効率な費用の割合を計算すると,aが1のとき63%,aが2のとき86%,aが3のとき95%にもなる。したがって,推定された説明変数だけでは商品構成の違いにより発生した費用構造の違いをすべて説明できず,会社ダミー変数にその部分が含まれてしまっている可能性がある補足6

補足6
なお,米山・宮下(1995)の生産関数の推定における会社ダミー変数の最大値と最小値の格差も約3.5と,大きなものとなっている。

 4 範囲の経済

 保険商品が保障と貯蓄の2つの側面をもつことを強調してきたが,これにしたがえば,規模を1次元の変数ではなく,2次元以上の変数でとらえる必要があろう。ここでは,生命保険会社の生産物が2次元であると考えて,費用関数の推定をおこなう。筒井・関口・茶野(1992)は,生命保険会社は保険業務と資産運用業務をおこなっていると考えて,規模変数に保有契約高と運用資産高を用いた。本稿では,保険の貯蓄機能は責任準備金で表しているので,保有契約高と責任準備金を2つの規模変数にとる。したがって,推定式の考え方については,筒井・関口・茶野(1992)と実質的に同等であるが,パネルデータによる分析をおこなった点が,本稿の特徴である。
 2種類の生産物をもつ場合の費用関数を,

とする。ここで,Y1は保有契約高,Y2は責任準備金である。定数項aについては,会社ダミーと時間ダミーから構成される。推定結果は,表3に示してある。(6)式に基づくものと,規模の経済の検証の項で説明したような費用構造の違いを表す変数を追加した。

表3 費用関数による範囲の経済の検証

(1) (2)
logY 2.5
(0.32)
2.5
(0.35)
logY −1.1
(0.18)
−1.2
(0.27)
(logY −0.19
(0.024)
−0.21
(0.033)
(logY −0.57
(0.015)
−0.10
(0.029)
logYlog 0.22
(0.034)
0.27
(0.060)
責任準備金/保有契約高 1.1
(0.92)
新契約高/保有契約高 0.51
(0.26)
団体契約高/保有契約高 −0.39
(0.14)
決定係数 0.97 0.97
標準誤差 0.064 0.063
規模の弾性値 2.26 5.58
費用補完性 0.18 0.24
括弧内は係数の標準誤差。
Y1は保有契約高、Y2は責任準備金を表す。
サンプルは1979年度から1994年度までの21社。
規模の弾性値と費用補完性はサンプル平均値で評価した値。

 (6)式において,規模の経済の弾性値は,

の逆数であらわされる。Yのサンプル平均値(Y1が12.9,Y2が14.1)で弾性値を評価すると,(1)の推定式が2.26,(2)の推定式が5.58となる。いずれも,弾性値は1より大きく,サンプル平均値で規模の経済が存在する。(1)の推定式でちょうど弾性値が1となるY1とY2の組み合わせは,図9に示された右上がりの直線になる。これより下部が規模の経済が存在する領域となり,336サンプルのすべてがこの領域に含まれる。
 範囲の経済が存在することの十分条件である費用補完性は

が,Y1とY2についてゼロからサンプル値まで成立することである。(1)式の推定式で,(7)式の条件式が満たされるのは,図10で2つの曲線の上下の領域である。この領域に含まれるのは全体の336サンプルのうち88である。このことから,範囲の経済の存在は確認されない。ただし,ここでの結果は十分条件が棄却されたことを意味し,範囲の経済の存在が否定されたわけではないことに留意されたい。規模と範囲の経済についてここで得られた結論は,横断面を用いた筒井・関口・茶野(1992)の結果とほぼ一致する。


図9 規模の経済の領域
図9 規模の経済の領域

図10 費用補完性の領域
図10 費用補完性の領域




  V 生命保険業の産業組織の再検討

 1 配当をめぐる問題

 V節では,生命保険業における護送船団行政の検証について,とくに本稿で着目する論点と,これまでの研究との関連を順に議論することにしたい。
 小宮(1989),筒井(1989)では,価格が画一的に形成されることを保護行政の帰結として注目していた。保険商品の価格としては,保険金に対する保険料だけではなく配当を考慮しなければならない。保険料と配当の関係は単純化してのべると以下のようになる。支払保険料は,保険数理から計算された保険金をまかなうのに必要な純保険料と,保険会社の事業費をまかなうのに必要な付加保険料からなる。契約時においては,配当の大きな宣伝はできないので,保険料の差が競争条件となる。したがって,純保険料,付加保険料ともに各社の差はほとんどないと考えられる。しかし,保険契約者は配当も意識しているはずで,そうでなければおもにカタカナ会社が販売に力をいれている無配当保険しか購入しなくなるはずである。
 純保険料の計算では死亡率は若干大きく見積もられているので,通常は実際の死亡率は予定死亡率より低く,予定されていた支払保険金よりも低い保険金ですむ。この部分の保険金節約部分は,死差益と呼ばれる。付加保険料部分は,予定事業費と考えることができるが,実際の事業費がこれよりも低ければ,その部分は会社の剰余となる。これは費差益と呼ばれる。貯蓄性の保険の場合は,保険料は会社に蓄積され運用されるが,その運用利回りが予定されていた利回りを上回った部分が剰余になる。この部分が利差益である。死差益,費差益,利差益は,剰余の3大源泉となっている。
 保険会社は1年ごとに決算をおこなって,剰余を計算し,契約者に配分をする。契約者への配分方法としては,わが国では,利源別配当方式に基づいている。これは,危険保険金(保険金額から責任準備金を差し引いた額)に比例した死差配当,保険金額に比例した費差配当,責任準備金額に比例した利差配当からなる。それぞれについて,配当率が決められ,配当額が決められることになる。
 筒井(1989)は,保険料については,規制により横並びである,と判断して,配当に焦点を当てている。このことは配当率と規模の関係を見た小宮(1989)と共通するものがある。
 しかしながら,市場が競争的であるか規制されているかどうかを,価格が横並びであったかどうかをもって実証的に判断することはきわめて困難である。規制があれば,各企業の価格は横並びになるであろうが,もし競争が完全におこなわれれば,各企業はやはり同一の価格をつけることになるであろう。
 保険審議会の答申を時系列で追跡した筒井(1989)の整理によれば,時系列での変化が重要であり,配当は会社の経営実績を反映して差がつくように変化してきているとまとめられる。しかし,このばらつきを競争の反映したものととるか,護送船団のなかでの微小な差異ととるのかは,客観的な基準で判断することは難しいと考えられる。
 また,筒井(1989)が分析対象とした時期以降に,配当の動きに関する大きな変化があった。配当の変化について,小藤(1992)は,1986年度以降の配当率の低下傾向に注目している。この時期に生じた利息・配当金収入の低下に対し,様式売却による含み益の吐き出しに限界があったとしている。その理由として,85年度から88年度までの外債投資による為替差損と89年度から91年度までの株価下落の2つの理由を挙げている。

 2 配当は結果か?

 さらに,配当をめぐる分析での暗黙の前提は,配当は生命保険会社の経営活動の結果として決定される,というものである。剰余の源泉となる死差配当,費差配当,利差配当がそれぞれ,配当の計算基礎となる死差益,費差益,利差益の額に相当しているならば,このような前提は正しいであろう。しかし,保険会社が利源を公表していないため明確ではないものの,おそらくこうした正確な対応関係は実際には成立していないと考えられる。もしも会社の成績の差が配当の差になってあらわれないならば,小宮(1989),筒井(1989)の接近方法は,政府規制の影響を検討する分析手法としては有効なものではなくなるおそれがある。
 小宮(1989)は配当率と規模との間に相関がないことを観察し,護送船団行政への反証とした。しかし,配当が経営活動の結果ではなく,各社横並びの必要配当水準に合わせて,調整することができるという可能性も考えられる。実際,株式を売却するかどうかの選択により,資産運用収入の数値,ひいては剰余の数値をある程度操作することが可能である。保険会社の資産運用収入はインカムゲインだけが計上されており,株式を売却して売却益をださない限り,株価の増加分は「含み益」になり,利益に計上されない。
 小藤(1992)は,1960年度から1985年度までの長期間にわたり,予定利率+利差配当率(これを「配当率」と名づけている)が,8%あるいはそれを若干上回る水準にあって,その動きはほとんど硬直的であったこと,利差配当の利源と関連があると考えられる総資産運用利回りはもっと弾力的に6%から8%台を変動していたことを指摘している。(経常収入−経常費用)+(特別利益−特別損失)で定義される剰余のほとんどすべてが契約者配当に回されることになるが,8%の配当率が維持されたのは,株式売却に代表される財産売却益を利用したためであることを示している。小藤(1992)は株式の含み益を利用して,ある一定水準の配当率を維持する行動を「配当率平準化現象」と呼んでいる。

 3 準地代の所在

 以上のことから,価格(配当)が横並びであるかどうかは,市場が競争的であるかどうか判断材料としては,有効なものではない。検証すべきことは,効率的(平均費用の低い)な企業が非効率的な(平均費用の高い)企業を退出させるような価格づけをおこなっていたか,そうではなく非効率的な企業も生き残れるような価格づけがおこなわれ,効率的な企業が超過利潤を得ていたかどうか,である。
 規模の経済が存在するとすると,大企業が効率的な企業となる。この企業の得る超過利潤はどこにいくのか。この点について,小宮(1989)は,生命保険会社の多くが相互会社であるという,この産業の特殊性がもたらす興味深い理論的帰結を指摘している。株式会社であれば,この超過利潤は株主に帰属することになるであろう。これに対し,相互会社では含み益を含む剰余は保険契約者である社員に帰属することになる。しかし,社員である契約者は同時に顧客であり,各会社の条件を見て契約する会社を決めている。契約者の合理的行動をつきつめて考えていけば,契約者は各社の含み益まで考慮することになる。こうした裁定がおこなわれると,契約者当たりの剰余は会社間で等しくなり,準地代を契約者が享受することは不可能である。すなわち理論的には会社との関わりが自由な顧客は準地代の受益者にはなりえない。超過利潤の帰属先は,企業に固有の資産を投下した経済主体となるべきである。
 小宮(1989)が指摘したように,これに相当するのが,生命保険会社の内勤従業員であろう。すなわち規模の大きい会社の内勤従業員の給与が高くなることが予想される。その結果,大会社ほど費用効率性が低いことになるであろう。これに加えて,配当に関する上の検討が示唆しているのは,含み益が準地代を反映しているというものである。
 小藤(1992)は利差配当の部分に着目していたが,契約者の関心は全体の配当にあるので他の利源についても同様に含み益の吐き出しによる配当操作がおこなわれると考えられる。費差益の部分について考えてみよう。
 剰余の操作可能性を前提とし,規模の経済が存在するもとで,配当額が横並びになるとしよう。規模の経済により,規模の大きい会社は従業員への高給与等の手段により,できるだけ費用を増やそうとするけれども,それでも費差益が大きくなるであろう。規模の小さい企業は,大企業に匹敵する配当率を確保するためには,利差益をあげて剰余を確保する必要がある。規模の大きな会社は,こうした益出しをおこなわなくていいので,より大きな含み益をもつことができる。すなわち,含み益は規模の大きい会社ほど大きくなる。
 これまでの研究では,準地代の所在を剰余あるいは配当に求めていた。小宮(1989)の発見は,これらのなかには政府規制の規模の経済によって生じる準地代を見出すことはできないということであった。このことは準地代が存在しないという証拠ではなくて,準地代は別の場所(すなわち含み益のなか)にあるのではないか,ということが考えられる。含み益が規模と相関をもつかどうかが,政府規制の影響を判断する重要な鍵となるのである。補足7

補足7
また,成長率と規模の間に正の相関がないことも,大会社が準地代を享受していることと整合的に説明することが可能である。
 かりに準地代がない状態の成長機会が各社で同じとすれば,規制による準地代の存在により,大会社がより多くの成長へ振り向けることが可能となり,成長率と規模との正の相関が起こり得るだろう。しかし,急成長する会社は規模の小さい会社のなかに多く見られる現象は産業をこえて共通であり,準地代がない状態での成長機会が小会社において高い可能性がある。こうした場合,規制による準地代が大会社に有利に働いたとしても,かならずしも大会社の成長率が高くなるとは限らない。
 第2の説明として,小宮(1989)でも指摘されているように,急速な拡大により含み益が薄まることが忌避されたことが考えられる。
 第3の説明としては,護送船団行政の一環として,中小会社のシェアを奪わないことが大会社に行動制約として課せられていて,大会社が高い成長率を追求することができなかったことが考えられる。

 含み益が規模と正の相関をもつためには,つぎの4つの条件が同時に成立する必要がある。
 @ 規模の経済が存在する
 A 市場は非競争的である
 B 生保会社は配当を平準化するよう,利益を操作する
 C 契約者の裁定には含み益は考慮されず,完全ではない
Cについてはまだ説明してこなかったので,ここで議論しておこう。小宮(1989)の議論では,含み益も究極的には保険契約者に帰属すると考えている。これによれば,契約者は含みの厚い会社を選択し,含みの薄い会社は契約者に敬遠されることになる。含み益が各契約に分割可能でなく,渾然一体としたものならば,新規加入者の増加は含み益を薄めてしまう働きをもつ。したがって,契約者の裁定により,各会社の含みの厚みは均等化するであろう。保険契約者が契約時にここまで予見しているかどうかも,含み益と規模の関係を見ることによって検証することができる。もし相関があるのなら,契約者の裁定は完全には働いていない,という証拠となる。




  W 産業組織の実証分析

 1 剰余と規模の関係

 保険料が規制されて一律であり,規模の経済が存在するならば,大会社の費差益が大きく出るはずである。この費差益と規模の関係は,剰余にも反映される可能性が大きいであろう。そこで,費用関数により規模の経済を検証したものと同じ関数式で,被説明変数を剰余(当期未処分剰余金または利益金)に変えた推定をおこなった。

表4 生命保険会社の剰余と規模の関係

(A)Cobb−Douglas型

(1) (2) (3) (4) (5)
収入保険料(対数) 0.39
(0.055)
0.47
(0.059)
0.36
(0.058)
0.37
(0.058)
0.42
(0.061)
責任準備金/保有契約高 −2.5
(0.71)
−2.9
(0.72)
新契約高/保有契約高 1.1
(0.58)
1.2
(0.60)
団体契約高/保有契約高 −0.37
(0.28)
−0.39
(0.29)
決定係数 0.86 0.86 0.86 0.86 0.86
標準誤差 0.14 0.14 0.14 0.14 0.14

(B)Translog型

(1) (2) (3) (4) (5)
収入保険料(対数) −0.36
(0.15)
−0.22
(0.16)
−0.43
(0.15)
−0.36
(0.15)
−0.29
(0.17)
収入保険料(対数)の自乗(×10−2) 4.4
(0.83)
3.9
(0.86)
4.6
(0.82)
4.4
(0.86)
4.1
(0.93)
責任準備金/保有契約高 −1.5
(0.72)
−1.7
(0.75)
新契約高/保有契約高 1.3
(0.55)
1.6
(0.59)
団体契約高/保有契約高 0.023
(0.28)
0.12
(0.30)
決定係数 0.87 0.87 0.87 0.87 0.87
標準誤差 0.14 0.14 0.14 0.14 0.14
規模の弾性値 0.39 0.44 0.35 0.39 0.41
括弧内は係数の標準誤差。
サンプル期間は1979年度から1994年度まで。この期間に剰余が正であった内国会社20社を対象。
推計に用いた数値は100万円を1としたもの。
(B)の規模の弾性値はサンプル平均値による評価。

 推定結果は,表4に示されている。大会社ほど費差益が出るならば,規模変数の係数は1より大きい値が推定されるはずである。しかし,どの推定結果を見ても,剰余の規模に対する弾性値は1よりも有意に小さくなっている。Cobb−Douglas型ですべての説明変数を使用した(5)の場合,弾性値は0.42で,標準誤差は0.06である。Translog型でも,すべてのサンプルで,弾性値が1より小さいことが確かめられた。したがって,規模の成長ほどに剰余の成長が見られないことになる。この推定結果については,3つの説明が考えられる。
@ 死差益・利差益と規模との関係が,費差益と規模の関係を陵駕して,全体の剰余と規模との関係には死差益あるいは利差益の動きが反映された。しかし,この説明が妥当するためには,大会社の保険契約者ほど死亡率が高く,死差益が小さくなるとか,大会社の資産運用が非効率的で,利差益が小さくなるとかいう説明になるので,現実に妥当するかどうかは大いに疑問である。
A 保険料が費用構造を反映して,大会社ほど低い。しかし,これは護送船団行政の前提に反しており,この説明が妥当しているとは考えにくい。
B 剰余は経営活動の結果ではない,という考え方である。すなわち,剰余は必要配当に応じて調整される。
 Bの考え方をとらない限り,上の2つのような奇妙な説明になってしまうことから,表4に示されたような結果は,Bの考え方が成り立つという有力な証拠と考えられる。

 2 含み資産と規模の関係

 規模の経済,非競争的市場,配当の横並び,契約者の裁定の限界の4つの条件が満たされていれば,「規模の大きい会社ほど含み資産が大きい」という現象が見られるはずである。そのことを見るために,含み資産と規模の関係を検証する回帰分析をおこなった。被説明変数としては,株式の含み益を株式の帳簿価格で除した変数を「含み率」と定義してここで用いた。
 株式の含み益については,2種類のデータを用いた。最初のデータは,『週刊東洋経済臨時増刊生命保険特集1989年版』で,1,2部上場企業の大株主20位に含まれる生命保険会社の保有株式時価を集計したもの(1987年6月末)である。このデータでは,すべての保有株式が把握されず,生命保険会社が21位以下の株主である企業の株式は含まれないという問題をもっているが,すべての会社で利用可能である。図11(A)は,このデータにより構成された含み率を,左から収入保険料の降順に示したものである。
 第2のデータとして,『週刊東洋経済臨時増刊生命保険特集1990年版』に示された,各社の含み益公表額(1988年度末)を用いた。しかし,このデータでは,5社(協栄,日本団体,平和,大和,大正)が,含み益を公表していない。図11(B)は,左から収入保険料の降順に含み率を示したものである。含み益を公表するかどうかは,会社の選択であるが,おそらくこの判断は実際の含み益水準と相関をもっているはずである。したがって,未公表の会社をサンプルから除外してしまうと,貴重な情報を失ってしまうことになる。含み益の公表に関わる情報も活用するために,含み率があるしきい値以下にある会社は,含み益を公表しないというモデルを考えて,Tobit推定をおこなうことにする。しきい値を特定化する方法がないため,ここでは公表値の最低値とする方法,0とする方法の2つを試み,両者の定式化で頑健な結果が得られるかどうかを見ることにする。
 説明変数としては,まず,企業規模の代理変数として総資産の対数を使用した。ここで検証したいことは,総資産規模変数が有意に正であるかどうかである。また,会社の成長が急であると含み益が薄まることから,10年前あるいは20年前と推定時点の総資産の比をとった。この変数の係数は負の符号が予測される。


図11(A) 生命保険会社の含み率
図11(A) 生命保険会社の含み率

図11(B) 生命保険会社の含み率
図11(B) 生命保険会社の含み率

 推定結果は表5に示されてある。(1),(2)は最初にのべた含み益のデータを用いたものであり,White(1980)による,分散の不均一性を想定した回帰モデルを適用した。規模変数である総資産の係数の推定値は約1で,いずれも有意に正の値をとっている。

表5 生命保険会社の含み益と規模の関係

(1) (2) (3) (4) (5) (6)
総資産(対数) 1.0
(0.13)
1.0
(0.11)
0.80
(0.26)
0.88
(0.23)
0.54
(0.20)
0.63
(0.19)
成長率(10年間) −0.74
(0.23)
−0.25
(0.19)
−0.26
(0.15)
成長率(20年間) −0.078
(0.019)
−0.078
(0.030)
−0.069
(0.027)
決定係数 0.56 0.60
回帰の標準誤差 1.1 1.1
対数尤度 −29.47 −26.70 −25.56 −23.19
  • (1)(2)は87年6月末の1部、2部全上場企業の大株主20位までに該当生保が入っている株式の時価総額(週刊東洋経済生命保険特集89年版)を用いた。
  • (3)〜(6)は88年度末株式含み益(週刊東洋経済生命保険特集90年版)を用いた。
  • (1)(2)についてはWhite(1980)による分散の不均一性を考慮した推定値である。
  • (3)(4)は含み益率がゼロ以上の場合に,その数値を公表すると仮定したTobit推定を行った。
  • (5)(6)は含み益率が公表値の最小値以上の場合に,その数値を公表すると仮定したTobit推定を行った。
  • 括弧内は係数の標準誤差。

 第2のデータ(88年末)を用いたTobitモデルの推定では,含み益率以上の場合には公表され,観察され,以下の場合には公表されずに観測されないとすると,含み益率の観測値をyとして,

と定式化される。を先駆的に特定化することは困難であるが,ここでは=0と=0.954(公表値の最低値)の2通りの想定を考え,結果が頑健であるかどうかを調べた補足8

補足8
Tobitモデルは最尤法を用いて推定されている。ここでの推定の最大の問題はサンプル数が非常に小さいことである。小標本では,最尤法のパフォーマンスが悪くなることが知られている。

 (3),(4)は=0とした推定結果であり,総資産の係数の推定値は0.80,0.88で,いずれも統計的に有意である。=0.954とした(5),(6)においても0.54,0.64となり,いずれも有意な結果が得られている。以上のことから,本稿でとくに重要視した,含み益と規模の間の正の相関が,ここで確認された。
 また,総資産成長率の係数も期待したように有意に負の値が観測されている。



  おわりに

 本稿の結論をまとめると以下のようになる。
 (1)パネルデータによる費用関数を推定し,規模の経済の検証をおこなった。会社の商品構成,経営高効率の違いを会社固有の効果としてダミー変数として定式化する推定をおこなったところ,規模の経済の弾性値(費用の規模に関する弾性値の逆数)は2以上の値が計測され,規模の経済の存在が確認できた。
 (2)この規模の弾性値は,これまでの横断面データによる実証研究で得られていた弾性値の約2倍に相当する,大きな値である。この違いは,ここで会社固有の要因による費用関数のシフトを考慮に入れたことによる。各社の時系列での費用節約効果(費用成長率が規模成長率を下回る分)を規模の経済と技術進歩とに分解したところ,これまでの研究で得られていた弾性値のもとでは,費用節約分の約8割が技術進歩によると計算されるのに対し,本稿で推定された弾性値のもとでは,費用節約のほとんどすべては,規模の経済の貢献によるものとされる。
 (3)会社ダミー変数と規模との間には正の相関がある。会社ダミー変数が生産フロンティアの内側で操業されることの非効率性をあらわすと考えると,このことは大会社ほど非効率の程度が大きいことを意味している。しかし,会社ダミー変数をすべて費用効率性の反映と考えると,大会社の実際の事業費の過半が非効率によるものと計算されてしまう。おそらく,各社の商品構成の違いが回帰式に含まれた説明変数だけではとらえられず,会社ダミー変数に反映されてしまっている,と考えられる。
 (4)生命保険商品は「保障」と「貯蓄」の2側面をもつものとみなし,収入保険料と責任準備金を規模変数とした費用関数の推定をおこなったところ,やはり規模の弾性値は2を越え,規模の経済の存在が確認された。範囲の経済の必要条件である費用補完性の条件は満たされず,範囲の経済の存在は確認されなかった。これは筒井・関口・茶野(1992)と同等の結論である。
 (5)剰余を説明する方程式を推定したが,規模の弾性値は1より有意に小さい。規模の経済による事業費の低減が剰余に反映されないのは配当が経営活動の結果として決定されるのではなく,必要な配当水準を確保するように剰余が操作されて決定されることを示唆している。
 (6)生命保険市場が競争的であるが,規制による競争制限が存在するかどうかは,規制による準地代が存在するかどうかを検証することによっておこなうべきである。@規模の経済の存在,A配当の横並び,B保険契約者の裁定の不完全性が成立すれば,規制による準地代は含み益へ向かい,含み益と規模との間に正の相関が生じるはずである。本稿では,2種類のデータから,この正の相関を確認した。


  補論 生命保険会社の費用構造への代替的接近

 規模の経済,経営の効率性を議論する鍵となるのが,事業費の構造である。したがって,どのような保険商品に対してどれだけの事業費が発生しているのか,を把握することができれば,生命保険会社の経営効率の実態の把握に大きな参考になるであろう。しかし,残念ながらこれに関する十分な情報開示はされていない。生命保険会社のディスクロージャ資料のなかで利用できる情報としては,事業費を営業活動費,営業管理費,一般管理費の3要素に分類したものであり,これから多くの情報を引き出すことは困難である。
 すべてを集計した事業費に多くの情報がなければ,事業費を用いた分析の有効性そのものが失われることになる。その意味で,観察された事業費に含まれる情報をチェックすることが必要である。
 ここでは,すでに説明したような付加保険料の計算方法にもとづき,事業費を説明する回帰分析をおこなう。付加保険料は,予定事業費を反映して決定されており,実際の事業費の動きの大きな部分をこの予定事業費が占めているならば,こうした定式化がある程度当てはまると考えられる。すでにのべた付加保険料の計算方式では,付加保険料は死亡保険金,生存保険金,新契約高の関数となる。さらに,個人保険と団体保険での費用構造の違いを考慮して,モデルを組み立てることにする。
 本稿では,事業費を説明する変数として,
 死亡保険金(個人)
 生存保険金(個人)
 新契約保険金(個人)
 死亡保険金(団体)
 新契約保険金(団体)
を考える。商品構成の違いとして,死亡保険と生存保険の違い,既存契約と新契約の違い,個人保険と団体保険の違いを考慮にいれている。ただし,データの制約上,概念と実際のデータは完全には一致しない部分がある。まず,生死混合保険では死亡保険金と生存保険金とが個別に集計されていないため,正確な死亡保険金総額,生存保険金総額を得ることを困難にしている。また,年金契約に関する変数も説明変数として追加するべきであるが,事業費の積算ベースとして使用しうる適当な変数をとることが困難であるため,ここでは年金契約を考慮の対象外とした。
 それぞれのデータの構成方法は以下の通りである。
 死亡保険金(個人) 個人保険保有契約高
 生存保険金(個人) 個人保険保有契約高から個人保険死亡保険保有契約金額を引いたもの
 新契約保険金(個人)個人保険新規契約高。これには死亡保険金と生存保険金の両者が混在しているという問題点がある。
 死亡保険金(団体) 団体保険保有契約高。団体保険の生存保険金を説明変数にいれる必要があるが,データが存在しないことと,団体保険は死亡保障の役割が大きいことから,生存保険金の部分を無視した。
 新契約保険金(団体) 団体保険新規契約高。個人保険の場合と同様の問題がある。
 それぞれの変数を収入保険料で基準化し,時間ダミーと会社ダミーを含んだ2方向固定効果モデルを推定した。この推定式の定式化の構造では,定数部分(正確には定数×収入保険料)は,固定費用をあらわすことになる。
 推定結果は,表A1にまとめられている。(1)は,対象となる期間全体でサンプルのとれた21社を対象としたもの,(2)は,他社と比較して事業費率が低い太陽生命と大正生命を除外した19社を対象としたものである。両者の係数の違いはさほど大きくはなく,推定結果はサンプルの構成には頑健である。

表A1 生命保険会社の事業費の構造

(1) (2)
保有保険金額(個人)(×10−3 2.0
(0.27)
2.0
(0.29)
生存保険金額(個人)(×10−3 1.2
(0.17)
0.90
(0.19)
保有保険金額(団体)(×10−3 −0.69
(0.16)
−0.84
(0.17)
新規契約高(個人)(×10−3 9.4
(0.95)
9.0
(0.99)
新規契約高(団体)(×10−3 6.8
(1.6)
6.4
(1.6)
決定係数 0.92 0.92
回帰の標準誤差 0.016 0.016
(1)は21社をサンプルとしたもの。(2)は太陽、大正を除いたもの。変数は収入保険料で規準化したもの。
括弧内は係数の標準誤差。

 係数の結果は,以下のように解釈される。個人保険にかかる事業費は,死亡保険金1000円当たり約2円,生存保険金1000円当たり約1円である。団体保険の保有保険金額の係数は負に推定されている。これらの保険契約にも費用はかかっているはずなので,符号は予想されたものとは反対のものが出ている。新規契約にかかる費用は,個人保険が保険金1000円当たり約9円,団体保険が保険金1000円当たり約6〜7円であると推定されている。団体保険の保有保険金額の係数以外は,推定値はいずれも予想される符号で有意であり,妥当な範囲に求められている。以上の結果は,集計された事業費からもある程度の情報を引き出せることを示唆している。
 ここでの推定結果をもとに,各社の事業費率の実績値と推定値を示したのが,図A1である。大手会社については比較的順調に追跡されているが,規模の小さい会社については,過小推定になっている。


図A1 事業費率の実績値と推計値
図A1 事業費率の実績値と推計値


   参考文献


HomePage