1996年9月:No.1996―8

『長期資金の決定メカニズム-1980年以降の日本企業の実証分析−』

                            特別研究官(東京大学助教授) 福田 慎一
                           客員研究官(東京都立大学助手) 計   聡
                              第二経営経済研究部研究官 小原 弘嗣
                                       研究官 河原 史和
 本稿では、1980年代以降の日本の金融市場において、長期資金をどのようなタイプの企業が需要してきたかを、近年理論的に大きな発展がみられた「情報の経済学」や「不完備契約理論」の観点から考察する。本稿における分析の大きな特徴は、どのような特性をもつ企業が長期資金を選択するかに関する理論モデルを提示し、理論的に導かれるインプリケーションを金融の自由化が進展した1980年代以降を対象として実証的に明らかにするものである。  本稿の前半の分析ではまず、経営者と株主との間に契約の不完備性や生産性に関する情報の非対象性を仮定することで、長期プロジェクトを実行しようとする企業のうち、どのタイプが短期の資金を調達し、どのタイプが長期の資金を調達するかが理論的に考察される。そして、その結果にもとづき、(1)平均収益が大きい企業ほど、長期融資を選択する傾向にある、(2)経営者固有の利益が大きい企業ほど、長期融資を選択する傾向にある、(3)プロジェクトを自己資金でまかなう比率が高い企業ほど、短期融資を選択する傾向にある、(4)プロジェクトの規模が大きい企業ほど、長期融資を選択する傾向にある、という四つの仮説を提示する。
 以上の理論モデルの結果は、企業が長期資金と短期資金のいずれを選択するかは、その企業がもつ属性に依存することを示している。そこで、本稿の後半における実証分析では、これら四つの仮説をもとに、金融自由化が進んだ1980年代以降においてどのような特性をもつ日本企業に長期の資金調達が多かったかを実証的に検討する。その結果、少なくとも長期借入金に長期融資を限定する限り、われわれの理論仮説はおおむね当てはまっており、長期融資は平均収益が大きいが株価は低い企業ほど選択される傾向にある一方、短期融資はプロジェクトを自己資金でまかなう比率が高い企業や規模の小さい企業で選択される傾向にあることを明らかにした。