郵政研究所ディスカッション・ペーパー・シリーズ NO.1998-04

年齢別の消費・所得・資産の不平等

松浦 克己 *
滋野 由紀子 **


1998. 4.16


* 郵政省郵政研究所特別研究官(横浜国立大学経営学部助教授)
** 郵政省郵政研究所客員研究官(神奈川大学経済学部専任講師)




年齢別の消費・所得・資産の不平等

横浜市立大学商学部  松浦 克己
大阪市立大学経済学部 滋野 由紀子

要旨

 日本では高齢化と不平等の関係が問題となっている。賦課年金制度や税制で若い世代から高齢者世代へと一方的な所得移転が行われている。1994年の全国消費実態調査によれば,消費・所得・資産の各面で60歳以上の高齢者世代内部の不平等は,30,40代世代内部よりも大きい。また消費・所得・資産の水準も60代以上は30,40代を上回る。現在の社会保障制度は世代間の軋轢や社会全体の格差を拡大しかねない。その意味で世代間,世代内の格差を踏まえた制度の見直しが必要である。



Age-based Inequality of Consumption ,Income and Wealth

Yokohama City University Katumi Matuura Osaka City University Yukiko Shigeno

The relationship between again and inequality is unbalanced in Japan. Monetary resources have been transferred from the non-elderly generation to the elderly generation through the pension and taxation system. Our analysis of the 1994 National Survey of Family Income and Expenditure reveals that inequality of consumption,income,and wealth within the elderly generation is more conspicuous than that within the non-elderly generation. Additionally ,the standard of living oft elderly generation is better thanthat of the younger generation. Furtheremore,the current social welfare program and taxation system seem to produce conflicts among the generations and enhance this social division.The social system must therefore bereconfigured,taking into account the ever-widening division within and between generations .







年齢別の消費・所得・資産の不平等

大阪市立大学経済学部 滋野 由紀子
横浜市立大学商学部  松浦 克 己

1. はじめに

1980年代以降における不平等の拡大が米国,英国をはじめ先進諸国で問題になっている。米国では所得格差の拡大から中間層の衰退(disappering middle class)がいわれ,社会の亀裂が指摘されるに至っている1)。英国では所得の不平等のレベルは米国以下であるが,その格差の拡大スピードは米国以上であるとされる(米国を中心とした動向についてGottschalk andSmeeding[1997] 参照)。またRam[1997]は戦後の先進国19ヶ国のデータ(世銀)を用いKuznetの逆U字カーブ仮説をパネルの固定効果モデルで検証している。それによれば逆U字カーブはみられずに,経済成長の初期段階では不平等レベルは低下するがやがて反転し,成長と共に不平等レベルが大きくなるU字型であることを報告している2)。我が国についても80年代後半に所得,資産の両面で不平等が拡大したことが指摘されている。
  不平等の拡大要因としては様々な経済的,社会的,人口学的要因が上げられている。たとえば所得や消費に関しては次のようなものがある。
 1.高齢化(高齢者の間では所得,資産とも不平等度が若い世代より高い。したがって高齢者の比重が増大すれば高齢者内部の不平等の大きさが,全世代を合計した社会全体の不平等の程度を拡大させることになる)
 2.技術革新の進歩(より高度の技術を持つ者に対する労働需要が高まる反面,未熟練労働者や陳腐化した技術を持つ者に対する需要が減少するので,両者の相対的な賃金格差が増大する)
 3.経済の自由化 (国際競争力の弱い部門での労働需要が減少し,その部門に属する人の賃金が相対的に低下する)
 4.家族構成の変化 (extended familyの減少で,従来はそこに含まれていた貧しい高齢者が単身世帯となり,その貧しい高齢者層が顕在化したことが影響する)
 5.女性の労働就業率の上昇(女性の雇用労働率が上昇することにより,稼得人数の多寡による世帯間の不平等が拡大した)
 6.税制の変更(所得税の累進税率の低下や逆進的な消費課税で課税後所得の不平等度が高まり,それがさらに消費の不平等拡大をもたらす)  また資産にかんしては次のような要因も付加されよう。
 7.受け取り遺産額の変化(遺産受取りの有無のみならずその額が上昇したことで,初期資産が変化した)
 8.資産別の収益率の格差(保有資産の収益率の違いにより,資産蓄積の程度が異なった)

 どの要因がどの程度不平等のレベルに影響しているのか,あるいはその傾向を拡大しているかは,国や時代によっても異なるであろう。いずれにせよ年金などの社会保障制度や税制という再分配政策を構築する上では不平等の現状を把握し,その主要な原因がどこにあるかを把握することは重要な前提である。
 我が国に関して言えば急速な高齢化が分配とどのように関連しているかを把握することはとりわけ重要である。というのは賦課年金制度や老人医療費の助成等の社会保障制度や年金所得の控除あるいは高齢者控除等の税制は,若い世代から高齢者世代への一方的な所得移転であるが,その世代間の負担の差が年金制度にみられるように徐々に耐えられなくなりつつあるからである。
 この様な世代間の一方的な所得移転政策には暗黙のうちに2つの仮定があるように思われる。1つは高齢者世代の方が若い世代より貧しいということである。(これを理由として豊かな層から貧しい層へ所得移転を行う)。1つは高齢者世代内部の方が若い世代の内部より平等であるという,世代内の不平等の程度について世代間で差があるということである。つまり高齢者はなべて貧しいというという認識である(これを理由として豊かな階層の豊かな人から,なべて貧しい高齢者層へ所得移転を行う)。
 しかし家計の効用を示す消費水準に関して高齢者世代が他の世代よりも低いと考える先験的な理由はない。また高齢者世代は他の世代に比べてそのグループ内の不平等の程度は,長年の稼得能力の違いが蓄積されることで高いと予想される3)。資産蓄積の平均水準についても,高齢者世代の方が他の世代よりも高いといわれている。仮にこれらの事情が該当しているならば,高齢者を高齢者であるという理由だけで一律に優遇し,若い世代から高齢世代への一方的な所得移転を図る現行の社会保障制度や税制は再検討を必要とするであろう。
 平等・不平等という経済状況・経済構成は何を評価するか,誰を対象とするかによって結果が異なることもある。従ってそのインプリケーションも変ることがある。その意味で表価対象や誰を対象とするかということについては多面的な角度から分析することが望まれる。
 そこで本論文では1994年の「全国消費実態調査」を利用して,年齢毎の消費,所得,資産について世帯単位と世帯1人当たりの不平等を推計する。この3つの評価対象と2つの単位を通じて,各年齢毎の不平等の現状がどうなっているのか,それは指摘されるように高齢者内部でより格差が大きいのか,また消費水準等は世代間で差があるのか,について実証する。これにより日本の分配の現状の把握に努め,一方的な所得移転政策を行うことに今日なお根拠があるのかそれともその根拠とされたものは消滅しているのか,ということについて分析する。
 本論文の構成は以下の通りである。第2節で評価対象に何をかんがえるかまた誰を基準とするかについて解説する。併せてデータについて簡単に触れることにする。第3節で最近の不平等分析に関する先行研究を紹介する。第4節で推計結果について解説する。第5節で本論文のまとめと課題について触れる。




2.何に対する不平等か,誰に対する不平等か

1)不平等の評価対象
 平等あるいは不平等ということは何らかの経済状態・経済構成に対する評価であるから,どのような経済状態を取り上げるかが課題となる。その評価対象には生活水準(standard of living)と生活水準の源泉となるもの(level of resources)が考えられる。(McGeroger and Barooah[1992]参照)。

(消費と所得)
  生活推準消費で,その源泉となるものは所得で代表される。言うまでもなく家計(個人)の効用は消費から得られるし,その消費する財,サービスは所得により購入されるからである。恒常所得仮説=ライフサイクル仮説の観点からは,その時々の所得は多少変動しても,消費は生涯を見回した恒常所得を反映しているのでよりゆるやかにしか変動しないと考えられる。その意味で安定した分析という観点からは消費を取り上げることが考えられる。消費も自動車等の耐久消費財は変動が大きいので,それらを含まないサービスや非耐久消費財の方がより恒常所得を反映していると考えられる。
  反面,消費性向は所得階層により顕著な差があることが知られている。また低所得にランクされるが消費支出は高ランクに位置ずけられる階層(逆もある)の存在も指摘されている(Rougers and Gray [1994]参照)。消費のみをみるだけでは経済状態を捉えるには限界が実際上はあるであろう。
  消費と所得の平等度・不平等度はレベルに関しては開きはあるものの,その拡大や縮小という傾向には余り差がないともいわれる。また先行研究の多くは所得により分配の不平等を計測している。消費による場合も消費合計がとられることが多い。先行研究との比較の上では所得や消費合計による方が便宜である。この理論的側面と実際上の側面から本論文では消費と所得の両方について概観する。具体的には,

   1 消費支出合計(耐久消費財+半耐久消費財+非耐久消費財+サービス財)
   2 サービス財+非耐久消費財に対する支出
   3 グロスの年収(税込みの粗年収)
   4 勤労者世帯の可処分所得
   5 一人しか働いていない勤労者世帯の可処分所得を取り上げる。

(資産)
 資産は所得と同様の効果を持つ。その資産については処分可能な市場性のある資産(marketable wealth ,disposal wealt)と拡大された資産(argumented wealth)とに区分される。市場性のある資産にカウントされるのは次のようなものである。
1.土地・住宅などの不動産,2.預貯金,公社債,投資信託,株式などの金融資産,3.生保・年金の解約返戻金, 4.耐久消費財, 5.住宅ローン,消費者ローンなどの負債,である。これらは言い換えれば現段階において市場で処分可能な純資産である。
 拡大された資産は,上記の市場性のある資産に将来の年金給付や社会保障給付の割引現在価値をくわえたものである(これらは現段階で処分可能というものでは必ずしもない。)
 本論文では,将来の年金給付や社会保障給付の割引現在価値を知ることが困難なので,市場性のある資産(ただし耐久消費財を除く)を取り上げることにする。


2)誰の不平等か

 経済状態といってもそれがどのような単位を指すのかが課題となる。通常それには家計総計,家計一人当たり,equivalent scalesによって基準化された家計の3通りが考えられる。家計総計はそれが予算制約を共にするものなので,経済単位として捉えられるからである。しかし生活状態(それを生み出す源泉)からいえば,2人家族の消費支出額(所得)と3人家族のそれが同一であったとしても,その経済水準が家計間で共通であるということはできないであろう。 それを補正することが望ましい。その補正の簡便法の一つが家計一人当たりに換算することである。しかし家計には規模の経済がある。また家族構成の違いによる家計のニーズの差を考慮することが生活状態を考える上で望ましいであろう(たとえば大人と子供とでは必要とされる消費水準は異なるであろう)。
その意味でequivalent scalesによって基準化された家計を取り上げることがより望ましい。ただしequivalent scalesの計測自体が我が国では余り進んでいないことも有り,本論文では家計総計と家計一人当たりの2通りを取り上げることにする。

equivalent scalesによって調整された所得(消費)をyi

と定義する(Buhamann [1988],Coulter et al[1992]参照)。このとき本論文のように家計総計と家計一人あたりを分析するというのは,
δ=0 (家計全体の所得に該当。equivalent scalesを全く調整しない場合),<δ=1 (一人あたり所得に該当。家計の規模の経済を考慮しないケース),という2つの特殊ケースを取り上げたことになる。

3) データ
 本論文では1994年の全国消費実態調査(総務庁統計局)を用いる。全消は対象が大きく「単身世帯」と「普通世帯」に分かれるが,本論文ではこの双方を含めて分析する。というのは高齢化の影響を考えるとき,高齢者単身世帯を除くと問題を十分捉えきれない可能性があるからである。
 消費関連,グロスの収入及び資産については特に断らない限り勤労者,無職,非勤労者を含む全世帯を分析対象とする。ただし可処分所得関連については,データ上の制約などもあり勤労者家計に分析を限定する。またサンプル数等の関連もあり,消費・所得の年齢毎の分析は世帯主が25歳以上70歳以下,資産については25歳以上75歳以下とした。
  消費,所得に関連する値はすべて全消の報告値をそのまま用いた。財産所得の報告のあるサンプルは10%未満であり,その関係で所得については過小に推計されている可能性がある。資産のうち金融資産と負債についても全消の報告値をそのまま用いた。実物資産としては住宅・土地を取り上げた。土地価格については敷地面積に当該市町村の住宅地公示価格を乗じたて求めた。住宅については構造物の平均建築単価に建物面積を乗じ更に減価償却とデフレータを考慮して求めた(算出方法の詳細は松浦・滋野[1994]参照。)




3.80年代以降の消費・所得・資産の分配に関する先行研究

1) 日本の分配
  橘木・八木[1994]は、所得再分配調査(厚生省)を用い課税後所得のジニ係数が1980年の0.330から89年には0.421と急激に上昇していることを報告している4)。さらに90年の日経金融行動調査により持ち家の帰属家賃を推計し、それを考慮した再分配効果を分析している。それによれば全年齢で課税前平均所得のジニ係数は0.371、課税後は0.353で再分配係数は4.85としている。60歳以上の家計では各々0.437、0.422、3.43であり高齢者内部では不平等が拡大するのみならず再分配効果も弱いことを報告している。
 高山・有田[1994]は、1984、89年の全国消費実態調査により資産分布(耐久消費財を含む)を概観(年齢階層別、地域別等)している。89年においては全体のジニ係数は0.640で、資産額(5,322万円)のうち74%は土地であるとしている。年齢階層別では25-29歳のジニ係数が0.728と最も高くその後50-54歳の0.581まで逓減した後、70-75歳の0.647と再び不平等が拡大していることを報告している。また84年から89年にかけジニ係数は0.12も大きくなり、このバブル期にキャピタルゲインで資産面における不平等が急激に拡大していることを示している。
 松浦・滋野[1996]は、1986-89年の家計調査と貯蓄動向調査を用い、所得と資産の分配について分析している。そこではグロスの年収のジニ係数は全世帯(勤労者世帯)は86年で0.2728(0.2360)、88年で0.2682(0.2354)としている。正味資算については86年の0.6452から89年の0.6856といずれも不平等が拡大していることを示している。
大竹・斉藤[1996]は、Deaton and Paxson[1994]の方法により1979,84,89年の全国消費実態調査を用いて消費合計、食料、非耐久消費財および所得について対数分散と平均により、年齢別及びコ−ホ−ト別の不平等の効果を計測している。そこではコ−ホ−ト効果は消費について若い世代ほど不平等である。年齢別にみると消費関連では40歳以降急速に不平等が拡大すること、所得は30歳以降格差が拡大することを報告している。これから消費の不平等が世代間で引き継がれること(遺産等の受取)と高齢化が不平等の大きな要因であるとしている。
八代他[1997]は、国民生活基礎調査(1992年)を用い高齢者世帯の所得と資産の分布を分析している。そこでは全世帯(雇用者世帯)の世帯総所得ではジニ係数は0.392(0.329)であるが、世帯主が60歳以上では0.472(0.391)、65歳以上では0.489(0.401)であり、高齢者世代内でより不平等であると報告されている。また個人ベ−ス(ここでいう個人ベ−スは家計1人当たりではない。たとえば専業主婦は収入零として計算するものである)では、総個人の個人総所得(雇用者所得)のジニ係数は0.698(0.771)、60歳以上個人は0.632(0.902)、65歳以上個人は0.624(0.944)としている。
 これらの先行研究からすれば、80年代において所得と資産の両面で日本の不平等が拡大したことがうかがわれる。また他の世代よりも高齢者世代内部でより不平等であることがうかがわれる。



2) 欧米諸国の分配

(消費・所得)
Cutler and Katz[1992]は、米国の所得(デ−タはMarch Current Population Surveys,CPS)と消費(デ−タはConsumer Expenditures Surveys,CES)についてequivalent personsのEを次のように定義し推計を行っている。

E=(A+cK)e

 ここでAは世帯内の大人の数、Kは子供数、cは子供の大人に対する費用割合(resource cost)、eは家族の規模の経済の指標である。消費についてe=0(ニ−ズは家族数に影響されず、全世帯員が全ての消費を共有する、家族全体で計測)、e=1かつc=1(家計の規模の経済は無く、大人も子供と同様に扱う。家族一人当たりで計測)、c=0.4かつe=0.5のケースでジニ係数を求めている。結果は次のようである。

 80  84 88年80  84 88 80  84 88 c=1,e=0 0.270 0.291 0.286 c=1,e=1 0.323 0.335 0.344 c=0.4,e=0.5 0.251 0.272 0.273

いずれの指標でも格差拡大の傾向が示されている。Johnson and Shipp[1997]は、不平等の要因にはグル−プ内の不平等とグル−プ間の不平等の2つがあることに注目し分析している。CES(1980-81年と92-93年)により経常消費支出(current consumption)で分析し5)、グル−プ間の不平等の拡大と人口要因が格差拡大の75%を説明する要因であるとしている。グル−プ内の不平等は不平等レベルの最大の要因ではあるが格差拡大の寄与は25%未満としている。さらに貧困水準によって基準化された課税前所得、総消費支出、経常消費支出、非耐久消費財支出、必需財消費支出と消費等の定義を変えても格差のレベルは変わるが、格差拡大の傾向は変わらないことも報告している。


 Burkhauser and Poupore[1997]は米国と西独について長期的に継続する不平等(permanent inequality)と一時的な不平等(transitory inequality)に関しPanel Survey of Income Dynamicd(PSID)とGerman Socio Economic Data(GSOEP)とを用い分析している。対象期間は83-88年である。フルタイム労働者の所得では長期的に継続する不平等の比率は西独が93.5%、米国が95.2%で米国の方が不平等であるとしている。またequivalence scaleで調整された西独の課税前家計所得についてジニ係数で0.332(83年)-0.353(88年)、課税後所得で0.263-0.271と報告している(タイルの尺度では課税前が0.254-0.366、課税後が0.122-0.133である)。これから長期的に継続する不平等の問題の重要性と格差の拡大傾向を指摘している。
 これに対しSchwarze[1996]は、東西ドイツ統一後の問題に焦点を当てている。ドイツ統一後の所得分配についてタイルの尺度を用い、旧東独内、旧西独内、統一ドイツ全体と東西間について、GSOEPの1990-92年のデ−タにより分析している。ドイツの社会保障援助計画を指標として家計単位に所得を調整している。それによれば課税前所得は概して不平等は拡大しているが、課税・補助後の分配は統一ドイツで0.147から0.132に、旧東独内は0.054から0.066へまた旧西独内で0.118から0.112であり、再分配政策で格差が縮小していることを検証している。

Gouviea and Tavares[1995]はポルトガルについてSurvey of Family Budgetを用い(1980-81と90-91年)利用してNonParametricな方法で全体の分布を推計している。そこでは所得と消費を1)式のケ−スでδ=0.6を用いて調整している。なおジニ係数では次の通りとされる。

80(所得)

90年

80(消費)

90

 

δ=0

0.3680

0.3676

0.4238

0.4090

δ=0.6

0.3132

0.3092

0.3796

0.3578

δ=1

0.3305

0.3200

0.3956

0.3682

(資産)
Wolf[1996]は先進国8カ国の資産の分配状況をサ−ベイし、80年代では米国が最も不平等で、日本が最も平等であるとしている。また80年代に米国の不平等は高まっているが、カナダ・仏・英国で若干低下していることを報告している。これからすれば先進諸国で格差の拡大や縮小について一律の傾向は余りみられない。
Wolff[1992]では米国の長期的な資産分配の推移を分析している。1962年はSurvey of Financial Characteristics of Consumers(SFCC)を用いジニ係数は0.72、83年はSurvey of Consumer Finances(SCF)を利用してジニ係数は0.74と報告している。またSurvey of Income and Program Participation(SIPP)では84,88年のジニ係数は両年とも0.69としている。さらに資産の不平等を所得の不平等と株価(S&P)/住宅価格を説明変数として推計し、所得の不平等が資産不平等の主たる要因であると報告している6)。また年齢階層別に、各年齢階層の平均純資産/全年齢の平均純資産を計算し、これがライフサイクル仮説と整合的なかなり急なラクダ型の分布になることを報告している。
 
Jianakopolas and Menchik[1997]は米国のNational Longitudinal Survey(NLS)の成人男子(66年当時45-59歳)の1966,71,76,81年のデ−タにより、資産(disposal wealth)階層の移動を全体、白人、黒人の別に分析している。それによれば階層間の移動は意外と少ないとしている。また階層間の移動要因を分析し、税引後所得、遺産の取得、営業用資産等が上昇要因であり、逆に引退や初期資産が下降要因であるとしている。さらに初期資産の係数が負であることからpermanent distributiontはtransitoryなものより平等であるとしている。ただし最上位階層への移動には初期資産は正の効果を持つということを併せて示している。
 Kennicekell and McCluer[1997]は米国のSCF(1983と89年)により資産(純金融資産+非金融資産)をHHIで計測しやや不平等が拡大していると報告している。家計の資産蓄積過程を純資産変化額を利用して推計し、所得が正の効果を持つほか年齢階層、所得階層、遺産、初期資産が有意に影響しているとしている。全体としては説明力が低い(PusedoR2は0.04-0.06)のは、家計間の異質性(所得、健康、ライフスパンの不確実性、リスク選好度)によるとしている。



4推計結果

本節では、推計方法、全年齢階級を含めた全体の概況、各年齢毎の不平等の動き、各年齢毎の不平等の程度と年齢の関係および消費水準等について解説する。

1) 推計方法
推計は消費や所得に関しては、ジニ係数、タイルの尺度、アトキンソン係数によった。マイナスの値を含む資産についてはジニ係数によった(ただし報告は煩雑を避けるため専らジニ係数による)。具体的には以下による。
nを対象家計数、iをi番目の家計、μを平均の消費・所得・資産、xiをi番目の家計の消費・所得・資産とする。




2) 全体の概要

消費、所得、資産について全年齢階級を含めた推計結果は表1に掲げるとおりである(各年齢毎の数字を含めた統計量については補表参照)。 消費、所得、資産の不平等の各尺度の全てのケ−スで世帯当たりの不平等より1人当たりの不平等の方が大きくなっている。その差はジニ係数で0.02〜0.05であり、約5-20%の開きがある。これからすれば不平等のレベルを図る場合は複数の経済単位(ex世帯単位と1人当たり)で評価することが望ましといえよう。
 また消費合計、サ−ビス等消費、粗年収については全世帯の不平等の方が、世帯単位でみても1人当たりでみても、勤労者世帯よりも大きくなっている。これは勤労者家計内部よりも自営業等の非勤労者家計内部の方が不平等であることを示唆している。
耐久消費財等を含む消費合計の不平等がそれらを含まないサ−ビス等消費よりも大きくなっている。恒常所得仮説の関係からは後者の方がより安定していると考えられることと整合的である。
 また粗年収と消費合計・サ−ビス等消費を全世帯についてみると、概して粗年収の係数の方が大きくなっている。年間ベ−スと月次ベ−スの違いと粗年収は税込みであるから処分可能な資源というわけでもないことに留意する必要があるが、消費の方がよりスム−ズである可能性を示唆している。ただし勤労者世帯の可処分所得と消費ではこの関係は当たらない。可処分所得は普通世帯が9-11月(単身世帯は10-11月)で毎月の勤労所得に比べれば変動が大きいといわれるボ−ナスを含んでいないことが影響している可能性がある7)。

表1

3) 年齢別の結果

年齢別の結果は図1−図8に示すとおりである。消費、所得、資産で異なった動きがみられる。

(消費)
消費合計(図1,2参照)でみると全世帯の世帯単位をベ−スとしてみる場合では、30代の半ばまでジニ係数は低下傾向を見せるが、その後は62歳まで上昇し、再度低下している。それでも61歳以上の階層ではジニ係数は0.304から0.352で30歳代の0.202-0.227をかなり上回る。1人当たりでみると30代半ばから40代半ばのジニ係数が相対的に低く、60歳以上の高齢者については0.361-0.296と高い傾向がみられる。勤労者世帯でも概ね同様の傾向がうかがわれる

図1

図2

 より恒常所得を反映するとみられるサ−ビス等の消費(図3,4参照)では、全世帯の世帯ベ−スでみると30代半ばまでジニ係数は緩やかに低下したあと60歳にかけて上昇し、その後は0.25-0.3前後で30代、40代前半の0.2前後に比べ比較的高水準で推移している。1人当たりでみると緩やかなU字型であることがうかがわれる。60歳以上でのジニ係数は0.273-0.330であり、25歳-31歳の0.292から0.316と近いものとなっている。勤労者家計についてもほぼ同様の傾向がうかがわれる。
図3

図4


(所得)
粗年収(グロス年収)は世帯単位でみると50代以降に格差が拡大する傾向が見える(図5,6参照)。特に60歳以降では0.330-0.408と30代の0.203-0.234を大きく上回り、高齢者内部での格差の大きさを裏付けている。1人当たりでみるとこの傾向は弱くなる。それでも60歳以上の家計の格差は30代半ばから40代半ばという中堅層を上回るものとなっている。勤労者家計の世帯単位では、50代以降ジニ係数はやや上昇している。1人当たりでは若年層の方が格差が大きい傾向が見える。 図5 図6  次に勤労者家計の可処分所得でみる(図7参照)。世帯単位でみると20代から40代までは概ね0.18前後で推移しているが57歳以降では0.24-0.32であり、50代の後半に顕著なジャンプがみられる8)。しばしば国際比較の対象とされる世帯主のみが就業するケ−スをみても58歳以降で顕著なジャンプがみられる。他方世帯1人当たりでみた場合はこのような顕著な格差はみられない。この世帯単位と1人当たりとの違いは、複数就業者の影響が高齢者世代で強いということなのかもしれない9)。

図7

(資産)
資産分配が所得や消費に比べ格段に不平等であることはしばしば指摘されるが、本研究の場合も世帯単位でみてジニ係数は0.51から0.81に分布しておりその例外ではない(図8参照)。また消費や所得関連と比べて、資産ではかなり急なU字型となっている。資産の蓄積は、初期資産(遺産等)とその後の稼得能力によるところが大きい。資産の不平等にみられるU字型は遺産の受取や親との同居による事実上の資産の移転が若い層で影響していること10)、高年齢では長年にわたる稼得能力の違いが蓄積されて出てきているといえよう。

図8


4) 世代内の不平等と年齢の効果

世代内(各年齢毎)の不平等の程度が年齢と関係しているかどうかを簡単に検証するために、ジニ係数と年齢を用いて分析する。消費、所得、資産の各々について以下のような推計を試みた。なお年齢の二乗項は非線形の効果をみるものである11)。

ジニ係数=α+β年齢+β年齢 5)

εは誤差項で、正規分布を仮定。

 DW統計量により推計はOLSまたはAR1(最尤法)で行った。クロスセクションデ−タであれば、DW統計量の問題は通常無視して差し支えない。ただ空間的相関を考慮する上では、意味があるのでここではこれも試みた。年齢、年齢の二乗項がいずれも10%水準で有意ではないケ−スについては多重共線関係を考慮して、β1=β2=0の帰無仮説の尤度比検定も行った。結果は表2に掲げるとおりである。 消費合計1人当たり(全世帯、勤労世帯)と勤労者世帯のサ−ビス等消費の世帯当たりのケ−スに関しては、10%水準でβ1=β2=0の帰無仮説が棄却されない。これらのケ−スについては世代内の不平等の程度と年齢の関係はうかがわれない。 他のケ−ス、特に所得と資産関連については年齢に関する統計的有意度は概ね高くなっている。消費に比べて所得や資産の方がより強く年齢と関係するのは、遺産や寿命の不確実性が影響している可能性が考えられる。  いずれにせよ多くのケ−スで消費・所得・資産の世代内の不平等が年齢と非線形の関係にあることは注目される。70年代に採用され今日まで継続している高齢者が高齢者であることのみを理由とする賦課年金制度等の優遇策を採用した理由の一つは、高齢者世代の内部は他の世代に比べれば相対的に格差が少ないことである。しかし推計で示された年齢の非線形効果は、30,40代の中堅層の内部に比べて高齢者世代の内部の方が不平等であることを示唆している。高齢者への一方的な所得移転の根拠の一つは今日もはや存在しない。  またこの推計結果は、社会の平均年齢が低下する(ex30,40代の比重が高くなる)局面では格差が縮小し、逆に平均年齢が上昇する(ex60,70代の比重が増加する)局面では格差が拡大することを示唆している。そうであれば高度成長期にいわれた日本の平等社会と今日の格差の開いた社会の違いは、少なくともその要因の一部は、社会の年齢構成の違いに帰されることになる。

表2


5) 消費、所得、資産の水準

以上年齢毎の不平等の程度を中心に分析し、20代の若年層と60歳以上の高齢者階層で不平等が高くなるU字型の傾向にあることをみた。家計や個人の効用をみるうえでまた世代間の資源の移転(及びそれによる格差の拡大)を考えるためには、消費、所得、資産についてその水準を問う必要がある。
 消費や所得の水準をみると世帯1人当たりの消費合計、サ−ビス等消費、グロスの年収、可処分所得のいずれをみても30代から40代前半の年齢階層が鍋底となっている(補表参照)。たとえば理論的には恒常所得を最もよく反映するとみられるサ−ビス等消費(1人当たり)では37歳が55千円であるのに対し、20代は74千円から92千円、60歳以上は81千円から89千円で70歳でも87千である。家計の規模の経済を考慮していない特殊ケ−スであることに留意する必要があるが、消費では高齢者家計が30代、40代の中堅層より15-55%高い水準を享受している。消費や所得について言えば、中堅層は相対的には貧しいが、貧しい年齢層の中ではより平等である。逆に高齢者は相対的には豊かであるが、豊かな年齢層の中では格差が大きい。
資産については60代前半まではほぼ年齢と共に上昇する12)。60代以降では9千万から1億1千万円であり、30代・40代の2千万から6千万を凌駕している。高齢者には非常に資産蓄積の厚い層があること、その格差も際だっていることを示唆している。これは1989年の全消に基づく高山他[1992]の結果と共通している。
このように消費水準・所得水準・資産水準とも60歳以上の高齢者の方が30,40代を上回るということは、高齢者の方がより貧しいという高齢者への所得移転政策の根拠の一つがないということを示唆している。


おわりに

本論文では、@サ−ビス等消費、所得や資産について60歳以上の高齢者内部の方が30、40歳代の内部より不平等が大きいこと、Aサ−ビス等消費、所得や資産の不平等の程度が年齢と非線形の関係にあること、B消費水準等については60歳以上の方が30,40代よりも高いこと、を示した。言い換えれば30,40代が相対的に貧しくかつ貧しい年齢階層の中では格差が少なく、逆に60歳以上の高齢者階層は相対的に豊かでありかつその内部では格差が大きいというものであった。
 なべて貧しい階層から豊かな階層へ(その内部で格差が大きいということはその中に非常に豊かなグル−プが存在することを意味している)へ一方的な所得移転を図ることは、公平の観点からは理解できない。それが年齢のみを理由とする社会保障制度や税制を通じて行われている日本の現状は、世代間の軋轢を招きかねない。さらに世代間の不平等を拡大することで社会全体の不平等を拡大しかねない。その意味で高齢者が高齢者であることだけを優遇する制度は、今日もはやその根拠を失ったといえる。
 本論文に残された課題について触れておきたい。本稿ではequibalent scalesについては十分な考慮は払われていない。Cutler and Katz[1992],Gouviena and Tavares[1995]の研究が示すように、δの取り方によって不平等のレベルは変わる。δの値について何らかの仮定をおき不平等のレベルや傾向を分析することが望ましい。それは不平等の国際比較を行う上でも有益であろう。
また1時点のクロスセクション分析であるので、各家計・個人に関する消費や資産階層間の移動という動学的な分析は行っていない。機会の公平を考えるならば何が人々の社会的ポジションに影響するかを把握することは重要な意味を持つ。家計のパネルデ−タを欠く我が国では、この面の分析は乏しい。消費、所得、資産を含むパネルデ−タの開発が望まれる。



1)ただしWolfson[1997]はこのdisappering middle classの論議に関しては、不平等の拡大と二極分化問題を混同していると批判している。
2)Gini=18.4LRY+4.0LRY2 (LRYは一人あたり実筆GDP)
3)Cyrus and Jian[1997]は台湾の家計年次報告(extended familyの増減による家計内の就業者数の変化)が家計所得の不平等に影響することを検証している。
4)0.421という値は米国を含む他お先進諸国よりも高い。しかし他の研究と併せると所得再分調査と八代他[1997]で用いられている国民生活基礎調査のジニ係数はいかにも高く、この2つのサーベイは標本設計に疑問があるように思われる。
5)住宅ローンの利子、固定資産税、乗用車購入の純経費を含む。耐久消費財の消費相当額は含まない。
6)wealth inequality index-5.52+1.31 Income inequality+1.49S&P/housing price
という推計結果を得ている。(カッコ内はt値)。なお分析期間は1992-88年(の内20ポイント)である。
7)これらの値を我が国の先行研究と比較することは、対象範囲データさらに定義の違いから必ずしも容易でない。その点に留意しhて比較的定義や方法論が共通する松浦・滋野[1996]と簡単に比較する、(世帯ベースでみる。なお松浦・滋野は単身世帯と農家を含まない。可処分所得についてはボーナス期の12月の値を含む。)定義が共通する粗年収では全世帯・勤労者世帯とも89年の家計調査(0.2682と0.2354)より格差は拡大している。勤労者家計の可処分所得は、逆に格差は縮小している。(0.2437)。従って所得については結果はやや曖昧である。資産についても縮小している(0.6856)。これはバブル崩壊による土地価格の下落を反映していよう。
国際比較は更に困難であるが、一応みてみることにする。Cutzler and Katz[1992]による米国の消費と比べると消費合計世帯当たりでは米国と同水準、1人当たりでは日本の方がより平等である。Schwarze[1996]による統一ドイツの課税後所得と日本の勤労者家計の可処分所得では、日本の方が概して不平等である。経済成長期にあるポルトガル(Gouviena and Tarares[1995])と比較すると消費・所得とも世帯単位、1人単位でみて日本の平等度が高い。資産はWolff[1992]が世界で最も不平等とした米国よりは日本の方が格差が少ない。
分配に関する国際比較は困難な問題を伴うが、そのことに留意しても、日本の消費や所得の分配は格別不平等であるとはいえないよに思われる。
8)56歳でジニ係数は大きく低下するが、これは最初の退職を反映しているのかもしれない。
9)複数就業者が不平等に与える影響について松浦・滋野[1996]参照。
10)30-34歳で父母と同居する世帯は5489万円(ジニ係数0.5326)、父母と同居しないケ−スは1851万円(0.6675)である。
11)世代内の不平等をみる上で、この定式化が十分なものであるというつもりはない。ここでは仮に世代内の不平等が年齢と関係するかどうかをみるだけである。
12)急なラクダ型であるという米国に関するWolff[1922]の研究とはかなり異なている。全体として見た場合、日本の高齢者は資産を必ずしも取り崩してはいない。その意味でライフサイクル仮説に該当する家計と、そうでない家計遺産動機を持つやあるいは寿命の不確実性を高くみる家計が相当存在するのかもしれない


参考文献