郵政研究所ディスカッション・ペーパー・シリーズ NO.1998-04 | |||||||||||||||||||||
年齢別の消費・所得・資産の不平等
松浦 克己 *
滋野 由紀子 ** 1998. 4.16
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* 郵政省郵政研究所特別研究官(横浜国立大学経営学部助教授) | |||||||||||||||||||||
年齢別の消費・所得・資産の不平等 横浜市立大学商学部 松浦 克己
大阪市立大学経済学部 滋野 由紀子 要旨 日本では高齢化と不平等の関係が問題となっている。賦課年金制度や税制で若い世代から高齢者世代へと一方的な所得移転が行われている。1994年の全国消費実態調査によれば,消費・所得・資産の各面で60歳以上の高齢者世代内部の不平等は,30,40代世代内部よりも大きい。また消費・所得・資産の水準も60代以上は30,40代を上回る。現在の社会保障制度は世代間の軋轢や社会全体の格差を拡大しかねない。その意味で世代間,世代内の格差を踏まえた制度の見直しが必要である。
The relationship between again and inequality is unbalanced in Japan. Monetary resources have been transferred from the non-elderly generation to the elderly generation through the pension and taxation system. Our analysis of the 1994 National Survey of Family Income and Expenditure reveals that inequality of consumption,income,and wealth within the elderly generation is more conspicuous than that within the non-elderly generation. Additionally ,the standard of living oft elderly generation is better thanthat of the younger generation. Furtheremore,the current social welfare program and taxation system seem to produce conflicts among the generations and enhance this social division.The social system must therefore bereconfigured,taking into account the ever-widening division within and between generations .
年齢別の消費・所得・資産の不平等 大阪市立大学経済学部 滋野 由紀子
横浜市立大学商学部 松浦 克 己 1. はじめに 1980年代以降における不平等の拡大が米国,英国をはじめ先進諸国で問題になっている。米国では所得格差の拡大から中間層の衰退(disappering middle class)がいわれ,社会の亀裂が指摘されるに至っている1)。英国では所得の不平等のレベルは米国以下であるが,その格差の拡大スピードは米国以上であるとされる(米国を中心とした動向についてGottschalk andSmeeding[1997] 参照)。またRam[1997]は戦後の先進国19ヶ国のデータ(世銀)を用いKuznetの逆U字カーブ仮説をパネルの固定効果モデルで検証している。それによれば逆U字カーブはみられずに,経済成長の初期段階では不平等レベルは低下するがやがて反転し,成長と共に不平等レベルが大きくなるU字型であることを報告している2)。我が国についても80年代後半に所得,資産の両面で不平等が拡大したことが指摘されている。 どの要因がどの程度不平等のレベルに影響しているのか,あるいはその傾向を拡大しているかは,国や時代によっても異なるであろう。いずれにせよ年金などの社会保障制度や税制という再分配政策を構築する上では不平等の現状を把握し,その主要な原因がどこにあるかを把握することは重要な前提である。
1)不平等の評価対象 (消費と所得) 1 消費支出合計(耐久消費財+半耐久消費財+非耐久消費財+サービス財)
経済状態といってもそれがどのような単位を指すのかが課題となる。通常それには家計総計,家計一人当たり,equivalent scalesによって基準化された家計の3通りが考えられる。家計総計はそれが予算制約を共にするものなので,経済単位として捉えられるからである。しかし生活状態(それを生み出す源泉)からいえば,2人家族の消費支出額(所得)と3人家族のそれが同一であったとしても,その経済水準が家計間で共通であるということはできないであろう。 それを補正することが望ましい。その補正の簡便法の一つが家計一人当たりに換算することである。しかし家計には規模の経済がある。また家族構成の違いによる家計のニーズの差を考慮することが生活状態を考える上で望ましいであろう(たとえば大人と子供とでは必要とされる消費水準は異なるであろう)。 と定義する(Buhamann [1988],Coulter et al[1992]参照)。このとき本論文のように家計総計と家計一人あたりを分析するというのは,
3) データ
1) 日本の分配
(消費・所得) E=(A+cK)e ここでAは世帯内の大人の数、Kは子供数、cは子供の大人に対する費用割合(resource cost)、eは家族の規模の経済の指標である。消費についてe=0(ニ−ズは家族数に影響されず、全世帯員が全ての消費を共有する、家族全体で計測)、e=1かつc=1(家計の規模の経済は無く、大人も子供と同様に扱う。家族一人当たりで計測)、c=0.4かつe=0.5のケースでジニ係数を求めている。結果は次のようである。 80 84 88年80 84 88 80 84 88 c=1,e=0 0.270 0.291 0.286 c=1,e=1 0.323 0.335 0.344 c=0.4,e=0.5 0.251 0.272 0.273 いずれの指標でも格差拡大の傾向が示されている。Johnson and Shipp[1997]は、不平等の要因にはグル−プ内の不平等とグル−プ間の不平等の2つがあることに注目し分析している。CES(1980-81年と92-93年)により経常消費支出(current consumption)で分析し5)、グル−プ間の不平等の拡大と人口要因が格差拡大の75%を説明する要因であるとしている。グル−プ内の不平等は不平等レベルの最大の要因ではあるが格差拡大の寄与は25%未満としている。さらに貧困水準によって基準化された課税前所得、総消費支出、経常消費支出、非耐久消費財支出、必需財消費支出と消費等の定義を変えても格差のレベルは変わるが、格差拡大の傾向は変わらないことも報告している。
Gouviea and Tavares[1995]はポルトガルについてSurvey of Family Budgetを用い(1980-81と90-91年)利用してNonParametricな方法で全体の分布を推計している。そこでは所得と消費を1)式のケ−スでδ=0.6を用いて調整している。なおジニ係数では次の通りとされる。 | |||||||||||||||||||||
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(資産) Kennicekell and McCluer[1997]は米国のSCF(1983と89年)により資産(純金融資産+非金融資産)をHHIで計測しやや不平等が拡大していると報告している。家計の資産蓄積過程を純資産変化額を利用して推計し、所得が正の効果を持つほか年齢階層、所得階層、遺産、初期資産が有意に影響しているとしている。全体としては説明力が低い(PusedoR2は0.04-0.06)のは、家計間の異質性(所得、健康、ライフスパンの不確実性、リスク選好度)によるとしている。
本節では、推計方法、全年齢階級を含めた全体の概況、各年齢毎の不平等の動き、各年齢毎の不平等の程度と年齢の関係および消費水準等について解説する。
1) 推計方法
消費、所得、資産について全年齢階級を含めた推計結果は表1に掲げるとおりである(各年齢毎の数字を含めた統計量については補表参照)。 消費、所得、資産の不平等の各尺度の全てのケ−スで世帯当たりの不平等より1人当たりの不平等の方が大きくなっている。その差はジニ係数で0.02〜0.05であり、約5-20%の開きがある。これからすれば不平等のレベルを図る場合は複数の経済単位(ex世帯単位と1人当たり)で評価することが望ましといえよう。また消費合計、サ−ビス等消費、粗年収については全世帯の不平等の方が、世帯単位でみても1人当たりでみても、勤労者世帯よりも大きくなっている。これは勤労者家計内部よりも自営業等の非勤労者家計内部の方が不平等であることを示唆している。 耐久消費財等を含む消費合計の不平等がそれらを含まないサ−ビス等消費よりも大きくなっている。恒常所得仮説の関係からは後者の方がより安定していると考えられることと整合的である。 また粗年収と消費合計・サ−ビス等消費を全世帯についてみると、概して粗年収の係数の方が大きくなっている。年間ベ−スと月次ベ−スの違いと粗年収は税込みであるから処分可能な資源というわけでもないことに留意する必要があるが、消費の方がよりスム−ズである可能性を示唆している。ただし勤労者世帯の可処分所得と消費ではこの関係は当たらない。可処分所得は普通世帯が9-11月(単身世帯は10-11月)で毎月の勤労所得に比べれば変動が大きいといわれるボ−ナスを含んでいないことが影響している可能性がある7)。 3) 年齢別の結果 年齢別の結果は図1−図8に示すとおりである。消費、所得、資産で異なった動きがみられる。
(消費)
(所得) 粗年収(グロス年収)は世帯単位でみると50代以降に格差が拡大する傾向が見える(図5,6参照)。特に60歳以降では0.330-0.408と30代の0.203-0.234を大きく上回り、高齢者内部での格差の大きさを裏付けている。1人当たりでみるとこの傾向は弱くなる。それでも60歳以上の家計の格差は30代半ばから40代半ばという中堅層を上回るものとなっている。勤労者家計の世帯単位では、50代以降ジニ係数はやや上昇している。1人当たりでは若年層の方が格差が大きい傾向が見える。 図5 図6 次に勤労者家計の可処分所得でみる(図7参照)。世帯単位でみると20代から40代までは概ね0.18前後で推移しているが57歳以降では0.24-0.32であり、50代の後半に顕著なジャンプがみられる8)。しばしば国際比較の対象とされる世帯主のみが就業するケ−スをみても58歳以降で顕著なジャンプがみられる。他方世帯1人当たりでみた場合はこのような顕著な格差はみられない。この世帯単位と1人当たりとの違いは、複数就業者の影響が高齢者世代で強いということなのかもしれない9)。
(資産)
世代内(各年齢毎)の不平等の程度が年齢と関係しているかどうかを簡単に検証するために、ジニ係数と年齢を用いて分析する。消費、所得、資産の各々について以下のような推計を試みた。なお年齢の二乗項は非線形の効果をみるものである11)。 ジニ係数=α+β1年齢+β2年齢2+ε 5) εは誤差項で、正規分布を仮定。 DW統計量により推計はOLSまたはAR1(最尤法)で行った。クロスセクションデ−タであれば、DW統計量の問題は通常無視して差し支えない。ただ空間的相関を考慮する上では、意味があるのでここではこれも試みた。年齢、年齢の二乗項がいずれも10%水準で有意ではないケ−スについては多重共線関係を考慮して、β1=β2=0の帰無仮説の尤度比検定も行った。結果は表2に掲げるとおりである。 消費合計1人当たり(全世帯、勤労世帯)と勤労者世帯のサ−ビス等消費の世帯当たりのケ−スに関しては、10%水準でβ1=β2=0の帰無仮説が棄却されない。これらのケ−スについては世代内の不平等の程度と年齢の関係はうかがわれない。 他のケ−ス、特に所得と資産関連については年齢に関する統計的有意度は概ね高くなっている。消費に比べて所得や資産の方がより強く年齢と関係するのは、遺産や寿命の不確実性が影響している可能性が考えられる。 いずれにせよ多くのケ−スで消費・所得・資産の世代内の不平等が年齢と非線形の関係にあることは注目される。70年代に採用され今日まで継続している高齢者が高齢者であることのみを理由とする賦課年金制度等の優遇策を採用した理由の一つは、高齢者世代の内部は他の世代に比べれば相対的に格差が少ないことである。しかし推計で示された年齢の非線形効果は、30,40代の中堅層の内部に比べて高齢者世代の内部の方が不平等であることを示唆している。高齢者への一方的な所得移転の根拠の一つは今日もはや存在しない。 またこの推計結果は、社会の平均年齢が低下する(ex30,40代の比重が高くなる)局面では格差が縮小し、逆に平均年齢が上昇する(ex60,70代の比重が増加する)局面では格差が拡大することを示唆している。そうであれば高度成長期にいわれた日本の平等社会と今日の格差の開いた社会の違いは、少なくともその要因の一部は、社会の年齢構成の違いに帰されることになる。
以上年齢毎の不平等の程度を中心に分析し、20代の若年層と60歳以上の高齢者階層で不平等が高くなるU字型の傾向にあることをみた。家計や個人の効用をみるうえでまた世代間の資源の移転(及びそれによる格差の拡大)を考えるためには、消費、所得、資産についてその水準を問う必要がある。
本論文では、@サ−ビス等消費、所得や資産について60歳以上の高齢者内部の方が30、40歳代の内部より不平等が大きいこと、Aサ−ビス等消費、所得や資産の不平等の程度が年齢と非線形の関係にあること、B消費水準等については60歳以上の方が30,40代よりも高いこと、を示した。言い換えれば30,40代が相対的に貧しくかつ貧しい年齢階層の中では格差が少なく、逆に60歳以上の高齢者階層は相対的に豊かでありかつその内部では格差が大きいというものであった。
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