2 デ−タ及び消費と所得の捉え方

1) データについて

本論文では主に1994年の全国消費実態調査(「全消」)の個票を用いる5)
 全消で消費に重要な影響を与える可処分所得を知り得るのは勤労者世帯と無職世帯であるので、分析はこれらの家計に限定した(いいかえれば自営業世帯などは取り上げていない)。また実質化のための物価指数は総務庁統計局の都道府県別物価調査によっている。
 分析に当たっては回答の信頼性確保のために以下のサンプルを除いている。

@ 年齢に記載ミスのあるもの(末子の年齢が世帯主よりも高い)。
A 過小消費(1人当たり消費支出額が25千円以下のもの)。
B 住宅表の回答のないもの。
C 可処分所得(実収入−非消費支出)が負となるもの。
D 経常収入について回答のないもの。

 本論文では消費に対する資産効果を分析するために金融資産、負債を明示的に考慮する。全消では調査期間末(11月)の預貯金、生保、有価証券、住宅ロ−ン、消費者ロ−ンの残高を知ることができる。他方で調査期間中のこれらの預け入れや払い戻しなどの増減を各々知ることができる。従って期末残高−期間中の純増減、を計算することで各金融資産・負債の前期末(8月末)の残高を知ることができるはずである。それで計算したところ前期末の資産である預金・生保・有価証券が赤字、逆に負債である前期末の住宅ロ−ン・消費者ロ−ンが黒字となるものがあった。デ−タを分析したところ期間中の預金等の払い戻しや負債の返済は元利込みで記載されていると考えられた。そこで期間中の取り崩しや返済で当期末の各金融資産・負債残高が零となるものについては期間中の増減額を前期末の残高とした。その上で、 E 当期末の各金融資産・負債が非零でかつ期中の増減を考慮した前期末の金融資産(負債)が赤字(黒字)となるものも記載ミスとしてサンプルから除いた。

(ボ−ナス効果の問題)
 全消の場合、その特徴の一つは、調査期間が9-11月(単身世帯については10,11月)ということである。これは年末年始や年度末年度始めを期間に加えると、消費の変動が大きくなることを考慮されたものである。いわゆる平常月のより安定した消費活動を捉えようとするものである。ただしそのために我が国の家計の貯蓄消費行動に一定の影響与えているといわれているボ−ナス(12月支給が多いであろう)の効果を直接は捉えていないことになる6)。たとえば期間中の預貯金が純減となっているサンプルは46.7%である。純金融資産の増減は平均で-7.0万円である。これは我が国家計の年間を通じた高い貯蓄率や預貯金への強い選好とは相容れない数字であろう。これからすれば全消を用いた家計の消費行動分析の解釈には、ボ−ナス効果が明示的には考慮されていないという点に留意することが必要である。言い換えれば家計は調査デ−タには明示的に出てこないボ−ナスの受給を織り込んで、この時期行動している可能性に配慮する必要がある(たとえばボ−ナスでの返済を予定してロ−ンにより財・サ−ビスを購入する)。


 
2) 消費の捉え方

 全消や家計調査では、消費は主に支出(支払い)で捉えられている。具体的には全消で計上されている消費支出額は、原則として、当期の財・サ−ビスの購入のための一切の金銭支出額である。これは日常生活で使われる消費概念と同様のものである。マスコミ等で全消や家計調査の調査で消費水準や消費性向が上昇・減少したなどと報道されるとき使われている概念である。
これを拡張したものに帰属家賃を考慮するものがある。持ち家のケ−スでは家賃の支払いは無い(金銭の支出は無い)が住宅サ−ビスは費消しているので、それを補正するものである。 言い換えれば、

金銭支出額+帰属家賃

である。さらにこれに現物支給(貰い物)を加味するケ−スがある。現物支給も消費にはかわりがないとみられるからである。つまり

金銭支出額+帰属家賃+現物支給

である。
 以上の概念は住宅以外の耐久消費財の減価償却(あるいは当期の財・サ−ビスの受益)を考慮しないものである。しかし耐久消費財は金銭の支出を行った当期限りで費消され尽くすものではない。たとえば自動車を耐用年数の7年間にわたり利用するとすれば、その年の消費は1/7(減価償却費と近似できよう)と考えられる。つまり1/7に相当するのが当期に受益する財・サ−ビスの消費である。当期購入した耐久消費財については減価償却相当部分のみを消費として計上し、金銭支出全額を消費とは捉えないと言うことになる。このことから、過去に購入し現在保有する耐久消費財についても当期の減価償却費相当額を消費として計上する。言い換えれば
 今期の(サ−ビス+非耐久消費財)支出額+帰属家賃+現物給付+今期の耐 久消費財減価償却費 を消費として捉えるものである。
 しかし全国消費実態調査では、調査期間外に購入された物品の購入金額を知ることはできない。また実際の償却期間(経済的償却期間)と法律上の償却期間とに差があると予想される。そのために耐久消費財にかかる家計が認識する減価償却費を計算することは困難である。そこで本稿では 今期の(サ−ビス+非耐久消費財)支出額+帰属家賃+現物給付 の概念をベ−スとして分析する7)



3) 所得

通常の所得の概念は次のようなものである。
勤労所得(人的資本による所得)+財産所得(資本所得)+移転所得-税・社会保険料負担 8)    

財産所得としての典型は利子配当や家賃収入である。移転所得は仕送りや社会保障給付である。
 全消では収入の内訳について年間ベ−スのものと調査期間中のものとが報告されている。両者の項目は厳密には必ずしも対応しない。年収ベ−スでの記載についてみると利子・配当収入について回答があったものは1件のみであった。現物収入は全て空欄であった(ただし調査期間中に限れば現物収入の回答を記載したものは存在する)。これからすれば家計は勤労所得等と利子・配当所得とは別物と認識している可能性がある。言い換えれば家計は現金ベ−スの収入支出をより強く意識して行動している可能性がある(このことから資産効果と共に所得を補正する上でも金融資産を明示的に考慮することが必要である。)。

 これに消費との対応で帰属家賃と現物給付を加える9)

 所得の場合問題になるのが、キャピタルゲインやロスを考慮するかどうかである。すなわち(有価証券の売買損益+評価損益)+(土地・住宅の売買損益+評価損益)を加味するかどうかである。80代半ば以降の日本は土地と株を中心に莫大なキャピタルゲインとロスが出たことはよく知られている。その資産価格の変動が今日の日本経済の苦境と結びついていることもつとに指摘されているところである。ただし利子・配当を当期の所得と認識していない可能性のある家計が、未実現のキャピタルゲイン・ロスを所得として行動しているかどうかは疑問である。またデ−タ上有価証券のキャピタルゲイン・ロスを把握することは困難である。そこで本論文では、キャピタルゲイン・ロスを所得として直接取り上げることはしない10)
 しかし資産効果をみるために金融資産・負債額、実物資産の評価額を取り上げるので、間接的には資産価格変動の効果もみることができるであろう(都道府県別のパネル分析で小川・北坂[1998]も同様の扱いをしている)。