3 計量方法と実証モデルの導出

1) 計量方法

 クロスセクションデータによる消費関数の分析では分散不均一の問題がしばしば起こる。特に消費・所得や資産に関する変数の分布は裾が長いことが指摘されている。そのために通常のOLSによる場合は分析結果にバイアスが生じる可能性がある。
 その解決のための一つの方策としてはWhite[1980]による分散不均一を考慮したOLSによる推計が考えられる。もう一つの方策はLeast Absolute Deviation(LAD)を用いることである。LADは誤差項がLaplace分布に従っているものと仮定して、次式のように各データと推計値の誤差の絶対値を最少にするものである(Judge et al[1988],Davidson and MacKinnon[1993]参照)。

回帰式を yi=xiβ+εi とするとき、次式を最小にする。

 minΣi=1N|yi−xiβ|     1)

β

ここで

 分布の裾が広い場合やサンプルに異常値がある場合、最小二乗法で推計されたパラメ−タの値はその異常値等に左右されやすいが、LADではその影響が少ないという利点がある。そこで本稿ではLADにより推計する。


 
2) 実証モデルの導出

 CONS=F(INCOME,WEALTH,AGE,Z)という標準的な消費関数を考える。
 CONS---消費に関する変数,INCOME---所得に関する変数,WEALTH---資産に関する変数,AGE---年齢(ライフステ−ジ)に関する変数,Z---その他の変数
 ここでまず問題となるのは、所得の消費に対する非線形の効果である。消費支出(貯蓄)が所得に関し逓減する(逓増する)というのはしばしば観察されるところである(高山他[1992]、松浦[1996]参照)。このような所得と消費の関係が線形か非線形という問題の検証については、a)所得階層ダミ−を入れる、b)所得の二乗項を入れる、ことが考えられる。本論文では、この2つの方法を併せて試みる。仮に消費が所得について逓減するのであれば、消費刺激策としては低所得者を優遇する所得税や消費税の見直しが好ましいということになる。逆に線形の関係に立つということであれば、高所得者を優遇する最高税率の引き下げなどが望ましいということになる。
 消費に影響を与える恒常所得をデ−タ上直接知ることはできない。そこで所得の安定性を考慮するために、これらに影響する可能性のある収入の内訳や世帯員の就業状態を説明変数に加えることにする。
 前述の通り利子・配当所得はほとんど無回答である。これを補正する意味と資産効果をみるために金融資産・負債に関する変数も説明変数とする。金融資産については流動性の程度の違いと有価証券価格の変動の効果をみるために預貯金、保険と有価証券に区分する。さらにそれらの影響が同一(係数が同一)であるかを検証するために統合した金融資産についても分析する。負債についても住宅ロ−ンと消費者ロ−ンに区分するケ−スと統合したケ−スをみることで、両者の家計消費に与える効果に差があるかどうかをみる。
 土地・住宅の評価額及び持ち家の有無という実物資産に関する変数を加える。 また金融資産・負債・実物資産評価額を併せた純資産をも取り上げる。恒常所得仮説・ライフサイクル仮説が成立していれば、各々の金融資産、負債と実物資産の係数は等しくなるので、純資産をみれば良いということになる。この点の検証も試みる。
 消費に与える高齢化の影響やライフサイクル仮説との関係では年齢の非線形の効果が課題となる。本論文では年齢の二乗項でこの問題を処理する。
 家計の消費に影響する可能性のある家族構成の変化も、世帯人員や両親の同居の有無、あるいは子供の在学状況をコントロ−ルすることで分析を試みる。
 高齢化や家族人数の減少が、長期的に消費を変える影響を持つならば、これらの変数の持つ意味は大きいであろう。
 さらにマクロの経済状況が消費心理を冷やしているといわれているが、その影響をみるために都道府県別の鉱工業生産指数(IIP)を説明変数に入れる。
 これらから具体的な定式化は以下によった。

CONS=α 0C+β 1INCOME+Σβ2kINCOMEDUMMY+Σβ 3kLABOR

    +Σγ1lEACHMONEY+Σγ2lEACHDEBT+γ 3REAL+Σδ1mHOME

    +Σδ 2mAGE+Σδ 3mFAMILY+ζIIP+ε           2)

CONS=α 0C+β 1INCOME+Σβ 2kINCOMEDUMMY+Σβ 3kLABOR

    +γ1MONEY+γ 2DEBT+γ 3REAL+Σδ 1mHOME+Σδ 2mAGE

    +Σδ 3mFAMILY+ζIIP+ε               3)

CONS=α 0C+β 1INCOME+Σβ 2kINCOMEDUMMY+Σβ 3kLABOR

    +γ 4NETWEALTH+Σδ 1mHOME+Σδ 2mAGE+Σδ 3mFAMILY+ζIIP+ε 4)

CONS------(サ−ビス+非耐久消費財)支出額+帰属家賃+現物給付(万円)

INCOME---可処分所得+帰属家賃+現物収入(万円)。以下この値を所得ということがある。

INCOMEDUMMY---可処分所得階層ダミ−(可処分所得ダミ−2は20万円未満,可処分所得ダミ−3は20万円以上30万円未満,可処分所得ダミ−9は80万円以上)、または所得の二乗項。および所得の構成に関する変数(所得に占める定期収入比率(%)と夫婦以外の世帯員収入の家計所得に占める比率(%))
LABOR--- 就業状態に関するダミ−変数(世帯主の勤務先企業規模千人以上、五百人以上及び公務員ダミ−。並びに夫無職、妻正規勤務と子供正規勤務者数)

EACHNONEY---前期預金残高(r11)、前期保険残高(r12)、前期有価証券残高(r13)(万円)

MONEY---前期金融資産残高(万円)

EACHDEBT---前期住宅ロ−ン残高(r21)、前期消費者ロ−ン残高(r22)(万円)

DEBT------負債残高(万円)

REAL------土地、住宅等実物資産の評価額(万円)11)

NETWEALTH---純資産(万円)

HOME----住宅に関する変数(持ち家ダミ−、社宅ダミ−と住居面積(m2))12)

AGE--------年齢、年齢の二乗項

FAMILY---家族構成に関する変数(世帯人員、就業者数、夫(妻)の有無、親との同居の有無、高校生数、大学生数)

IIP------ 都道府県別鉱工業生産指数

ε---誤差項 Laplace分布を仮定

なお消費、所得、資産にかかる金額は都道府県別物価指数で実質化した。

 符号条件としては、最低消費額としての定数項であるα 0>0,所得のβ 1>0が期待される。所得の効果が線形であればΣβ 2k=0である。他方非線形の効果を持つならば高可処分所得ダミ−で<0、低可処分所得ダミ−で>0(基準は40万円以上50万円未満)、あるいは所得の二乗項は負が期待される。
 ライフステ−ジとの関係で年齢とその二乗項の符号は異なることが期待される。



2)式で

r11=r12=r13 , r21=r22

の制約が成立していれば3)式を推計すればよい。さらに

r11=r12=r13=r21=r22

の制約が成立していれば4)式を推計すればよい。

 なお異常値の問題を避けるために消費、所得、金融資産、住宅ロ−ン、消費者ロ−ンおよび実物資産評価額について、その値が各サンプル平均から±4*標準偏差の範囲外となるものは分析から除いた。その結果用いたサンプル数は42,703である。
 主要な変数の記述統計量は表1に示すとおりである。

表1