5 推計結果

1) 全サンプルを一括して推計した場合。

推計結果は表2に掲げるとおりである。

(所得階層ダミ−と最低消費額)
 最低消費額としての定数項については正が期待される。可処分所得の非線形効果をみるために所得階層ダミ−を入れたケ−ス(全体1)では、符号は負であるが統計的には有意な結果は得られていない。従ってこのケ−スでは最低消費額は零と統計的に異ならないということになる。なお1984年の全消を用いた高山他[1992]では所得階層ダミ−および所得階層ダミ−と所得の交差項を利用して分析しているが、定数項は有意にマイナス(p111)となっていた。モデルが異なるので一概に比較できないが、世帯を単位として消費関数を推計する場合には、所得階層ダミ−では最低消費額と所得の非線形効果の問題を同時には十分捉えきれないのかもしれない。

(所得の二乗項を入れるケ−ス)
 所得の二乗項を用いるケ−ス(全体2)では、全ての説明変数は1%水準または5%水準で有意となっている。定数項も1%水準で有意に正となっている。その係数から世帯の最低消費額は6万4千円である。可処分所得とその二乗項の符号は逆転している。所得の上昇と共に消費の伸びは逓減しており、このケ−スでは最低消費額と所得の非線形の問題は同時に充たされている。



 
2) 世帯主年齢60歳でサンプルを分割する場合

 家計間で消費関数のパラメ−タの値は異なる可能性も考えられる。そこで世帯主の年齢が60歳以上の場合と59歳以下の場合とに区分して分析を試みた。60歳を分割の基準としたのは、60歳定年が一般的であり多くの勤労者はこの年齢で第一回目の定年退職を経験し、おそらくは第二の職場に転職(または労働市場から退出)しているので、将来所得や資産の不確実性もこの世代ではより小さいとみたためである。これを検証するために全サンプルと60歳以上サンプル、59歳以下サンプルで全ての係数が同一であるかどうかの尤度比検定を行った。
 その結果尤度比統計検定量は587.2であり、グル−プ間で係数は異ならないという帰無仮説は1%水準で棄却される両グループ間で消費行動は異なることになる。

(世帯主が59歳以下の場合)
 前期消費者ロ−ン残高、持ち家ダミ−および妻無しダミ−を除く他の説明変数は統計的には有意な結果が得られている。
 所得は前述の通りである。夫婦以外のその他の世帯員収入比率が負というのは予想に合致するものの、世帯主の定期収入比率も負というのは意外である。これはボ−ナス効果を捉え切れていないことが影響しているのかもしれない。ただしその値そのものはかなり小さく定期収入比率が1%上昇しても80円消費を抑制する程度である。
 所得の安定性の代理変数として取り上げた大企業(従業員千人以上)と中堅企業(500~999人)勤務、公務員が正というのは、これら大企業等で失業確率は低く就業が安定しているとみられるので、予想に合致する。他方夫の無職のケ−スが正というのは意外である。長期間にわたる非自発的失業が少なく無職の人は転職活動をしているということなのかもしれない。妻の普通勤務が負(基準は専業主婦やパ-ト)と未婚の子供の普通勤務者数(基準はパ-トや無職)がいずれも負となっている。後者についてはいずれは独立するなどの理由のために世帯主として未婚の子供の所得を恒常所得と余り認識していないことが考えられる。しかし前者についてはなお考究の余地がある。
 資産に関して金融資産と実物資産評価額が正というのは予想に合致する。住宅ロ−ン残高も正である。通常であればこれは金融資産と逆の効果を持つはずである(負となる)。高山他[1992]、新谷[1994]でも金融資産効果は負であった13)。この期間の預貯金取り崩し世帯の多さや平均金融貯蓄が負であったということと併せると、家計はボ−ナスでの補填を想定して行動しているのかもしれない。そうであればここでもボ−ナス効果を捉えていないことが影響している可能性が考えられる14)。社宅が負というのはフリンジベネフイットの性格から予想されるところである。住宅面積は正であるが、その効果は面積の30m2増でも4,600円の消費拡大であり、消費に与える住宅面積の効果はかなり限られたものであることが分かる。
 年齢についても非線形の効果がみられる。概ね40代半ばで上昇しその後減少していることは前述の通りである。
 家族構成では世帯人員が1人増加すれば消費は1万6千円増加する。両親の同居有りダミ−は約9千円消費水準を抑制している。これと最低消費水準の効果を併せれば核家族化・家族人員の減少がト−タルとしての消費をかなり拡大していることがうかがわれる15)。就業者数が負というのは家計の労働供給に一定の固定費用があるということなのかもしれない。注目されるのは高校生数と大学生数、特に後者の値の大きさである。教育費負担の多さが指摘されるが、改めてこの問題を裏付けている。
 最後にマクロの経済情勢に対する反応として取り上げたIIPが負となっている。これは一時点の経済情勢であるIIPの水準のみならず、前期比や将来予想など時間を通じたマクロ経済の変動の影響を、消費行動をみる上では併せて考慮する必要があるということかもしれない。

(世帯主が60歳以上の場合)
 59歳以下の世帯主の場合との相違点を中心に解説する。年齢とその二乗項がいずれも統計的には有意ではない。この2変数を除いて推計を行い尤度比検定を行った。その統計量は199.4であり、これからこの2変数が共に零であるという帰無仮説は棄却される。この年齢の効果は、59歳以下のケ−スと併せると世帯単位では40代半ばで消費支出はピ−クを迎えて、その後減少していることが示唆される。
 59歳以下の世帯では統計的に非有意であった消費者ロ−ン残高と持ち家が有意に正となっている。消費者ロ−ンの結果からすれば、高齢世帯の場合借入れを進めて消費を行っている可能性がある。持ち家世帯が1万円支出が高いということは、高齢者世帯では資産効果がより強いかあるいは将来の資産を取り崩すことを見込んで消費を拡大する傾向があるといえよう。夫無し、妻無しダミ−はいずれも有意に負であり、妻の無い家計の方が夫の無い家計より消費が少ない。59歳以下のケ−スでは夫無しは非有意、妻無しは有意に正であった。この両者を併せると日本では夫のいない家計(母子家計等)より妻のいない家計(父子家計等)の方がより困難に直面しているということかもしれない。

(資産効果)

r11=r12=r13 , r21=r22

の制約を課した推計結果がケ−ス2欄、

r11=r12=r13=r21=r22

の制約を課した推計結果がケ−ス3欄に示してある。F検定の結果は

表3  係数制約のF統計量
 59歳以下60歳以上
r11=r12=r13, r21=r22 8.29 8.49
r11=r12=r13=r21=r2219.43 25.58


であり、いずれも5%水準で帰無仮説は棄却される。これからすれば各金融資産の種類毎に、また負債の種類毎に消費に与える資産効果は異なる。各々のt検定から59歳以下の消費者ロ−ン残高を除き有意に影響している。流動資産のみが家計の消費に影響するという小川・北坂[1998]とは異なる。またr11=r12=r13=r21=r22の帰無仮説が棄却されるところから、純粋なライフサイクル仮説・恒常所得仮説も支持されない。この結果は流動性制約下にある家計と制約を受けていない家計、あるいは遺産動機を持つ家計と遺産動機を持たない家計があることを示唆し、その点に留意が必要であろう。
 期間中の有価証券100万円の減少は月額1,100〜1,200円の消費の抑制につながる(これがキャピタルゲイン・ロスと必ずしも一致しないことは前述の通りであるが、有価証券価格の変動による残高の減少が家計の消費に影響している可能性はあるといえよう)。預貯金の係数の低さは、この時期の低金利を反映していよう。保険の係数が比較的高いのは貯蓄性への指向を表していよう。また実物資産の係数からその100万円の減少は消費を150円抑制するにとどまる。有価証券に比べてその影響は軽微である。これは土地価格の変動が短期の通貨需要には影響しないという竹澤・松浦[1998]とは整合的な結果である。


1)滋野・松浦[1998]参照。

2)高山他[1992]は1984年の全国消費実態調査、新谷[1994]は、1989年と90年の日経金融動向調査を用いている。

3)SNAと家計調査の定義の違いなどについて岩本他[1996]参照。

4)消費や所得の定義を網羅したものとして高山他[1991]を参照

5)全消の内容については実施機関である総務庁統計局の解説が詳しい、またその問題については石川[1990]参照

6)ボーナスと貯蓄の関係についてIshikawa and Ueda[1984]参照。

7)現物でサービスが提供されるものとして医療保険によるもの(ex 医者による治療)を加えることがある。しかしこれを家計が消費として認識しているかどうかは疑わしい。強制負担に基づく消費はここでは除く(義務教育をはじめとする公教育ではかなりの政府支出が行われているが、家計はこの分を消費と捉えていないであろう)。また市場価格より低廉に提供される社宅や官舎などフリジン ベネフィットがある。市場価格との差額についても消費には直接カウントすることはしない。

8)社会保険料負担を除くのは、これが税と同じ効果を持つと過程されるからである。すなわち強制的に徴収されるだけでなく、年金の賦課方法にみられるように受益と対応しないケースである。受益に完全に対応するのであれば、それは貯蓄と考えられるので控除されない。

9)消費を原価焼却ベースで捉える場合は、原価焼却費相当額をこれに加えることになる。

10)キャピタルゲイン・ロスは短期には影響しないが長期には影響することについてチャールズ・ホリオカ[1995]と竹澤・松浦[1998]を参照。

11)社宅については松浦・滋野[1996]による。

12)社宅についてはフリンジ・ベネフィットであるが便宜ここに加える。また住宅面積も資産効果というよりはむしろ住宅が狭いので消費が抑制されるといわれていることを検証するものである。

13)米国の例についてHayashi[1985]参照。

14)消費者ローンダミーと持ち家ダミーがいずれも有意ではない。この2変数を除いて推計し尤度比検定を行った。統計検定量は2であり、両変数が共に零であるという帰無仮説は10%水準でも棄却されない。

15)被説明変数を一人あたり消費に変えて推計したところ、世帯人員数は-1.48(-132)カッコ内はt値であった。