2 計量の方法

1) Multinominal LogitモデルとNested Logitモデルの関係

i番目の経済主体によりs個の選択肢からj番目の選択が行われたとする。このことはiにとり他の選択肢よりもjの効用が等しいか大きいことを意味している。効用を

Uij =xijβ+εij      1)

と書くとする。ここでxijは経済主体iがjを選ぶときに影響すると考えられる説明変数ベクトル、βは係数ベクトル。εijは誤差項で互いに独立で exp(-exp(-z))の累積分布とする。jは他の選択肢より効用が高いのだから

P(Uij ≧Uik) j≠k

となる。書き換えると次のようである。

Uij*=Uij −Uik=vij+εij*      2)
   vij =xijβ−xikβ εij*=εij−εik

このときMultinominal Logitモデルは以下により求められる。

尤度関数は次式による。

L=ΠYi=0 Pi0ΠYi=1 Pi1 ---ΠYi=s-1 Pij      4)

次にNested Logitモデルを考える。
ここでもi番目の主体によりjが選択された場合の効用を

Uijijij

とする。εijの分布としてGumbel's typeB extreme-value distribution

G(z1 , z)=(z11/(1−σ)+z21/(1−σ))1−σ

を仮定する。ここでσは2変数の相関係数に類似する未知パラメ−タで、概ね

σ≦ρ≦σ+0.045となる。
3つの選択肢のケース(j=0,1,2)があり、1と2が類似の選択と仮定する。
 εijの分布を次のように仮定する。

G(z0 ,z1 , z)=z0+(z11/(1−σ)+z21/(1−σ)1−σ

εi0 と(εi1i2 )は独立であるが、σ=0の場合を除きεi1 とεi2 は独立ではない。このとき以下のようになる。

尤度関数はMultinominal Logitモデルと同様に
L=ΠYi=0 Pi0ΠYi=1 Pi1 ΠYi=2 Pi2 7)
で求められる。
 IIAが成立するかどうかは、σ=0の検定またはMultinominal Logitモデルの対数尤度をL0、Nested Logitモデルの対数尤度をL1とし、2*(L1-L0)の尤度比検定(自由度1のχ2分布に従う)により行うことができる。σ=0が棄却される、あるいは尤度比検定で帰無仮説が棄却されればIIAは成立せずNested Logitモデルによることになる。これらの帰無仮説が棄却されなければIIAが成立し、Multinominal Logitモデルによることになる。




  2) 二値的選択と多肢的選択の係数の違い

 Multinominal LogitモデルであれNested Logitモデルであれmultiple(多肢的)な選択とbinary(二値的)な選択の係数の符号が一致する必然性はないということに注意する必要がある。このことをMultinominal Logitモデルを例に取り説明する。たとえばある説明変数の効果について、多肢的選択でフルタイムとパ -トタイムを明示的に分析する場合その符号は両者で異なりうる。しかしその二つを統合した二値的選択モデルでは就業する(パ-ト+フルタイム)の効果を取り上げており両者は同一の影響を受けると仮定しているので、異なることはあり得ないからである。とりわけ本論文が対象とする勤務時間を選べないフルタイムと勤務時間を選べるパ -トの選択では、かなり異なることが有り得る(樋口[1991]参照)。
 さらにMultinominal Logitモデルの推計結果の係数は相対的なoddsの確率を示すので、解釈は必ずしも容易ではない。個々の説明変数の直接的な影響をみるためには次のマ−ジナル効果を分析する必要がある(Cramer[1991],Greene[1997]参照)。マ−ジナル効果をδj と書くことにする。

このδjの符号はβj の符号と一致するとは限らない。またその大きさもβjとは関連しないことに留意する必要がある。これがMultinominal Logitモデルの係数の解釈は必ずしも容易ではないという基本的な理由である。 δjの漸近的な分散共分散は次により求められる。

^ Asy.Var[δj]=GjAsy.Var[β]Gj′ βは全てのパラメ−タベクトル。 ^ ^ Asy.Var[δj]=ΣlΣm Vjl Asy.Cov[βl,βm]Vjm′ j,m=0,---J 9) ここで Vjl=[1(j=l)-Pl]{PjI-δjx′}-δlx′ 1=1 if   j=l 0 otherwise  これによりマ−ジナル効果の有意水準を求めることができる。したがってマ−ジナル効果の有意水準とMultinominal Logitモデルの有意水準が一致するという必然性は必ずしも無い。Multinominal Logitモデルから得られる係数自体の解釈は必ずしも容易ではないというもう一つの理由である。

βは全てのパラメ−タベクトル。

これによりマ−ジナル効果の有意水準を求めることができる。したがってマ−ジナル効果の有意水準とMultinominal Logitモデルの有意水準が一致するという必然性は必ずしも無い。Multinominal Logitモデルから得られる係数自体の解釈は必ずしも容易ではないというもう一つの理由である。



 
3) 所得

 通常の所得の概念は次のようなものである。
 勤労所得(人的資本による所得)+財産所得(資本所得)+移転所得-税・社会保険料負担 8)
財産所得としての典型は利子配当や家賃収入である。移転所得は仕送りや社会保障給付である。
 全消では収入の内訳について年間ベ−スのものと調査期間中のものとが報告されている。両者の項目は厳密には必ずしも対応しない。年収ベ−スでの記載についてみると利子・配当収入について回答があったものは1件のみであった。現物収入は全て空欄であった(ただし調査期間中に限れば現物収入の回答を記載したものは存在する)。これからすれば家計は勤労所得等と利子・配当所得とは別物と認識している可能性がある。言い換えれば家計は現金ベ−スの収入支出をより強く意識して行動している可能性がある(このことから資産効果と共に所得を補正する上でも金融資産を明示的に考慮することが必要である。)。
 これに消費との対応で帰属家賃と現物給付を加える 9)
 所得の場合問題になるのが、キャピタルゲインやロスを考慮するかどうかである。すなわち(有価証券の売買損益+評価損益)+(土地・住宅の売買損益+評価損益)を加味するかどうかである。80代半ば以降の日本は土地と株を中心に莫大なキャピタルゲインとロスが出たことはよく知られている。その資産価格の変動が今日の日本経済の苦境と結びついていることもつとに指摘されているところである。ただし利子・配当を当期の所得と認識していない可能性のある家計が、未実現のキャピタルゲイン・ロスを所得として行動しているかどうかは疑問である。またデ−タ上有価証券のキャピタルゲイン・ロスを把握することは困難である。そこで本論文では、キャピタルゲイン・ロスを所得として直接取り上げることはしない 10)
 しかし資産効果をみるために金融資産・負債額、実物資産の評価額を取り上げるので、間接的には資産価格変動の効果もみることができるであろう(都道府県別のパネル分析で小川・北坂[1998]も同様の扱いをしている)。