郵便事業における規模の経済性・範囲の経済性・費用の劣加法性の検証*


角田千枝子** 和田哲夫*** 根本二郎****


*本稿は、第9回郵政研究所研究発表会郵便セッション発表論文No.1997-01に加筆・修正したものである。中島隆信助教授(慶応義塾大学商学部)、鬼木甫教授(大阪学院大学経済学部)、浅井澄子研究官(郵政研究所通信経済研究部)からは、貴重なコメント・アドバイスを頂いたことに感謝したい。また、すべて御名前を記することはできないが、データ作成に関わった郵政省、郵政研究所の多数の方々に感謝したい。有り得べき誤謬は著者の責に帰する。
**前郵政研究所第一経営経済研究部(郵政省放送行政局放送政策課)
***郵政研究所第一経営経済研究部主任研究官
****郵政研究所客員研究官(名古屋大学経済学部助教授)

[要約]
  1.  現在我が国の郵便事業では通常郵便物と小包郵便物の双方のサービスが提供されており、通常郵便物の中心をなす信書については法定独占とされている一方、小包については民間企業と競争が展開されている。これが効率性の観点から経済学的に支持されるのは、兼営により費用が節約できており、さらに信書送達サービスは自然独占であるが小包は自然独占ではないときであろう。そこで、地方郵政局を生産単位と考え、郵便事業を二生産物の生産関数ととらえて双対な費用関数を推定することにより、実証的に確認しようとするのが本論の目的である。
  2.  単なる全体の規模の経済性・範囲の経済性だけではなく、費用の劣加法性の十分条件まで検証を試みた。そのため、費用の劣加法性に対する2つの十分条件、すなわち範囲の経済性とすべての生産物個別的な規模の経済性の存在という十分条件、及びトランスレイサポータビリティの成立とレイ平均費用の逓減という十分条件の2つを検証した。
  3.  さらに、検証の際には、これまでの先行研究に照らして適切な関数形、検証領域、サンプル数に注意を払い、フレキシブルなトランスログ及び一般化トランスログ関数を用いて、費用関数として満たすべき諸条件についても確認を行った。
  4.  推計結果は、トランスログ及び一般化トランスログ関数ともに、費用関数として適切な関数形であることが示された。この関数を用いた費用特性の判定では、トランスログにおいては範囲の経済性、全体の規模の経済性、トランスレイサポータビリティについてその存在が示され、費用の劣加法性の存在を示唆する結果が得られた。
  5.  一方、一般化トランスログでは、通常郵便物の個別的な規模の経済性、全生産の規模の経済性が確認され、範囲の経済性も存在を示唆する結果が得られた。費用の劣加法性については、トランスレイサポータビリティを用いた十分条件に照らした場合には、存在が示唆されているが、個別の規模の経済性に基づく十分条件では有意な結論は得られなかった。
  6.  郵便事業において複数生産物費用関数による実証研究がなされたのは今回が初めてであるが、これらの結果は(1)通常郵便物の法定独占及び(2)兼業による経営に対して支持を与える結果となった。
  7.  なお、郵便事業は、郵便貯金・簡易保険との兼営であることから、理論的にはそれらとの複数生産物関数として推計すべきである。しかし、郵便事業での複数生産物とともに4生産物を同時に扱うと、トランスログ等の二階近似関数形ではパラメータが多くなりすぎ、精度・安定性が著しく失われる。そこで、今回は郵便のみの総費用データを用いることで、郵便事業に焦点を絞った。郵便事業が、生産量と技術を所与として費用最小化行動をとっていることの仮定と合わせ、このような前提そのものの変更は、今後に委ねることとする。

1 はじめに

 現在我が国の郵便事業では通常郵便物と小包郵便物の双方のサービスが提供されており、通常郵便物の中心をなす信書については法定独占とされている一方、小包については民間企業と競争が展開されている。これが効率性の観点から経済学的に支持されるのは、兼営により費用が節約できており、さらに信書送達サービスは自然独占であるが小包は自然独占ではないときであろう。そこで、これらの根拠の有無の検証のため、郵便事業を二生産物の生産関数ととらえて双対な費用関数を推定することにより、生産物個別的な規模の経済性(product specific economies of scale)、全体の規模の経済性(overall economies of scale)、範囲の経済性(economies of scope)、費用の劣加法性(cost subadditivity)などを実証的に確認しようとするのが本論の目的である。

 社会的に効率的な生産を行うことができる企業の数を、市場の需要規模に対しての費用関数の形状によって説明する伝統的な産業組織論・公的規制論においても、古くは自然独占性は単一財の生産についての規模の経済性と同視されていた。これに対し、自然独占性は費用の劣加法性によって判断されるべきであり、単一財の生産でも規模の経済性はその十分条件にすぎないこと、さらに複数財の同時生産においては、全体の規模の経済性はそれだけでは費用劣加法性の必要条件とも十分条件ともならず、例えば範囲の経済性と生産物個別的な規模の経済性の同時充足が費用劣加法性の一つの十分条件となることなどがBaumolらによって示された(Baumol,Panzar, and Willig 1982)。彼らの理論成果によれば、複数生産物同時生産における一財に限っての自然独占性は、生産物個別的な規模の経済性によっても判断しうる。つまり、ある財の市場の需要に見合う生産水準において、一企業体で生産する方が複数企業で生産するより社会的費用が少なく済むのは、同時生産している複数の財すべてについて費用劣加法性が成立するときの他、一財に限った生産物個別的規模の経済性が満たされるときもある。そして、個別的な規模の経済性がすべての財について満たされ、かつ範囲の経済性があれば、費用劣加法性も成り立つという関係が存在する。このように、複数財の同時生産のもとで個別の財それぞれに自然独占性を判断するためには、単純な「規模の経済性」概念では不足であり、全体及び生産物個別的な規模の経済性、範囲の経済性など複数生産物の場合に特有な指標を考慮しなければならない。逆に言えば、これらを実証的に示すことができれば、産業構造の望ましいあり方について一判断材料を提供することができる。

 そこで、今回の研究では郵便事業に焦点をあて、通常郵便物と小包郵便物それぞれを別個の生産物とした複数生産の費用関数の推計を行い、全体及び個別的な規模の経済性・範囲の経済性・費用の劣加法性などの検証を行うこととした。なお、郵便事業は、郵便貯金・簡易保険との兼営であることから、理論的にはそれらとの複数生産物関数として推計すべきである。しかし、郵便事業での複数生産物とともに4生産物を同時に扱うと、トランスログ等の二階近似関数形ではパラメータが多くなりすぎ、精度・安定性が著しく失われる。そこで、今回は郵便のみの総費用データを用いることで、郵便事業に焦点を絞った。郵便事業が、生産量と技術を所与として費用最小化行動をとっていることの仮定と合わせ、このような前提そのものの変更は、今後に委ねることとする。

 以下、次節で本研究での留意点について述べた後、第3、4節で理論的枠組み、モデル及びデータを説明する。第5節では推計結果を示し、検証に適切な領域について検討する。第6節で結論を述べる。

2 先行研究と本論文での推計上の留意点

 複数生産物の生産を行う企業の費用構造についての実証研究は、電力、電気通信、鉄道、金融等さまざまな産業において行われてきており、多くの先行研究が見られる。特に電気通信の自然独占性に関し、米国でのAT&T分割に際しては有名な論争が行われた(Evans and Heckman 1983, Charnes, Cooper, and Sueyoshi 1988)。電気通信については、日本でもNTTを対象とする計量分析を行った中島・八田(1993)、Sueyoshi(1996)などがある。

 一方郵便事業についても、米国ではBradley and Colvin(1995a、1995b)が特に配達部門に焦点をあてていくつかの費用関数を推計し、劣加法性の検証を行っている。フランスでもCazals,de Rycke, Florens, and Rouzand (1995)のように郵便の配達業務における自然独占性の実証を扱った研究がある。

 しかし、日本においては、郵便・貯金・保険の3事業について範囲の経済性を検証したものは存在する(筒井1991)が、郵便事業のみについて複数生産物関数によって費用指標を実証的に扱ったものは存在しなかった。また、他産業を含めても、生産物個別的な規模の経済性など、複数生産物の場合に費用の劣加法性の十分条件を検証したものは国内ではほとんどないようである。そこで、本稿では法定独占の有無に違いのある信書と小包を別々の生産物としてとらえ、生産物個別的な規模の経済性やトランスレイ凸性など、費用の劣加法性の十分条件となる費用特性それぞれを明らかにすることとした。特に、次に述べるように、費用関数のグローバルな性質を用いるための推計上の問題点に注目しつつ検討を加えた。

 今回の実証研究を進めるにあたっては、米国での電気通信の実証研究において、Evans and Heckman (1983)とCharnes, Cooper and Sueyoshi (1988)以降もRöller(1990a, 1990b)やShin and Ying(1992)など引き続いて論争となった計量手法の問題点、すなわち推計する関数形、検証領域及びデータ数について特に留意している。これらが問題となるのは、推計によって政策的に強い含意が得られる反面、推計方法によって結論が変わりうるからである。とりわけ、推計に使用される関数にはflexibilityとpropernessが要求されるが、この2つは互いにトレードオフの関係にあり、また使用するデータの小さな変動により推計結果が大幅に変化するといった不安定な動きを示すこともある点が問題となる。

 AT&T分割をめぐりその自然独占性の有無をあつかった一連の研究において、Evans and Heckman(1983)は、生産量ベクトルyを、トランスログ及び修正トランスログを用いて推計した費用関数上の仮説的な企業2社の2つの生産量ベクトルに分割し、双方の費用を比較することで、データが存在する領域でのローカルな劣加法性の存在を検証する方法を取った。これにより、ローカルに優加法性の存在を示せば、グローバルな劣加法性の存在を否定することになるという論理である。

 これに対しRöller(1990b)は、生産量がゼロに近い領域でのトランスログ及び一般化トランスログの不安定な動きに着目して、Evans and Heckman(1983)の推計においては限界費用が負の生産量の領域が多数含まれており、費用関数として適切(proper)ではない領域でローカルテストが行われていると批判している。Röllerはこの不適切さに対し、限界費用が非負である領域に検証領域を限定すれば劣加法性は支持されることを示した(1990b)。さらにRöllerは、限界費用が正となるような制約を関数形に課したCES-二次関数形式を用いて(1990a)、当時のベル・システムに自然独占性が存在していたとの判断を出している。

 Shin and Ying(1992)は、flexibilityを犠牲にすることはpropernessを得る代償には高すぎるとし、それまでの推計結果が不安定なのは、パラメータの数に対してデータ数が少ないためであるとして、より大きなデータセットに対してトランスログ関数を適用し、限界費用が非負の領域に限定してEvans and Heckmanと同様のローカルテストを行い、独占的サービスの供給が非効率的であるとの結果を得ている。

 これらの論争において、推計にはフレキシブルな関数形を用いるべきであること、しかし適切(proper)な領域で検証が行わなければならないこと、そして十分なデータ数が確保されなければならないこと、については共通の認識となっていると思われる。この研究ではその論争を踏まえ、フレキシブルなトランスログ関数と一般化トランスログ関数の双方を用いて費用関数の推計を行い、かつ、限界費用の非負性も含めて満たされるべき条件についても明示的に確認することとする。また、実証にあたって問題となるデータの大きさについては、地方郵政局を費用関数計測のための分析単位とし、クロスセクションデータを15年にわたって用いることによって確保した。

3 理論的枠組み

 現在郵便事業は、小包郵便物については民間宅配便業者と競争関係にある一方、通常郵便物の中心をなす信書送達のサービスは郵政省による独占が法定されている。こうした産業構造において関心がよせられるのは、第一に信書独占が合理的かどうか、すなわち小包と同様民間事業者の参入を認めるべきかどうかである。第二に小包郵便物を同じ事業体で提供することが合理的かどうかである。

 第一の問題は信書が中心をなす通常郵便物について独占が経済的に最小の費用で生産を行う方法であるかどうかの問題であり、第二の問題は現に通常郵便物と小包郵便物の双方の生産を行っている郵便事業において、双方共に運営することが経済的に効率性を生み出しているかどうかの問題といえる。

 複数生産物の生産において、あるひとつの財(たとえば通常郵便物)に関し市場の需要量全体に対して生産物個別的な規模の経済性が存在するとき、その財について自然独占であるといえる。あるいは、当該財についてばかりでなくすべての複数生産財について費用の劣加法性が存在すると、その生産量まではひとつの企業体がすべての財を生産することがもっとも効率的である。他方、複数の種類の生産物を同時に生産することが経済的に効率的かどうかは範囲の経済性を必要十分条件とする。この範囲の経済性は費用の劣加法性の必要条件ともなっており、このため費用の劣加法性が検証されれば、通常郵便物の自然独占性についても、兼業による経営の効率性についても実証的に示されたこととなる。

 費用の劣加法性はこのように非常に強い概念であるが、それだけに検証にも強い条件を必要とする。複数生産物の費用関数をC=C(y,W)と表したとき、費用の劣加法性は

 狽i=y…(i)を満たすすべてのyi(i=1,2,...,k)の組み合わせについて
 C(y)<狽b(yi)…(ii)が成立すること

と定義されるが、(i)式を満たすyより小さなすべての生産量分割ベクトルの組み合わせについて(ii)式を満たさなくてはならず、費用の劣加法性の直接的な検証は難しい。

 このため、本研究では費用の劣加法性の検証にはその十分条件を用いることとした。費用関数の劣加法性には少なくとも次の2つの十分条件がある。

 

条件T:yにおいて範囲の経済性が存在し、かつすべての生産物の平均増分費用がyに至るまで逓減している。

条件U:yにおいてトランスレイ・サポータビリティが成立しており、かつそのトランスレイ平面に至るまでのすべてのレイに対するレイ平均費用(RAC)が逓減している。

 このような十分条件を用いた研究としては、ポルトガルの電話サービスについてその自然独占性を検証したSeabra(1993)などがあるが、日本ではTUどちらの十分条件も費用の劣加法性の検証には使われていない。そこで、この研究では2つの十分条件双方を用いて検証を試みることとした。このとき、これらの条件の中には、範囲の経済性、個別的規模の経済性、全生産の規模の経済性といった費用特性が明示的あるいは実質的に現れるから、これらは費用の劣加法性の検証過程において実証することが可能である。

 ただ、フレキシブルな関数形として一般的に用いられることの多いトランスログ関数では、すべての説明変数を対数化しているため平均増分費用は算出することができず、したがって個別的規模の経済性は判断することができない。そこで本研究ではトランスログ関数だけではなく一般化トランスログ関数をも用いて費用関数を推計し、費用の劣加法性の十分条件のなかにあらわれる4つの条件、すなわち、範囲の経済性、平均増分費用逓減、レイ平均費用逓減、トランスレイサポータビリティの成立のそれぞれについて確認することとした(それぞれの概念についての定義、これらの十分条件など論理的関係は補遺を参照)。

 範囲の経済性は費用の弱補完性を十分条件とし、また費用関数のトランスレイ凸性はトランスレイサポータビリティの十分条件である。さらに、全生産の規模の経済性がレイ平均費用逓減の必要十分条件である。推計にあたっては、これらの条件も活用することとする。

 

4 モデル

 推計にあたっては、各郵政局を生産単位ととらえ、費用最小化行動をとっていると仮定した2生産物2生産要素のモデルを考えた。生産物は通常郵便物と小包郵便物の2つの郵便サービスとする。理論的にはそれぞれの郵便物の引受から配達までのトータルの郵便サービスを生産物と考えるべきだが、各郵政局間の郵便物の流れをそれぞれの郵政局に正確に配賦するのは事実上不可能なこと、費用の大半は配達が占めていることから、配達物数を生産物としてとらえることとした。他方、生産要素として労働と資本の2生産要素を考え、要素価格としては、労働には平均の人件費、資本には資本財価格指数から算出した。また、毎年郵便局の数が増えており、郵便サービスのネットワークとしての成熟度が費用に反映されると考えられたため、1郵便局がカバーする人口を説明変数に加えることとした。

 推計には費用関数とShephardのレンマにより導出されたコストシェア方程式を連立させて推計する。2本のコストシェア方程式のうち1本はリダンダントとなるので、人件費のシェア方程式と費用関数とを連立させる。

 データはすべて基準化を行い、制約条件及び費用特性の評価はすべて基準点で行うこととした。

 なお、費用関数が適切なものであるためには、@生産要素価格に関して一次同次性が満たされる、A交差項の対称性を満たす、B生産要素価格及び生産量に関して非減少関数である、C生産要素価格に関する凹関数である(concavity条件)、といった制約条件を満たされていることが必要となる。

 以下、トランスログ及び一般化トランスログ関数の関数形で表される費用関数とその制約条件及び費用特性の判定指標を示し、使用したデータを説明する。

(1) トランスログ関数

 トランスログ関数を用いた費用関数は次のように表される。

 lnC=C0+αmlnYm+αplnYp+βwlnPw+βklnPk
 +1/2γmmlnYmlnYm+1/2γpplnYplnYp+1/2γmplnYmlnYp+1/2γpmlnYplnYm
 +1/2δmmlnPwlnPw+1/2δkklnPklnPk+1/2δwklnPwlnPk+1/2δkwlnPklnPw
 +ρmklnYmlnPw+ρmklnYmlnPk+ρpwlnYplnPw+ρpklnYplnPk

ただし、

C: 総費用
m:通常郵便物の生産量   Yp:小包郵便物の生産量
w:人件費価格         Pk:物件費価格
J:郵便局1局あたり人口
 で、その余は推定すべきパラメータである。

これを以下の人件費シェアSwの方程式と連立させて推計する。

 Sww∂C w∂lnC           (Lは労働投入量)
     C  ∂Pw C ∂lnPw
   =βw+δwwlnPw+1/2δwklnPk+1/2δkwlnPk+ρmwlnYm+ρpwlnYp
 上記で触れた制約条件のうち、@対称性とA一次同次性はあらかじめパラメータに対して次のように課すことができる。

 γmp=γpm , δwk=δkw
 βw+βk=1
 δww+δwk=0   ρmw+ρmk=0
 δkw+δkk=0   ρpw+ρpk=0

 また、B非減少性とC凹性(concavity)条件は事後的に確認する。非減少性の意味は

 ∂C≧0  i=m,P,  ∂C≧0  j=w,k
 ∂Yi           ∂Wj

であり、費用関数が要素価格に対して凹であることの十分条件は、要素価格に関するヘッセ行列が半負値定符号であることである。すなわち、費用関数のヘッセ行列Hについて、

 H11 (δww+Sw2−Sw)≦0      Sw:人件費シェア
    Pw2
 H22 (δkk+Sk2−Sk)≦0      Sk:物件費シェア
    Pk2
 |H|= C2 {(δww+Sw2−Sk)−(δwk+Sw+Swk2}≧0
      (Pwk2

が成立するとき、concavity条件がみたされる。ところで、対称性と一次同次性の制約のもとでは基準点で|H|が恒等的にゼロとなる。H11、H22については、括弧のなかの数値の正負が意味をもつので、以後その数値をH11、H22と定義し直すこととする。

 以上によって推計されたトランスログ関数から、諸費用指標を算出するが、第3節で述べた通りトランスログ関数では生産量が0のときの費用を定義できない。したがって生産物個別的な規模の経済性も、範囲の経済性も、定義に従った直接の判断指標は算出できす、判断不可能である。よって、第3節で述べた条件Tによる費用劣加法性の検証は関数の性質上行えない。しかし、範囲の経済性については、その十分条件である費用の弱補完性を確認することができる。そして、全体の規模の経済性と、トランスレイサポータビリティの十分条件であるトランスレイ凸性も算出可能であり、判定指標は以下のとおりである。それらを用いることにより、第2節の条件Uによる劣加法性の判断は可能である。

 まず基準点で評価した費用の弱補完性指標をCOMPLEMENTとすると、定義から、

  COMPLEMENT  ∂2C   C   ∂2lnC   ∂lnC×∂lnC
               ∂Ym∂Yp  Ymp └∂lnYm ∂lnYp  ∂lnYm  ∂lnYp
             =  C  (γmp+(αm+γmmlnYm+γmplnYm+ρmklnPk×
                Ymp
              (αp+γpplnYp+γmplnYm+ρpwlnPw+ρpklnPk))

の値が基準点にいたるまで非正の値をとるとき、範囲の経済性が成立することとなる。

 次に全体の規模の経済性の程度はで表される。S>1のとき規模の経済性があるという。全体の規模の経済性が存在するときレイ平均費用が逓減しており、Sの値を求めればyにおけるレイ平均費用の増減がわかる。

 全体の規模の経済性の判定式を
  ASCALE 1 
          S
         =αm+αp+γmmlnYp+γmplnYm+γmplnYm+γpmlnYp
          +ρmwlnPw+ρmklnPk+ρpwlnPw+ρpklnPk   とし、 

トランスログ関数の近似点で評価すると、
  ASCALE=αm+αp
となる。

 したがって判断基準はASCALE<1のとき全体の規模の経済性が存在し、ASCALE>1のとき全体の規模の経済性は存在しない、ということになる。

 最後に、yにおけるトランスレイサポータビリティが成立する十分条件は、費用関数のトランスレイ凸性あるいは準凸性の2つであるが、関数のトランスレイ凸性はyを通るある特定の平面で評価したという制約の下でが凸関数となることを意味し、縁付きヘッセ行列の次に示す3つの小行列式が非正であることがその十分条件となる。つまり、制約を与える平面を一般にh1m+h2p=k(k≧0)とすると

 生産物に関する縁付きヘッセ行列に対して、
 の3つが非正となることである。
これらの条件はそれぞれ、

 −h12≦0    …a
 −h22≦0    …b
 C1221+C2121−h1222−h2211≦0  …c
と書き表せる。

 ところで経済的に意味のある正の生産量の領域について考えれば十分であるから、制約を与える平面の係数の符号はh1>0かつh2>0と考えることができる。このとき、a,bは常に満たされる。cはC11≧0,C22≧0,C12≦0のとき成立する。したがって、

  C11 C  ┌  ∂2lnC   ∂lnC×∂lnC ┐=  C  (γmm+αm2)≧0
      Ymp └∂lnYm ∂lnYp  ∂lnYm  ∂lnYm ┘   Ymp
  C22 C  (γpp+αp2)≧0
      Ypp
  C12 C  (γmp+αmαp)≦0
      Ymp

のとき、トランスレイ凸性が成り立ち、よってトランスレイ・サポータビリティが成立する。

 検証の際は括弧のなかの数値の正負のみが意味をもつため、その値をC11,C22,C12と定義し直すこととする。

(2) 一般化トランスログ関数

 一般化トランスログ関数は,

 

を利用して,トランスログ関数のうち、生産量をあらわす変数についてBox-Cox変換したものである。

 一般化トランスログ関数では費用関数は次のように表される。

  lnC=A+B1mθ−1pθ−1+C1lnPw+C2lnPk
            θ      θ
     +1/2D1mθ−1 mθ−1+1/2D2pθ−1 pθ−1
            θ      θ        θ      θ
     +1/2D3mθ−1 pθ−1+1/2D4pθ−1 mθ−1
            θ      θ        θ      θ
     +1/2E1lnPwlnPw+1/2E2lnPklnPk+1/2E3nPwlnPk+1/2E4lnPklnPw
     +F1mθ−1lnPw+F2mθ−1lnPk+F3mθ−1lnPw+F4pθ−1lnPk
          θ          θ           θ         θ
     +jlogJ

 ここで、変数の意味はトランスログと同じであり、推定すべきパラメータとしてはθが加わったに過ぎない。対称性及び一次同次性をあらかじめパラメータに課すことから、C2=1−C1,D4=D3,E2=E1,E3=E4=−E1,F2=−F1,F4=−F3となる。

 これをトランスログ関数の場合と同様、以下のシェア方程式と連立させて推計する。

 SwC1+E1lnPw+1/2E3lnPk+1/2E4lnPk+F1mθ−1+F3pθ−1
                                θ       θ

 以上によって推定されたパラメータから、諸指標を算出する。一般化トランスログ関数では、トランスログの場合と異なり、範囲の経済性や生産物個別的な規模の経済性の定義式に従った指標も算出可能である。以下、範囲の経済性、生産物個別的な規模の経済性、全体の規模の経済性、トランスレイ凸性の条件を示す。

 範囲の経済性の指標SCOPEは、基準点において

 SCOPEC(0,Yp)+C(Ym,0)−C(Ym,Yp
               C(Ym,Yp
        =exp(A−B1/θ+D1/2θ2)+exp(A−B2/θ+D2/2θ2)−exp(A)
                            exp(A)

と表すことができ、判断基準はSCOPE>0のとき範囲の経済性が存在し、SCOPE≦0のとき範囲の経済性が存在しないこととなる。

 生産物個別の規模の経済性の程度を表す指標は、その定義から平均増分費用と限界費用の比である。第i財に対する平均増分費用(AIC)をと定義すると、通常郵便物の場合は個別的な規模の経済性の程度MSCALEは

 MSCALEAICmexp(A)−exp(A−exp(A−B1/θ+D1/2θ2
         MCm             B1exp(A)

となる。判断基準は

MSCALE>1 通常郵便物の生産物個別の規模の経済性がある

 MSCALE<1 通常郵便物の生産物個別の規模の経済性がない

となる。小包郵便物も同様に

 PSCALEAICpexp(A)−exp(A−exp(A−B2θ/θ+D2/2θ2
         MCp             B2exp(A)

となり判断基準も同じである。

 全体の規模の経済性の程度を表す指標ASCALEは、トランスログの場合と同様に基準点においては

  ASCALE 1 =B1+B2
          S

によることができ、ASCALE<1のとき規模の経済性がある、といえる。

 トランスレイ凸性の条件式は、基準点においては次のようになる。

 C11=(B1θ−B1+D1+B12)×exp(A)≧0
 C22=(B2θ−B2+D2+B22)×exp(A)≧0
 C12=(D3+B1・B2)×exp(A)≦0

 以上で得られた諸指標から、第3節の条件Tと条件Uともに用いて、費用の劣加法性の十分条件を検証することができることになる。

(3) データ

 使用したデータは1980年度から1994年度までの15年間にわたる12郵政局別のクロスセクションデータで、総観測数180となる。

@ 総費用C
 郵政局別の郵便費を用いた。これは、郵便事業の運営にかかった費用、及び業務の管理に要する費用、郵政職員の訓練に要する経費等間接費用のうち郵便事業に係る費用の合計である(郵政省決算資料による)。

A 生産量(Ym,Yp
 生産量は郵政局別の通常郵便物及び小包郵便物の1年間の配達物数をとっている(郵政省資料による)。

B 生産要素価格(Ym,Yp
 人件費価格は、実際の費用データから平均人件費を算出した。すなわち、
 Pw=人件費/定員 

 であり、人件費は郵政省決算資料、定員は郵政省資料から得た。 物件費価格については、Christensen and Jorgenson(1969) に準拠し、Pk=P(r+δ)とした。ただし、

  P:資本財価格 (日本銀行調査統計局「物価指数年報」による。)

  r:政保債利子率 (日本銀行調査統計局「経済統計年報」による。)

  δ:減価償却費/固定資産額 (郵政行政統計年報による。)

である。資本財については地理的な市場の差異はないものと考え、全国一律の値を各年度で用いた。

C 1局あたり人口(J)

 郵政省郵政行政統計年報から得た。

 

 総費用及び要素価格については85年基準のGDPデフレータ(経済企画庁「国民経済計算年報」より)を用いて実質化している。

5 推計結果

 最尤法を用いて推計した結果は以下のとおりである。(1)でトランスログの結果、(2)で一般化トランスログの結果を示し、(3)でpropernessについて改めて考察する。

(1)トランスログ関数

 (表1)
推計値
t値
0 25.40001707.53
αm .114897 16.4633
αp .114897 3.50501
βw .558503 103.770
γmm .327312 2.72742
γpp .383924 2.99895
γmp -.379524 -3.21651
δww .257610 1.92808
ρmw .132722 9.23958
ρpw -.129549 -8.93626
p -.289009 -5.46060
COMPLEMENT-.283841 <0 -2.46287
ASCALE.947672 <1 33.4198

11
1.02083≧0 6.31402
22 .397125≧0 3.04784
12 -.283841≦0 -2.46287

(表2)
αm .832775>0 16.4633
αp .114897>0 3.50501
βw .558503>0 103.770
11 .011033   0 .082661
22 .011033   0 .082661

 表1は推計したパラメータの値と費用特性の判定指標の値を表したもの、表2は単調性及びconcavityの制約条件を表したものである(パラメータに関して、一次同次性及び対称性によりパラメータ数が減少できるものについては、省略してある。一般化トランスログについても同様)。

 制約条件については、αmpwの値がそれぞれ正であり単調増加性が確認される。concavity条件については、符号条件が形式的に満たされていないが、ゼロと有意に異ならず、ヘッセ行列Hの半負値定符号の条件は棄却されないので、費用関数として満たされるべき性質は持っていると思われる。制約条件のなかでも限界費用の非負性については、基準点だけでなく全観測点でも確認したところ、通常郵便物については全観測点で、小包郵便物については約70%の観測点で限界費用が正となっていることが確認されており、トランスログ関数が費用関数として適切であることが推測される。

 表には基準点において費用の弱補完性を表したCOMPLEMENTを平均総費用で除したものを記したが、全観測点においてCOMPLEMENTの値は負を示しており、基準点における範囲の経済性が成立するものと考えられる。

また、全生産の規模の経済性がASCALE<1により確認されているほか、トランスレイサポータビリティ成立の十分条件である3条件C11≧0,C22≧0,C12≦0もすべて満たされており、費用の劣加法性の存在を示唆する結果となっている。

 なお、郵便局1局あたり人口が負の効果を示しているが、細かい配置のための局数増加が費用の増加要因となっていることが推測できる。

(2) 一般化トランスログ関数

(表3)
推計値t値
θ.1724663.72147
A25.05491330.37
B1.87122323.5454
B2.1011493.40184
C1.566718115.616
D1.116301.773976
D2.4294963.39458
D3-.409951-3.19925
E1.1841261.29853
F1.1330158.71078
F3-.126071-8.62956
-.253192-4.81586
SCOPE759.000 >0 .238066
MSCALE1.09593 >1 8.06946
PSCALE-7503.35
 1
-.236467
ASCALE.972371 <1 46.7560

11

.154363≧0 1.01432
22 .356024≧0 2.73138
12 -.321828≦0 -2.44664

 (表4)
B1.871223>023.5454
B2.101149>03.40184
C1.566718>0115.616
11 -.061423 ≦0 -.433516
22 -.061423 ≦0 -.433516

 トランスログ関数と同様、表3は推計したパラメータの値と費用特性の判定指標の値を表したもの、表4は単調性及びconcavityの制約条件を表したものである。

 ここでも、制約条件のうち、単調増加性についてはパラメータB1,B2,C1の値が正で満たされている。また、concavity条件についても有意にゼロと異ならず、Hの半負値定符号の条件に反しないから、費用関数として満たされるべき条件を持っている。基準点以外の観測点では、限界費用は通常郵便物ではほぼすべての観測点で、小包郵便物では70%弱の観測点で正の値が得られた。

 範囲の経済性をその定義式に従ってあらわすSCOPEの値は正になってはいるものの、t値が低く、有意にはその存在が示されていない。ただ、C12は範囲の経済性の十分条件である費用の弱補完性を基準点で評価したものでもあるが、有意に負であり、費用の弱補完性は肯定されている。

 個別の規模の経済性については通常郵便物ではMSCALE>1,t値=8.06946よりその存在が有意に観測されている。しかし、小包郵便物についてはt値が低く判定不能となっている。

 他方、全生産の規模の経済性はASCALE<1により確認されており、またトランスレイサポータビリティ成立の十分条件についてはC22≧0,C12≦0の2つまでが有意に確認されている。C11の値は0と有意には異ならないがC11≧0の条件には反しない。したがって、ここでもトランスレイサポータビリティの成立が示唆されている。レイ平均費用の逓減は全生産の規模の経済性によって示されているから、トランスレイサポータビリティとレイ平均費用を満たすことによる劣加法性の成立は支持されよう。しかし、小包郵便物の個別の規模の経済性は判定不能であるから、もう一つの条件による費用の劣加法性については、有意に判断することはできない。

(3)得られた関数形の適切性(properness)の評価

 さて、第2節に述べたように、費用関数の推計によって政策的な含意が得られる一方、似たデータから異なる推計結果が出ることもあるため、推計手法については長らく議論がなされてきた。その結果、基本関数形がフレキシブルでなければならないこと、検証領域は適切(proper)な部分でなければならないこと、少ないデータでは結果が不安定になること、については大方の同意が存在すると思われる。本研究では、トランスログ及び一般化トランスログを両方用いており、フレキシビリティには問題がない。またデータ数は、郵政局を単位とし、180観測点を確保したため、パラメータに比して特に不安定要因とは思われない。残るのは、得られた費用関数の指標が適切な領域から得られたものか、という問題である。特に一般化トランスログの結果のうち、直接検証による範囲の経済性(SCOPE)と、小包の個別的規模の経済性(PSCALE)については、きわめて低いt値のもとで異常な結果を示しているので、これが全体の推計結果を否定するものか、それともローカルな不適切領域の影響にとどまるのかが問題である。ここで改めてその点について検討する。

 次の図は推計したトランスログ費用関数曲面を描いたものである。ここでは要素価格、及び一局あたり人口については基準点すなわち平均である1を用い、図中の郵便物数もそれぞれ1が平均でありテイラー近似の基準点である。すなわち、底面でいうと中央が全体の規模の経済性やトランスレイ凸性、費用弱補完性などの指標に使われている基準点である。高さは総費用を示す。

 

 トランスログ関数では0が定義域に含まれていないため、通常郵便物についても小包郵便物についても軸に近いところでは費用曲面が異常な形状を示しているが、これは基準点における二階の近似に重きをおくトランスログの性質上当然のことである。Röller(1990b)はこのようなトランスログの振る舞いを"flip-flop property"(シーソーのような動き)と呼び、わずかなパラメータの変化でも軸付近では劇的に曲面が変化することを指摘した。そして、限界費用が負の領域は分析から除外すべきであると主張した。とりわけ、費用優加法性の存在をそのような「不適切」な周辺領域で示し、劣加法性を否定するような研究に対して警鐘を与えた点で意味を持つが、本研究のトランスログ関数推計で得られた弱補完性、全体の規模の経済性、トランスレイ凸性のいずれも図中中央の基準点における費用指標のみを用いているので、適切な領域での検証という意味では問題ないと思われる。

 一方、推計した一般化トランスログ費用関数の曲面は同様にして次のように描かれる。

   

 一般化トランスログ費用関数の曲面でも小包郵便物が生産量0に近づくにつれ、費用が急上昇するという異常な動きが観察されている。しかし、一般化トランスログも基準点(図中中央)での最良近似のための関数形であり、また異常な領域は観測点を含まない周辺の外挿領域なので、このこと自体は推計結果全体を否定するわけではない。ところがこの周辺の異常性から、通常郵便物の生産量が1で小包郵便物が0という外挿した総費用の値を用いる必要のある、範囲の経済性をあらわす指標のSCOPEと、小包郵便物の個別の規模の経済性の程度をあらわす指標であるPSCALEの値が異常な値を示す原因となっている。

 すなわち、2財モデルで範囲の経済性が成立する条件は

   C(y1,y2<C(y1,0)+C(0,y2

であり、そのためここでは

 SCOPEC(0,Yp)+C(Ym,0)−C(Ym,Yp
               C(Ym,Yp

が基準点y=(1,1)においてゼロより大きいかを検証しようとした。しかしここに現れる推計値のうち、C(Ym,0)=C(1,0)は明らかに小包の限界費用が著しく負で、適切ではない領域から得られており、したがってこの推計値は無効であると考えられる。

 同様に、二財の場合の第一財に関する平均増分費用は一般にであり、それが逓減しているかどうかを検証するため、平均増分費用が限界費用より大きいかどうか、すなわち、基準点であるy=(1,1)において、AICi/MCi>1が成立するかを検証しようとした。小包に関してはこの指標は

であるが、やはりC(Ym,0)を用いており、適切でない領域から得られているから有効な結果ではない。しかし、通常郵便物に関しては、

   

の指標は適切な領域から得られている。つまり、基準点であるC(Ym,Yp)=C(1,1)からC(0,Yp)=C(0,1)にいたる領域は、すべて限界費用が正であることが図から読みとれる。通常郵便物に関してはすべての観測点で限界費用が正であることも確認されていることからも、通常郵便物に関してはグローバルに適切な形をしており、小包が観測平均値、通常郵便物が0という外挿値を用いる個別の規模の経済性を表すMSCALEは、有効に得られていると思われる。

 まとめると、小包の個別的な規模の経済性(PSCALE)や範囲の経済性(SCOPE)に用いられている小包郵便物の生産量がゼロに近い領域は分析には不適切なため、結果は意味をなさないが、基準点付近に基づく推計結果(全体の規模の経済性など)はもとより、通常郵便物の個別的な規模の経済性があるという推計結果は支持されるものと考える。

6 結論

 今回の推計ではトランスログと一般化トランスログの2つの関数形を用いて費用関数の推計を行った。いずれも、限界費用の正負等、実際に観察された生産量のほとんどの点において費用関数として適当な形状を示している。

 範囲の経済性については、直接の検証を図った一般化トランスログでは有意ではないものの、その十分条件である費用の弱補完性がトランスログ及び一般化トランスログで有意に成立している。一般化トランスログでは得られた異常値は適切でない領域に基づいていること、他の実証研究で通常用いられる費用弱補完性は成り立っていることから、範囲の経済性の存在を推測させる結果となっている。配達業務における顧客情報の共有、庁舎の共同使用等、通常郵便物と小包郵便物とのあいだに範囲の経済性が働いていることが考えられる。

 生産物個別の規模の経済性については、一般化トランスログで得られた結果から、通常郵便物には市場の需要量全体に対して個別の規模の経済性が働いていることが読み取れる。物品輸送である小包郵便物の生産については、推計された費用曲面のうち適切でない領域が指標算出に用いられたため、有意な値とならず個別的な規模の経済性が働いているのかいないのか明らかではなかった。ただ政策的に問題となるのは、参入が規制されている通常郵便物であるが、その個別的規模の経済性はグローバルに適切な領域から得られており、推計上問題はないと思われる。

 また、費用の劣加法性については、トランスログでは有意にその存在が確認された。また一般化トランスログでもトランスレイサポータビリティとレイ平均費用に基づく十分条件によれば存在が示唆される。ただ、個別的規模の経済性を用いた十分条件については、有意な結果は得られなかった。しかし、いずれにせよ今回の研究では費用特性の評価を基準点において行った局所的な検証であり、グローバルに費用の劣加法性を確認するわけではないことに留意する必要がある。

以上の結果は政策的判断に一材料を提供することができよう。特に通常郵便物について個別の規模の経済性が有意に確認されたことは現在の法定独占に支持を与えるものとなる。また、現在競争下にある小包郵便物との兼営は、費用節約に寄与しているととらえられる。

もちろん、ここで行われた分析は、それだけから現実の政策判断を引き出すことを目的としたものではない。例えば、他の多くの費用関数の推定による分析と同様、ここでは郵便事業が費用最小化行動をとっていることを前提としているが、その仮定に対する批判はありうる。また、費用関数の形状から自然独占性が肯定されたとしても、埋没費用が存在せず、かつサステイナブルな独占均衡があれば、やはり参入規制の必要がなくなる、というBaumolらの理論的な帰結もある。しかし、前者の批判については、信書送達について他に比較できる事業者がないため、費用効率性の議論は推測的なものにとどまるし、また後者の点についても、埋没費用の程度も現実には計測不可能であるから、実証的に当否を答えることはできない。いずれにしても、これらの問題以前に、計測された費用関数の形状から自然独占性が否定されれば参入規制の根拠は薄弱となるから、その点についてのデータに基づく実証として本研究は意味を持つと考えられる。

参考文献



補遺

 社会的に効率的な生産を行うことができる企業の数を、市場の需要規模に対しての複数生産物費用関数の形状によって説明する考え方では、社会的に効率的な産業構造は、全体の規模の経済性(overall economies of scale)、生産物個別的な規模の経済性(product specific economies of scale)、範囲の経済性(economies of scope)、費用の劣加法性(cost subadditivity)といった費用特性によって判断される。

 これらの概念は互いに論理的関係を有しており、本論で述べたように費用の劣加法性の十分条件は、範囲の経済性や個別・全体の規模の経済性を含んでいる。そこで、ここではまず1で費用の劣加法性の定義と十分条件を与え、2ではそこにあげられた範囲の経済性、平均増分費用逓減、レイ平均費用逓減、トランスレイサポータビリティの定義、経済的意味と他の概念との関係を説明する。

1 費用の劣加法性

定義  費用関数C(y)が狽i=yをみたすいかなる産出ベクトルy1,y2,...,yk,yi≠y,i=1,...,kの組合わせに対してもC(y)<狽b(yi)が成り立つとき、yにおいて厳密に劣加法である。

 費用の劣加法性とは、複数生産物の生産において、現在の生産水準に至るまでは、これをどのように複数社で分割したとしても、1企業体がすべて生産してしまう方が社会的費用が少なくてすむことをいう。

 したがって、巨大企業が費用の優加法性を示している場合には分割によって社会的に費用を削減できる組み合わせが存在するし、逆にある財の生産について独占状態にあっても費用の劣加法性を有する場合には、当該財についてすべて一企業体で生産することが最も効率的な生産方法であることが言える。すなわち、費用の劣加法性は複数生産における自然独占性の必要十分条件である。 

 費用の劣加法性の十分条件は

T yにおいて範囲の経済性が存在し、かつすべての生産物の平均増分費用がyに至るまで逓減している。

U yにおいてトランスレイ・サポータビリティが成立しており、かつそのトランスレイ平面に至るまでのすべてのレイに対するレイ平均費用(RAC)が逓減している。

以下、この十分条件のなかに含まれる4概念について説明する。

2 4概念の定義及び経済的意味

(1) 範囲の経済性

 n種類の生産物を生産する際、N={1..n}の部分集合S⊆Nに対し、Sのトリビアルではない分割をPとする。すなわち、P={T1,...,Tm}は

 m>1,∪Ti=S,i≠j
  のとき

 Ti∩Tj≠Θ,Ti,≠Θ

を満たすTiの集合である。Pに関して、が成立するとき、ysにおいて範囲の経済性があるという。2財モデルでは次のように表される。

 C(yi,y2)<C(yi,0)+C(0,y2

 これは、複数生産物について、生産物をそれぞれ別個に生産するよりも一企業体が同時に生産するほうが、生産費用が安くてすむことを意味する。

 0≦y1≦yのすべてのy1において、,i≠kが成立するとき、費用関数はyにいたるまで、弱補完性(weak cost complementarities)があるといい、集合Nの任意の2要素についてyにいたるまで、,i≠kが成立し、費用の弱補完性が成立するとき、Nのすべての部分集合に対して範囲の経済性が存在する。すなわち費用の弱補完性は範囲の経済性の十分条件となる。

  

(2) 平均増分費用逓減

 (n−1)種類の財を生産しているとき、その生産量を変えることなく、もう1種類の財の生産を開始したとき、追加的にかかる費用を増分費用(IC:Incremental Cost)といい、第n財の生産量で除したものを(第n財の)平均増分費用(AIC:Average Incremental Cost)と呼ぶ。すなわち、ICi=C(y)−C(y、n-i、AICi=ICi/yiである。二財の場合の第一財に関する平均増分費用は、

 C(y1,y2)−C(0,y2となる。
        y1

 この平均増分費用に関し、AICi(tyi+yn-i)がt=1においてtに関して逓減しているとき、平均増分費用が逓減しているという。

 あるひとつの生産物(第i財)について、平均増分費用が限界費用(MC)より大きいとき、すなわち、yにおいて、Si(y)=AICi/MCi>1が成立するとき、生産物個別の規模の経済性(product specific economies of scale)があるといい、このとき、平均増分費用逓減が確認される。すなわち、個別の規模の経済性は平均増分費用逓減の十分条件となる。

 したがって、個別の規模の経済性が存在するとき、当該生産物の生産量が大きくなるほど平均増分費用が小さくなり、一企業体でこれを生産するほうが複数社で生産するよりも安く生産できることとなる。これを、個別生産物の自然独占性という。個別生産物の自然独占性が存在するとき、当該生産物の生産水準に至るまでは、これを分割することなく、生産を続けることが効率的であるといえる。

(3) レイ平均費用逓減

 産出ベクトルyについて、 で定義されるRACをレイ平均費用といい、RAC(ty)がt=1においてtについての減少関数であるとき、レイ平均費用が逓減しているという。

 一方、yにおいて、(i∈N,i<n)の値が1を超えるとき全生産の規模の経済性があるといい、全生産の規模の経済性があることは、レイ平均費用の逓減の必要十分条件である。

 したがって、全生産の規模の経済性が存在するとき、複数生産物について、ある生産量の組合わせについてこの比率で生産を拡大していったとき、生産が効率的になっていくことがいえる。

(4) トランスレイサポータビリティ

 生産量ベクトルy0において、H≡{y≧0: a・y=a・y0}(ただしa>0)で定義される超平面であって、C(y)≧v0+v・y for all y∈Hを満たす定数v0とベクトルvが存在するような超平面Hがひとつでも存在するとき、費用関数C(y)はy0においてトランスレイサポータブルであるという。

 一方トランスレイ凸性とは、y0を通る超平面w・y=w・y0上にある、任意の2つのベクトルya,yb、及び0<k<1なるすべてのkについて次の式を満たすW>0が存在することをいう。

   C(kya+(1−k)yb)≦kC(ya)+(1−k)C(yb

 

費用関数がトランスレイ凸性を満たすとき、トランスレイサポータビリティが成立する。

 以上のことから、費用の劣加法性の十分条件を言いかえると、範囲の経済性とすべての財に関する個別の規模の経済性の存在、あるいは全生産の規模の経済性の存在と費用関数のトランスレイ凸性の成立、のいずれかの条件が満たされているとき、費用の劣加法性が存在する、といえる。

 費用の劣加法性の検証にいたるまでのこれらの概念の関係と流れをあらわすと、下図のようになる。