地域通信事業の費用構造分析

郵政研究所通信経済研究部 浅井 澄子
早稲田大学商学部 中村 清

1 はじめに

 本論は、NTT地域通信事業の費用関数を推計し、これを通じて地域通信事業の地域別費用構造を分析することを目的とする。ここで取扱う項目は、地域通信事業部別の費用水準、資本量の適正性、短期と長期の規模の経済性である。
 電気通信事業における費用構造分析は、これまでにも規制の根拠、適切な産業構造の議論に関係して、主として米国、とりわけAT&Tを分析対象として行われてきた1)。これに対し、電気通信事業において独占体制が続いたヨーロッパ諸国及び我が国では、この分野の定量分析の蓄積は、米国に比して多くはない。我が国での費用構造の定量分析の研究成果として、鬼木[1993]、中島・八田[1993]及び橘木・入江[1994]等がある。鬼木及び橘木・入江は、NTTの時系列データによる費用関数の推計を行っており、中島・八田は、プール・データによるNTTの費用関数の推計を通じて、NTT全体としての規模の経済性及び範囲の経済性の計測を行っている。本論では、1992年度に導入されたNTT地域通信事業部のデータを利用して費用関数を推計し、短期と長期の規模の経済性を計測する。
 今回の推計では、規模の経済性のほか、地域通信事業部別の費用水準、資本量の適正性を併せて計測する。現在、NTTは人員面の合理化の途上にある。従業員一人当りの収入等の労働の偏生産性については、財務データが公表される都度、計算される。一方、資本の生産性については、電気通信サービスのユニバーサル・サービスとしての特性と資本設備がピーク時を想定に計画されること、技術進歩を背景に設備内容が変化していること等から、労働生産性ほど一般には着目されない傾向がある。もっとも、過剰な資本の保有は、料金に転嫁され、最終的に利用者がこれを負担することになる。電気通信事業の資本の適正性については、前述の橘木・入江がNTTの年度データによりNTT全体を対象に、 Oum and Zhang[1995]が米国の電気通信事業を対象に資本の適正性を計測している。
 なお、費用関数を通じた資本量の適正性、規模の経済性については、運輸業及び電力事業において従来から計測が行われている2)。比較的最近の研究成果としては、電力事業におけるNemoto,Nakanishi and Madono[1993]があり、本論の手法はこれに準じている。


2 地域通信事業部の概要

 NTTには、1990年3月の政府措置を受けて、1992年4月より新たな事業部制が導入された。これによりNTTには、本社のほか、長距離通信、パケット通信、画像通信、電報を扱う各事業部と主として県内通信を取扱う地域別の地域通信事業部が設けられた。地域通信事業部の業務の大部分は、電話サービスであり、このほか、専用サービス及び総合デイジタル通信網サービス(ISDNサービス)等その他サービスである。地域通信事業部は、事業の特性上、競争メカニズムが機能しにくいこと、地域密着性が強いこと等から、地域間のヤードステイック競争メカニズムの発揮を意図して、全国を11に分けている。11の地域通信事業部は、具体的には北海道、東北、東京、関東、信越、東海、北陸、関西、中国、四国及び九州地域通信事業部である。この事業部制は、1992年度に導入されたため、現時点で入手可能なデータは、1992年度から1995年度の4か年分となる3)。本節では、計量分析に先立ち、地域通信事業部の概況を整理する。
 11の地域分けはこれまでの支社に基づき設定されており、規模、利潤水準等に関しての均一性は保たれていない。1995年度の電気通信事業営業収入が最大の関東地域通信事業部では10,636億円であるのに対し、最小の北陸地域通信事業部では1,107億円で、約9.6倍の格差が存在する。
 また、需要密度を加入数当りの市内線路設備で測る。地理的な需要密度は、本来であれば一加入当りの市内線路の長さで測ることが適切ではあるが、物理的長さのデータが得られないため、市内線路設備を金額ベースで測っている。1992年度から1995年度の平均値では、東京地域通信事業部15,582円/加入、関西地域通信事業部16,897円/加入に対し、北海道地域通信事業部31,418円/加入、東北地域通信事業部32,625円/加入と約2倍の乖離がある。後者では一加入当りの市内線路設備の長さが相対的に長く、需要が点在していることを示している。
 各地域通信事業部間には、このように規模及び需要密度等に格差が存在する。この相違を反映して、1995年度では関東、東京、東海及び関西地域通信事業部で経常利益を計上する一方、北海道、東北、信越、北陸、中国、四国及び九州地域通信事業部では全期間を通じて経常損失を発生させている状況にある。
 なお、NTTでは人員合理化が図られている途上にあり、これに伴い労働生産性は向上しつつある。もっとも、従業員数の減少には、純粋に従業員数が減少している側面と、従来NTT内部で行っていた業務に関して子会社を設立し、その子会社に従業員を出向させることによる実質的減少を伴わない側面とがある4)。地域通信事業部の従業員数が減少していること、業務の子会社化による人件費と作業委託費間の転換が行われていることは、労働がこの4年間について可変的要素であることを示している。


3 モデルの概要

 NTT地域通信事業部は、労働(L)、原材料(M)5)及び資本(K)を利用して生産活動を行う。生産量をYとすると、生産関数は、Y=f(L,M,K)で示される。各地域通信事業部が、費用を最小化すると仮定すると、生産関数と費用関数は双対関係にある。本論では推計に当ってのデータの入手可能性の観点から費用関数を推計する。また、電気通信事業の設備建設には一定の時間を要すること、第2節のとおりNTTの従業員数が減少し、かつ、出向を含む業務の子会社化が進展し、人件費と作業委託費との間で代替性があることから、資本を擬固定の生産要素、労働を可変要素として取扱う。本論では各地域通信事業部が、現在の資本量Kを所与とし、一定の生産要素価格の下で費用最小化の行動をとると仮定し、可変費用関数を推計する。なお、推計に当っては、調整費用を費用関数に含める方法もあるが、この場合、調整経路を先見的に規定する必要がある。本論では可能な限り事前に前提を付加することを避ける観点から、調整費用を含めないモデルを採用する。
 短期総費用をSTC(short-run total cost)、可変費用をVC(variable cost)と表し、労働価格、原材料価格、資本サービス価格をそれぞれP,P,Pとする。短期総費用関数は、(1)式で示される。

 (2)式を満たす短期総費用を最小化する資本量(以下、「最適な資本量」という)をKで示す。

 (2)式から(3)式が導出される。

 (3)式で得られるKと現実の資本量Kにおいて、K/K>1ならば生産量Yに対して資本量が過剰(over-capitalization)であり、K/K*<1ならば、資本量が過小(under-capitalization)と判断される。
 短期の規模の経済性SCEは、(4)式で得られる。

 SCE>0の場合、短期の規模の経済性が存在し、SCE<0の場合、不経済が存在すると判断できる。
 また、短期総費用関数の包絡線である長期総費用関数LTC(long-run total cost)は、(5)式で示される。

 長期の規模の経済性SCELについては、(5)式に(2)式を用いて、(6)式のとおり求めることができる。

 SCE>0の場合、短期と同様に長期の規模の経済性が存在し、SCE<0の場合、不経済があると判断される。
 資本量の過剰性と短期の規模の経済性とは密接な関係がある。すなわち、長期平均総費用LATC(long-run average total cost)は、短期平均総費用SATC(short-run average total cost)の包絡線であり、SATCとLATCの接点でのみK=Kである。一方、接点以外の点では、LATC<SATCであり、K≠Kである。


4 推計モデル

 本論では、第3節のとおり可変費用関数の推計を通じて、資本量の適正性及び規模の経済性を計測する。ここでは、推計する可変費用関数として、トランス・ログ型費用関数を選択した。トランス・ログ型費用関数は、2階微分可能な任意の関数の近似式であり、事前に関数形を特定しない点で一般性を有する。

 (7)式では、費用関数として妥当するため、予め要素価格に関する一次同次の制約及び対称性の制約を課して推計する。すなわち、

 また、実際の可変費用関数の推計に当っては、Shephardのレンマにより導出された(8)式を付加した連立方程式体系で推計を行う。
 可変費用に占める労働費シェアS=PL/(PL+PM)であり、(7)式より(8)式が得られる。

 本論では、可変生産要素を労働と原材料の2種類に分けており、労働費シェア+原材料費シェア=1であることから、推計については、原材料費シェアを推計から落し、可変費用関数と労働費シェア関数の2本を利用する。推計では、Zellnerの見かけ上無相関の推計(Zellner's seemingly unrelated regression)を適用する。
 また、第2節で述べたとおり11の地域通信事業部の規模及び需要密度等に格差があることから、(7)式では、東京、関東、東海及び関西地域通信事業部に1、これ以外にゼロとするダミー変数Dを加えている。なお、このダミ−変数の付加の方法には、定数項ダミーと係数ダミーの2通りが考えられるが、推計の当てはまり上、ここでは生産量に対する係数ダミーを採用した。
 さらに、地域別及び推計対象の4年間で技術水準が異なることを踏まえ、説明変数に技術進歩を示す指標として市内交換機のデジタル化率を加えている。市内交換機のデジタル化については、1990年3月のNTTの在り方に関する政府措置でその早期実施が要請されており、デジタル化の進捗状況は、1989年策定の「中長期デイジタル化計画」で規定されている。
 以上のダミー変数と一次同次性及び対称性の制約を課した実際の推計式は、(9)及び(10)式である。

 第3節で述べた短期の規模の経済性、長期の規模の経済性、最適資本量を(9)式及び(10)式の推計式を使って示したものが、(11)式、(12)式及び(13)式である。


5 利用データの概要

 第4節(9)及び(10)式の推計に利用するデータの概要は、以下のとおりである。なお、詳細なデータの作成方法等については、補論に記す。

(1) 生産要素価格P及びP

(2) 生産物Y

 モデルでは単一生産物モデルとし、電話の通話分数(発信と着信の合計)とする。

(3) 資本サービス価格P Christensen and Jorgenson[1969]に準拠し、

(4) 資本量K

 K=(1−δ)Kt−1+Iで算定し、対象は機械設備、空中線設備、端末設備、市  内及び市外線路設備、土木設備、建物、構築物である。土地及び建設仮勘定は除く。

(5) 地域通信事業部ダミー:D

 D 東京、関東、東海、関西地域通信事業部に1、これ以外にゼロ

(6) 技術水準ダミー:T

 市内交換機デジタル化率(総端子数に占めるデジタル端子数の比率)


6 推計結果の概要

 可変費用関数とシェア関数の連立方程式体系で推計した結果を図表1に示す。
 推計パラメータに同次性及び対称性の制約を課しているため、ダミー変数を含む推計パラメータ数は12個である6)。
 なお、技術水準を示すダミー変数(デジタル化率)は負で有意であり、デジタル化の進展が可変費用を低下させる方向に作用している。

図表1 推計結果


推計値  (標準誤差)
α 17.86890 (6.33017)
α 0.58255 (0.15064)
α -8.27278 (2.98630)
α 9.16500 (2.99587)
βLL 0.19578 (0.03966)
γYY 2.41396 (0.90963)
γKK 2.44575 (1.13827)
γLY -0.04525 (0.05039)
γLK -0.00836 (0.05329)
γYK -2.41748 (1.00348)
δYD -0.00972 (0.00267)
δ -0.20190 (0.02403)
修正済みR  (9)式  0.993104
(10)式  0.357059

 図表2は、一例として図表1の推計値をもとに通話分数以外の説明変数に1992年度から1995年度の平均実績値を代入して描いた東北と東京地域通信事業部の短期平均総費用曲線である。A1及びA2は各地域通信事業部の現実の平均生産量における費用水準、B1及びB2は短期平均総費用の最低水準を示している。

図表2 東北・東京地域通信事業部の短期平均総費用曲線

図表1 推計結果

 また、図表3は、各地域通信事業部毎の平均実績値を基に算定した現実の平均通話分数における費用水準及び短期平均総費用曲線の最低点を示したものである。短期平均総費用の最低水準は、東京地域通信事業部で0.00999億円/千時間、四国地域通信事業部の0.01444億円/千時間と約1.4倍の格差がある。この短期平均総費用水準の地域別格差の要因の一つとしては、地域通信事業部にとって概ね外生的要因である需要の地理的密度の差等の地域特性の相違が考えられる7)。一例として、図表3では第2節で言及した一加入当り市内線路設備額(1992年から1995年度の平均値)を掲載した。一加入当たり市内線路額と短期総平均費用の地域格差には、同様の傾向が示される。

図表3 短期総平均費用の水準



現実値
最低水準
比率
A/B

地域格差

地域格差


一加入当り
市内線路額
地域格差指数
北海道

東 北

東 京

関 東

信 越

東 海

北 陸

関 西

中 国

四 国

九 州

0.01435

0.01474

0.01069

0.01005

0.01570

0.01152

0.01518

0.01041

0.01405

0.01497

0.01314

0.01316

0.01283

0.00999

0.01005

0.01433

0.01152

0.01444

0.01031

0.01325

0.01444

0.01268

1.090

1.148

1.070

1.000

1.095

1.000

1.050

1.009

1.059

1.036

1.036

1.426

1.464

1.063

1.000

1.560

1.145

1.508

1.035

1.396

1.488

1.305

1.318

1.285

1.000

1.007

1.435

1.154

1.446

1.033

1.327

1.446

1.267

0.03142

0.03263

0.01558

0.01883

0.02791

0.01915

0.02566

0.01690

0.02861

0.02729

0.02704

2.016

2.093

1.000

1.208

1.791

1.229

1.647

1.084

1.836

1.751

1.735

(注1)A及びB欄の単位は、億円/千時間
A*の地域格差は、現実値Aの関東を1とした場合の比率
B*の地域格差は、最低水準Bの東京を1とした場合の比率
一加入当り市内線路設備額の単位は、百万円/加入
一加入当り市内線路額の地域格差指数は、東京の市内線路額を1とした場合の比率

(注2)費用最低点を一加入当り市内線路額で単回帰した結果は次のとおり。
費用最低点=0.006711+0.2331127(一加入当り市内線路額)
(標準誤差 0.0578) R2=0.64

 可変費用関数の推計値及び第3節(11)式、(12)式、(13)式に基づき算定された資本量の適正性K/K*、短期の規模の経済性SCES、長期の規模の経済性SCELについて、4年間の平均値で算定した結果は、図表4である。
 資本量の適正性K/K*については、北海道及び東北地域通信事業部で1.3を上回り過剰性が認められるが、関東、東海及び関西地域通信事業部では1に近く、概ね最適水準で生産が行われていることが示される。但し、関東、東海及び関西地域通信事業部と同様に需要密度が高い東京地域通信事業部では、K/K*の値が1.28を示している。これには次の事項が影響している可能性が考えられる。第1は、東京地域通信事業部では、地中化及びネットワークの高度化が他地域より相対的に進展していることによって、資本量が金額ベースで高くなっていることが考えられる。第2は、本論が電話通話分数を生産物とする単一生産物モデルを採用したことによる影響が考えられる。すなわち、東京では電話以外で地域通信事業部が提供する専用線サービス及びISDNサービスの需要が他地域より多いにも関わらず、これらサービスをモデルに取込んでいないため、実際の設備に対し生産量を過小に推計している可能性がある。もっとも、東京地域通信事業部の営業収入に占める電話収入の比率は、他の事業部と大差はなく、電話分数を生産物で測ることによる地域別の影響は小さいものと考えられる8)。

図表4 資本量の適正性及び規模の経済性


K/K SCE SCE
北海道

東 北

東 京

関 東

信 越

東 海

北 陸

関 西

中 国

四 国

九 州

1.324

1.433

1.284

0.994

1.291

0.998

1.191

1.069

1.217

1.162

1.153

0.67069

0.88967

0.43345

-0.13323

0.62891

-0.10414

0.43107

0.05349

0.44626

0.36351

0.30906

0.06259

0.05841

0.06497

0.05823

0.06134

0.06472

0.06515

0.06991

0.06138

0.06398

0.05474

 短期の規模の経済性は現実の資本量Kを利用して、長期の規模の経済性は最適な資本量K*を用いて計測される。計測された各地域通信事業部の長期の規模の経済性は、0.05474〜0.06991にあり、ゼロに近い。このことは、長期平均費用曲線が弾力性計測の近傍で水平に近いことを示している。


7 政策的含意

 今回の費用関数の推計で、地域通信事業部で費用曲線の形状、短期平均総費用の最低水準が異なることが明らかになった。短期平均総費用の最低水準は、東京、関東、東海及び関西地域通信事業部で相対的に低い。この背景には需要密度等の地域別特性が関係していることが考えられる。
 地域通信事業は、一般に競争メカニズムが機能しにくい事業であると考えられる。電気通信事業では、ヤードステイック方式の規制方式は導入されていないが、各地域通信事業部の効率化促進の見地から、費用関数の推計を通じてその費用水準を検証することも、一つの方式として考えられる。但し、ヤードステイック方式の規制の適用には、一般的には比較対象の被規制事業者の費用水準の相違が、効率的運営の下での外生的要因に起因するものか、非効率的運営により生じるものかの識別の困難性が指摘されているところである9)。今回の推計において、推計された地域別の費用水準の相違が、実際には地域通信事業部にとって外生的要因のみにより生じたものか、現実には存在する可能性がある地域通信事業部間の効率性の程度の差が影響しているものか、ここでの推計結果からでは判断できない。本論では、地域別費用水準の格差の要因の一例として、一加入当り市内線路設備額で測った需要密度を取上げたが、より適切な指標の選択に関して検討の余地があるとともに、今回の研究とは別にNTT地域通信事業の技術効率性の計測も試みる必要があると思われる。
 また、本論では一部の地域通信事業部について資本の過剰性が確認された。もっとも、K/K*が1を上回ることは、現時点において資本の最適な配分が行われていないことを意味するが、この結果は以下の理由から直ちに批判されるものではない。
 第1に、電気通信設備は、ピーク時の需要を想定して構築されており、電気通信サービスは将来的にも需要の増加が見込まれる。このため、現時点では過剰な設備建設であっても一定期間中の建設費用を考慮すると、長期的には費用削減につながることも想定される。第2に、電気通信サービスの大部分を占めるNTTの電話サービスについては、ユニバーサル・サービスとして全国的に同質なサービス提供が要請されている。需要密度の低い地域通信事業部でK/K*の値が高いことは、NTTが全国的に均一なネットワークを構築してきたことを裏付けている。
 もっとも、現在の事業部制の下で地域的に同一料金が維持されている限り10)、過剰設備の設置は、当該地域の利用者のみならず、効率的に設備が運営されている地域の利用者もこの設置・維持費用を負担していることになる。本論の計測を継続することにより、長期的に資本の適正性を判断することが望ましい。
 さらに、今回は規模の経済性を短期と長期に区分して計測を行った。短期の規模の経済性については、推計時点で過剰な資本設備を抱えている場合、一部領域を除き経済性が存在することになる。しかし、適切な産業構造については、事業主体の長期的行動、すなわち、資本が調整された際の費用構造を基に検討することが適切である。NTTの長期の規模の経済性については存在するものの、ゼロに近い値である。今回の推計モデルは、単純化して単一生産物モデルを採用しており、推計結果の意味つけについては、慎重に取扱う必要があるが、弾力性計測の近傍で長期平均費用曲線が概ね水平である以上、適切な産業構造に関して規模の経済性を重視する必要はないものと思われる。


8 おわりに

 これまでの電気通信事業の定量分析は、NTT全体を対象に行われることが多かったが、今回新たな試みとして地域通信事業、とりわけ地域別の費用構造に着目した分析を行った。この推計では、短期的には資本の過剰性から規模の経済性が存在するが、長期の規模の経済性は小さいことが示された。また、地域通信事業部で費用曲線の形状及び費用水準が異なることも明らかになった。もっとも、NTTの事業部制は1992年度に導入されたことから、現時点で入手可能なデータは4年度分に限定されており、引続き推計を行うことが望ましい。さらに、今回の分析とは別に、費用水準格差の発生要因についても検討する必要があるものと思われる。

(注1) 本件に関する文献サーベイとしては、伊藤・中島[1993]、「電気通信産業の実証分析」、奥野・鈴村・南部編『日本の電気通信』日本経済新聞社参照。

(注2) 例えば、運輸業における実証分析としては、Caves,Christensen and Swanson[1981]、電力事業の分析事例としては、Nelson[1985]が挙げられる。

(注3) 毎年NTTから公表される事業部制データは、本社等の共通費用の配賦後のデータである。共通費用配賦については、その適正性の問題があるが、11の地域通信事業部をあたかも独立の事業体としてみなすことができる。今回の推計では、各事業部単位に費用最小化の行動を選択することを前提としている。

(注4) 具体的には、(株)NTTテレコムエンジニアリング及び(株)NTTファシリテイーズである。

(注5) 原材料は、財務データ上では「物件費」と称しており、具体的には人件費、減価償却費等を除く経費であり、具体的には物品購入費、作業委託費及び広告宣伝費等が挙げられる。

(注6) 要素価格に対する凹性(concavity)については、∂2VC/∂PL∂PMで構成されるヘッセ行列式でテストした結果、全域で満たされている。

(注7) 各地域通信事業部の営業活動により加入が促進される側面もあるが、加入需要の所得弾力性及び価格弾力性は低く、営業活動による効果は小さいものと考えられる。詳細については、浅井・鬼木・栗山[1995]「我が国の電話の加入需要分析」郵政研究所デイスカッション・ペーパーNo.1995-5参照。

(注8) 電気通信事業収入に占める電話収入の比率は、1995年度で77%〜81%の範囲内にあり、また、東京地域通信事業部の比率は77.6%、全国平均値は79.7%である。

(注9) 電気通信事業におけるヤードステイック競争については、浅井「ヤードステイック競争の可能性」、『郵政研究所月報』1996年3月号(郵政省郵政研究所)参照。

(注10) 厳密には基本料の級局別は加入数によって現在では3段階に分けられ、単位料金区域別に異なる基本料が設定されている。


【参考文献】


補論 データの作成方法

(1) PL:労働価格 実質人件費年額/年度末従業員数 人件費については、GNPデフレータで実質化 人件費及び従業員数は、NTT有価証券報告書による。
 現在、各NTT地域通信事業部は、人員の合理化を図っている最中であり、人件費及び従業員数双方について、期首と期末の数値の平均値を利用する方が、従業員数が変化している状況の下でデータとしての信頼性が向上するものと考えられる。しかし、この事業部制は1992年度から導入され、それ以前の支社別数値と必ずしも連続性がないことから、データ数を確保するため、期末の数値で労働価格を求めた(原材料についても、同様である)。

(2) PM:原材料価格 実質物件費年額/通話分数 物件費については、GNPデフレーで実質化
 これは物件費(作業委託費、物品の購入、広告宣伝費等)が通話量(通話分数)に比例することを仮定している。

(3) Y:生産量 NTTが電気通信事業報告規則に基づき公表しているNTTの電話通話分数(発信及び着信の合計値) (単位千時間)

(4) PK:資本サービス価格
Christensen and Jorgenson[1969]に準拠し、PK=PI(r+δ)で求めた。
PI:資本財価格指数 「日銀物価指数年報」
r:政保債利子率 「日銀統計年報」
δ:減価償却率
(注)減価償却率δについては、(5)参照。

(5) 資本ストック(実質):Kt
 対象となる資本量は、土地及び建設仮勘定を除く電気通信事業固定資産であり、具体的には、機械設備、空中線設備、端末設備、市内・市外線路設備、土木設備、建物及び構築物から構成される。
 計測の手順は以下のとおりである。電気通信事業固定資産の年度変化額に減価償却費を加え、これを日銀『物価指数年報』資本財価格指数で実質化し、実質粗投資系列を作成する。減価償却率δは、減価償却費を期首の電気通信事業固定資産で除して求めている。1992年度期首の実質電気通信事業固定資産を起点とし、以下の算式で資本量を算定した。
Kt=(1ーδ)Kt−1+It  It:実質粗投資 δ:減価償却率