テレコミューティングの我が国における影響の分析
特に通勤混雑への影響について

専修大学商学部 三友 仁志
郵政研究所通信経済研究部  實積 寿也
広島修道大学商学部 太田耕史郎

[要約]

 近年の情報通信技術の発達は、従来の勤務スタイルに大きな変革をもたらしつつある。そのひとつがテレコミューティングと呼ばれる通勤スタイルである。テレコミューティングは、情報通信機器を活用することで、従来のオフィスに通勤を行う代りに、自宅に設置した勤務空間においての、あるいは自宅近辺に開設されたサテライトオフィスにおいての勤務を可能にする通勤形態を指す。現在までに行われた分析の結果によれば、テレコミューティングは数多くの利点といくつかの弊害をもたらしうることが指摘されている。
 本調査研究においては、我が国におけるテレコミューティングの普及動向の予測を行い、それが社会に及ぼす影響、その中でも特に通勤混雑に及ぼす影響、についての分析を行なう。なお、予測に際しては、米国におけるテレコミューティングの普及に関するデータ及び手法を利用している。
 本稿では、西暦2020年時点におけるテレコミューター数の規模に関する予測値として、900万人から1,800万人(それぞれ、総労働者数の15%及び28%に相当)という数値が得られている。この予測値を利用すれば、西暦2010年時点における首都圏の鉄道通勤混雑はピーク時間帯において1割程度緩和されることが予測できる。本稿においては、当該予測値に鉄道混雑不効用関数を適用し、テレコミューティングによる通勤混雑緩和効果に起因する通勤客の効用改善に関する定量的な分析を試みる。


T はじめに

 近年の情報通信技術の発達により、ホワイトカラーに属する労働者層の一部が郊外の自宅から都心部に位置するオフィス(従来型のオフィス)に通勤する代わりに、従来型のオフィスと情報通信手段を介して結び付けられた自宅設置のオフィス環境(ホームオフィス)あるいは自宅近辺に整えられたオフィス環境(サテライトオフィス)で勤務するという分散型の勤務形態、すなわち「テレコミューティング (telecommuting)」を実践することが可能となった。
 米国エネルギー省(DOE)の推計によれば、米国では、1992年には240万人がこれを実行している(DOE, 1994)。わが国においても、大都市に中枢管理機能が集中した結果、交通の混雑・渋滞等の問題が深刻化しており、伝統的な通勤の一部を代替するものとして、その普及が期待されている。また、特にバブル崩壊以後、ホワイトカラー層の生産性の向上に有力な手段として関心を寄せる企業も少なくなく、現に、幾つかの導入事例も報告されている。

U テレコミューティングの定義

「テレコミューティング」という用語は、1973年に作り出された言葉で(Nilles, 1988)、現在まで20年余りの短い歴史しかない。「テレコミューティング」については、それ以降、数多くの論文が作成されているものの、その定義は未だ固定したものとは言い難い。しかしながら、そこにはいくつかの共通要素ともいうべきものが顕現しつつあるのも事実であり、筆者らがこれまでに調査した限りでは、以下に示す4つの要素がそれに該当するものと考えられる。

[1]通勤距離が全廃あるいは削減される。(Reduced Commute Travel)
 テレコミューターは、従来の職場への長距離通勤に代えてホームオフィスあるいはサテライトオフィスで勤務を行う。従って、パートタイマーや自営業者は対象には含まれておらず、あくまでフルタイムの被用者のみが対象となる。
 また、テレコミューティングは毎日行う必要はない。むしろ、毎日フルタイムで「テレコミューティング」を行っている場合は、事実上の分社化あるいは企業立地の変更といえる形態であり、テレコミューティングの第一の要件である「主たるオフィスに通う場合と比較して通勤距離が削減される」といった条件に合致しない。従ってそのような勤務形態は、テレコミューティングの定義には包含されない。

[2]上司と物理的に同一の場所ではない。(Remote Management)
 たとえ地理的に主たるオフィス以外の場所で勤務を行う形態であっても、上司の直接の監督下において勤務を行うケースは、テレコミューティングという定義に含めることができない。その形態は、テレコミューティングではなく分社化あるいは企業立地の変更として記述することが妥当である。
 さらに言えば、当該勤務形態では、テレコミューター自身に自宅から近いほうの勤務地を選択する自由が通常認められていないため、「主たるオフィスに通う場合と比較して通勤距離が削減される」という意味での通勤距離の削減効果が見込めず、要件[1]の観点から判断しても、テレコミューティングには該当しない。
(要件[1]と[2]の相互関係については、図1を参照のこと。)

[3]通常の勤務時間帯に行う。
 テレコミューティングはあくまでも、従来の通勤形態を情報通信手段を用いて代替するというワークスタイルである。従って、従来の通勤時間帯に行われるもののみがこの定義に該当し、例えば、深夜あるいは明け方のように通常の通勤行為が不可能あるいは困難な時間帯に行う「テレコミューティング」に関しては、通勤代替の効果が期待できず、ここでいうテレコミューティングという定義には該当しない。

[4]本部とのリアルタイムの通信手段が確保されていること。
 本条件については、電話あるいはファクシミリの使用を行っていることで充足される。米国の実例からも明らかなとおり、コンピュータやテレビ会議システムのような高度かつ先進的な情報通信機器の使用は、当該通勤形態がテレコミューティングとして分類されるための必須の要件ではない。

1

(出典: Mokhtarian, 1991)

 本稿の分析に用いるテレコミューティングについても上記4要素を包含したものであることが必要である。そこで、本稿ではテレコミューティングを「主たるオフィスと電気通信手段を用いてコミュニケーションを確保しつつ、自宅あるいはサテライトオフィスで勤務を行う形態(但し毎日行うケースを除く)」として定義する。
 ちなみに、テレワークという通勤形態の関係では、テレコミューティングは常にそれに包含される概念として取り扱われている(Nilles, 1982, 1988, 1991; Handy & Mokhatarian, 1995)。テレワーク自体の定義も確定したとは言えないが、最大公約数を拾うと「仕事関連の移動行為を電気通信手段によって代替して仕事を行うこと」になる。
 本研究においては、以上の定義に従いつつ議論を展開する。但し、米国運輸省(DOT)の採用した推計手法を用いるため、当該テレコミューターは総て情報関連労働者(専門的・技術的職業従事者、行政的・管理的職業従事者、及び事務従事者を併せた概念)であるという前提を導入する。


V テレコミューティングの影響について

 テレコミューティングの導入を第一次的に決定する主体は、雇用者たる企業である。従って、テレコミューティングの普及には、企業にとってコストを上回るメリットがあること、具体的にはテレコミューティングによって企業の収益性が向上することが必要条件である。
 同時に、テレコミューティングは当該制度を導入した企業のみならず、その企業をとりまく社会全般並びに企業構成員たる労働者自身にも同時に大きな影響を及ぼすことが予想されている。従って、個々の企業としてはテレコミューティングの導入を行わないほうが合理的であったとしても、企業を含む社会全体としての観点から改めて考慮した場合、テレコミューティングを導入することによってコストを上回るプラスの効果が期待できるというケースも想定できる。
 そのため、テレコミューティングを社会全体の観点からみて適切に普及していくに当たっては、@第一次的決定主体たる企業にテレコミューティングのメリット・デメリットを周知する一方で、A当該勤務形態が社会全体に及ぼす種々の影響を定量的に評価する手法を開発・普及し、さらに、B企業がテレコミューティングの導入の可否を判断するに際して、企業自身に直接影響する事項のみならず、社会全般に及ぼす影響をも考慮に入れるような仕組みを導入すること、の三つが必要である。
 次に示す表(表1)は、テレコミューティング先進国である米国における実証的研究の成果をベースに、テレコミューティングの効果を、テレコミューティングを行う労働者、企業、及びそれを取り巻く社会という三つの観点から要約したものである。このなかには、米国に特有の背景に起因するインパクトもあるが、我が国におけるテレコミューティングの普及においても同様に予想され得るものも多いことがわかる。

表1 テレコミューティングの主なインパクト

コスト・弊害

労働者

自らの裁量で自由に使える時間の増加

通勤に関するコストの削減

通勤ストレスからの解放

疎外感・孤立感
 同僚等から物理的に離れることによる
 心理的ストレス

ライフスタイルへの圧迫
 仕事と家庭の混交
 郊外への住居移転によるコスト

企業

生産性・雇用者の労働意欲の向上

経営コストの削減
 オフィス費用・駐車場費用等の削減
 新規採用・訓練に係るコストの削減

労働力市場における地位の改善
 新規採用、離職防止に効果
 新たな労働力市場へのアクセス

危機管理能力の向上

地元との繋がりの強化

新しい人事管理手法の確立の必要性

テレコミューティングについての初期投資
及び運営経費の負担

都心部のオフィス縮小・撤退による
企業イメージの損傷

新たな組合問題の発生
 テレコミューターは本社勤務者と比べて
  組織化が容易。
 組合は、テレコミューティングをインセンティヴとして
  組織拡大が容易。

対 社会全般

交通問題への貢献
 交通混雑の緩和
 高速道路建設の必要性の緩和
 交通事故の減少

エネルギー問題への貢献
 車通勤の減少によるガソリン節約

環境問題への貢献
 車の排気ガスを原因とする大気汚染の緩和

地域コミュニティーへの貢献
 労働者の在宅時間の延長による
  地域コミュニティーの活性化

地域経済への貢献
 テレコミューティングにより都市部以外での
  経済発展が可能。

社会的弱者の社会参加に対する支援
 身体障害者、主婦、あるいは交通インフラが
  未整備の地区に住む少数民族の就業機会の増大

政府財政の負担軽減
 テレコミューティングによる諸問題の解決に要する
  費用は、受益者である労働者・企業が大部分を負担

通勤目的以外での交通量の増大

新たな環境負荷の発生
 郊外のサテライトオフィスへの
  自動車通勤に伴う環境破壊
 テレコミューターの郊外への
  住居移転による環境破壊

失業率の増大
 テレコミューティング導入による
  生産性向上による失業率の上昇

 通勤の大半を自動車に依存する米国では、上記の中でも、自然環境への効果に特に高い関心が寄せられている。例えば、米連邦政府では大気汚染の改善を目的としてClean Air Actにより、厳しい排気ガス基準を設定している。またカリフォルニア州においてはRule 1501が採択され、ロサンゼルス地区の各企業にテレコミューティングを導入する動機付けを与えている。
 一方、電車・バス通勤が主流で大都市圏での交通混雑が深刻な社会問題となっている我が国では、テレコミューティングによりそういった問題の解決を図ることが第一に期待されている。首都圏の鉄道を例にとると、鉄道会社は車両の運行間隔の短縮、車両の増加等により輸送力の強化に取り組んでいるものの、同時に輸送人員も大きく増加しているため、平均混雑率は依然として200%に近い水準にある。他方で、既存の路線での輸送力の増加は限界に達しており、「ラッシュ時間帯においては多客による停止時間の増加、運行回数の増加等により、列車速度の低速化、所要時間の増大の傾向にある」(運輸経済研究センター[JTERC], 1995b)。通勤は朝夕の特定時間帯に集中するので、テレコミューティングによる通勤の代替はこういったピーク時の混雑を大幅に緩和することができると想定されているわけである。加えて、わが国では、バブル崩壊以後、従来ともすれば見逃されがちであったホワイトカラー層の生産性向上の有力な手段として本制度に関心を寄せる企業が少なくない。米国におけるいくつかの実証的研究では、テレコミューティングによりホワイトカラーの生産性は約20%向上すると報告されており、日本でも日本電気(NEC)及び富士ゼロックス鰍ェ実際に本制度を採用し、ホワイトカラー層の生産性向上を実現している。
 本研究においては、企業収益のみを視野に入れた比較衡量(Cost/Benefit Analysis)では考慮されることはないが、(特に我が国における)社会的な効果全般を包含した比較衡量では大きな要因の一つとなると考えられる「テレコミューティングによる通勤混雑緩和への影響」についての定量的分析を試みる。他の「外部性」の定量的分析については今後の課題である。


W テレコミューティングの現状

 我が国では、日本サテライトオフィス協会(SOAJ)の調査によれば、1995年時点において、約95万人がテレワーク(在宅勤務とサテライトオフィス勤務を併せた概念で、毎日テレワークを行っているケースを含む)を実践しており、うち約40万人は最低週1回以上、テレワークを実行しているものと推測されている(SOAJ, 1996)。一方、テレコミューティングが最も普及している米国では、1990年には40万人、1991年には140万人、さらに1992年には240万人へとテレコミューター数は堅調に増加しており、自営業者及び契約社員を含めれば、1992年段階で、全労働者の3.3%に相当する420万人がテレコミューティングを行っているものと推計されている(DOE, 1994)。
 なお、米国では1992年段階で、99%のテレコミューターがホームオフィスにおいて勤務を行っている(DOT, 1993)。これに対して我が国では、米国と比較して概して狭隘な住宅事情、及び家庭は妻の領域であるという伝統的な結婚観により(Sato, 1995)、経済的に比較的有利な労働者層を中心にテレコミューティングが広まっていくと推測される普及の初期はともかく、長期的には、平均的労働者層を中心にしてホームオフィスではなくサテライトオフィスを利用したタイプのテレコミューティングが普及していくことが期待されている。
 テレコミューティングは漸く普及がその緒についたばかりであり、一部の企業や自治体に導入例がみられるものの、本格的な普及には各種調査結果(収益性に対する定量分析等)の報告を待たなければならない。企業サイドからみると、サテライトオフィス勤務については8.5%の企業が、在宅勤務については10.4%の企業がその導入に対し好意的な姿勢(「導入済」、「導入予定」、或は「導入を検討中」)を示しているに過ぎない(SOAJ, 1996)。しかしながら、サテライトオフィスについての労働者の認知度は高く、企業活力研究所(BPF)の調査では、「よく知っている」者は14.5%、「ある程度知っている」者は34.6%であり、サテライトオフィスでの勤務を希望する者は61.1%にも及んでいる(BPF, 1991)。また、SOAJの調査によれば、現在テレワークを実施していない労働者の約3分の2が、制度があればテレワークをやってみたいと回答している(SOAJ, 1996)。従って、我が国においては、一旦、企業が当該制度のメリットを理解しその導入に踏み切れば、かなりのハイペースでテレコミューティングの普及が進むことが予想できる。
 加えるに、我が国では、都市の過密(東京一極集中)が大きな社会問題となっており、これがテレコミューティングの普及にプラスの影響を与えることは十分に予想される。政府においても1992年度に「地方拠点都市地域の整備及び産業業務施設の再配置の促進に関する法律(地方拠点都市法)」(平成四年六月五日号外 法律第七十六号)を成立させ、テレコミューティングに資する環境整備に乗り出しているところである。また、1996年には、郵政省と労働省が共同でテレコミューティング普及のための「テレワーク推進会議」をスタートさせている。


X テレコミューター数の将来予測

 本稿においては、1993年にDOTが採用した手法により、我が国におけるテレコミューター数の将来予測を行う。DOTは、情報の作成・処理・配布等に携わる情報関連労働者の間でテレコミューティングが普及すると想定し、総就業者に占める情報関連労働者の割合(α)と情報関連労働者のうちでテレコミューティングを行なう者の割合(β)をそれぞれロジスティック曲線を用いて推定し、これらと総労働者数の積をとることで、全体のテレコミューター数を産出している。
 本節では、基本的にこの予測手法に用いられた考え方に従い、わが国における将来のテレコミューター数を算出し、次節においてその環境への影響(具体的には首都圏の通勤混雑改善効果)に対する定量的分析を行う。

(1) データ
 まず、α値とβ値の推定を行う。そのためには、過去数年間にわたる総労働者数、情報関連労働者数、及びテレコミューター数を把握する必要がある。総務庁統計局発行の「世界の統計」及び「国際統計要覧」では、全労働者を「専門的・技術的職業従事者」、「行政的・管理的職業従事者」、「事務従事者」、「販売従事者」、「サービス職業従事者」、「農林漁業・狩猟業従事者」、「生産関連・運転・単純労働者」、「分類不能の職業」、及び「軍隊」の9種類に分類している。本研究においては、前三者の範疇に属する労働者を情報関連労働者として取り扱う。
 我が国においてはテレコミューター数に関する継続的なデータは従来存在しない。そのため、β値の推定については米国における情報関連労働者数及びテレコミューター数のデータを使用し、当該β推定値の本邦への適用にあたっては、1970年代よりテレコミューティングが実施されている米国と我が国との普及度合の違いを考慮し、一定期間のラグを設定することにより対応する。

(2) 推定方法
 α値及びβ値はトレンド(t:西暦)で回帰させ、将来値を計算する。回帰式には、以下に示すとおり、新サービスの普及予測等に適しているロジスティック曲線を利用する。

(3) ケース設定
 ロジスティック曲線での推計を行うにあたって、上限値(Κα及びΚβ)を設定する。まずα値については、DOTの推計において上限=2/3という値が与えられている。しかしながら、α値は、各国の産業構造に特有の値をとることが想定されるため、米国における上限値を我が国のα値の推計にそのままあてはめることには問題が多い。本稿においては、両国におけるα値の最新データの比率をもとに、Καの値を50%に設定する。
 一方、β値の推定においては、NECのサテライトオフィス実験に関して筆者らが行なったヒアリング調査に基づいて設定した1/3という値を最も保守的なシナリオとし以下の3つのシナリオを設定する。

(4) β値に関するラグの設定
 米国のデータをβ値の推定に利用するため、我が国のテレコミューターの算出にあたっては、ある一定期間のラグをβ値に設定する。
 SOAJによる1995年時の推計には、テレワークを「毎日」行う労働者の数が含まれている。当該数値を除くことにより本稿の対象とするテレコミューター数を計算すると、1995年時点のテレコミューター数は約83万人になる。この数値に最も近い推計値は「β値に関するラグ期間」が8年の場合に得ることができる。
 以下の分析は、「β値に関するラグ期間」が8年であるという前提で行なう。

(5) 推定結果と予測値
 α値とβ値の各シナリオに関する推定結果は表2のとおりである。

表2 α値及びβ値に関する推定結果

a

b

R

α

-87.769

0.044 (13.41)

0.942

c

d

R

β (シナリオ 1)

-601.379

0.302 (11.461)

0.970

β (シナリオ 2)

-534.122

0.268 (10.379)

0.986

β (シナリオ 3)

-506.371

0.253 ( 9.987)

0.961

注:括弧内はt値

 また、テレコミューター数の推計には、将来に向けての総就業者数の推計を行うことが必要であるが、本調査においては1995年に郵政研究所(IPTP)において行なった予測を利用する(IPTP, 1995)。(付録1を参照のこと。)
 図2に、β値に関するラグの設定によって将来のテレコミューター数の予測がどの程度変動するかを示す。(主な推計結果については付録2を参照。)

図2 β値に関するラグ設定の変化による推計結果の変動

 西暦2000年までは、β値の上限設定値に関らず、ただラグ期間の設定のみによって推計値が変動しているのが特徴的である。

(6) 我が国におけるテレコミューター数の推計結果
 さて、以上の議論から、将来の我が国におけるテレコミューター数は表3のように推計できることになる。

表3 テレコミューター数の推計結果

西暦

シナリオ1 シナリオ2 シナリオ3

1995

 814,000 ( 1.20%)   847,900 ( 1.25%)   861,800 ( 1.27%)

2000

2,943,000 ( 4.24% )  2,934,000 ( 4.23%)  2,931,000 (4.22%)

2005

6,367,000 ( 9.16%)  7,199,000 (10.35%)  7,656,000 (11.01%)

2010

8,490,000 (12.47%) 11,290,000 (16.58%) 13,400,000 (19.68%)

2015

9,152,000 (13.86%) 13,200,000 (20.00%) 16,850,000 (25.53%)

2020

9,421,000 (14.52%) 13,970,000 (21.54%) 18,370,000 (28.31%)

注:括弧内の数値は総就業者数に占める割合


Y テレコミューティングの混雑改善効果:シミュレーション

 現在までのところ、テレコミューティングが環境に及ぼす影響について定量的に分析した研究は、DOT(1993)あるいはDOE(1994)による分析を除けば、存在していない。DOTのレポートは、交通混雑緩和に対するテレコミューティングの間接的影響を強調しつつも、主として、エネルギー消費や車の排気ガス等に対するテレコミューティングの直接的効果についての分析を行っている。DOEのレポートでは、米国の339都市でのテレコミューティングの普及を予測し、その際、テレコミューティングが交通混雑、高速道路の建設、都市のスプロール化等に及ぼす間接的な影響を含むようDOT(1993)の分析を拡張している。
 ここでは、前節で推計された我が国のテレコミューター数を基礎に、テレコミューティングの普及によって、西暦2010年段階での首都圏の鉄道混雑がどの程度改善されるのかをシミュレーションの手法を用いて検討する。
 さて、テレコミューティングが普及すれば、通勤混雑が緩和されうることは容易に想像できる。しかし、その度合は、週に何回テレコミューティングを行うか、在宅勤務主体かサテライトオフィス勤務主体か、どの地域に居住し、以前はどの地区にある就業場所に通勤していたか等の要件に大きく依存する。例えば、ホームオフィス勤務者は、テレコミューティング実施日にはまったく通勤時間帯の鉄道を利用しなくなると想定されるが、サテライトオフィス勤務者は、自動車通勤が一般的でない我が国においては、通勤時間帯のある程度の鉄道利用を依然として必要とすることが想定できる。従って、最悪の場合、サテライトオフィス勤務の普及によって、テレコミューティング導入前とは別の路線、別の時間帯に通勤混雑を引き起こす可能性がある。また、テレコミューティングにより通勤混雑が緩和されると、これまでピーク時を避けていた通勤者がピーク時の鉄道を利用するようになり、新たな混雑原因となるかもしれない。即ち、通勤混雑緩和効果を算定するにあたり、推計されたテレコミューター全数を通勤客の減少としてとらえるわけにはいかない。
 以上の点を考慮した結果、DOTの推計では自動車交通量削減効果を計測するにあたり、テレコミューター数の50%のみが実際に交通量削減に寄与するものと仮定している(DOT, 1993)。本稿においても、通勤混雑緩和効果の推測にあたり同種の比率を仮定する必要があることは論を待たない。

(1) 外生変数 (Exogenous parameters)
 シミュレーションを行うにあたって以下の四つの数値を外生的に与える必要がある。

 まず、γについては、過去3回(1980年、1985年、1990年)の国勢調査の結果をもとに、2010年時点の首都圏の情報関連労働者の全国に占める割合を40.97%と設定する。(付録3を参照。)
 次に、δについては、SOAJのアンケート調査結果を基に、テレコミューティング実施頻度を計算し、本シミュレーションに使用する。ちなみに、同調査結果を用いれば、在宅勤務を行っているグループとサテライトオフィス勤務を行っているグループそれぞれの実施頻度を別個に算出することも可能であるが、統計的に有意ではないため採用しない。
 さらに、通勤混雑は、いわゆる「ピーク時間帯(午前8時15分〜午前9時15分)」に最高値を記録する。従って、テレコミューティングの通勤混雑緩和効果を測定する場合も、このピーク時における効果を計測することが適当である。本シミュレーションにおいては、ピーク時間帯に通勤電車を利用する首都圏テレコミューターの首都圏テレコミューター総数に占める割合(ε)を、ピーク時間帯に通勤電車を利用する通勤客が全通勤客に占める割合と同じであると仮定し、平成2年大都市交通センサスにおけるデータを参考に、60%と設定する(JTERC, 1992)。
 最後に、テレコミューター一人当りの交通量削減寄与率(ζ)については、DOT (1993)の推計と同一の50%と仮定した。
 以上の四つの数値を前節で推計したテレコミューター数に掛合わせることによって、首都圏においてピーク時間帯に鉄道を利用することをやめたテレコミューターの数(即ち、通勤混雑の緩和に貢献するテレコミューターの数)を計算することができる。

(2) シミュレーション結果
 上記の議論を踏まえて、首都圏の各方面の交通混雑とその改善度を計算した結果を表4に示す。これによれば、テレコミューティングの普及により、2010年には、首都圏での鉄道の混雑は平均して6.9〜10.9%軽減されることが分かる。なお、通勤混雑緩和貢献テレコミューター数の各方面への割り振りについては、2010年における各路線予想輸送量に比例させている。

表4 テレコミューティング普及後の混雑率の軽減

方面

将来輸送力
(/時間)

ピーク時間帯の通勤客数
(/時間)

混雑率

混雑率の
改善割合

普及前

普及後

普及前

普及後

東海道

113,000 269,000 250,480
244,364
239,758
238.1% 221.7%
216.3%

212.2%
6.9%
9.2%
10.9%

西南

113,000 273,000 254,204
247,997
243,323
241.6% 225.0%
219.5%
215.3%
6.9%
9.2%
10.9%

中央

141,000 311,000 289,588
282,517
277,192
220.6% 205.4%
200.4%
196.6%
6.9%
9.2%
10.9%

西北

113,000 233,000 216,958
211,661
207,671
206.2% 192.0%
187.3%
183.8%
6.9%
9.2%
10.9%

東北

93,000 281,000 261,653
255,265
250,454
302.2% 281.3%
274.5%
269.3%
6.9%
9.2%
10.9%

常磐

103,000 339,000 315,660
307,953
302,149
329.1% 306.5%
299.0%
293.3%
6.9%
9.2%

10.9%

総武

131,000 347,000 323,109
315,220
309,279
264.9% 246.6%
240.6%
236.1%
6.9%
9.2%
10.9%

京葉

19,000 40,000 37,246
36,337
35,652
210.5% 196.0%
191.2%
187.6%
6.9%
9.2%
10.9%

山手線外回り

67,000 221,000 205,784
200,760
196,976
329.9% 307.1%
299.6%
294.0%
6.9%
9.2%
10.9%

山手線内回り

34,000 111,000 103,358
100,834
98,934
326.5% 304.0%
296.6%
291.0%
6.9%
9.2%
10.9%

927,000 2,425,000 2,258,040
2,202,907
2,161,387
261.6% 243.6%
237.6%
233.2%
6.9%
9.2%
10.9%

注1:「普及後」及び「混雑率の改善割合」の列の数値については、最上段がシナリオ1に、中段がシナリオ2に、最下段がシナリオ3に対応する。
注2:「将来輸送力」と「普及前」の列の数値については、JTERC (1995b) の調査報告書から引用。
注3:「混雑率」は、「ピーク時間帯の通勤客数」を「将来輸送力」で除すことで算出される。混雑率の値の意味するところはそれぞれ目安として以下のような状況である。

100%

定員乗車(座席に着くか、吊皮につかまるか、ドア付近の柱につかまりゆったり乗車可能)

150%

肩がふれあう程度で新聞は楽に読める。

180%

体が触れ合うが、新聞は読める。

200%

体が触れ合い相当圧迫感があるが、週刊誌程度なら何とか読める。

250%

電車がゆれるたびに身体が斜めになって身動きができず、手も動かせない。

図3 




凡例:

含まれる路線名

東海道 (TKD)

JR 東海道線、京浜東北線、横須賀線。京急本線。

西南 (SW)

東急東横線、目蒲線、新玉川線。小田急小田原線。

中央 (CTL)

JR 中央線。京王本線。西武新宿線。

西北 (NW)

西武池袋線。営団有楽町線。東武東上線。都営三田線。

東北 (NE)

JR 埼京線、京浜東北線、東北本線、高崎線。

常磐 (JBN)

JR 常磐線。東武伊勢崎線。営団千代田線。

総武 (SBU)

JR 総武線。京成本線、押上線。営団東西線。

京葉 (KYO)

JR 京葉線。

山手線外回り (YOL)

JR 山手線、京浜東北線。

山手線内回り (YIL)

JR 山手線。


Z 通勤混雑改善効果の評価

 前節におけるシミュレーションの結果に基づいて、鉄道混雑に伴う不効用(他の乗客との接触又は接近に起因する嫌悪感、イライラ、息苦しさへの嫌悪感、身体の圧迫への嫌悪感、混雑による疲労等)の削減効果の計測を行い、この分野におけるテレコミューティングの効果の定量的評価を試みる。ここでは、鉄道混雑の不効用を鉄道混雑不効用関数(乗車時間、混雑率等を説明変数とする。)を用いて分析を行う(JTERC, 1993; 志田他, 1989; 屋井他, 1993)。この関数を用いれば、乗車時間と混雑率との負の限界代替率により、混雑する車内に乗車している時間と混雑度合(混雑率)から得る不効用をそれと等価値な非混雑車内の乗車時間に変換することができる。本稿ではさらに、当該非混雑乗車時間数に適当な賃金率を乗じることにより、通勤者の機会費用という観点からの評価を行い、テレコミューティングが企業の意思決定に及ぼしうる影響についての分析を試みる。

1. 鉄道混雑不効用関数
 本論文で用いる鉄道混雑不効用関数は以下の3つのモデルである。

 モデル1(志田他, 1989

 モデル2(屋井他, 1993

 モデル3JTERC, 1993

 混雑が改善されることにより、停車時間が短くなり、その結果、乗車時間や通勤時間が短縮されるなどの二次的効果が生じ、その結果、混雑率低減効果がさらに増幅されることも当然予想されるが、本稿ではそれら二次的効果については考慮しない。

2. 非混雑乗車時間数で評価した不効用改善効果

(1) 評価結果

 首都圏において平均40分を通勤に費やしている労働者の鉄道混雑不効用が、テレコミューティングの導入によりどの程度改善されるかを表5に示す。但し、表に示された効果は、テレコミューティングにより通勤を代替した労働者(テレコミューター)自身の観点から評価されたものではなく、それ以外の労働者、即ち、テレコミューティング導入後も依然として従来の通勤スタイルを実践している労働者の観点から評価されたものであることに注意を払う必要がある。

表5 テレコミューティング導入による鉄道混雑不効用改善効果推計結果(時間評価)
(単位:分/人)

モデル1 モデル2 モデル2

方面

普及前

普及後

普及前

普及後

普及前

普及後

東海道

42.8 28.3 (-14.5)
24.5 (-18.3)
22.0
(-20.9)
5.0 4.3 (-0.7)
4.1 (-0.9)
4.0 (-1.0)
5.4 4.1 (-1.3)
3.7 (-1.7)
3.5 (-1.9)

西南

46.7 30.9 (-15.8)
26.7 (-19.9)
23.9 (-22.7)
5.1 4.5 (-0.7)
4.2 (-0.9)
4.1 (-1.1)
5.7 4.4 (-1.4)
4.0 (-1.7)
3.7 (-2.0)

中央

27.5 18.2 (-9.3)
15.8 (-11.8)
14.1 (-13.4)
4.3 3.7 (-0.6)
3.5 (-0.7)
3.4
(-0.9)
4.0 3.1 (-1.0)
2.8 (-1.2)
2.6 (-1.4)

西北

18.6 12.3 (-6.3)
10.7 (-8.0)
9.6 (-9.1)
3.7 3.2 (-0.5)
3.1 (-0.7)
3.0 (-0.8)
3.1 2.4 (-0.7)
2.2 (-1.0)
2.0 (-1.1)

東北

170.8 112.9 (-57.9)
97.8 (-72.9)
87.6 (-83.2)
8.0 7.0 (-1.1)
6.6 (-1.4)
6.4 (-1.7)
13.4 10.2 (-3.2)
9.3 (-4.1)
8.6 (-4.7)

常磐

280.5 185.4 (-95.0)
160.7 (-119.8)
143.9 (-136.6)
9.5 8.3 (-1.3)
7.9 (-1.7)
7.6 (-2.0)
18.5 14.1 (-4.4)
12.8 (-5.7)
11.9 (-6.6)

総武

79.6 52.6 (-27.0)
45.6 (-34.0)
40.8 (-38.8)
6.2 5.4 (-0.8)
5.1 (-1.1)
4.9 (-1.3)
8.1 6.2 (-1.9)
5.6 (-2.5)
5.2 (-2.9)

京葉

21.0 13.9 (-7.1)
12.0 (-9.0)
10.8 (-10.2)
3.9 3.4 (-0.5)
3.2 (-0.7)
3.1 (-0.8)
3.4 2.6 (-0.8)
2.4 (-1.0)
2.2 (-1.2)

山手線外回り

284.1 187.8 (-96.2)
162.7 (-121.3)
145.7 (-138.3)
9.6 8.3 (-1.3)
7.9 (-1.7)
7.6 (-2.0)
18.6 14.2 (-4.4)
12.9 (-5.7)
12.0 (-6.6)

山手線内回り

267.6 176.9 (-90.7)
153.3 (-114.3)
137.3 (-130.3)
9.4 8.1 (-1.2)
7.7 (-1.6)
7.5 (-1.9)
17.9 13.7 (-4.3)
12.4 (-5.5)
11.6 (-6.4)

首都圏平均

74.0 48.9 (-25.1)
42.4
(-31.6)
38.0 (-36.1)
6.0 5.2 (-0.8)
5.0 (-1.1)
4.8 (-1.2)
7.7 5.9 (-1.8)
5.4 (-2.4)
5.0 (-2.7)

注1:「普及後」の列の数値については、最上段がシナリオ1に、中段がシナリオ2に、最下段がシナリオ3に対応する。
注2:括弧内の数値は、シナリオ毎の△Ucを示す。

 テレコミューティングが導入される以前は、首都圏全体の平均で鉄道混雑によりモデル1によれば74.0分、モデル2によれば6.0分、そしてモデル3によれば7.7分に相当する不効用が生じている。各路線毎の不効用を比較してみると、採用された関数の形態により、不効用の相対比率が混雑率の相対比率よりかなり大きく現れていることに留意されたい。
 さて、テレコミューティング普及後には、この数値は設定されたシナリオに応じて改善される。最も保守的なケースであるシナリオ1では、首都圏平均で、25.1分相当(モデル1)、0.8分相当(モデル2)、或は1.8分相当(モデル3)の改善効果が予想される。不効用の改善率は、それぞれ、33.9%、13.3%、23.7%である。他方、最も高い効果が予想されるシナリオ3では、それぞれ36.1分相当(モデル1)、1.2分相当(モデル2)、或は2.7分相当(モデル3)の改善効果が見られ、不効用の改善率はそれぞれ48.7%、20.6%、35.4%に達するとの結果が得られている。
 さて、本稿では、三種類のモデルによる緩和効果の定量的評価を行った。このうち、モデル1については、採用した関数形によるためなのだが、他のモデルに比べ計算値が飛び抜けて大きく、その結果を分析する際には注意が必要である。本稿においては、「(2) オフピーク通勤との効果比較の分析」では、比較対象としたオフピーク通勤の分析においてモデル1と同一の関数が用いられているため、同モデルによる数値を利用するが、「3. テレコミューティングの機会費用」においては、より説得的な結果を生むものと期待されるモデル2及びモデル3で得た数値をもとに分析を行う。

(2) オフピーク通勤との効果比較

 我が国では、鉄道混雑に対処する方策として従来、オフピーク通勤というものがその有力な手段として考えられてきた。そこで、テレコミューティングの鉄道混雑緩和効果(時間評価)がどの程度の規模のものかを直観的に把握するために、ここでは、JTERCがモデル1と同一の不効用関数を用いて行なったオフピーク通勤による混雑不効用改善効果との比較を行う(JTERC, 1995a)。
 JTERCのレポートは、東京都心部に立地する従業員1,000人の企業を仮想し、この企業がオフピーク通勤を導入した場合の従業員一人当りの通勤混雑不効用の改善を計算したものである。この分析では、従業員は、通常の場合、午前8時30分から午前9時までに会社に到着しているものという前提が置かれ、オフピーク通勤の形態として勤務地到着時間を30分遅らせる場合(ケース1)と60分遅らせる場合(ケース2)の2種類の場合を想定し、その効果が計算されている。

表6 オフピーク通勤による通勤混雑不効用の改善効果

仮想会社の所在地

平均乗車時間
(分)

一人当り通勤不効用(分)

 現在 

ケース1

ケース2

千代田区
御茶ノ水駅周辺地区

40

28

24
(-4)


(-19)

千代田区
大手町・内神田・錦町地区

41

25

24
(-1)

10
(-15)

千代田区
丸の内・有楽町地区

40

25

22
(-3)


(-16)

新宿区
淀橋地区

39

35

24
(-11)


(-26)

新宿区
西新宿地区

39

36

28
(-8)

12
(-24)

新宿区
新宿駅周辺地区

38

35

25
(-10)


(-26)

 注:括弧内の数値は、オフピーク通勤制度採用前後の差異。
(出典: JTERC, 1995a)

 JTERCの分析に基づけば、オフピーク通勤の実施により、仮想企業の従業員一人当りの不効用をケース1では、1分から11分、ケース2では15分から26分に相当する分だけ改善することができることがわかる。これを表5と比較すれば、テレコミューティングの普及は出社時間を1時間遅らせるオフピーク通勤の実施と平均してほぼ同様の効果を通勤者に対して実現することがわかる。
 但し、テレコミューティングによる通勤混雑緩和の計測はテレコミューター以外の通勤者の不効用の改善を評価しているのに対し、オフピーク通勤の効果はオフピーク通勤を実行する通勤者自身について評価されていることに注意を払う必要がある。すなわち、テレコミューティングが普及すれば、従来通りの通勤時間帯(ラッシュアワー)に通勤列車を利用する労働者が、ワークスタイルに何らの変更を生じないにもかかわらず、あたかも1時間のオフピーク通勤を実施したのと同様の便益を享受することになる。

3. テレコミューティングによる機会費用節減効果

(1) テレコミューティングを行なわない労働者の機会費用節減効果

 前節で得られた数値に首都圏労働者の平均賃金率を掛け合わせることによって、鉄道混雑不効用改善効果を機会費用という観点から評価することができる(表7)。その場合に用いる賃金率については、労働省のデータに基づき常用労働者の「きまって支給する給与の月額平均」を「平均月間総労働時間数」で除して算出した首都圏労働者の平均賃金率1,962.9円/時間を用いる(労働省, 1994, 1995)。

表7 テレコミューティング導入による鉄道混雑不効用改善効果(機会費用評価)
(単位:円/人)

方面

モデル2

モデル3

普及前

普及後

普及前

普及後

東海道

163 141
135
130

(-22)
(-29)
(-34)

177 135
123
114

(-42)
(-54)
(-63)

西南

168 146
139
133

(-22)
(-29)
(-35)

187 142
130
121

(-44)
(-57)
(-66)

中央

140 121
116
111

(-19)
(-24)
(-29)

132 101
92
85

(-31)
(-40)
(-47)

西北

122 106
101
97

(-16)
(-21)
(-25)

102 78
71
66

(-24)
(-31)
(-36)

東北

263 228
217
209

(-35)
(-46)
(-54)

437 333
303
282

(-104)
(-134)
(-155)

常磐

312 270
257
248

(-41)
(-55)
(-64)

605 461
420
391

(-144)
(-185)
(-214)

総武

202 175
167
160

(-27)
(-35)
(-42)

265 202
184
171

(-63)
(-81)
(-94)

京葉

128 111
105
101

(-17)
(-22)
(-26)

111 84
77
72

(-26)
(-34)
(-39)

山手線外回り

313 272
258
249

(-42)
(-55)
(-64)

610 465
424
394

(-145)
(-187)
(-216)

山手線内回り

307 266
253
244

(-41)
(-54)
(-63)

587 447
407
379

(-139)
(-179)
(-208)

首都圏平均

214 186
177
170

(-29)
(-37)
(-44)

325 248
226
210

(-77)
(-99)
(-115)

注1:「普及後」の列の数値については、最上段がシナリオ1に、中段がシナリオ2に、最下段がシナリオ3に対応する。
注2:括弧内の数値は、「普及前」と「普及後」の差を示す。

 テレコミューティングが導入されない場合、通勤者一人当り通勤1回につき214円(モデル2)、あるいは、325円(モデル3)に相当する不効用が生じている。テレコミューティングの普及後には、この数値は設定されたシナリオに応じて改善される。最も保守的なケースであるシナリオ1では首都圏平均で29円(モデル2)、あるいは、77円(モデル3)に相当する改善効果が予想されている。他方、最も高い効果が予想されるシナリオ3では、44円(モデル2)、あるいは、115円(モデル3)に相当する改善効果が見られる。

(2) テレコミューター自身の機会費用節減効果
 表7に示された数値には通勤行動を情報通信手段によって代替したテレコミューター自身の効用増加分(不効用改善分)が含まれていない。テレコミューティングは、混雑率0%の通勤電車を利用して通勤を行う形態であると看做すこともできる。この考え方に基づいて、テレコミューター自身の通勤混雑不効用改善度合を計算したのが以下の表8である。(なお、テレコミューター個々人が通勤機会一回あたりどの程度の通勤行動を情報通信手段によって代替しているのかについては、既述の交通量削減寄与率を参考に50%と仮定している。)

表8 テレコミューター自身の鉄道混雑不効用改善効果(機会費用評価)

方面

モデル2

モデル3

東海道

163円

177円

西南

168円

187円

中央

140円

132円

西北

122円

102円

東北

263円

437円

常磐

312円

605円

総武

202円

265円

京葉

128円

111円

山手線外回り

313円

610円

山手線内回り

307円

587円

首都圏平均

197円

253円

 従って、テレコミューティングの導入による通勤混雑不効用改善効果全体は、現在の賃金率で換算すると表9のようになる。なお、年間ベースの数値の算出にあたっては、西暦2010年時点における年間労働時間を1,800時間(一日当り8時間×225日)と想定している。

表9 テレコミューティング導入による鉄道混雑不効用改善効果総計

1日あたり

1年間あたり

モデル2

シナリオ1

100,200,000

22,540,000,000

シナリオ2

130,200,000

29,290,000,000

シナリオ3

151,800,000

34,150,000,000

モデル3

シナリオ1

228,400,000

51,390,000,000

シナリオ2

291,000,000

65,470,000,000

シナリオ3

334,400,000

75,230,000,000

 ところで、ここで得られた金額は機会費用であり、実際に当該金額だけ購買力の源泉たる所得の増大が生じるわけではないが、雇用者たる企業の視点からすれば、テレコミューティングの普及によって、福利厚生面で待遇改善を行なったのと同様の効果が期待できることになる。さらに言えば、テレコミューティングを採用した企業は、労働者側に生じた効用増加(あるいは不効用改善)の分だけ、人件費を削減する余地を得ることになるかもしれない。少なくとも、テレコミューティングを採用した企業が求人を行う場合は、本金額に対応するだけ、新規雇用者についての賃金単価を下げ得る可能が生じ、その限りにおいて、テレコミューティングに起因する(通常は企業の意思決定の際に考慮されることがない外部的要因である筈の)通勤混雑緩和効果が、直接的な形で企業のコスト削減効果としてあらわれ、経営意思決定に影響を及ぼすことになる。
 また、テレコミューティングのこういった社会的効果を機会費用という観点から評価することで、従来は企業の意思決定にとっては「外部性」に属する領域の論点であった「混雑率緩和」を、企業意思決定フレームへ「内部化」するための具体的な政策を提言するに際し、定量的なデータに基づく議論を行ないうる準備が整うことになる。例えば、「テレコミューティングの社会的限界評価と企業の限界評価の差額をピグー流の補助金政策によって補填することができれば、企業の意思決定を社会的な最適解を達成するような方向に誘導することができ、その結果、社会全体の効用を減少させることなく、最適なレベルのテレコミューティングを実現できる。」という議論が可能になる。

[ 結論

 テレコミューティングは、労働者の勤務形態のみならず、労働者及び企業をとりまく社会全体に多大な影響を及ぼす。本論文では、テレコミューティングの概要、効果とその現状を概観すると共に、我が国における将来の普及を予測し、またそれに立脚してテレコミューティングが首都圏の鉄道混雑を軽減する効果についてシミュレーションを行い、定量的な評価を試みた。結果として、テレコミューティングがオフピーク通勤等と並び、鉄道混雑の軽減に貢献しうる有効な手段であり、その効用改善効果は機会費用で評価すると、年間約230億円から約750億円に達するものであることが示された。これは、来るべき情報通信社会におけるテレコミューティングの価値を示すものであると同時に、今後のテレコミューティング普及方策のあるべき姿を論じる際の出発点となるものである。
 但し、今回の推計においては、データの制約のため、テレコミューティングの普及に関する米国のデータを利用して将来の我が国におけるテレコミューター数を予測したが、この取扱いには多少の問題が含まれることも事実である。テレコミューティングの普及やその効果を正確に予測するためには、本邦におけるテレコミューティングの普及実態を継続的に把握していくことが望まれる。


付録

我が国の総就業者数推計
(郵政研究所[IPTP]による推計,1995)

総就業者数推計

総就業者数推計

総就業者数推計

1994

67,120,000

2003

69,570,000

2012

67,400,000

1995

67,650,000

2004

69,580,000

2013

66,920,000

1996

68,100,000

2005

69,530,000

2014

66,430,000

1997

68,430,000

2006

69,410,000

2015

66,030,000

1998

68,780,000

2007

69,120,000

2016

65,720,000

1999

69,130,000

2008

68,780,000

2017

65,450,000

2000

69,410,000

2009

68,380,000

2018

65,250,000

2001

69,520,000

2010

68,110,000

2019

65,040,000

2002

69,550,000

2011

67,840,000

2020

64,880,000

付録

β値に関するラグ設定に応じたテレコミューター数推計結果

ケース : ラグ = 5年
ケース : ラグ = 8年
ケース : ラグ = 15年

付録

首都圏の情報関連労働者の全国に占める割合の推計

国勢調査に基づく首都圏情報関連労働者数の実績値は以下のとおり

1980

1985

1990

首都圏合計

5,701,000 6,674,000 7,752,000
茨城県 298,000 366,000 438,000
栃木県 210,000 245,000 290,000
群馬県 226,000 261,000 300,000
埼玉県 787,000 956,000 1,187,000
千葉県 726,000 873,000 1,070,000
東京都 2,287,000 2,568,000 2,757,000
神奈川県 1,167,000 1,405,000 1,710,000

全国合計

16,589,000 18,826,000 21,198,000

首都圏のシェア

34.37% 35.45% 36.57%

(出典:総務庁統計局, 1988, 1993; 総理府統計局, 1983.

「首都圏のシェア」をタイムシリーズ(西暦年)で回帰分析した結果

y (Share) = -4.190 + 0.0022 × x (year) R = 0.94
(-104.1) (113.3)

注:括弧内の数値はt値。

従って、西暦2010年における、首都圏情報関連労働者の全国に占める割合は次のとおり推計できる。

首都圏のシェア

2010

40.97%


主な参考文献


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