郵政研究所月報

2001.12

特集

日本経済中期見通し−サマリー版−


第三経営経済研究部 主任研究官 佐々木文之
研究官   荒田 健次
研究官   佐藤 孝則

[要約]

  1.  潜在成長力を計測する際の前提となる生産関数は、コブ・ダグラス型、CES型(Constant Elasticity)、トランス・ログ型のタイプを想定するのが一般的である。労働投入量については、国立社会保障・人口問題研究所の「将来推計人口」に基づいて今後5年間の平均伸び率を-0.2%、資本ストックについては、今景気循環局面(93年10月を景気の谷とする循環局面)以降の年平均伸び率である3.6%を前提とする。TFPについては、現状のトレンドである0.9%に加えて、IT化の進展に伴う上乗せ分0.2%、規制緩和による上乗せ分0.2%を上限として想定した場合、概ね0.9%〜1.3%となる。上記生産関数の推計結果によれば概ね労働弾力性は0.68、資本弾力性は0.32と観察されることから、上記前提で推計すれば潜在成長率は1.9%〜2.3%程度とみることができる。

  2.  消費の決定要因に関しては従来から2つの有力な見方がある。1つは、将来所得よりも過去、及び現在の所得により決定されるとするいわばケインズ型消費関数である。もう1つは、ライフサイクル、恒常所得仮説であり、消費は現在、及び将来の所得によって決定されるとする。先行事例研究によれば、我が国の消費がいずれの型に基づくかは明確な結論をみていない。向こう5年程度の我が国の消費を展望するうえで前提とすべき点は、景気の長期低迷、財政動向、不良債権問題、将来見通しの不確実性等である。これら要素を考慮すれば、流動性制約等に基づく消費決定の可能性が最も高くなろうことが予想され、我が国の消費は緩やかな回復にとどまるものと考えられる。

  3.  今後の我が国の潜在成長率を高めるためには労働、及び資本生産性を高めることが肝要である。我が国における90年代の労働生産性の年平均伸び率は1.1%である。一方、米国の90年代後半における労働生産性の伸び率は年平均2.2%と高まっている。日米の労働生産性格差の一因は資本生産性にある。資本装備の点で我が国はヴィンテージ(資本の平均年齢)の上昇等がみられ、資本ストック1単位当たりの付加価値算出額が減少している。今後生産性を向上させるためには、資本ストックの質の向上、IT革命の効果発現、企業組織のフラット化などの経営革新が条件となろう。

  4.  設備投資については、循環的な観点からは、企業の期待成長率の低下を反映して左シフト(=設備投資対資本ストックの低下)が見込まれる状況にある。IT関連産業とその他産業との二極化の流れも設備投資を停滞させる要因となろう。また、設備投資決定要因としては、キャッシュフロー要因が最も有意であり、今後企業収益の減速を前提とすればマイナスに働く可能性もある。しかし、設備投資に占める労働力代替投資の増加、及び技術進歩の停滞から資本係数が趨勢的に上昇していること、資本ストックの高年齢化(概ね11年程度)に伴う更新投資需要を考えれば、設備投資は概ね緩やかな伸びとなることが予想される。

  5.  労働市場の構造変化が進んでいる。UV曲線をみると、90年代後半に右上方にシフトしていることがわかり、労働需給のミスマッチ(=求人が増えても失業率が低下しない)が生じている。同時期のUV曲線をもとに雇用失業率(完全失業者数÷(完全失業者数+雇用者数))を分解してみると、5.7%のうち、1.7%がミスマッチによる失業との推定結果が得られ、ミスマッチによる失業率はここ2年程度増加傾向にある。IT産業における人材不足に象徴されるように、今後ミスマッチによる失業が失業率を押し上げる公算が大きい。

  6.  我が国においても財政赤字を改善させるべきとのコンセンサスが形成されつつあり、現内閣は国債発行額を30兆円以下にするとの公約を課している。我が国の財政収支を循環的部分と構造的部分に分解すれば、その殆どが構造的赤字に属する。従って、好況による財政収支の好転は期待し難く、財政改革が必要な状況にある。財政収支改善の目安としてプライマリーバランス(公債関係費を除いた歳入歳出がバランスする水準)が挙げられるが、平成13年度の当バランスは−11兆円であり、一朝一夕にバランスさせることは極めて困難である。GDP比でみたプライマリーバランスは2001年度の−2.8%から−2.2%へ若干改善するにとどまる。

  7.  需要不足も一因となって現下下落が続いている物価は、GDPギャップが拡大している状況下では下落歯止めにもう暫く時間がかかる見込みである。供給サイドの変化である「ユニクロ」現象の広がりも考えれば、国内卸売物価が水面上(=前年比でプラス)に浮かび上がる時期は2004年頃になるものと予想される。

  8.  金融政策については、次の2点がポイントとなろう。(1) 3月19日の決定会合で操作目標を金利誘導から量的緩和へ変更、昨年8月までのゼロ金利政策では「デフレ懸念の払拭が展望できるまで」との時間軸を設定しており、いわばforward lookingな金融政策運営が実施されていたが、消費者物価指数(全国、除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで継続」というbackward lookingの時間軸へと変化したこと。(2) 4月26日に発表された、「経済・物価の将来展望とリスク評価」において政策委員の大勢は今年度の消費者物価指数(除く生鮮食品)について前年度比−0.8〜−0.4%と見込んでいること。従って、当面は現在の実質金利ゼロ政策、量的緩和政策を継続する公算が大きい。ゼロ金利解除時期は2003年度の後半となるものと予想する。

  9.  不良債権処理については、先に財政経済諮問会議に金融庁が提示した試算である、今後7年程度で主要15行の不良債権残高を半分程度にするとの漸進的な前提を置く。具体的には、2000年度末の主要15行の不良債権残高17.4兆円が2004〜2007年度には7〜10兆円程度に削減される。尚、内閣府の試算によれば、既存分を2年、新規分を3年で最終処理した場合には、失業者は12.6〜18.5万人に達する模様である。

  10.  米国経済については、L字型に近い回復パターンを想定する。当初指摘されたV字型、U字型回復パターンは、世界的なIT需要の調整が長引くものと予想されるため、その可能性が後退している。米国実質GDP成長率は、2001年の1.7%から2005年には2.5%へと緩やかな回復過程を辿るものと予測する。

  11.  今後財政赤字が漸進的にとはいえ改善する方向性にあるものと前提し、10年国債金利は2005年には2%台後半へと緩やかに上昇することを想定する。円ドルレートについては、日米の景況感格差から2003年度前半までは120〜135円程度の円安基調、その後は我が国経済の回復から110〜125円程度の円高へ若干調整されることを想定している。

  12.  以上の前提から、我が国経済のメインシナリオ(標準ケース)では、2005年度に2.0%成長を遂げるとの緩やかな成長パターンを想定する。尚、サブシナリオとして、楽観ケース、悲観ケースを下記の通り想定している。


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