郵政研究所月報 
1998.2

調査・研究

信書独占下の効率的な郵便料金





第一経営経済研究部長  井筒 郁夫 



【要約】
1 はじめに
 公益企業の料金に関し、できる限り経済効率的に設計するための経済理論を整理した上で、法的独占下の信書が中心をなす通常郵便物の第1種郵便物及び第2種郵便物の料金について、このような経済理論にも適合した料金設計が行われているのかどうかについて検証する。

2 郵便ネットワーク・システムの概要とその費用構造の特徴
 郵便ネットワーク・システムは、引受・取集、区分、輸送、配達処理部門に大きく分けることができ、郵便物の流れに従って、これら一連の処理を結びつける垂直的な階層構造を持っている。このような郵便ネットワーク・システムは、労働集約型の費用構造を持つ。区分処理は、技術革新の恩恵を最も被ってきた部門であるが、最後の宛先までの配達自体は、人間の手によって行われざるを得ない。そのため、技術革新が郵便事業の費用削減に効果を発揮する程度には、一定の限度がある。大きく規模の経済性等が働き、「自然独占」となる費用構造をもつ。また、ピークロード構造を持つ。

3 郵便料金設計の現状
 郵便料金設計の基本的考え方として、「低廉性」と「あまねく公平性」(ユニバーサルサービスの提供)を確保しつつ、独立採算により郵便事業全体で収支相償でなければならない。通常郵便物については、独特の料金制である「全国均一料金制」が採られている。
 第1種郵便物の料金は、定形郵便物と、定形外郵便物に区分し、重量が増えるに従って高額となる料金設計が行われている。我が国では、はがきである第2種郵便物の料金は、伝統的にかなり低めに設定している。我が国は、諸外国と比較し、はがきの利用が極めて多いため、このような料金設計は、実質上、郵便料金全体の水準を引き下げていることになる。
 第1種郵便物と第2種郵便物に関して、大量の郵便物を差し出し、かつ、差出人が、事前に区分する等一定の条件を満たす場合に、各種割引料金が設計されている。利用者区分割引、広告郵便物割引、市内特別郵便物、バーコード付郵便物割引がある。

4 効率的な料金理論と郵便料金での採用状況
 効率的な料金水準としては、限界費用による料金設定方式が最善であるが、規模の経済性があるため、平均費用が逓減する場合は、当該公益企業は、赤字は不可避となる。収支均衡の制約下で、できる限り経済的厚生を大きくするための料金設計方法としては、料金を平均費用のレベルに設定することが、セカンドベストとして妥当な料金となる。郵便料金の場合も平均費用による料金設定方式が採用されている。また、「全国均一料金制」の採用により、全国レベルでの平均費用となっている。「全国均一料金制」は、信書送達のユニバーサルサービス確保のために「公正・公平」な料金として妥当とされるだけでなく、効率性という点からも、取引費用が小さくなることにより、全国レベルでみると平均費用を引き下げる効果を持っている。
 効率的な料金体系として、収支均衡の制約下において、平均費用による料金設定方式を前提とするが、完全配賦費用料金だけでなく、可能な限り経済的厚生を高くするため、いろいろな経済理論が展開されてきている。
(ラムゼイ料金)
 収支均衡の制約下で、できる限り経済的厚生を大きくするための料金体系設計理論としては、ラムゼイ料金理論がある。ラムゼイ料金の考え方については、一部、郵便料金の場合でも採用され、広告郵便物割引については、広告郵便物は需要の価格弾力性が大きいと考えられるということが、一つの理由となっている。

(非線形料金)
 非線形料金とは、需要量に応じて、1単位当たりの料金が異なるように設定される料金体系である。最も単純な形態である二部料金は、需要量に依存しない定額の基本料金と、需要量に従って課金される従量料金の2本立ての体系からなる。また、大口割引料金は、従量料金だけではあるが、大量の需要について割引する料金体系である。郵便の場合、二部料金の採用は困難なシステムになっているが、各種割引料金の条件の1つとして、必ず、一定量以上の差出通数を定めている。

(ピークロード料金)
 需要量が一定期間内に大きな変動がある場合、経済効率を高めるためには、設備の有効利用が必要となるが、そのため、ピークとオフピークの需要に応じて、異なる水準の料金を設定する理論が、ピークロード料金理論である。ピークロード料金は、通常、利用時間に着目して時間帯別料金として導入されることが多いが、郵便の場合は、郵便物を処理するためにどの程度時間の余裕が認められているかにより、すなわち、サービス水準により、異なる料金を設定するという形態でピークロード料金理論の採用が考えられる。郵便料金の各種割引の設計に当たって、送達日数の遅延承諾があることを、割引の条件としたり、割引率が加算されている。

(効率的要素別料金(ECP : Efficient Component Pricing))
 ECP理論は、ネットワーク産業において、ネットワークの全てではなく、その一部にのみアクセスすることが可能な場合、そのアクセス料金をどのように設定することが最も望ましいかという視点から生まれた理論である。ECPの具体的料金額としては、1単位当たりの増分費用に1単位当たり売り上げの機会費用を加えた額となる。この場合、機会費用とは、途中でアクセスを認めることにより失う既存事業者の全ての利益(共通費用への貢献分)とされる。ECPは、逆に言うと、ネットワークの一部にのみアクセスすることを認めることで既存事業者が回避することのできる処理の1単位当たりの増分費用を、通常の料金から引いた額になる。郵便料金の各種割引料金の設計に当たって、すべて、区分処理の一部等を郵便事業自身が行うのではなく差出人が行うこと(ワークシェアリング)が、条件として採用されている。また、ワークシェアリングの考え方を区分処理だけでなく、輸送処理にまで拡張したダウンストリーム・アクセス料金についても、市内特別郵便物の料金には、類似した考え方が適用されている。

5 まとめ
 郵便事業は、第1種郵便物と第2種郵便物について、「公正・公平」かつ「効率」的な料金である「全国均一料金制」を維持しつつ、これまで、割引料金を通じて、各種経済理論にも適合する、できる限り経済効率的な料金設計を工夫してきていることがわかる。しかし、今後の課題としては、経済理論を一層考慮しながら、料金設計を行うことが望まれる。一層の割引料金設計の工夫が可能だろう。他方、割引料金は、コスト計算、需要見込みが大幅に狂うと、郵便事業財政が悪化し、他の利用者に悪影響を与えるため、その設計には慎重を要する。このような事態を防ぐためには、より工夫をした原価計算が必要となる。経済理論は、限界費用を基礎に料金設計を考えるため、経済理論をより精緻に料金設計に反映させるためには、原価計算について、様々な処理について、限界費用をより正確に計算するという視点から計算し、反映させていく必要があろう。 
1 はじめに 

 信書(手紙・はがき)は、現在、法的独占下で郵便事業が提供している。経済学的視点からみた信書の法的独占の合理性については、別稿で論じた
 本稿では、公益企業の料金に関し、できる限り経済効率的に、すなわち、経済的厚生を高めるように設計するための経済理論を整理した上で、法的独占下の信書が中心をなす通常郵便物の第1種郵便物及び第2種郵便物の料金について、このような経済理論にも適合した料金設計が行われているのかどうかについて検証する。
 2においては、まず、郵便料金設計のための基礎として、郵便ネットワーク・システムについて、その概要とそれに起因する費用構造の特徴について述べる。3においては、我が国の郵便料金設計の現状について述べる。4においては、経済効率的な料金設計のための経済理論を整理するとともに、3を踏まえ、現実の郵便料金での採用状況について述べる。5においては、まとめをするとともに、今後の郵便料金の設計方法の方向性について述べる。


 井筒[1997]参照。
 平成9年12月3日、行政改革会議最終報告が提出されたが、その中で「郵便事業への民間参入について、その具体的条件の検討に入る。」ということが盛り込まれた。具体的条件の検討にあたっては、別稿で論じた視点を考慮することが望まれる。
 通常郵便物は、郵便法上、第1種から第4種まで4種類に分類されているが、第3種(新聞雑誌等の定期刊行物)及び第4種郵便物(通信教育用、盲人用郵便物等)については、郵便法第23条、第26条により、社会政策的に、同一重量の第1種郵便物の料金より低額又は無料(盲人用郵便物)にしなければならないことになっている。これらの郵便物は、原則として、信書ではなく法的独占ではないため、小包郵便物と同様に、その料金については、本稿の対象としない。

2 郵便ネットワーク・システム 

2.1 郵便ネットワーク・システムの概要
 郵便サービスが完結するためには、郵便物が、差出人により差し出されてから、宛先で受け取られるまでの間に、郵便事業内で様々な段階の作業処理が必要である。このような郵便事業の作業処理全体を総括して、郵便ネットワーク・システムと呼ぶとすると、このシステムは、引受・取集、区分、輸送、配達処理部門に大きく分けることができる。また、このシステムは、郵便物の流れに従って、これら一連の処理を結びつける垂直的な階層構造を持っている。(図1参照) 以下で概要を説明する。

2.1.1 引受・取集
 郵便ポストに投函されたり、郵便局の窓口で引き受けられた郵便物は、毎日数回決まった時刻に、取り集められ、当該地域の郵便物の取り集めを受け持つ郵便局(これらの郵便局は配達も行うため、集配局と呼ばれる。)に持ち帰られる。


(図1) 郵便物の流れ図



 郵便ポスト数:全国167,977本(平成8年度末現在)
 郵便局数:全国24,638局(平成8年度末現在)
 集配局数:全国4,944局(平成8年度末現在)
2.1.2 区分
(差立区分@)
 取り集められた郵便物は、当該集配局で、消印の上、宛先別に第1段階の区分(配達局での区分を除き、差立区分と呼ばれている。)が行われる。その後、これらの郵便物は、自局で配達するものを除き、近くの当該地域の拠点となる郵便局(地域区分局と呼ばれる。)へと、毎日数回決まった時刻に出る輸送便に結びつけられる。

(差立区分A)
 地域区分局においては、自局受け持ち地域の集配局から輸送されてきた郵便物を、宛先が自局受け持ち地域のものを除き、郵便番号の上2桁の単位で、宛先の地域を受け持っている他の地域区分局別に第2段階の区分を行う。

(差立区分B)
 宛先の地域を受け持っている地域区分局では、輸送されてきた郵便物を当該宛先への配達を受け持つ集配局別に区分する。

(配達区分)
 宛先への配達を受け持つ集配局では、郵便物をいくつかの配達区域ごとに区分し、各配達区域を受け持つ郵便配達職員に交付する。(道順組立) 郵便配達職員は、交付を受けた郵便物を配達する宛先の道順に従って区分する。(道順組立と呼ばれている。)

2.1.3 輸送
 集配局と地域区分局間は、郵便物は主として自動車で輸送される。
 地域区分局間は、郵便物は自動車、航空機、鉄道コンテナを利用して輸送される。
 なお、輸送部門は、我が国だけでなく、米国など諸外国においても、通常、郵便事業体自身が行うのではなく、経営効率向上のため、外部委託されている。すなわち、郵便においては、法的独占廃止前の電気通信産業とは異なり、輸送(電気通信産業の長距離分野に相当)については、法律で定められた要件の下、郵便事業者自身が行うのではなく、民間企業に業務委託されるという意味で、既に、信書の法的独占下においても、民間活力が導入されている。

2.1.4 配達
 郵便配達職員は、道順組立を行った郵便物について、戸外へ出て、宛先まで配達を行う。


 当該集配局の自局窓口引受の郵便物も含む。
 地域区分局数:全国84局(平成8年度末現在)
 郵便法第5条第1項但書は、「郵政大臣が、法律の定めるところに従い、契約により郵政省のため郵便の業務の一部を行わせることを妨げない。」と規定し、郵便物運送委託法に基づき業務委託が実施されている。郵便物運送委託法第2条は「郵政大臣は、郵便物の運送等を他に委託することが経済的であり、且つ、郵便物の運送等に関する業務に支障がないと認めるときは、この法律に定めるところに従い、これを他に委託することができる。」と規定している。
2.2 郵便ネットワーク・システムの費用構造の特徴
 上述のような郵便ネットワーク・システムは、次のような費用構造を持つ。

2.2.1 費用の構成割合
 郵便ネットワーク・システムは、労働集約型の費用構造を持つ。郵便事業の費用の構成割合は、人件費などの人件費的経費が、約8割を占めている10

2.2.2 技術革新の導入
 郵便ネットワーク・システムは、上述のとおり、基本的に労働集約型の費用構造を持つが、区分処理は、技術革新の恩恵を最も被ってきた部門11であり、費用削減が進んでいる。平成10年2月より開始される新郵便番号制によるバーコード導入により更に費用効率化12が進むことになる。特に、道順組立作業は従来は手作業で行われていたが、バーコードを利用する新型区分機が配備される配達局では、機械によって行われることになる。
 しかし、最後の宛先までの配達自体は、人間の手によって行われざるを得ない。しかも、総費用の中で占める配達コストの割合が高い。そのため、電気通信産業など設備産業とは異なり、技術革新が郵便事業の費用削減に効果を発揮する程度には、一定の限度がある。

2.2.3 「自然独占」性
 通常郵便物の特に配達部門では、郵便物数の量にかかわらず、一定の要員の配置が不可欠であることから、大きく規模の経済性等が働き、「自然独占」となる費用構造をもつ。しかも、上述のとおり、宛先までの配達自体は、技術革新による恩恵はほとんど受けることができないため、このような「自然独占」となる費用構造は、将来も変わらないと考えられる。配達部門の費用が全体の費用の中で占める割合が高いため、費用全般にわたって「自然独占」となる費用構造をもつ13

2.2.4 ピークロード構造
 郵便は、迅速に送達するという一定のサービス水準14を確保するため、上述2.1の各処理部門ごとに一定の時間内で処理しなければならないという時間的制約という構造をもつ。しかも、処理がすべてその前段階の処理と連動しており、前段階が済まないと次の段階に進めない。これにより、郵便ネットワーク・システムは、ピークロード構造を持つことになる。
 特に、区分処理については、強いピークロード構造を持つ。すなわち、取り集め郵便局では、遅くとも、地域区分局への最終の輸送便に間に合わせるようにするため、夕方に1つのピークが生まれる。また、配達局では、その日の最初の便が到着した後、郵便配達職員が配達に出る時刻までの短時間で、区分処理が必要であるため、早朝に1つのピークが生まれる。取り集め郵便局と配達郵便局は集配局として、同一であるため、区分処理に関し、集配局では1日に2回のピークが生まれることになる。


10 平成8年度の郵便事業損益計算では、人件費61%、賃金・集配運送費等人件費的物件費16%であり、あわせて77%となっている。
11 全国で、387台の区分機が配備されている(平成8年度末現在)。郵便番号を読み取り区分する処理速度は、毎時約30,000通。
12 郵政省は、導入後10年間で、8,000人の定員削減、2,000億円以上の経費削減を図るとしている。
13 詳細は、井筒[1997]、角田・和田・根本[1997]参照。
14 我が国では、郵政省は、郵便物の引受けから配達までに要する日数(通常1‐2日)を主要都市相互間について表にとりまとた「郵便日数表」を作成し、郵便局の窓口に掲出している。
3 郵便料金設計の現状 

3.1 郵便料金設計の基本的考え方
 我が国の場合、郵便料金決定の基本的原則は、郵便法に規定されている。すなわち、郵便法第1条は、「この法律は、郵便の役務をなるべく安い料金で、あまねく公平に提供することによって、公共の福祉を増進することを目的とする。」と規定し、同法第3条は、「郵便に関する料金は、郵便事業の能率的な経営のもとにおける適正な費用を償い、その健全な運営を図ることができるに足りる収入を確保するものでなければならない。」と規定している。
 すなわち、郵便料金は、「低廉性」と「あまねく公平性」(言い換えれば、ユニバーサルサービスの提供)を確保しつつ、一般歳出財源(税金)からの補填を受けることなく、独立採算により郵便事業全体で収支相償15でなければならないことになる。
 なお、この場合、郵便事業全体で収支相償の意味は、種類別ごとの郵便料金については、それぞれ原価を基準とするものの、事業全体で収支が相償されることを意味する。そのため、社会政策的に低額又は無料にしている第3種及び第4種郵便物の赤字分については、第1種及び第2種郵便物による利益からの内部相互補助により補填されることになる16

3.2 全国均一料金制
 信書を中心とする通常郵便物については、伝統的に宛先に関係なく、山間辺地、離島まで全国津々浦々まで均一の料金でサービスを提供する郵便サービス独特の料金制である「全国均一料金制」が採られている17。「全国均一料金制」は、1840年に始まる英国を起源とする近代郵便制度創設時18に採用され、大成功を収めて以来、諸外国においても同様に採用されてきている。
 「全国均一料金制」の採用により切手の使用やポスト投函が可能となり、使いやすい郵便サービスとなるのみならず、取引費用の軽減による料金の低廉化を可能とするとともに、ユニバーサルサービスの提供を確保することが可能となっている。

3.3 具体的郵便料金額の設計
 通常郵便物の第1種郵便物と第2種郵便物については、郵便法において具体額が法定されている。但し、昭和55年の郵便法改正以来、特例措置として、安易な料金値上げができないよう一定の厳格な条件を満たす場合に限り、郵政審議会の諮問を経て、郵政大臣が省令で定めることができるとされている19
 第1種郵便物と第2種郵便物の具体的な料金額の設計の現状について、以下述べる。

3.3.1 第1種郵便物の料金
 第1種郵便物の料金は、一定の規格のある定形郵便物(重量は50g以下)と、定形外郵便物(現在の取扱重量は4Kg以下)20に区分し、それぞれ、重量が増えるに従って高額となる料金設計が行われている。
 具体額としては、現在、定形郵便物については、25gまでのものは、80円、50gまでのものは90円となっている。定形外郵便物については、50gまでは、120円とし、最大4Kgまでの料金が重量別に12段階設定してある21
 このような重量段階別の料金設計は、重量が増えるに従って費用が高くなることを反映させたものである。また、定形外郵便物の料金が比較的高めに設定されているのは、郵便物区分機の利用等による郵便処理作業の効率化を推進するため、できる限り定形化を促す狙いがあることによる22


15 収支相償の算定期間は、過去の需要動向に基づき改定後5年度分の需要を予測し、少なくとも将来3年間は単年度の郵便事業損益において欠損が生じないよう設定されている。経済企画庁物価局編[1996]『公共料金改革への提言‐公共料金の価格設定の在り方等について‐』pp.79、117参照。  前回の郵便料金値上げ(平成6年1月)後、平成6年度から平成8年度の三年間は既に連続黒字決算となっている。
16 平成8年度の郵便の種類別収支の状況として、第1種郵便物は、1,154億円の黒字、第2種郵便物は、152億円の黒字に対し、第3種郵便物は、238億円の赤字、第4種郵便物は、42億円の赤字となっている。郵政省郵務局[1997]『日本の郵便1997』p.31参照。
17 民間と競争下にある小包郵便物の料金については、郵便法第31条は、「小包郵便物に係る役務の提供に要する費用、物価その他の経済事情を参酌して、郵政大臣が審議会に諮問した上省令で定める。」と規定し、個別原価を勘案した料金とすることになっており、また、費用の差が距離に応じて大きいことから、距離別段階料金制となっている。
18 1840年の英国の近代的郵便制度への改革の根幹は、輸送費が全体の費用に占める割合がわずかであることに着目し、それ以前の距離別料金制及び受取人払いを廃止して、切手貼付の前納制による「全国均一料金制」を採用することであり、これにより郵便料金の大幅な低廉化と郵便需要の飛躍的増大が実現した。
19 郵便法第27条の4では、第1種郵便物と第2種郵便物の料金値上げの場合、郵便事業の損益計算において、単年度で欠損が生じており、かつ、累積欠損金が一定額を超える場合という条件を課し、郵便法第27条の5では、値上げ幅は、物価等変動率(前回の料金値上げが実施された年度以降の経過年数並びに卸売物価指数、消費者物価指数及び賃金指数の変動率をこれらの指数に対応する郵便事業の経費の構成割合によって加重平均したもの)を超えないことという条件を課している。 
 なお、料金値下げの場合は、郵便法第27条の6により、郵便の事業から生ずる収入を減少させないことが確実と見込まれる範囲内という条件が課されているだけである。
20 そのほか、郵便書簡(一定の規格によって作成された料額印面付の封筒兼便せん)が第1種郵便物に分類されており、60円となっている。
21 定形外郵便物の一部について、平成9年12月より、料金値下げが行われた。例えば、従来は、50gまでは、130円であり、重量区分も8段階であった。
22 岩田[1992]p.259参照。
3.3.2 第2種郵便物の料金
 第2種郵便物の料金は、具体額としては、通常はがきは50円、往復はがきは100円に設定してある。
 我が国では、はがきである第2種郵便物の料金は、第1種郵便物と比べ簡易な通信手段として、伝統的にかなり低めに設定している23。我が国は、諸外国と比較し、はがきの利用が極めて多い24ため、このような料金設計は、実質上、郵便料金全体の水準を引き下げていることになる。

3.4 割引料金の設計
 第1種郵便物又は第2種郵便物に関する割引料金25としては、従来から、利用者区分割引、広告郵便物割引、市内特別郵便物としての実質的な料金割引がある。
 以上のような料金割引を受ける郵便物は、年々増加し、平成8年度は、総計74億3,800万通26となっており、第1種郵便物及び第2種郵便物全体(年賀・選挙郵便物を除いた192億4,100万通。)の約38.7%を占めるに至っている。
 また、平成10年2月から、新郵便番号制導入に伴うバーコード付郵便物割引が実施されることになった。
 これらの割引料金は、郵政大臣が郵政審議会に諮問した上、省令で定めることとされている27

3.4.1 利用者区分割引
 利用者区分割引は、昭和41年7月から導入されている。差出人28(複数の場合を含む29。)が、取り扱い30が同一の第1種郵便物又は第2種郵便物31を同時に2,000通以上32差し出し、かつ、差出人が、受取人の住所等の郵便区番号33ごと等に事前に区分する等一定の条件を満たす場合に、料金割引が行われている。差出通数が増えるに従って、4段階に分け、割引率が高くなるよう設計されており、具体的には、最低2%から最高9%の割引率34が設定されている。
 さらに、平成7年7月より、サービス改善が実施されている。すなわち、送達日数が、通常の場合(1‐2日)より遅延することを差出人が予め承諾した場合、具体的には、3日程度又は1週間程度の遅延承諾をした場合には、さらに割引率が高く設定されることになり、それぞれ、割引率が4%、6%加算されている。また、50,000通以上、指定された郵便局に郵便物を差しだす場合には、割引率が、さらに1%加算されている。すなわち、最大16%の割引率が設定されていることになる。例えば、25gまでの定形郵便物の場合は、1通当たり67.2円となる。


23 米国では、我が国と同様に、はがきの料金は手紙よりかなり低めに設定している。(手紙:32セントに対し、はがき:20セント)しかし、ドイツは、はがきは手紙よりわずかに低い程度であり、(手紙:1.1マルクに対し、はがき:1マルク)英国やフランスでは、はがきと手紙の料金に差はない。(英:26ペンス、仏:3フラン)
24 平成8年度では、第2種郵便物数は、年賀を除いて、約67億8,800万通、年賀(約36億8,300万通)を含めると、約104億7,100万通となる。これは、総内国郵便物数(約253億5,800万通)のそれぞれ約26.8%、約41.3%となる。他方、Tolley & Bernstein [1997]のデータによれば、米国では、はがきの物数は、約42億8,300万通(1993財政年度)であり、これは総内国郵便物数(約1,694億2,300万通)の約2.5%に過ぎない。
25 割引料金は、通常郵便物の第3種郵便物や小包郵便物にも存在するが、本稿では取り上げない。また、郵便法第27条の2による第1種郵便物の料金軽減もあるが、これは、主として電子郵便など特殊取扱をする郵便物に係る料金軽減であるため、本稿では取り上げない。
26 利用者区分割引:25億7,800万通。広告郵便物割引:33億4,400万通。市内特別郵便物:15億1,600万通。
27 郵政法第27条及び第27条の3参照。
28 差出人は、自分自身ではなく、代行者である、いわゆるメーリングサービス業者を利用して、事前区分処理を行う場合も多い。以下の各種割引料金制度の場合も同様。
  メーリングサービス業は、日本標準産業分類の中の事業サービスの1つとして、1994年に正式に認められており、全国で300社を超える専業業者が存在すると考えられている。また、(社)日本ダイレクト・メール協会による平成7年度の調査によれば、調査回答企業45社の年間売上総額は、618億円である。日本ダイレクト・メール協会[1996]『DM年鑑’96』pp.152-156、[1997]『DM年鑑’97』pp.204-207参照。
29 郵便法・規則の改正により、平成9年7月より、郵便区番号ごとの差出人別・重量別物数等を記載した書面を添付する等の条件を満たしている場合は、差出人が複数(最大6人(6社))の場合でも料金割引を受けられるようになった。この場合、個々の差出人の郵便物数の最低通数は、500通とされている。
30 従来は、郵便物の形状及び重量が同一であることも割引の条件とされていたが、郵便法・規則の改正により、平成9年7月より、郵便区番号ごとの重量別物数等を記載した書面を添付する等の条件を満たしている場合は、形状及び重量(6種類まで)が異なっていてもよいこととされた。
31 正確には、第1種郵便物については、郵便書簡及び市内特別郵便物を除いたもの、第2種郵便物については、料金印面のついた郵便はがき及び公職選挙法の規定による選挙運動用の通常はがきを除いたものが、料金割引の対象となる。郵便法第27条の3参照。
32 平成6年1月に従来の3,000通以上から2,000通以上へと条件が緩和された。広告郵便物割引の場合も同じ。
33 郵便区番号とは、集配局ごとに定められた配達区域を表す番号。平成10年2月の7桁の新郵便番号導入以前の3桁又は5桁の郵便番号が踏襲されている。
34 往復はがきの場合は、割引率は、これらの2分の1。以下の料金割引についても同じ。
3.4.2 広告郵便物割引
 広告郵便物割引は、昭和62年10月から導入されている。「広告郵便物」とは、「商品の広告」「役務の広告」「営業活動に関する広告」を目的とし、同一内容で大量に作成された印刷物を内容とする第1種郵便物又は第2種郵便物35である。差出人(複数の場合を含む36。)が、広告郵便物37を同時に2,000通以上差し出し、かつ、差出人が、受取人の住所等の郵便区番号ごとに事前区分し、送達日数について3日程度の遅延承諾を行い、指定した時刻までに差出しをする等一定の条件を満たす場合には、利用者区分割引以上の割引率が設定されている。差出通数が増えるに従って、16段階に分け、割引率が高くなるよう設計されており、具体的には、最低15%から最高40%の割引率が設定されている。
 さらに、平成7年7月より、サービス改善が実施されている。すなわち、1週間程度の遅延承諾がある場合は、割引率が2%加算されている。また、50,000通以上、指定された郵便局に郵便物を差し出す場合には、割引率が、さらに1%加算されている。すなわち、最大43%の割引率が設定されていることになる38。例えば、25gまでの定形郵便物の場合は、1通当たり45.6円となる。

3.4.3 市内特別郵便物
 市内特別郵便物は、昭和41年7月から導入されている。同一の郵便区内において発着する第1種郵便物39であって、差出人が形状、重量(250g以下)及び取り扱いが同一のものを同時に100通以上差し出す等、一定の条件を満たす場合に、料金が軽減されており、実質上、割引料金となっている。例えば、25gまでの定形郵便物は、65円であり、通常の料金80円と比べ、約19%の割引率となっている。
 さらに、平成元年4月より、サービス改善が実施された。すなわち、市内特別郵便物を同時に1,000通以上差し出し、事前に一定の区域ごとに区分することや送達日数について3日程度の遅延承諾など一定の条件を満たす場合には、更に料金が軽減されている。例えば、25gまでの定形郵便物は、50円であり、通常の料金と比べ、約38%の割引率となっている。その上、平成8年8月より、郵便物を差し出す郵便局の総配達箇所数の2分の1以上の通数を配達順に並べて差し出すなど、更に一定の条件を満たす場合には、更に1円ずつ料金が軽減されている。つまり、例えば、25gまでの定形郵便物は、49円となっている。

3.4.4 バーコード付郵便物割引
 バーコード付郵便物割引は、平成10年2月より導入されることになった。同月から導入される新郵便番号7桁化に伴い、バーコードによる機械処理が可能なものであって、新郵便番号及び郵便物の宛先を表す正確な内容・仕様のバーコード40を印字した第1種定形郵便物及び第2種郵便物41については、差出人(複数の場合を含む42。)が、取り扱いが同一のものを同時に1,000通以上(市内特別郵便物の場合は、100通以上)差し出す等、一定の条件を満たす場合には、料金が軽減されることになった。
 市内特別郵便物以外の場合は割引率5%である。利用者区分割引、広告郵便物割引を受ける場合は、この割引率が加算される。従って、例えば、バーコード付の広告郵便物の割引率は、最高48%となる。つまり、例えば、25gまでの定形郵便物の場合は、1通当たり41.6円となる。
 市内特別郵便物の場合は、例えば、25gまでの定形郵便物は、1,000通未満の場合は、62円であり、通常の料金80円と比べ、約22%の割引率となっている。1,000通以上の場合は、50円であり、通常の料金と比べ、約38%の割引率となっている。


35 利用者区分割引の場合と同じく、正確には、第1種郵便物については、郵便書簡及び市内特別郵便物を除いたもの、第2種郵便物については、料金印面のついた郵便はがき及び公職選挙法の規定による選挙運動用の通常はがきを除いたものが、対象となる。
36 郵便法・規則の改正により、平成9年7月より、差出人が複数の場合でも料金割引が受けられるようになった。利用者区分割引の場合と同じく、差出人は、最大6人(6社)までであるが、個々の差出人の郵便物数の最低通数は、2,000通とされている。
37 利用者区分割引と同様に、平成9年7月より、郵便区番号ごとの重量別物数等を記載した書面を添付する等の条件を満たしている場合は、形状及び重量(6種類まで)が異なっていてもよいこととされた。
38 1か月に1万通以上差し出す場合は、月間差出通数が増えるに従って、10段階で割引率が高くなる月間割引を利用することができるが、最大割引率は43%であり、一般の場合と同じ。
39 正確には、第1種郵便物のうち、定形郵便物及び定形外郵便物が市内特別郵便物の対象となり、郵便書簡は除かれている。郵便法第27条参照。
40 バーコードに盛り込む情報は、数字、「‐」(ハイフン)及びアルファベットから構成される新郵便番号(7桁)及び住所表示番号(住所の数字部分をハイフンで結んだもの)である。
41 正確には、第2種郵便物については、料金印面のついた郵便はがき及び公職選挙法の規定による選挙運動用の通常はがきを除いたものが、対象となる。
42 利用者区分割引、広告郵便物割引と同じく、最大6人(6社)までであるが、個々の差出人の郵便物数の最低通数は、200通とされている。
4 効率的な料金理論と郵便料金での採用状況 

4.1 効率的な料金と公正・公平な料金
 経済理論上、競争市場下において、最も経済効率的な(資源配分効率の高い、経済的厚生の大きい)料金が形成される。すなわち、競争市場下では、料金は、限界費用43のレベルに均衡し、その均衡点で最も経済効率的となる。
 しかし、「市場の失敗」として規模の経済性、自然独占性がある産業の場合などは、競争市場下では、利潤最大化を目指す独占企業は、限界収入44を限界費用と等しくするような独占価格設計を行う。このような独占価格は、高額であり、また生産量が低く、経済的厚生が小さくなる。そのため、政府により、当該独占企業の料金を規制する必要がある。
 すなわち、政策目標として、これらの独占企業が提供するサービスの料金が、独占価格となるのではなく、できる限り、経済効率が高く、経済的厚生(消費者余剰45)が拡大するように設計されるよう規制する必要がある。
 なお、これらの独占企業(公益企業)が提供するサービスは、通常必需性があるため、「公正・公平」な料金とすることも重要な政策目標とされる。サービスの「必需性」や「公共性」は価格規制の根拠とすべきではなく、資源配分非効率の発生の防止が最も重要な規制の根拠となるものであって、サービスの安定的供給の確保や差別的供給の禁止は付随的なものと位置づけるべきであるとの指摘がある46。しかし、現実の政策論としては、「公正・公平」な料金であることが要請されるのが通常である47。しかも、「効率」的な料金を追求すると、「公正・公平」な料金でなくなる可能性も高く、両者はトレードオフの関係となる場合が多い。そのため、現実には、料金設計としては、「効率」と「公正・公平」のバランスを採った料金であることが政策目標とされる48
 しかし、本節では、経済理論が分析してきた規制下の料金設計における経済効率性の向上という視点を中心に述べることとする。

4.2 効率的な料金水準

4.2.1 限界費用による料金設定方式
 経済的厚生が最大化する料金は、経済理論上、限界費用のレベルに等しく設定されるときである。料金の限界費用からの乖離は、消費者余剰を減少させ、「死重損失」(消費者余剰を最大化させないことにより、社会全体が被る資源配分上の非効率)を発生させることとなるからである。
 しかし、規模の経済性があるため、平均費用が逓減する場合は、必ず、限界費用は、平均費用を下回る。その結果、当該公益企業は、経済的厚生最大化のために料金を限界費用に設定するときは、赤字は不可避となり、税収による一般財源より補助金を受けなければならなくなる。
 一般財源からの補助金受け入れは、財政負担を増加させること、受益者負担の原則に反し分配上の不公正を生むこと、独立採算性放棄による経営効率改善への誘因を失うこと等による問題点があり、現実的ではなく、採用は困難となる。


43 限界費用とは、あるサービスを1単位追加生産する場合の費用をいう。
44 限界収入とは、あるサービスの生産量1単位当たりの収入の増加額をいう。
45 経済的厚生には、消費者余剰のみならず、生産者余剰(利潤)も含めるのが一般である。しかし、公益企業の場合、政策目的としては、当該企業の利潤ではなく、消費者の厚生(消費者余剰)の最大化のみが考慮される。
46 植草[1991]pp.53-54参照。
47 公益企業料金を「公正・公平」の視点からアプローチしたものとして、Zajac [1978]、井口[1992]参照。
48 経済企画庁物価局編[1996]『公共料金改革への提言−公共料金の価格設定の在り方等について−』pp.3ー7参照。
4.2.2 平均費用による料金設定方式
 限界費用による料金設定の採用は現実的ではないことから、補助金を受けないで、収支均衡の制約下で、できる限り経済的厚生を大きくするための料金設計方法を採用する必要がでてくる。
 経済理論上、収支均衡の制約下では、料金を平均費用のレベルに設定することが、最も経済的厚生が大きい。この場合、限界費用レベルに設定するファーストベストの料金よりも消費者余剰は小さくなるが、セカンドベストとして妥当な料金となる。
 独占価格、限界費用による料金、平均費用による料金のイメージ図は、図2のとおりである。
 限界費用による料金(P)、平均費用による料金(P)、独占価格(P)による経済的厚生の大きさをそれぞれ、W、W、Wとすると、W=△DGP、W=△DFP、W=△DEPとなり、図から明らかなように、W>W>Wとなる49
 具体的な料金設計に当たっては、平均費用による料金は、当該公益企業が能率的経営を行っていることを前提として、予想事業費用に事業報酬を加えた総括原価を需要量で割った1単位当たりの料金として算出される。これは総括原価方式と呼ばれる。この場合、事業報酬は、事業資産に公正報酬率を乗じて算出されるのが一般的である。

4.2.3 郵便料金での採用状況
 郵便料金の場合も前述3.1のとおり、郵便法に基づき、「低廉性」と「あまねく公平性」を確保しつつ、独立採算により郵便事業全体で収支相償でなければならないことから、独占価格でも、限界費用による料金でもなく、平均費用による料金設定方式が採用されている。
 なお、郵便事業は、国営であり、事業報酬という概念はないので、事業費用のみが対象となる。そのため、総括原価方式と区別するため、そのバリエーションとして、原価補償方式50と呼ばれることもある51
 また、通常郵便物の場合は、平均費用は、「全国均一料金制」の採用により、全国レベルでの平均費用となっている。通常郵便物の費用は、厳密に言うと、どこからどこへ送達されるか等により1通1通異なるが、特に、配達をする場所により大きく異なる。つまり、総費用に占める割合が大きい配達費用について、都市部と地方部の間において、1通当たりの差が大きい。それにもかかわらず、「全国均一料金制」を採用し、かつ、収支相償でなければならないことから、都市部宛のものから地方部宛のものへと大きな内部相互補助が不可避となっている。
 しかし、「全国均一料金制」は、信書送達のユニバーサルサービス確保のために「公正・公平」な料金として妥当とされるだけでなく、効率性という点からも、取引費用が小さくなることにより、全国レベルでみると平均費用を引き下げる効果を持っている。
 すなわち、「全国均一料金制」を採らないと、郵便局は、1つ1つの郵便物について、正しい額の切手が貼られているかどうかをチェックしなければならなくなること、また、料金不足の場合の不足金額徴収事務が増えることから、膨大な費用増となる。また、一般利用者にとっても、いちいち、ポスト投函前に、あて先を確認して、料金表に照らし、異なる額の切手を貼付しなければならなくなる不便を被り、利用しにくい郵便システムとなる。特に、郵便料金のような低廉な料金の場合においては、料金額のわずかな差の確認の不便さは一般利用者にとって大変大きい。


(図2) 料金設定方式と経済的厚生のイメージ図

AC:平均費用曲線、MC:限界費用曲線、DD':需要曲線、MR:限界収入曲線


49 植草[1991]pp.71-81参照。その他、理論的根拠の詳細については、例えば、清野[1993]pp.9-10、83-103など公益企業料金について述べた文献参照。
50 経済企画庁物価局編[1996]『公共料金改革への提言−公共料金の価格設定の在り方等について−』p.114参照。
51 郵便事業は、国営であることから、総括原価方式の大きな問題点の一つである事業者と行政当局間のいわゆる「情報の非対称性」から生ずる数々の非効率性は生じない。そのため、「情報の非対称性」に対する是正策として提案される各種インセンティブ規制(ヤードスティック規制、プライスキャップ規制など)については、本稿では取り上げていない。
4.3 効率的な料金体系

4.3.1 料金体系の設計目標
 料金体系とは、費用の構造や需要の構造の異なる複数のサービスや複数の市場があるため、複数の需要家群がある場合、費用の構造や需要の構造を考慮した料金の構成をいう52
 公益企業の料金体系設計の政策目標としては、収支均衡の制約下において、平均費用による料金設定方式を前提とするが、可能な限り経済的厚生を高くすることである。このため、いろいろな経済理論が展開されてきている。
 また、料金の公正性から、他の需要家群に悪影響を与えないというパレート改善料金53であることが考慮される必要がある場合には、料金体系設計に影響を与えることになる。

4.3.2 完全配賦費用料金

4.3.2.1 概要
 各々の需要家群に対するサービス提供に当たって、そのサービスに帰属させることのできる帰属費用(限界費用:通常は変動費)と、帰属させることのできない共通費用(通常は固定費)に分けることができる。完全配賦費用料金とは、共通費用を、各々の需要家群に対するサービスの生産量、収入、帰属費用のような数量の相対的シェアに基づいて、配賦して設定される料金である。その結果、各々の需要家群に対するサービスごとに、帰属費用にこれらの共通費用の配賦費用を加えた個別の費用が計算され、このレベルに料金が設定されることになる。
 従来より、比較的簡単に計算されることや、公平な印象を与えるため、どの公益企業においても、実務的には通常使われている方法である。
 しかし、完全配賦費用料金については、いくつかの批判がある54。すなわち、共通費の配賦基準が恣意的となりがちであるという批判に加え、経済効率性を配慮することなく計算されるとして経済理論上批判されるのが通例である55。つまり、需要の価格弾力性が考慮されない料金設定方式であるため、高い価格弾力性を持つサービスや市場からの需要が大きく低下することにより、全体としての経済的厚生が低下するからである。
 また、複数のサービスを提供する事業者が、競争に対処するため、独占下や競争の激しくない一方の部門における黒字をもって、競争の激しい他方の部門の赤字を補填する「内部相互補助」に対する規制に当たって、「内部相互補助」の検証のためには、完全配賦費用料金は不適当であるとの批判もある56

4.3.2.2 郵便料金での採用状況
 他の公益企業の料金と同じく、郵便料金の場合も、原則としては、完全配賦費用料金が採用されている。すなわち、各種類別の料金は、原則として、郵便事業全体の費用を郵便物数及び郵便処理時間を基礎として、各郵便種類別に配賦された費用を基準として設定されている。ただし、第3種及び第4種郵便物の料金は、社会政策的に低額又は無料にしているため、第1種及び第2種郵便物の料金は、第3種及び第4種郵便物の赤字分を補填することを考慮して設定されることになる。


52 例えば、植草[1991]p.96参照。
53 パレート改善料金とは、他の誰の犠牲もなく、ある需要家グループに得をさせるように変更した料金体系のことをいう。
54 完全配賦費用料金に対する批判については、例えば、植草[1991]p.229、Brown & Sibley [1986]訳書p.57参照。
55 但し、Brown & Sibley [1986]は、帰属費用を基礎として共通費用を配賦する帰属費用法が、恣意的ではなく、確固とした公理的基礎をもつといった合理的なケースが存在すると指摘している。訳書pp.51-70参照。
56 近年では、内部相互補助の規制基準としては、増分費用テストと単独採算費用テストが採用されるべきだとされる。すなわち、あるサービスの料金が、当該サービスの1単位当たりの単独採算費用(各個別のサービスを単独で生産する場合の費用)を上限とし、他のサービスに加え、当該サービスを追加的に供給する場合の1単位当たり増分費用を下限とする範囲内にある限り、内部相互補助があるとはいえないとするものである。収支均衡制約下では、どちらか一方のテストを満たすなら、他方のテストを満たすことになる。山谷[1992]pp.59-61、植草[1991]pp.221-235、清野[1993]pp.96-99参照。
  例えば、郵便事業に当てはめて考えてみると、民間宅配便と競争している小包郵便物の料金は、完全配賦費用料金では、赤字となったとしても、1単位当たり増分費用(言い換えれば、限界費用)以上であれば、通常郵便物からの内部相互補助がなく、不当な料金ではないということになる。
4.3.3 ラムゼイ料金

4.3.3.1 概要
 収支均衡の制約下で、できる限り経済的厚生を大きくするための料金体系設計理論としては、有名な逆弾力性ルールを適用したラムゼイ料金理論がある。
 これは、収支均衡制約下において、複数のサービスや複数の市場があり複数の需要家群57がある場合、共通費用を配賦する方法として、需要の価格弾力性を考慮し、価格弾力性が小さい需要家群に対しては、高いマークアップ(限界費用からの乖離率)を課すこととし、価格弾力性が大きい需要家群に対しては、低いマークアップを課すこととするというものである。
 つまり、需要が料金の変化にそれほど感応的でない需要家群に対しては、料金が高くなっても需要が低下せず、消費者余剰の損失が小さいため、高いマークアップがあまり問題とならない。他方、需要が料金の変化に感応的な需要家群に対しては、料金が高くなると需要が低下し、消費者余剰の損失が大きいため、低いマークアップが適用される。
 その結果、収支均衡制約下で、消費者余剰が最大化する料金である限界費用レベルから最も乖離しないレベル(死重損失が最も少ないレベル)の料金を実現することが可能となる。
 公式としては、マークアップ=Pi−MCi/Pi=λεiとなる。
 Pi:需要家群iでの料金、MCi:需要家群iでの限界費用、εi:需要家群iでの需要の価格弾力性、λ:比例定数(ラムゼイ指数)
 しかし、ラムゼイ料金は、限界費用と需要の価格弾力性の正確な数値が入手できない限り現実には理論通りに適用することは困難であるという問題点がある。
 また、全体の消費者余剰は高くなるものの、需要の弾力性が小さい需要家群に対しては、料金が高くなり、これらの利用者にとっては不公平感が出やすいという問題点がある。しかし、この点に関しては、ラムゼイ料金は、独占的な超過利潤の取得を目的としているのではなく、総費用の回収を目的としているため、不当な価格差別には当たらないとの指摘がある58

4.3.3.2 郵便料金での採用状況
 ラムゼイ料金は市場の変化に対応しやすい料金体系であり、その考え方については、一部、郵便料金の場合でも採用されている。すなわち、広告郵便物割引については、広告郵便物は需要の価格弾力性が大きいと考えられるということが、一つの理由となっている59。しかし、郵便料金の公正・公平性の要請から、採用には慎重であり、大幅には適用されてはいない。
 なお、諸外国の郵便料金をみると、米国においても、ダイレクトメールが中心であるスタンダードメール(A)の料金設計については、需要の価格弾力性を考慮し、通常の郵便物であるファーストクラスメールと比べ、料金を安く設定しており、ラムゼイ料金の考え方が採用されている。


57 単一サービス・単一市場の場合は、平均費用料金がラムゼイ料金となる。
58 植草[1991]p.117参照。
59 岩田[1992]pp.267-268参照。
4.3.4 非線形料金

4.3.4.1 概要
 非線形料金とは、需要量に応じて、1単位当たりの料金が異なるように設定される料金体系である。経済理論上、線形料金(需要量に関わらず、1単位当たりの料金は同じとなる料金)と比べ、経済効率が高まり、経済的厚生が大きくなる料金体系となる。

(二部料金)
 最も単純な形態は、二部料金である。二部料金は、定期的に(毎月、毎年)需要量に依存しない定額の基本料金と、需要量に従って課金される従量料金の2本立ての体系からなる。理論的には、従量料金を限界費用(変動費)レベルとし、基本料金で共通費(固定費)を回収することとすれば、収支均衡の制約下において、限界費用による料金設定よりも劣るが単純な平均費用による料金設定よりも優れた経済効率の高い水準の料金を設定することができる60
 二部料金制は、基本料が高いと、少量需要家を排除する傾向がある。そのため、パレート改善料金とするために、二部料金を強制するのではなく、線形料金(均一重量料金)と二部料金制を選択できる料金体系である選択二部料金制がある61
 また、二部料金制を発展させた複数二部料金制や多部料金制(基本料金と、従量料金がそれぞれ異なるいくつかのブロックからなるもの。通常、量が増加するにつれて、従量料金は逓減する。)などがある。

(大口割引料金)
 非線形料金として、二部料金制ではなく、従量料金だけではあるが、大量の需要については、割引する料金体系がある。これも、適切に設計されれば、パレート改善料金となり、経済的厚生が高まる。
 例えば、既存の線形料金において、各々の顧客が購入する最大需要量をqとし、限界料金(大口顧客が購入する最後の1単位の料金)は、限界費用より高いものとする。新料金体系においては、q以降の需要量1単位は、限界費用と既存料金の間の額に設定する。このような場合は、すべての顧客は、少なくとも、既存の料金により、以前と同じだけの量のサービスを購入する一方、追加需要量については、既存料金より低額の料金により購入できる。すなわち、以前と比較し、だれも不利になったわけではなく、他方、大口利用者はより以上のサービス量をより安い料金で購入することができ、また、公益企業も限界費用を超えた料金であるため損失を被ることはなく、反対に収入が増える。収入増による利益還元により料金全体が下がり、更に、経済的厚生が高まる。なお、追加需要の限界料金は、限界費用まで引き下げることが可能であるが、それ以上の大口割引料金は、公益企業の損失になり、その埋め合わせのためには、他の顧客を不利にするため、パレート改善料金ではなくなる62

4.3.4.2 郵便料金での採用状況
(二部料金)

 郵便の場合、二部料金の採用は困難なシステムになっているため、郵便料金では、二部料金制は採用されていない。すなわち、利用者の住宅等に設備を設置してはじめて、システム利用が可能となる電気通信や電力などと異なり、前述2のとおり、そのような設備を前提としない郵便ネットワーク・システムは、利用者からの基本料金徴収が困難なシステムになっている63

(大口割引料金)
 前述3.4のとおり、各種割引料金の条件の1つとして、必ず、一定量以上の差出通数を定めている。また、利用者区分割引、広告郵便物割引、市内特別郵便物においては、差出通数を数段階に分け、差出通数が増えるに従って、割引率が少しずつ(1‐3%)大きくなっていく料金システムが採用されている。


60 理論的根拠については、例えば、植草[1991]pp.123-128、清野[1993]pp.87-96など公益企業料金について述べた文献参照。
  現実には、公益企業は、共通費が大きいため、基本料金で共通費すべてを回収しようとすれば、基本料金が高額となり、少量需要家にとって不利となるため、電気通信、電気など多くの公益企業では、一部修正した考え方が採用されている。
61 Wilson [1993] pp.99-122参照。
62 Wilson [1993] pp.109-110参照。
63 但し、継続的な大口郵便利用者に限り、年間又は月間の基本料金的なものを徴収した上で、大幅な割引をした従量料金を適用するなど二部料金の採用の検討の余地があるかもしれない。
4.3.5 ピークロード料金

4.3.5.1 概要
 需要量が一定期間内(1日、1月、1年間)に大きな変動がありピークとオフピーク時に分けることができ、しかも貯蔵することが不可能な財の場合、ピーク需要にあった生産設備を保有せざるを得ない。その結果、オフピーク時には、これらの設備が遊休化することになる。
 このように需要量に大きな変動がある場合、経済効率を高めるためには、設備の有効利用が必要となるが、そのため、ピークとオフピークの需要に応じて、異なる水準の料金を設定する理論が、ピークロード料金と呼ばれる料金理論である64。ピーク時には高い料金を、オフピーク時には低い料金を設定することになる。経済的厚生を最大化する最適ピークロード料金としては、ピーク時には、限界操業費と限界設備費の和としての長期限界費用であり、オフピーク時には、限界操業費に設定することになる65
 ピークロード料金は、通常、利用時間に着目して、電力や電気通信分野などで採用されているように時間帯別料金として導入されることが多い。しかし、郵便の場合は、郵便を差し出す時間よりも、郵便物を処理するためにどの程度時間の余裕が認められているかにより、すなわち、サービス水準により、異なる料金を設定するという形態でピークロード料金理論の適用が考えられることになる66
 郵便は、前述2.2.4のとおり、所定の日数で宛先に送達するという一定のサービス水準を決めているため、郵便ネットワーク・システムの垂直的構造の中で、各々の郵便物処理部門ごとに一定の時間内で処理しなければならないという、処理の時間制約という構造をもつ。しかも、処理がすべてその前段階の処理と連動しており、前段階の郵便物処理が済まないと次の段階に進めないシステムとなっている。このため、ピークロード構造を持つことになる。
 従って、優先度の低い郵便物、言い換えればサービス水準が通常の郵便物より低い郵便物が存在すれば、ピーク時には、これらの優先度の低い郵便物を処理せず、オフ・ピーク時に、これらの郵便物の処理ができることになる。すなわち、ピークロード料金理論を応用し、通常の標準送達日数より時間的余裕が認められた郵便物については、料金を低料金とする料金設計が考えられるわけである。

4.3.5.2 郵便料金での採用状況
 前述3.4のとおり、広告郵便物割引では、送達日数の3日程度の遅延承諾があることを条件とし、さらに、送達日数の1週間程度の遅延承諾がある場合には、割引率が加算されている。また、利用者区分割引や市内特別郵便物でも、差出人から送達日数の遅延承諾がある場合には、割引率が高く設定されている。また、広告郵便物割引では、差し出し時間を指定し、オフ・ピーク時に差し出してもらうことを条件としている。さらに、利用者区分割引や広告郵便物割引では、指定された設備に余裕のある郵便局に差し出されれば、割引率が加算されている。
 諸外国の郵便料金をみると、英国は、ピークロード料金設定の考え方を郵便にいち早く採用した国であり、1968年以来、翌日配達が原則のファーストクラスとは別に、送達に3日程度を要するセカンドクラスの郵便種別が設定されており、ファーストクラスの料金より低額にしている67。また、米国では、ダイレクトメールが中心であるスタンダードメール(A)については、非優先扱いとされ、ファーストクラス68と比べ料金を安く設定している。


64 ピークロード料金が経済的厚生を高める理論的根拠については、例えば、植草[1991]pp.137-145など参照。
65 規模の経済性が働く費用逓減産業の場合は、収支均衡下でのセカンドベスト料金としては、それぞれの費用をベースとして、ラムゼ−指数で割り増しした値が需要の弾性値と逆比例したものとなる。植草[1991]pp.142-145参照。
66 ピークロード料金理論の郵便料金への拡張を詳細に理論分析したものとして、Crew & Kleindorfer [1992]参照。また、郵便物の区分処理部門における自動処理に関するピークロード・モデルにより、理論分析したものとして、Crew, Kleindorfer & Smith [1997]参照。
67 英国では、ファーストクラス料金26ペンスに対し、セカンドクラス料金は20ペンスとなっている。(それぞれ最低重量段階料金)
68 米国のファーストクラス(最低重量段階料金32セント)は、宛先が同一地域(ローカル)の場合(全国96カ所設定)のみ、翌日配達が原則であり、宛先がローカル外の他の地域への配達には数日要する。そのため、全国に2〜3日で配達するサービスであるプライオリティメール(最低重量段階料金3ドル)や原則として翌日正午までに配達するエクスプレスメール(最低重量段階料金10.75ドル)が提供されている。
4.3.6 効率的要素別料金(ECP: Efficient Component Pricing)

4.3.6.1 概念
 ECP理論は、ネットワーク産業において、通常の形態のようなネットワークの全てではなく、事業者のネットワークの一部(サービス要素:Component)にのみ利用者や新規参入者がアクセスすることが可能な場合、そのアクセス料金をどのように設定することが最も望ましいかという視点から生まれた理論である。例えば、電気通信産業の場合は、接続料金(新規参入した競争事業者が、既存事業者の地域通信網に接続するために、支払う料金)の設定のための一つの理論として、議論されてきている。
 Baumol & Sidak [1994]によれば、ECPの具体的料金額としては、1単位当たりの増分費用69に1単位当たりの売り上げの機会費用を加えた額となる。この場合、機会費用とは、途中でアクセスを認めることにより失う既存事業者の全ての利益(共通費用への貢献分)とされる。
 つまり、ECPでは、1単位当たりの共通費用への貢献分(共通費用の配賦額)は、ネットワークの全てを利用したときの通常の料金の場合と同じとなる。そのため、途中でのアクセスの存在の如何にかかわらず、他の利用者に対し負担増となることなく、既存事業者は、共通費用への貢献額の総額を得ることができるわけである70
 ECPは、逆に言うと、通常の料金から、回避された処理の1単位当たりの増分費用を引いた額になる。つまり、割引額からいうと、当該回避された処理の1単位当たりの増分費用に等しい額となる。
 ネットワークの一部にのみアクセスすることを認めることで既存事業者が回避することができる処理について、利用者や新規参入者が、既存事業者より、効率良く実施できるならば、ECPによりネットワークの一部にのみ途中でアクセスすることを選択でき、経済全体での効率は高まることになる。しかも、利用者や新規参入者が、既存事業者より、効率良く実施できないならば、通常の料金で、全部のネットワークにアクセスすることを選択できる。すなわち、パレート改善料金となる71
 例えば、郵便料金に適用して具体的に示してみる。引受から配達まですべての処理を郵便事業が行う通常の場合、1通当たりの平均費用は100円であり、郵便料金は100円に設定されていると仮定する。また、差立区分処理を利用者がすべて行う場合を想定する。この場合、郵便事業が差立区分処理を行うときの1通当たりの増分費用(郵便事業が、当該処理を行わないことにより回避される費用)は、20円であり、それ以外の残りの郵便事業が行う処理の1通当たりの増分費用は、40円であり、1通当たりの共通費用への貢献分(機会費用)は40円と仮定する。
 ECP理論によれば、差立区分処理を利用者が行う場合の料金は、差立区分処理以外の郵便事業が行う処理の1通当たりの増分費用40円に共通費用への1通当たりの貢献分40円を加えた80円となる。その結果、郵便事業は、共通費用を回収できるとともに、郵便事業より効率的な差立区分処理を行うことのできる利用者は、その分だけ(20円から自分で処理した費用の差額)得をする。他方、郵便事業より効率的な差立区分処理を行うことのできない他の利用者が不利になることはない。
 言い換えれば、このように、ネットワークの一部のみにアクセスすることが可能になると、その他の処理部分では、実質的には郵便事業と市場競争することになるため、当該処理部門に大きな規模の経済性等が働かない限り、経済全体での効率は高まることになる。
 郵便分野におけるECPの概念イメージ図を作成すると、図3のとおりとなる。
 水平軸は、郵便の流れであり、左から右に従って、各部門の処理(「自然独占」の費用構造を持つ配達処理部門を除く。)を利用者が実施し、その後、途中で郵便ネットワーク・システムにアクセスした場合を示す。図は、それぞれの段階のECP及び郵便事業体が行う処理の、平均費用72と1単位当たりの増分費用(限界費用)を示す。最も左は、通常の場合であり、郵便事業体がすべての処理をしたことを示し、その料金は通常の料金である。
 この図からわかるように、通常の料金は、平均費用に等しく設定されるが、ECPは、限界費用のみならず、平均費用より高くなる。
 ECP理論は、既存事業者が非効率な経営をしている場合、その非効率性が温存されるとして、批判がある73。また、ECPとは異なる料金とした方が、経済的厚生が改善される場合もある74。仮に、信書独占を廃止し、電気通信産業と同様に郵便サービスに全面的に競争政策を導入することになるならば、ネットワークの一部にのみアクセスする者に対してはECPより低い、限界費用に近い料金設計が望ましいことになるかもしれない。
 しかし、ECP以下の料金とすれば、共通費用の配賦割合を変更せざるを得ず、通常の料金を引き上げることになるなど他の利用者に不利益を与えてしまうことになり、パレート改善料金ではなくなってしまう75。また、「全国均一料金制」によるユニバーサルサービスの確保も不可能となるおそれもある76。さらに、現実に料金設計に適用する場合、ECPは、郵便事業のコスト削減情報だけであるため、比較的コスト計算が簡単なため、適用しやすいという利点がある77


69 増分費用とは、あるサービスを追加的に供給する場合に必要となる費用の増加分である。増分費用を当該サービスの供給量で割ったものが1単位当たりの増分費用となるが、これは、限界費用に等しくなる。
70 ECP=AIC+TMとなる。
 (AIC:1単位当たりの増分費用、T:共通費用、M:総需要量)  この場合、既存事業者が途中でネットワークの一部にアクセスした者から受け取る収入は、
      N×ECP=N×AIC+N×T/M(N:途中でアクセスされる需要量)
 上記収入から既存事業者が得る共通費用への貢献分は、
      N×AIC+N×T/M−N×AIC=N×T/Mとなる。
 ネットワーク全部にアクセスする者から受け取る収入から既存事業者が得る共通費用への貢献分は、
      (M−N)×T/M=T−N×T/Mとなる。
 以上より、既存事業者が得る共通費用への貢献額の総額は、
      N×T/M+T−N×T/M=Tとなる。
 Baumol & Sidak [1994]p.105参照。
71 ECP理論を郵便分野に応用した論文として、Crew & Kleindorfer [1995]、Dobbs & Richards [1993]及びPanzar[1993]参照。
72 平均費用は、共通費用を1単位当たりの増分費用に比例して配賦すると仮定して算出している。
73 例えば、電気通信産業の分野における接続料金の場合に関しては、浅井[1997]参照。
74 Dobbs & Richards [1993]pp.265-270、Crew & Kleindorfer [1995]pp.122-124、129-136参照。
75 Dobbs & Richards [1993]p.270、Crew & Kleindorfer [1995]pp.122-124参照。
76 Dobbs & Richards [1993]p.268、Crew & Kleindorfer [1995]p.123は、ECP以下の料金とすれば、「全国均一料金制」によるユニバーサルサービスの確保を前提とすると、実質上、地理的なクリームスキミングが発生すると指摘している。
77 Mitchell, Cohen & Chu [1997]p.199参照。
(図3) 郵便分野におけるECPの概念イメージ図


4.3.6.2 郵便料金での採用状況
(ワークシェアリング料金)

 前述3.4のとおり、郵便料金の各種割引料金の設計に当たって、すべて、区分処理の一部やバーコード印字を郵便事業自身が行うのではなく差出人が行うこと(ワークシェアリング)が、条件として採用されている。
 諸外国の郵便料金をみると、特に、米国では、ワークシェアリング料金は、1976年以来広く採用78されており成功を収めている。Sharkey & Treworgy [1997]のデータによれば、米国の郵便事業体であるUSPSの1995財政年度において、全内国郵便物(小包を除く)について、物数の約65%、収入の約46%、ファーストクラスメールについては、物数の約40%、収入の約33%、ダイレクトメールが中心であるサードクラスメール(現行のスタンダードメール(A))については、物数の約100%、収入の約99%がワークシェアリング割引料金の適用を受けている79
 Tolley & Bernstein [1997]によれば、米国におけるワークシェアリング料金の導入の結果、割引料金対象郵便物のみならず、すべての種類の実質郵便料金は、1976年から1996年までの間に15%値下がりしたとし、また、郵便物数は急増し、1975年と比べ1995年には倍増したことを指摘し、また、労働者一人当たりの郵便物数は、1975年と比べ1995年には約63.2%向上し、大きく労働生産性が向上したと指摘している80

(ダウンストリーム・アクセス料金)
 上述のワークシェアリングの考え方を区分処理だけでなく、輸送処理にまで拡張し、配達局や配達地域の近隣の地域区分局まで利用者が郵便物を持ってくる料金がダウンストリーム・アクセス料金である。
 市内特別郵便物の料金には、類似した考え方が適用されているといえる。
 諸外国の郵便料金をみると、米国では、ダイレクトメールが中心であるスタンダードメール(A)については、配達局や配達地域の近隣の地域区分局に持ち込めば、割引率が加算されている。
 ダウンストリーム・アクセス料金は、電気通信産業との類似でとらえると接続料金と同じ概念となる。しかし、郵便の場合は、全面的に競争が導入されている電気通信産業とは異なり、競争事業者によるダウンストリーム・アクセスは可能にはなっていない。


78 現在、例えば、ファーストクラスメールの最低重量段階である1オンス以下の料金については、通常の場合は、32セントであるが、ワークシェアリングの程度に応じて最高28%の割引(23セント)が行われている。
79 Sharkey & Treworgy [1997]p.170参照。
80 Tolley & Bernstein [1997]pp.213-223参照。
5 まとめ 

 以上より、郵便事業は、信書が中心を占める第1種郵便物と第2種郵便物について、「公正・公平」かつ「効率」的な料金である「全国均一料金制」を維持しつつ、これまで、割引料金を通じて、各種経済理論にも適合する、できる限り経済効率的な料金設計を工夫してきていることがわかる。しかも、この場合、単に全体的な経済効率性だけを改善するのではなく、パレート改善料金という制約下で、言い換えれば、一般の利用者に不利益を与えないように、割引料金設計の工夫をしてきたことがわかる。
 これは、郵便事業が、経済理論を念頭において、割引料金設計の工夫をしてきたというよりも、環境の変化に応じ、割引料金の設計に工夫をこらさざるを得なかったからかもしれない。つまり、@信書の法的独占といっても、第1種郵便物と第2種郵便物は、割引料金は別として、料金が原則的には、法定であり、簡単には値上げができなかったこと、A電気通信の急激な進展に伴う間接的競争に対応するため、郵便事業の経営マインドが向上したこと、B大きな規模の経済性があるため物数増が費用減に好影響を与えること、などを考慮し、頻繁な料金値上げが起こらないよう81、割引料金の設計に工夫を行ってきたのかもしれない。しかも、郵便事業は、国営の現業であるため、事業運営体と規制体が異なる場合に発生する、いわゆる「情報の非対称性」による弊害がなかったため82、割引料金の設計がうまく導入されてきたのかもしれない。
 しかし、今後の課題としては、公益企業料金の経済理論を一層考慮しながら、料金設計を行うことが望まれる。一層の割引料金設計の工夫が可能だろう。例えば、新郵便番号7桁化によるバーコード導入の推移を見た上で、さらにきめ細かなワークシェアリングによる回避可能な処理費用を反映させた料金割引が可能かもしれない。
 経済理論を反映させた割引料金を設計しようとすればするほど、料金体系が複雑になってしまうデメリットはある。しかし、企業は、大量に郵便物を差し出す一方、コストに敏感であるため、料金体系が複雑になっても許容される可能性が高い。現に米国の郵便事業体であるUSPSは、極めて複雑な割引料金を設計している。
 他方、割引料金は、コスト計算、需要見込みが大幅に狂うと、郵便事業財政が悪化し、他の利用者に悪影響を与えるため、その設計には慎重を要する。このような事態を防ぐためには、より工夫をした原価計算が必要となる。つまり、前述4のとおり、経済理論は、限界費用を基礎に料金設計を考える。従って、経済理論をより精緻に料金設計に反映させるためには、原価計算について、様々な処理について、限界費用をより正確に計算するという視点から計算し、反映させていく必要があろう。
 例えば、米国USPSは、費用を限界費用に相当する帰属費用と共通費用に相当する制度費用とに厳格に二分し、当該郵便種別の料金は、最低限、帰属費用以上とするとともに、残った制度費用については、様々な配慮に基づき配賦するという方法を採用している83。しかも、費用の計算に当たっては、活動基準原価計算(ABC: Activity Based Costing)に近い手法を取り入れ、費用をいくつかの構成要素に分け、その構成要素ごとに、費用発生の原因となる活動を代表する測定指標である各種コスト・ドライバー(例えば、配達の場合、配達員の配達地点数など)を設定し、帰属費用をできるだけ正確に計算している84。その結果、帰属費用が大きな割合となり、恣意的な要素が残らざるを得ない制度費用の割合が小さくなっている85。このような方法も参考になるかもしれない。


81 第1種郵便物及び第2種郵便物の料金の最近の値上げは、平成6年1月である。平成元年4月の消費税導入に伴う料金への転嫁を除き、昭和56年以来13年ぶりに値上げが行われた。
  しかし、平成9年4月からの消費税引き上げに際しては、料金への転嫁は行われず、実質的な値下げとなった。また、定形外郵便物の一部について、平成9年12月より料金値下げが行われた。
  さらに、平成9年6月の郵政審議会最終答申「郵便局ビジョン2010」の提言の1つとして、手紙・はがき料金の2005年までの据え置きが掲げられている。
82 山内[1997] pp.113-114は、「市場の失敗の場合、公企業という組織形態が私企業プラス公的規制というフレームワークに対する優位性を備えているとすれば、それは、私企業の規制のケースでほぼ必然的に生じる情報の非対称性の問題が、公企業の場合には生じないことである。」と指摘している。
83 USPSの制度費用は、ファーストクラスメールとスタンダードメール(A)がほとんど負担している。1996財政年度の計画額では、制度費用総額について、ファーストクラスメールが約63.2%、スタンダードメール(A)が約20.9%負担することになっている。USPS[1996]pp.36-37参照。
84 Bradley, Colvin & Smith [1993]参照。
85 例えば、1996財政年度のUSPSの帰属費用は、発生費用総額の約63%となっている。USPS[1996]pp.36-37参照。

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86 物価安定政策会議特別部会基本問題検討会報告書を内容としたもの。


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