郵政研究所研究叢書



                                       第10号(日本評論社・1995.3.発行)

『通話の経済分析』

                                  著者:*1 三友 仁志
 わが国に通信の自由化がもたらされてちょうど10年を迎える。通信の高度化をめざし競争が導入された結果、通信料金が低廉化し、当初の目的は達成されたかのように思える。しかし、利用者の利便性や効率性の観点から料金水準および料金体系を理論的実証的に検討する余地はまだ残されている。
 一方、自由化による通話料金の低下に注目している間に、自由化のもう1つの目的である通信の高度化に関連して、通信市場をとりまく環境は大きく変化した。とくにマルチメディアにむけた光ファイバー・ネットワークの整備をだれが行いその費用負担はどのようにしたらよいのかという情報インフラ整備問題、放送と通信の融合など、既存の枠のなかでは対処しきれない問題が発生している。マルチメディアという用語はさまざまなメディアを集合させるという印象が強いが、むしろさまざまなメディアやネットワークが統合されるメディア・インテグレーションあるいはネットワーク・インテグレーションと呼ぶべき現象が起こりつつあるのである。
 また、新しいサービスが消費者のニーズに適合しているのであろうかという疑問も浮かんでくる。現時点では、サービス総合デジタル網(ISDN)において提供が予定されるサービスの多くが情報提供型、コンテンツ型あるいは娯楽型のサービスに偏っており、新しい通信サービスの本来の目的であるはずの、生活を便利にし精神的にも豊かにするツールでなければならないという視点が少し失われているようにも思える。
 さらに技術的な面でのフィージビリティがあっても、消費者がそのサービスを必要とするかどうかあるいは利用するかどうかは、それとは独立の諸要因によっても影響される。その要因の1つが料金である。現在の料金体系では、画像等をともなう新しいサービスに対応しきれないばかりでなく、逆にその発展を阻害する可能性すらある。
 本書の分析の対象は、加入者相互の対話すなわち通話を目的とした通信サービスである。この種のサービスには、利用者の需要量が料金水準だけでなく、加入者数にも依存するという需要の外部性(ネットワークの外部性)が存在する。それにより、クリティカル・マスの発生など、通常の財・サービスにない特有の現象が生じる。料金水準の決定と外部性の形成とは密接な関係があり、新たに対話型のメディアを開設する場合には、その特性を考慮に入れた供給計画を策定する必要がある。またこれら対話型のメディアでは、コンテンツは通話の当事者がつくるため、供給者はネットワークの提供のみですみ、著作権の問題や既存産業との軋轢の問題も回避できる。その意味において、純粋に経済学的な分析の対象として扱いやすいという利点もある。
 電話は対話型メディアとして現在もっとも普及している。新しい通信サービスとしてあまり注目されない対話型メディアであるが、マルチメディアの時代にあって、電話に代わる新しい対話型のメディアの出現が期待される。本書はその場合における新しいメディアの普及の可能性を、料金水準と外部性の2点から解明するものである。
 本書は7つの章から構成される。前半の5章は、通信における需要の外部性の理論的な分析とそれを考慮に入れた通信サービスの最適料金体系の導出というきわめて規範的な分析にあてられる。後半の2章では、通信トラヒックデータを用いた通話圏の決定や外部性を考慮に入れた通話需要関数の推定など実証的な分析の結果を示す。
*1 特別研究官(専修大学助教授)