1994年8月:調―94―I―02

『小売業のダイレクト・マーケティングのあり方と消費のソフト化・サービス化に関する調査研究報告書』

                              第一経営経済研究部長 安住  透
                                     研究官 永野 秀之
                                     研究官 多田 雅則

 バブル期に消費支出は大幅に拡大された。消費者の物質的な豊かさがある程度満たされると、品質や性能だけでは売れなくなり、モノにプラスされたソフトやサービスといった付加価値がついていないと売れなくなったのである。むしろ付加価値による差異のほうが本体の品質や性能を上回る商品価値を占めるまでになっていた。しかしながら、バブルが崩壊すると、高価なブランド品を購入していた消費者は、所得の伸び悩み等により、価格志向、実物志向を高め、合理的な消費行動をとるようになった。

 本報告書では、まず、消費のソフト化・サービス化の現状はどうなっているのか、また、消費者は買物情報をどのように選好し、購買に際してどのように活用しているか、消費者と企業との購買行動における類似点を見た上、金融資産、自由時間・女性の社会進出が消費のソフト化・サービス化に与える影響について探り、最後にダイレクト・メールの今後を展望することとした。

消費のソフト化・サービス化について
 消費のソフト化とは、「消費者の生活行動におけるソフトの一層の重視である」。消費者のソフトの重視は「心の豊かさの重視」、「ファッション化傾向」、「物へのこだわり」、「デザイン重視」、「本物志向」などで表現されるが、これらに共通の要素は、消費者の生活行動において、何らかの不満が自覚され、その不満を解決する(あるいは不満がより減少する)ために現在ある商品・サービスの改善が求められ、そのためのソフトが投入されなければならないということである。また、消費のサービス化とは、家計における消費支出のうちサービスの占める割合が高まることである。

 したがって、消費のソフト化・サービス化とは、総じて消費者の購買行動において、有形のモノそのものに価値を見出して購入した段階からモノのソフト部分(商品がソフトそのもの、例:パソコンのソフトを含む。)やサービス部分(商品がサービスそのもの、例:旅行を含む。)を重視した購入へと変化していることと換言することもできよう。

 例えば、消費者は従前保温性というハード面に着目してセーターを購入していたのが、デザインやブランドといったソフトを重視して選択するようになっている。また、従来、家庭ではスーパーなどで食材を購入し、調理し、後片付けをするといった、モノを活用し自分で手を加えて調理することから、消費者は外食したり、惣菜などの商品を利用するようになっている。これは、消費者が有形のモノを購入しそれを活用し自ら手を加えるという家事労働で生産していたのを消費者を取り巻く細分化された生活空間で企業により提供される「商品化されたサービス」を購入することで代替しているのであり、素材(食材)そのものではなく、素材を調理したプロセスを購入しているということができる。

 消費のソフト化の要因としては、金融資産の増大に関するものが挙げられる。バブル期には消費者によるソフトの重視は、金融資産の増大により高級化・高額化の方向に強く作用し、ブランド品であれば品質も優良なものと捉えられ、空前のブランド・ブームが発生した。この時期、消費者によるソフトの重視は、「ファッション化傾向」、「デザイン重視」として表れていたが、バブルが崩壊し、ブランド品が広く購買された結果、高級品が他人と異なる自分を表現する手段とはならず、また、高級品が生活上の満足をそれほど満たさなくなったことに気づいた消費者は、金融資産の伸び悩みによる影響もあって、「本物志向」、「物へのこだわり」、「心の豊かさの重視」といった高級化ではないソフト重視の傾向を一層強めている。

 一方、消費のサービス化の要因としては、自由時間の増大や女性の社会進出といった、時間に関するものが挙げられる。自由時間の増大や女性の社会進出により、消費者はレジャー、余暇に対する欲求を高め、買物以外にも楽しみを見出す人が増え、消費の対象がモノだけでなくサービスにまで及んでいる。消費のサービス化により、従来、消費者である専業主婦の社会進出が進み、消費者(主婦)の有職業化が促進され、主婦のための時間節約型の商品・サービスが求められる(生活空間の分業化)とともに、その分野に主婦の有職機会が拡大し、時間に対するコスト意識も高まる。また、職業を持っている消費者(夫)が買物に参加するようになり、消費の家族化が進み、アメニティを重視した消費行動をとっている。

消費者の買物情報の収集と購買行動
 消費者を取り巻く情報量は増大しており、雑誌における商品情報量は、1970年から1991年までに約5割以上増加している。整理された、しかも客観的に品質、価格、店舗等が比較できる情報雑誌に対する消費者の需要は高く、商品・サービスについての価値判断を示した情報や客観性の高い素材情報を求めているものと考えられる。こうした加工された情報ではなく、素材情報を需要した消費者は、ファッション衣料やAV機器、旅行など購買頻度があまり多くなく、高価格のこだわりの強い商品・サービスを購入する場合、事前にファッション雑誌などの専門情報誌を読み、商品情報と価格情報を入手し、どこに行って購入するかおよそ決めてから、商品やサービスを購入するというツウ・ステップの購買行動をとることが多くなっている。
 消費者は、それまで多種多様な商品・サービスが提供される中、店舗を選び商品を選択するに際し、比較可能な情報を持っておらず、自分で選択すると多大な時間と労力を要するなど不満を感じていたが、このような専門情報誌により手軽に店舗ごと、品物ごとの情報を取得できるようになると、消費者の不満の解決につながるので、素材情報というソフトを提供する専門情報誌への需要を強めているといえよう。

 また、時短の進展による自由時間の増大により、ゆとりある生活への志向を高め、アメニティを重視して通信販売、スポーツ・レジャーなどのサービスの利用に消費者は満足を示すようになり、サービスへの需要を高めている。

消費者の企業化
 金融資産の増大によりもたらされた消費のソフト化により、消費者が企業のように個別取引を行う、「消費者の企業化」現象が生じている。

(1) 百貨店の外商と通信販売
 企業の購買行動は買い手である企業の事業所に外商や販売員に来てもらい、見積書を提出してもらうなど、企業の居所で個別に取引している。一方商店街の遠隔化、駐車場の不足、店員の不足、パートによる商品知識の不足などにより店舗での買物に対する不満が高まった消費者は、通信販売を利用することにより、自宅や職場で商品情報を入手し、申込みも可能となるなど、自分の居所で購入できるようになり、買物に対する不満がより減少することになる。

 売り手と買い手の関係における実名による取引は、買い手が企業の場合にみられるもので消費者が買い手である場合には百貨店の外商のように特別な事例であり、通常は匿名による取引が中心であったが、信用取引の増大等に伴い、実名による取引は増加し、企業と消費者との個別取引が可能となっている。

(2) クレジットカード
 消費者はクレジットカードを所有するまでは、所持している現金相当額までしか買物ができず、購入機会の損失が発生し不満を持っていたが、クレジットカードを利用することにより、現金がなくても買物ができ、代金決済が簡便化され、信用供与により購買力が増大し、各種特典が付加されることにより、買物に対する不満の解消が図られ、利便性が向上する。また、信用取引の分野に参入してきた女性や学生に対しても、過去の購買履歴情報に基づき個別に与信枠を設定するなど、企業と消費者との個別取引が行われている。

消費のソフト化・サービス化とダイレクト・メール
 ダイレクト・メールは、企業から消費者に直接、葉書や封書で郵送される広告であり、マス・メディアが不特定多数の消費者に商品情報を提供しているのに対し、きめ細かに特定の個人に対してアプローチでき、限定された消費者に直接働き掛けるため、訴求力の強いものとなっている。ダイレクト・メールをその機能・役割からみると、次の2つに大別することができる。

(1) 情報周知型ダイレクト・メール
 単に企業がセールスしたい内容を消費者に周知・伝達することを目的としたダイレクト・メールであり、百貨店のビジネス案内、イベント案内等が該当する。共通の商品・サービスを多くの人に知らせる役割を有しており、一定地域の不特定多数への周知を目的とするチラシに近い活用方法となっている。

(2) 差別化(個別化)ダイレクト・メール
 不動産物件やゴルフ会員権等の商品販売を目的とするダイレクト・メールであり、きめ細かな、セグメント化された特定の消費者を対象として企業から発出されるダイレクト・メールである。誰でも入手できる情報ではなく、「〇〇様だけの特別なサービスです」などのパーソナルな呼び掛けや特別優待券・割引券などの特典が付されているケースもあり、受領者に優越感を持たせる工夫がされている場合もある。このダイレクト・メールの送付に際し、企業は、例えば、高所得層、30歳代女性などの顧客の属性データを保有していることが前提となる。

 この情報周知型ダイレクト・メールと差別化(個別化)ダイレクト・メールは、これまで述べてきた消費のソフト化、消費のサービス化とも深い関連を有している。

 情報周知型ダイレクト・メールは、その商品情報を発出する企業から受け手である消費者へ伝達され、消費者は皆と同じ情報を共有することとなり、これに影響を与える要件としては、家計の源となる労働の対価である勤労所得がベースにあると思われる。勤労所得を生活の糧とする消費者は一部の高所得層を除く大部分の勤労者世帯に該当し、この勤労所得が影響を与える情報周知型の情報は、自由時間の増大や女性の社会進出を要因として、時間に対する効用を高め、消費のサービス化を担っている。

 一方、差別化(個別化)ダイレクト・メールは、一般の消費者とは異なり、企業により差別化された情報をある一定の要件を満たした消費者にだけ提供するものであり、これに影響を与える要件としては、基本的に他人と異なることを行って得られる金融資産が考えられる。金融資産が影響を与える差別化(個別化)情報は、その増大を要因とする消費のソフト化にもつながっていくものであり、金融資産の増大が消費内容の高級化に大きな影響を与え、バブル期には一部の金融資産残高の大きい消費者が消費の高級化を実現し高級品を購入するとともに、金融資産残高の小さい消費者にもその影響が波及していったものと思われる。

 株価の大幅下落の不安は薄れたものの勤労者世帯の金融資産が伸び悩んでいる昨今では、差別化・個別化されたダイレクト・メールは、あまり普及しないものと思われる。しかしながら、中長期的には、高齢化社会を迎え、生産性の著しい上昇がない限り生産年齢人口の減少による所得の減少や公的負担の増大による可処分所得の伸び悩みにより貯蓄率の低下が見込まれるものの、老後の備えのための貯蓄動機は一層高まるであろうから、家計における金融資産は厚みを増すと想定され、差別化・個別化されたダイレクト・メール志向は高まっていくと考えられる。

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