1994年8月:調―94―I―05

『日米ホワイトカラーのビジネス・コミュニケーションに関する調査研究報告書』

                         特別研究官(東京工業大学教授) 肥田野 登
                          第一経営経済研究部主任研究官 稲葉  茂
                                     研究官 足立  聡
I ビジネス・コミュニケーション行動特性の日米比較
1 本研究では、東京とニューヨークを対象として、日米のホワイトカラーのビジネス・コミュニケーション行動及びコミュニケーションに関する実態を把握し、それらを比較することによりコミュニケーション行動の特徴を把握することを目的としている。

2 まず、コミュニケーション行動の実態を把握する。ここでとりあげたコミュニケーション手段は、面談、電話、ファックス、電子メイル、郵便、社内便及びクーリエである。1日の総コミュニケーション回数の平均は、東京、ニューヨークともに17.7回であったが、属性別にみるとニューヨークでは役職者や営業職の平均回数が多い。また、両都市の中心業務地区勤務者の平均コミュニケーション回数は都市の周辺部に比較して多い。各メディアの割合をみると、両都市とも不動産業の電話の割合が高いという共通点が見出された。ニューヨークでは、役職についていない者の電話の割合が高いこと、製造業の面談の割合が低いことなど職種及び業種による違いがある。コミュニケーション状況別のメディアの回数からみた東京とニューヨークの違いは、コミュニケーションをとる時間帯である。ニューヨークでは午前中のコミュニケーションが多い。両都市の類似点は、電話とファックスが社外コミュニケーションの手段として使用されていることである。その際の相手は自分と同等ぐらいの人である。

3 コミュニケーションのパターンを把握するために主成分分析を行った。東京、ニューヨークともにコミュニケーション全体を特徴づけるメディアとして、電話があげられる。しかし、コミュニケーションの特性を総合的にまとめるような概念(主成分)は存在せず、面談や電話、ファックスといった各メディアの利用は独立に行われているといえる。

4 次に、メディア選択モデルを構築する。ここでは、郵便、社内便等の頻度の少ないものを除き、面談及び電話(東京の場合はファックスも)のみを対象とする。選択を説明する要因として、例えば、コミュニケーションの相手などのコミュニケーション状況とともにメディアを選択したときにかかる費用をとりあげる。この際、面談の移動に要する時間をコストとしてとらえ、一般化費用を定義する。東京とニューヨークのモデルに共通することは、一般化費用が特に有意であることである。 また、東京では面談について相手が上司であるという変数が有意であるが、ニューヨークでは有意とはなっていない。次に情報量コンバータの設定を変化させたときのモデルの統計的適合度を検討する。情報量コンバータというのは、たとえば、面談1分と電話1分の情報量を比較し、10分の面談は電話に換算すると何分かかるかをあらわしているものである。東京の場合、最も適合度の高いケースは、電話の情報量を面談の情報量の3分の1であると設定した場合であった。しかし、ニューヨークでは、感度分析の各ケースでモデルの適合度はほとんど変化しなかったが、これはニューヨーク市の電話料金が市内で通話時間制限なしの一律料金であるためと考えられる。

5 全般的に、東京とニューヨークで通常利用されるメディアやそのメディア選択の構造及び平均総コミュニケーション回数に顕著な差はみられなかった。しかし、ニューヨークでは午前中といった個別のコミュニケーション状況や職種別の平均コミュニケーション回数に差があり、東京ではその差はニューヨークに比べ小さかった。これは、ニューヨークにおいて職能分担が明確なためであると考えられる。

II 本社機能とコミュニケーション
1 現在、日本の産業界は、経費削減、業務の合理化・効率化、人員削減に取り組んでおり、取り分け、ホワイトカラーが集中する本社の管理・間接部門のスリム化に目が向けられている。日本の大企業は、本社人員の比率の高さが指摘されているが、欧米の成長企業は「小さな本社」になっているといわれている。こうした本社組織の大きさの違いは、本社機能の違いに結びついているはずであり、それはまた本社勤務者のコミュニケーション行動の違いでもある。

2 日本企業の本社機能は、・経営戦略的機能、・全般的管理機能、・全般的補助・サービス機能などに分類されるが、特徴的なのは大口取引や継続的取引を締結・維持する営業統括機能であると考えられる。一方、米国企業の本社は、戦略的業務、限られた範囲内での管理・調整的業務、専門サービス的業務に特化しているケースが多く、比較的少人数の構成になっているといわれている。

3 日本企業の本社は、一般的にみて従業者数も多く、権限も集中している。本社従業者数300人以上の会社を対象に、本社従業者の増加をみてみると、製造業が1981年から1986年の増加が大きいのに対し、非製造業は1986年から1991年の増加が大きい。非製造業では、建設業、電気ガス業、金融保険業の増加が特徴的である。

4 日本企業の本社肥大化・「大きな本社」の原因の一つとしては、非常にコストのかかる系列取引あるいは継続的取引の維持・管理機能を本社ホワイトカラーが担い、更にそれをFace to Face コミュニケーションで行っていることがあげられる。また、社内的には、本社中心の中央集権的組織における集団的意思決定とFace to Face コミュニケーションによる情報共有に原因があると考えられる。

5 日米ホワイトカラーのビジネス・コミュニケーション調査結果によれば、・日本の本社におけるFace to Face コミュニケーションは本社内部でのコミュニケーションが大半を占めており、意思決定や情報共有が集団的に行われる。・米国の本社の営業販売部門は外部とのコミュニケーション機能を、日本の本社の営業販売部門は社内調整型のコミュニケーション機能を担っている。・米国の本社では課長又はそれ以上の役職者が外部とのコミュニケーション機能を担っているのに対し、日本の本社では課長より下の役職者がコミュニケーションの中心となっている。・本社規模が大きくなればなるほど、本社内でのコミュニケーション量が増加し、逆に社外に対するコミュニケーション機能が低下する。

6 日本企業は現在その組織構造の根本的な見直しを迫られている。こうした見直しの方策として、日本企業におけるコミュニケーション構造を、社内調整・情報共有のための社内重視型から、米国のような顧客重視の社外重視型に変革し、権限委譲を伴う本社組織のダウンサイジングと顧客指向の組織改革を実施していくことが必要である。

III 日米の雇用制度とビジネス・コミュニケーション
1 日本のビジネスマンと米国のビジネスマンのコミュニケーション行動には、多くの違いがあるとされる。何故、日米間にこのような違いが生じているのであろうか。国土の広さなど一般的な環境が要因としてあげられるが、日米間の雇用システムの違い、すなわち、個人と組織との関係の違いからも説明されるのでなかろうか。

2 これまでの研究においては、日米の経営システムは、有機的組織・機械的組織、あるいは所属型組織・参加型組織などの2分法的な個人と組織の類型化によって説明されてきた。また、その評価は、近年は、一定の条件(成長率の高低、産業の特性など)によって優劣が転換するという相対的な説が有力となっている。マクロデータからは、米国はメディア活用型、日本はフェイス・トゥ・フェイス重視型の知見などを得られる。

3 この違いの要因について日米の雇用システム制度比較をすると、日米間の法制度は外形上には大きな違いがあるとは言えないが、米国は、個人単位の「公正」あるいは「透明」に重点があり、日本は企業を中心とする集団単位の「画一性」と「効率」の色彩が強い法制と言える。社会的制度については、日本と米国間では、採用から賃金・評価そして解雇・退職まで大きな違いが見られる。それらが、コミュニケーション行動において、情報共有の重視、非公式コミュニケーションの重視、対面コミュニケーション・企業内コミュニケーションの多さなどのさまざまな特徴を生み出している。

4 東京とニューヨークで実施した日米コミュニケーションの調査結果によれば、コミュニケーション手段選択に与える相手との関係で、日米間に大きな違いが見られる。日本は、相手が上司の場合は対面選択率が高く、一方、米国はコミュニケーション手段選択に相手による影響が小さく、日本の雇用システムを反映したコミュニケーション行動として捉えられる。コミュニケーションに関する意識からは、日本の特徴とされるものは検証されるものの、大きな差は日米間には見られなかった。

5 日本型雇用システムの制度変化の方向としては、アンケートによる今後の予測によれば、日米の動きは基本的に同方向であり、かつ、日本の変動が大きいことから、その結果、今後の日本は米国と近接することになることが予想される。個々の企業の動向は、年功序列制の解消を図った年俸制や能力給部分の拡大など目まぐるしいものがあるが、米国のような職務記述書という客観的な基準に基づくものでなく、現段階では米国の年俸制とは基本的な点で異なっている。しかし、個人と組織の親しすぎる関係を薄め、集団的に画一的に取り扱われてきた各人に対して、より個人としての面が重視されることからアメリカ的なシステムの方向と見られる。

6 アメリカ的なシステムが望ましいものかどうかは別として、避けられない動きであるとすれば、日本的な雇用システムを前提とした法制度から、中立的あるいは、集団から流動化する「個人」の利益を守る法制度とすることが必要である。コミュニケーションにおいては、従来の「あいまい集団的」から「透明で個人的」が求められる方向であり、透明性を図れるコミュニケーション手段としては、書面化となる。情報技術の開発により電気通信手段は今後も発展することは間違いないであろうが、現在の日本的システムの変更は、書面通信が重要になるという新たな視点を導くものであることを指摘したい。

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