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金融・経済コラム

ヘリコプターマネーとは何か

黒田日銀総裁は8月27日米国ワイオミング州ジャクソンホールの年次経済シンポジウムで講演し、2%のインフレターゲット達成に必要ならば躊躇なくマイナス金利付き量的・質的金融緩和(QQE) をさらに促進し追加の緩和を行うと表明した。さらに現在の0.1%のマイナス金利もまだ限界ではなく深堀の余地があると示唆したという。日銀は9月20、21日の金融政策決定会合でこれまでのQQEの総括的検証を行うとしているが、その方向性が見える講演内容となったようだ。

この講演でヘリコプターマネー(ヘリマネ)について質問が出たが、総裁は国内法で制限があると説明し、日銀の毎年80兆円の国債買入規模から見て買入可能な国債は急速に縮小してくるとの見通しを示した。だが、量的緩和の上限には言及しなかったという。

最近、ヘリコプターマネーという言葉をよく目にする。関連で財政ファイナンスという用語も使われる。どうも両者は同じような意味合いで使われているようだ。前述の黒田総裁の講演でもヘリコプターマネーのことを聞かれて国内法で制限があると答えたが、これは財政法第5条で日銀による国債の直接引き受けが原則禁止されていることを示している。つまり、紙幣を増刷して国債を引き受け、財政赤字を補填すること、いわゆる財政ファイナンスは許されないということだ。


8月2日付朝日新聞の「波聞風問」というコラムに、この二つの用語が出てくる。


『財政ファイナンスとは、財政赤字を国債ではなく、通貨発行でまかなうこと。中央銀行がお札を刷って国民にばらまくことを「ヘリコプターマネー」と呼ぶが、そんな都合のいい政策には必ず落とし穴やしっぺ返しがあるものだ。いずれ超インフレとなり、国民が困窮することになりかねない。だから世界中の政府や中央銀行は財政ファイナンスを禁じているのだ。

ただ絵に描いたようなヘリマネでなく、なし崩し的にそうなったらどうか。人々は危うさに気づかず一時的な心地よさに酔い、結局そこに安住してしまうのではないか。

先進国最悪の財政の日本がそれほど景気が悪いわけでもないのに、気前よく事業費28兆円の景気対策に乗り出す。すぐに日本銀行総裁が「相乗効果だ」と言って追加緩和で呼応する。目の前で起きているのは、それに近い姿だ。(後略)』


一方、7月28日付日本経済新聞には、『要するに何が違うの? 「ヘリマネ」と日銀異次元緩和』と題する次のような記事が掲載された。


『 (前略) 日本の厳しい財政状況を考えれば、仮に2%物価目標の「安定的な持続」が実現できても、日銀が国債買い入れから手を引いたり、国債保有を減らしたりできるかには不透明感がある。長期金利が跳ね上がるのを防ぐため、国債購入・保有を続けざるを得なくなる恐れもある。いわゆる「金融抑圧シナリオ」だ。そうなればインフレが待っているかもしれない。

政府が「大型」の経済対策を決めるのと足並みをそろえて、日銀が今回の政策会合で行動を起こすことにはそれなりの意味があるだろう。人々のデフレ心理の強さを考えれば、できるだけ効果的なタイミングを選んだ方がいいと日銀が考える可能性はある。

ただし、「財政との連携」は「財政への従属」とは別物であるとしっかりと説明し、理解を得られなければ、追加緩和を実質的なヘリマネと受け止める空気が広がるだろう。その方が、短期的には円安・株高を促す効果が大きいとする声もあるかもしれないが、長い目で見て日本経済にプラスかどうかは別問題である。 

仮にヘリマネがインフレ心理に火をつければデフレ脱却実現の可能性が見えてくるが、最終的に高インフレを招いた場合には人々にとって物価上昇の負担が重くなる点だ。いわゆるインフレタックス(通貨価値の下落による政府債務の実質的な圧縮)が課されるようであれば、中銀が供給したマネーが本質的な意味で「返済不要」だったのかに疑問も生じる。(中略)

「タダほど高いものはない」という結果にならなければいいのだが、果たしてどうだろうか。』


二つの記事は政府が8月2日に閣議決定した28兆円の大型経済対策とそれに呼応して行われる日銀の追加緩和措置の是非に言及する。両者とも一連の量的緩和がヘリコプターマネーと決めつけていないものの、類似の行為と受け止め、そのもたらすマイナスの効果に懸念を示している点では一致しているように思える。この時期に大型経済対策が必要なのか、日銀は財政に従属しているように受け止められてはいないか、インフレターゲット達成のための金融緩和の行き過ぎがハイパーインフレ(超インフレ)をもたらすリスクはないのか。懸念は尽きないということだろう。

本コラム冒頭の講演でも黒田総裁は量的緩和の上限には触れなかった。いわゆる金融緩和の出口についてはどの国の金融政策指導者にとっても容易に解を見出だせない難問であることは間違いない。


この出口の難しさは、8月8日付日本経済新聞の『日本国債 政府と日銀の危うい蜜月』という記事でも問題提起されている。


『日銀が半年ぶりの金融緩和に踏み切った7月29日。9月の次回会合で金融政策の「総括的な検証」をすると伝わると、債券市場で長期金利がするすると上がり始めた。(中略)日銀は国債を市場で買う。政府から直接引き受けて財政資金を供給する「ヘリコプターマネー」ではない。将来採用する可能性も否定する。だが違いは薄れつつあり「すでに片足を突っ込んでいる」(BNPパリバ証券の河野龍太郎氏)。

日銀が毎年買い増す国債は80兆円。1年に新規発行される国債の約2倍の額だ。今年3月末に市場に出回る国債の3分の1を買い尽くし、あと数年で限界を迎える。しかも日銀が買い取る価格は額面を大きく上回る「高値づかみ」だ。日本経済研究センターの試算では差額(日銀の損失)の合計は2016年度だけで10兆円に及ぶ。日銀はこの損失を数年に分けて計上するが、大規模緩和を続ければ、近い将来の赤字転落は避けられない。ツケは日銀から政府への納付金減少という形で国民が負う。財政当局は日銀に「最大限の努力を続けることを大いに期待している」(麻生太郎財務相)。日銀がつくり出したマイナス金利は「まるで打ち出の小づち」(東短リサーチの加藤出社長)。政府は利払いの心配をせずにお金を使えるからだ。

金利の急騰は金融政策の限界を警告する。事業規模28兆円超の経済対策を打ち出し、リニア中央新幹線の開業前倒しに取り組めるのも「借金が得」という異例の金利環境があってこそだ。「物価2%を達成すれば大規模緩和は必ず終わる」と日銀幹部は断言する。だが歴史を振り返れば「金融政策は政治に左右される面がある」(東大の植田和男教授)。植田氏が日銀審議委員だった1998年末から99年初め「資金運用部ショック」で1%以下だった長期金利は約2.4%まで跳ね上がった。当時の野中広務官房長官は記者会見で日銀に国債買い取りの増額を要求。日銀は拒んだが、その代償として、ゼロ金利政策の採用を余儀なくされた。

「資金放出に役立ち、公債発行を容易にし、金利水準の引き下げを促す(中略)一石三鳥の妙手」。旧大蔵省の「昭和財政史」は30年代に当時の高橋是清蔵相が仕掛けた「昭和のヘリコプターマネー」をこう記す。だがデフレ脱却後の財政引き締めに軍部が反発。蔵相は36年の二・二六事件で凶弾に倒れ、インフレは止まらなくなった。

黒田東彦日銀総裁は緩和の出口や財政再建を黙して語らない。9月の「総括」でも政策の限界に目をつぶるのだろうか。』


黒田総裁が9月の金融政策決定会合で政策の限界に目をつぶることは本コラム冒頭の講演で明白になったと言える。  高橋是清元蔵相の「昭和のヘリコプターマネー」が終止符を打てず、戦争を経てどこに行き着いたかを知る上で、興味深い記事が8月14日付日本経済新聞の中にある。


『敗戦を告げる玉音放送の半年後。1946年2月16日夕刻の渋沢敬三蔵相によるラジオ演説で国民は「国家財政の敗戦」を知らされる。「預金の支払制限 世帯主三百円」「新日銀券を発行」……。後の日本経済新聞、「日本産業経済」は翌日付でこう報じている。 新札を刷る余裕がなく、旧円に証書を貼った紙幣を代用した。(中略)

米経済学者のカーメン・ラインハート氏とケネス・ロゴフ氏は金融危機の歴史を研究した大著「国家は破綻する」で事実上の国内債務デフォルト(不履行)の例に終戦直後の日本を挙げる。同書によると45年のインフレ率は568.1%。政府は国民の財産を吸い上げ、インフレで債務の実質価値を目減りさせて、戦時国債で借りたお金をなんとか返した。

70年後の日本。ネット上には「発行残高1000兆円の国債は政府の債務で国民は1000兆円の債権者」「国債のほとんどは国内で消化しているから財政破綻には至らない」といった言説があふれる。戦時国債もほぼ国内で消化され、国民は債権者だったが紙くず同然になってしまった。

今の日本の財政状況は異常だ。国際通貨基金(IMF)の最新の統計によると日本の国内総生産(GDP)に対する債務残高は249%でギリシャの178%を大きく上回る。第2次世界大戦中の44年の204%より高く、古今東西を見回しても46年の英国の270%に匹敵し、大戦でもないのに史上最悪に近い。(中略) バーナンキ氏が米連邦準備理事会(FRB)議長就任前に「日銀はケチャップを買え」「ヘリコプターからお札をまけ」と語った話と符合する。(中略)「国家は破綻する」の原題は「今回は違う」。過ちはいつもこの言葉の後に繰り返す。「財政と金融の一体化が進むアベノミクスは違う」のだろうか。』

 本年5月、安倍首相は消費税の10 % への引き上げを2019年10月まで2年半延期することを決断しこれを発表した。この際、財政再建を些かも疎かにしないと言明し、2020 年度の基礎的財政収支の黒字化は必ず達成すると国民に約束した。

消費税引き上げを前提にした黒字化計画にも関わらず、前提が崩れても達成出来るという根拠は示されていない。そして、今度は28 兆円にも及ぶ大型経済対策に取り組むという。政府の債務残高はGDP 比で終戦時よりも大きいのに、経済波及効果が必ずしも大きいとは言えない公共事業等の経済対策に多額の国費を投じることになっては、国民受けする大盤振る舞いに過ぎないという非難を浴びることにならないのだろうか。

一時的な喜びも束の間、国民に再び終戦時と同様のハイパーインフレの苦しみを味あわせる事態を招聘しては一国のリーダーとしての資格に疑問符が付くように思える。それとも、巨額の財政赤字は、今や、「国民の財産を吸い上げ、インフレで債務の実質価値を目減りさせて」、凌ぐしかないと確信しているということなのだろうか。そうであれば、一刻も早く、財産を吸い上げられる国民にきちんと説明すべきではないだろうか。



(2016年9月1日 掲載)

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