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金融・経済コラム

「働き方改革」は実現するか

政府は2月14日開催した働き方改革実現会議で、残業時間の上限を月平均60時間とする新たな規制案を示した。早ければ2019年度からの施行を目指しているという。

現状の労働時間規制では、長時間労働が業務の特性上やむを得ないとして建設業や運輸業では適用除外されており一定の猶予期間が必要になると考えられるものの、人手不足の中で生産性を上げることができない場合、いずれの企業も残業時間の上限規制をクリアすることはかなり難題だろう。

経団連や経済同友会は働いた時間ではなく仕事の成果に応じて報酬をもらう脱時間給の導入を求めているが、これを盛り込んだ労働基準法改正案は過労死を助長するとして成立に積極的な動きはなく、棚ざらし状態という。厚生労働省の2013年の調査では、一ヶ月60時間超の特別条項付き36協定を締結している事業所は全体の16%、そのうち、80時間超が5%、100時間超が1%に上るそうだ。新たな規制が施行されても定着するにはすべての企業で相当の覚悟が要りそうだ。


そもそも、これらの働き方改革の実現が加速された背景には、2015年の大手広告代理店電通の女性社員過労死事件がある。過重な残業が続き自殺した女性社員は入社一年目でうつ病を発症し、当時残業は一ヶ月100時間を超えていたという。36協定の70時間ぎりぎりの時間で残業を申告させられ、土日出勤の常態化、朝五時までの残業など人間性を否定するような労働環境に本人がつぶやいたSNSは悲痛な叫びが綴られている。

電通は2013年にも男性社員の過労死事件を起こしており、再発防止に努めていたというが、真摯に取り組んでいたならば、この悲惨な事件は起こらなかったに違いない。電通には厚生労働省の家宅捜索が入り、大半の社員が残業を過少申告している実態が確認された。この事件が書類送検され、社長が辞任する事態にまで発展したことは、自浄作用では悪弊を浄化できず、経営陣も黙認したまま、結局外圧でしか問題の解決ができなかった電通の企業体質を露呈したものと言わざるを得ない。

このような体質が電通一社に止まるとは思えない。伝統的に滅私奉公を強要する企業体質は徐々に改善されてきているとはいえ、完全に払拭されたとはいえないのではないか。わが国の産業競争力を殺ぐ恐れがあるという見方もあるが、残業の上限規制導入もやむを得ない現状にあるものと考えられる。


働き方改革を考える上で示唆に富む論文が弊財団のゆうちょ資産研レポート2017年1月号にある。「労働市場の国際比較ー働き方改革は進展するか」(ゆうちょ資産研究センター研究員 宮下恵子)だ。

論文では、まず世界の労働市場改革を展望する。オランダの労働法制改革に盛り込まれた「フレキシキュリティ」は雇用の柔軟化・流動化の進展の中での派遣労働者やパートタイム労働者の保障を目的とした政策で、デンマークで効果を表しEUの雇用政策モデルとなったものだという。

デンマークの「フレキシキュリティ」は、正規非正規の選択自由などの柔軟な労働市場、高水準の所得保障などの包括的な社会保障、手厚い就労支援などの積極的な雇用政策の三要素の相互関係、すなわちゴールデントライアングルに特徴があると説明されている。一言でいうと、解雇規制は緩和されているものの、再就職がしやすく、賃金水準は相対的に高く、正規非正規の待遇に差がない労働市場が確立されているということだろう。

ドイツでは、短時間労働と労働時間口座を利用した労働時間の短縮により、雇用を維持しながら空いた時間を職業訓練に充てる仕組みが注目されており、残業時間を貯蓄した労働時間口座で後日の休暇取得を相殺でき、この仕組みを労働者の6割が利用しているそうだ。

次に、わが国の課題を概観する。同一労働同一賃金の実現、長時間労働の是正、高齢者の就労促進、女性・若者の活躍しやすい環境の整備という課題を提示しているが、政府の働き方改革でも示された課題で、働き方改革実現会議で具体的方策を議論中だ。

冒頭示した政府の残業時間上限規制は長時間労働の是正という課題解決に直結する手法だが、論文は、欧州ではこのような規制強化による長時間労働の是正から、フレキシキュリティや労働時間の自由化に軸足が移っていると指摘する。わが国は働き方改革で周回遅れの状況にあるということだろう。遅れを取り戻し、働き方改革を進展させるためには、終身雇用・年功序列・定年制といった伝統的な雇用システムを抜本的に見直すことが必要であることを強調しているが、もっともな指摘だ。


働き方改革実現の過程で忘れてはならないのは、社員の長時間労働是正の反作用としての管理職の労働時間の増大、大企業の働き方改革促進による下請け中小企業へのしわ寄せだ。

前者は名ばかり管理職として過重な残業を強いられた外食産業の事件が記憶に新しい。後者については、三村日本商工会議所会頭が働き方改革実現会議で述べた言葉が印象的だろう。大企業との力関係から無理な長時間労働を強いられかねない中小企業を念頭に商慣習見直しや取引条件の適正化を強く要望したという。さらに、働き方改革政策を立案推進する厚生労働省などの国家公務員自体の長時間労働是正の労働環境の改善も進めなくてはならない。率先垂範は働き方改革実現の成否を握っているのではないだろうか。

いずれにしても、企業など個々の組織のトップが問題意識をしっかり持って先頭に立って取り組み、実態と効果を検証しない限り、政府がどのように有効な政策を積み上げても働き方改革は実現・定着しないことは明らかだ。


恒例となっている生命保険会社が募集するサラリーマン川柳で、今回は働き方に関する川柳の投稿が多かったそうだ。100選の中の川柳を一句、「効率化 提案するため 日々残業」。多くの共感を呼び、一位を獲得しそうだと思えること自体が今のわが国の労働環境を如実に物語っているように思う。



(2017年2月22日 掲載)

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