3. 通話需要関数の推定
3.1. AI需要体系について
加入パターン別の通話需要関数の推定作業にあたり、本稿ではAI需要体系を採用している。
さて、電話サービスに係る価格指数をpiとし(i = NTT, NCC, MOB[携帯電話])、電話サービスに対する世帯支出の合計をEとすれば、AI需要体系の支出関数は以下のPIGLOG型支出関数(Price Independence Generalized Logarithmic Function)に特定化される。
ここで、Shephard (1970)の補題を用いることで、AI需要体系は結局、以下の式で与えられる。
但し、 は第i財予算比率、 であり、Pは(3)式で定義される集計価格指数である。
この場合、需要関数が満足すべき性質である、加法性、同次性、対称性、及び、負性についてはこれらの制約はパラメータを用いて次のように表現できる。
さらに、消費支出弾力性、価格弾力性についてはそれぞれ以下の(8)(9)式によって導かれる。
3.2. 推定結果
各加入パターンに該当する世帯について、(2)式、(3)式に誤差項を加え、市町村別抽出率をウェイトとする一般化最小二乗推定量を用いてSeemingly Unrelated Regressionを行った。推計に用いた価格指数piについては、実積・大石・高谷[1998]で提案された手法を参考に算出した値を採用している。
各パラメータについての推定結果は次のとおりであり、加入パターン1、2,及び3それぞれで、AI需要体系の有意な推定結果がおおむね得られている。
表 3.-1 加入パターン1の場合の推定結果(N=324)
パラメータ | 推定値 | 標準誤差 | t-値 | |
α0 | 4.7218 | 0.02960 | 159.519 | ** |
α1 | 0.52344 | 0.04932 | 10.613 | ** |
α2 | 0.26691 | 0.05603 | 4.764 | ** |
β11 | 0.22862 | 0.09976 | 2.292 | ** |
β12 | -0.18633 | 0.116 | -1.607 | |
β22 | 0.10489 | 0.1839 | 0.57 | |
γ1 | 0.02267 | 0.00945 | 2.399 | ** |
γ2 | -0.02526 | 0.01359 | -1.859 | * |
α3 | 0.2096544 | 0.05604 | 3.74127 | ** |
β13 | -0.04229 | 0.06314 | -0.6698 | |
β23 | 0.08144 | 0.105333 | 0.773161 | |
β33 | -0.03915 | 0.06913 | -0.56628 | |
γ3 | 0.00259 | 0.00468 | 0.553562 | |
表 3.-2 加入パターン2の場合の推定結果(N=510)
パラメータ | 推定値 | 標準誤差 | t-値 | |
α0 | 0.03119 | 0.00684 | 4.563 | ** |
α1 | 0.62203 | 0.00906 | 68.624 | ** |
α2 | 0.3779747 | 0.00906 | 68.624 | ** |
β11 | 0.27137 | 0.03398 | 7.987 | ** |
β12 | -0.2713687 | 0.03398 | -7.987 | ** |
β22 | 0.2713687 | 0.00398 | 7.987 | ** |
γ1 | 0.00358 | 0.00165 | 2.167 | ** |
γ2 | -0.00358 | 0.00165 | -2.167 | ** |
表 3.-3 加入パターン3の場合の推定結果(N=225)
パラメータ | 推定値 | 標準誤差 | t-値 | |
α0 | 4.46 | 0.04803 | 92.867 | ** |
α1 | 0.37789 | 0.06647 | 5.685 | ** |
α3 | 0.6221052 | 0.06647 | 5.685 | ** |
β11 | -0.11152 | 0.05107 | -2.184 | ** |
β13 | 0.1115186 | 0.05107 | 2.184 | ** |
β33 | -0.1115186 | 0.05107 | -2.184 | ** |
γ1 | 0.02489 | 0.00278 | 8.954 | ** |
γ3 | -0.02489 | 0.00278 | 8.954 | ** |
3.3. 支出弾力性及び価格弾力性の推定結果
前節において各加入パターン別に推定されたAI需要体系のパラメータ推定値を用い、それぞれの支出弾力性、自己価格弾力性および交差価格弾力性を標本平均において算出する。
まず、NTTとNCCが提供する加入電話サービス及び携帯電話サービスの3者を利用している加入パターン1に該当する世帯についての推定結果を表 3.-4に示す。NTTの加入電話サービス及び携帯電話サービスの支出弾力性は、ほぼ1であり、両サービスはunit elasticityと見られる。また、NCCが提供する電話サービスについても、支出弾力性がほぼ0.9であり1より有意に小さいと見られないため、やはりunit elasticityに該当するものと想定される。
自己価格弾性値の計測からは、NTTの電話サービスは、-0.55、NCCの電話サービスは、-0.58、携帯電話サービスは、-1.17という値が得られた。携帯電話サービスが価格に対して弾力的であるのに比して、NTT及びNCCが提供する電話サービスの需要は携帯電話サービスと比較して非弾力的であることになる。また、交差価格弾力性の計測結果からは、NTTの加入電話サービスとNCCの市外電話サービス及び携帯電話サービスがそれぞれ補完財であり、NCCの加入電話サービスと携帯電話サービスは代替財であることが示されている 。
表 3.-4 加入パターン1の弾力性推定結果
| | 価格弾力性 |
| 支出弾力性 | NTT | NCC | 携帯電話 |
NTTの加入電話サービス | 1.0465 | -0.54661 | -0.40313 | -0.09676 |
NCCの市外電話サービス | 0.9096 | | -0.58398 | 0.310851 |
携帯電話サービス | 1.0111 | | | -1.17044 |
次に二種類の通話サービスを利用している加入パターン2及び加入パターン3に該当する世帯に関する推定結果を示す(表 3.-5及び表 3.-6)。支出弾力性の推定結果からは、加入パターン1の場合と同じく、NTTの加入電話サービス、NCCの市外電話サービスともにunit elasticityであること、携帯電話サービスもほぼunit elasticityと見られることが示される。また、自己価格弾性値は、加入パターン2の場合は、NTTの加入電話サービスが-0.42、NCCの市外電話サービスが-0.49、加入パターン3の場合は、NTTの加入電話サービスが-1.32、携帯電話サービスが、-1.16である。
表 3.-5 加入パターン2の弾力性推定結果
| | 価格弾力性 |
| 支出弾力性 | NTT | NCC |
NTTの加入電話サービス | 1.00775 | -0.41653 | 0.160437 |
NCCの市外電話サービス | 0.99334 | | -0.49129 |
表 3.-6 加入パターン3の弾力性推定結果
| | 価格弾力性 |
| 支出弾力性 | NTT | 携帯電話 |
NTTの加入電話サービス | 1.06337 | -1.131766 | 0.02836 |
携帯電話サービス | 0.95900 | | -1.16451 |
3.4. 推定結果の評価
わが国の電話サービスの価格弾力性及び所得弾力性については、トラヒックデータを基にして、先行研究でいくつかの推定値が示されている。例えば、三友[1995]は、1990年度の東京都(離島部は除く)、神奈川県、千葉県、埼玉県から関東圏に発信された通話トラヒックに対しマクロベースモデルを構築し、-1.85 (t値:-49.3494)という自己価格弾力性を導き、さらに、東京MAの周辺地域(武蔵野三鷹、川崎、川口、市川、草加、船橋)を対象としてミクロベースモデルを構築して「距離料金弾力性」の推定を行い、以下の結果を得ている。
Invi,j(i)=24.99-1.56 inmij ,R2=0.85(括弧内はt値) (14)
通話量vi,j(i):地域iから地域jとの間の通信需要7
通話料金mij:地域iと地域jの間でのNTTにおける昼間3分間通話料金
また、河村[1996]は、1989年度から複数年にわたる全国のトラヒックデータを用いて、NTT及びNCCの所得弾力性・自己価格弾力性の推定を行っている8 。
表 3.-7 NTTに関する弾力性の推定結果:Random Effect Model
| One Factor Model | Two Factor Model |
価格弾力性 | -1.6736 | -1.8119 |
所得弾力性 | 1.2947 | 2.9224 |
加入数弾力性 | 1.0453 | 1.221 |
表3.-8 NCCに関する弾力性の推定結果
| 加重最小二乗法 | Censored Regression9 |
価格弾力性 | -1.1721 | -1.164332 |
所得弾力性 | 1.3035 | 1.190452 |
加入数弾力性 | 1.4119 | 1.373808 |
海外においては、例えばテレコムカナダの長距離電話サービスを対象にした推定が行われ、次のような推定結果(Appelbe et al. 1988、Appelbe et al. 1990、Appelbe et al. 1992)が得られている。
表 3.-9 カナダ国内の長距離電話サービスに係る弾力性推定結果
| 所得弾力性 | 価格弾力性 |
推定期間/モデル | 時間帯 | Uni-directional10 | Bi-directional11 | Uni-directional | Bi-directional |
1975Q1〜1983Q3 Aggregate Modell13 | 通常料金時間帯 割引料金時間帯 | | 0.56〜1.38 0.72〜1.29 | | -0.24〜-0.54 -0.45〜-0.89 |
1977Q1〜1986Q4 Panel Data Modell14 | 通常料金時間帯 割引料金時間帯 | 0.33〜0.62 0.23〜0.54 | 0.54〜0.95 0.35〜0.79 | -0.21〜-0.48 -0.39〜-0.49 | -0.36〜-0.73 -0.59〜-0.75 |
1979Q1〜1988Q2 Panel Data Model | 通常料金時間帯 割引料金時間帯 | | | -0.26〜-0.47 -0.40〜-0.57 | -0.42〜-0.65 -0.56〜-0.83 |
表 3.-10 カナダ−米国間の長距離電話サービスに係る弾力性推定結果
推定期間 | 時間帯 | Uni-directionalな所得弾力性 | Uni-directionalな価格弾力性 |
1977Q1〜1986Q4 | 通常料金時間帯 割引料金時間帯 | 0.12〜0.74 0.17〜0.54 | -0.43〜-0.49 -0.45〜-0.53 |
AI需要体系を利用して本稿でわれわれが試みた計測のうち、加入パターン1及び2におけるNCCの自己価格弾性値は、Appelbe et al. 1988、Appelbe et al. 1990、Appelbe et al. 1992らのカナダ国内の長距離電話サービス及びカナダ−アメリカ間の長距離電話サービスの価格弾性値と比較可能である。本稿の計測結果によれば、NCCが提供する市外通話サービスの自己価格弾性値は、加入パターン1で-0.58、加入パターン2で-0.48であり、全体としてほぼ、-0.5前後と見ることができ、Appelbeらの研究と比較して大差ない計測値が得られているものと判断できよう。
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