郵政研究所月報

2001.9

巻頭言
kiyohara

IT基本法を基礎として、「情報バリアフリー推進」の一層の強化を

東京工科大学メディア学部  清原 慶子

  情報通信技術(Information and Communication Technology)をめぐる政策については、2000年以降、特に国の政府の重点政策としての取り組みが進められてきている。そのIT関連政策を進めていく上での基本となる「情報通信ネットワーク社会形成基本法(通称IT基本法)」策定に向けて国会での積極的な審議が行われた際、筆者は参議院交通・情報通信委員会において、4人の参考人の一人として意見陳述をする機会に恵まれた。筆者は、急激な少子高齢化を特徴とする日本社会にあっては、高齢者や障害者の生活や社会参加にITが生かされる有効性が大きいので、高齢者や障害者を含む誰もにとって、その利用の阻害要因を取り除き、ITの有効な利用を促進する法律と政策が有意義との意見を表明し、委員と質疑応答をさせていただいた。

 この法律は2000年11月29日に参議院を通過し、2001年1月6日に施行されている。成立したIT基本法においては、第3条では、「すべての国民が情報通信技術の恵沢を享受できる社会の実現」が掲げられ、「高度情報通信ネットワーク社会の形成は、すべての国民が、インターネットその他の高度情報通信ネットワークを容易にかつ主体的に利用する機会を有し、その利用の機会を通じて個々の能力を創造的かつ最大限に発揮することが可能となり、もって情報通信技術の恵沢をあまねく享受できる社会が実現されることを旨として、行われなければならない」と定めている。「すべての国民」の中には、当然のことながら障害者も含まれるし、文字通り子どもから高齢者まで、この国で、共に生きて住まうすべての人々がITの利用主体として認識されているはずである。

 そして、第8条には「利用の機会等の格差の是正」が明記されている。すなわち、「高度情報通信ネットワーク社会の形成に当たっては、地理的な制約、年齢、身体的な条件その他の要因に基づく情報通信技術の利用の機会又は活用のための能力における格差が、高度情報通信ネットワーク社会の円滑かつ一体的な形成を著しく阻害するおそれがあることにかんがみ、その是正が積極的に図られなければならない」と明確に規定されている。

 景気が低迷している現況では、国際的にも、国内的にも、ITはとかく産業経済の復興・再生の起爆剤として期待されがちであるが、IT基本法においては、同様の重み付けで、生活において、格差なく、障害者を含めて誰もが活用するための条件整備を、民間主導としつつも、国と地方公共団体の責務として行うと規定されていることに注目したい。しかし、法が制定されても、それが具体的な施策や事業の実効性を持つためには、実証的な研究に基づく取り組みが不可欠であり、情報通信技術が社会の重要部分を担うとされる時代にあって、利用者の視点、市民の視点に立った研究が緊要である。すなわち、情報通信技術開発やその利用に当たっては、工学系の研究のみでなく、利用場面の実証的実験の取り組みや、それを円滑に利用して行くための法学、政治学、社会学、経済学等の社会科学の研究に基づく制度的整備が不可欠である。特に、相対的に声が小さいことが懸念される「利用者」の行動、意識等を実証的に明らかにするとともに、利用場面に存在する諸課題を策出する機能がますます期待される。郵政研究所におかれても、これまでの蓄積を生かして、今後も情報通信技術の「利用」をめぐる課題を積極的課題として位置付け取り組んでいただきたい。

 さて、筆者は情報格差是正のための政策を検討するために設置された「総務省IT推進有識者会議」で、個人間、国際間の情報格差是正策を検討するワーキンググループの主査を務めさせていただき、7月に報告書を総務大臣に提出した。そこでは、情報バリアフリー促進のための技術開発とともに、利用者の視点に立った情報アクセシビリティ基準の見直し、字幕放送の充実や情報リテラシーの育成等が具体的に提言されている。このように基礎的政策提言はすでになされてきている。後は情報バリアフリーを具体的に実行するための社会システムの有効な構築が求められている。IT基本法を現実社会でいきいきと生かすべく、筆者は特に「情報バリアフリー」の前進と強化をIT基本法の理念実現に宿る魂として吹き込みたい。