郵政研究所月報

2001.11

巻頭言
kodate

情報通信研究への課題と通信総合研究所への期待

日本女子大学理学部教授  小舘香椎子

 1940年代に計算を速く正確に行うための機械としてコンピュータが誕生してからわずか60年しか経っていませんが、今日、我々は日常生活の中で、コンピュータを中心とするめざましい技術革新がもたらした情報技術の高度化を感じることが出来ます。 若者を中心に爆発的に普及しているインターネットにより、新聞・雑誌の記事はもちろん世界中の情報をWWW上で瞬時に検索し、閲覧できるようになっています。私の所属する応用物理学会では、つい最近「男女共同参画委員会」が設置されたのですが、通常の委員間の意見交換の場としてメール会議が頻繁に活用され、重要な審議事項に関しては全委員間で公開の議論を展開することが可能になっています。これにより、実際の会議の場での相互理解は深まり、審議の内容と効率は共に向上しています。また、一方でモバイル化の進展により、iモードの携帯電話からのインターネット接続サービスがあっという間に普及し、通勤電車の車内では中高年までが、黙々とメールの送受信をしている光景も珍しくなくなりました。

 以上のように個人レベルから社会全般に至るまで、本格的な情報化の展開が顕在化する中で、活発に産業化が進展する近隣のアジア諸国と政治・経済の両面で影響力の大きいアメリカの間に挟まれた日本が従来からの国際的な競争力の維持とさらなる発展を推進するため、いかに対応すべきかが問われています。さらに世界に先駆けて高齢化社会を迎える中で医療・福祉なども充実した「豊かな精神的なゆとりのある社会」を実現していくうえでは、この情報化への対応が重要課題であるといわれています。

 また、情報化のための主要な柱は「人」、「社会」、「基盤技術」であるといわれており、高い独創性や情報マインドを備えた「人」の育成が急務なことは言うまでもなく、大学・学会・教育委員会さらには企業独自で「理科離れ」への歯止めをかけ「科学技術への関心」を育てるためのセミナーを行うなどの試みが行われています。特に今年は、理系の楽しさを女子中・高生に経験させキャリアを考える機会を与えるエキサイトキ ャンプが企業により開催され、長期的な視点に立った人材育成が始まっています。

 もちろん、社会のあらゆる面で情報化が浸透し、新しいサービスを素早く、有機的に結びつけるための情報化・ネットワーク化推進を支える原動力としては「基盤技術」の開発が極めて重要です。この情報通信技術に関する唯一の公的な研究機関として、電波・光の研究を基盤とした総合的な研究開発を行う通信総合研究所があります。そのルーツは郵政省電波研究所で、 個人的な話で恐縮ですが、その昔の大学時代、武蔵小金井の浴恩館(下村湖人の小説次郎物語の舞台であり、下村湖人の理念にもとづく教育道場)でクラブ合宿を行った折り、その近くに電波研究所があることを知りました。そのため「田舎にある」という印象はまだ残っていますが、私が共同研究を始めてから知りうる、最近の10年間の通信総合研究所における研究成果は論文発表件数・特許に見られるようにめざましく、外部機関との効果的な研究の連携も図られてきました。さらに近年の情報通信技術の重要性の認識と共に、本部棟や各研究施設の建設も進められ、数十年前の田舎の印象はもとより、外側から見ても古かった研究環境は一新されて所内に一層の活気が生まれています。若手の優れた人材が集まり注目される成果を挙げうる研究の場となってきたと感じています。今年の独立法人化により、予算運用の弾力化が加わったことから、近年先駆的な研究が出始めている光技術を駆使し重点・特化した研究項目の精選を行い、産業界・大学などと連携し高度情報通信技術の世界のリーダーシップを目指すことが可能となりました。こうした環境が整いつつある今、その実現に向けて求められているのは、国際水準と比べて極端に少ない外国籍研究者・女性研究者の採用を図ること、リーダーとなるべき人材育成をあらゆる方面で推進することでしょう。その結果、新時代における日本の情報ビジネスの基盤研究が充実し、豊かな社会への道が拓かれることを大いに期待しています。