郵政研究所月報

2001.11

調査研究論文

株価の変動が銀行や企業の財務行動に与えた影響について
−株価の変動は何をもたらすのか?−


第二経営経済研究部研究官  芦原 一弥

[要約]

  1.  本研究の目的は、90年代の日本経済において株価の変動が銀行や企業の財務行動にどのような影響を与えたかを、マクロの時系列データを用いて実証分析するものである。銀行や企業は、利潤極大化を図るために事業リスクをとる一方で、安全資産の保有や自己資本の拡充を図って経営の安定性を保っている。株式を親密な取引先と長期にわたって交換・保有する銀行や企業においては、持ち合い株式の含み益が一種の内部留保のような役割を果たし、経営の安定性に寄与している。

  2.  90年代に入ると日本の株価は大きく下落し、株式の含み益は目減りし、さらに、株式保有に伴う価格変動リスクが顕在化した。このため、自己資本比率といった銀行や企業の安全性は著しく低下した。この状況下では、企業は一定の安定性を取り戻すため、貸出を抑制したり、場合によっては貸出を回収するため、信用収縮が発生する。本研究では、このような株価の変動と銀行や企業の貸出行動や信用の供与の関係について、資金の貸出サイドの要因による貸出や信用の供与を抑制する動きが、株価の下落によってもたらされたのかどうかを検証する。

  3.  まず、貸出を本業とする銀行の貸出行動が、株価の変動の影響を受けていたかを検証する。銀行は一定の自己資本比率規制の達成をバーゼル合意において求められており、株式の含み益の45%が自己資本に算入されるため、株価の下落は銀行の自己資本比率の低下をもたらす。自己資本の回復や銀行経営の安全性の回復のため、銀行が貸出を抑制したり、場合によっては、すでに貸し出してある資金を満期の時点で回収する、いわゆる「貸し渋り」が発生していたことが指摘されている。銀行の貸出残高を見ると、短期性資金である運転資金と長期性資金である設備資金とでは、その動きに大きな違いがある。90年代における株価の変動が設備資金と運転資金の貸出量にどのような影響を及ぼしたのか、比較・検討を試みる。特に、問題とされた中小企業向け貸出において、いわゆる「貸し渋り」が株価の下落によって引き起こされたのかどうかを検討する。

  4.  そのためにまず、株価を説明変数にとり、銀行の貸出量の前期比増加額を被説明変数にとって、回帰分析を行う。その結果、製造業向け運転資金を除く全ての貸出において、株価の水準が銀行の貸出の増加額に有意に正の相関関係があったことが確認された。また、運転資金の場合は、株価に対して短いラグで正の相関があったのに対し、設備資金では1年程度の比較的長いラグで正の相関が有意に現れた。このことは、短期資金は株価が下落すると時間をおかずにすぐに銀行の貸出量の減少につながっていることを意味する。一方、長期資金は株価が下落しても1年程度のラグをおいてから、銀行の貸出残高の減少につながっている。特に、中小企業向けの運転資金でもこのような特徴が現れている点に注目したい。

  5.  次に銀行の貸出量の減少が、資金需要の減退によって引き起こされた可能性があるので、資金需要側の要因も考慮に入れて推計を行う。ここでは、資金需要者の行動を反映すると想定できる景気の代理変数を推計式に加えて推計を行う。推計の結果、景気の代理変数が銀行貸出に正の相関があると同時に、株価も銀行貸出に正の相関が見られることが確認された。このことから、銀行貸出は資金需要の減退だけではなく、株価の下落に対応して銀行が貸出を抑制するという行動によって何らかの影響を受けていたことが推測される。

  6.  この計測手法を、銀行の貸出だけではなく、製造業や卸・小売業にも当てはめて推計する。製造業や卸・小売業は、本業である製造業や卸・小売業を遂行すると同時に、販売先への売掛金等の売上債権を保有し信用を供与している。例えば、製品や商品を取引先に販売した時に生じる売掛金など、本業に付随して売上債権が発生する。株式の含み益が、内部留保のような役割を担っている場合、株価の下落は経営の不安定要因となる。従って、株価の下落が製造業や卸・小売業など銀行業以外の業種においても売上債権等の抑制・回収につながっていたかを、先ほどの計測手法を用いて計測する。

  7.  計測の結果、製造業や卸・小売業においても株価と売上債権等の増加との間で有意に正の相関があったことが確認された。ただし、資本金が1億円を基準に、大企業と中小企業とを区分した場合、株式の含み益を多く抱える大企業でこのような相関関係が見られたが、株式の含み益を多くは抱えない中小企業では株価と貸出の相関は低いことが分かった。また、大企業において、財務諸表上、流動資産に計上されている売上債権と固定資産に計上されている長期貸出金との間では、株価が影響を与えるタイムスパンも銀行貸出と同じように、短期資金は短いラグで、長期資金は長いラグで相関があることが計測された。この関係は、資金需要を考慮にいれた計測でも、同様の結果が得られた。

  8.  最後に日本の株式の保有構造を概観した上で、日本の株式市場の特徴について触れる。銀行による株式保有の規制について、その動向と現在日本の株式市場が抱えている問題点について考察する。


全文 株価の変動が銀行や企業の財務行動に与えた影響について−株価の変動は何をもたらすのか?−