郵政研究所月報

2002.1

巻頭言
syudo-

「個人が主役の市場と金融機関」

中央大学経済学部教授  首藤  惠

 わが国金融制度改革の重要課題のひとつとして、「個人が主役の証券市場」の構築があげられ、個人資金を株式市場に動員するための条件整備について議論が高まっている。わが国の個人金融資産は、世界有数の規模にありながら先進諸国の中で群をぬいて株式の割合が低く、いまだに過半が預貯金である。情報技術革新と金融取引のグローバル化とともに、先進国の金融システムが伝統的な金融仲介機関をベースとするシステムから証券市場をベースとするシステムへと向かっている中で、日本の個人金融資産の特異性はますます際立ってきているように見える。
 高齢化社会に備えるには、個々人がリスク・リターンを的確に評価して自主的に資産を選択し効率的に運用できる体制が望ましいし、企業の資金調達手段を多様化しリスク・キャピタルの供給を促進するうえで個人資金の株式市場への動員に高い期待が寄せられている。個人の市場参加を高めるために、市場インフラ整備(市場監視体制の強化、市場仲介業者の行為基準の強化、発行企業のディスクロージャーの充実など)、投資信託など魅力のあるリスク商品の市場の開拓、株式保有促進のための税制改革、株主重視の経営姿勢への転換など、多くの点が指摘されている。いずれもそれぞれ、もっともな主張である。
 しかし、「個人が主役の市場」のイメージは、必ずしも明確ではない。個人が直接に参加できる市場であるとすれば、それは誤りであろう。情報技術進歩は、情報の共有を劇的に広げた反面、価格の情報感応度と市場間の連動性を高めた。複雑化するリスクを管理するために金融取引は高度化し、金融市場はますます個人が参加しがたいものとなり、機関投資家や金融機関が主要なプレーヤーになってきた。
 「個人が主役の市場」とは、個人が直接に証券市場に参加し証券投資を行なう市場ではなく、個人投資家の利益を実現できる市場でなくてはならない。つまり、個人が資産選択に際して的確にリスクを評価し、自らの資産保有の目的とリスク負担能力に応じて適切な資産の組み合わせを選択できる条件を整備すること、しかもそれを合理的なコストで実現できることでなくてはならない。そのために何が議論されるべきなのだろうか。ここで、次の2つの点を指摘したい。
 第一に、リスク評価の基準となる安全資産やベンチ・マーク市場に関する情報の提供である。リスク投資を行なうとき、安全資産収益率に関する情報を広く投資家に提供する市場があるのだろうか。国債市場は、わが国ではベンチ・マーク市場として機能しているとはいえない。個人がリスク投資に参加するときに、もっとも重要なことは自分が負うべきリスクの大きさとそれに対するリターンの評価でなくてはならない。リスクが高まり複雑化するほど、安全資産収益率の評価基準としての役割は重要となる。証券投資に際してリスク評価基準の曖昧さが、個人を市場から遠ざける要因となっている。ベンチ・マーク市場の整備や信頼に足るベンチ・マーク資産の提供は、国や公的機関がなすべき役割である。
 第二に、個人が専門知識や金融技術にアクセスできるための条件整備である。高度化された取引や複雑化したリスク資産市場への参加には、情報サービスや運用サービスを提供する専門業者や金融機関が必要である。投資家教育はもちろん重要な課題だが、それ以上に重要なのは、資産運用機関や運用商品の販売窓口となる金融機関と証券会社が、「個人の代理人」として適切なサービスを適切な価格で提供することである。個人がこれら専門家を利用してリスク資産市場に間接的に参加できる機会を広げることこそ、幅広い証券投資の裾野を形成する不可欠の条件である。これまでこれら専門家が適切なサービスを提供してこなかったことがリスク商品の質を劣化させ、個人をリスク投資から遠ざけてきたもう一つの要因であろう。
 インターネット取引は個人の直接的な株式市場への参加に貢献している。それはそれとして評価したい。しかし、企業のリスク投資を実現する長期資金を幅広く個人部門から動員することこそ、日本経済の活性化に繋がる。とすれば、一般家計の「市場への間接的参加」を促す条件整備が課題であり、そのためには「個人が主役の市場」というより「個人の利益を実現できる市場」を作るという視点に切り替えるべきである。それは当然だという反論がありそうだが、現実の展開は必ずしも満足の行くものではない。個人を顧客とするさまざまな金融機関や証券業者は、それぞれどのようなサービスや商品を提供しようとするのか、明確な方針が求められる。市場型金融システムへの移行がスムースに行われるかどうかは、市場と個人をつなぐ触媒となるべきこれら個人金融機関にかかっている。