郵政研究所月報

2002.5

巻頭言
muramoto

金融システムの経路依存性

成城大学教授  村本  孜

 金融システムの国際比較分析という視点が注目を集めている。もともと金融システムを構築する場合には、他国のシステムを参考に構成することが多い。「他国ではこのようになっている」という言い方をもじって「出羽の守」アプローチということすらあるように、金融システムのあり方は一様ではなく、またグローバリゼーションの中では余計他国の変化には無関心ではいられない。

 ところで、1国の金融システムが、市場に軸足を置くシステムなのか、それとも銀行に軸足を置くシステムなのか、という話題はよく考えてみると多くの論点をもっている。その国の経済発展度の相違が金融システムの構築にいかに影響するのか。経済発展のために有利な金融システムとはいかなるシステムか。そもそも市場型システムと銀行型システムとの相違は何で、それぞれの優位性は何か。金融システムを構成する要素である経済主体の資金調達運用行動、金融セクターの役割、コーポレートガバナンスの機能、企業戦略などへの影響などの視点からの整理も重要である等々……。無論、金融システムを規定するのはその国の民法・会社法などの法的規準が大陸法準拠か、コモンロー準拠かに依存することも重要なポイントである。

 何故、金融システムの比較制度分析に興味をもっているかといえば、日本の金融システムが間接金融優位型で、銀行型システムである理由を解明したいこと、そしてそのシステムを市場型システムに移行させることが必要であるといわれているが、経済主体の資金運用行動とくに個人部門の資産選択行動を見るにつけ、市場型システムへの移行は容易いことではなさそうに思われるからである。比較制度分析でいうところの「経路依存性path dependency」が強いと思われるからである。また、いわゆる株式組織形態の金融機関が支配的な金融システムと、非営利の協同組織形態の金融機関や公的金融機関の存在の有意性が高い金融システムとでは、金融システムの有り様が異なるように思われ、「制度補完性」が働くと思われるからである。比較制度分析で主張されるいくつかの命題が、金融システムにおいても確認できないかという問題意識である。

 日本の金融システムでは、非営利の金融機関の占めるシェアは預金でみると、協同組織約20%、郵便貯金約26%で、計46%になる。株式組織の金融機関だけが、金融仲介のメインプレーヤーではないのである。このような異なる目的関数の金融機関が併存するのが日本の金融システムの特色であることをいかに認識するかである。

 さらに、90年代を通じて欧米諸国で顕在化している金融排除問題と金融システムの関連がある。市場型金融システムが整備され、いわゆるディ・ミューチュアリゼーション(脱相互化、株式会社化)が進み、相互組織形態の金融機関が株式会社化している。多くの国の生命保険会社、アメリカの貯蓄貸付組合(S&L)、イギリスの住宅金融組合(BS)が典型である(一方、協同組織形態の金融機関は株式会社化している事例は少ない。これは出資証券が市場で上場されていることなどによると思われる)。目的関数が同じ金融機関によって金融システムが構成されるようになると、金融排除問題が生じてくる。90年代に多くの国の金融の分野で顕在化した共通の問題として、金融システムでの市場主義の徹底が、非効率な店舗の廃止、ウインブルドン現象といわれるような外資による経営が低所得層や金融機関にとって良い顧客でない庶民層にとって金融機関が使いにくい存在になってきた。金融IT化による解決がないわけでもないが、デジタルデバイドの問題が別に発生する。

 いずれにせよ、金融排除問題が顕在化している国は相対的に市場化が進んだ金融システムをもつ場合に多いように思われる。