郵政研究所月報

2002.6

巻頭言
ihori

「情報革命と生産性」

東京大学大学院経済学研究科教授  井堀 利宏

 遅ればせながら、わが家にも情報革命の波がやってきた。最近になって、地元のケーブル局がインターネット接続サービスを開始した。ADSLにするかどうか迷ったあげく、ケーブルにつなぐことにした。一般的に、通信の設定は難解である。うまくいかない人も多いのか、無線LANの出張サービスも人気のようである。無線LANの設定がうまくできるかどうかが、心配であった。最近では、初心者向けに、ほとんどクリックのみで通信の設定が完了できるように、親切なソフトが提供されている。おかげで、簡単に設定が成功した。家中のパソコン4台を無線のLANで接続して、快適なブロードバンド環境を享受している。
 使ってみると、無線LANは確かに便利である。家中どの場所でも、手軽にメールやインターネット情報を検索できる。時間と場所を選ばずに、情報をやりとりできるのは、確かに楽しいし、有益である。わが国でも急速にこうしたブロードバンドが普及している。これは、単に情報の流れを円滑にするのみならず、流通や金融といった経済取引にも大きな影響を与えるだろう。90年代のアメリカ経済が、情報革命の流れにうまく乗ることで、活性化したように、今後のわが国でも情報の効率性を上昇させることは、重要な優先課題である。
 私にとっても仕事の生産性はこれで上昇するはずである。そうした面でのメリットは大きいが、デメリットもある。まずは、仕事に関して「いいわけ」ができにくくなる。職場にいないと、メールに対応できないのであれば、それなりに口実ができる。しかし、いつでもメールにアクセスできるとなると、そうした「いいのがれ」は使いにくい。また、大量の情報に容易にアクセスできる一方で、的確な情報の評価が困難になることも事実である。どの情報を重視し、どの情報を軽視するか、無視するかを主体的に判断するのは、なかなか難しい。たとえば、すべてのメールに返事を書いていると、それだけで毎日1、2時間は費やす羽目になる。単なる挨拶代わりのメールにその都度反応するのは、それなりに楽しいが、後で考えると、やはり時間の無駄で<ある。一日は24時間と決まっているので、情報の波に飲まれている分だけ、本当に仕事に投入する時間は少なくなる。
 また、情報を集中して管理すると、ひとたびパソコンがダウンすれば、すべての仕事が止まってしまう。それどころか、今までのデータや仕事の蓄積も大幅に削減されてしまう。パソコンの機能や操作性、安定性は昔に比べると、飛躍的に改良されている。それでも、突然フリーズする可能性はゼロではない。まだまだ通常の家電製品並の信頼度はもてない。
 では、生産性を上昇させつつ、情報革命とうまくつきあうためには、どのような点に留意すべきだろうか。まずは、情報に使われるのではなくて、情報を使うのだという意識を持つことだろう。情報を的確に評価するには、事前の情報評価が重要である。自分なりの評価基準を確立して、それを確認するために、新しい情報を受け入れるという保守的なアプローチが、生産性の向上に役立つ。同時に、情報の受け入れに一定の自己規制をもうけることも有用である。たとえば、挨拶代わりのメールや情報は無視する。必要以上に相手に返送しない。さらには、仕事を共同で行っている場合、相手にあまり迅速な対応を求めないことも有益である。短期間で情報を頻繁にやりとりすると、生産性が上昇しているように思いこみがちであるが、実際にはそうでない場合が多い。情報交換をしないかぎり、生産性を向上させるのは無理であるが、過度の情報交換は長期的に弊害をもたらす。ブロードバンドの波に溺れないためには、波乗りに興じない節度が肝要である。