郵政研究所月報

2002.8

巻頭言
shimaguchi

「顧客満足の基本と課題」

慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授  嶋口 充輝

 郵政三事業の民営化の是非を巡って、政治の世界は活発な議論が交わされている。現場で郵政事業に携わる当事者にとっては従来の方式が安定的でそれなりに居心地が良いし、一方ではもっと競争を活発にして受益者サービスを高めるべきという見方もある。最終的にどの地点が落とし所になって事業の性格が決められるかは、なお不透明だがいずれにせよ、郵政事業は従来以上に高いサービスで受益者満足を高めていかねばならない。
 事業経営の本質は、いまを起点に未来に向かって一瞬の休みもなく営み続けるという「永続性」にある。とすれば、この永続性を唯一保証するのは、ドラッカーの指摘を待つまでもなく顧客の創造と維持しかない。それゆえに事業運営の哲学・思想は一般に「顧客満足」となる。このように顧客満足を向上させ、顧客の創造・維持の形をつくったらそれに合わせて経営資源を選択と集中で対応させ、結果として利潤などの高い成果を生み出していく。これが事業運営の原則である。とすれば、事業運営は基本的にいかに顧客満足を上げるかを最優先に考えればよい。しかし一見すると単純に見える顧客満足の向上も大きく分けて3つの異なる事業課題として捉えることができる。
 第一は、これまでに何らかの不手際によって顧客満足をマイナスにしてしまった場合、この不満な顧客に対しての満足向上は、社会的顧客満足の追求が課題になる。事業の本質が満足によって顧客を創造・維持し、それによって社会に生かされるということなら、不満や怒りをつくる事業が社会に存在する意義がなくなる。従って最低限でも満足度ゼロにして社会的存在意義を示すべきである。そこでは、現代社会における事業の社会的意義と責任を確認し、社会的公器としての事業義務を果たす努力が求められる。
 第二は、現在、満足でも不満でもない顧客層への対応課題である。事業に対して成り行きで購買している顧客を持つということは、さきの事業の本質や目的からみれば努力不足である。従って企業がなすべきことは限られた経営資源の中で戦略的な顧客満足を追求することである。ここに戦略とは、すべての良いことをほどほどにするのではなく、これまで培ってきた得意技を選択し、その方式をライバルを圧倒するベスト・プラクティスに磨きあげ(競争優位)、しかも投資発想(損して得とれ)でまずはコストより喜びを先行させる。こうなれば、確率的に顧客満足は上がり顧客の新たな創造が可能になる。
 第三の課題は、すでにある程度の満足をしている顧客層への対応である。今日のように競争が厳しくなると「まあ、満足した」程度の顧客は、簡単にライバル企業に浮気をしてしまう。とすれば、これらの顧客を維持するためには、顧客関係的な満足の追求が重要になってくる。いわゆるロイヤル・カスタマーづくりである。すべてに等しい満足は理想であるが、その前にまずどの顧客をロイヤル・カスタマーとして強力な絆を結ぶべきか、の「関係の場」の明確化が最初のステップになる。理論的には、上位2割の主要客が収益全体の8割程度に貢献するなら、この2割を主要ターゲットとして関係の場を設定することが合理的であろう。そしてこの強力なサポーターたる顧客ターゲットに対し徹底した信頼サービスを提供する。信頼なくして一体的な関係は築き得ないからである。さらにそのためには顧客の接点である現場への権限委譲を制度として定着させるよう工夫する。
 すでに郵政事業は、ある程度の平均的満足を作っているので、今後の課題はさらに上記の民営的テーマを取り込み強力な関係を利用者との間に構築し、ファンとしてのロイヤル・カスタマーづくりが求められる。この絆が出来れば、民営化を含めていかなる競争が参入しても人々は、郵政事業から他へ浮気せず、従来以上に集中して郵政サービスを利用し、さらに周辺に「伝道師役」としてその良さを吹聴してくれる。客が客を呼び、「千客万来、門前市をなす」という事業の前提ができれば、郵政体制は、政治に一喜一憂せず磐石になるはずである。