郵政研究所月報

2002.11

巻頭言
kawada

移動無線屋の夢

松下電器産業株式会社代表取締役副社長  川田   隆資

 私が松下に入社した頃(1956)から携帯電話の先駆けである自動車電話システムの研究が当時の日本電信電話公社で始められた。松下も端末機の開発パートナーとして参加させてもらった。この頃から我々移動無線屋の夢は、いつでも、どこでも、だれとでもコミュニケーション出来る無線システム、無線機器を、また社会を創り上げる事であった。その後、郵政省、大学、通信事業者、メーカー等官学民一体となって努力した結果、今日の携帯電話時代を迎える事が出来たと思っている。当初からこの業界に身を置いた者の一人として、大変感慨深いものがある。
 この事例から学べる事はなんだろうか。個人的見解だが

1)関係する全員の共有する、いつでも、どこでも、だれとでものパーソナル コミュニケーション社会を世界に先駆けて創り上げるという夢が有った事。

2)移動通信の揺籃期ということもあったが、官学民の積極的な研究開発、技術開発がおこなわれた事。

3)官民とも消費者最優先の強い意識があった事。具体的には行政では思い切った規制緩和、競争施策を、通信事業者では思い切った料金施策、設備投資等を、メーカーでは小型、軽量、長時間電池等使いやすい魅力的な商品開発等々があげられる。

 さて、私の次の夢はユビキタスネットワーク社会の実現である。これはいま各方面から提案されているテーマである。
 私の考えるユビキタスネットワーク社会とはいつでも、どこでも、だれとでもに加え、なにとでも、どんな情報も(法的、倫理的面を除けば)コミュニケーション出来る社会である。その利便さは計り知れないものがあると考えている。具体的に少しあげてみたい。
 例えば家庭。いつ、どこにいても家庭内の状態がわかる。例えば冷蔵庫の中,施鍵の有無、寝たきり人の状態、冷暖房のON OFF、家の内外の異常等々。例えば交通運輸。全ての車、人、荷物等の現在位置、状態の把握。例えば健康。いつ、どこからでも自分自身あるいは家族の健康状態がわかる。例えばショッピング。どんな商品が、どこに、いくらくらいで有るかどこからでもわかる。例えばビジネス。商品、部品等の位置、数量、状態等がリアルタイムで把握できる。等々判りやすい例のみを色々あげたが、このユビキタスネットワーク社会の実現は、環境、教育、健康医療、安全治安、行政の効率化、企業活動の効率化、社会トータルコストの低減等に画期的な効果をもたらすであろう。またこれの実現に向けて積極的な研究、技術開発を行えば日本の技術力は飛躍的に向上し知的財産をも生み出し国際競争力の強化も期待できる。
 また新しいビジネスモデルを多く生み出す可能性も期待できる。
 勿論このユビキタスネットワーク社会の実現には多くの課題がある。いくつかあげてみると

    1)固定、移動の枠を超えたトータルでシームレスなネットワーク

    2)無線周波数の確保

    3)高度な情報セキュリテイー対策(技術的、法的)

    4)グローバルスタンダードとの折り合い。

    5)バリアーフリー技術等々。

いずれにしても課題解決のためには、技術、行政のみならず、社会の仕組みや、国民の意識の変革も必要になると考えられる。
 最後に、ユビキタスネットワーク社会の実現に向けて、関係者全員が夢を共有し、国民、消費者第一の意識のもと政官学民が一体となり積極的に推進することにより、日本の新しい局面の一部が開けて来るものと信じる。

〈ご参考〉

 坂村健著「ユビキタス・コンピュータ革命」(角川書店)のご一読をお薦めしたい