郵政研究所月報

2003.3

巻頭言
okumiya

適正迅速な紛争解決システム

弁護士  奥宮 京子

 平成13年12月に内閣に設置された司法制度改革推進本部は、全ての裁判の一審を2年以内に終えることをめざした裁判迅速化法案をとりまとめ、裁判の迅速化が政治的課題となっている。
 これまで、司法は、三権分立の一翼でありながら、医療制度等に比して、予算措置を含めた人的物的基盤整備が十分に行われてきたとは言い難い状況にあった。多くの人々にとって、裁判所の門は、一生に一度くぐるかどうかというものであり、企業にとっても、紛争解決は後ろ向きの仕事であったからであろう。今やっと、適正迅速な裁判が行われることが、国民の権利救済や企業の競争力向上のために重要であることが、認識されだしたのだと思う。
 迅速化法案のいう「2年以内の判決」は、重大刑事事件や、公害、薬害訴訟等の、一審だけでも10年以上かかっていた事案を念頭においているのであるが、実は、適正迅速な解決のための改善努力が行われているのは、このような世間の耳目を集める事案だけではない。通常の訴訟や簡易裁判所が扱う少額訴訟などについても、さまざまな角度から、制度の改善が検討されている。また、裁判による解決だけではなく、仲裁に代表されるADR(Alternative Dispute Resolution―裁判外紛争解決)も、行政レベル、民間レベルともに、その拡充と活性化が検討されている。
 郵政事業、とりわけ簡易生命保険にも、契約上の紛争がある。
 私は、平成13年1月から、郵政審議会簡易生命保険審査分科会の審査委員を務めてきた。この審査会は、簡易生命保険法に基づき、簡易生命保険の契約上の権利義務について、簡易な手続により、費用を要しないで、訴訟と同様の解決を図ることを目的として設けられた機関であり、法律学者、裁判官経験者を含む法律実務家、法医学者等の中から選任される審査委員が、保険契約の効力や保険事故該当性に関する紛争について、裁決を行ってきた。
 審査委員になって感心したことは、裁決の前提となる主張と証拠の収集整理が、事務局の手によって、実によく行われていることであった。審査申立てから6か月以内に、外部の専門家委員の合議によって裁決しなければならないことから、効率よく審査できるよう、国の側のみならず、審査申立人の側の主張と証拠資料も、必要なものが整理されて審査会に上がってくるのである。審査申立人の多くは、弁護士代理人を付けていないにもかかわらず、事務局の采配により、申立書受理時に必要な資料を提出するよう運営されている。ここで行われる審査は、書面審理のみで、当事者や証人の尋問や鑑定を行うことはできないことから限界はあるが(したがって、裁決に不服のある申立人は訴訟を提起することができる)、こうした裁判外の紛争解決システムが有効に機能し、適正迅速な審理の必須条件である証拠資料の速やかなる収集整理のノウハウが積み上げられてきたことは、とても意義深い。
 今春、郵政三事業が公社に移行し、前述の審査会も組織替えとなる。民間業者との競争にさらされることは、事業を闊達にする反面、紛争増大の危険性も孕んでいる。紛争は、できる限りその発生を防止すべきものであるが、発生した紛争は、適正迅速に解決されなければならない。そして、紛争事案の多くは、多くの費用をかけずに、簡易に、機動的で柔軟な手続によって解決されることが望ましいのである。事案によっては、和解や調停に馴染むものもあろう。公社化によって、紛争解決の手段や方法にも、これまでより多くの選択肢が与えられるのではないだろうか。中立性と専門性を保った自前の仲裁機関等の設置や、弁護士会運営の全国的に設置された仲裁センター等の利用も、検討に値するであろう。紛争解決システムも消費者サービスの一環として、長年積み重ねられたノウハウを生かし、ニーズに合ったより良いシステムが構築されることを願う。