戦後型金融規制の再編成
−金融制度改革と独占禁止法−


                              第三経営経済研究部 高橋 正彦

1. 金融実は、最も強く、かつ多様な規制を受けている産業のひとつである。

2. 民間部門に対する政府の規制の根拠は、「市場の失敗」に求められるが、特に、金融業の場合に
 おける市場の失敗としては、1.寡占・独占化の弊害、2.情報の非対称性、3.外部経済性などが指摘
 される。

3. 上記の2.・3.の点は、特に銀行について、一般に「銀行の公共性」という用語で表現され、その
 具体的内容とされる信用秩序の維持と預金者保護の必要性を担保するための公的介入は、信用秩序
 維持政策ないし「プルーデンス政策」と総称される。

4. 金融業に対する規制の手段としては、1.新規参入規制、2.業務分野規制、3.価格競争規制、4.非
 価格競争規制、5.バランスシート規制、6.預金保険制度などが挙げられる。

5. 我が国の戦後の金融規制は、上記のうちの1.〜4.という競争制限的な規制手段を中心としていた
 が、1970年代後半ごろから、金融自由化の流れが定着してきた。

6. 金融自由化は、上記3.の価格競争規制の緩和にあたる銀行の預金金利の自由化に典型的に表れて
 いるが、こうした動きは、必然的に、業務の自由化、すなわち上記2.の業務分野規制の緩和にもつ
 ながる。本年4月に実現した金融制度改革による銀行、証券の相互参入などは、このような流れの
 なかに位置付けられる。

7. 一方、企業・市場と政府との関係については、以上のような直接的な規制のほかに、市場メカニ
 ズムを有効に機能させるため、または、前記の市場の失敗のうちの1.寡占・独占化の弊害に対処す
 るための間接的な規制として、独占禁止法による競争政策がある。

8. 我が国の金融業界は、従来、政府の多様な直接的規制を受けていたため、「独占禁止法の聖域」
 とみられることが多かった。しかし、近年の金融自由化の進展、または直接的規制の緩和を背景に、
 金融業における独占禁止法の適用範囲は実質的に拡大してきており、現に、最近、そうした変化を
 示す具体的事例が目立って増加している。

9. 今回の金融制度改革は、業態間の相互参入を通じて競争を促すことを大きな目標としているが、
 この点では、「公正且つ自由な競争」の促進という独占禁止法の目的と基本的に一致する。今後は、
 制度改革により、金融業の競争ルールが明確になるため、独占禁止法が適用される場面がこれまで
 以上に増えるものと予想される。こうした動きは、戦後型の金融規制の変質ないし再編成を一段と
 促進するひとつの契機になり得るものとして、注目に値する。

10. ただ、金融業への独占禁止法の適用にあたっては、信用秩序の維持、または銀行の公共性にどう
 配慮すべきかという問題を避けることができない。換言すれば、プルーデンス政策と競争政策の整
 合性という問題が、今後の金融規制のあり方を考えるうえで、重要な論点のひとつになるものと思
 われる。