No.65 1994年3月

「欧州統合の意義と展望」

                               第三経営経済研究部研究官 河村 公一郎 
1 北米自由貿易協定(NAFTA)の発効、アジア太平洋経済協力会議(APEC)の存在感の高まりなど、欧州以外の地域においても国際的な経済統合が進みつつある。こう見ると、世界経済は究極の統合経済へ向けたボーダーレス化のなかで、過渡的な段階としての地域統合の時代に入りつつあるとの見方が可能ではないだろうか。

2 欧州統合は多様な国家・民族・言語の存在する広大な先進地域に単一通貨を流通させ、政治的にも欧州市民権の導入を目指すなど、世界史的に見ても次元の高い目標を掲げているため、この挑戦的実験は多くの研究者の関心を集めてきた。本稿は欧州統合の意義と展望を、広角的な視点からあらためて考察するとともに、ブロック化を防止する国際組織の重要性や統合地域間の主体的関係についても触れるものである。

3 欧州経済共同体(EEC)創設以来、市場統合は綿々と続けられてきたが、その究極化、あるいは総仕上げと言える1992年末に向けての市場統合は概ね達成され、欧州連合条約が発効した現在では、市場統合を最終補完すると考えられる通貨統合のほか、政治統合の実現が目指されている。

4 通貨統合や政治統合が進展した場合、これらは本論で述べるように諸々の各論的な影響を及ぼすと予想されるが、その総論的な意義は以下のようにまとめられよう。

 ・歴史上、欧州において頻繁に起き、欧州を疲弊させた国家間戦争、民族間戦争(言わば、欧州にとっての内乱)の再発を抑制する。

 ・戦後、米国等の台頭によって相対的に弱くなった欧州の発言力・影響力が強化され、国際均衡が図られる。

 ・欧州内部で経済交流が一段と進むことで、結果的に欧州企業のグローバルな競争力が一層強化される。また、このことが欧州経済に新たな推進力を与える。

 ・政治的経済的に成熟した先進国同士が、超国家機関に対して国家主権を前向きに委譲し、近代的な国民国家を超克しようとする欧州連合(EU)の試みは、世界史上極めて意義深い。加盟国の主権がまず尊重され、EUはその補助的存在であるというサブシディアリティーの原則が打ち出された欧州統合は、ナショナリズムとコスモポリタニズムという国家を論ずるうえでの両極のイデオロギーを止揚する試みといってもよく、これが成功すれば国家論の分野に新たな一頁を加える。

5 政治統合と異なり、通貨統合は特定のスケジュールを伴っている。通貨統合の参加条件を全て満足している加盟国が一つもない最近の状況を踏まえると、欧州連合条約に担保されている1996年の条約見直しが実行される可能性がある。その際、統一通貨の発行時期も含め、統合参加条件が改定される可能性は否定できない。この場合、主要国均衡の観点から、欧州の3主要通貨国である英独仏を当初から通貨統合に取り込むべく、マクロ経済予測等を用いた経済学的に極めてタクティカルな改定が行われることもありうると筆者は考える。

6 さて、今後の欧州統合の成否の問題であるが、世の中には悲観的な論調もかなり見られる。しかし、筆者は自己の滞欧経験などに照らしてみると、欧州各国は得意の外交交渉能力を使って引き続き一歩一歩粘り強く統合を押し進め、時間はかかっても通貨統合等を成し遂げるのではないかという楽観的な見方を持っている。

7 今日の地域統合の性格として、資本主義経済が初めて経験した世界恐慌への応急措置であった戦前のブロック経済とは対照的に、以下の点を指摘できよう。

 ・域内は、加盟国同士が対等な水平統合である。

 ・EUなどでは、先進国同士が密接に経済交流する体制となっている。

 ・統合地域間の経済交流がGATTなどの国際的な組織によって推進されている。

 ・ポスト冷戦下、極右の台頭が目立つものの、国粋主義や軍国主義は既に前時代的なものとの感を拭い得ず、これらは良識的な為政者、過半数の世論からは明らかに敬遠されている。

  しかし一方で、今日の地域統合のブロック化(域内完結経済への傾斜)は絶対にあり得ないと断言することもできないだろう。

8 経済を発展させる重大な転機となるものには、・科学的な発見や発明、・技術上の革新、・企業経営上の革新、・情報スーパーハイウェー構想といった政策的革新などがあると思われる。これらは統合地域内でも起こりうるものであるが、幾多の異文化に跨がるグローバルな交流があってこそ、なお一層刺激的に生起するものと考えられる。

9 今後の世界経済では以下のような点が肝要と思われる。

 ・地域統合の時代にGATTという調停機関が存在する意義は大きい。統合地域と統合地域が背反する場合、その力は国対国のそれより大きいと考えられるため、GATT(将来は世界貿易機構(WTO)に格上げ)を地域統合が強化される度合いに応じて(或いはそれ以上に)機能強化する。

 ・また、統合地域間の主体的係わり合いのポイントとして、例えば以下を重視する。

 ・地域統合過程でサブシディアリティー等の原則を打ち立て、何がなんでも統合体で外交しようとしないこと  ・統合体の諸会合への相互のオブザーバー参加等を含め、情報を遅滞無くオープンにすること

 ・GATT(将来はWTO)等の国際組織の調整を尊重すること

 ・統合体の外交的取決めに関して各加盟国が公正にふるまうこと

 ・例えばEUであれば、ローマ条約に謳われた「貿易拡大と経済的発展のための海外諸国、諸領域との連合」といった文言や連合協定締結にかかわる条文を積極的に解釈・運用し、中長期的にはNAFTA等との連合関係樹立も目指す視点

10 制度的な枠組みが施された地域経済の一国化は、他経済にとってかえってその地域経済が理解しやすいものとなり、その地域との交流がより簡便になる可能性もある。この点をも積極的に捉え、統合地域同士あるいは統合地域と域外第三国は相互の交流を決して縮み指向としてはならないと考えられる。

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