No.72 1994年10月

「経済主体の期待形成変化に伴う最適消費経路への影響について―announcement効果の理論的分析―」

                           第三経営経済研究部主任研究官 菊池 昌克
1 計量経済学及び情報処理技術の発展した今日においても、我々は経済予測や政策のインパクト分析を行う場合、推計した計量モデルの安定性については常に細心の注意を払わなければならない。この問題の重要性を示すものとして「Lucasの批判」が有名であるが、これは、経済主体の期待形成と実体経済活動の意思決定が相互に深く関係し合っていることに起因しているものである。この批判の中で重要な役割を果たしている「経済主体の期待形成」という概念は、理論経済学の世界では、すでに積極的に経済理論モデルの中に導入され、スダグフレーション等さまざまな経済現象の理論的理解の糸口を提供している。 一方、計量経済学の世界においても、この期待要因は、観測不可能な期待メカニズムに先験的制約条件を課したラグ構造の下、計量モデルに取り入れられ「Backward-Looking 型 simulation」が従来から行われてきている。しかし、そこで再現される世界は、実体経済の動向との乖離が大きいことが従来から指摘されているところであるが、このようなモデル特性を解消するため、期待メカニズムをも経済行動及び原理に基づき最適行動原理決定の中でラグ構造を決定するという「Forward-Looking 型 simulation」と言われるsimulationが近年注目されている。

2 本稿では、GNE予測の重要な要素の一つである民間最終消費支出(消費行動)を分析対象とし、民間最終消費支出の雇用者所得に対する先行性を理論的側面から説明するために、Forward-Looking 型 simulationの理論的基礎となる経済理論モデルを構築した。なお、経済理論モデル構築に際しては、動的計画法(Dynamic Programming)の手法を用い、計画期間を有限・無限に分け分析したが、最終的には、将来要因を含んだSargent型消費関数(「Forward-Looking 型消費関数」と呼ぶ)を導き出すことを目的とした。

3 次に、この導出されたForward-Looking 型消費関数を用い、経済主体が将来所得の変化を予測する(将来の期待所得の変化)場合、最適消費経路にどのような影響を及ぼすか『announcement効果』を経済理論モデル上で再現した。期待変化の内容は、期待変化が継続する期間、さらに、一定額増減すると期待した場合や成長率が変化する場合の各々のケースについて、市場利子率、経済主体の主観的割引率及び相対危険回避度合等の変化に対し、announcement効果の大きさがどのような影響を受けるかについて分析した。

4 以上の考察から、経済主体が、計画当初に抱いた将来所得系列の期待を変化させる場合、最適消費経路の意思決定に及ぼす効果をまとめると、

 〇 期待変化の量的増減、時間的距離の長短等に関しては、
  ・ 将来に、所得が増加(又は減少)すると経済主体が期待をした場合には、現時点での最適消費量は、所得変化と同方向へ変化をする。

  ・ 上記の期待変化が継続する期間が長期化するほど、現時点での最適消費量への影響はより大きなものとなる。

  ・ 将来における所得変化が起こると予想される時点が現在に近ければ近いほど、現時点での最適消費量への影響はより大きなものとなる。

 〇 経済主体の主観的見方(危険回避度合)の変化に関しては、
  ・ 経済主体が将来価値を低く見るようになればなるほど、現時点での最適消費量の変化量はより小さなものとなる。

  ・ 経済主体が世の中の不確定要因に対し回避的姿勢を強めれば強めるほど、現時点での最適消費量の変化量はより小さなものとなる。

 〇 意思決定を行う外部経済環境、特に市場利子率との関係に関しては、
  ・ 市場利子率が変化した場合の現在時点での最適消費の変化量への影響は、期待変化が継続する時間的距離、また、経済主体の主観的割引率や市場利子率の水準といったモデル構築上で考えていたすべての要因が複雑に関係し合っており一般的結論が得ることができなかったが、その大きさを示す一般的式を導出することができた。
 等が、今回の分析で明らかにすることができた。

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