郵政研究所月報 1997.5 調査・研究 

日本の経済成長率の下方屈折について


                                    
                第三経営経済研究部主任研究官  植野大作


                

[要約]

1.
過去40年間の実質GDPの推移をみると、73年の第1次石油危機、91年の平成不況を境にして、経済成長トレンドが下方屈折している。

2.
『高度成長期』、『石油危機後の安定成長期』、『平成不況以降』の3期間の実質経済成長率を要因分解してみると、人口増加率の低下と労働生産性の伸び率鈍化が経済成長トレンド下方屈折の主因であり、特に労働生産性の伸び率鈍化の影響が大きかったことが分かる。

3.
上述の3期間における生産関数を推計して、労働生産性の伸び率が低下した原因を探ってみると、石油危機後の低下は全要素生産性の鈍化、バブル崩壊後の低下は資本蓄積と全要素生産性双方の鈍化によってもたらされたことが分かる。

4.
企業の期待成長率と実際の経済成長率の間には正の相関関係があり、期待成長率の低下が資本蓄積の鈍化を通じて自己実現的に実際の経済成長率を低下させるというメカニズムが存在している。このため、過度に経済成長率が落ち込むと、悲観的な期待形成がなされ、これが先行きの経済成長率に影響を与える。

5.
日本を含めた先進16カ国の戦後の実質経済成長率を比較してみると、所得水準の初期値とその後の経済成長率は逆相関の関係にある。『経済が発展して所得水準が上昇するにつれ、限界的な経済成長1%による追加的効用が逓減する』というメカニズムが働き、世界有数の所得水準を誇る日本の経済成長率が低下するのは自然の成り行きである。

6.
厚生省の推計によれば、2010年頃を境に人口増加率はマイナスに転じる。時短が継続し、労働生産性の伸び率や労働力化率が一定と仮定すれば、実質経済成長率は2010年以降は1%台後半、2030年以降は1%台前半にまで低下する。労働時間の延長や高齢者の就業促進による対応には限界があり、出生率の上昇や労働生産性の向上による対応は具体策の策定が難しい。

7.
経済成長率の低下が経済発展の所産であるならば、そのこと自体は一概に悲観すべき問題ではない。今後我が国は、経済規模や所得水準の増大を追求するよりも、社会保障制度や税制改革などの所得分配の問題や、真の豊かさの構築といった課題に重点を置くべきである。






はじめに 
 

 平成不況期以降、『日本経済の潜在成長率が低下している』という議論をよく耳にする。確かに、過去40年間の日本の実質経済成長率(実質GDPベース)の推移をみると、第1次石油危機後の不況期(1973年11月〜75年3月)と、バブル崩壊後の平成不況期(1991年2月〜93年10月)を境にして、平均経済成長率が低下している様子がみてとれる。1957年以降の毎年の実質経済成長率(暦年値)を73年と91年を区切りとした3期間の算術平均値でみると、57年〜73年が9.3%、73年〜91年が4.0%、91年〜96年が1.8%と、徐々に水準が切り下がってきている(図表1)。



(図表1) 我が国の実質経済成長率の推移

図表1 我が国の実質経済成長率の推移


(注)実質経済成長率は暦年値、実質GDPベース、平均成長率は算術平均値。   
景気変動の影響を除くため、景気の山を含む年を期端として平均を計算。
(資料)経済企画庁統計より郵政研究所作成。

 一般的に、短期的な経済成長率の上下動は景気循環要因で決まるが、中期的な経済成長のトレンドは人口増加のテンポ、就業者数や労働生産性の伸びなどの供給サイドの要因で決定される。この供給サイドの要因によって決まる『中長期的に維持可能な成長率』のことを、一般的に潜在成長率と呼ぶ。第1次石油危機、平成不況を節目としてその後に実現された平均成長率が低下しているという事実は、これらの不況期を経て、日本の潜在成長率が下方屈折したことを示唆している。

 本稿では、こうした事実認識をもとに、日本の経済成長率について、要因分解、国際比較、中長期シミュレーションなど多面的な角度から分析を加え、そこから今後の日本経済の行方について、何らかの示唆を引き出すことを目的とする。以下まず第1章では、過去約40年間の日本経済の歩みを、『高度成長期』、『石油危機後の安定成長期』、『バブル崩壊後の低成長期』に分けて成長トレンドを推定し、各期間における経済成長の源泉を人口、就業者、労働時間、生産性などの要因に分解して検証する。続く第2章では、特に生産性について更に要因分解を進め、日本経済のグロース・アカウンティングを精緻化する。第3章では、期待成長率と実際の成長率の相関関係から、経済成長率について自己実現的期待形成のメカニズムが働いていたことを明らかにし、その後の第4章では日本を含む先進各国の歴史的事例に基づく国際比較から、所得水準と経済成長率の逆相関関係を検証する。



第5章では幾つかの仮定のもと2050年までの経済成長シミュレーションを行い、成長率が今後更に低下する可能性を示した上で、成長維持のための可能な選択肢について検討する。最後に、こうした分析結果を踏まえた上で、日本の潜在成長率が低下していく可能性について、その評価も含めた私見を述べてみたい。

1.
経済成長トレンドの下方屈折とその原因  本章ではまず、先述した3期間の経済成長トレンドを推定し、それらを要因分解することで経済成長率の下方屈折が何によってもたらされたのかを調べてみよう。

01 経済成長トレンドの下方屈折
1957年以降の実質GDPの四半期データを用いて、『第1次石油危機までの高度成長期』、『バブル崩壊までの安定成長期』、『バブル崩壊後の低成長期』の各期間の経済成長トレンドを推定した。トレンドの推定にあたっては、実質GDPデータの対数値を被説明変数、タイムトレンドを説明変数として、GDP=α+βT
という定式で推計した。図表2はその推計結果である。

 実質GDPを対数値でみると、1973年と91年頃を境にして増加トレンドが屈折している様子がよく分かる。説明変数として採用したタイムトレンドは各推計期間の始点を1として、四半期毎に0.25ずつ増加するようになっているため、ここで求められたトレンドの傾きβが、毎年の経済成長率に相当する。推計の結果によれば、高度成長期の経済成長トレンドは毎年9.3%、安定成長期は同3.8%、バブル崩壊以降は同1.2%となった。図1で示した算術平均値同様、経済成長率が低下してきている様子が窺え
(図表2) 実質GDP成長トレンドの変遷

図表2 実質GDP成長トレンドの変遷

(注)各期間のトレンド線の回帰式は以下の通り(係数下の括弧内はt値)。   
トレンド@(57/2Q-73/4Q):Ln(実質GDP)=10.789+0.093*(タイムトレンド@)   
修正済みR2:0.997        (1672.4) (150.6)     
トレンドA(73/4Q-91/1Q):Ln(実質GDP)=12.274+0.038*(タイムトレンドA)  
修正済みR2:0.993         (2964.8) (100.3)   
トレンドB(91/1Q-96/4Q):Ln(実質GDP)=12.987+0.012*(タイムトレンドB)   
修正済みR2:0.806          (2517.1) (9.81)    
タイムトレンドはそれぞれの推計の始点を1として、四半期毎に0.25刻みで増加。
(資料)経済企画庁統計等より郵政研究所作成。


 ただし、求められた3つの数値のうち、バブル崩壊以降のトレンドについては、次の点に留意すべきである。すなわち、高度成長期と安定成長期については、推計期間がそれぞれ4度の景気循環を含むほど十分に長く、既に確定した景気基準日付に基づく景気の山を両端にトレンドを推計したため、景気循環の影響は除去されている。しかし、バブル崩壊後の期間については、91年1−3月期に景気の山、93年10−12月期に谷を記録した後、現在も景気は拡大中であり、まだ1循環も経過していない。このため、ここで示した分析だけをみれば、バブル崩壊後の経済成長トレンドについては、トレンドの安定性が十分とは言えず、今後幾分上方修正される可能性が高い。ただし、この点については、後述する第3章〜5章の分析により、バブル崩壊後の日本経済の成長トレンドは安定成長期の4%程度から、少なくとも2%程度に下方屈折した可能性が高い。

02 実質経済成長率の要因分解
 
 前節で導出された結果をもとに、ここでは経済成長トレンドが下方屈折した原因を調べてみよう。経済成長の源泉として最も基礎的なのは経済活動を直接司るヒトの増加、すなわち人口増加であるが、人口の伸び率以上に経済成長率が高まる要因としては、@労働力化率の上昇(人口の伸び以上に就業者数が増加)、A就業者一人当たりの労働時間の増加、B単位労働時間当たりの生産性の向上、などが考えられる。この関係を恒等式で表せば、次のようになる。

 Y=P×(E/P)×(H/E)×(Y/H)
  Y:実質GDP
  P:人口、E:就業者、H:総労働時間
  E/P:就業者対人口比
  H/E:就業者一人当たり労働時間
  Y/H:労働生産性

 この恒等式を用いて前節で推計された3期間の経済成長トレンドを要因分解したものが図表3である。

 各期間の要因別寄与度をみると、経済成長率を下方屈折させた最大の要因は、労働生産性の伸び率鈍化であったことが分かる。高度成長期から安定成長期、安定成長期からバブル崩壊後にかけて、成長率のトレンドはそれぞれ5.5%ポイント、2.6%ポイント低下しているが、そのうち労働生産性要因の寄与度の低下分は5.4%、1.4%ポイントとなっており、前者では寄与率98%、後者では同55%と過半を占めている。

 その他の3要因のうち、人口要因については、人口増加率の緩やかな低下を反映して成長寄与度が縮小しており、成長率トレンドの低下に寄与し続けている。生産性要因ほどのインパクトはないものの、人口要因も成長率トレンドの下方屈折の一因を担っていたものといえよう。就業者対人口比、および一人当たり労働時間の寄与をみると、前者については、就業者数の伸びが人口の伸びよりも相対的に高かったことを反映し、3期間いずれにおいても経済成長にプラス寄与となっているものの、成長寄与度の変化幅でみると、石油危機前後の屈折局面では拡大、バブル崩壊前後では縮小と、異なった動きをし
ている。一方、後者については、労働時間の短縮化傾向を反映していずれの期間においても経済成長にマイナス寄与となっているが、時短の速度が安定成長期に一時減速したため、寄与度の変化幅でみるとやはり符号が交錯した動きとなっている。以上の結果から、労働生産性の伸び率鈍化と人口増加率の低下が、経済成長率の下方屈折の主役であったと評価できよう。



(図表3) 実質経済成長率(推計トレンド)の要因分解


図表3 実質経済成長率(推計トレンド)の要因分解


(注)各期間の実質経済成長率のトレンドは図表2の推計、要因分解は以下の定義式による。   
実質GDP=(人口)×(就業者/人口)×(総労働投入時間/就業者)×(実質GDP/総労働投入時間)      
人口は総務庁の推計人口(月初値の年平均)、就業者は労働力調査の全産業ベース。     
総労働投入時間は、毎月勤労統計の総実労働時間(事業所規模30人以上)と就業者数の乗数。   
要因分解で求められた数値は以下の表の通り。

変化幅
57-73年トレンド@ 73-91年トレンドA 91年以降トレンドB A−@ B−A
実質経済成長率(年率) 9.31% 3.82% 1.19% -5.49%pt -2.63%pt
人口要因 1.16% 0.76% 0.26% -0.40%pt -0.50%pt
就業者対人口比要因 0.16% 0.35% 0.06% 0.18%pt -0.28%pt
一人当り労働時間要因 -0.58% -0.46% -0.86% 0.11%pt -0.40%pt
労働生産性要因 8.57% 3.18% 1.74% -5.39%pt -1.44%pt

(資料)経済企画庁、総務庁、労働省統計より郵政研究所作成。




(図表4) 生産関数の推計
単位労働資本装備率 タイムトレンド 定数項 補正後決定係数
57年2Q〜 73年4Q 0.124 (2.794) 0.073 (15.274) -3.883 -(25.278) 0.998
73年4Q〜 91年1Q 0.307 (4.840) 0.010 (2.885) -2.543 -(16.492) 0.993
91年1Q〜 96年3Q 0.234 (6.096) 0.006 (2.639) -2.391 -(24.691) 0.990

(注)各期間の生産関数の推計は以下の形式で行った。     
Ln(Y/(L*H))=α*Ln(K/(L*H))+β*T+γ      
Y:実質GDP(90年価格10億円、季調前、4四半期移動平均)     
L:全産業就業者数(万人、季調前、同上)      
H:総実労働時間(時間、季調前、同上)     
K:民間企業資本(90年価格10億円、取付基準、季調前、同上)      
T:タイムトレンド(57年1Q=1、四半期毎に0.25増加)
(資料)経済企画庁統計等より郵政研究所作成。


2. 労働生産性の動向とその決定因
  
経済成長トレンドの下方屈折に最も大きく影響を及ぼしたのが労働生産性の伸び率鈍化であることは、前章で指摘した。それでは、この労働生産性の伸び率鈍化をもたらした要因は一体何であったのか。本章では、この点について更に分析を進めてみよう。

01生産関数の推計 
 単位労働時間当たりの労働生産性の伸びを要因分解するために、本節では簡単なコブ・ダグラス型の生産関数を、高度成長期、安定成長期、バブル崩壊後の3期間でそれぞれ推計した。図表4はその推計結果である。この形の生産関数では労働生産性の伸びは、単位労働時間当たりの資本装備率、タイムトレンドの2つの説明変数によって決定される。ここで資本装備率の係数がプラスとなっているが、これは設備投資による資本蓄積が生産性の向上に寄与していることを意味している。一方、タイムトレンドの係数がプラスであることは、資本蓄積だけでは説明できない生産性の上昇傾向が存在するということを示しており、これを全要素生産性と呼ぶ。全要素生産性は、労働者の熟練や創意工夫による生産プロセスの効率化や、技術進歩などによる生産性の向上を表わすものとされる。

 推計結果をみると、資本装備率の係数は高度成長期、安定成長期、バブル崩壊後のいずれの期間においてもプラスであり、統計的にも有意にゼロでないことが示されている。ただし、係数の大きさをみると、安定成長期が最も大きく、バブル崩壊後、高度成長期の順になっている。一方、タイムトレンドの係数をみると、いずれの期間もプラスであるが、高度成長期の係数が突出して大きく、安定成長期、バブル崩壊後と、時間が経過するにしたがって係数が小さくなり、統計的な有意性も薄れる傾向が窺える。

02労働生産性伸び率の要因分解 
 前節で推計された生産関数を用いて、労働生産性の伸び率を要因分解してみよう(図表 T)。各期間の労働生産性の伸び率をみると、高度成長期9.1%、安定成長期3.2%、バブル崩壊後2.5%となっている。このうち、高度成長期についてみると、資本装備率の寄与度が1.4%ポイント、全要素生産性の寄与度が7.9%ポイントと圧倒的に全要素生産性の寄与度が高い。


(図表5) 労働生産性伸び率の要因分解

労働生産性
伸び率
(年平均)
単位労働
資本装備率
全要素
生産性
推計誤差
57年2Q〜
73年4Q:@期
9.1%
(100.0%)
1.4%
(15.5%)
7.9%
(87.6%)
-0.3%
-(3.0%)
73年4Q〜
91年1Q:A期
3.2%
(100.0%)
2.0%
(62.7%)
1.1%
(33.9%)
0.1%
(3.5%)
91年1Q〜
96年3Q:B期
2.5%
(100.0%)
1.6%
(63.4%)
0.7%
(28.4%)
0.2%
(8.3%)
伸び率変化幅
A−@
-5.8%pt
(100.0%)
0.6%pt
-(10.9%)
-6.8%pt
(117.6%)
0.4%pt
-(6.7%)
伸び率変化幅
B−A
-0.7%pt
(100.0%)
-0.4%pt
(60.4%)
-0.4%pt
(53.0%)
0.1%pt
-(13.4%)

(注)下段括弧内は寄与率。四捨五入のため、必ずしも合計と一致しない。    
要因分解は図表4で示した生産関数による。    
全要素生産性の寄与度は、タイムトレンドの係数を用いて算出。
(資料)経済企画庁、労働省資料等より郵政研究所作成。


一方、その後の期間をみると、この関係は逆転しており、安定成長期では資本装備率の寄与度2.0%ポイントに対し全要素生産性の寄与度が1.1%ポイント、バブル崩壊後では同1.6%ポイントに対し0.7%ポイントと、むしろ資本装備率の寄与度の方が高くなっている。

 次に労働生産性伸び率が低下した原因をみるために、その低下幅を要因別寄与度の変化幅に分解して調べてみる。高度成長期から安定成長期にかけて労働生産性の伸びは年率5.8
%ポイント低下しているが、これを寄与度の変化幅でみると、資本装備率の寄与度が0.6
%ポイント増加しているのに対して、全要素生産性の寄与度がマイナス6.8%ポイントと大幅に縮小したことにより、労働生産性の伸び率が低下したことが分かる。一方、安定成長期からバブル崩壊後にかけては、労働生産性伸び率の低下幅0.7%ポイントのうち、資本装備率寄与度の低下幅が0.4%ポイント、全要素生産性寄与度の低下幅が0.4%ポイントと、いずれもほぼ同程度の割合で生産性伸び率の低下に寄与していたことが分かる。

 以上の結果から、第1次石油危機前後の労働生産性伸び率の低下については全要素生産性の鈍化が主因であり、バブル崩壊前後については、全要素生産性と資本蓄積双方の鈍化が原因であったと結論できる。

3. 期待成長率の低下と期待の実現

  前章までの分析において、日本の経済成長率を詳細に要因分解することで経済成長トレンドが下方屈折した原因を追求してきた。ここで得られた一つの結論は、人口増加率、労働生産性伸び率の鈍化がその主因となっているということである。また、このうち労働生産性の鈍化については、全要素生産性が一貫して鈍化傾向にある他、バブル崩壊後は資本蓄積の鈍化もこれに寄与していたことが判明した。しかしここまでの分析では、『ではなぜ全要素生産性や資本蓄積が鈍化してきたのか』については説明できない。そこで本章以降では、これまでとは異なる観点から、日本の経済成長率が下方屈折してきた原因を探ってみよう。

01 期待成長率の低下と資本蓄積
 日本の経済成長トレンドが下方屈折したことに関連して、興味深いのは『期待成長率が低下傾向にある』という事実である。経済企画庁が1974年1月から毎年実施している企業アンケートによる『翌年度から3年間の予想成長率』の推移をみると、70年代後半は概ね5%強で推移していたが、80年代前半には平均4%台、80年代後半から90年代初頭には同3%台へと低下傾向を辿り、93年以降は2%前後にまで低下している(図表6)。

 期待成長率が低下してきた背景には、勿論、実際の経済成長率が低下したことの影響があったと考えられる。期待の形成は過去の情報や足元の状況に左右される面があるため、現実に経済成長率が低下してくると、それに引きずられる形で将来の期待成長率が低下するということは十分に考えられる。

 しかし一方で、人々の期待成長率が低下することが、現実の経済活動に影響を及ぼし、その結果として将来の成長率が低下するという側面も否定できない。この一例として、期待成長率が低下することで企業の売上見通しや収益見通しが低下し、その結果設備投資が抑制されるというメカニズムが考えられる。企業の設備投資が抑制されれば、その分投資需要が減って経済成長率は低下することになる。また、前章でみたように、資本蓄積は労働生産性の向上に密接な相関がある。設備投資の伸び率が鈍化すれば、将来の経済成長の源である資本蓄積のペースが落ちることで、潜在成長率は低下する。




(図表6)低下傾向を辿る期待成長率

図表6 低下傾向を辿る期待成長率



(注)予想実質経済成長率は、毎年1月に実施される企業アンケートに基づく。  
 74年から86年は中央値、85年から96年は算術平均値。  
 翌年度から3年間の平均実質経済成長率についての問に対する回答。
(資料)経済企画庁「企業行動に関するアンケート調査」

(図表7) 期待成長率と資本蓄積

図表7 期待成長率と資本蓄積


(注)75年〜96年度までのデータに基づく。    
資本ストック増加率は、民間企業、90年価格、全産業ベース。   
NTT、JT、JR等の民営化の影響を推計により除去してある。    
予想実質経済成長率については、図表6参照。    
84年迄:中央値、87年以降:算術平均、8586年:両者の平均。
(資料)経済企画庁統計等より郵政研究所作成。


 過去の資本ストックの増加状況を調べてみると、このようなメカニズムが実際に機能していることがわかる。図表7は、毎年1月時点での企業の期待成長率をX軸、翌年度の実質資本ストックの増加率をY軸にとって、その相関関係をみたものである。両者の間には正の相関が認められ、期待成長率の低下が翌年度の資本蓄積の鈍化に影響を与えていた可能性を示唆している。

02 自己実現的期待と経済成長率
 前節で述べたように、期待成長率の低下が資本蓄積に影響していたとすれば、それは経済成長率に対しても同様の影響を与えていたはずである。図表8は、図表7同様、毎年1月時点での企業の期待成長率をX軸にとり、翌年度の実質経済成長率をY軸にとって、その相関関係をみたものである。



(図表8) 期待成長率と実績成長率

図表8 期待成長率と実績成長率


(注)75年〜95年度までのデータに基づく。  
実績成長率は92年度まで実質GNP、93年度以降は同GDPベース。   
予想実質経済成長率については、図表6参照。   
84年迄:中央値、87年以降:算術平均、8586年:両者の平均。
(資料)経済企画庁統計等より郵政研究所作成。



資本ストック程の強い相関関係は無いものの、やはり正の相関が認められ、『期待成長率が低下すれば、実際に経済成長率が低下する』という自己実現的期待形成のメカニズムが存在していることが示されている。

 この点に関連して興味深いのは、第1章で指摘したように、経済成長トレンドの下方屈折が、1973年の石油危機、1991年の平成不況を契機に生じていることである。戦後日本はこれまでに合計11度の不況を経験しているが、この2つの不況に共通している点は、『実質経済成長率が四半期ベースで前年比マイナスの水準にまで落ち込んだ』ということである。その他の不況期においては、経済成長率が最も低下した時ですらそれはプラスであり、経済規模自体は拡大していたのである。

 経済成長において自己実現的期待のメカニズムが働いているとの仮説にたてば、これについての説明は比較的容易である。すなわち、これまで殆ど経験したことがない『マイナス成長』を契機に人々の期待成長率が下方にシフトし、将来の期待に見合った投資計画、あるいは消費計画がたて直され、その結果実際の経済成長率が低下してしまったといえよう。

 実際、図表8において推定された回帰線をみると、2.7%の地点で45度線を上から下に通過しており、実質経済成長率が2.7%以下の水準では成長率が低ければ低いほど、予想が実績を下回る悲観的傾向が強まることを示している。例えば、期待成長率がゼロの場合の翌年度の実績成長率は1.1%であり、予想が実績を大きく下回っている。戦後の日本経済において稀なケースである『マイナス成長』が過度の悲観的期待を醸成し、それが資本蓄積の鈍化を通じてその後の経済成長率の下方屈折に影響を与えたということは十分に考えられる。経済成長に自己実現的期待形成のメカニズムが働いているとすれば、期待形成が過度に悲観的になるような重度の不況を回避することが、中期的な経済成長パフォーマンスの維持のためには重要な課題となろう。


4. 所得水準と経済成長  

 前章では、期待成長率の低下が資本蓄積の鈍化を通じて実際の経済成長率を低下させるメカニズムについて言及し、石油危機、バブル崩壊という事件が契機となって悲観的な期待が形成された可能性を指摘した。しかし、先掲の図表6をみると、期待成長率は石油危機やバブル崩壊という事件によって『断層的に低下した』というよりも、『緩やかな低下傾向にある』ようにみえる。期待成長率の低下が実際の成長率の低下の一因であるとしても、それではなぜ期待成長率が低下傾向にあるのであろうか。また、第2章の分析で明らかになったように、労働生産性の伸び率低下に与えたインパクトは、資本蓄積の鈍化よりもむしろ、全要素生産性の鈍化の方が大きかったはずである。ではなぜ全要素生産性は鈍化したのであろうか。

 これらの未解決の問題を説明するために、さらに幾つかの説明変数を追加して要因分解を進めるという方法もある。しかし、より詳細な要因分解をいくら進めてみても、結局、『最後の要因』が何であるのかが分からなければ、根本的な問題解決には至らない。そこで本章では、これまでのアプローチを離れ、『豊かになると経済成長率が低下する』という極めて単純な歴史的事実を示すことで、未解決な部分の解明を試みたい。

 図表9は、OECD主要16ヶ国の1950年から90年までの長期遡及データを用いて、一人当たり実質GDPと経済成長率の関係を示したものである。横軸に1950年時点での一人当たり実質GDPの対数値をとり、左の図は縦軸にその後40年間の年平均の実質経済成長率、右の図は縦軸に同じく一人当たり実質GDP伸び率をとったものである。一瞥して明らかなように、両者の間には明確な負の相関があり、『一人当たり実質GDPの水準が高ければ高いほど、その後の経済成長率は低くなる』という関係があることが示されている。


(図表9) 日米欧諸国における実質所得水準と経済成長率の逆相関

(図表9) 日米欧諸国における実質所得水準と経済成長率の逆相関


(注)実質GDP成長率、実質一人当りGDP伸び率は、1950年から90年までの年率平均値。   
実質化の基準は、85年米ドル価格。   
サンプルは、以下の16カ国:     
日本、米国、西独、英国、フランス、イタリア、カナダ、、スイス、オーストラリア     
オーストリア、ベルギー、デンマーク、フィンランド、オランダ、ノルウェー、スウェーデン
(資料)Barro, Sala-i-Martin (1995) "Economic Growth" Table10-2より作成。



 こうした所得水準の初期値と経済成長率の負の相関は、所得水準の収束をもたらすはずである。実際、G7諸国の一人当たり実質GDPの水準をみると、過去100年ぐらいの間に徐々に収束してきている(図表10)。

 言うまでもなく、経済活動は人間の営みである。『人々が豊かになると経済成長率が鈍化する』という現象については、ミクロ経済学で言う限界効用逓減の法則が適用できるであろう。すなわち、国の経済が発展して所得水準が上昇し、衣食住などの面で国民生活の水準が向上してくると、限界的な経済成長率1%による追加的な効用の増加は徐々に逓減するといえる。

 こう考えると、直接的な契機や原因が何であれ、世界有数の経済大国になった日本の経済成長率が低下するのはむしろ自然の成り行きであるといえる。結局、『日本の経済成長トレンドがなぜ下方屈折したのか』という問いに対しては、上述の歴史的事実の中に明確な答えが用意されているのではないか。前述の全要素生産性の鈍化についても、それを経済成長率低下の『原因』と捉えるよりも、そもそも経済成長率が低下したことの『結果』であると捉える方が理解し易い。期待成長率が低下傾向にある原因についても、同様の文脈で説明できよう。

5. 中長期経済成長シミュレーション

  前章までの分析では、『過去の』経済成長トレンドの下方屈折について、その原因を探ることに主眼を置いた。本章では、『今後の』中長期的な日本の経済成長率について試算を行い、経済成長率を維持するための有効的政策の有無やその是非について考察してみよう。

01 巡航速度は2%台以下へ
 今後の日本の経済成長トレンドを考える場合、その基礎となるのはいうまでもなく人口増加率である。図表11は、厚生省人口問題研究所が平成9年1月に公表した『将来推計人口』から作成した2050年までの人口増加率の予測値と65歳以上人口比率である。



(図表10) 収束するG7諸国の一人当り実質GDP

図表10 収束するG7諸国の一人当り実質GDP

(注)実質一人当りGDPは、85年米ドル価格基準。   
1870年の日本の値は、原データが存在しない。
(資料)Barro, Sala-i-Martin (1995) "Economic Growth"
Table10-2より作成。



(図表11) 2050年までの推計人口

図表11 2050年までの推計人口


(注)推計の前提となる合計特殊出生率は、以下の通り(95年実績1.422)。   
中位:2000年 1.380人、10年 1.500人、20年 1.593人、30年以降 1.610人   
高位:2000年 1.499人、10年 1.763人、20年 1.845人、30年以降 1.854人  
低位:2000年 1.311人、10年 1.303人、20年 1.370人、30年以降 1.381人
(資料)厚生省人口問題研究所『日本の将来推計人口(平成9年1月)』


まず、人口増加率についてみると、想定される出生率の高低によって高位、中位、低位の3通りの推計がなされているが、いずれのケースにおいても人口増加率が低下していくことには変わりがなく、2010年〜15年の間には人口増加率がマイナスに転じることになる。一方、こうした状況を反映して、『65歳以上の高齢者』の総人口に占める比率は漸増し、中位推計でみると2050年には約33%、つまり『3人に1人は高齢者』という状況を迎えることになる。

 こうした状況下で、日本経済の成長トレンドはどのように変化するであろうか。本節ではまず、基本的にこれまでの状況が大きく変化しないという前提ものと、1995年から2050年までの経済成長シミュレーションを行い、日本経済の将来の巡航速度を考えてみよう。

 まず、シミュレーションのベンチマークとなるベースケースを算出してみる。ベースケースにおいては、人口増加率の前提を厚生省の中位推計とした上で、@各年令層の労働力化率は一定、A一人当たり労働時間は1996年の年間2016時間から労働省の時短目標である『年間1800時間』に向けて緩やかに低下、B労働生産性の伸びはバブル崩壊後から最近までのトレンドである年率2.5%程度、という三つの仮定に基づいて計算を試みた。図表12および図表13は、その結果である。

 この試算によると、日本の実質経済成長率は、今後2005年頃までは年平均で2%前半の水準で推移するが、その後1%台後半に低下し、2030年以降は1%台前半の低成長になる。試算結果に示されているように、少子・高齢化の進行は、『少子化による人口の減少』と、『高齢化による労働力化率の低下』という2つの経路によって、経済成長率を押し下げる要因として働く。このため、現在の労働生産性や時短の傾向が変らなければ、経済成長率の鈍化は不可避となろう。因みに、先行きの人口増加率について中位推計ではなくて低位推計を用いると、2015年以降の経済成長率は更に低下し、来世紀中頃には巡航速度が1%前後の水準に落ち込むことも考えられる。



(図表12) 中長期経済成長率試算結果 (90年価格兆円、年率%)

成長維持の方策 労働投入量の拡大 出生率向上 生産性向上 <参考>
実質GDP
ベースケース
労働投入
拡大ケース
(下記2策の併用)
労働時間延長 高齢者就業 出生率
高位
ケース

生産性
回復
ケース
出生率
低位
ケース
水準 伸び 水準 伸び 水準 伸び 水準 伸び 水準 伸び 水準 伸び 水準 伸び
1980
1985
1990
1995
290.6
343.0
430.0
461.5
4.4
3.4
4.6
1.4
290.6
343.0
430.0
461.5
4.4
3.4
4.6
1.4
290.6
343.0
430.0
461.5
4.4
3.4
4.6
1.4
290.6
343.0
430.0
461.5
4.4
3.4
4.6
1.4
290.6
343.0
430.0
461.5
4.4
3.4
4.6 1.4
290.6
343.0
430.0
461.5
4.4
3.4
4.6 1.4
290.6
343.0 430.0
461.5
4.4
3.4 4.6
1.4
2000
2005
2010
2015
2020
2025
2030
2035
2040
2045
2050
520.6
579.1
635.3
687.8
752.1
825.9
898.8
965.5
1021.4
1088.7
1169.4
2.4
2.2
1.9
1.6
1.8
1.9
1.7
1.4
1.1
1.3
1.4
530.9
602.9
675.8
748.9
837.8
940.2
1045.8
1149.7
1248.0
1362.9
1497.2
2.8
2.6
2.3
2.1
2.3
2.3
2.2
1.9
1.7
1.8
1.9
529.3
598.6
667.5
734.7
816.5
911.2
1007.6
1099.8
1182.1
1280.1
1396.8
2.8
2.5
2.2
1.9
2.1
2.2
2.0
1.8
1.5
1.6
1.8
522.2
583.3
643.1
701.2
771.8
852.2
932.8
1009.3
1078.3
1159.2
1253.4
2.5
2.2
2.0
1.7
1.9
2.0
1.8
1.6
1.3
1.5
1.6
520.6
579.1
635.3
689.8
761.0
844.8
929.1
1008.8
1081.5
1172.4
1285.3
2.4
2.2
1.9
1.7
2.0
2.1
1.9
1.7
1.4
1.6 1.9
538.5
619.9
703.4
787.9
891.4
1012.6
1140.0
1267.0
1386.7
1529.1
1699.3
3.1
2.9
2.6
2.3
2.5
2.6
2.4
2.1
1.8
2.0 2.1
520.6
579.1
635.3
686.7
746.4
812.7
875.9
931.3
973.4 1022.5 1079.0
2.4
2.2
1.9
1.6
1.7
1.7
1.5
1.2
0.9 1.0
1.1

(注)経済成長率は、5年間の年率平均値。95年までは実績、それ以降は試算結果。   
労働時間延長ケースは、年間労働時間が2050年までに2,150時間にまで延びると仮定。   
高齢者就業ケースは、65歳以上の労働力化率が2050年までに10%ポイント上昇すると仮定。   
出生率の高位、低位については、厚生省人口問題研究所の推計値(図表12参照)に基づく。   
生産性回復ケースは、労働生産性の伸びが73年4Q〜91年1Qの水準に戻ると仮定。
(資料)経済企画庁、労働省、総務庁、厚生省統計等より郵政研究所作成。



(図表13) 実質経済成長率の中長期試算結果

図表13 実質経済成長率の中長期試算結果


(注)経済成長率は、5年間の年率平均値。95年までは実績、それ以降は試算結果。  
 各ケースの前提条件については、図表13に示した通り。
(資料)経済企画庁、労働省、総務庁、厚生省統計等より郵政研究所作成。



02 経済成長率引上げ策の有効性
 予想される経済成長率の低下を防ぐために、ではどのような手段があるのであろうか。本節では、幾つかのケースを考え、それぞれの効果を比較検討してみよう。経済成長維持策としてまず考えられるのは、労働投入量を増加させる方法である。

 労働投入量を増加させるための主な手段としては、@一人当たりの労働時間を増やす、A労働力化率を上げるという2種類の方法がある。





前者のケースとして、『2050年の一人当たり年間労働時間を週休2日制導入以前の2150時間に向けて緩やかに戻す』という状況を、後者のケースとして、『65歳以上の高齢者の労働力化率を現在の25%弱の水準から10%ポイント上昇させる』という状況を想定し、その他の条件はベースケースと同一として試算した。結果は図表12に示した通りである。労働時間延長ケースでは毎年の経済成長率が0.3〜0.4%ポイント、高齢者就業促進ケースでは同0.1〜0.2%ポイントほど上昇するが、両ケースともに劇的な効果はなく、2010年以降の成長率を2%台に維持することはできない。両方を同時に実施したとしても、2030年以降にはやはり成長率が1%台へと鈍化する。

 それでは次に、出生率が上昇し、人口増加率がベースケースよりも高まる場合をみてみよう。前節で紹介した厚生省の推計人口のうち、ベースケースに採用した中位推計は2030
年以降の出生率の安定水準を1.610人としているが、高位推計ではこれが1.854人まで上昇するケースが示されている(図表11)。他の条件をベースケースと同じにして、人口についてのみ高位推計を採用して計算すると、新生児が生産年令人口に達する2015年頃までは経済成長率の押上げ効果が現れてこないものの、それ以降徐々に効果が顕在化し、2050年頃には年平均で0.4%ポイント程経済成長率が上昇する(図表12、13)。効果が現れるのに時間はかかるが、このケースの特徴は後になればなるほど効果が強まるということである。ただし、このケースでも、効果が最も強く現れる2050年の成長率は1.9%であり、成長率が1%台へ落ち込むことは避けられない。

 成長率を維持するための最も有効な方法は、生産性を向上させることであろう。先に示したベースケースでは、第2章で推定したバブル崩壊後から足元までの生産性の伸び(年率2.5%程度)を先行きも一定として試算を行ったが、これを安定成長期の平均である年率3.2%程度として計算すると、当然その分だけ毎年の経済成長率は上昇する。図表12、13に示すように、この場合は労働時間延長や出生率向上などがなくても、2050年頃まで2%台の経済成長が維持できることになる。

03 経済成長維持策の実現可能性
 以上の試算結果から総合的にいえることは、いずれにしろ日本の経済成長率は低下して
いく可能性が高いということである。人口が減少し、高齢化が進行していく中では、安定成長期のトレンドであった4%程度の経済成長を今後も維持することは難しい。前節において幾つかの経済成長率引上げ策を提示したが、それらが実現したとしても大同小異である。

 また、先に示した経済成長率引上げ策自体、実現可能性にかなりの疑問があることも事実である。例えば、労働投入量の増大で対応する場合、『週休2日制を再び1日制に戻す』、あるいは『高齢者の就業を促進する』などの方策を示したが、こうした『物量作戦』で経済成長率を維持しようとすることには自ずと限界がある。前節で述べた程度の事例では、その効果は劇的なものではないし、仮に来世紀半ばまで2%成長を維持しようとするならば、労働時間の延長のみを実行する場合は、現在の3割増の年間2500時間までの延長、高齢者の就業促進のみでやるならば、65歳以上の労働力化率を現在の倍の50%にまで高めなくてはならない。果たしてこれらの数字は、現実的といえるであろうか。これまで定着してきた時短の動きを逆行させるか否か、老後の余生を如何に過ごすかといった事柄は、個人のライフ・スタイルや人生設計に係わる問題であり、それをコントロールする具体策の有無や是非を断じることは適切でない。




(図表14) OECD諸国の一人当り名目GDP (米ドル)

1993年 1994年 1995年
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
日本
スイス
ルクセンブルグ
デンマーク
アメリカ
ノルウェー
ドイツ
アイスランド
オーストリア
フランス
スウェーデン
ベルギー
オランダ
カナダ
イタリア
フィンランド
イギリス
オーストラリア
アイルランド
ニュージーランド
スペイン
ポルトガル
ギリシャ
トルコ
34,452
33,468
31,646
25,959
24,272
23,980
23,535
23,282
22,788
21,706
21,255
21,039
20,209
19,000
17,372
16,601
16,178
15,965
13,399
12,557
12,246
8,567
7,051
2,928
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
日本
スイス
ルクセンブルグ
デンマーク
アメリカ
ノルウェー
ドイツ
オーストリア
アイスランド
フランス
ベルギー
スウェーデン
オランダ
フィンランド
カナダ
オーストラリア
イタリア
イギリス
アイルランド
ニュージーランド
スペイン
ポルトガル
ギリシャ
トルコ
37,618
37,132
34,673
28,019
25,513
25,202
25,068
24,405
23,221
22,902
22,402
22,349
21,351
19,123
18,684
18,027
17,930
17,400
14,534
14,347
12,328
8,798
7,450
2,077
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
スイス
ルクセンブルグ
日本
ノルウェー
デンマーク
ドイツ
オーストリア
アメリカ
ベルギー
アイスランド
フランス
スウェーデン
オランダ
フィンランド
オーストラリア
カナダ
イタリア
イギリス
アイルランド
ニュージーランド
スペイン
ギリシャ
ポルトガル
メキシコ
トルコ
43,452
42,714
41,045
33,802
33,212
29,653
29,050
26,672
26,631
26,592
26,487
26,090
25,712
24,764
19,473
19,244
19,028
18,871
17,026
16,761
14,281
10,704
10,452
2,787
2,716

(注)オーストラリア、ニュージーランドは年度の数字。メキシコは1995年からの掲載。  
  太字はG7諸国を示す。ドイツは統一ベース。
(資料)経済企画庁、『平成7年度国民経済計算(年確報)』



 出生率の向上についても同様である。出生率の向上が長期的にみた場合の成長維持策として効果的であることは論を待たないが、出産は個人の意思決定であり、具体的な出生率向上の決め手が何であるのか、明確な答えがないのが現状である。

 また、労働生産性を向上させれば経済成長率が上昇するのは当然であるが、『長期的かつ安定的に生産性を上昇させる具体策は何か』という問題に答えることは難しい。第2章の分析では、バブル崩壊後の生産性の低下は、全要素生産性と資本蓄積の鈍化に原因があることが分かった。資本蓄積の鈍化には期待成長率の低下が一因となっているが、第4章で述べたように全要素生産性の鈍化や期待成長率の低下傾向が所得水準の上昇によって不可避的に生じているのだとすれば、具体策の策定は難しい。


おわりに

  総じて、日本が経済発展を遂げ、豊かになったことが経済成長トレンドの下方屈折の根本因であるのならば、それを反転させようとすることには無理があり、有効な対策がないのも当然である。日本の経済成長率が低下傾向にあることについて悲観的な論調もあるが、それが豊かになったことの結果であると考えれば、あながち悲観的な話でもない。

 現在、日本は少なくとも一人当たり所得の面では世界最高水準に達している(図表14)。人口減少社会が到来するという前提が正しいものであるとするならば、ゼロ成長が続いても一人当たりでみた所得水準は上昇する。そうした状況下、仮に P%台の成長が維持できるのであれば、今後も一人当たり所得の伸びは確保できよう。




 戦後我が国は、経済の復興や所得倍増を国是として歩んできた。経済的な豊かさの所産として経済成長率の下方屈折が生じているのだとすれば、我が国に課せられた課題としての『経済規模の拡大』や『所得の増加』は、もはや優先順位が下がりつつある。今後我が国の経済政策運営の比重は、『所得を如何に増加させるか』ではなく、『所得を如何に分配するか』という所得分配の問題にシフトさせるべきであろう。社会保障、年金制度、税制などの諸改革の問題は、その典型である。その意味では、第5章で示した高齢者の就業促進や出生率の向上は、経済成長率の低下に対する方策というよりも、世代間の所得分配の歪みに対する処方箋としての重要性の方が高いといえる。

 また、経済的な豊かさと、社会的、文化的、精神的な豊かさは、必ずしも比例する関係にはない。経済成長率トレンドの下方屈折は、我が国が経済規模の拡大のみによらない『本当の豊かさ』とは何かを見つめ直すべき時期に来ていることを示唆している。

 

〈主要参考文献〉

1) Robert J. Barro, Xavier Sala-i-Martin(1995) "Economic Growth" McGRAW-HILL

2) Robert A. Feldman (1996) "The Golden Goose and the Silver Fox4alomon Brothers

3) Paul Krugman (1994) "The Myth of Asia's Miracle" Foreign Affairs

4) 吉川洋(1992)『日本経済とマクロ経済学』、東洋経済新報社

5) 『企業行動に関するアンケート調査』、各号、経済企画庁調査局

6) 『労働力需給の長期展望』、平成7年9月、労働省職業安定局

7) 『日本の将来推計人口』、平成9年1月、厚生省人口問題研究所