1997.8

調査・研究


インフレ・リスク、高齢化と公的年金、個人年金の機能




第二経営経済研究部長    浜田 浩児


[要約]

 物価上昇や、一般生活水準の上昇による相対的な生活水準の低下のリスクは、世代で共通に被るものであり、世代内でプールできないから、個人年金では除去できない。これに対して、公的年金では、現役世代から老後世代への所得再分配を行うことができるため、賃金上昇に比例して年金額を引き上げ、こうしたリスクを異なる世代間でプールすることができる。これによるリスク・プレミアムは、相対的危険回避度一定の効用関数の下で、1−e−1/2γσc2(γは相対的危険回避度、σは金利と賃金上昇との比率の対数の分散)と表わすことができる。
 そこで、これによってリスク・プレミアムを推定し、年金財政再計算(厚生省)に基づき最新の将来人口推計(国立社会保障・人口問題研究所1997年1月推計)も加味して、公的年金と個人年金の期待生涯効用を比較した。その結果、リスク・プレミアムを考慮すれば、今後の高齢化の下でも公的年金は個人年金より有利である可能性が大きいという推定結果が得られた。すなわち、将来、公的年金給付が個人年金給付を期待値では下回るようになるものの、それよりもリスク・プレミアムの方が大きいと見込まれる。
 しかし、公的年金の原資は現役世代の勤労収入に依存しているため、公的年金の水準は現役世代の負担限度を超えることができない。この負担限度を推定したところ、現行公的年金制度のままでは将来における現役世代の負担限度を超えてしまうという結果が得られた。したがって、支給開始年齢の引上げや給付水準の引下げによって公的年金給付費を削減せざるをえなくなると予想されるため、自分が支払った保険料を原資とする個人年金の役割が大きくなるであろう。



1.はじめに

 老後の生活保障には、高齢で勤労収入が得られなくなった後も、寿命やインフレにかかわらず年々の生活費が確保されることが必要である。しかも、インフレには、物価上昇ばかりでなく、実質賃金の上昇等に伴う一般生活水準の上昇による相対的な生活水準の低下も、含めて考えるべきである。一般生活水準上昇への対応の必要性は、牛丸(1988、1992)、堀(1985)に述べられているところである。物価上昇に対応するだけでは、たとえば、現在、30年前の平均的な生活しかできないことになり、かなりみじめな思いをすることになるであろう。これら寿命やインフレは不確実なものであるから、老後の生活費を確保するには、この不確実性を除去する必要がある。
 このうち、寿命の不確実性は、個人については存在するが、世代については除去され平均寿命がほぼ予想できる。すなわち、長寿のリスクは世代内でプールできるから、公的年金ばかりでなく個人年金でも長寿のリスクを除去できる。
 一方、インフレ・リスクは、世代で共通に被るものであり、世代内でプールできないから、個人年金では除去できない。すなわち、物価や賃金の上昇が、年金積立金の運用利回りを予想外に上回れば、生活水準の低下が生ずる。さらに、運用利回り自体も不確実である。これに対して、公的年金では、強制加入の仕組みを通じて安定的な保険集団を構成することにより、現役世代から老後世代への所得再分配を行うことができるため、インフレ・リスクを異なる世代間でプールできる。すなわち、公的年金の原資は現役世代の賃金に依存しているため、賃金上昇に比例して原資が増加し、年金額も引き上げることが可能である。
 しかし、このように現役世代に依存しているということのゆえに、公的年金の水準は、現役世代がその負担に同意する限度を超えることはできない。特に、高齢化の下では、このことは大きな制約となる。これに対して、個人年金は、自分が支払った保険料を原資としているから、こうした制約はなく、年金額を自由に設定できる。
 本稿では、以上のようなインフレ・リスクと高齢化に関する公的年金と個人年金の機能について考察する。以下、第2節で、簡単な生涯効用関数により、インフレ・リスクがある場合について公的年金と個人年金の優劣の条件を求める。第3節では、それに基づいて、今後の日本における公的年金と個人年金の比較を行い、インフレ・リスクを考慮すると公的年金が意義をもつことを示す。また、第4節で、簡単な部分均衡モデルにより、現役世代の負担からみた公的年金給付水準の限度を導き、個人年金の役割を示す。第5節では、今後の日本における公的年金給付水準の限度を推計する。最後に、第6節で本稿の結論と課題を述べる。
 なお、前述の理由により、本稿では、インフレということばを、物価上昇ばかりでなく、一般生活水準の上昇による相対的な生活水準の低下も含めた意味で用いる。



2.インフレ・リスクを考慮した公的年金と個人年金の比較

(1) 分析の枠組み
 以下では、生涯は現役期間と老後期間の2期間からなるものとし、貯蓄は老後目的のもののみであり個人年金の形で行われるとする。これに対応して、公的年金についても老齢年金のみを考慮する。したがって、老後の生活費は年金によってまかなわれることになるから、長寿のリスクは除去されており、代表的個人については寿命は確定とみなせる。
 さらに、個人の効用は、一般的な生活水準に対する当該個人の消費の比率である相対的消費水準に依存するものとする。公的年金や生活保護の給付が、物価に加えて実質的な生活水準の上昇にもスライドしているのは、個人の効用が相対的消費水準に依存することを反映していると思われる。たとえば、現在、30年前の平均的な生活しかできなければ、かなりみじめな思いをすることになるであろう。これは、一般的な生活水準の上昇に伴って欲求水準も高まるため、主観的な満足感が相対的消費水準に依存することによると考えられる。ただし、客観的には、一般的な生活水準の上昇は、より高まった欲求水準を満たすわけであるから、意義あるものである。なお、後述のように、個人の効用が物価でデフレートした実質消費に依存すると仮定しても、それに対応して物価スライド制の公的年金を想定すれば、結論は似たもの^ になる。
 以上の前提の下で、加法分離性のある通時的効用関数を仮定すると、生涯効用Uの期待値は、
E(U)=Lαu(ca/y)+LβE(u(cβ/(1+g)y/(1+δ))
と表わせる。老後期間にインフレ・リスクが存在し、生涯効用が不確実なため、その期待値が判断基準になる。ここで、Lαは現役期間、Lβは老後期間、cαは現役期間の消費、cβは老後期間の消費、yは賃金、gは賃金上昇率、δは時間選好率である。また、uは各期の効用関数であり、どの期も同じものと仮定する。
 さらに、uを相対的危険回避度R一定と特定化すると、
[u(x)=1/1−γ(x1−γ−1) (γ≠1、γ>0)
[(x)=logx (γ=1)
となる。すなわち、R=−xu″/u′=γで一定である。また、limSγ→11/1−γ(x1−γ−1)=logxより、この効用関数は連続である。したがって、期待生涯効用は、
E(U)=Lα 1/1−γ{(ca/y)1−γ−1}+LβE{1/1−γ〔{cβ/(1+g)y}1−γ−1]/(1+δ)〕 (γ≠1、γ>0)
E(U)=Lαlogcα/y+LβE〔log{cβ/(1+g)y}/(1+δ)〕 (γ=1)
と表わせる。

(2) 期待生涯効用の比較
 以上の枠組みの下で、(1)の式で示される期待生涯効用により、公的年金と個人年金の比較を行う。
 まず、個人年金で老後生活をまかなう場合には、その保険料率をpとすると、
cα=y−py、cβ=l(1+i)py(iは利子率、l=Lα/Lβは現役・老後期間比率)となる。したがって、期待生涯効用は、
[E(Us)=Lα1/1−γ{(1−p)1−γ−1}+LβE〔1/1−γ{(l1+i/1+g p)1−γ−1}/(1+δ)〕 (γ≠1、γ>0)
[E(Us)=Lαlog(1−p)+LβE{log(l1+i/1+g p)/(1+δ)} (γ=1) [1]
となる。



 次に、個人年金と同じ保険料率の公的年金で老後生活をまかなう場合には、年金給付水準(年金額の賃金に対する比率)aと保険料率pの間にはp=a/1+π(1+πは現役世代の人口の老後世代の人口に対する比率)という賦課方式の関係がある。また、年金給付水準aは一定であり、年金額は賃金にスライドする。したがって、
cα=y−py、cβ=(1+g)ay∴cβ=(1+π)(1+g)pyであるから、期待生涯効用は、
[E(Uα)=Lα1/1−γ{(1−p)1−γ−1}+LβE〔1/1−γ/[{(1+π)p}1−γ−1]/1+δ〕 (γ≠1、γ>0)
[E(Uα)=Lαlog(1−p)+LβE{log[(1+π)p]/1+δ (γ=1) [2]
となる。
 公的年金と個人年金を比較するため、[2]式と[1]式の差をとると、
E(Uα)−E(Us)=Lβ/1+δ 1/1−γ p1−γl1−γ{(1+π/l)1−γ−E(1+ρ)1−γ} (γ≠1、γ>0)
E(Uα)−E(Us)=Lβ/1+δ{log(1+π/l)−E(log(1+ρ)) (γ=1)[3]
であり、この右辺の符号が問題になる。ここで、ρは真利率であり、1+ρ=1+i/1+gであるが、賃金上昇率g、利子率iとも不確実であるから、ρも不確実である。なお、現役・老後人口比率1+πが将来どうなるかも不確実であるが、[3]式中の1+πは現在の現役・老後人口比率であるから、不確実性はない。
 [3]式より、
θ2(Uα−Us)/θ(1+ρ)=Lβ/1+δ p1−γl1−γγ(1+ρ)−γ−1>0 (γ≠1、γ>0)
θ2(Uα−Us)/θ(1+ρ)=Lβ/1+δ 1/(1+ρ)>0 (γ=1) (上式でγ=1の場合に相当)
となるから、Uα−Usはρの凸関数である。したがって、
E(Uα)−E(Us)>(Uα−Us)|1+ρ=E(1+ρ)
である。さらに、
(Uα−Us)|1+ρ=E(1+ρ)=Lβ/1+δ 1/1−γ p1−γl1−γ{(1+π/l1−γ)−(E(1+ρ))1−γ} (γ≠1、γ>0)
(Uα−Us)|1+ρ=E(1+ρ)=Lβ/1+δ{log(1+π/l)−log(E(1+ρ)) (γ=1)
であるから、
1+π/l/E(1+ρ)≧1 [4]
ならば、(Uα−Us)|1+ρ=E(1+ρ)≧0、したがって、E(Uα)>E(Us)となる。
 [4]式の左辺は、公的年金額(1+π)(1+g)pyの個人年金額l(1+i)pyに対する比率の期待値である。
[4]式のうち、1+π/lは、1歳当たり人口でみた現役世代の老後世代に対する比率であるから、人口増加率に1を加えたものと考えられる。したがって、人口増加率が期待真利率より大きければ、公的年金が個人年金より有利であるということになる。また、[4]式の左辺はE[1+π/lS(1+g)/(1+i)]とも表わせるから、期待値で名目経済成長率が利子率を上回れば公的年金が個人年金より有利であるという解釈もできる。
 ただし、[4]式が成立せず、1+π/l/E(1+ρ)<1であっても、E(Uα)>E(Us)、つまり、公的年金が個人年金より有利になる場合がある。すなわち、人口増加率が期待真利率より小さく、期待値で公的年金額が個人年金額を下回っても、公的年金の方が有利になる可能性がある。これは、公的年金がインフレ・リスクをプールすることによるリスク・プレミアムが存在するためである。



(3) インフレ・リスク・プレミアムの想定
 公的年金額が個人年金額を期待値で下回っても、それがインフレ・リスク・プレミアムの範囲であれば、公的年金の方が有利である。したがって、両者を比較するには、このリスク・プレミアムを求めなければならないが、そのためには、真利率の確率分布を想定する必要がある。
 この真利率は、保険料拠出から年金給付までの長期間にわたる、各年の真利率の累乗と考えられる。すなわち、
1+ρ=nΠk=1(1+ρκ) (1+ρκ>0)
である。ここで、nは保険料拠出から年金給付までの年数、ρκは各年の真利率である。両辺の対数をとると、
log(1+ρ)=nΣk=1log(1+ρκ)
となる。log(1+ρκ)が独立に同じ分布に従うとすると、log(1+ρ)はその和であり、nはかなり大きいから、中心極限定理により、log(1+ρ)は正規分布、したがって、1+ρは対数正規分布に従うと近似できる。これにより、μ=E(log(1+ρ))、σ=V(log(1+ρ))、と定義すると、
E(1+ρ)=(1+ρ)1/√2πσ(1+ρ)exp[−{log(1+ρ)−μ}/2σ]d(1+ρ)
(1+ρ)1/√2πσ(1+ρ)exp[−{log(1+ρ)−(μ+σ)}−(2μσ+σ)/2σ]d(1+ρ)
∴E(1+ρ)=eμ+1/2σ [5]
となる。
 次に、γ≠1、γ>0のとき、log(1+ρ)1−γ=(1−γ)log(1+ρ)だから、正規分布の再生性により、log(1+ρ)1−γは正規分布、したがって、(1+ρ)1−γ@Sは対数正規分布に従うと近似できる。よって、
E[log(1+ρ)1−γ]=E((1−γ)log(1+ρ))=(1−γ)μ
V[log(1+ρ)1−γ]=E((1−γ)log(1+ρ)−(1−γ)μ)=(1−γ)σ
となるから、[5]式に示されるような、期待値と対数の期待値・分散との関係を用いることにより、
E(1+ρ)1−γ=e(1−γ)μ+1/2(1−γ)2σ2
さらに、[5]式を用いると、
E(1+ρ)1−γ=e1/2γ(1−γ)σ2(E(1+ρ))1−γ [6]
となる。また、γ=1のとき、[5]式より、
E(log(1+ρ))=μ=log(E(1+ρ))−σ/2 [6′]
である。
[6],[6′]式を[3]式に代入すると、
[E(Uα)−E(Us)=Lβ/1+δ 1/1−γ p1−γl1−γ{(1+π/l)1−γ−e−1/2γ(1−γ)σ2(E(1+ρ))1−γ (γ≠1、γ>0)
[E(Uα)−E(Us)=Lβ/1+δ{log(1+π/l)−log(E(1+ρ))+RSσ2} (γ=1)
となるから、γ≠1、γ>0のとき、
1+π/l/E(1+ρ)=E{1+π/l(1+g)/(1+i)}>e−1/2γσ2 [7]
ならば、E(Uα)>E(Us)であり、公的年金が個人年金より有利になる。また、γ=1のときは、
1+π/l/E(1+ρ)=E{1+π/l(1+g)/(1+i)}>e−1/2σ2
ならば、E(Uα)>E(Us)であるが、これは、[7]式でγ=1の場合に当たる。
 [7]式の右辺は1より小さいから、その差の範囲で期待公的年金額が期待個人年金額を下回っても、公的年金の方が有利である。したがって、1−e−1/2γσ2はインフレ・リスク・プレミアムとみなせる。これは、相対的危険回避度γと真利率の分散σが大きいほど、大きくなる。
 以上のように、人口増加率が期待真利率より小さく、公的年金額が個人年金額を期待値で下回る程度が、真利率の分散と相対的危険回避度で規定されるインフレ・リスク・プレミアムの範囲であれば、公的年金の方が個人年金より有利である。



(4) 効用が実質消費に依存する場合
 個人の効用が物価でデフレートした実質消費に依存するならば、公的年金は賃金スライドまでは必要がなく、物価スライドだけ行われればリスクは除去できる。
 その場合、物価上昇率をhとすると、公的年金の額は(1+h)ayである。一方、保険料は実質賃金上昇の分だけ低くてすむから、p=1/(1+π)(1+g0)(1+h0)となる。ここで、g0、h0は現在の賃金、物価の上昇率で、確定値である。したがって、公的年金額は、(1+π)/1+g0/1+h0(1+h)pyと表現されるから、公的年金額の個人年金額l(1+i)pyに対する比率の期待値は、RS1+π/{1+h0/1+g0E(1+i/1+h)}となる。この期待値と、効用が相対的消費水準に依存する場合の対応する値である[7]式の左辺との大小は、現在の実質賃金上昇率とその将来の期待値との大小による。今後の期待実質賃金上昇率は従来よりも低くなると予想されるので、[7]式の左辺の方が小さいであろう。
 また、[7]式の右辺に対応するリスク・プレミアムについては、効用が実質消費に依存するという仮定から、真利率ではなく、物価上昇率でデフレートした実質利子率が問題になる。すなわち、実質利子率の対数の分散がリスク・プレミアムの要素になる。
 公的年金額が個人年金額を期待値で下回る程度が、このリスク・プレミアムの範囲であれば、公的年金の方が個人年金より有利である。これは、効用が相対的消費水準に依存する場合の[7]式と似た条件である。

3.日本におけるインフレ・リスクと公的年金、個人年金の比較

(1) 推定の枠組み
 日本について公的年金が個人年金より有利か否かをみるには、その条件である[7]式を推定する必要がある。ただし、現実には、保険料拠出と年金給付は現役期間と老後期間の各年で行われ、各保険料拠出、各年金給付ごとに拠出から給付までの経過期間が異なるから、その間の真利率も異なったものになる。したがって、[7]式の条件をそのまま推定するのではなく、
LβΣn=1 nΠk=1 1/1+ρ LαΠk=1 1/1+ρk/{LαΣn=11/1+π nΠk=11/1+ρk}>e−1/2γσ2
という、より現実に即した条件を推定すべきである。
 しかし、この式は、さまざまな期間の真利率を含み、かつ、それらについて乗法分離型ではないため、これらさまざまな真利率の対数の総合的な分散であるσの推定、したがって、右辺の推定ができない。そこで、保険料拠出は現役期間の中間年の年齢、年金給付は老後期間の中間年の年齢で行われるとし、
Lβ/Lα Lα/2Πk=Lα/21/1+ρk/{1/Lα LαΣn=1 1/1+πn}>e−1/2γσ2 [8]
という条件の推定を行なった。
 このため、[8]式では、保険料、年金とも、中間年より前では中間年との間の真利率で伸ばさない分過小になり、中間年より後では中間年との間の真利率で割り引かない分過大になるが、これらは、中間年の前と後、及び分母の保険料と分子の年金で相殺関係にある。



(2) 真利率の分散の推定
 真利率は、保険料拠出から年金給付までの期間にわたる各年の真利率の累乗であるから、1+ρkの対数の分散σは、1+ρkから求められるが、その際、1+ρkの自己相関の程度に^ よってσは異なった値になる。
 そこで、各年の真利率の対数の平均との偏差xk=log(1+ρk)−E(log(1+ρk))について、自己回帰モデルの推定を行なった。データについては、利子率は「銀行局金融年報」(大蔵省)の生命保険会社の各年度の資産運用利回り、賃金上昇率は「毎月勤労統計」(労働省)のきまって支給する給与の各年度の上昇率を用い、これらの比率として真利率を計算した。推定期間は、1995年度に基礎年金の受給開始年齢の65歳となる者が20歳であった1950年度から、1994年度までとした。
 推定結果は次のとおりである。
 xk=0.857xk-
  t値=11.8、自由度修正済決定係数=0.742、標準誤差=0.025、
  Durbin・Watson比=1.87、A.I.C.=−3.57
自己回帰については10階まで推定してみたが、2階以上は有意でなく、A.I.C.も改善されなかった。さらに、LM検定で系列相関も認められな^ かった。また、第一次石油ショック後の1974、1975年で区切って2^ 期間に分けて推定してみたが、係数に有意な差は認められなかった。なお、Dickey・Fuller検定で、単位根の存在は5%有意水準で棄却された。
 したがって、
xk=rxk-1+zk、(r=0.857,誤差zkは独立でその平均は0、分散σz2≒0.025
と表わせるから、
xkΣj=0rjzk-j
∴E(xk)=0、V(xk)=E(xk)=Σj=0(r)jσ2z=1/1−rσ2z
 したがって、保険料拠出から年金給付までの真利率の対数の分散σは、
σ=V{nΣk=1 log(1+ρk)}=E(nΣk=1 xk)
E=(2nΣm=1 n−mΣk=0 xmxm−nΣk=1 x2k)
=1/1−r σ2z(2nΣm=1 n−mΣk=0 rk−n
=1/1−r σ2z(2nΣm=1 1−rn−m-1/1−r−n)
=1/1−r σ2z{1+r/1− r n−2r1−rn/(1−r)
=σ2z1/(1−r)(n−2r 1−rn1−r)
となる。これから、σは0.88程度と推定される。
 この推定値は、1年当たりの真利率の標準偏差に換算すると2.5%程度になる。これは、期待真利率の推定値である約1.7%より大きいから、真利率が負になるリスクがかなりあるということになる。今後、労働力人口の減少に伴い資本・労働比率が上昇する可能性や、労働生産性を高めるような技術進歩が生じる可能性は十分あるから、それによって賃金上昇率が利子率より高くなり、真利率が負になるリスクは小さくないと考えられる。ちなみに、推定期間における真利率は、−0.4%と負になっている。
 なお、第2節の前提と異なり、xkは独立ではないが、この場合でも1+ρは対数正規分布に従う。すなわち、xk−rxk−1=zkより、
(1−r)nΣk=1xk+r(xn−x0)=nΣk=1zx
nΣk=1=1/1−r nΣk=1zk+r/1−r(x0−xn)
となるから、nが大きいときnΣk=1Sxkは1/1−r nΣk=1zkで近似できる。zkは独立であるから、中心極限定理により、xkは正規分布に従うと近似できる。そして、
log(1+ρ)−μ=nΣk=1{log(1+ρk−E(log(1+ρk))}=nΣk=1xkだから、log(1+ρ)は正規分布、したがって、1+ρは対数正規分布に従うと近似できる。



第1表 完全賦課方式の公的年金と個人年金との比較    第1表 完全賦課方式の公的年金と個人年金との比較(続き)
受給
開始
年度
現役・
老後
期間
比率
現役・
老後
人口
比率
期待
真利率
公的年金
・個人年
金期待給
付比率
所要
相対的
危険
回避度
1995 2.14 7.33 74.7% 1.96  
1996 2.12 7.19 75.0% 1.94  
1997 2.10 7.04 75.2% 1.91  
1998 2.08 6.88 75.4% 1.88  
1999 2.07 6.88 75.7% 1.85  
2000 2.05 6.57 75.9% 1.82  
2001 2.04 6.42 76.0% 1.79  
2002 2.03 6.26 76.1% 1.75  
2003 2.03 6.10 76.2% 1.71  
2004 2.02 5.94 76.3% 1.67  
2005 2.01 5.78 76.4% 1.63  
2006 2.01 5.62 76.5% 1.59  
2007 2.00 5.46 76.6% 1.55  
2008 2.00 5.30 76.6% 1.50  
2009 1.99 5.15 76.7% 1.46  
2010 1.98 5.00 76.8% 1.42  
2011 1.98 4.85 76.9% 1.39  
2012 1.98 4.71 76.9% 1.35  
2013 1.97 4.57 77.0% 1.31  
2014 1.97 4.42 77.1% 1.27  
2015 1.96 4.28 77.1% 1.23  
2016 1.96 4.15 77.2% 1.19  
2017 1.96 4.02 77.2% 1.16  
2018 1.95 3.89 77.3% 1.12  
2019 1.95 3.76 77.3% 1.09  
2020 1.95 3.64 77.4% 1.05  
2021 1.94 3.52 77.4% 1.02  
2022 1.94 3.41 77.4% 0.99 0.03
2023 1.94 3.30 77.5% 0.96 0.10 
2024 1.94 3.19 77.5% 0.93 0.17
2025 1.93 3.10 77.6% 0.90 0.23
  
受給
開始
年度
現役・
老後
期間
比率
現役・
老後
人口
比率
期待
真利率
公的年金
・個人年
金期待給
付比率
所要
相対的
危険
回避度
2026 1.93 3.01 77.6% 0.88 0.30
2027 1.93 2.92 77.6% 0.85 0.36
2028 1.93 2.84 77.6% 0.83 0.42
2029 1.93 2.77 77.7% 0.81 0.48
2030 1.92 2.69 77.7% 0.79 0.54
2031 1.92 2.63 77.7% 0.77 0.60
2032 1.92 2.56 77.7% 0.75 0.65
2033 1.92 2.50 77.8% 0.73 0.70
2034 1.92 2.44 77.8% 0.72 0.75
2035 1.92 2.39 77.8% 0.70 0.80
2036 1.92 2.34 77.8% 0.69 0.85
2037 1.91 2.29 77.9% 0.67 0.90
2038 1.91 2.24 77.9% 0.66 0.94
2039 1.91 2.20 77.9% 0.65 0.99
2040 1.91 2.15 77.9% 0.63 1.03
2041 1.91 2.11 77.9% 0.62 1.08
2042 1.91 2.07 78.0% 0.61 1.12
2043 1.91 2.03 78.0% 0.60 1.16
2044 1.91 1.99 78.0% 0.59 1.21
2045 1.91 1.95 78.0% 0.57 1.25
2046 1.90 1.91 78.0% 0.56 1.29
2047 1.90 1.88 78.0% 0.55 1.33
2048 1.90 1.85 78.0% 0.54 1.37
2049 1.90 1.81 78.1% 0.54 1.41
2050 1.90 1.78 78.1% 0.53 1.45
2051 1.90 1.75 78.1% 0.52 1.48
2052 1.90 1.73 78.1% 0.51 1.52
2053 1.90 1.70 78.1% 0.50 1.55
2054 1.90 1.68 78.1% 0.50 1.58
2055 1.90 1.66 78.1% 0.49 1.61
2056 1.90 1.64 78.1% 0.48 1.64
2057 1.90 1.62 78.1% 0.48 1.67
2058 1.90 1.60 78.1% 0.47 1.69
2059 1.90 1.58 78.1% 0.47 1.71
2060 1.90 1.57 78.1% 0.46 1.73



(3) 完全賦課方式の公的年金と個人年金
 まず、仮想的に、第2節に即した完全賦課方式の公的年金を考え、個人年金と比較すると、第1表のようになる。
 同表では、基礎年金制度に即して20歳から60歳までを現役、65歳以降を老後とし、「日本の将来推計人口(1997年1月推計)」(国立社会保障・人口問題研究所)の中位推計に基づいて現役・老後期間比率及び現役・老後人口比率を推計した。なお、この現役・老後人口比率は、[8]式に示されているように、現役期間の各年の現役・老後人口比率の調和平均である。
また、保険料拠出は現役期間の中間年である40歳、年金給付は老後期間の中間年である、65歳に平均余命の半分を加えた年齢で行われるとした。したがって、期待真利率は、老後期間の中間年と現役期間の中間年との間(約35年)の期待利子率と期待賃金上昇の比率となるため、「平成6年財政再計算」(厚生省)で想定された利子率年5.5%、標準報酬上昇率年4.0%に基づいてこれを推定した。ただし、平成8年の公的年金制度改正により年金額が標準報酬ではなく可処分所得にスライドすることとなったため、ここでの賃金上昇率も税・社会保障負担率の上昇分を除いたものにする必要がある。そこで、税・社会保障負担率については、「家計調査」(総務庁)が全国ベースで行われるようになった1963年と1994年の差に基づき、今後年0.2%ポイント上昇していくと想定し、期待真利率は年1.7%程度と推定した。なお、現状では、税・社会保障負担の中で個人の直接的な負担は他の負担(法人負担、間接税等)よりも小さいが、今後もこの状況が続くとすると、国民負担率は年0.4%ポイント以上上昇していき、2025年には50%台になる。これは、厚生省、経済企画庁等による国民負担率の予測とおおむね 整合的と思われる。
 以上の現役・老後期間比率、現役・老後人口比率、期待真利率から、[8]式の左辺に当たる公的年金・個人年金期待給付比率が求められる。現在の公的年金受給者については、この期待給付比率は1を大きく超えており、公的年金は個人年金より有利である。しかし、高齢化で現役・老後人口比率が急速に低下していくことにより、今後、期待給付比率は小さくなっていき、2020年過ぎに受給開始年齢に達する者、すなわち1995年現在40歳過ぎの者から、期待給付比率が1を下回るようになると見込まれる。期待給付比率はさらに低下し、現在20歳で保険料を支払い始めた者については0.63、現在0歳の者では0.46程度になると予想される。ただし、年次の現役・老後人口比率が2049年を底にして上昇に向かうため、期待給付比率の低下幅は小さくなっており、これよりやや低い程度で下げ止まるものと見込まれる。このように、将来世代では公的年金の有利性が低下していく。
 しかし、将来世代についても、期待給付比率が1を下回る程度よりもインフレ・リスク・プレミアムの方が大きければ、公的年金は個人年金より有利になる。(2)で推定した真利率の対数の分散σの値0.88の下でインフレ・リスク・プレミアムがこの条件を満たすためには、相対的危険回避度γが一定の値以上でなければならない。所要相対的危険回避度はこの値を示すものであり、1995年現在20歳の者で1強、現在0歳の者で1.7強と見込まれる。第2節で述べたように、相対的危険回避度が大きいほど、インフレ・リスク・プレミアムは大きくなるから、所要相対的危険回避度は下限を示すものである。



(4) 現実の公的年金と個人年金
 現実の公的年金は、賦課方式の性格が強いが、所要額の一部ではあるものの積立金が存在し、積立方式の要素も若干ある。このように、現実の公的年金は、完全な賦課方式ではないため、a/p=1+πは成立しない。したがって、[8]式の1+πnの代わりにa/pnを当てはめた、
Lβ/LαLα+ Lβ/2Πk=Lα/2 1/1+ρk/(1/Lα Σn=1 1/a/pn)>e−1/2γσ2 [8′]
が、公的年金が個人年金より有利となる条件になる。


第2表 基礎年金と個人年金との比較
  
第2表 基礎年金と個人年金との比較(続き)
受給
開始
年度
現役・
老後
期間
比率
年金・
保険料
比率
期待
真利率
公的年金
・個人年
金期待給
付比率
所要
相対的
危険
回避度
1995 2.14 13.68 59.8% 4.00  
1996 2.12 12.74 61.3% 3.73  
1997 2.10 11.90 62.8% 3.48  
1998 2.08 11.12 64.4% 3.25  
1999 2.07 10.40 65.9% 3.03  
2000 2.05 9.75 67.5% 2.84  
2001 2.04 9.15 69.0% 2.65  
2002 2.03 8.59 70.5% 2.48  
2003 2.03 8.08 72.0% 2.32  
2004 2.02 7.61 73.5% 2.17  
2005 2.01 7.18 75.0% 2.04  
2006 2.01 6.78 76.5% 1.91  
2007 2.00 6.45 76.6% 1.83  
2008 2.00 6.15 76.6% 1.74  
2009 1.99 5.85 76.7% 1.66  
2010 1.98 5.58 76.8% 1.59  
2011 1.98 5.31 76.9% 1.52  
2012 1.98 5.06 76.9% 1.45  
2013 1.97 4.84 77.0% 1.39  
2014 1.97 4.62 77.1% 1.33  
2015 1.96 4.42 77.1% 1.27  
2016 1.96 4.23 77.2% 1.22  
2017 1.96 4.06 77.2% 1.17  
2018 1.95 3.89 77.3% 1.12  
2019 1.95 3.73 77.3% 1.08  
2020 1.95 3.58 77.4% 1.04  
2021 1.94 3.44 77.4% 1.00 0.01
2022 1.94 3.31 77.4% 0.96 0.09
2023 1.94 3.20 77.5% 0.93 0.16
2024 1.94 3.10 77.5% 0.90 0.23
2025 1.93 3.01 77.6% 0.88 0.30
受給
開始
年度
現役・
老後
期間
比率
年金・
保険
料比率
期待
真利率
公的年金
・個人年
金期待給
付比率
所要
相対的
危険
回避度
2026 1.93 2.93 77.6% 0.85 0.36
2027 1.93 2.93 77.6% 0.85 0.36
2028 1.93 2.78 77.6% 0.81 0.47
2029 1.93 2.72 77.7% 0.79 0.52
2030 1.92 2.66 77.7% 0.78 0.57
2031 1.92 2.60 77.7% 0.76 0.62
2032 1.92 2.55 77.7% 0.75 0.66
2033 1.92 2.50 77.8% 0.73 0.71
2034 1.92 2.45 77.8% 0.72 0.75
2035 1.92 2.40 77.8% 0.70 0.80
2037 1.92 2.31 77.9% 0.68 0.88
2038 1.91 2.27 77.9% 0.67 0.92
2039 1.91 2.23 77.9% 0.66 0.95
2040 1.91 2.19 77.9% 0.65 0.99
2041 1.91 2.16 77.9% 0.64 1.02
2042 1.91 2.13 78.0% 0.63 1.06
2043 1.91 2.10 78.0% 0.62 1.09
2044 1.91 2.07 78.0% 0.61 1.11
2045 1.91 2.05 78.0% 0.60 1.14
2046 1.90 2.02 78.0% 0.60 1.17
2047 1.90 2.00 78.0% 0.59 1.19
2048 1.90 1.98 78.0% 0.58 1.21
2049 1.90 1.96 78.1% 0.58 1.24
2050 1.90 1.94 78.1% 0.57 1.26
2051 1.90 1.92 78.1% 0.57 1.28
2052 1.90 1.91 78.1% 0.56 1.30
2053 1.90 1.89 78.1% 0.56 1.31
2054 1.90 1.88 78.1% 0.55 1.33
2055 1.90 1.86 78.1% 0.55 1.35
2056 1.90 1.85 78.1% 0.55 1.36
2057 1.90 1.84 78.1% 0.54 1.38
2058 1.90 1.83 78.1% 0.54 1.39
2059 1.90 1.82 78.1% 0.54 1.40
2060 1.90 1.81 78.1% 0.53 1.41



@ 基礎年金と個人年金
 基礎年金を個人年金と比較すると、第2表のようになる。
同表では、基礎年金の被保険者の年齢範囲及び年金支給開始年齢についての原則に基づき、20歳から60歳までを現役、65歳以降を老後とした。これは、(3)で述べた完全賦課方式の場合と同じであるから、現役・老後期間^ 比率も第1表と同じになっている。
 また、年金・保険料比率については、保険料は国民年金の第1号被保険者のもの、年金額はモデル年金のうち保険料によってまかなわれる部分(年金額の3分の2)を用い、「平成6年財政再計算」に基づいて推計した。ただし、この財政再計算は1992年人口推計によっており、1997年人口推計ではそれよりも高齢化が進むと見込まれているため、それに対応した公的年金制度の改定が必要になり、年金・保険料比率は財政再計算よりも小さくなるであろう。そこで、1997年人口推計の現役・老後人口比率が1992年人口推計を下回る程度に比例して、年金・保険料比率も小さくなると想定した。また、年金給付のうち保険料によってまかなわれる部分のみを対象にしたのは、基礎年金の3分の1をまかなう国庫負担の財源の特定が困難なため、これに対応する年金額を除いたものである。
 年金・保険料比率の推計値は、基礎年金に積立方式の要素が若干あることから第1表の現役・老後人口比率(これは、完全賦課方式の下で年金・保険料比率に等しい。)よりもやや大きいものの、やはり急速に低下していくと見込まれる。なお、2000年頃まで年金・保険料比率が現役・老後人口比率をかなり上回っているのは、保険料の低かった国民年金導入時の影響が若干残っていることによる。国民年金導入時には、老後世代の年金給付水準が低かったため、保険料も低くなっていた。
 期待真利率については、完全賦課方式の場合と同じく、保険料拠出、年金給付がそれぞれの中間年で行われたとし、財政再計算の利子率、標準報酬上昇率に基づいて推計しているので、推計値もほぼ同様である。ただし、2005年までに受給開始年齢に達する者については、国民年金が発足したのが20歳より後であったことから、保険料拠出期間の中間年が40歳より高くなる分、老後期間の中間年との間が完全賦課方式の場合より短いため、期待真利率の推計値が第1表より小さい。
 以上のように、現役・老後期間比率、年金・保険料比率、期待真利率が完全賦課方式の場合とほぼ同様に変化すると予想されるから、これらから求められる[8′]式の左辺に当たる基礎年金・個人年金期待給付比率も同様に推移すると見込まれる。すなわち、現在の基礎年金受給者については、期待給付比率は1を大きく超えているが、現役・老後人口比率の低下により、今後、小さくなっていき、2020年過ぎに受給開始年齢に達する者から、期待給付比率が1を下回るようになると見込まれる。期待給付比率は、さらに低下し、1995年現在20歳で保険料を支払い始めた者については0.65、現在0歳の者では0.53程度となると予想される。ただし、年次の現役・老後人口比率が2049年を底にして上昇に向かうため、期待給付比率はこれよりやや低い程度で下げ止まるものと見込まれる。このように、第1表と同様、将来世代では基礎年金の有利性が低下していく。
 しかし、将来世代についても、期待給付比率が1を下回る程度よりもインフレ・リスク・プレミアムの方が大きければ、基礎年金は個人年金より有利になるから、その条件の下限である所要相対的危険回避度を第1表と同様に求めると、1995年現在20歳の者で1弱、現在0歳の者で1.4強と見込まれる。



A 厚生年金と個人年金
 厚生年金を個人年金と比較すると、第3表のようになる。
 同表では、厚生年金の支給開始年齢が60歳であることから、20歳から60歳までを現役、60歳以降を老後とした。これは、(3)で述べた完全賦課方式の場合と比べて老後期間を長くみなすことになるから、現役・老後期間比率は第1表より小さくなっているが、その推移の仕方は第1表と同様である。
 期待真利率も、老後期間の中間年が完全賦課方式の場合より若くなるため、第1表より小さくなっている。すなわち、期待真利率については、完全賦課方式の場合と同じく、保険料拠出、年金給付が現役期間、老後期間の中間年で行われたとして推計しているが、老後期間の中間年は、60歳に平均余命の半分を加えた年齢であり、完全賦課方式の場合の65歳に平均余命の半分を加えた年齢よりもやや若い。このため、現役期間の中間年との間が完全賦課方式の場合より短くなるので、期待真利率の推計値は第1表よりやや小さくなっている。同じ理由から、真利率の対数の分散σの推定値も第1表よりやや小さく、0.84程度となっている。
 また、年金・保険料比率については、基礎年金が現役時代の賃金(標準報酬)にかかわりなく定額であるのに対し、厚生年金は現役時代の賃金に比例する仕組みになっているため、推計に当たっては平均的な賃金の者で代表した。ただし、経過的には、厚生年金も定額の部分(特別支給の年金の定額部分)を一部含むが、これは控除して推計した。一方、保険料には、本人負担も雇主負担も帰着は同じとみなして両方を含めた。ただし、厚生年金の保険料には、基礎年金や上記の定額部分をまかなう分も含まれているため、これらを控除した。控除額の推計は、基礎年金の保険料に基づき、被扶養配偶者の分等も考慮して行なった。さらに、基礎年金の場合と同じく、「平成6年財政再計算」が基礎とした1992年人口推計よりも高齢化が進むと見込まれることに対応して、1997年人口推計の現役・老後人口比率が1992年人口推計を下回る程度に比例して、年金・保険料比率も小さくなると想定した。
 60歳以降の老後世代の人口が、65歳以降を老後世代とした完全賦課方式の場合より多くなるため、年金・保険料比率も、第1表の現役・老後人口比率より小さいが、第1表と同様に急速に低下していくと見込まれる。
 以上より、厚生年金・個人年金期待給付比率も、完全賦課方式の場合と同様に推移すると見込まれる。すなわち、現在の厚生年金受給者については、期待給付比率は1を大きく超えているが、現役・老後人口比率の低下により、今後、小さくなっていき、2020年頃に受給開始年齢に達する者から、期待給付比率が1を下回るようになると見込まれる。期待給付比率は、さらに低下し、2000年において20歳で保険料を支払い始めた者については0.65、0歳の者では0.54程度となると予想される。ただし、年次の現役・老後人口比率が2049年を底にして上昇に向かうため、期待給付比率はこれよりやや低い程度で下げ止まるものと見込まれる。このように、第1表と同様、将来世代では厚生年金の有利性が低下していく。
 また、インフレ・リスク・プレミアムを含めて厚生年金が個人年金より有利になる条件の下限である所要相対的危険回避度を第1表と同様に求めると、第2表とほぼ同じく、2000年において20歳の者で1弱、0歳の者で1.4強と見込まれる。



第3表 厚生年金と個人年金との比較
  
第3表 厚生年金と個人年金との比較(続き)
受給
開始
年度
現役・
老後
期間
比率
年金・
保険料
比率
期待
真利率
公的年金
・個人年
金期待給
付比率
所要
相対的
危険
回避度
1995 1.54 6.20 70.8% 2.35  
1996 1.53 5.94 71.1% 2.27  
1997 1.52 5.67 71.4% 2.18  
1998 1.51 5.41 71.6% 2.09  
1999 1.50 5.18 71.9% 2.01  
2000 1.49 4.93 72.1% 1.92  
2001 1.48 4.62 72.1% 1.81  
2002 1.48 4.40 72.3% 1.72  
2003 1.48 4.12 72.4% 1.62  
2004 1.47 3.95 72.6% 1.55  
2005 1.47 3.68 72.7% 1.45  
2006 1.46 3.53 72.8% 1.40  
2007 1.46 3.37 72.9% 1.34  
2008 1.46 3.29 73.0% 1.30  
2009 1.45 3.15 73.1% 1.25  
2010 1.45 3.05 73.2% 1.22  
2011 1.45 2.97 73.2% 1.19  
2012 1.44 2.90 73.3% 1.16  
2013 1.44 2.83 73.4% 1.13  
2014 1.44 2.76 73.4% 1.11  
2015 1.44 2.69 73.5% 1.08  
2016 1.44 2.63 73.5% 1.06  
2017 1.43 2.57 73.6% 1.03  
2018 1.43 2.52 73.6% 1.01  
2019 1.43 2.46 73.7% 0.99 0.02
2020 1.43 2.39 73.7% 0.96 0.08
2021 1.43 2.33 73.8% 0.94 0.14
2022 1.43 2.28 73.8% 0.92 0.20
2023 1.42 2.22 73.9% 0.90 0.26
2024 1.42 2.17 73.9% 0.88 0.32
2025 1.42 2.11 73.9% 0.85 0.37
受給
開始
年度
現役・
老後期
間比率
年金・
保険料
比率
期待
真利率
公的年金
・個人年
金期待給
付比率
所要
相対的
危険
回避度
2026 1.42 2.06 74.0% 0.83 0.43
2027 1.42 2.02 74.0% 0.82 0.48
2028 1.42 1.97 74.0% 0.80 0.53
2029 1.42 1.93 74.1% 0.78 0.58
2030 1.42 1.89 74.1% 0.77 0.63
2031 1.42 1.86 74.1% 0.75 0.67
2032 1.41 1.83 74.1% 0.74 0.71
2033 1.41 1.79 74.2% 0.73 0.75
2034 1.41 1.76 74.2% 0.72 0.79
2035 1.41 1.70 74.2% 0.70 0.83
2036 1.41 1.68 74.2% 0.69 0.87
2037 1.41 1.65 74.2% 0.68 0.90
2038 1.41 1.63 74.3% 0.67 0.94
2039 1.41 1.61 74.3% 0.66 0.97
2040 1.41 1.59 74.3% 0.65 1.00
2041 1.41 1.57 74.3% 0.65 1.03
2042 1.41 1.55 74.3% 0.64 1.06
2043 1.41 1.53 74.3% 0.63 1.09
2044 1.41 1.51 74.4% 0.62 1.12
2045 1.41 1.50 74.4% 0.62 1.14
2046 1.41 1.48 74.4% 0.61 1.16
2047 1.40 1.48 74.4% 0.60 1.19
2048 1.40 1.46 74.4% 0.60 1.21
2049 1.40 1.45 74.4% 0.59 1.24
2050 1.40 1.44 74.4% 0.59 1.26
2051 1.40 1.42 74.4% 0.58 1.28
2052 1.40 1.41 74.4% 0.58 1.30
2053 1.40 1.40 74.4% 0.57 1.33
2054 1.40 1.38 74.4% 0.56 1.35
2055 1.40 1.37 74.4% 0.56 1.37
2056 1.40 1.36 74.4% 0.56 1.39
2057 1.40 1.35 74.4% 0.55 1.40
2058 1.40 1.34 74.4% 0.55 1.42
2059 1.40 1.33 74.4% 0.54 1.44
2060 1.40 1.32 74.4% 0.54 1.45



(5) 相対的危険回避度の推定
 公的年金が個人年金より有利か否かを判断するためには、相対的危険回避度γを推定し、それが所要相対的危険回避度より大きいか否かをみる必要がある。
 より一般的に多期間モデルを考え、やはり相対的危険回避度一定で加法分離性のある通時的効用関数を仮定すると、生涯効用Uは、
[U=LΣt=0 1/1−γ[[ct/{y0tΠk=0 (1+gk)}]1−γ−1]/(1+δt)] (γ≠1、γ>0)
[U=LΣt=0log{ct/(y0tΠk=0 (1+gk))}/(1+δ)t (γ=1) [9]
と表わせる。一方、生涯における予算制約式は、
LΣt=0[ct/{tΠk=0 (1+ik )}]=Y0、(Yoは生涯所得の現在価値) [10]
と表わせる。
 個人は、[10]式を制約条件として生涯効用関数[9]式を最大化するから、
L=U+λ[Y0-LΣt=0[ct/{tΠk=0(1+ik)}]] とすると、
[θL/θct=[ct/{y0 tΠk=0S(1+gk)}]−γ/{(1+δ)ty0 tΠk=0(1+gk)−λ/{tΠk=0(1+ik)}=0 (γ≠1、γ>0)
[θL/θct=1/ct/(1+δ)t−λ/{tΠk=0(1+ik)}=0 (γ=1)
∴ct/ct-1/(1+gt)={1+it/(1+δ)(1+gt)}1/γ
∴log[ct/ct-1/(1+gt)/(1+gt)]=1/γlog[1+it/1+gt]−1/γlog(1+δ) [11]
 これに基づき、[11]式を非線形最小二乗法で推定することにより、相対的危険回避度γを求めた。データについては、消費と賃金は「国民経済計算」(経済企画庁)の家計最終消費支出と可処分所得を「人口推計月報」(総務庁)の総人口で割ったもの、利子率は「銀行局金融年報」(大蔵省)の生命保険会社の資産運用利回りを用いた。また、推定期間は、「国民経済計算」の計数の増加率が得られる1956年度から、1994年度までである。ただし、チャウ検定により、1980年度以降構造変化が生じていることが1%有意水準で認められたため、1956〜1979年度と1980〜1994年度の二期間に分けて推定を行なった。
 推定結果は第4表のとおりである。相対的危険回避度の推定値は、1956〜1979年度について3.0で95%信頼区間が2.4〜4.2、1980〜1994年度について2.5で95%信頼区間が1.6〜5.6であるが、一方の期間の推定値が他方の信頼区間に含まれていることから、両期間で有意な差はない。相対的危険回避度については、Szpiro(1986b)において、保険需要に基づく推定が各国に関して行われているが、その中で、日本の推定値は2.7程度、95%信頼区間は2〜4となっており、ここでの推定結果に近い。
 したがって、相対的危険回避度は、完全賦課方式の公的年金の場合の2060年における所要値1.7強や基礎年金、厚生年金の場合の2060年における所要値1.4強を上回っている可能性が大きいから、インフレ・リスクを考慮すれば将来世代にとっても公的年金が個人年金より有利である可能性が大きいと考えられる。


第4表 相対的危険回避度(γ)と時間選好率(δ)の推定値
推定期間
(年度)
相対的危険回避度(γ) 時間選好率(δ) 自由度
修正済
決定係数
ダービン・ワトソン比
推定値 95%信頼区間 推定値 95%信頼区間
1956〜1979 3.0 2.4〜4.2 -3.8% -4.9%〜-2.7% 0.68 1.59
1980〜1994 2.5 1.6〜5.6 1.2% 0.2%〜2.2% 0.46 1.76



(6) 留意事項

 以上から、インフレ・リスクを考慮すれば
公的年金は個人年金より有利である可能
性が大きいといえよう。
 ただし、たとえば、インフレ・リスク・プレ
ミアムに関し、構造変化によって将来の
真利率の分散が過去より小さくなる可能
性がある。しかし、保険料拠出から年金
給付までの長期間でどのような構造変化
が起きるかは予測できず、その態様によ
っては逆に将来分散が拡大する可能性
もあるから、構造変化自体がリスクと考え
られる。
 また、インフレ・リスクは長生きするほど
大きくなるが、ここでは寿命は確定とみな
しているので、このようなインフレ・リスクと
長寿のリスクの交差効果は考慮していな
い。この点で、インフレ・リスク・プレミアム
は過小推定になっている。また、公的年金
・個人年金期待給付比率の推計において
は、現実の公的年金における障害年金、
遺族年金の給付を考慮していないのに保
険料からはそれに対応する分を除いてい
ないため、公的年金の期待給付額が過小
となっている。さらに、基礎年金について
は、国庫負担に対応する給付(年金額の
3分の1)を除いて保険料に対応する分の
みを推計したが、保険料は個人の負担で
あるのに対し、国庫負担の全てが個人の
負担に帰着されるとはいえないであろうか
ら、国庫負担分の方が有利と考えられる。
厚生年金についても、雇主負担分が本人
負担分と全く同じ帰着になるとはいえない
であろうから、雇主負担分の全てが本人
の保険料拠出と同じとみなせるわけでは
ない。したがって、その分、本人にとって
の保険料拠出は少なくなる。これらの点
で、公的年金・個人年金期待給付比率は
過小推計になっている。
さらに、個人年金で老後に対応する場合
でも、高齢化の影響を全く受けないわけ
ではない。インフレによって年金額が老
後生活をまかなえないほど目減りすれ
ば、現役世代は老後世代を私的に扶養
しなければならず、賦課方式の要素が
入り込むからである。
 一方、人口構造については、近年の合
計特殊出生率の推移等からみて、ここで
の推計の基礎とした「日本の将来推計人
口(1997年1月推計)」の中位推計よりも
高齢化が進む可能性がある。この点で、
ここでの現役・老後人口比率や年金・保
険料比率の推計は過大であり、公的年
金・個人年金期待給付比率も過大推計に
なっている可能性がある。しかし、仮に、
中位推計ではなく低位推計が当てはまる
としても、現役・老後人口比率が1割程度
小さくなるのに伴って、2060年の所要相
対的危険回避度は、完全賦課方式の公
的年金の場合で約1.9、基礎年金、厚生
年金の場合で約1.6に高まる程度である
と見込まれるので、まだ公的年金が個
人年金より有利である可能性が大きい。
 
第5表 完全賦課方式の公的年金の給付水準の限度
年度 給付水準の限度
γ=1.6 γ=2.5
1995 1.41 1.79
1996 1.39 1.77
1997 1.37 1.74
1998 1.35 1.74
1999 1.33 1.72
2000 1.30 1.69
2001 1.27 1.66
2002 1.25 1.62
2003 1.22 1.59
2004 1.19 1.51
2005 1.16 1.48
2006 1.13 1.44
2007 1.10, 1.40
2008 1.07 1.36
2009 1.04 1.32
2010 1.01 1.29
2011 0.98 1.25
2012 0.96 1.22
2013 0.93 1.18
2014 0.90 1.15
2015 0.87 1.11
2016 0.85 1.08
2017 0.82 1.05
2018 0.80 1.01
2019 0.77 0.98
2020 0.75 0.95
2021 0.72 0.92
2022 0.70 0.89
2023 0.68 0.86
2024 0.66 0.84
2025 0.64 0.81
  
年度 給付水準の限度
γ=1.6 γ=2.5
2026 0.62 0.79
2027 0.60 0.77
2028 0.59 0.75
2029 0.57 0.73
2030 0.56 0.71
2031 0.54 0.69
2032 0.53 0.68
2033 0.52 0.66
2034 0.51 0.64
2035 0.50 0.63
2036 0.48 0.62
2037 0.47 0.60
2038 0.47 0.59
2039 0.46 0.58
2040 0.45 0.57
2041 0.44 0.56
2042 0.43 0.55
2043 0.42 0.54
2044 0.41 0.53
2045 0.41 0.52
2046 0.40 0.51
2047 0.39 0.50
2048 0.38 0.49
2049 0.38 0.48
2050 0.37 0.47
2051 0.37 0.47
2052 0.36 0.46
2053 0.35 0.45
2054 0.35 0.45
2055 0.35 0.44
2056 0.34 0.43
2057 0.34 0.43
2058 0.33 0.42
2059 0.33 0.42
2060 0.33 0.42



4. 公的年金の限界と個人年金の役割

(1) 公的年金の負担と給付水準の限度
 公的年金の原資は現役世代の賃金に依存しているため、公的年金の水準は、現役世代がその負担に同意する限度を超えること^ はできない。この負担限度は、現役世代が他の世代の負担によらず、自ら個人年金で老後に備える場合に選択する最適な個人年金保険料に等しい。公的年金の保険料がこれを超えれば、本来消費されるはずのものが強制的に保険料として徴収されることになる。また、この超過分は、現在消費されるはずのものであるから、将来のインフレ・リスクを被らないため、公的年金によるインフレ・リスク除去のメリットを受けない。
 最適な個人年金保険料率p*は、期待生涯効用である、
[E(Us)=Lα1/1−γ{(1−p)1−γ}+LβE[1/1−γ[{l(1+ρ)p}1−γ]−1/(1+δ)]
 (γ≠1、γ>0)
[E(Us)=Lαlog(1−p)+LβE(log(l(1+ρ)p)/(1+δ))
 (γ=1)
が最大になるように決定されるから、[6]式も考慮すれば、
θE(Us)/θp=LαS{−(1−p)−γ+l−γp−γE(1+ρ)1−γ/(1+δ)}
=Lα{−(1−p)−γ+l−γp−γe−1/2γ(1−γ)σ(E(1+ρ))1−γ/(1+δ)}=0
 (γ≠1、γ>0)
θE(Us)/θp=Lα{−1/1−p+1/l 1/p/(1+δ)}=0
 (γ=1)
より、
p=1/{1+e1/2(1−γ)σlE(1+ρ)(1+δ/E(1+ρ)) 1/γ
 (γ≠1、γ>0)
p=1/{1+l(1+δ)}
 (γ=1)、(上式でγ=1の場合に相当)
である。
 公的年金の保険料率pt=a/1+πtはpを超えてはならないから、公的年金の給付水準についてはa/min/t(1+πt)≦pより、
a≦min/t(1+πt)/{1+e 1/2(1−γ)σ lE(1+ρ)(1+δ/E(1+ρ))1/γ [12]
となる。したがって、公的年金の給付水準の上限は、最も高齢化が進んだ時点の現役・老後人口比率によって規定される。



(2) 個人年金の役割
 以上から、最も高齢化が進んだ時点以外では、公的年金の保険料率の上限は最適な保険料率を下回ることになるため、公的年金が個人年金より有利でも、最適な保険料率との差は個人年金でまかなう必要がある。すなわち、
a/1+πt≦a/min/t(1+πt)よりa/1+πt≦pだから、θ=p−a/1+πt (0≦θ<p)は個人年金でまかなう必要がある。この部分は、国民共通のニーズに基づくものであるため、公的な性格が強いといえよう。
 なお、公的年金が個人年金より有利であれば、このような公的年金と個人年金の組み合わせは、個人年金のみで老後に備えるよりも有利である。
すなわち、両者の組み合わせで老後生活をまかなう場合の期待生涯効用は、
[E(Uα)=Lα1/1−γ{(1−p)(1−γ)−1}+LβE[1/1−γS[{(1+πt)(p−θ)+l(1+ρ)θ}1−γ−1]]/1+δ]
 (γ≠1、γ>0)
[E(Uα)=Lαlog(1−p)+LβE[ log((1+πt)(p−θ)+l(1+ρ)θ)/1+δ]
 (γ=1)
であるから、これと個人年金のみで老後に備える場合の期待生涯効用との差は、
[E(Uα)−E(Us)=Lβ/1−γ E[{(1+πt)(p−θ)+l(1+ρ)θ}1−γ−{l(1+ρ)p1−γ/1+δ]
 (γ≠1、γ>0)
[E(Uα)−E(Us)=LβE[log((1+πt)(p−θ)+l(1+ρ)θ)−log(l(1+ρ)p)/1+δ]
 (γ=1)
となる。
2(E(Uα)−E(Us))/Φθ2=−γLβE[{(1+πt)(p−θ)+l(1+ρ)θ}−γ−1{l(1+ρ)−(1+πt)}2/1+δ]<0
 (γ≠1、γ>0)
2(E(Uα)−E(Us))/Φθ2=−LβE[1/{(1+πt)(p−θ)+l(1+ρ)θ}2]{l(1+ρ)−(1+πt)}2/1+δ]<0
 (γ=1)
であり、また、
θ=0のとき、公的年金が個人年金より有利であるという前提から、E(Uα)−E(Us)>0
θ=pc*dのとき、E(Uα)−E(Us)=0
であるから、0≦θ<pc*dでE(Uα)−E(Us)のグラフは、


のようになる。したがって、0≦θ<pcdでE(Uα)>E(Us)であり、公的年金が個人年金より有利であれば、公的年金と個人年金の組み合わせは、個人年金のみで老後に備えるよりも有利である。



5. 日本における公的年金給付水準の限度

(1) 給付水準の限度の推計
 まず、仮想的に、第2節に即した完全賦課方式の公的年金を考え、[12]式に基づいて、各年における現役世代の負担の制約による年金給付水準(可処分所得に対する比率)の限度を推計すると、第5表のようになる。ここで、[12]式の各変数は第3節で推定したものにより、相対的危険回避度γについては推定値2.5に加えて95%信頼区間の下限値1.6も用いた。なお、時間選好率δはγと同時に推定され、第4表のように、1956〜1979年度について−3.8%、1980〜1994年度について1.2%であり、信頼区間でみて両期間で有意に異なるが、本稿では将来について公的年金の影響を推計するため、より現在に近い1980〜1994年度の推定値1.2%を用いた。また、現実には貯蓄の全てが老後用というわけではないから、公的年金の負担限度、したがって年金給付水準の限度はもっと低いであろう。このため、ホリオカ、渡部(1997)における20歳から59歳の純貯蓄と老後用貯蓄それぞれに公的年金負担(雇主負担も含む)を加えて両者の比率を求め、この比率から、実際の年金給付水準の限度を[12]式により算出されるものの7割と想定した。
 給付水準の限度は、現在は1を大きく超えているが、高齢化により、今後、急速に低下していき、2060年には0.42(γが2.5の場合。γが1.6の場合は0.33)程度となると予想される。ただし、年次の現役・老後人口比率が2049年を底にして上昇に向かうため、給付水準の限度の低下幅は小さくなっており、これよりやや低い程度で下げ止まるものと見込まれる。また、γが大きい方が給付水準の限度も大きいが、これは、将来のインフレ・リスクに備えて、より保険料負担をするからである。
 次に、現実の公的年金である基礎年金、厚生年金について給付水準の限度を推計すると、第6表、第7表のようになる。現実の公的年金は、一部積立金が存在し、完全な賦課方式ではないため、[12]式において、現役・老後人口比率1+πの代わりに年金・保険料比率a/pを用いて推計した。給付水準の限度は、基礎年金、厚生年金に積立方式の要素が若干あることから第5表の現役・老後人口比率よりも大きいものの、やはり急速に低下していくと見込まれる。そして、2060年には、基礎年金では0.48(γが1.6の場合は0.38)程度、厚生年金では0.42(γが1.6の場合は0.34)程度となると予想される。ただし、年次の現役・老後人口比率が2049年を底にして上昇に向かうため、給付水準の限度の低下幅は小さくなっており、これよりやや低い程度で下げ止まるものと見込まれる。また、これらの給付水準の限度は基礎年金、厚生年金それぞれ単独でのものであり、実際にはこの両者はほぼ同じウェイトで併給されているので、現実の公的年金の給付水準の限度は両者の平均である0.45(γが1.6の場合は0.36)程度と考えられる。



第6表 基礎年金の給付水準の限度
  
第7表 厚生年金の給付水準の限度
年度 給付水準の限度
γ=1.6 γ=2.5
1995 2.78 3.52
1996 2.59 3.29
1997 2.42 3.07
1998 2.27 2.88
1999 2.12 2.69
2000 1.99 2.53
2001 1.86 2.37
2002 1.75 2.22
2003 1.64 2.08
2004 1.54 1.96
2005 1.45 1.84
2006 1.36 1.73
2007 1.30 1.65
2008 1.24 1.58
2009 1.18 1.51
2010 1.13 1.44
2011 1.08 1.37
2012 1.03 1.31
2013 0.98 1.25
2014 0.94 1.20
2015 0.90 1.15
2016 0.86 1.10
2017 0.83 1.06
2018 0.80 1.01
2019 0.76 0.97
2020 0.73 0.94
2021 0.71 0.90
2022 0.68 0.87
2023 0.66 0.84
2024 0.64 0.81
2025 0.62 0.79
年度 給付水準の限度
γ=1.6 γ=2.5
2026 0.60 0.77
2027 0.59 0.75
2028 0.57 0.73
2029 0.56 0.71
2030 0.55 0.70
2031 0.54 0.68
2032 0.53 0.67
2033 0.52 0.66
2034 0.51 0.65
2035 0.50 0.63
2036 0.49 0.62
2037 0.48 0.61
2038 0.47 0.60
2039 0.46 0.59
2040 0.46 0.58
2041 0.45 0.57
2042 0.44 0.56
2043 0.44 0.56
2044 0.43 0.55
2045 0.43 0.54
2046 0.42 0.54
2047 0.42 0.53
2048 0.41 0.52
2049 0.41 0.52
2050 0.40 0.51
2051 0.40 0.51
2052 0.40 0.51
2053 0.39 0.50
2054 0.39 0.50
2055 0.39 0.49
2056 0.39 0.49
2057 0.38 0.49
2058 0.38 0.49
2059 0.38 0.48
2060 0.38 0.48
年度 給付水準の限度
γ=1.6 γ=2.5
1995 1.50 1.84
1996 1.44 1.77
1997 1.39 1.70
1998 1.33 1.63
1999 1.28 1.57
2000 1.22 1.50
2001 1.14 1.41
2002 1.14 1.41
2003 1.14 1.41
2004 1.03 1.26
2005 0.98 1.21
2006 0.88 1.08
2007 0.84 1.04
2008 0.82 1.01
2009 0.79 0.97
2010 0.77 0.94
2011 0.75 0.92
2012 0.73 0.90
2013 0.71 0.88
2014 0.70 0.86
2015 0.68 0.84
2016 0.66 0.82
2017 0.65 0.80
2018 0.64 0.78
2019 0.62 0.77
2020 0.61 0.75
2021 0.59 0.73
2022 0.58 0.71
2023 0.56 0.69
2024 0.55 0.68
2025 0.54 0.66
年度 給付水準の限度
γ=1.6 γ=2.5
2026 0.52 0.65
2027 0.51 0.63
2028 0.50 0.62
2029 0.49 0.61
2030 0.48 0.59
2031 0.47 0.58
2032 0.47 0.57
2033 0.46 0.56
2034 0.45 0.55
2035 0.43 0.53
2036 0.42 0.52
2037 0.42 0.52
2038 0.42 0.51
2039 0.41 0.51
2040 0.41 0.51
2041 0.41 0.50
2042 0.40 0.49
2043 0.40 0.49
2044 0.39 0.48
2045 0.39 0.48
2046 0.38 0.47
2047 0.38 0.47
2048 0.38 0.46
2049 0.37 0.46
2050 0.37 0.45
2051 0.36 0.45
2052 0.36 0.44
2053 0.36 0.44
2054 0.36 0.44
2055 0.35 0.43
2056 0.35 0.43
2057 0.34 0.42
2058 0.34 0.42
2059 0.34 0.42
2060 0.34 0.42



(2) 現行の給付水準との対比
 現行制度において、基礎年金と厚生年金を合わせたモデル的年金額は、被扶養配偶者割合を考慮すると、標準報酬の平均の約6割であり、これは、標準報酬に賞与を加え、税・社会保障負担を除いた可処分所得の約5割に当たる。前述のように、公的年金の給付水準の限度は45%程度と見込まれるので、現行の給付水準は、限度を超えていることになる。しかも、前述のように、人口構造は、ここでの推計の基礎とした「日本の将来推計人口(1997年1月推計)」の中位推計よりも高齢化が進む可能性がある。たとえば、仮に、中位推計ではなく低位推計が当てはまるとすれば、現役・老後人口比率は1割程度小さくなるとみこまれるため、給付水準の限度は、ここでの推計より低くなる可能性がある。
 したがって、公的年金は、現行制度のままでは負担限度を超えてしまうと見込まれるため、給付費を削減せざるをえないから、個人年金の役割が大きくなるであろう。

6.結論と課題

 老後生活の安定のためには、高齢で就業できなくなった後も、物価上昇や一般生活水準の上昇にかかわらず、相対的な生活水準が確保されることが必要である。しかし、物価上昇や、一般生活水準の上昇による相対的な生活水準の低下のリスクは、世代で共通に被るものであり、世代内でプールできないから、個人年金では除去できない。これに対して、公的年金では、現役世代から老後世代への所得再分配を行うことができるため、賃金上昇に比例して年金額を引き上げ、こうしたインフレ・リスクを異なる世代間でプールすることができる。
 今後、高齢化に伴い人口増加率が期待真利率を下回り、期待値で公的年金額が個人年金額より小さくなると予想されるが、公的年金がインフレ・リスクをプールすることによるリスク・プレミアムの存在を考慮すれば、将来も公的年金は個人年金より有利である可能性が大きい。さらに、現実の公的年金における障害年金、遺族年金の給付の存在や、基礎年金の国庫負担や厚生年金の雇主負担分が全て個人に帰着されるとはいえないことを考慮すると、公的年金・個人年金期待給付比率は本稿の推計より大きくなり、公的年金はより有利になる。また、個人年金で老後に対応する場合でも、インフレによって年金額が老後生活をまかなえないほど目減りすれば、現役世代は老後世代を私的に扶養しなければならないから、高齢化の影響を全く受けないわけ^ ではない。
 しかし、公的年金の原資は現役世代の勤労収入に依存しているため、公的年金の水準は、現役世代の負担限度を超えることはできない。しかも、現行制度のままでは、この負担限度を超えてしまうと見込まれる。
 このため、公的年金給付費を削減せざるをえないが、その方法としては、給付水準の引き下げよりも支給開始年齢の引き上げの方が、雇用が確保されるならば、望ましい。公的年金は、高齢等により勤労収入を得られなくなった場合に生活費を確保するものであるから、より高齢まで就業できるようになれば、その年齢まで支給開始年齢を引き上げても公的年金の機能は損なわれない。また、就業者の増加に伴い、被保険者の増加による保険料率の軽減も見込める。ただし、何歳までどのくらいの勤労収入を得られるかは人によって異なるから、一律に支給開始年齢を引き上げるよりも、在職老齢年金制^ 度や一定以上の障害状態にある人への早期支給の制度を活用して、弾力的に対応する方が望ましい。



 一方、給付水準がその時々の年金財政に左右されて安定しなければ、年金額が物価上昇や一般生活水準の上昇にスライドすることにより老後も相対的な生活水準が一定に保たれるという公的年金の意義が失われる。この点は、定額年金である基礎年金だけでなく、報酬比例年金である厚生年金等の被用者年金にも当てはまる。物価上昇や一般生活水準の上昇にかかわらず、現役時代の収入を老後もある程度維持したいというのは、国民共通のニーズであろう。その際、相対的に高額な年金も現役世代の拠出によってまかなわれることになるが、報酬比例年金では、現役世代と老後世代の同じ所得階層の間で水平的再分配がなされるから、高額な年金は現役世代の中の高所得層の負担になるとみなせ、逆進性はない(高額な年金を現役世代の低所得層も負担しているから逆進性があると考えることも可能であるが、その場合は、逆に低額な年金を現役世代の高所得層も負担していることになるから、前者の逆進性は相殺される。)。したがって、報酬比例年金が公的年金にふさわしくないとはいえない。
 ただし、そもそも公的年金の給付水準が国民共通のニーズに比べて高いということであれば、別問題である。たとえば、社会保障研究所(1992)による専門家に対するアンケート調査において、報酬比例年金の報酬比例の程度をやや引き下げた方がよいという結果が得られている。報酬比例年金は、スライドは可処分所得に対して行われるようになっているが、スライド前の年金額はグロス賃金に比例して決められるため、これも可処分所得に比例するように改めれば、給付水準は引き下げられる。また、高齢者の雇用が確保できなければ、支給開始年齢の引き上げではなく給付水準の引き下げによらざるをえない。これらの理由で給付水準を引き下げる場合でも、引き下げ後の給付水準は長期的に維持できるものにすべきである。
 この点で、公的年金のスライドの廃止や物価スライドのみへの限定は、給付水準が物価や賃金の上昇に左右され、望ましくない。また、現役世代にとっても、保険料負担が物価や賃金の上昇率次第で異なることになる。しかも、保険料率は所得が伸びないときの方が高くなり、リスクが大きい。さらに、年金財政も物価や賃金の上昇に左右され、長期的安定性の点で問題である。年金給付を引き下げるのであれば、このようなスライドの廃止や削減ではなく、給付水準自体の引き下げによるべきである。
 いずれにせよ、支給開始年齢の引き上げや給付水準の引き下げによって公的年金給付費を削減せざるをえなくなると予想されるため、個人年金の役割が大きくなるであろう。このように公的年金に代わる部分は、国民共通のニーズに基づくものであるため、公的な性格が強いといえよう。
 また、老後世代の扶養が公的年金によって社会的に行われることに対応して、将来の現役世代としてそれを担うことになる子供の育成も社会的に負担されるべきである。そうなれば、公的年金の負担は、現役世代にとって、自分が老後を迎えたときに同様の仕組みで年金が得られるという順送りだけではなく、自分が子供のときに受けた社会的扶養に対するお返しの意義も持つことになり、公的年金制度の安定に資するであろう。また、子供のいる世帯といない世帯の間の公平化にもなる。なお、子供の社会的扶養によって、子供のいる世帯は、子供のいない世帯から移転を受けることになり、扶養負担が軽くなるから、出生率が上昇し、公的年金財政に好影響を及ぼす可能性が^ あるが、こうした効果の有無や出生率の大小にかかわらず、世代間及び世代内の公平の観点から、子供の社会的扶養は必要である。



参考文献

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Szpiro,GeorgeG.(1986a),"Measuring risk aversion:an alternative approach",Review of Economics and Statistics,vol.68
Szpiro,GeorgeG.(1986b),"Relative risk aversion around the world ,Economics Letters,vol.20

 稿の作成に当たり、郵政研究所の松浦克己特別研究官(横浜市立大学教授)、チャールズ・ユウジ・ホリオカ特別研究官(大阪大学社会経済研究所教授)、デイビッド・キャンベル海外客員研究官(エセックス大学助教授)からご助言を頂き、御礼申し上げます。