郵政研究所月報
1997.10

調査・研究


「金融機関の不良債権問題に関する一考察」


――現在の開示状況と「早期是正措置」導入の意義


第三経営経済研究部主任研究官    安孫子 勇一 




〔要約〕

 我が国の民間金融機関は、バブル期に不動産投資と関連が深い業種向けの融資等を大幅に伸ばしたが、バブル崩壊後の地価・株価の大幅な下落等を受けて、不良債権問題に直面している。
 近年では、我が国でも民間金融機関による「不良債権」についての情報開示が進みつつある。大蔵省の公表資料によれば、国内民間金融機関の「不良債権」額は、ここ2年間減少傾向にあるが、97年3月末の段階で約28兆円存在する。本稿では、一般に「不良債権」といわれているものとは何かについて概念整理を試みる。また、金融機関は我が国の制度上どういうかたちで不良債権処理を行っているのか、これまでそうした処理がどの程度実施されたのか、等についても検討する。
 次いで、98年4月から導入される予定の「早期是正措置」が、民間金融機関の不良債権処理に与える影響を考える。「早期是正措置」は、金融監督のあり方を変更するものであるが、それに伴って金融機関経理面でも、また不良債権処理の面でも、従来の制度が大きく変わる予定となっている。この制度改革により、不良債権が回収可能性の基準に基づいて処理されるようになるとみられるほか、市場による個別民間金融機関の資産内容チェックを容易にする効果も考えられる。
 なお、本文中の意見にわたる部分は、あくまでも筆者の個人的な見解である。


はじめに 

 目下、"Free、Fair、Global"を3原則とする日本版ビッグバンが、2001年までの金融システム改革完了を目処に進められている。各金融機関は、新制度に向けて前向きの対応が求められているが、一部の金融機関にとっては、バブル期の負の遺産ともいうべき不良債権問題が今なお経営面で重しとなっているように見受けられる。この不良債権問題は、全貌が分かりにくいこともあって、国内金融市場の動向に影響を与えた局面があり、景気の先行きに対する不透明感の一因との見方もみられる。
 こうした状況下、この問題をできるだけ早期に解決するとともに、我が国金融市場を日本版ビッグバンが標榜するような、効率性や透明性の高い市場とすることが求められている。本稿は、不良債権問題をバブル期に遡って検討するとともに、現在公表されている不良債権額の概要や現在の情報開示の枠組みを示す。これらを踏まえた上で、ビッグバンの一環で「早期是正措置」が来年4月から導入されることの意義について考察する。
 本稿の構成は以下のとおりである。まず、第1章では、不良債権問題発生の背景を改めて探るべく、バブル期の金融・経済データを概観する。バブルの期間中には、地価や株価が急激に上昇した一方で、銀行・信用金庫の貸出も大きく伸びた。これを業種別にみると、製造業向けの貸出はこの期間中ほぼ横這いで推移した一方、非製造業向けの貸出が大きく伸びた。なかでも、建設、不動産、物品賃貸業向け等の貸出の大幅な伸びが目立っている。このような貸出先の一部では、その後の地価の下落等を背景に、利払いや元本の返済が困難となり、金融機関の不良債権を拡大することにつながったとみられる。
 第2章では、ここ数年間に「不良債権」として公表されるようになった数字をみる。大蔵省の公表資料によれば、「不良債権」額は徐々に減少しているものの、97年3月末の段階で27.9兆円存在する。この章では、いわゆる「不良債権」の概念を明らかにするとともに、「償却」制度との関連で既に会計上手当てしているものや、担保価値等を考慮して大蔵省により試算された「要処理額」が減少していることを示す。あわせて、「不良債権」を巡る議論を分かりにくくしている2つの「不良債権」の概念、すなわち銀行等の金融機関が「ディスクロージャー」の一環で公表するものと、今年になって大蔵省が初めて手続きを公表した「資産査定」に基づくものについて、概念の比較を行う。また、バブル崩壊後に我が国の銀行が処理を行った「不良債権」の額についても言及する。
 第3章では、98年4月から導入される金融機関の「早期是正措置」の概要を説明する。これは、客観的な指標が一定の基準を下回った金融機関に対して、金融監督当局が一定の是正措置を命じる金融行政手法であるが、金融機関会計のあり方を大きく変えることが前提となっている。すなわち、金融機関による資産の自己査定と会計監査人(公認会計士または監査法人)のチェックを通じて金融機関の財務諸表の透明性を高め、それに基づいて算出される客観的な指標を用いることになっているのである。新制度は、市場の規律を金融行政面でも活用しようとするものであり、不良債権処理の面でも、また市場の不良債権に対する不安感を抑制する上でも画期的なものとなり得る。この章では、新制度と従来の不良債権処理方式との対比を行うほか、同様の措置を先行して実施した米国の事例についても述べる。 第4章では、結びに替えて、今後の「不良債権処理」について、若干の考察を行う。


図表1 市街地価格指数の推移


図表2 日経平均株価の推移四半期平均



1. 不良債権問題発生のマクロ経済的背景
 
(1) バブルの崩壊と地価・株価の動向

 バブル期に急速に上昇した我が国の地価(特に大都市の市街地の地価、西村(1995)が詳しい)と株価は、バブル崩壊後大幅に下落した(図表1、2)。これに伴い、我が国の民間部門が保有する土地、株式の資産価値も、国民経済計算のストック統計ベースでみて、一旦急上昇した後、大きく減少した(図表3)。両者の合計をみると(図表4)、89年末の2,891兆円をピークとし、95年末には2,080兆円と、6年間で合計811兆円減少している。これを減少率でみると、ピーク時に比ベて−28.0%減少している。
 このようなバブル崩壊後の資産価格の大幅低下は、不動産や株式に対する投資の収益性に大きな打撃を与えたとみられる。もっとも、自己資金を投資した投資家の場合には、資産価値が下落しても評価損の発生(または評価益の縮小)に留まり、金融機関の不良債権発生には繋がらない。これに対し、投資資金を金融機関からの借り入れに依存した投資家の場合は、金利の支払いや元本の返済が困難化したケースが生じたとみられる。このように、金融機関の不良債権発生の裏側には、投資家への貸出があったのである(バブル期における金融機関側の貸出行動については、次節で計数的に確認する)。
 次に、不良債権が発生したとしても、担保を容易に且つ有利に処分できる状態であれば、金融機関の損失は少なくて済む筈である。ところが、全国銀行の銀行勘定に占める不動産担保のシェアは2割を超え、バブル末期には3割近くまで上昇するなど、地価の下落に対して脆弱な担保構成となっていた(図表5)。資産価格の大幅下落に伴って不良債権の担保等となった不動産や株式の回収可能性も大きく低下することとなり、金融機関の負担を大きくしたとみられる。我が国の不良債権問題を深刻化させた一因として、貸出に対する担保構成の問題が挙げられる。


図表3 民間部門保有の土地・株式の資産価値



1)全国銀行とは、全国銀行協会連合会加盟銀行を指し、現在では、都市銀行、長期信用銀行、信託銀行、地方銀行、第二地方銀行協会加盟の地方銀行(88年〜90年に相互銀行から転換したもの。以下では第二地銀という。)を含む。


図表4 民間部門の土地・株式の資産価値減少の状況(単位:兆円)

89年 90年 91年 92年 93年 94年 95年
土地・株式計

  うち土地
2,891

2,004
2,805

2,214
2,609

2,026
2,201

1,803
2,128

1,724
2,138

1,682
2,080

1,628
89年比変化額

  うち土地
0

0
−86

+210
−282

+22
−690

−201
−763

−280
−753

−322
−811

−376
89年比減少率
0.0% −3.0% −9.7% −23.9% −26.4% −26.1% −28.0%

資料:国民経済計算(経済企画庁、年末値)


図表5 全国銀行銀行勘定の担保別貸付残高



図表6 バブル期の全国銀行・信用金庫の貸出残高

資料:経済統計年報(日本銀行、年末値)、相互銀行を含む


(2) 金融面の動き

 次に、バブル期における金融機関サイドの貸出動向をみると、全国銀行、相互銀行(当時)と信用金庫の合計で、貸出残高(当座貸越、キャッシングを除く)は、バブル前の85年末の311.0兆円から、91年末(図表1で地価がほぼピークの時期)の479.9兆円へと6年間で+54.3%拡大した。
 貸出先を業種別にみると、図表6のとおり、製造業向けの貸出はこの間ほぼ横這い(85年末75.6兆円→91年末74.3兆円)に留まったのに対し、非製造業向けの貸出は+64.3%(同188.5兆円→309.7兆円)拡大しており、この時期には非製造業向けを中心に貸出が伸びていたことが分かる。製造業向けの融資は、概して不動産関連投資のウェイトが低いとみられるが、バブル期には大企業を中心にエクイティ・ファイナンスが盛んであったこともあって、製造業から銀行等に寄せられる資金需要は低調であった。こうした中で、金融機関サイドは、当時資金需要が旺盛であった非製造業2)への融資拡大に力を入れたものと解釈できる。
 次に、この期間に大幅に伸びた非製造業向け貸出の内訳をやや詳しくみると、不動産投資との関連が強いとみられる建設、不動産、物品賃貸業の3業種の伸びが目立っており、これら3業種向けの貸出残高は、85年末から91年末の6年間で+85.0%拡大している(次頁図表7)。
 このほか、「金融・保険業向け貸出」のうち証券業・保険業向けを除いた貸出残高(以下では「その他金融業向け貸出」という。計数の時系列の制約から、第二地銀、信金による貸出を除く)が91年末には40.1兆円3)あり、これら4業種計の貸出額はこの6年間でほぼ倍増している。また、上記4業種向け貸出の増加額がこの間の非製造業向け貸出増加額に占める割合(寄与率)をみると、約6割となり、残高ベースでみても、4業種向けが91年末には145.6兆円と、非製造業全体の47.0%を占め、全業種に対する割合も30.3%に達している。
 このように、バブル期には、日本の金融機関は、不動産関連投資と関係が深いとみられる業種を中心に貸出を拡大していった。これら4業種向けが全て不動産関連投資という訳ではないとしても、地価等の動向がこうした業種への貸出の収益性に大きく影響したと考えられる。すなわち、地価等が上昇しているうちは、不動産関連貸出等は高収益を確保できたとみられるが、一旦地価等が下落に転じればこうした貸出の収益性は打撃を受けやすい。バブル期に、銀行等の資産構成が地価下落のリスクに弱いものとなっていたことが、業種別貸出の計数面からも窺える。



2)バブル期の資金需要の特徴やノンバンク向けの融資等については相沢(1995)第3章が詳しい。
3)第二地銀のその他金融業向け貸出(85年末の同業向け計数は不明)を含むと、91年末は41.8兆円。上記の3業種と併せると、同年末には147兆円となる。 
 その他金融業と上記の物品賃貸業が、いわゆる「ノンバンク」の中心である。なお、住宅金融専門会社(以下では住専という。)への貸出は「その他金融業向け貸出」に含まれる。


2. 不良債権開示の現状
 
(1) 現在開示されている不良債権額

 我が国の銀行等の抱える不良債権額については、バブル崩壊直後まで特に開示されていなかったが、金融制度調査会(法律に基づく大蔵大臣の諮問機関4))での議論等を踏まえ、93年3月期から一部の不良債権の開示が都市銀行等に義務付けられるようになり、徐々に開示対象資産および開示金融機関を広げてきた。本節では、我が国で現在開示されている「不良債権」額についてみていくこととする。

イ. 大蔵省発表の資料

 我が国の金融機関の「不良債権」額に関する最も範囲の広い資料としては、大蔵省が95年11月から半期毎に発表している「預金金融機関の不良債権等の状況」が挙げられる。対象金融機関として、全国銀行、信用金庫のほか、信用組合、労働金庫、商工組合中央金庫、農林中央金庫と信用農業協同組合連合会を含んでいる。この資料で公表される項目は、対象金融機関全体の「不良債権額」(後述)、「債権償却特別勘定」(同)の残高、業務純益(銀行が基本的な業務により得た利益)、上場有価証券含み益、総資産、貸出金のほか、特定の前提に基づいて大蔵省が試算した「要処理見込額」(後述)等である。なお、要処理見込額を除く項目については、都市銀行、地方銀行などの内訳についても公表されている。
 この計表をみるにあたっては、いくつかの予備知識が必要である。まず、「不良債権」の定義であるが、それは貸出金のうち、全国銀行協会連合会(以下、「全銀協」という。)の統一開示基準に定められている「破綻先債権」、「延滞債権」、「金利減免等債権」の3種類の債権を指している(それぞれの定義は次頁図表8のとおり)。この定義による「不良債権額」は、95年3月末時点の約40兆円から、97年3月時点には27.9兆円へと約3割減少している(図表9)。この間、貸出金に占める「不良債権」の割合も5.8%から3.9%に低下している。


図表7 非製造業向け貸出と4業種の増加(兆円)

業 種
91年末
残 高
85年末比
増加率
増加額,(寄与率%)
全貸出 479.9 +54.3% +168.9,(――)
製造業 74.3 −1.7% −1.3,(――)
非製造業 309.7 +64.3% +121.2,(100.0%)
  建設 29.5 +43.9% +9.0,(7.4%)
不動産 56.2 2.1倍 +29.9,( 24.7%)
物品賃貸業 19.8 +94.3% +9.6,( 7.9%)
3業種計 105.5 +85.0% +48.5,( 40.0%)
その他金融業 40.1 2.3倍 +22.4,( 18.5%)
4業種計 145.6 +94.9% +70.9,( 58.5%)


資料:日本銀行「経済統計年報」より作成
(注) 全国銀行、信用金庫の合計。ただし、その他金融業向けの貸出は、第二地銀、信用金庫の貸出を除く。



4)金融制度調査会は「金融制度調査会設置法」(56年に成立)に基づいている。ただし、同法は、97年6月に成立した「金融監督庁設置法の施行に伴う関係法律の整備に関する法律」により、98年に金融監督庁が発足する時点(98年4月1日から7月1日までの政令で定める日)で廃止されることになっている。


図表9 大蔵省発表の国内金融機関の不良債権額(単位:億円)
不良債権額(A)
貸 出 金(B)
B/A
債権償却特別勘定 要処理見込額 業務純益 上場有価証券含み益
95年3月末 (約40兆円) (約693兆円) 5.8% n.a. n.a. n.a. n.a.
95年9月末 380,860 7,043,130 5.4% 69,610 185,870 〈82,360〉 204,360
96年3月末 347,790 7,129,140 4.9% 125,300 83,050 84,100 241,650
96年9月末 292,280 7,043,820 4.1% 99,480 73,030 〈78,600〉 235,050
97年3月末
(うち全銀+信金)
279,000
(250,270)
7,141,420
(6,558,070)
3.9%
(3.8%)
123,430
(117,490)
46,850
(――)
82,200
(72,630)
140,280
(131,910)

資料:大蔵省「預金取扱金融機関の不良債権等の状況」各号より作成

(注1) 対象金融機関は、全国銀行、信用金庫、信用組合、労働金庫、商工組合中央金庫、農林中央金庫および信用農業協同組合連合会。なお、整理回収銀行や単位農協等は含まない。
(注2) 「不良債権額」は、「破綻先債権」、「延滞債権」、「金利減免等債権」の合計(96/9月末については、住専向け債権を除く)。なお、破綻した金融機関の不良債権(95/9月末は約28,800億円、96/3月末は約17,926億円、96/9月末は約14,920億円、97/3月末は約2,198億円)を除く。このほか、全国銀行には「経営支援先債権」が、97/3月末時点で33,730億円存在する。
(注3) B/Aは郵政研究所で試算。97年3月末の( )内は、全国銀行+信用金庫の計数を郵政研究所で試算。業務純益の〈 〉内は中間期の業務純益を2倍したもの。要処理見込額は、大蔵省が推計したもの。


 次に、これらの「不良債権額」の全てが金融機関の損失に繋がるものではないことにも注意する必要がある。まず、@「不良債権」に担保あるいは保証がついている場合、全額とはいえないまでも、回収できる部分があろう(ただし、回収額は、実際に担保を売却できた時の価格等に依存するため、不確実性を伴う)。
 また、A銀行の経理上、既に損失見込み額について対応済みのものが存在する。具体的には、貸借対照表の「負債の部」の一項目である「債権償却特別勘定」(「貸倒引当金」の一種5))に予め損失見込額に見合う引当金を繰入れることにより、損失見込み額を手当てする制度である6)。「間接償却」7)とも呼ばれるこの制度では、実際に貸倒が生じた場合、「負債の部」の引当金を取り崩すことにより、「資産の部」の貸出金の減少を相殺し、損益に影響を与えないかたちとなる(損益面では、貸出金償却と債権償却特別勘定取崩が相殺する)。
 また、B「金利減免等債権」の中には、金利減免等を実施する際に立てられた再建計画が成功し、債務の返済が予定どおり進む事例(正常な債権に戻る事例)もあると考えられる。
 こうした事情を考えれば、「不良債権額」が直ちに損失額に結びつくとはいえない。損失が見込まれながら、まだ処理がなされていない部分、すなわち「要処理額」が問題になる。大蔵省では、この「要処理額」を推計するために、担保カバー率(97年3月は34%8))についての仮定と「金利減免等債権」のうち破綻・延滞化する割合についての仮定(過去4回とも50%を採用)をおいた上で試算を行っている。具体的には、上記@については担保でカバーされていると仮定した部分を控除すること、またAについては債権償却特別勘定に繰入れている金額を控除すること、またBについては上記の仮定を適用することで、それぞれ対応している。なお、この考え方を計算式で示すと、次のようになる。

「要処理額」
={(破綻先債権+延滞債権)×(1−担保カバー率)−債権償却特別勘定残高}
+{金利減免等債権×破綻・延滞化する割合
 ×(1−担保カバー率)}

 この作業の結果得られた「要処理額」の推移をみると、95年9月時点の18.6兆円から、97年3月時点では約4分の1の4.7兆円に減少している。これを業務純益と比較すると、97年3月期の年間8.2兆円を下回っており、対象金融機関全体では、本業による半年余の利益で対応できる水準に低下している。
 こうした「要処理額」減少の背景には、@96年に住専処理策が正式決定したこと9)、A各金融機関が積極的に不良債権償却を進めたこと、等が指摘できる。


図表8 全銀協統一開示基準(要約)

種 類
概    要
破綻先債権 会社更正法、破産、和議、整理等の手続きや、手
形交換所の取引停止処分が行われたもの
延滞債権 利払いが6か月以上延滞した債権
(破綻先債権や金利減免等債権該当分は除く)
金利減免等
債権
約定改定時の公定歩合以下の水準まで金利を引
下げた貸出金、金利棚上げ債権として当局申請し
認められたもの等
経営支援先
債権
再建・支援のため、税務当局の認定を受けて債権
放棄等を行い、経営支援している先への債権

資料:全銀協「統一開示基準」、「全国銀行財務諸表分析」ほかより作成
(注1) いずれも対象は貸出金で、担保は控除しない。
(注2) 「破綻先債権」、「延滞債権」は、法人税個別通達に基づき、未収利息を収益不計上とすることが認められたものに限る。



5)銀行等の「貸倒引当金」は、一般分(法人税法上の繰入率は0.3%)、債権償却特別勘定、特定海外債権引当勘定の3項目により構成される。村木ほか(1996)が詳しい。
6)国税庁の「法人税基本通達」により損金扱いで同勘定に繰入できるものと、大蔵省銀行局長通達「普通銀行の業務運営に関する基本事項等について」の中の「決算経理基準」により有税で繰入できるものがある。高橋(1994)が詳しい。
7)貸出金償却(直接償却)が貸出金を貸借対照表の「資産の部」から引き落とすのに対し、間接償却では、「資産の部」に貸出残高が残る。このほか、本章(4)で触れるように、不良債権処理のためのいくつかの仕組みが用いられている。
8)担保カバー率について、大蔵省は、全国銀行へのヒアリング結果や、共同債権買取機構(後述)の債権買取実績等に基づいて推計している。過去の推移をみると、95年9月37%→96年3月35%→9月35%→97年3月34%となっている。
9)96年6月に「特定住宅金融専門会社の債権債務の処理の促進等に関する特別措置法」が成立し、同年7月には預金保険機構の出資により鰹Z宅金融債権管理機構が発足した。破綻した住専7社の資産は同年10月に住宅金融債権管理機構に譲渡された。 
 なお、これに伴う損失の約6.5兆円は、「住専処理に係る基本協定」に基づいて、次のかたちで対応されたとみられる。
 ・母体行        :債権全額(約3.5兆円)の放棄
 ・一般行        :約1.79兆円の債権放棄
 ・農林系統金融機関:住宅金融債権管理機構へ5300億円贈与
 ・預金保険機構    :同管理機構へ6800億円の助成金交付


ロ. 個別金融機関の開示の進展

 次に、個別金融機関の不良債権に関するディスクロージャーの状況をみると(次頁図表10)、全国銀行については、全銀協統一開示基準(業界の自主ルールとの位置付け、改めて流れ図のかたちで同基準を整理すると次頁図表11のとおり)により、93年3月末分から「破綻先債権額」(対象は全銀行)と「延滞債権額」(対象は都銀、長期信用銀行、信託銀行〈以下では都銀等という〉)の開示が義務付けられるようになった10)。その後、96年3月末分から「金利減免等債権額」と「経営支援先に対する債権額」(対象は都銀等。あわせて地銀に「延滞先債権額」の開示を義務付け)を開示することとなった。更に、97年2月には、97年3月末分から全ての銀行が「経営支援先に対する債権」まで開示することを全銀協が決定した。
 このほか、信用金庫については、全国信用金庫協会が定めた「信用金庫のディスクロージャー(統一開示基準)」により、遅くとも97年3月分から「破綻先債権」を開示することになった。11)なお、95年12月の金融制度調査会答申では、「信用金庫、労働金庫及び信用組合についても、原則として98年3月期までに不良債権のディスクロージャーを完了すべきである。また、農漁協についても、その経営の実態を踏まえつつ、基本的には他の共同組織金融機関と同様な対応がなされることが望ましい」として、ディスクロージャー拡充の方向性を示している。
 このように、我が国でも各種の金融機関において「不良債権」に関する開示が進展してきている。これは、金融機関経営の透明性を高めるだけでなく、不良債権処理の観点からも、各金融機関が開示を意識して不良債権問題への取り組み姿勢を前傾化させる効果が期待できる。
 もっとも、前節で説明した事情から、公表された「不良債権」額の多寡のみにより金融機関経営の健全性を判断することは、決して容易ではない。例えば、地価がさほど下がっていない地域で発生した「不良債権」については、担保価値が比較的高く、回収不能額が小さいかも知れない。また、「金利減免等債権」に該当する貸出金には、借り手の業況が再建計画通り回復していて回収可能性に問題のないものもあろう。地価にしても、再建計画の進捗状況にしても、個別事情に応じて多様なケースがある。金融機関が自らの個別債権の内容について詳しい情報を持つのに対し、ディスクロージャーの受け手は必ずしもそうした情報を持たないため、公表された計数の評価が難しいのが実情である。不良債権問題には、こうした「情報の非対称性」が付随しており12)、現状の開示だけでは実情把握に困難が伴うことは否定し難い。


図表11 全銀協統一開示基準による貸出金区分の流れ図


資料:全銀協統一開示基準より作成
(注1) 「未収利息収益不計上」、「金利棚上げ債権」は税法基準による。
(注2) 「破綻先」、「金利減免の条件」、「経営支援の条件」の定義については、図表8参照。



10)具体的には、有価証券報告書(証券取引法に基づく。「第5経理の状況」の「貸借対照表」注記項目)とディスクロージャー誌(銀行法第21条に基づく。具体的には「資金運用」の一項目)に開示を行っている。不良債権額開示の経緯や全銀協が決めるようになった背景については、『金融』(1993年4月号)が詳しい。 
 なお、開示の対象とする資産等についての考え方は、金融制度調査会金融機関のディスクロージャーに関する作業部会中間報告(1992)が詳しい。
11)日本銀行「年次報告書」(1997)p. 164参照。
12)民間金融機関の不良債権処理進捗状況に少なからぬ格差があるとみられる中で、民間金融機関の個別情報についてまで全て開示することになれば、金融システム不安を煽りかねない。このため、非対称性をなくせば良いとはいいい切れない。


図表10 不良債権別の開示義務付け時期

破綻先債権 延滞債権 金利減免等債権 経営支援先債権
都銀、長期信用銀行、信託銀行 93年3月 93年3月 96年3月 96年3月
地銀 93年3月 96年3月 97年3月 97年3月
第二地銀 93年3月 97年3月 97年3月 97年3月
信用金庫 97年3月 ―― ―― ――

資料:『金融』97年4月号ほかより作成
(注1) 個別金融機関の判断により、義務付けられた時期よりも開示を早めた事例もみられる。
(注2) 信用金庫のうち、預金量が1千億円以上の金庫は、破綻先債権を96年3月分から開示を義務付け。


ハ. 米国の不良債権開示との比較

 情報の非対称性の問題は海外でも同様だとみられる。そこで、一般にディスクロージャーが進んでいるといわれる米国の事例と、我が国の「不良債権」開示制度を比較してみよう13)
 米国では、74年の証券取引法修正により、銀行ディスクロージャーに関する主導権は銀行監督当局から証券取引委員会(SEC)に移行した。SECが銀行に対して開示を求めている不良債権(non-performing loan)は、図表12の3タイプに分けられる。
 ここで、A「返済遅延貸出金」については、我が国に直接対応する概念がないが、日本の税法基準では利息の全額が6か月以上未収となった債権の未収利息を収益に不計上とすることができる14)ため、「延滞債権額」の概念を厳しめに適用したものとみることもできよう15)
 このほか、B「リストラクチャード貸出金」の定義が日本で対応する「不良債権」概念よりも広い16)ものとなっていることや、米国では連結決算ベースで開示を行う(連結対象の子会社も含む)のに対し、日本では本体のみの開示を行うといった違いもある。概して我が国では、「不良債権」の定義が米国よりも狭くなっている。
 しかしながら、「不良債権」についての基本的な考え方や、担保価値を控除しないかたちで開示する点等については、似ている面が少なくないともいえる。我が国のディスクロージャーは、米国並みとまではいえないものの、この数年のうちにかなり整備されてきたとみることができよう。


図表12 米国の不良債権概念と我が国の概念

米国での名称
我が国で対応する概念
@未収利息収益不計上の貸出金 「破綻先債権額」及び「延滞債権額」
A返済遅延貸出金
(未収利息を収益に計上する貸出
金のうち、元金または利息の支払
いが90日以上延滞しているもの)
とくになし
Bリストラクチャード貸出金
(金利減免等を行っている貸出金)
「金利減免等債権額」および「経営支
援先に対する債権額」

資料:『金融』96年4月号より作成
(注) 厳密にいえば、「金利減免等債権」の中に含まれる「金利棚上げ債権」は未収利息収益不計上が認められているため、@に該当する。



13)米国のディスクロージャー制度については、翁(1993)第4章や、『金融』96年4月号(参考「米国の開示制度について」)が詳しい。
14)具体的には、国税庁長官通達「金融機関の未収利息の取扱いについて」(66年9月5日付直審(法)72)に定められている。ただし、直前の事業年度において未払いとなっていた利息についての収入が少ないものに限る。
15)バブルが崩壊して多くの先で延滞が始まった段階では、延滞期間が90日か6か月かには大きな違いがあったとみられるが、延滞の発生が落ち着いてくれば、両者の違いは小さくなると考えられる。
16)例えば、契約条件の修正により、同程度の危険の新規の債務に対する現存の市場利子率よりも低い約定利子率で満期日を延長した場合、米国の基準ではリストラクチャード貸出金に該当する。これに対し、我が国の基準では、修正時の公定歩合を上回っている場合等は「金利減免等債権」に該当しない。このように、日本の方が「不良債権」の概念が狭くなっている。


(2) 資産査定による債権の分類

 銀行の「不良債権」を論じる場合、上記のディスクロージャー関連の計数のほかに、大蔵省金融検査の「資産査定」ベースの計数が論じられることが多い17)
 金融検査とは、大蔵省が銀行等に対して次頁図表13のとおり実施してきたもの(例えば銀行の場合は銀行法第25条に基づく18))で、諸勘定の残高照合等を行う「現物検査」等のほか、資産の回収可能性等を基準に資産を分類する「資産査定」も実施されてきた。ただし、個別金融機関毎の査定結果については、従来より公表されていない。
 金融検査は大蔵省の内部規定の「金融機関検査規程」(非公表)に基づいて実施されているといわれている。資産査定により、資産をT分類からW分類までの4段階に区分することについては従来から知られていたが、具体的な資産分類の基準や手続きの詳細について記した文書は、最近まで公表されていなかった。しかし、後述の「早期是正措置」の関連から金融機関に自己査定が義務付けられることとなったのに伴って、97年3月に「資産査定について」という文書の中で、その手順が初めて公開された19)
 「資産査定について」では、資産査定とは、貸出金のみならず有価証券を含む金融機関の資産を、「個別に検討して、回収の危険性又は価値の毀損の危険性の度合に従って区分することであり、預金者の預金などがどの程度安全確実な資産に見合っているか、言い換えれば、資産の不良化によりどの程度の危険にさらされているかを判定するものである」としている。
 資産査定は、回収の危険性または価値の毀損の危険性の度合に応じて、資産を、上記危険性について問題のないT分類から、回収不可能等のW分類までの4段階に判定する(それぞれの定義は次頁図表14のとおり)。なお、上記危険性に問題があるU〜W分類に区分することを「分類」(分類された資産は「分類資産」)といい、U〜W分類としないことを「非分類」(分類資産以外の資産は「非分類資産」)という。分類資産を集計した額が「不良債権」額というかたちで報道されることもあるが、@一口に「不良債権」といっても上記危険性にかなり幅があること、A貸出金のほかに有価証券等も含まれること、に注意する必要がある。 次に、資産のうち貸出金を査定するにあたっての手順(簡略化して流れ図で示すと次頁図表15のとおり)をみると、@債務者の財務状況、資金繰りや収益力等から返済能力を判定し、債務者について区分(次頁図表16の5区分)を行った上で、A資金使途等の内容を個別に検討し、B担保や保証等の状況を勘案して分類を行う。このように、Aの資金使途、Bの担保や保証の状況等についても考慮して、債務者への同一の貸出金を細分化して分類する点が前節のディス クロージャーの概念とは異なっている。例えば、通常の運転資金、優良担保や優良保証等20)で保全されている部分、債権償却特別勘定に繰入れているもの等については、非分類の扱いとなっている。また、分類の対象となる債務者向けの貸出金であっても、一般担保・一般保証等により保全されている部分については、危険度の低い分類とすることがある(具体的な分類の基準は、次々頁図表17のとおり)。
 なお、この資産査定は、従来より、金融機関の不良債権処理のための償却制度とも密接に関連している。具体的には、大蔵省銀行局長通達21)で、「回収不能と判定される貸出金及び最終の回収に重大な懸念があり損失の発生が見込まれる貸出金については、これに相当する額を償却するものとする」と定められていた(97年7月に当該通達は文言を改定)ためである。この通達を遵守する限り、金融検査を受けた期の金融機関決算では、少なくとも金融検査の資産査定でW分類とされた貸出金を会計上償却していたことになる(後述)。


図表13 大蔵省の年度別金融検査実績

検査実績(年 度)
95年度末
対象先数
91
92
93
94
95
都市銀行 3 3 2 5 4 11
長期信用銀行 1 1 1 0 0 3
信託銀行 3 0 1 4 5 30
地方銀行 24 18 21 19 31 64
第二地銀 26 23 24 27 23 65
信用金庫 204 190 198 213 212 416
労働金庫 10 11 8 14 8 47

資料:銀行局金融年報(各年版)より作成
(注1) 外国銀行、保険会社等は除いた。
(注2) このほか、大蔵省が検査を管轄している信用共同組合は、95年度末の段階で3組合ある(他の組合は都道府県が検査を実施)。



17)例えば、96年11月に一部業務停止命令が出された阪和銀行(第二地銀に属していた)の場合、96年3月末の「破綻先債権額」61億円、「延滞債権額」483億円、「金利減免等債権額」29億円に対し、同年8月の検査時の不良債権額(後述のU〜W分類)は、1900億円と報じられた(『金融財政事情』誌ほか)。
18)各種金融機関への金融検査の根拠法規については、金融検査研究会(1988)が詳しい。 
 金融検査については、かつては大蔵省銀行局検査部が実施していたが、92年7月から大蔵省大臣官房検査部が設置され、証券検査、外為検査と統合された。なお、97年6月に金融監督庁設置法が成立したこと等に伴い、98年央(脚注4参照)に同庁が設立された後は、同庁が担当することになる。
19)具体的には、大蔵省大臣官房検査部長が発出した通達「早期是正措置制度導入後の金融検査における資産査定について」の中の別添というかたちで、同文書を公表している。 
 なお、大蔵省は、新聞発表資料の中で「資産査定について」を検査マニュアルと説明している。
20)優良担保とは、@国債等の信用度の高い有価証券、A預金等、B決済確実な商業手形、等に限られる(これに対し、不動産担保や工場財団担保等は「一般担保」という)。 
 優良保証等とは、公的信用保証機関、金融機関や金融機関が設立した信用保証会社の保証等、保証履行の確実性が極めて高いものをいう(これに対し、優良保証等以外の保証を「一般保証」という)。
21)銀行に対しては、銀行局長通達「普通銀行の業務運営に関する基本事項等について」の「第5経理関係1決算経理基準(3)資産の評価及び償却イ貸出金の償却」の中で定めている。また、信用金庫、信用組合、労働金庫に対しても、類似の通達の中で、同様の文言が盛り込まれている。 
 なお、検査部長通達「不良債権償却証明制度等実施要領について」により、金融証券検査官が第W分類及びこれに準ずるものとして証明した不良債権の金額は、原則として法人税法上損金に認められることとなっていた(国税庁との協議による。この不良債権償却証明制度は、「早期是正措置」の導入に先立って、本年7月に廃止された)。


図表14 資産査定における分類区分

区 分
定 義


資産
W分類とするもの 基本的に、査定基準日において回収不可能又は無価値と判定される資産
(将来的に部分的な回収があり得るとしても分類)
V分類とするもの 最終の回収又は価値について重大な懸念が存し、従って損失の発生の可能性が高いが、その損失額について合理的な推計が困難な資産
U分類とするもの その回収について通常の度合を超える危険を含むと認められる債権等の資産をいう
(債権確保上の諸条件が満足に満たされない、信用上疑義が存する等の理由による)



資産
T分類とするもの 上記のU〜W分類としない資産
(回収の危険性又は価値の毀損の危険性について、問題のない資産)

資料:「資産査定について」より作成


図表15 貸出金の資産査定の流れ図(要約)


資料:「資産査定について」より作成


図表16 債務者の区分


区 分
定   義
破綻先 法的・形式的な経営破綻の事実が発生している債務者
(例えば、破産、清算、会社整理、会社更生、和議、手形交換所の取引停止処分等)
実質破綻先 深刻な経営難の状態にあり、再建の見通しがないなど実質的に経営破綻に陥っている債務者
(実質的に大幅な債務超過に相当期間陥っている、実質的に長期間延滞している等)
破綻懸念先 経営難の状態にあり、今後経営破綻に陥る可能性が大きい債務者
(業況が著しく低調で事業好転の見通しがほとんどない、自行としても消極ないし撤退方針等)
要注意先 貸出条件に問題がある債務者(金利減免・棚上げ等)、履行状況に問題がある債務者(延滞等)、業況が低調ないし不安定な債務者、財務内容に問題がある債務者など、今後の管理に注意を要する債務者
正常先 業況が良好であり、かつ財務内容にも特段の問題がない債務者

資料:「資産査定について」より作成

(3) 資産査定と全銀協統一開示基準の比較

 次頁図表17は、全銀協統一開示基準と資産査定の対象範囲を、貸出金に対する資産査定の債務者区分別に比較したものである。
 まず、債務者区分が「破綻先」である債務者への貸出金の場合、全銀協統一開示基準では担保の有無に拘らず「破綻先債権」の対象となる。これに対し、資産査定では、優良担保・優良保証等で保全されている部分や、債権償却特別勘定に繰入れている部分は非分類となるため、ディスクロージャーの対象額がその部分(図では薄いシャドーを付した部分)だけ資産査定額よりも大きい数字となる。 次に、債務者区分が「実質破綻先」及び「破綻懸念先」である債務者に対する貸出金の場合、全銀協統一開示基準でみれば、「延滞債権」「金利減免等債権」に該当する貸出金のみならず、これら債権の定義に該当しない貸出金も存在すると考えられる。このため、ディスクロージャーと資産査定のどちらが大きいかについては、一義的にいえないことになる。つまり、こうした債務者への貸出金のうち、@優良担保・優良保証等で保全されている部分プラス債権償却特別勘定に繰入れている部分等と、A全銀協統一開示基準の「延滞債権」にも「金利減免等債権」にも該当しない貸出金、これらの大小により両者の大小関係が決まるためである(図では、薄いシャドー部分と濃いシャドー部分の差に相当する )。例えば、上記Aの貸出金が多く、上記@の部分を上回る金融機関は、ディスクロージャーの数字の方が資産査定の額よりも小さくなる。逆に、優良担保・優良保証等の割合が高い、あるいは債権償却特別勘定への繰入れが進捗している金融機関であり、かつ上記Aに該当する貸付金が少ない場合には、ディスクロージャーの額の方が資産査定額を上回ることになる。
 債務者区分が「要注意先」である債務者に対する貸出金の場合にも、上記の「実質破綻先」等と同じことがいえ、ディスクロージャーと資産査定の大小関係は、上記@・Aの大小関係に依存することになる。
 これに対し、債務者区分が「正常先」である場合には、資産査定で原則分類されず、ディスクロージャーの対象ともならないため、大小関係は原則的に表われないことになる。 これらを総合すれば、ディスクロージャーで開示される「不良債権」の額と資産査定で分類される額のどちらが大きいかは一義的に決まらないことになる。具体的には、「正常先」ではない債務者に対する貸出金のうち、@資産査定で分類されない部分(優良担保・優良保証等で保全されている部分や債権償却特別勘定に繰入れているもの)の額と、Aディスクロージャーの対象となる3つの概念に該当しない貸出金の額、の大小に依存して、ディスクロージャーと資産査定の額の大小が決まることになる22)
 このように、ディスクロージャーと資産査定の概念が大きく異なるため、「不良債権」問題を論じるにあたっては、どちらの概念に基づくものであるかを明らかにした上で論じる必要があろう。 



22)脚注17で取上げた阪和銀行の場合、上記(a)の額が上記(b)の額を大きく下回ったため、ディスクロージャーの額(3種類の開示債権額計573億円)が資産査定の分類額(1900億円)を大きく下回ることになった。 
 ただし、これはあくまでも阪和銀行の事例であり、全ての金融機関で(a)≪(b)の関係が成り立つ訳ではない。


図表17 資産査定と全銀協統一開示基準との比較


イ. 破綻先への債権
資産査定の基準
優良担保・優良保証で保全されている部分 一般担保・一般保証等の担保評価額等

うち 処分可能見込額
担保・保証による保全がない部分
全銀協統一開示基準 破綻先債権
非分類
V分類

U分類
W分類

資産査定≦ディスクロージャー(薄いシャドー部分だけ資産査定の方が小さくなる)

上段は資産査定の基準による分類(債権償却特別勘定に繰入れたものを除く、以下同じ)。
下段○は全銀協統一開示基準での開示対象、×は開示対象外。



ロ. 実質破綻先・破綻懸念先への債権

資産査定の基準
優良担保・優良保証で保全されている部分 一般担保・一般保証等の担保評価額等

うち 処分可能見込額
担保・保証による保全がない部分








延滞債権
非分類

V分類



U分類


W分類V分類
金利減免等債権
非分類

V分類



U分類

W分類V分類
上記以外の債権
非分類

×
V分類

×


U分類

×

W分類V分類
×

資産査定とディスクロージャーの大小は濃淡シャドー部分の大小による。

上・中段(上段は実質破綻先、中段は破綻懸念先への債権)は資産査定の基準による分類。
下段○は全銀協統一開示基準での開示対象、×は開示対象外。



ハ. 要注意先への債権

資産査定の基準
優良担保・優良保証で保全されている部分 一般担保・一般保証等の担保評価額等

うち 処分可能見込額
担保・保証による保全がない部分








延滞債権
非分類
V分類


U分類

W分類V分類
金利減免等債権
非分類
V分類


U分類
W分類V分類
上記以外の債権
非分類
×
V分類
×


U分類
×

W分類V分類
×

資産査定とディスクロージャーの大小は濃淡シャドー部分の大小による

上は資産査定の基準による分類。
下段○は全銀協統一開示基準での開示対象、×は開示対象外。



ニ. 正常先への債権

全銀協統一開示基準でも資産査定でも開示あるいは分類の対象外
  
(参考) 貸出に関する「不良債権」額の大小は、濃淡シャドー部分合計の大小による。
資料:全銀協統一開示基準と「資産査定について」より作成


(4) 全国銀行の貸出金に関する償却額等

 本節では、我が国の銀行が不良債権処理をこれまでどの程度行ってきたかを調べる。
 金融機関の会計上の不良債権処理の代表的な方法としては、既に述べたように、
@貸出金を貸借対照表の「資産の部」から引き落とす「直接償却」、
A本章(1)イで述べたように「資産の部」の貸出金は変えず、貸倒引当金の一種である債権償却特別勘定への繰入を行うことによって損失に備える「間接償却」、の二種類がある。全国銀行ベースの直接償却額と間接償却額の推移をみると(図表18)、全国銀行合計で、93年3月期以降、毎年1兆円を超える償却を行っている。とくに、96年3月期には、多くの銀行が住専処理を会計上実施したこともあって、全国銀行合計で3兆円近い経常利益の赤字を出しながら9兆円を超える巨額の償却を実施している。また、97年3月期についても、前年の償却額との比較では半減したものの、全国銀行合計の経常利益をほぼゼロに抑制する中で、高水準だった前々年3月期を大きく上回る4兆円台の償却を行っている。
 この結果、93年3月期以降の全国銀行の償却額の累計は、97年3月末現在で20兆円近くに達している。
 これらの会計制度上の正規の償却のほか、広義の償却23)ともいえる不良債権処理方式も用いられている。具体的な手法としては、
@葛、同債権買取機構に対する債権売却に伴う損失(保険会社を含むベースで累計8.2兆円24))、
A取引先等支援のための債権放棄に伴う損失、等の事実上の償却方式である。これらにより、92年度以降会計処理を終えた不良債権額は、都銀等(長期信用銀行、信託銀行を含む)だけで約10兆円に上っている(図表19)。
 この結果、「全体としては償却等による銀行の不良債権処理も着実に進捗して」(日本銀行月報1997年6月号p. 44)いるとの声も聞かれる。
 実際、前掲図表9のとおり、大蔵省が試算した要処理見込額が信用組合等を含めても4.7兆円であったことからすると、単純計算では、大手銀行の過去一年分の広義償却額を投入することにより、不良債権処理を終える計算になる。ただし、実際には、従来のピッチでの償却を必要としない金融機関もあるとみられるほか、新たに処理を要する債権が発生する可能性もあるため、98年3月末に要処理額がゼロになるとは限らない点には注意する必要がある。


図表18 全国銀行の償却額の推移(億円)

直接償却
(A)
間接償却
(B)

(A+B)
(参考)
経常利益
93年3月期 2,393 11,699 14,092 22,541
94年3月期 3,457 17,232 20,689 15,443
95年3月期 8,187 20,583 28,770 9,909
96年3月期 18,449 73,056 91,505 −29,458
97年3月期 6,612 34,675 41,287 430
累 計 39,098 157,245 196,343 18,865

資料:『銀行局金融年報』(各年版)、全銀協「全国銀行財務諸表分析」(同)より作成



図表19 都銀等の償却以外の不良債権処理額(億円)

直接償却
(A)
間接償却
(B)

(A+B)
(参考)
経常利益
93年3月期 2,182 ―― 2,182 13,518
94年3月期 17,751 1,421 19,172 35,317
95年3月期 17,856 7,337 25,193 48,501
96年3月期 12,790 21,836 34,626 106,989
97年3月期 6,719 9,259 15,978 51,196
累 計 57,298 39,853 97,151 255,521

資料:『経済白書』(1995)、及能(1996、1997)、『金融財政事情』誌等より作成



23) 『経済白書』(1995)p. 181では、「広義償却額=貸出金償却+債権償却特別勘定繰入+債権売却損+支援損失+出資損失」としている。
24)葛、同債権買取機構は、不動産担保付債権の買取りや、担保不動産の売却等を行う組織として、93年1月に民間金融機関の出資により設立された。内容については、「銀行局金融年報」や翁(1993)第6章が詳しい。 
 97年3月までに債権額面13.6兆円を出資金融機関から5.4兆円で購入しており、両者の差額の8.2兆円が金融機関(保険会社を含む)において損失処理された。


3. 「早期是正措置」の導入
 
(1) 「早期是正措置」の概要

 こうした状況下、98年4月からは、「早期是正措置」が導入される。同措置は、96年6月に成立した「金融機関等の経営の健全性確保のための関係法律の整備に関する法律」(以下では「健全性確保法」という。)により銀行法等が改正され、98年4月から導入されることになった25)新しい金融監督手法である。改正銀行法等では、大蔵大臣26)が「自己資本の充実の状況に係る区分」に基づいて経営改善計画の提出や業務の一部または全部の停止などの是正措置を講じることを定めている27)。ただし、健全性確保法では「早期是正措置」の大枠を定めるに留まり28)、細目については大蔵省令で定めることとしている。
 健全性確保法の成立後、大蔵省は、専門家の意見を聞く場として、銀行局長の私的研究会である「早期是正措置に関する検討会」を設けた。同検討会は、早期是正措置制度の骨格や適正な財務諸表作成の考え方等について議論を行った上で、96年12月に「中間とりまとめ」を発表した。同検討会は、我が国の金融行政が「自己責任原則の徹底と市場規律に立脚した透明性の高い新しい行政への転換が進められつつある」中で、早期是正措置を中核的な手法と位置付けている。
 そして、同措置導入の前提として、金融機関が資産内容の実態をできる限り客観的に反映した財務諸表を作成することを挙げている。このためには、金融機関は、適正な償却・引当を行わねばならないとし、次の点を求めている。
@準備作業として、金融機関が決算毎に自己査定を行うこと。
A会計監査人(公認会計士または監査法人)が財務諸表の適正性について従来より深く監査を行うこと。とくにAに関しては、「各金融機関が更に適正かつ客観的に償却・引当を行いうるよう、日本公認会計士協会より償却・引当についての明確な考え方が実務上の指針(ガイドライン)として示されることが望ましい」としている。これらの結果、もともとは行政手法の変更である「早期是正措置」の導入が、金融機関の会計制度や不良債権処理にも大きな影響を及ぼすものとなったのである。
 この「中間取りまとめ」の考え方を踏まえて、大蔵省は97年7月に、「銀行法施行規則」等の省令や、「銀行法第十四条の二の規定に基づき自己資本比率の基準を定める件」等の告示、「普通銀行の業務運営に関する基本事項等について」等の通達の改正を行い、「早期是正措置」に関する法令の体系を整えた29)(「早期是正措置」関連の諸措置を時間順に整理すると、図表20のとおり)。
 自己資本比率に照らして金融機関に問題がある場合に、金融当局がとる具体的な是正措置として、「銀行法施行規則の一部を改正する省令」等の省令は、図表21の基準を挙げている。例えば、海外に営業拠点を有する銀行等(国際統一基準の自己資本比率を採用)の自己資本比率が8%未満となったときには、金融監督当局から経営改善計画の提出が求められ、その実行が命令される。自己資本比率が4%を下回った場合には、増資計画の策定、配当・役員賞与の禁止・抑制、高金利預金の抑制・禁止、子会社または海外現地法人の業務の縮小等の個別措置の実施命令が出される。さらに、自己資本比率がゼロ未満、すなわちマイナスになった場合には、業務の全部または一部の停止が命令されることになる30)。このように、98年4月(上記省令に基づき、自己資本比率に関する区分が施行される時期)からは、金融機関の自己資本比率に応じて段階的に厳しい是正措置が取られるような仕組みとなっている。
 ところで、「早期是正措置」発動の基準になる自己資本比率は、全銀協統一開示基準等によりディスクロージャーの実施が義務付けられている。31)このため、「早期是正措置」の導入に伴い、金融監督行政に関する透明性が高まるものと考えられている。32)なお、日本版ビッグバンについてまとめた大蔵省の「金融システム改革のプラン」(97年6月発表)の中でも、「早期是正措置」は「信頼できる公正・透明な取引の枠組み・ルールの整備」の一つとして位置付けられている33)


図表20 早期是正措置関連の諸措置
年  月
事      項
96年6月 健全性確保法が成立
(早期是正措置の実施は98年4月からと決定)
96年12月 「早期是正措置に関する検討会」が「中間取りまとめ」を発表
97年3月 大蔵省大臣官房金融検査部長が通達「早期是正措置制度導入後の金融検査における資産査定について」を発出
(別添「資産査定について」を発表)
97年4月 日本公認会計士協会が金融機関監査の際のガイドラインを発表
97年6月 大蔵省が「金融システム改革のプラン」を発表、金融制度調査会が「我が国金融システムの改革について」を答申
97年6月 「金融監督庁設置法」が成立
(98年央の政令で定める日に同庁が発足)
97年7月 大蔵省大臣官房金融検査部長が通達「『不良債権償却証明制度等実施要領について』通達の廃止について」を発出
97年7月 大蔵省令「銀行法施行規則」等の改正、大蔵省告示「銀行法第十四条の二の規定に基づき自己資本比率の基準を定める件」等の改正、大蔵省銀行局長通達「普通銀行の業務運営に関する基本事項等について」等の改正を発表
98年3月期 「自己査定」を導入(上記ガイドラインや銀行局長通達等による)
98年4月 「早期是正措置」導入(健全性確保法や改正「銀行法施行規則」等より)



25)「早期是正措置」の導入時期を98年4月とすることは、健全性確保法附則第2条第3項で定められている。
26) 脚注18の金融検査と同様、「金融監督庁設置法」が施行されれば、大蔵大臣に代わって金融監督庁長官がこの責務を負うことになる。
27)従来の銀行法の規定をみると、大蔵大臣は業務停止命令を出すことができたが、その基準については明記されていなかった。これに対し、改正銀行法では、自己資本比率に基づくことが明記されている。
28) 改正された銀行法は、第26条で、「大蔵大臣は……経営の健全性を確保するための改善計画の提出を求め、若しくは提出された改善計画の変更を命じ、又はその必要の限度において、期限を付して業務の全部若しくは一部の停止を命じ、若しくは財産の供託その他監督上必要な措置を命じることができる」と大枠を定めている。
29)自己査定を義務付けた規定は、銀行の場合、銀行局長通達「普通銀行の業務運営に関する基本事項等について」の「第1経営関係2経営管理(3)資産の自己査定のあり方」として 今回盛り込まれた。具体的には、銀行に対し、「各決算期(中間決算期を含む。)において、……自らの資産を検討・分析して、回収の危険性又は価値の毀損の度合に応じて分類区分すること(以下「自己査定」という。)が必要である」としている。 
 また、同通達の「第5経理関係1決算経理基準(1)経理処理の原則ロ」は、「資産の評価は、自己査定結果を踏まえ、商法、企業会計原則等及び下記に定める方法により各行が定める償却及び引当金の計上基準に従って実施するものとする」と改正された。 
 このほか、「第5経理関係1決算経理基準(3)資産の評価及び償却イ貸出金及び貸出金に準ずるその他の債権の評価」では、回収不能額について直接・間接に償却すること、回収に重大な懸念があり損失が見込まれる貸出金等については必要額を間接償却すること、などを盛り込んでいる。
30)第三区分に属する金融機関でも含み益がある場合等には業務の停止を命じない一方、第三区分に属さない金融機関でも含み損がある場合等には業務停止命令を出すことがある(改正「銀行法施行規則」第21条の3)。このように、自己資本比率に関する区分と措置とは、厳密には対応していない。
31)「中間取りまとめ」では、公表された自己資本比率だけではなく、「当局が検査し金融機関や公認会計士との協議を経て認識された自己資本比率」が発動の基準となる場合があることも明記されている。このため、自己査定と検査による資産査定の結果が大きく食い違う場合には、市場関係者が知る前に措置が発動されるケースもあり得る。
32)ただし、「中間取りまとめ」は、金融機関が命令された措置内容について、「業務の一部又は全部の停止」を除き、預金者に不測の動揺を生じさせないという観点から、原則非公表が適当としている。
33)「金融システム改革のプラン」と同じ日に行われた金融制度調査会の答申「我が国金融システムの改革について」では、「早期是正措置」を金融システムの健全性の確保にあたっての一施策としている。


図表21 早期是正措置の区分別内容

措置の内容
自己資本比率の基準



経営改善計画の提出の求め
及びその実行の命令
国際統一基準が4%以上
8%未満
(修正国内基準は2%以
上4%未満)



個別措置に係る命令
(配当・役員賞与の禁止又は
抑制、自己資本充実に係る計
画の提出・実行、総資産の圧
縮又は増加の抑制、一部営
業所の廃止等)
同0%以上4%未満
(修正国内基準は0%以
上2%未満)



業務の全部又は一部の停止
の命令
同0%未満
(修正国内基準は0%未
満)


資料:大蔵省「銀行法施行規則の一部を改正する省令」等より作成
(注1) 自己資本比率の「国際統一基準」は、銀行法第14条の2に基づく大蔵省告示により、海外営業拠点を有する銀行等に採用が義務付けられているもの(いわゆるBIS規制のこと。8%以上が目標とされる)。
(注2) 修正国内基準とは、海外営業拠点を有しない金融機関が用いるもの。97/7月に国際統一基準に近づけるかたちで上記告示が改正された。ただし、有価証券含み益は含まない。


(2) 日本公認会計士協会の出したガイドライン

 「早期是正措置」発動の基準とされる自己資本比率は、前述の通り、適切な引当・償却を行った後の自己資本に基づくものである。従って、回収不可能と考えられる不良債権等は、直接・間接に償却しなければならない。そのためには、金融機関自身が自己の資産内容についてきめ細かく見直す仕組みが導入された(自己査定)ほか、専門家である第三者を通じて会計処理の適正性についてのチェックを強化することになった。従来から、銀行については、会計監査人(公認会計士または監査法人)による監査が義務付けられていた34)が、「早期是正措置」の導入後は、会計監査人の果たす役割が一段と重くなるものと考えられる。
 日本公認会計士協会では、上記の「中間取りまとめ」の趣旨を反映するかたちで、97年4月に、「銀行等金融機関の資産の自己査定に係る内部統制の検証並びに貸倒償却及び貸倒引当金の監査に関する実務指針」を発表した。これは、金融機関監査の際の会計監査人による自己査定等に関するチェック項目や、貸倒償却(いわゆる直接償却に相当)および貸倒引当金の計上(間接償却を含む)に関する考え方を盛り込んだガイドラインである。同指針の主要点は、次のとおり。



34) 銀行の場合、「株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律」第2条の適用を受け、会計監査人(第4条により公認会計士または監査法人でなければならない)による監査が義務付けられている。また、有価証券報告書を提出する必要のある銀行は、証券取引法第193条の2第1項により、有価証券報告書関連の財務諸表について、公認会計士または監査法人の監査証明を受けなければならない。 
 なお、信用金庫、労働金庫や信用組合については、健全性確保法により、一定規模以上(96年12月の政令によれば預金および定期積金総額が2千億円以上。但し員外預金比率15%未満の信用組合は除く)には会計監査人による会計監査が新たに義務付けられることになった。


イ. 償却の基準

 まず、同指針は、貸倒償却および貸倒引当金の計上を、資産査定の債務者区分に従って、次の基準で行うこととしている。

 @ 破綻先・実質破綻先債権
 担保や保証で回収可能と認められる部分を差し引いた残額(前掲図表17では、V分類〜W分類に該当する)について貸倒償却を実施する(直接償却)か貸倒引当金を計上する(間接償却)。

 A 破綻懸念先債権
 担保や保証で回収可能と認められる部分を差し引いた残額(前掲図表17ではV分類に該当する)のうち必要額(資産内容を総合判断して決める扱い)を貸倒引当金として計上する(間接償却)。

 B 要注意先債権
 貸倒実績率に基づいて貸倒引当金を計上する(担保により回収可能な部分は考慮しない)。

 C 正常先債権
 貸倒実績率に基づいて貸倒引当金を計上する(同上)。

ここで、B、Cの貸倒実績率とは、少なくとも債務者区分毎に算定したもので、さらに細分化して住宅ローンや業種別にグルーピングしたものを用いることも認められる。
 貸出金についての資産査定の基準(前掲図表17)と比較すると、この指針は、W分類の貸出金全てと、V分類のうち必要額について、直接・間接の償却を求めている。その意味では、金融検査後に金融機関が償却を求められているものと同じであると考えられる35)

ロ. 監査人による自己査定のチェック

 次に、貸倒償却および貸倒引当金の監査にあたって、同指針は、与信業務に精通した公認会計士が試査を行うことを求めている。このサンプル調査の際に、会計監査人は必要資料を閲覧し、適正な貸倒償却および貸倒引当金の計上の準備作業として自己査定が行われたかどうかを確かめなければならないことになった。
 また、会計監査人が行う試査の範囲についても、金融機関の自己査定体制(例えば、自己査定基準の整備状況、自己査定実施部署の営業関係部署に対する牽制機能の程度、担当者の査定実務の習熟度等)をみた上で判断することとしている。仮に、危険が高いと判断されるときには、同指針は、会計監査人に対し、抽出項目を多くするよう求めている。このように、自己査定の適正性を金融機関の実情にあわせて会計監査人がチェックする仕組みも盛り込まれている。これに伴って、市場関係者の財務諸表に対する信頼感が高まることが予想される。
 さらに、同指針では、監査の効率化の観点から、金融機関の了解を得た上で、金融検査当局と会計監査人が直接情報交換することも盛り込んでいる。他方で、金融検査当局サイドも、「早期是正措置」導入後の資産査定のあり方について、97年3月の大蔵省大臣官房検査部長通達の中で、「金融機関の自己査定および会計監査人による監査を前提とし、自己査定結果の正確性等をチェックすることとなる」36)としている。このため、金融検査と監査の結果が短期的に乖離することはあり得るとしても、乖離した状態が長期間継続することは考えにくい。このことも、自己査定に対する市場の信頼度を高める上で、少なからぬ役割を果たすことになると考えられる。

ハ. 新方式の実施時期と基準日

 また、同指針では、こうした新しい金融機関監査方式の開始時期について、97年度決算(銀行の場合は98年3月期)から適用することを定めている。ただし、早めに準備ができた金融機関に対しては、97年度中間期決算から適用することとしている。
 また、自己査定を行う際の「基準日」(資産査定にあたっては、通常、特定の日の貸出等を対象に資料を作成し、査定作業を行う37)が、その特定の日が基準日と呼ばれる)についても、「決算日前3か月以内が望ましい」としている。これは、できるだけ新しい情報を盛り込んだ自己査定とすることを求めているものと解釈できる。



35)97年7月に改正された「決算経理基準」(脚注29参照)が求めている償却の考え方も、これと同じと考えられる。
36) 資産査定の担い手が金融機関自身となることにより、査定の基準が甘くなる恐れもある。しかしながら、@今後の金融検査で自己査定がチェックされること、A監査人の専門性に対する期待が高まり、金融機関の自己査定チェックも含めてその責任が重くなるとみられること、等から、時の経過とともに自己査定への信頼感は高まることとなろう。 
 なお、公認会計士協会のガイドラインの中でも、「検査当局の検査結果は、監査上の参考として常に注意を払う必要がある」としている。
37)佐和(1997)p. 34は、査定の手続きについて、「貸出先ごとに貸出金額、貸出の目的、貸出先の企業内容(バランスシート、損益計算書)などをコンパクトなかたちでまとめた『ラインシート』をあらかじめ銀行に提出させて、その内容をチェックした後、検査員・考査員が銀行の貸出責任者と議論 することによって、貸出ごとにその健全性を判断していくという方法をとっている」としている。この「ラインシート」は、基準日の貸出金をベースに作成される。


(3) 従来の不良債権処理との違い

 本節では、このような会計制度面での改革に伴い、不良債権処理が従来と比べてどのように変わるかについて考察する。

イ. 償却の基準

 まず、償却の基準であるが、従来の我が国金融機関の不良債権処理については、税制を意識した償却が行われていたとの指摘が多い38)。我が国では、法人税法上、経営が破綻した債務者への貸出の直接償却(債権の切捨て相当額が対象)について金融機関の損金として認められている(このように損金として認められる償却は「無税償却」と呼ばれる)ほか、実質的に回収不能とみられる貸出を金融機関が直接・間接に償却する場合、大蔵省の金融証券検査官から「不良債権償却証明」が得られれば、税務当局より無税償却が認められていた39)。第2章(2)でも触れたとおり、金融検査でW分類とされた貸出金等は銀行局長通達により償却する必要があったが、これらの多くは、同証明を得て無税償却の対象となっていたとみられる。
 なお、税法上損金とは認められない償却(「有税償却」と呼ばれる。ただし、貸出金から引き落とす期には損金として認められる)を実施することも、事前に大蔵省に内容を提出すれば、銀行局長通達により、従来から可能であった。しかしながら、金融機関は無税償却できるものを中心に償却していたといわれている40)
 「早期是正措置」導入後は、金融機関が自己責任で償却を行う仕組みに変わる。償却にあたって、無税償却が可能か否かという問題は副次的なものとなり、税務当局から無税償却を認められない不良債権でも、金融機関自身あるいは会計監査人が必要と判断すれば、償却する義務を負うことになる(97年7月に改正された銀行局長通達の中の「決算経理基準」でも回収基準で償却することが明記された)。いわば、不良債権の実質に応じて償却するという基準に変わるのである。
 これを先取りするかたちで、金融証券検査官が無税償却を認定する「不良債権償却証明制度」は97年7月に廃止され、今後は他業種の企業と同様、無税償却の適否は所管税務署の判断によることとなる41)
 これは、金融検査直後とほぼ同様の資産見直しが決算期毎に実施され、回収可能性が乏しいと判断された不良債権が早めに償却される42)ということを意味している。「早期是正措置」導入後も、金融検査の結果は引き続き公表されないが、従来の金融検査の成果の一つともいえる不良債権の処理が、同措置導入後は銀行自身あるいは会計監査人の手により毎期実施されるという効果が期待できよう。

ロ. 会計監査人の役割

 また、「早期是正措置」導入後は、会計監査人(公認会計士または監査法人)に期待される役割も変わっていこう。
 従来の償却手続きでは、大蔵省と金融機関の間のやり取りで大枠が決まり、会計監査人が関与する余地は限られていたとみられる。 これに対し、今後は、大蔵省による償却制度上の関与が小さくなる中で、会計監査人の見識やチェック能力がより厳しく問われるようになるとみられる。その結果、金融機関の監査を担当する会計監査人の社会的責任が重くなり、監査がより精緻に行われるようになると期待される。これは、金融検査後や、金融機関の破綻表面化等の機会に不良債権処理の遅れが判明すれば、当該金融機関のみならず、遅れを看過した会計監査人の責任も問われかねないためである。
 このように、金融機関と会計監査人の自己責任が問われる仕組みが定着すれば43)、前章(1)で指摘した「情報の非対称性」に伴うディスクロージャーの問題点、すなわち不良債権の開示だけでは不良債権問題が当該金融機関の経営に与える深刻度を部外者が正確に把握することが難しいという問題も、ある程度克服できるとみられる。なぜなら、新制度下では、実質的に回収不能とみられる不良債権は財務諸表の上で償却というかたちで表れる筈であり、財務諸表を通じて部外者も回収不能部分の会計上の処理が終ったことを知るからである。しかも、その財務諸表の真実性が、第三者である会計監査人によって、いわば確認されるうえ、金融検査や日本銀行の考査44)等を通じてその正確性がチェックされる仕組みが用意されている。これらによって、財務諸表の透明性が一段と増すものと考えられる。



38)高橋(1994)の「はしがき」にも「債権償却の実際の取扱は、基本的には法人税基本通達に基づき行われることが多い」と述べられている。
39)脚注6にもあるとおり、無税償却の基準は「法人税基本通達」に明記されている。概要については、高橋(1994)第2章が詳しい。 
 なお、無税償却の制度について、翁(1993)第6章は、「引当金に対する無税枠が節税インセンティブとして働き、金融機関はできるだけ無税の枠内に引当金をとどめようという傾向になりがちであった」と指摘している。
40) もっとも、94年2月、政府の総合経済対策に、「不良資産の処理促進」が盛り込まれたのを受けて、大蔵省銀行局長は通達「『金融機関の不良資産問題についての行政上の指針』について」を発出し、「引当制度の運用を改善し、貸倒れに至つていないものの回収に危険のある債権についても、金融機関自らの判断によりリスクに応じた必要な引当が行われるようにする」とした。この結果、94年3月期決算以降、有税償却が拡大した可能性がある(ただし、有税償却額は開示の対象外のため、検証は難しい)。
41)不良債権償却証明制度は、97年7月の大蔵省大臣官房金融検査部長通達「『不良債権償却証明制度等実施要領について』通達の廃止について」により廃止された。 
 また、従来は銀行局長通達「普通銀行の業務運営に関する基本事項等について」の「第5経理関係1決算経理基準(3)資産の評価及び償却イ貸出金の償却」の中で、「有税償却する貸出金については、その内容をあらかじめ当局に提出するものとする」との規定があったが、97年7月の同通達改定で、当該規定は削除された。
42)前章(2)で述べたとおり、金融検査後には、銀行局通達により損失発生が認められている部分について償却することが義 務付けられていたが、金融検査の間隔が長い金融機関もみられる中で(前掲図表13参照)、金融検査後の情勢変化が償却に反映されていなかった可能性を否定できない。
43)日本公認会計士協会のガイドラインについて、必ずしも明瞭な基準が示されていないとの声も報じられている。また、実際に新方式を適用する段になれば、公認会計士の間で議論が分かれる点も出てくる可能性がある。こうした点を解決するためには、ノウハウを蓄積するための期間が必要となるとみられる。
44)日本銀行の考査とは、日銀当座預金取引先との約定に基づいて金融機関の調査を行うもので、資産査定と類似の債権評価を実施している。武藤・白川(1993)p. 210に詳しい。 
 なお、98年4月から施行される新しい日本銀行法は、第44条で考査に法律的根拠を与えている。


ハ. 自己査定義務付けの副次的効果

 このほか、金融機関に自己査定が義務付けられ、貸出内容等を決算期毎にチェックするようになることは、銀行の貸出管理能力を高めるという副次効果も期待できる。例えば、不動産担保の価値は、地価の動向等を反映して大きく変動する場合もあるが、少なくとも過去には、そのチェックが緩に流れたため、傷口を大きくした金融機関がみられたことは否定し難い。45)今回、自己査定が義務付けられたのに伴い、担保管理のあり方等についても目を向けざるを得なくなった。また、自己査定を行うためには、貸出先の信用情報を適時適切に収集・蓄積する必要があるほか、貸出先の財務諸表を適確に分析する能力も要求される。なぜなら、信用リスクに対する管理能力が高くなければ、そもそも適切な自己査定が出来ず、正確な決算が行えなくなるためである。こうした能力が低い金融機関は“生き残ることが難しい”との認識が高まれば、各金融機関ともその技量の向上に力を入れざるを得なくなると考えられる。
 また、比較的短い期間のうちに自己査定を行うことが求められるのを受けて、金融機関サイドでは、行内の信用格付け制度を見直して自己査定への活用を図る動きや、自己査定関連作業を行うコンピュータ・システムの共同開発を目指す動きがあると報じられている(『金融財政事情』誌1997年3月17日号ほか)。このように自己査定事務の効率化を図ることも、信用リスクの管理能力を高める効果を発揮するものと考えられる。


図表22 米国の早期是正措置の区分

区 分
自己資本比率の定義
トータル・リスク・ベース Tier1・リスク・ベース レバレッジ
充 実 10%以上かつ 6%以上かつ 5%以上
適 正 8%以上かつ 4%以上かつ 4%以上
未 達 8%未満または 4%未満または 4%未満
大幅未達 6%未満または 3%未満または 3%未満
危機的未達
有形資本比率が2%以下

資料:『日本銀行月報』(1992年12月号)、GAO(1996)より作成
(注) Tier1資本=株主資本+永久優先株+連結子会社に対する少数株主持株券
   Tier2資本=期限付優先株+劣後債+貸倒準備金を前提に、各自己資本比率は次のとおり定義される。トータル・リスク・ベース=(Tier1資本+Tier2資本)/リスク・アセット
Tier1・リスク・ベース=Tier1資本/リスク・アセット
レバレッジ=Tier1資本/総資産
有形資本比率=(Tier1資本+累積型永久優先株)/総資産



45)少なくとも破綻した金融機関の報道をみる限りでは、担保価値等のチェック体制等が甘かった事例が目立つ。


(4) 米国の早期是正措置

 次に、本節では、金融機関への「早期是正措置」を世界で唯一導入しているといわれる米国の事例について、簡単に紹介する。 米国では、1980年代に、中小の貯蓄貸付組合や銀行など金融機関の破綻が相次ぎ、その処理のために多額の財政資金が投入された。この経験を踏まえて、91年12月に「連邦預金保険公社改善法」が成立し、同法に基づいて92年12月以降、「早期是正措置」(prompt regulatory action)が導入された。問題金融機関に早期に介入し、破綻の防止や破綻処理コストの抑制を図ることを目的としたものである。
 同措置では、連邦預金保険公社(FDIC)加入の金融機関を、自己資本充実度に応じて図表22の5グループに分ける46)。この5区分に応じて、金融機関は、段階的に厳しい是正措置を受けることになる。例えば、一番下の区分である「危機的未達」(critically undercapitalized)に区分された場合、当該金融機関への免許付与当局(連邦免許の商業銀行については通貨監督局、州免許の商業銀行については州銀行当局)は、分類後原則として90日以内に破産管財人ないし財産管理人を選出することが義務付けられている。また、下から2番目である「大幅未達」(significantly undercapitalized)に区分された金融機関は、増資・合併等による自己資本再建策の実施等が求められる。
 ここで、我が国で導入予定の「早期是正措置」の発動基準となる自己資本比率が国際統一基準(海外拠点を持たない金融機関は修正国内基準)に一本化されているのに対し、米国では、4種類の自己資本概念が用いられている点(前掲図表22参照)が異なっている。また、我が国のように特に「自己査定」を義務付けることもなされていない。
 次に、米国での各区分別の金融機関数の推移をみると(次頁図表23)、同措置導入後に米国景気が拡大基調を辿り、金融機関の利益も高水準で推移したこともあって、「未達」以下に分類される金融機関の数は、92年12月の導入当時の252金融機関から95年12月末には29金融機関に激減している。こうした自己資本充実の背景には、「早期是正措置」を意識して、金融機関が自己資本の増強に力を入れた面もあったとみられる。
 米国の会計検査院(GAO)が米国議会に提出したレポートは、金融機関監督の上で早期是正措置の果たした一定の役割を指摘しつつも、導入の所期の目的である“早期に問題金融機関の経営に関与する”という観点からは、必ずしも十分機能していないとしている。一例として、同レポートは、FDICの問題金融機関リストに掲載された金融機関数が、自己資本基準で「未達」以下の金融機関の数の数倍規模に達していることを指摘している(図表24)。こうした乖離が発生する背景として、GAOは、@自己資本比率は財務や経営の悪化が生じた後に遅れて悪化すること(80年代に破綻した金融機関を調べたところ、現在の基準でみた自己資本比率に問題がなかった先もみられる)、A報告された自己資本比率が必ずしも問題金融機関の財務面での実態を反映しないこと(人為的に高い自己資本比率を報告する可能性もあること)などを挙げている。
 米国で指摘されている@の問題は、我が国でも、不良債権償却の基準等からみて、ある程度不可避という面は否定できない。しかしながら、我が国の銀行の場合、今後は半年毎に自己査定を行うことになるため、資産内容の悪化が、従来よりも短い期間で財務諸表に反映されるようになる可能性があろう。
 他方、上記Aの問題は、我が国でも、少なくとも同措置が定着するまでの過渡期には生じかねないが、自己査定の導入、会計監査の重視や金融検査でのチェック等を繰り返すことにより、中長期的には回避できる可能性がある47)


図表23 米国の区分別金融機関数

区 分
92/12月
93/12月
94/12月
95/12月
充 実 12,990 12,873 12,328 11,783
適 正 609 275 224 158
未 達 109 32 27 21
大幅未達 83 24 14 5
危機的未達 60 16 9 3

資料:GAO(1996)p. 28


図表24 米国の問題金融機関と自己資本不足先

92/12月 93/12月 94/12月 95/12月
問題金融機関 1,063 572 318 193
自己資本不足の金融機関 252 72 50 29

資料:GAO(1996)p. 45
(注1) 問題金融機関とは、FDICが資産の質、流動性や収益性等からみて問題があると判断した金融機関を指す。
(注2) 自己資本不足の金融機関とは、「未達」以下に分類された金融機関を指す。



46)米国の早期是正措置については、日本銀行月報(1992年12月号)、翁(1993)第3章、GAO(米国の会計検査院、1996)等に詳しい。
47)我が国では、今後、実態と乖離した会計報告を行った金融機関経営者や会計監査人の責任が厳しく問われる可能性があるため、中長期的には、厳格な監査を行うことが一般化することが考えられる。


4. 結びに替えて

  本稿第2章では、我が国でも「不良債権」についての民間金融機関によるディスクロージャーが、対象債権でみても、開示金融機関でみても、最近広がってきていることを示した。開示される「不良債権」額がそのまま損失額に直結するものではないとしても、信用を基盤とする金融機関は、「不良債権」額の圧縮に向けて努力する意欲を高めるとみられる。実際、会計上の不良債権処理額も、既にみたようにかなりの規模に達している。
 また、第3章では、「早期是正措置」が98年4月から導入される予定にあり、98年3月期決算から回収可能性の基準による不良債権処理が制度化されることを指摘した。これに伴い、各金融機関により“回収可能性が低い”と判断された不良債権は、原則償却されることとなる。さらに、こうした不良債権処理の適正性について、まず会計監査人がチェックし、次いで金融監督庁(98年半ばに新設される予定)等の公的機関がチェックする仕組みも導入される。
 こうした会計面での制度改革を、不良債権処理の上でも有意義なものとするためには、まず、金融機関が適確な自己査定を積み重ねていくことが大切である。また、重要性が高まるとみられる会計監査人も、決算内容をしっかりと確認することを通じて、新しい制度に対する市場の信頼を着実に勝ち取っていくことが必要であろう48)
 また、今後、さらに不良債権処理を進める上では、債権回収のスキルの向上も課題となると思われる。我が国でも、旧住専7社の債権を引継いだ鰹Z宅金融債権管理機構が回収不能とみられていたY分類資産から一部回収に成功したとの報道も聞かれるなど、不良債権回収のノウハウが蓄積されつつあるとみられる。こうしたノウハウを社会全体で活用できるような仕組みを構築していくことも、今後の検討課題となる可能性があろう49)
 21世紀を目前に控え、日本の金融機関は、日本版ビッグバンに伴う多くの改革を実施し、21世紀の我が国経済を支える優れた金融システムを作り上げることが期待されている。それらを成功させるためには、一日も早く後ろ向きの「不良債権」処理を終え、前向きの役割に専念できる体制を整えることが望まれる。



48)「中間取りまとめ」は、米国の早期是正措置が不良債権処理に概ね目処がついたとされる時期に導入されたのに対し、我が国では、「金融機関全体としては不良債権の処理が進んでいるもののなお状況は区々であり、制度導入時の環境は異なるとの見方がある」と指摘している。また、不良債権処理を、金融ビッグバンによる金融・資本市場活性化策と同時に進めることをも勘案し、同措置の導入が「実体経済に大きな悪影響が生ずることのないよう配慮することも必要である」としている。 
 このように、新制度の運用にあたっては、徒らに不安を煽ることがないよう目配りする必要があろう。しかしながら、所期の目的である市場の信頼感を高めることも忘れてはならず、両立を図ることが求められている。
49)その際には、債権の流動化・証券化や、回収の専門家の育成等の手法が選択肢となるかも知れない。


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 ―― 「『金利減免等債権額』等の開示について」(1996年4月号)
 ―― 「全銀協、経営支援先に対する債権額の全業態開示等を決定」(1997年4月号)
 ―― 別冊「全国銀行財務諸表分析」(各号)
全国信用金庫協会『信用金庫』
 ―― 「信用金庫のディスクロージャーについて」(1996年2月号)
早期是正措置に関する検討会「早期是正措置に関する検討会中間取りまとめ」(1996)
高橋洋一『新版ケーススタディによる金融機関の債権償却』(1994)、金融財政事情研究会
高橋洋一監修「金融機関の不良債権償却必携」(1995)、銀行研修社
中川隆進 「自己査定基準の適度の統一性を確保していく」 (インタビュー記事、1997)、
『金融財政事情』1997年3月24日号
西村清彦『日本の地価の決まり方』(1995)、ちくま新書
日本銀行『経済統計年報』(各年版)
日本銀行『日本銀行月報』
――「米国の預金保険制度改革を巡る最近の動向」(1992年12月号)
――[平成7年度(1995年度)の金融および経済の動向」(1996年6月号)
――「1996年度の金融および経済の動向」(1997年6月号)
――「全国銀行の平成8年度決算」(1997年8月号)
日本銀行『年次報告書 平成8年』(1997)
日本公認会計士協会「銀行等金融機関の資産の自己査定に係る内部統制の検証並びに貸倒償却
及び貸倒引当金の監査に関する実務指針(1997)
日本公認会計士協会「銀行等金融機関監査の品質管理に関する実務指針(1997)
三輪芳朗・西村清彦 編『日本の株価地価』(1990)、東京大学出版会
武藤英二・白川方明 編『図説日本銀行』(1993)、財経詳報社
村木利雄 監修『銀行経理の実務』(1996)、金融財政事情研究会
森 公高「『銀行等金融機関の資産の自己査定に係る内部統制の検証並びに貸倒償却及び
 貸倒引当金の監査に関する実務指針』について」、『信用金庫』1997年7月号
『エコノミスト』(各号)、毎日新聞社
『金融財政事情』(各号)、金融財政事情研究会
『東洋経済』(各号)、東洋経済新報社
日本経済新聞(各号)
ロイター電(各号)
官報(各号)
J.R. Barth, D.E. Nolle and T.N. Rice, "Commercial Banking Structure, Regulation, and
 Performance:An International Comparison," Economic Working Paper 97-6, March 1997,
 Comptroller of the Currency
United States General Accounting Office(GAO), "Bank and Thrift:Imprementation of FDICIA's Prompt
 Regulatory Action Provision,"Report to Congressional Committees ,November 1996

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