郵政研究所月報 
1997.12

調査・研究


費用便益分析の現状と課題





第二経営経済研究部研究官    深沼 光 



[要約]
1 公共事業の効率性が問われるなか、事業推進が妥当であるかどうかを判断する方法として費用便益分析が注目されている。
2 費用便益分析は、公共事業の社会的便益と社会的費用を計測することで、当該事業によって社会全体としてどの程度の純便益が見込まれるのかを考察するものである。既に多くの欧米先進国で利用されており、わが国でも各省庁等で導入の動きがみられる。
3 わが国で費用便益分析を実施するにあたっては、いくつかの課題が残されている。それら課題を克服するために、費用便益分析ガイドラインの策定が急がれよう。公共事業実施の判断は、最終的には政治的なものにならざるを得ない側面はあるものの、費用便益分析の採用によって、その判断がより明瞭に、正確になることが期待される。


1 はじめに 

 公共事業が本当に効率的になされているのかという疑問は、納税者にとって常に注目すべき話題であるといってもよい。特に近年、マスコミ等では一部不適切な事業もあるのではないかといった批判が多くなされている。
 このような動きの中で、公共事業の評価手法として費用便益分析(Cost Benefit Analysis)が注目されている。この分析手法は、文字どおりプロジェクトの費用と、それによる便益の比較から、プロジェクト推進の可否を判断しようというものである。平成8年12月に政府の行政改革委員会官民分担小委員会が取りまとめた、行政が事業に関与すべきかどうかの基準にも、事業に予算をかけることのメリットを数字で評価する方法の導入が盛り込まれたこともあり、我が国でも積極的に取り入れようとする動きが各所で見られるようになっている。
 本稿では、費用便益分析を紹介するとともに、その問題点や課題、我が国での適応可能性等について考えることにする。


 本稿執筆にあたり、建設省、運輸省をはじめ各省庁の方々に、ご多忙のなか大変お世話になった。また、横浜国立大学経営学部の井上徹助教授(郵政研究所特別研究官)、神奈川大学経済学部の宮原勝一専任講師(郵政研究所客員研究官)には、執筆段階で多数の貴重なご指摘をいただいた。ここに、謹んで御礼申しあげる次第である。
2 プロジェクト分析の種類 

 プロジェクトの費用と便益の比較を行う場合、費用と便益の範囲をどこまで考えるかによって、いくつかの段階が考えられる。これをまとめると表1のようになる。

(1) 財務分析
 まず、一般的なプロジェクト分析として行われているのが、事業として採算がとれるかどうかを判断する財務分析である。費用、便益とも実際の市場価格をもとに計算し、事業主体の収支を求めるもので、プロジェクトに関する企業の投資判断や銀行の融資判断等に利用されている。第三セクターによる収益事業や、公共事業でも有料道路など事業性の高いものについては、財務分析が実施されている。

(2) 費用便益分析
 費用便益の範囲を社会全体に拡大したのが、費用便益分析である。評価の尺度としては潜在価格(Shadow Price)を想定し、市場価格を修正して行う手法で、公共投資プロジェクトの分析で近年注目されている。
 具体的には、例えば国道バイパスの建設による時間短縮を便益と考え、時間当たり賃金等を基準に金銭化して積算し、建設費と比較するというものである。財務分析では道路料金のみが便益となるため一般国道には適用できないが、費用便益分析では有料道路でなくても分析できる。
 公共事業の多くが、無償の便益を発生させており、費用便益分析の対象となり得る。ちなみに、蛇足ながら、社会資本整備や公的融資等にかかる財政投融資機関の資金調達について政府保証のない財投機関債で行うというのは、表の(2)にあたる社会的費用と社会的便益で評価されるべき事業を、(1)の尺度である市場価格で評価しようというものであり、いささか乱暴な議論と言わざるを得ない。

(3) 個人効用に基づく費用便益分析
 費用便益分析をさらにすすめ、各個人の効用関数を推定して個人効用を測定することで、便益をウエイトづけし、全体の効用最大化を図る方法が理論的には考えられる。ただし、個人の効用関数を特定するのは事実上不可能であることから、ウエイトづけの係数の決定など、現実への適応には困難が多いと考えられる。

表1 プロジェクト分析の種類
種  類
費用便益の範囲
評価尺度
必要な理論・データ
(1) 財務分析 事業主体の私的費用と便益 市場価格 収支判断手法の確立
(2) 費用便益分析 社会的費用と社会的便益 潜在価格 潜在価格の確定
(3) 個人効用に基づく費用便益分析 すべての個人の費用と便益 個人効用 各個人の効用関数
個人効用の金銭化
資料:筆者作成。
3 費用便益分析(Cost Benefit Analysis)の手法
 
 費用便益分析の手法としては、内部収益率法、費用便益比率法、純現在価値法などが主として用いられる。それぞれの定義は、次のとおりである。

(1) 内部収益率(Internal Rate of Return=IRR)法
 プロジェクトの内部収益率ρが社会的割引率iより大きければ、資金は当該プロジェクトに回されることになる。逆に、小さければ投資は行われない。すなわち「ρ≧i」が投資判断の指標となる。このように、内部収益率と社会的割引率の関係から投資判断を行うのが、内部収益率法である。内部収益率ρは以下の式を満たす。ここで、Btはt期の便益、Ctt期の費用、は工事開始から設備使用終了までのプロジェクトの期間である。なお、使用終了時の設備等に残存価値がある場合は、終期の便益として計上する。
 実務では、iの値をどのように設定するかが大きな問題となる。国内プロジェクトでは4〜6%、世界銀行では発展途上国が対象であり、不確実性を担保するために10%台の社会的割引率を採用するケースが多い。当然、iの設定によって判断が大きく変化することに、注意する必要がある。 

 nΣt=1Bt−Ct/(1+ρ)t=0

(2) 純現在価値(Net Present Value=NPV)法
 金利が事前に判明している場合、その金利iを前提として計算した投資の純現在価値NPVの大きさを投資判断の指標とするのが、純現在価値法である。「NPV≧0」であれば、投資が可能ということになる。 

 NPV=nΣt=1Bt-Ct/(1+i)t

(3) 費用便益比率(Cost Benefit Ratio=CBR)法
 現在価値化した費用便益の比率が1以上であることを判断基準とするのが費用便益比率法である。ただし、実際のプロジェクトでは、リスクを加味して1.2、1.5などの数値が基準として使われることが多い。 

 CBR=nΣt=1Bt/(1+i)t/nΣt=1Ct/(1+i)t

 これら手法を実務に応用する場合、いくつかの問題点が出てくる。例えば、IRR法は3期間以上の推計の場合均衡点が多数存在する場合があるなど、厳密にいえば一般的妥当性が低い。NPV法は規模の異なるプロジェクトを比較する際に大プロジェクトに有利となる。CBR法は、マイナス便益を便益から差し引くか、費用として計上するかによって、結果が大きく変わってくる。また、規模の異なるプロジェクトの比較は容易だが、逆に実際に発生する便益の大きさが分かりにくい。
 このように、それぞれの手法は一長一短がある。そのため、実務ではNPV法をメインとしIRR法を併記するなど、複数の計算結果を組み合わせて利用するのが主流であるとのことである。ただし、国内では明確な基準がないため、手法の組み合わせはプロジェクトによって異なる場合も多いのも実状である。

4 費用便益分析に関する各省庁等の対応

(1) 建設省
 所管する公共投資の額が全体の約7割と省庁のなかで最も多く、世論の注目度も高いこともあり、最近、相次いで費用便益分析手法の導入を進めている。
 建設省全体としては、公共投資効果の分析基準を策定するため、平成9年10月から「社会資本整備に関する費用効果分析検討委員会」をスタートさせた(日本経済新聞、9年9月30日朝刊)。10年度中に内容を固め、11年度事業から実施予定である。対象には、建設省所管の公共投資のほか、補助金によって地方公共団体等が行う事業も含まれる。
 個別の事業単位でみると、道路局では、平成9年度以降の新規道路プロジェクトに費用便益分析を義務づけた。建設費だけでなく管理費も考慮すること、30年償還で実施することなどの前提等について、マニュアル化を行っている1)。国道事業や有料道路事業だけでなく、地方道でも、補助事業の場合は費用便益分析を義務づけることとなった。交通事故による損害も計算に入れられている。公害、環境問題については、今のところ考慮されていない。基準として、全国一律で費用便益比率1.5を最低ラインとしている。
 都市局では、下水道事業について既に基準を策定しており、街路事業等についても、建設省基準の策定にあわせて、道路局のマニュアルの適応を検討中である。ただし、評価方法は、道路局とは一部異なるものになる見込み。
 また、河川局では、10年度予算の概算要求にあわせて、調査段階の18ダムの事業中止、休止を決定するなど、既存事業を見直す動きもみられる。

(2) 農林水産省
 建設省に次いで公共事業が多く、一部の事業では古くから費用便益分析が行われている。具体的には、土地改良事業は昭和24年の制度発足当時から、沿岸漁場整備開発事業も昭和51年から、費用便益分析が実施されており、平成9年度からは林道事業、漁港整備事業の新規事業がそれに加わっている。

(3) 地方公共団体
 個別プロジェクトについて、一部では財務分析が行われており、費用便益分析の手法が用いられているものもあるとのことである。ただし、分析手法は一定ではないため、プロジェクト間の比較は困難な場合が多い。
 前述のとおり9年度から、国からの補助金が投入されている道路事業については、建設省の基準に基づいた費用便益分析が採用される。
 また、都道府県・政令指定都市の8割が公共事業見直しを検討するとしており、5割が公共事業評価制度を既に導入したか、9年度内に導入するとしている(日本経済新聞、9年8月16日、朝刊)。この中には費用便益分析の手法によらないものも含まれているものの、統一的な公共事業評価システムを構築するうえで前進であると評価をすることができよう2)

(4) 海外
 ドイツでは、大規模な公共事業について費用便益分析の実施が法的に義務づけられており、道路、鉄道、水運に関する交通プロジェクトを対象とした財務分析と費用便益分析を、1986年(昭和61年)より、統一手法の下に実施している。
 このほか、アメリカ、イギリス、フランスなど、欧米先進国の多くで、費用便益分析の手法に統一基準が設けられており、道路等の公共事業の評価にすでに導入されている。
 また、世界銀行では、1970年代からプロジェクト融資等で費用便益分析を行っている。評価基準も当時から成文化されており、事後フォローも行われている。ただし、開発途上国におけるプロジェクトの分析が中心であるので、分析基準をそのままわが国のプロジェクト評価に流用するのは困難であると考えられる。

(5) その他
 運輸省、国土庁、環境庁、日本道路公団などで、費用便益分析の導入を検討、一部実施しているほか、第三セクターのプロジェクトでも散発的に実施されている。また、基準策定の情報交換等を行うために、建設省、運輸省、農林水産省、国土庁による公共事業評価に関するワーキンググループが平成9年8月に発足している。


1) 有料道路事業の費用便益分析の実例については、平成9年版『建設白書』で紹介されている。
2) 例えば、三重県では、平成8年度から事務事業評価システムを稼働させており、統一様式で事業の目的、成果、公共関与の妥当性等を比較できるようにしている。

5 費用便益分析の課題 

 費用便益分析には公共事業の効果を明らかにするという点で、有意義な点も多い。ただし、万能という訳ではなく、いくつか問題点と技術的限界を含んでいる。

(1) 潜在価格(シャドウ・プライス)の妥当性
 費用便益分析を実施する際にまず問題となるのが、費用と便益の正確な金銭化である。ここで必要となるのが、市場に現存しない理論的価格、すなわち潜在価格(シャドウ・プライス)の推定である。
 発展途上国などでは、市場価格は独占や寡占、管理価格の存在等から必ずしも完全競争の状態にはなく、為替レートも政府介入で歪められている場合もある。プロジェクト実施によって、賃金、運賃などの生産要素の価格体系が大きく変化することも考えられる。
 そこでこのような場合、費用、便益の金銭化について、完全競争を仮定したプロジェクト実施後の理論価格を潜在価格として用いている。この手法は経済情勢の異なる国々のプロジェクトを比較検討するのに適しており、世界銀行では国際価格をベースに一定の基準で潜在価格を積算する手法を1970年代に確立している。
 わが国における分析でも、例えば道路開通による運賃の変化等、プロジェクト前後の価格変化は一般に考慮される。完成後に初めて顕在化する価格の推定には、主として機会費用・損失の考え方が採用される。実務ではアンケートを使うこともある。ただ、市場が比較的競争的であるとの考え方から、価格体系については国内市場価格をベースに計算されているケースが多い。この意味では、厳密に理論的な潜在価格とは異なるものの、海外との比較検討の必要性がなく、専ら単独プロジェクトとしての妥当性の分析、あるいは他の国内プロジェクトとの比較に用いられるならば、実務上はそれほど問題とはならない場合がほとんどであると思われる。
 なお、騒音による被害など、市場が一般に存在し得ないものの潜在価格を推計する場合もある。この場合も機会費用・損失の考え方を基に、アンケート等を用いながら推計が行われる。ただ、これら評価方法は、市場価格がないだけにコンセンサスが得られないものも多く、いかに論理的で妥当性のある価格を提示するかが大きな課題となる。例えば、一般行政サービスや中小企業融資の費用便益分析なども理論的には可能であるが3)4)、便益測定の方法を開発し、しかもそれに対して社会的コンセンサスを得るのは、非常に困難であると言わざるを得ない。
 潜在価格については、計算の手法や範囲が不統一であるという問題もある。現行の費用便益分析は、施工主体、プロジェクトによって、基準がまちまちなのが実態である。二次的経済効果まで含んで計算した分析、一次効果のみの分析の両方が見られる。公害や環境悪化等のマイナス便益については、費用に入れる方法と、便益から差し引く方法が混用されている。道路等の分析においては、今のところこれらは計算されていない場合も多い。事業主体としては、「金銭被害として換算できるほどの公害がある」という前提で建設を推進するのは政治的にも難しく、それを認めれば即補償を行わなければならなくなるという問題も出てくる可能性があるからであろう。

(2) リスクの取扱い
 為替レートや金利の変動等のリスクに関しては、予測が困難であるため、一般には計算に含まない。ただし、前述の建設省の例のように、費用対便益の判断基準を1よりも大きくするなどして、リスク分を一括して考慮する場合もある。
 また、工期、建設費、需要等の不確実な要因について、あらかじめ一定の幅のプラスマイナスを想定し、複数の推計結果を併記することも多い。それぞれの要因のプラスマイナスが、事業評価に与える影響(感度)を分析することで、プロジェクト自体の安定性を計測する感度分析も、行われている。

(3) 社会的割引率・利子率の取扱い
 IRR法、NPV法、CBR法のいずれの分析方法であっても、基準とする利子率によって、プロジェクトの評価は大きく変わってくる。少なくとも多数のプロジェクトを比較検討する場合は、利子率は同じものを使う必要がある。ただ、現実には明確な基準がなく、プロジェクトによって、長期プライムレート、公定歩合等、まちまちの利子率が採用されているのが現実である。


3) 政府による事業や金融サービス等の費用分析手法として、サブシディ・コスト分析がある。サブシディ・コストを直訳すると「補助金コスト」であるが、この場合、将来発生する損失を経験則等から事前に予測したうえで、必要と考えられる補助金額(事業補助、利子補給など)を、一定の割引率で現在価値化するものである。米国では直接融資や債務保証プロジェクトに関する連邦予算の策定に利用されている。当該機関等はより正確な損失予測を提示する努力が必要になってくるだろう。ただし、低金利下での住宅金融公庫の繰上償還による収支悪化などを見れば、損失予測を完全なものとするには、かなりの技術的困難が伴うと考えられる。また、この手法はあくまで費用部分のみの分析手法であり、サービスにより発生する便益を分析するものではないことに、注意する必要がある。
4) 金銭化の難しい便益(マイナス便益)を評価する方法としては、意識調査を基に個別要素の評価値を決定する、AHP(analytic hierarchy prosess)手法などがある。例えば、道路建設であれば、時間短縮、景観の悪化、騒音の発生などの正負の便益について、アンケートにより相対的重要度を計測することで、それぞれの便益の相対的な重要度を算出するものである。
 これら手法については国内で実際のプロジェクトに採用された例は少なく、まだ一般的ではない。また、あくまで相対的な評価でにとどまっている。ただ、個別要素のうち金銭化が容易であるものを基準にすることで、全体の金銭化も可能になるかもしれない。実現には人間の心理尺度をどのような関数系で考えるかなど解決すべき技術的問題も考えられるものの、便益測定の有力なツールとして、手法開発が急がれるところである。

(4) 便益帰着の問題
 費用便益分析は、本来、プロジェクト実施による社会全体の費用と便益を分析するものであって、プロジェクトから直接、間接に正負の便益を受ける(あるいは費用を支払う)、個別の経済主体について、費用便益の量がどの程度であるのかは考慮されていない。例えば、道路プロジェクトであれば、沿線の居住者は、通行時間短縮の便益を受ける一方、騒音や大気汚染等の公害によりマイナスの便益を受けることになる。これら費用や便益が、どの経済主体に帰着するのかを分析したのが、帰着便益分析である。
 具体的には、建設費、税金、時間短縮便益、公害によるマイナス便益など費用便益の種類を縦軸に、運営主体、通行者、沿線住民など経済主体を横軸にした「帰着便益連関表」を用いて、それぞれの費用便益の帰着先を考えていく。
 本来、このようにして計算された便益の帰着先から、税金、通行料などの形で応分の負担を求め、マイナス便益については補償を行うのが、理論的に正しいのかもしれない。ただ、潜在価格の妥当性の問題のところでも述べたように、費用便益の大きさを正しく測定するには、依然として技術的困難が伴う。特にマイナス便益の範囲をどこまで捉えるかについては、議論が分かれるところである。そのため、帰着便益分析を利用することは、一定の判断材料にはなり得るものの、必ずしも、そのことで直ちに社会的コンセンサスが得られるわけではないことに注意する必要がある。
 この点が、費用便益分析と帰着便益分析の限界であり、政治的な解決が求められる分野である。ただ、これら外部経済、外部不経済の客観評価についての研究は多くの機関で進められており、今後も積極的になされる必要があるということはいうまでもない5)

(5) 所得分配の取扱い
 これは表1(3)の個人効用に基づく費用便益の問題であるが、各個人の貨幣の限界効用は必ずしも同一ではないことから、同じ社会資本に関しても、所得の多寡等によって便益が異なる可能性がある。もちろん、すべての個人の効用関数を推定するのは、現実的には不可能だろう。ただ、この考えに則るならば、少なくとも、費用便益分析の各指標が同一であれば、所得の低い地域の事業の方が高い地域のものより便益が大きいと考えることはできるだろう。すなわち、低所得地域に投資をした方が社会厚生を高める効果は大きいということになる。
 とはいえ、便益の大きさが具体的にどの程度違うかという疑問については、明確に回答するのは難しい。そのため、わが国でウエイトづけを新しく実施するとすれば、充分なコンセンサスを得る必要があると考えられる6)

(6) 事後評価
 世界銀行ではプロジェクトの事後評価を実施しているが、わが国では費用便益分析の歴史が浅いこともあり、本格的な事後評価はそれほどなされていないのが実状である。事後評価の結果から分析の信頼度が分かり、それをフィードバックすることがより精緻な分析につながるので、今後ぜひ行うべきであろう。
 すでに各省庁等では事後評価の制度化に取り組んでいる。農林水産省では平成10年度より、完成から5年後をめどに事業効果の事後評価を行う方針を明らかにしている(朝日新聞、平成9年8月24日、朝刊)。また、運輸省道路局では、インパクト調査と呼ばれる事後交通量調査をすでに実施しており、費用便益分析の事後評価も実施していく方向で検討中とのことである。


5) JR東海では、動く歩道の費用便益分析を行っている。その結果、260メートルの動く歩道1人1回あたりの便益は、通勤では6.7円、買い物では4.4円という結果を導いている。このような低額の料金を個別に徴収することは、コストを考えれば現実的ではなく、設置によって便益を受ける事業所や店舗が、共益費のような形で運用費を負担するのが適当であると結論づけている。
6) 海外では地域ごとのウエイトづけを実施している例もある。例えばドイツでは、連邦を106の地域に分け、各地域の平均賃金や失業率などを基にした開発先進度指標を策定し、道路事業等の費用便益分析に活用している。
6 まとめ 

 公共事業の計画段階での費用便益分析の実施は、事業の妥当性を証明するとともに、複数の事業を比較して納得できる優先順位を付けるために、極めて有効な手段と考えられる。
 ただし、前段で述べた問題点を克服し、費用便益分析を一般的に採用するには、以下の二点を盛り込んだガイドラインが必要となるだろう。
 第一に、公共事業の費用便益分析全体のベースとなる、統一基準の策定である。マイナス便益をどう扱うか、金利は何を採用するか、IRR法とNPV法のいずれをメインとして使うか等、全ての分野に関して同じものも多い。事業の種類によって潜在価格の計算手法が異なるため、全てを同一の方法で費用便益分析を行うことは不可能ではあるものの、少なくとも統一できる部分については、単一の基準を用いるべきである。全体での統一が困難なものは、省庁ごとに基準を設けるという方法も考えられよう。
 第二に、個別事業ごとの費用便益測定範囲と測定方法の確定である。事業ごとに、どの費用便益まで計算に含めるかをはっきりと決めるとともに、少なくとも同種の事業は同一の基準で判断ができるようにしなければならない。
 このガイドラインを概念図としてまとめたのが、表2である。ここでは、基準を、事業ごと、省庁・自治体等、全体という三つのレベルに分けたが、必ずしもそうである必要はない。ガイドラインをどのようなものにするかについては、個別の取り決め内容についてどのレベルで統一するのかという問題も含めて、費用便益分析の導入に向けて、今後解決していく必要がある。
 ガイドラインの策定と併せて求められるのが、費用便益の測定手法の開発である。将来の費用を現在価値化するサブシディ・コスト分析の精緻化手法や、現状では困難とされる便益を金銭化については、特に、当該機関による積極的な研究が望まれるところである。
 ただ、ここで注意しないといけないのは、測定手法を開発しても、主観的判断が少しでも介在するものであれば、必ずしも説得力のある答えが得られるとは限らないという点である。
 従って、むやみに費用便益の範囲を拡大するのではなく、逆に、コンセンサスの得られやすい「手堅い」費用便益についてのみガイドラインに盛り込み、それによる費用便益分析の結果を提示したうえで、投票によって選ばれた議会での審議によって公共事業の是非を問うという方が、現実にはより良い選択であると考えられる7)
 現在、国、地方ともに財政状況が厳しいなかで、公共投資への予算配分については、以前に増して注目が集まるようになっている。間接民主制の下で、議会による予算承認を介した公共事業の是非に関する政治判断は非常に重要である。その判断をより明瞭に、公正に行うための材料として、公共事業への費用便益分析の導入を、早急に進めていく必要があるのではないだろうか8)


表2 費用便益分析ガイドラインの概念図
○事業ごとの基準 a事業
・費用便益の測定範囲
・測定期間
 など
b事業 c事業          
○省庁・自治体等の基準 A省
・需要予測
・リスクの大きさ
 など
B省 C省
○全体の基準 公共事業全体
・金利
・時間費用の係数
・分析に使う指標
・事後評価のルール
・経済成長率
・地域ウエイト
 など
資料:筆者作成。



7) 例えば、一般行政サービス、公的金融サービスなど、便益の測定が困難なものについては、費用部分のみを計上して比較することも考えられる。
8) 最近では、地方自治体において、条例を制定し、重要な問題について住民投票によりその可否を問うケースも出てきている。その場合でも、当該事業や代替案について費用便益分析の結果を提示することで、個人の判断がより明確に行われることが期待できるだろう。


参考文献

荒井圭ほか[1997]「通勤交通における動く歩道の経済評価に関する研究」『土木学会第52回学術講演会講演概要集第4部』(土木学会)
井堀利宏[1997]「公的インフラ整備は景気刺激が目的ではない」『エコノミスト97年9月23日号』
佐藤信秋(建設省道路局企画課長)[1997]「これからの道路行政」『交通への公共投資を考える(土木学会平成9年度全国大会研究討論会16資料)』(土木学会)
土木学会編[1986]『海外交通プロジェクトの評価』(鹿島出版会)
中西健一・丸茂新・松澤俊雄[1986]『交通の経済理論』(晃洋書房)
山田浩之ほか編著[1995]『都市と土地の経済学』(日本評論社)
Dasgupta P., Sen A. and Marglin S. [1972] “Guidelines for Project Evaluation” (United Nations Industrial Development Organization)
United Nations Industrial Development Organization [1986] “Manual for the Preparation of Industrial Feasibility Studies” (United Nations Industrial Development Organization)


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