【要約】
本稿においては、郵便における戦略事業単位(SBU:Strategic Business
Unit)の設定とポートフォリオ・モデル(成長‐シェア・マトリクス)を使った分析を行うことにより、郵便事業の限られた経営資源を効率的に使って最大の社会的効用を発揮するための資源配分の方策を検討する。 郵便におけるSBUの設定の考え方としては、商品計画の有無等のオペレーション実態、宅配便・電気通信手段等との競争代替関係や顧客が求める機能・特性を中心とした郵便の利用目的に着目して、郵便のSBUを便宜的に、次のように設定した。 @ DM:商品案内、商品見本、パンフレット等の広告宣伝分野 A 金銭関係:金銭の請求、支払、受領に関する通信分野 B あいさつ・申込等:各種の申込、照会、届出、回答等の通信分野 C 行事・会合案内:同窓会、株主総会等の行事・会合案内に関する通信分野 D 業務用通信:業務用報告、本・支店間の通信、納品書等の通信分野 E 新聞:新聞の宅配分野(新聞取次店からの直接配達を除く。) F 雑誌・書籍:雑誌・書籍の宅配分野 G カタログ:通信販売用の商品広告を目的とする冊子の宅配分野 H 物品:衣類、食糧等の身の回り品の宅配分野 さらに、郵便の「対象顧客」・郵便に対して「求められる機能・特性」・郵便の「競合業者・サービス」について、過去の調査研究等に基づく定性的な分析を行い、郵便のSBUを含む業界(市場)の境界を特定する作業を行った。 その結果を踏まえ、郵便のSBUと競合・代替すると予想されるメディアとを比較して、その機能・特性の優位性が明らかであれば市場の外延が小さく明確で、郵便の独自性が発揮されることから、郵便の単独市場が形成される。一方、そうでない場合は、市場の外延が大きく不明確となり、顧客は多くの代替可能なメディアを選択することができるため、電気通信系・輸送系メディアを含めた市場が形成され、相対的に郵便のSBUの市場シェアが小さくなると想定した。 郵便のSBUの業績評価としては、業界(市場)分析の「SBUに求められる機能・特性」や「競合業者・サービスの郵便との比較」の分析結果を踏まえ、例えば郵便の優位性が働かない業務用通信の分野においては、電気通信系メディアの回線数の伸び率等を勘案した値を市場成長率とし、郵便が市場における優位性を確保しているものは、当該SBUの物数の伸び率を市場成長率と想定した。特に、物品については、宅配便等を含む小型物品送達市場の物数の伸び率を市場成長率としている。 郵便のSBU別の市場における競争地位(市場シェア)の考え方についても、前記の機能・特性面での優位性の分析を参照し、市場シェアを算定している。 また、各SBU別の売上高規模については、郵便物数と郵便の種類別収支の状況等から売上高規模を推計している。 このような分析データを使用して、郵便の各SBUを、市場成長率の軸や競争地位の軸等により区分された6グループに分類し、その売上高規模に比例した面積の円をマトリックス上にマーキングし、「郵便の成長‐シェア・マトリクス」を作成した。 結論として、郵便事業におけるポートフォリオ分析の導入可能性を示すとともに、郵便のSBU別に、資源配分の方針(育成・保持・収穫)及び競争地位に基づく競争ポジション(リーダー型・チャレンジャー型・ニッチャー型)とその戦略定石(周辺需要拡大・価格競争等)をまとめた。 |
第1 序 論
1 背景と目的
(1) 背景
21世紀を目前に控え、我が国の社会経済環境は、情報通信の高度化、ライフスタイルの多様化、少子化に伴う生産年齢人口の減少、急速な高齢化、グローバル化等により、急激な変化を遂げようとしている。
郵便事業経営の面からは、郵便の大口利用者である銀行・証券、印刷・出版、新聞・放送等の産業は、高度情報化の進展によって、今後急速にその業態が変化すると言われている。
また、少子・高齢化やライフスタイルの多様化による人々のメンタリティの変化が郵便の利用機会の減少や手紙・文字離れを促進することが懸念される。
一方、宅配便などの同種の事業を行う企業やファクシミリ・携帯電話に見られるような電気通信系メディアとの競争・代替関係の激化も予想される。
このように、郵便事業を取り巻く市場環境が激変することにより、競争・代替が激しくなると、限られた経営資源を効率的に使って最大の社会的効用を発揮するための投資計画等の戦略1)を明確にすることが必要になる。
(2) 目的
本稿では、郵便における戦略事業単位(「Strategic Business Unit」以下、「SBU」と言う。)の設定と郵便事業のポートフォリオ・モデル2)を使った分析を行うことにより、限られた経営資源を有効に投入するための方策と競争対抗戦略3)を検討する。
2 構成
本稿では、第2において、郵便事業を経済的にはっきりと分けられる製品・市場セグメントや郵便の機能等を明確にすることによって、郵便の利用目的に視点をあてた妥当かつ出来るだけ細かな戦略事業単位(SBU)に分割するとともに、郵便のSBUが関わっている業界の領域4)を確定する。
第3においては、SBU別の市場成長率、競争地位、売上高規模を計測することによって業績評価を行う。
第4においては、第2・第3で得られた結果に基づき、成長‐シェア・マトリクスの作成と分析を行う。第5においては結論として、郵便事業におけるポートフォリオ分析の導入可能性を示すとともに、郵便のSBU別に、資源配分の方針及び競争地位に基づく競争ポジションとその戦略定石をまとめる。
第2 戦略事業単位
1 SBU(戦略事業単位)の設定
(1) SBUの考え方
ア SBUの特徴と限界
Kotler[1996]によると、SBUは、次の3つの特徴があるとされている。
@ SBUは、単一の事業あるいは関連する事業の集合体であり、企業の他の部分とは分離して計画立案できる。
A SBU自体の競争企業を持つ。
B SBUは、戦略計画と利益成果に責任を持ち、利益を左右する要因の大部分をコントロールする責任あるマネジャーを擁する。
また、SBUは、必ずしも製品や商品カテゴリーではない。戦略遂行上、独立して対応できる単位がSBUであり、事業部であったり、市場セグメントであったり、流通ルートであったりする。
しかし、企業をいかなる曖昧さもなく、市場及び生産過程との関連で、妥当な数の、独立して把握可能な事業(「SBU」と解することができる。)へと分割できると仮定するには限界がある。
1) 一般的には、市場環境構造への企業側の構造的対応化を示す。一方、市場環境構造が基本的に不変である場合には、効率化を目指すことは、競争上の格差をつけ、企業成長の有力な手段となる。
2) ポートフォリオ・モデルの共通する目標は、どの組織単位に経営資源を配分すべきか、どの組織単位への資源供給を抑制すべきか、そしてどの組織単位が資源の供給者となるべきかを決定することである。(Aaker[1996]P.276)
3) 一般的枠組として、どのような状況下で、どのような特性を持つ組織が、どのような戦略を採用すれば、どのような成果を得られるかを明確にする。ここでは、特に、企業が競争市場内で占めている現状の競争地位を、一つの主要状況変数と捉え、その競争地位にある企業が、どのような戦略を採用したら、最適な成果が得られるかを論じる。(嶋口[1992]P.234)
4) 「市場」と表現することもできるが、ここではサービスを提供する生産者の存在が重要であるので「業界」という。
5) 製品を生産する経験を蓄積するにつれて、企業は、インフレを考えない実質的なコストを低減すること。ボストン・コンサルティング・グループ(BCG堰j等の研究成果によると、総付加価値コスト(外部から購入する部品を差し引いた総コスト)は、実質ベースで低減するという結論が得られている。
イ 前提としての経験曲線
「成長‐シェア・マトリクスの論理」は、各SBUにおいて経験曲線5)が妥当するような状況においてのみ適用できるだけであると言われている。すなわち、より大規模な企業は、小規模の企業に比べ、生産・流通の広い範囲において、より早く生産に優位な経験を蓄積することができると想定されるため、持続的なコスト優位性をもつとされている。
Aaker[1996]によると、経験曲線の考え方は「規模効果は数量に関連した自然発生的な効率性を反映している。つまり、より大規模な工場・販売部隊の効率性や一般的には生産量の多い大企業のほうが、小企業に比べ潜在的にはより効率的であると言える。管理費・設備費・装置費・スタッフ部門の人件費・研究開発費といった固定費部分をより多くの生産物単位に分散することができるからである。」(Aaker[1996]P.256)また、経験曲線は「習熟曲線6)に比べると、これが直接的労働コストのみに着目しているのに対して、経験曲線は外部から購入する部品を除いた全てのコストを考慮している。特に、製造間接費・広告費・輸送費・販売費及び一般管理費が含まれれている。
また、付加価値コストには、取引先からの購入品のコストは含まれていないけれど、それらのコストについても経験の蓄積により、しばしば低減が可能であることが明らかになっている。」(同P.252)として、経験曲線と習熟曲線の違いを明らかにしている。
さらに同教授によると、経験曲線の示唆するところは、「生産工程の近代化や生産能力向上を目的とした新しい設備投資は、資本集約産業に劇的な効果を与えることができる。コスト低減や経験曲線を押し下げる重要な方法は、既存製品の生産・流通過程の再検討を行うことである。しかし、経験曲線による経済効果は、確実に生じるものでも自動的に生じるものでもない。生産方法の標準化と作業管理の正しい組み合せや技術革新成果の事業への取り込等があって初めて、経験曲線効果が生まれるのである。」(同P.252)と述べている。
これらの実証的な分析として、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG堰jが行った経験曲線に関する事例研究が知られており、「単位当りのコストは、ある製品の累積生産量が倍増するたびごとに約20%から30%の割合で低下する」とされ、このことはある産業全体についても個々の生産者についても成立っているとしている。
経済学の視点からは、単一の財を生産する場合には、産出量が増加するにしたがって、固定費用がより多くの産出量によって分散されるので、平均費用は生産開始の当初は減少を続けるとされている。つまり、規模に関して収益(収穫)逓増であり、このように規模の経済性7)がはたらく状況においては、経験曲線効果も得られると推測することができる。また、内製している部品を共有して複数の財を生産する場合は、当該部品は単一の財を生産する場合に比べて、大規模に生産されることとなり、範囲の経済性8)が働くことが期待され、このような費用の低減効果も経験曲線効果を発揮させると理解することができる。
(資料)David A.Aaker[1996]P251
6) 反復作業を行うことにより、作業者は単純に作業をより早くかつ効率的に行うことを学ぶ。習熟曲線は、生産労働者にあてはまる考え方である。
7) 大規模生産の便益を意味し、具体的には生産規模の拡大に伴い単位生産量当たりの費用(平均費用)が減少するという性質を言う。すなわち、規模の経済性が存在する場合、ある生産量を実現する時に、多くの小規模生産者よりも少数の大規模生産者によって生産する方が全体としての費用が安くなり、資源の効率的な利用が実現される。
8) 複数の財・サービスを、同一企業が結合して生産した方が、単独で生産するよりも費用が節約できることを言う。例えば、郵便事業の場合では、第一種と第二種郵便物、あるいは通常郵便物と小包郵便物を同一の人が同時に配達したり、同一の郵便局で取り扱う方が、別々の企業がそれぞれを取り扱うよりも無駄がないことをいう。
(2) 郵便におけるSBU
ア SBUの設定
郵便におけるSBUの設定の考え方として、郵便事業は事業部制をとっていないため、想定されるSBUに対する商品計画の有無等のオペレーション実態、宅配便・電気通信等との競争・代替関係や顧客を中心とした市場セグメントに着目して分類・設定することとし、次の視点から分析する。
@ 他のSBUと分離して独自の商品計画や事業計画が企画立案されているか。
A 当該SBUを含む業界自体に競争や代替関係が存在するか。
B SBUに対して、顧客から求められている機能が明確か。
本稿においては、『郵便利用構造調査』(郵政省郵務局)の調査項目をも勘案し、郵便のSBUを便宜的に、次のように設定する。
@ DM:商品案内、商品見本、パンフレット等の広告宣伝分野
A 金銭関係:金銭の請求、支払、受領に関する通信分野
B あいさつ・申込等:各種の申込、照会、届出、回答等の通信分野
C 行事・会合案内:同窓会、株主総会等の行事・会合案内に関する通信分野
D 業務用通信:業務用報告、本・支店間の通信、納品書等の通信分野
E 新聞:新聞の宅配分野(取次店からの直接配達を除く。)
F 雑誌・書籍:雑誌・書籍の宅配分野
G カタログ:通信販売用の商品広告を目的とする冊子の宅配分野
H 物品:衣類、食糧等の身の回り品の宅配分野
なお、前記の視点に着目して、郵便のSBUを分析した結果は、次のとおりである。
イ 郵便における経験曲線
先にも述べたように、「成長‐シェア・マトリクスの論理」は、実際には経験曲線が妥当するような状況においてのみ適用される。郵便のSBUに経験曲線が当てはまるかについての判断の根拠として、「習熟」、「生産における技術的向上」、「サービスの再設計」、「規模効果」の視点から検討してみる。 習熟の効果は、労働集約的な郵便事業においては、大きな効果を発揮する。例えば、配達作業においては、配達担当者による配達区内の地理の習熟は、作業能率を著しく向上させ費用を低減させる。引受や区分等の郵便処理作業にも同様の効果があることが推察される。
生産における技術的向上については、郵便物あて名自動読取区分機等の配備による機械化のように、昭和61〜平成7年度までに約2千人の減員に相当する費用節減効果を生んでいるものもある。
サービスの再設計としては、郵便輸送システムの改善(郵袋輸送からロールパレット輸送へ)やレタックス(輸送作業に係る工程をファクシミリに置き換え)といったように、郵便サービスの生産手法を再設計することにより、生産効率を改善したり、付加価値の高いサービスを提供できるようになったものもある。
さらに、規模効果として、通常郵便物の全生産について、規模の経済性が存在することについて、実証的研究9)がなされている。
特に、配達作業は、配達物数の多少にかかわらず配達区域ごとに配達要員の配置が必要であり、また、配達費用は大部分が人件費であるため、処理物数の増加に伴って1通当たりの平均費用は逓減する。したがって、これらのSBUは、当該取扱物数が増加しても、他のSBUの取扱物数が増加しても、全体として取扱物数が増加すれば、平均増分費用の逓減が予想され、規模拡大による事業効率の向上が推察できる。
郵便の各SBUは、通常郵便物や小包郵便物として取り扱われており、引受・取集、区分、輸送、配達は、ほぼ同様の生産(作業)工程で行われていることから、各SBUについてこれらの効率化効果が発生すると予測され、経験曲線によるコスト優位性が働くと考えられる。
郵便のSBU | 商品計画・事業計画 | 競合・代替関係 | 顧客が求めている機能・特性 |
DM | 「広告郵便物」制度の導入 | 折込み・宅配チラシ | 安いコスト 紙のメディアの優位性 |
金銭関係 | 「利用者区分割引」制度の導入 | 検針時等の戸別配達 | 債権・債務等の契約関係を確実に伝える機能 |
あいさつ・申込等 | 「くじ付はがき」「レタックス」等の導入 | 電話・FAX・電子メール等 | 社会的慣習や儀礼にかなった機能 |
行事・会合案内 | 「慶弔用切手」の発行 | 電話・FAX・電子メール等 | 社会的慣習や儀礼にかなった機能 |
業務用通信 | 「ビジネス郵便」等の導入 | EDI・CALS・電子メール等 | 契約関係等の情報を確実・迅速に伝える機能 |
新聞 | 「三種郵便物」制度 | 折込み・宅配 | 不採算地域における安いコストでの宅配機能 |
雑誌・書籍 | 「三種郵便物」「書籍小包」 | 宅配便等 | 安いコスト |
カタログ | 「カタログ小包」制度の導入 | 宅配便等 | 安いコスト |
物品 | 「ふるさと小包」「チルドゆうパック」の開発 | 宅配便等 | 生活の中の日用品としての機能 |
9)根本・角田・和田[1997]を参照されたい。
2 業界(市場)分析
「成長‐シェア・マトリクス」による分析を行うためには、郵便のSBUを含む業界の境界を特定する必要がある。業界の境界をどのように決定するかは、重要な市場セグメント、業界の性質、競争の程度によって決まってくる。例えば、郵便の場合には、電気通信系メディアを含めた業界を考慮することが有効な場合もある。
ここでは、業界の境界を特定するため、郵便の「対象顧客」、郵便に対して「求められる機能・特性」、郵便の「競合業者・サービス」について分析する。
すなわち、他の競合・代替メディアと比較して、その機能・特性の優位性が明らかであれば市場の外延が明確で、郵便の独自性が明確となり、その結果、郵便の単独市場が形成される。一方、そうでない場合は、市場の外延が大きく不明確となり、消費者は多くの代替可能なメディアを選択することができるため、電気通信系メディアを含めた市場が形成され、相対的に郵便の市場シェアが小さくなると想定される。以下においては、郵便のSBUごとの業界(市場)分析を行う。
DM | 金銭関係 | あいさつ・申込等 | 行事・会合案内 | 業務用通達 | 新聞 | 雑誌・書籍 | カタログ | 物品 | 総合計 | ||
私人 | 0.0 | 12.8 | 72.7 | 37.3 | 3.1 | 19.2 | 20.1 | 0.0 | 55.0 | 19.4 | |
事業所 | 100.0 | 87.2 | 27.3 | 62.7 | 96.9 | 80.8 | 79.9 | 100.0 | 45.0 | 80.6 | |
農・林・漁業 | 0.4 | 0.4 | 0.0 | 0.5 | 0.9 | 4.7 | 0.2 | 0.6 | 2.7 | 0.5 | |
鉱業 | 0.0 | 0.0 | 0.0 | 0.0 | 0.0 | 0.0 | 0.0 | 0.0 | 0.0 | 0.0 | |
建設 | 2.0 | 2.7 | 2.2 | 2.1 | 4.3 | 0.0 | 0.5 | 0.0 | 1.6 | 2.5 | |
出版・印刷 | 3.1 | 1.4 | 1.0 | 2.8 | 1.9 | 38.1 | 23.7 | 6.1 | 2.7 | 3.9 | |
その他製造業 | 4.4 | 6.2 | 2.4 | 3.2 | 9.1 | 0.0 | 2 .3 | 4.9 | 3.4 | 4.8 | |
電気・ガス・水道 | 1.2 | 6.9 | 1.0 | 1.1 | 1.8 | 0.0 | 0.0 | 0.0 | 1.2 | 2.8 | |
運輸・通信 | 2.0 | 13.9 | 1.1 | 2.1 | 5.5 | 4.7 | 6.2 | 1.2 | 1.9 | 6.0 | |
卸売小売飲食店 | 46.9 | 10.9 | 6.7 | 11.0 | 13. 3 | 4.7 | 7.2 | 60.8 | 9.5 | 19.5 | |
金融・保険 | 5.2 | 24.1 | 3.2 | 7.4 | 17.0 | 4.8 | 6.9 | 1.8 | 4.5 | 12.2 | |
不動産 | 2.0 | 0.4 | 0.0 | 1.0 | 1.0 | 0.0 | 0.2 | 0.6 | 0.0 | 0.9 | |
サービス | 9.0 | 4.1 | 5.2 | 15.8 | 12.2 | 14.2 | 21.6 | 3.7 | 7.5 | 9.5 | |
公務 | 1.2 | 2.9 | 2.1 | 10.4 | 19.5 | 4.7 | 2.2 | 0.6 | 7.0 | 8.5 | |
その他 | 22.8 | 3.4 | 2.3 | 5.3 | 10.3 | 4.7 | 6.9 | 19.6 | 3.0 | 9.4 | |
合計 | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 |
(注)年賀・選挙郵便を除く。
(資料)「郵便利用構造調査」[1995]による。
(1) 対象顧客
「郵便利用構造調査」によると、SBU別の産業等別の差出物数の割合は、図表3のとおりであり、実態として、企業差出が8割、個人差出が2割となっているものの、SBUによって、主要な顧客に差異があることが分かる。
すなわち、あいさつ・申込等、物品のSBUについては、私人利用が多く、その他のSBUについては事業所利用が多くなっている。
さらに、郵政研究所で行った『高度情報社会における記録通信の機能に関する研究[中間報告]』[1989]によると、郵便の利用に際しては、事業所は、低廉性・儀礼性を強く選好しており、私人については、確実性を高く評価しているとしている。
(2) SBUに求められる機能・特性
郵便のSBU別に、以下に示す10項目に着目して、求められる機能・特性を分析する。
@ 確実性:通信相手に、確実に情報伝達することができるという機能
A 現物性:現物そのものを伝達することができるという機能
B 証拠性:通信内容を記録することができるとともに、法的な証拠性があるという機能
C 迅速性:より早く情報伝達ができるという機能
D 低廉性:相対的に安価に情報伝達ができるという特性
E 近接性:情報伝達手段が身近にあって利用し易い、あるいは操作が簡単であるという特性
F 秘密性:通信内容の機密を確保できるという特性
G 儀礼性:情報伝達手段として、社会慣習上の儀礼にかなうという特性
H 一覧性:大量の情報を見やすく伝達できるという機能
I 同報性:同時に多くの相手に同じ情報を伝えることができる特性
分析した結果は、図表4のとおりであり、各SBU別に求められる機能・特性に差異があることが分かる。この図表を使用して、事業所による需要が多いSBU・私人による需要が多いSBU別に、郵便利用に際して、事業所が選好している低廉性・儀礼性と私人が評価している確実性を重ね合わせてみた。その結果、業務用通信に求められる機能・特性である確実性・迅速性と事業所が郵便利用に際して選好する低廉性・儀礼性がマッチングしていないことから、この分野において郵便のSBUの優位性が働かないことがわかる。
先にも述べたとおり、このような機能・特性の優位性の有無は、顧客のニーズ(必要性)やウォンツ(欲求)を考慮した業界(市場)の境界を決める際に、郵便が圧倒的に優位な市場が存在するのか、他のメディアを含めた競合市場であるのかを判断する示唆を与えてくれる。
すなわち、業務用通信の分野では、郵便は、宅配便等の輸送系メディアや電話・FAX等の電気通信系メディアが混在する業界(市場)に属していると考えられる。
DM | 金銭関係 | あいさつ・申込等 | 行事・会合案内 | 業務用通達 | 新聞 | 雑誌・書籍 | カタログ | 物品 | |
@確実性 | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ | ||||
A現物性 | ○ | ○ | ○ | ○ | ◎ | ||||
B証拠性 | ◎ | ○ | |||||||
C迅速性 | ○ | ◎ | ○ | ||||||
D低廉性 | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ | ||||
E近接性 | ○ | ○ | ○ | ||||||
F秘密性 | ○ | ○ | ○ | ||||||
G儀礼性 | ◎ | ◎ | |||||||
H一覧性 | ◎ | ○ | ○ | ○ | |||||
I同報性 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ |
(凡例)◎:非常に重視される○:重視される
(3) 競合業者・サービス
機能・特性に着目した分析によると、郵便が電気通信系メディア等に対して、明確に差別化が図れているものと、同一市場内に混在し、競合・代替する場合がある。また、当面は、電気通信系メディアとの代替性がない場合でも、将来的には代替する場合も考えられる。
ここでは、郵便と競合・代替することが想定されるメディアとその機能・特性面の優位性を比較することによって、競合・代替の程度を分析する。
分析に当たっては、情報・通信メディアの機能・特性を技術的な観点から評価するのではなく、消費者が抱く機能・特性イメージによっても評価10)することが有用であると考えられる。
このような視点も踏まえ分析した結果は、図表5のとおりであり、機能・特性によっては、郵便に対して優位性を示す競合・代替メディアが多いものと少ないものがある。
すなわち、証拠性・低廉性・近接性・儀礼性については、郵便との機能・特性の比較において、競合・代替メディアが少ないものの、確実性・迅速性・同報性については多くなっている。
さらに、郵便の利用に際して、事業所が選好している低廉性・儀礼性及び私人が評価している確実性に着目した場合、低廉性・儀礼性では競合・代替メディアが少ないこともあって、業界(市場)の境界が狭く郵便の優位性が確保される。一方、私人の評価の高い確実性においては、競合・代替メディアが多いことから、将来に渡って優位性を発揮することが難しくなると考えられる。
なお、電子メール・パソコン通信については、技術革新による機能面・コスト面での改善が著しく進むものと予想され、確実性・証拠性・低廉性・一覧性の向上が図られると考えられる。
@電話 | AFAX | B電報 | C電子メール・パソコン通信 | D宅配便 | Eバイク便 | F折り込み・宅配チラシ | |
@確実性 | ○ | ○ | ○ | × | ○ | ○ | × |
A現物性 | × | × | × | × | ○ | ○ | ○ |
B証拠性 | × | × | × | × | × | × | × |
C迅速性 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | × |
D低廉性 | × | × | × | × | ○ | × | ○ |
E近接性 | ○ | × | × | × | ○ | × | × |
F秘密性 | ○ | × | ○ | ○ | × | × | × |
G儀礼性 | × | × | ○ | × | × | × | × |
H一覧性 | × | × | × | × | ○ | ○ | ○ |
I同報性 | × | ○ | × | ○ | ○ | × | ○ |
(凡例)○:郵便に対して機能面で有力又は同レベル×:郵便に対して機能が弱い又はない
(資料)「高度情報社会における記録通信の機能に関する研究(中間報告書)」[1989]等に基づき作成
10)國井[1995]によると、情報・通信メディアの機能・特性を技術的観点から説明するのは比較的容易であるが、ユーザーが抱くイメージは区々であり、そのギャップがしばしば新しいメディアの普及を阻害する要因となると指摘し、郵便を含む情報・通信メディアの機能・特性についてのイメージギャップを分析している。本稿における分析に際しては、この調査結果を参考した。
第3 業績評価
1 市場成長率
一般に市場が成長段階にあるとき、一定の市場シェアを維持していれば、その事業者は、一定の収入を得ることができる。これは、通常マーケットシェアを新たに獲得することに比べ、それを維持することの方が簡単であることからも想像ができる。また、成長市場においては、需要が供給を上回るため、有利な営業活動が可能で、収入水準を高くささえてくれる。このため、市場が魅力的かどうかを図る指標として、市場の成長率が取り上げられることが多い。
郵便のSBU別市場の成長率の考え方としては、前記の業界(市場)分析の「SBUに求められる機能・特性」や「競合業者・サービスの郵便との比較」の分析結果を踏まえ、業務用通信のように郵便の優位性がないものは、電気通信系メディアの回線数の伸び率等を勘案して市場成長率11)を推計する。また、それ以外(DM、金銭関係、あいさつ・申込等、行事・会合案内、新聞)については、郵便が市場における優位性を確保していると考え、当該SBUの物数の伸び率を市場成長率とした。
特に、小包郵便物関連については、宅配便等の輸送系メディアとの競合環境を前提として、カタログ、雑誌・書籍については、厳しい競合が始まっているが、当面は、郵便が市場の大半を占めると考え、当該SBUの物数の伸び率を市場成長率とする。また、物品については、宅配便等を含む小型物品送達市場の伸び率を市場成長率とする。
これらの結果をまとめたものは、以下のとおりである。
2 競争地位
経験曲線の原理からも、大規模な事業者は、コスト優位性を確立するが、このためには、大きなマーケットシェアを獲得することが必要である。
また、多くの実証研究において、収益性とマーケットシェアの関係については、「マーケット・シェアが大きいほど、投資収益率が高い12)。」と言われている。
郵便のSBU別の市場における競争地位(市場シェア)の考え方としては、例えば、業務用通信については、電気通信系メディアを含む業界(市場)を想定して、郵便のシェアを小さく見積もる。また、その他のSBU(DM、金銭関係、あいさつ・申込等、行事・会合案内、新聞)については、市場において法制面による規制もあり、独占的地位があるため、ほぼトップシェアを確保しているとみなす。
ただし、小包郵便物関連については、カタログ、雑誌・書籍については、当面は、郵便が市場の大半を占めると考え、トップシェアを持つと想定する。また、物品については、小型物品送達市場における小包郵便物のシェアを競争地位とする。
これらの結果は、以下のとおりである。
郵便のSBU | 物数等の伸び |
DM | 5.2 |
金銭関係 | 6.7 |
あいさつ・申込等 | 1.9 |
行事・会合案内 | 3.5 |
業務用通信 | 大きい(約80倍) |
新聞 | ▲3.6 |
雑誌・書籍 | 6.8 |
カタログ | 12.8 |
物品 | 10.9 |
(注)1985年から1994年の伸び率を示す。ただし、「カタログ」は、直近3年間。「業務用通信」は、電気通信メディア等の伸び率を指数化したもの。「物品」は、宅配便の伸び率を含む。
(資料) 「郵便利用構造調査」、「平成8年通信に関する現状報告」等に基づき作成
11)「平成8年通信に関する現状報告」より、加入電話契約数、携帯・自動車電話契約数、ISDN回線数、内国郵便物数の1985年度から1994年度の伸び率を指数化したものを使用した。データの制約上、これらは必ずしも業務用通信に限定された指標ではないが、業務用として急速に普及しているであろうことは想像できる。
12)これは、PIMS(ProfitImpact of Market Strategies:市場戦略の利益への影響)による実証研究と言われており、マーケットシェアと投資収益率(ROI堰F収益をそれに要した投資額でわった値)の関係は、資本財あるいは耐久消費財のような頻繁には購入されない製品で、一般的に買い手にとってよりリスクが高く、また価格がより重要な要素となる製品ほど強く見られる。経験曲線効果から、この関係を説明することが可能である。すなわち、高い質のマネジメントが高いROI奄高いマーケットシェアを創造するということである。
3 売上高規模
郵便のSBU別の売上高規模をみることによって、当該SBUの売上高規模が総収入に与える影響や資金量を知ることができる。
ここでは、各SBUの郵便物数と郵便の種類別収支の状況等から売上高規模を推計する。その結果は、以下のとおりである。
郵便のSBU | 市場シェア |
DM | 8割 |
金銭関係 | 9割 |
あいさつ・申込等 | 7割 |
行事・会合案内 | 5割 |
業務用通信 | 1割以下 |
新聞 | ほぼ10割 |
雑誌・書籍 | 9割 |
カタログ | 7割 |
物品 | 2割 |
(注)市場範囲の設定いかんによって、数値は変動するが、ここでは業務用通信については、電気通信系メディアを市場に含め、小包関連については、宅配便を市場に含めた。
(資料)「郵便利用構造調査」[1995]、「郵便物数の動向と将来予測に関する調査研究報告書」[1994]等に基づき作成
郵便のSBU | 収入額 |
DM | 3,800 |
金銭関係 | 5,400 |
あいさつ・申込等 | 3,700 |
行事・会合案内 | 3,200 |
業務用通信 | 2,200 |
新聞 | 200 |
雑誌・書籍 | 900 |
カタログ | 200 |
物品 | 900 |
(資料)「郵便利用構造調査」[1995]、「日本の郵便」[1996]等に基づき作成
第4 ポートフォリオ分析
1 成長‐シェア・マトリクス
成長‐シェア・ポートフォリオ・モデルは、一般的にSBUを包含する市場の成長率と相対的な競争地位(市場シェア)の両者を強調し、キャッシュフロー、投資機会、マーケティング戦略の推定に有益な分類システムを提供するものであると言われている。
本研究においては、各郵便のSBUを、市場成長率の軸13)と競争地位の軸14)により区分された4つのグループ(本稿においては、マイナスの市場成長の領域を含めた6グループ)に分類し、各SBUの売上高規模に比例した面積の円をマトリックス上にマーキングする。
マトリックスの各々の象限の中にある製品は、異なる投資水準を必要とし、異なるキャッシュ・フローをもたらし、異なる潜在成長力を提供し、異なる競争戦略を必要とすると解釈される。すなわち、このモデルは、SBUが資金の源泉になるべきか、あるいは資金の使用者になるべきかということに関する明瞭な意思決定の必要性を提供している。
嶋口[1992]によると、ポートフォリオ分析は、次のような論理的仮定を持たなければならないとされる。
@ マージンや資金の量は、経験や規模の効果のために、相対市場シェアと共に増大する。
A 販売量増大には、固定・稼動資本への投資に必要な資金が入用となり、もし市場シェアが一定なら、必要資金投入量は、市場の成長率と共に増大する。
B 市場成長率に合わせた資金投入と同時に、市場シェア拡大にも、広告投下・価格低下・その他の戦術に必要な資金投入量の増加が求められる。したがって、逆に市場シェアの低下戦略は、資金量を作り出すことになる。
C 市場成長率は、市場成熟化に伴い、低下するので、そこから求められた資金は、別の成長分野に投入することが出来る。
先の業績評価(分析)によって得たデータを成長‐シェア・マトリクス上に表した結果は、以下のとおりである。
2 分析結果
(1) マトリクスの意味
成長‐シェア・マトリクスにおいては、競合関係の激化等による相対的な市場シェアの変動によって、競争地位が横軸方向にシフトすることが分かる。
また、業界がどのように社会のニーズやウオンツに適合するかによって、市場成長率が縦軸方向にシフトすることが暗示されている。
なお、参考までに各マトリクスとそのラベルの一般的な意味付けと名称は、Aaker[1996]、Kotler[1996]等によると次のとおりである。
14)競争地位は、その主要な競争会社との対比におけるSBUの相対的市場占有率によって推測される。
ア スター (左上の象限)
スターは、高成長市場で活動している高い相対的市場シェアを持つSBUを含んでいる。これらのSBUは、高い成長段階にあるため、それらの高成長を支えるための旺盛な資金需要をもつことを示している。しかも、これらのSBUは、高い相対的市場シェアによる強い競争上の地位をもっているため経験曲線上においても優位性を発揮でき、高い利益を達成し、大きな資金を生み出していると考えられる。このように、これらのSBUは、大きなキャッシュフローの使用者であると同時に提供者である。
一般的に、スターは自己の資金需要を自らが稼ぎ出す資金でまかなうべきである。しかし、もしスターが、マーケットシェア上の地位を維持するためにより資金を必要とする場合は、逆に資金を提供するべきであると言われている。
イ カウ (左下の象限)
カウは、低成長市場で活躍する相対的市場シェアの高いSBUを含んでいる。競争地位が高いので、これらのSBUの資金産出力は強い。また、市場が成熟段階(低成長)にあるので、資金投下の必要性はわずかである。したがって、これらのSBUは、他のSBUへ配分する資金の源泉となるべきである。
基本的な戦略は、「保持15)」又は「収穫16)」であると言われている。
ウ ドッグ (右下の象限)
ドッグは、低成長市場で、かつ低い相対的市場シェアのSBUを含んでいる。低シェアのため経験曲線上の優位性はなく、利益は低いか、あるいは存在しない。さらに、市場の成長率も低いため、シェア拡大の努力は非常に高くつくことが考えられる。
したがって、ドッグはしばしば資金の使用者であり、おそらくシェアを維持するために必要な資金を僅かではあるが永続的に吸収する「資金の罠(Cash
traps)」にさえなりうる。基本的な戦略は「収穫」又は「撤退17)」であると言われている。
エ クウェスチョン・マーク (右上の象限)
クウェスチョン・マークは、高成長市場における相対的市場シェアの低いSBUを含んでいる。高い成長率の市場であるため、新規投資に多額の資金を必要としているが、低シェアであるため経験曲線上の優位性はなく、生み出す資金は少ない。クウェスチョン・マークのマーケット・シェアが改善されなければ、資金を吸い上げ続けるであろう。そして、市場が成熟した段階で資金を使用し続けるドッグになる。逆に、マーケット・シェアが十分に改善されるならば、クウェスチョン・マークは、スターに転換される可能性もある。
基本的な戦略は、市場シェアの向上が期待されるのであれば「育成18)」、それ以外は、市場が成熟してきた段階で「収穫」又は「撤退」するべきであると言われている。
オ アンダー・ドッグ等 (ドッグやカウの下の象限)
現実に、SBUを含む市場が必ずしも成長段階にあるとは限らない。景気後退期やその業界自体が衰退している場合には、マイナス成長ということもあり得る。相対的な市場シェアが小さく、その市場の成長率がマイナスであるようなSBUの領域は、ドッグの下に位置することとなる。そのような領域は「アンダー・ドッグ」と言われ、「撤退」が適当であるとされる。
さらに、キャッシュ・カウの下に含まれるSBUの象限は、「バケツ」と呼ばれている。これらの領域では、市場シェアの大きさに着目して、「収穫」が良いとする考え方がある。
15)SBUの現在の市場シェアの維持を図る。これは強力なキャッシュ・カウに、現在と同様のキャッシュ・フローの創出を期待する場合に適する。
16)長期的な影響は無視して、SBUからの短期的なキャッシュ・フローの増大を図る。これは、その将来性があやしく、かつ現在そこからより多くの利益をあげたい弱いキャッシュ・カウに適する。クウェスチョン・マークやドッグにも採用される。
17)資金を他にもっと有効に使うため、事業の売却あるいは清算を行う。これは企業の収益に悪影響を与えているドッグやクウェスチョン・マークに適する。
18)短期的利益を犠牲にしてもSBUのシェア拡大を図る。スターになる可能性のあるクウェスチョン・マークに適する。
(2) ポートフォリオ分析の評価
前記、郵便の「成長‐シェア・マトリクス」において示されたデータは、郵便事業の過去の業績をまとめたものである。したがって、郵便事業の将来を予測し、暗示するものではない。
ここでは、将来における社会経済の動向・技術革新の進展・法制度の変化を考慮しつつ、SBUごとに、成長‐シェア・マトリクス分析から得られた示唆を踏まえて競争対抗戦略について述べてみたい。
ア DM
スターの象限にあり、売上高規模も大きいため、 郵便事業にとっては、戦略的に重要な分野である。
この市場は、ダイレクトマーケティングやオンラインショッピングの拡大によるカタログ等の紙メディアに対する補完的な需要の増加要因と環境保全意識の向上や電子メディアへの代替といった需要の減少要因が考えられる。
郵便の優れた特性である現物性や一覧性といった機能・特性が発揮されない場合、市場成長率の低下による、カウの象限への転落や売上高規模の縮小も懸念される。
資源配分の方針としては、米国なみのダイレクトマーケティング市場の成長を期待して、現状では保持とする。また、カウの象限への転落があれば、収穫に切り替えることが求められる。
競争ポジションとしては、リーダー型19)として、戦略定石としては、周辺需要拡大戦略20)や製品多様化等の非価格競争戦略21)が求められる。
イ 金銭関係
スターの象限にあり、売上高規模も大きいため、郵便事業にとっては、戦略的に重要な分野である。この市場は、キャッシュレス社会の進展によるカード所有者やその利用機会の増加により利用明細書等の金銭関係郵便物の増加が予測される。
一方、法制度の見直しによる書面による決済証明から電子メディアを利用した決済証明への多様化により、郵便事業への大きなマイナスの影響が想定される。決済証明方法の多様化が進展すれば、金銭関係郵便物が電子メール等へシフトするため、市場の成長率が急速に低下する。さらに、市場の境界が電気通信系メディアを含めた領域に拡大するため、競争地位が著しく低下して、ドッグの象限まで移行することも予想される。
資源配分の方針としては、現状では、維持(保持あるいは育成を意図)を原則とするが、ドッグの象限への移行がおこる場合については、撤退を考慮することになるが、先にも述べたとおり、郵便事業には範囲の経済が働くため、限界利益率22)がプラスである限り撤退するべきではない。
競争ポジションとしては、DMと同様に、リーダー型として、周辺需要拡大や製品多様化等の非価格競争戦略が必要である。
ウ あいさつ・申込等や行事・会合案内
カウの象限で、売上高規模も中位にあり、郵便事業において、基本的な通信手段として、サービスを提供している分野である。
この市場においては、個人間通信に見られるように、メンタリティーの変化による手紙文化の停滞・衰退、儀礼性の低下や電子メールの普及・浸透による郵便需要の減少が想定される。電気通信系メディアへの代替効果により、業界の周辺領域が急速に拡大し、競争地位が低下して、ドッグの象限に移行することが懸念される。資源配分の方針としては、収穫を原則として、ドッグの象限への移行が起こる場合であっても、金銭関係と同様に限界利益率がプラスである限り撤退するべきではない。競争ポジションとしては、リーダー型からニッチャー型23)への転換が求められる。
19)市場において最大の市場シェアを保持している業界大手企業は、競争者と同質競争をとれば、その規模の力によってほぼ勝てると考えられる。
20)メーリング業等の周辺需要を拡大し、業界の規模を拡大することにより、相応の分け前に預かる。
21)価格競争に応じた場合、業界内で最大の市場シェアを有するリーダーがもっとも大きな収益の機会損失をつくるため、価格引下げ競争に巻き込^
まれないこと。
22)売上高と限界利益(売上高から変動費を控除したもの。)との比率を限界利益率といい、採算を管理する際には大切な数字である。固定費の回収が終われば、それ以降の売上高による限界利益は全て経常利益となる。これを式で表すと、限界利益=売上高‐変動費、限界利益率=限界利益÷売上高となる。
エ 業務用通信
クウェスチョン・マークの象限で、売上高規模も中位にあり、郵便事業にとっては、基本的な通信手段として、サービスを提供している分野である。
この市場においては、EDI堰ECALS堰E電子メール等の進展により、通信形態に大きな影響が及ぶものと考えられ、さらにビジネス宅配便やバイク便との競合が一層加速化することが想定される。対抗戦略を誤ると、郵便を利用した業務用通信が存在しなくなり、一人市場成長から取り残され、売上高規模の縮小やドッグの象限に移行することが懸念される。
資源配分の方針としては、収穫を原則とするが、ドッグの象限への移行が起これば、金銭関係、あいさつ・申込等や行事・会合案内と同様に限界利益率がプラスである限り撤退するべきではない。
競争ポジションとしては、ニッチャー型として、商品・市場の特定化を行い、業務用通信として付加価値の高い商品を開発することが求めれれる。
オ 新聞
バケツの象限で、売上高規模も小さく、郵便事業においては、政策的に低い料金を適応したサービスを提供している分野である。
この市場は、再販制度の見直し等の制度面の変化によっては、販売競争が激しくなり、コスト節減のため取次店による各戸配達から郵便へのシフトも想定され、郵便需要の拡大により、カウの象限に移行することも期待できる。
資源配分の方針としては、収穫を原則とするが、政策的な低料金を設定する場合においても、限界利益がマイナスとなるような料金設定が行うべきではない。
競争ポジションとしては、リーダー型として、製品多様化等による非価格競争をすすめ、市場シェアの確保を図るべきである。
カ 雑誌・書籍
スターの象限にあるが、売上高規模は小さく、宅配便との競合状況にある。この市場は、書籍のオンラインショッピングの拡大や再販制度廃止の動きによっては、需要の拡大が想定される。宅配便との競合に際して、競争優位が発揮されなければ、競争地位の低下により、クウェスチョン・マークの象限への移行が予想される。資源配分の方針としては、維持(保持を意図)を原則とするが、この市場は成長することも予想されるので、育成への方針転換を考慮しておく必要がある。競争ポジションとしては、競争を意識したチャレンジャー型24)として、商品の差別化や価格競争を進めるなどして、市場シェアの確保を図るべきである。
キ カタログ
スターの象限にあるが、売上高規模は小さく、宅配便との競合状況にある。近年、カタログ小包の制度改善等が行われているが、競争地位の低下が懸念される。
この市場は、DMと同様、ダイレクトマーケティングやオンラインショッピングの拡大等による需要の増加要因と環境保全意識の向上や紙メディアから電子メディアへの代替といった需要の減少要因が想定される。
宅配便との競合は、競争地位に影響を与え、紙メディアから電子メディアへの代替は、市場成長率に影響を与えると考えられる。
資源配分の方針としては、保持を原則とするが、この市場は成長することも予想されるので、育成への方針転換を考慮しておく必要がある。競争ポジションとしては、リーダー型ではなく、むしろチャレンジャー型として、商品の差別化や価格競争を進めるなどして、市場シェアの確保を図るべきである。
ク 物品
クウェスチョン・マークの象限にあり、売上高規模は小さく、宅配便との競合分野である。この市場には、ふるさと小包といった差別化商品があるものの、これだけでは、競争地位の回復が難しい分野である。資源配分の方針としては、保持を原則とする。
競争ポジションとしては、市場成長率が飽和状態にあると言われる中で、チャレンジャー型として、対リーダー差別化を進め、市場シェアの獲得を図るべきである。
23)市場内の特殊市場に自らの圧倒的な地位を築こうとする戦略。リーダー型、フォロワー型(リーダーやチャレンジャー企業のもつ優れた市場戦略を模倣することによって、安い投資コストを生かしながら、市場内に存続^
する企業のこと。)、チャレンジャー型の企業とは、直接に競合しないという棲み分けの思想をもつ。
24)業界の一、二番手に位置する。市場成熟期には、リーダー・パワーによって上からシェアを侵食されると同時に、下からもユニークな小企業から市場シェアをつつかれて食い荒らされるという性格をもつ。
第5 結論
経営戦略においてよく知られている一般原則は 、「成長市場に投資すべき」との原則であると言われている。そのため重要となる課題は、「企業がSBUを定義し、さらにそのSBUに対して戦略的な使命を割り当てる最良の方法は何か。」ということである。
本稿においては、具体的な手法として、成長‐シェア・マトリクスを取り上げ、郵便のSBUを設定した上で、資源配分の方針、競争ポジション等をまとめることを試みた。その検討作業における結論をあえてまとめた結果は、以下のとおりである。
ところで、ポートフォリオ分析のフレームワークの中で最も重要な作業は、戦略的意思決定を目的としてSBUを定義することである。本研究においては、顧客を中心としたマーケティング分析が必要であるとの認識から、事実上の郵便利用目的をSBUとして設定している。しかし、これは結果として、対象顧客や求められる機能・特性の一部が同様であるSBUが存在することとなり、SBU設定上の特長が鮮明とならなかったこと。また、各SBUに生産技術上の範囲の経済性が働くことから完全に独立したSBUとならないため、撤退といった資源配分方策が取り難くなったことが指摘できる。
このような点を踏まえ、今後の課題として、「対象顧客を私人・事業所別^ に大きく分類したSBUの設定」、「対象顧客から求められる機能・特性を確実性・低廉性・儀礼性に絞り込んだ視点からのSBUの設定」、「生産技術の特性から大量一括処理可能なサービスと、それ以外のサービスに大きく分類したSBUの設定」等も考えられる。
いずれにしろ、これらのSBUのおのおのの競争地位及び市場魅力度にしたがってポートフォリオ・グリッド上に分類することにより、郵便事業のおかれている状況が明示的に示されることとなる。
さらに、新規事業開発に対する計画づくりを明確に行うことが課題となる。なぜなら、ポートフォリオ分析の現実的な弱点が新規事業の生成には適用しにくいところにあるからである。
最後に、ポートフォリオ・モデルを使用することの最も重要な利点は、事業についてのよりよい理解を達成できることであり、かつこのことがよりよい戦略的意思決定につながるということである。
郵便のSBU | 資源配分 | 競争ポジション | 戦略定石 |
DM | 保持(育成) | リーダー型 | 周辺需要拡大、製品多様化 |
金銭関係 | 保持(育成) | リーダー型 | 周辺需要拡大、製品多様化 |
あいさつ・申込等 | 収穫 | リーダー型→ニッチャー型 | 特定市場でのリーダー |
行事・会合案内 | 収穫 | リーダー型→ニッチャー型 | 特定市場でのリーダー |
業務用通信 | 収穫 | ニッチャー型 | 特定市場でのリーダー |
新聞 | 収穫 | リーダー型 | 周辺需要拡大、製品多様化 |
雑誌・書籍 | 保持(育成) | チャレンジャー型 | 対リーダー差別化、価格競争 |
カタログ | 保持(育成) | チャレンジャー型 | 対リーダー差別化、価格競争 |
物品 | 保持 | チャレンジャー型 | 対リーダー差別化、価格競争 |
参考文献
1 DavidA.Aaker[1996]野中郁次郎等訳『戦略市場経営』ダイヤモンド社
2 日本経営計画/編[1984]中村元一、二瓶喜博訳『ポートフォリオ・マネジメント‐欧米企業の実例‐』ホルト・サウンダース・ジャパン
3 嶋口充輝[1992]『戦略的マーケティングの論理』誠文堂新光社
4 Philip Kotler[1996]村田昭治等訳『マーケティング・マネジメント』プレジデント社
5 郵政省郵務局[1986、1989、1992、1995]『最近における郵便の利用構造‐郵便利用構造調査結果報告書‐』
6 郵政省郵務局[1996]『日本の郵便』
7 郵政省郵政研究所[1989]『高度情報社会における記録通信の機能に関する研究(中間報告)』
8 郵政省郵政研究所[1994]『郵便物数の動向と将来予測に関する調査研究報告書』
9 國井昭男[1995]「情報通信メディアの機能とイメージ」『郵政研究所月報』1995年4月78
10 角田千枝子・和田哲夫・根本二郎[1997]「郵便事業における規模の経済性・範囲の経済性・費用の劣加法性の検証」『郵政研究所ディスカッションペーパーシリーズ』1997年8月1997-08
11 郵政省[1996]『平成8年通信白書』