新たな通信政策のデザインについて
−AT&T分割以降の米国通信政策の意図及び実践−


                                通信経済研究部 木村 順吾

 本稿は、次のとおりの二部構成となっている。

1. 第一部においては、1984年のAT&T分割以降の米国通信政策を振り返る。

 (1) 具体的には、AT&Tを含むIXCsがLATA内複数POPを利用してLATA内市外通信
  に参入し、CAPと呼ばれる地域系新規事業者がIXCsにLECバイパスを提供することによ
  って、LECsによる地域通信独占が崩れつつある。

 (2) この際、旧ベルシステムが長距離通信のAT&Tと地域通信のBOCsに分割されたことによ
  って、AT&Tが直接にBOCsの競争勢力となり、また、CAPを後援することにより間接的
  に、地域通信独占を崩す契機を作った。

 (3) したがって、我が国では一般に、AT&T分割は長短分離・地域分割の業態区分政策と考えら
  れているが、実際はAT&T対OCCsといった企業間競争以上に、旧ベルシステム内部の企業
  内競争を活性化させることによって市場全体の競争原理浸透を及ぼしている。

 (4) 米国の通信政策当局(FCC/各州公益事業委員会)は、更に地域通信競争を促進するために、
  土地利用権、コロケーション及び逆アクセスチャージ等の政策を講じつつある。

 (5) 更に、最近では、AT&Tはセルラ電話会社マッコーの取得を通じて無線系の地域通信網獲得
  を企図し、また、BOCも非有線系セルラ電話会社の取得によって他BOCのフランチャイズへ
  の進出を企図しており、旧ベルシステム内の競争は多方面で顕在化している。

 (6) したがって、米国の通信産業は、地域通信、長距離通信、CATV及び無線通信(セルラ)の
  間で様々な競争と提携の関係が発生している。

 (7) これに対して、LECは、パシフィックテレシスの移動体通信独立、ロチェスターの上下分離
  型分社及びアメリテックの上下分離型事業部制に見られるような、地域通信競争時代に適応した
  リストラクチャリングを自発的に模索しつつある。

 (8) 故に、1984年のAT&T分割は、所期の政策目的を超えて様々な成果を収めつつある。

2. 第二部においては、第一部において行った米国動向の再考を踏まえ、また、英米の経済法土壌の
 中での通信政策実績や経済規制に関する諸学派の見解の動向をも見据えた上で、独占企業の効率化、
 規制緩和、技術開発、次世代網構築及び地方分散をも考慮に入れた我が国の新しい通信政策のデザ
 インを提案している。

 (1) 単に市場開放を行うだけで支配的既存事業者の構造改革を行わなかった英国型の競争政策と、
  実質的に競争が可能となるような市場環境を創出する米国型の競争政策とでは、後者の成果の方
  が優れていた。政策目標の実現という観点からは、支配的巨大企業のダウンサイジングによって
  市場全体の健全性を回復させ、市場の「意図されざる帰結」に期待する方が効果が大きく、また、
  このことが長期的には規制緩和の方向に資する。

 (2) 更に、米国においては、LECが複数存在したことが地域経済と通信政策との活性化が招来さ
  れ、地域通信の一体性に囚われずに部分的な参入を認容したことで技術開発がむしろ促進され、
  また、今後の次世代網構築に際しても地域通信の独占保持よりも競争化に期待が置かれている。

 (3) 我が国の通信産業の市場構造政策に関するハーバード学派及びシカゴ学派の見解を吟味した上
  で、従来の市場機構失敗の修正的な政策ではなく、市場機構自体の復元を目指した大胆且つ果敢
  な市場構造政策の活用(企業分割)がやはり必要であることを提唱する。

  (注)小論における見解は飽くまで筆者の個人的なものであり、当然に郵政省又は郵政研究所の
  それを代表するものではないことを付記しておく。