特集

コミュニティ放送の新たな展開

通信経済研究部 石田 隆章

1 はじめに

 ラジオ局が再び脚光を集める時代がやってきた。制度が発足してわずか5年でコミュニティ放送は全国的に開局ラッシュを迎え、平成8年10月1日現在、全国で45局が運用を開始している。また、開局準備の動きも全国的に広がっており、ここ数年はこのような開局ラッシュの状況は続くものとみられる。規制緩和や地域の情報化の時流の中で制度化されたコミュニティ放送は、音声のみのメディアから一歩前進し、文字多重放送やインターネットによって番組を発信するいわゆるインターネットラジオの試みが始まり、いわば第二世代のラジオとしての展開が始まってきた。
 また、平成8年11月に愛知県豊橋市で行われた第二回コミュニティ放送サミットでは、地方公共団体の関係者、既設局の関係者など千人を超える関係者が参加しており、最近のコミュニティ放送をめぐる活発な動きをみると、コミュニティ放送を新たに誕生した市場の一つと意義づけ分析する時期に達したのではないかと思われる。
本稿では、コミュニティ放送のこれまでの歩みを振り返りながら、これからの展開についての可能性を考察するものである。


2 コミュニティ放送の歩み

(1) コミュニティ放送のニーズ
   〜地域密着型の放送メディアとして〜

 我が国のラジオ放送の始まりは、大正14年にさかのぼるが、以来、様々な高度化の道のりを辿りながら発展し、現在のラジオは国民の生活に密着する重要な存在となっている。また、放送に対する多様なニーズに対応するため、衛星放送などの、新たな放送メディアが誕生し、着実に発展している。
 コミュニティ放送の歴史は、平成3年7月の臨時行政改革推進審議会(第三次行革審)「国際化対応・国民生活重視の行政改革に関する第三次答申」等において「地域の個性を十分に発揮した多様で創造的な地域造り」が提唱されたことなどの状況を踏まえて平成4年1月に制度化されたことからスタートする。今日、コミュニティ放送の普及は着実に進んでおり、今年度中に開設を準備している局の数を含めると、総数は60強に達する見込みであり、全国の市の数の約10%の数に達する状況となっている。制度の発足により、微弱電波を使用するいわゆるミニFMや、短期間の運用を前提としたイベント放送局の開設によって吸収していた潜在的な地域密着型の放送メディアのニーズは、コミュニティ放送という新しい緩やかな放送制度の枠組みの放送局へ急激にシフトさせる結果を生んだものと考えることができる。

表1 全国コミュニティ放送局一覧
表1 全国コミュニティ放送局一覧

(2) 制度・技術からみるコミュニティ放送

 コミュニティ放送は、超短波(FM)放送と同じ技術基準の放送方式を使用しており、超短波(FM)放送の周波数帯を使用していることから、聴取者は、県域民放FM放送、NHK−FM放送と同様に、一般に市販されているFMラジオで聴くことができる。従って、技術的な観点からコミュニティ放送を考察した場合には、特段の特殊性は見あたらない。一方、放送法施行規則別表第1号によるコミュニティ放送の定義により、(1)一の市町村(政令指定都市については区)の一部を基礎的な単位として放送区域とすることが示されていること、(2)受信可能エリアを定義する上での重要なパラメータである空中線電力については、原則として10W以下とされていることにより、県域放送のような広いサービスエリアの確保を目的とするのではない。従って、狭い地域的エリアの聴取者をターゲットとした、いわゆる地域情報を中心とした番組構成がなされている。このようにコミュニティ放送の番組は、制度上の位置づけの違いを受けて、県域放送と異なる方針で制作されることとなる。

表2 放送番組の例

放送番組の例

生活情報
★道路交通情報、病院の案内、天気予報等

行政情報
★市町村議会情報、市町村広報等

観光情報
★観光地、観光施設の案内、宿泊施設の案内、各種行事の案内等

報道
★一般ニュース、スポーツニュース、災害に関する情報等

娯楽
★音楽、スポーツ行事、小説朗読、園芸等

広告
★商業案内、スポット・アナウンス等

コミュニティ放送の定義:

放送法施行規則別表第1号


一の市町村(特別区を含み、地方自治法第252条の19に規定する指定都市にあっては区とする。以下同じ。)の一部の区域(当該区域が他の市町村の一部の区域に隣接する場合は、その区域を併せた区域を含む。)における需要にこたえるための放送をいう。

[1]コミュニティ放送制度の変革
 コミュニティ放送の制度は、平成4年1月の制度化以来、3回の大きな制度改正を経て今日に至っている。特に、空中線電力の上限の引き上げ以降の局数の伸びは著しい。これは、空中線電力が10倍になったことにより理論上可聴エリア面積が約3倍と広がり、市町村の放送への関与が行いやすくなったことが原因であるものと考えられる。

1市町村に複数の開設を認める改正(平成6年6月)
これにより申請の一本化調整が不要となる

空中線電力の上限の引き上げ(平成7年3月)
空中線電力の上限を1Wから10Wに改正

地方自治体からの出資比率の制限の撤廃(平成7年7月)
市町村の出資比率を特に設けないよう改正

表3 普及状況
表3 普及状況

[2]放送区域の観点から見たコミュニティ放送の位置づけ
 放送普及基本計画のコミュニティ放送に関する項目には、「あまねく受信できること」の規定がなされていない。従って、放送区域をあまねくカバーするための放送メディアという観点で制度が組み立てられているわけではなく、むしろスポット的な放送区域をカバーする放送メディアとしての観点から制度が組み立てられている。
 一方、放送区域の面積と比例関係にある空中線電力については、原則として10W以下の必要最小限のものと規定されているが、現実的には、現在運用しているすべてのコミュニティ放送局(中継局を除く。)は10Wの空中線電力が指定されている。コミュニティ放送局の運営は、第三セクターが半数以上を占めており、出資元の市町村の全域をカバーするよう対応した結果とも受けとめられる。放送区域を拡大する方法は、他にも中継局を設置するなどの方法も考えられるが、コスト的な観点から導入されているケースは少ない。

[3]参入機会の確保と周波数不足の課題
周波数の有効利用を図り、多数の参入機会を確保するためには、空中線電力を可能なかぎり小さく設定することが求められる。表4は、同一条件において、空中線電力のみを変化させた場合に周波数の利用効率がどの程度変化するかについての理論的な相関関係を示している。
 地理的に狭い地域に周波数の需要が集中すれば、相互の影響を回避するため、様々な方法による対策が必要となる場合も考えられる。コミュニティ放送への参入機会を確保し、かつ、市場全体として発展させるためには個々の局の発展と全体の発展とのバランスが重要であり、政策的な調整の重要性は高まっている。

表4 周波数の利用効率

空中線電力
3W 5W 10W
空中線電力1Wに対する
周波数利用効率の倍率
0.6 0.4 0.3

(3)経営規模からみるコミュニティ放送
 コミュニティ放送は民間放送であり、事業形態は、一部の民間中心の形態を除き半数以上が第三セクター方式を採用している。また、広告収入のパイの大きさと比例関係にあるサービスエリアが小さいことから、コミュニティ放送の運営は非常に小規模である。表5に示すように、運営に携わる職員(正社員)の数は、少ないところでは1名、多いところでも13名程度であり、アルバイト・パートやボランティアの協力を得ながら運営しているケースもあることから単純に比較することができない部分もあるが、県域民放FM放送局の規模と比較しても職員の数は非常に少ない。
 また、可聴エリア内人口に開きがあっても、CM料金については全体的に低めに設定されている。半数以上の局は開局後2年未満の運営経験しかなく、経営状況が大きく変化しているとはいえないことから、開局時に設定した料金体系が変更されていないケースが多い。従って、今のところ表6のとおりCM料金に大きな開きはない。しかし、将来経営的に安定すれば、それぞれの地域の特性が料金設定に積極的に反映されることとなり、徐々に開きが出てくるものと思われる。

表5 外注スタッフを除く1社あたりの正社員数分布 表5 外注スタッフを除く1社あたりの正社員数分布

表6 スポットCMの20秒の単価の分布
表6 スポットCMの20秒の単価の分布


3 新たな展開に向けて
 コミュニティ放送の新たな展開の可能性を握る技術は、文字多重放送に代表される多重放送系の技術、インターネットの技術の2点が挙げられる。いずれも、現段階ではビジネスとしては実験レベルの段階といえ、今後の検討課題が出尽くしているわけではないが、これからの発展を考えるうえでは意義深いものといえる。

(1) 多重放送
   〜電波に付加価値を付ける技術〜
 多重放送は、FM放送電波に音声とは異なるデジタル情報を重畳して伝送する方式であり、平成7年3月から(株)エフエム東京により文字多重放送のサービスが開始され、平成8年3月からNHKでも道路交通情報システム(VICS)の情報提供方法の一つとして利用されている。多重放送で伝送可能な情報量は、約6.8kbit/secであり、この伝送容量をいかに有効に活用するかがポイントとなる。
 文字情報の伝送に使用した場合は、一旦情報を蓄積し、情報を何度も確認しながら利用することができ、またデジタル情報であることから、情報を二次的に加工して利用することが容易となる。
 多重放送のコミュニティ放送に活用する方策についての試験は、全国コミュニティ放送協議会、(株)エフエムもりぐちが中心となり、「コミュニティ放送におけるFM文字多重放送試験研究会」を発足し、大阪府守口市において始まったばかりである。ここで行う試験項目は以下のとおりである。

1 試験項目

    (1) コミュニティ放送が導入可能なFM多重システムに対する試験研究

      [1] 有料チャンネルのニーズ調査と技術的確率
      [2] 利用者直接制作放送(省力化と効率化)の研究
      [3] その他

    (2) 安全で魅力あるコミュニティが生きる街づくりのための試験研究

      [1] 防災情報優先のシステムとソフト並びにネットワーク化の研究
      [2] 高齢化社会に対応したFM多重機能の活用研究
      [3] 障害者に優しい情報提供の研究
      [4] その他

    (3) 送信電力10ワットでのサービスエリアの調査並びに確認

      [1] 屋内・屋外受信(機)による電界強度と受信状況の調査
      [2] 技術改良によるサービスエリアの拡大の可能性の研究
      [3] その他

2 試験のイメージ 表7のとおり。

 以上の項目について、平成10年12月末まで試験研究が行われることが予定されている。
 その他、多重放送の伝送容量の一部を使用し、衛星測位システム(GPS:Global Positioning System)の誤差を補正するするための信号の伝送を行う試みも検討されている。車載用カーナビゲーションなどのGPSシステムの測位の誤差は通常100m程度であるが、DGPS(Differential GPS)データを利用することにより、測位誤差を数メータに低減できる可能性がある。

表8 DGPSのサービスイメージ
表8 DGPSのサービスイメージ

(2)インターネット
 〜業務を多角化させる技術〜
 現在開局しているコミュニティ放送局のうち、約半数の局が、インターネットのホームページを開設している。また、湘南ビーチFM(神奈川県・逗子市、葉山町)では、平成8年11月からインターネットによって番組を発信するいわゆるインターネットラジオをスタートさせている。
 また、インターネットは、情報受信のシステムとしても活用ができることから、番組の構成上にインターネットを積極的に取り込むことも可能となる。今後、他のコミュニティ放送局も追従することが考えられるが、インターネットの活用法策の研究は始まったばかりと言えよう。


5 音声放送の未来

 音声放送の将来は、衛星の利用によって飛躍的変貌を遂げるものと思われる。1992年の世界無線通信主管庁会議(WARC92)において、音声衛星放送及び補完の地上放送用の周波数として、1.5GHz帯、2.5GHz帯が新たに割り当てられ、1997年の会議では具体的な周波数の利用計画が策定される予定となっている。実用化にあたっては、克服すべき技術的な課題があり、衛星の衛星搭載アンテナの開発や高出力中継器の開発が2005年を目途に進められている。このシステムは、映像系の衛星放送と比較して、低い周波数帯を使用することから降雨などの影響を受けにくく、簡易なアンテナによる移動受信が可能となる。また、デジタル圧縮による多重化技術を活用すれば、衛星音声放送への参入コストは飛躍的に低下し、地上放送の管理コストを下回る状況の到来も将来起こりうるものと思われる。


6 おわりに
   〜マルチアウトプットの時代へ〜

 多チャンネル化するメディア社会におけるコンテンツの重要性については言うまでもない。コミュニティ放送が取り扱う地域の情報というコンテンツは、将来FM電波という媒体にとらわれずある種の専門放送として、様々な情報メディアで採り上げられるだけのニーズを持つであろう。現在は先進的な事例として採り上げられるインターネットラジオも将来は一般化する可能性があり、このようなコンテンツのマルチアウトプット化は、技術革新によりが進むことによって多様化することが考えられる。また、衛星の利用が経済的にそれほど高いハードルとはならない時代は確実に到来する。
 これからのコミュニティ放送局をコンテンツ制作の一組織と考えれば、マルチアウトプットの時代における地域の放送局の役割が見えてくるものと思われる。


参考文献

表のタイトル及び出典についての補足

平成6年度諮問第25号「FM放送電波に重畳できる信号の技術的条件」のうちサービス機能拡張及び有料方式に係る技術的条件(平成7年3月27日)