調査・研究


放送メディアの再編の行方




客員研究官(上智大学文学部講師)音 好宏
通信経済研究部主任研究官 進藤 文夫



[要約]

 米国を初めとして欧米主要国では、放送メディアの再編が進んでいる。
 米国、英国等の欧米主要国はアジアに比べ、外資規制等の緩和が進んでいる。従って、規制緩和の潮流が放送のグローバル化に向けての大きな要因となりつつある。
また、欧州、アジアとも、ローカルコンテント規制(放送番組のいくらかの割合は、自国制作のものにすべきであるとする規制)を行っている国もあるが、多チャンネル化の過程で比較的外国制作の番組比率が高くなっている。特に米国で制作された番組に依存する傾向が強いといえよう。しかし、アジアでは、国内の番組制作体制が整備されてくれば、自国制作番組比率が向上してくるものと予想される。
メディア産業の再編の特徴は次のとおりである。
【米国を中心】映像ソフトの制作から流通までといった垂直的統合の動き、マルチメディア市場に対応できる経営資源の確保の動き、さらに、新たな提携・買収のための投資力を確保するための経営規模の拡大の動きである。また、魅力ある番組ソフトを供給できる能力を有する企業を確保することが重要なポイントである。
【欧州を中心】現在、SECA(カナル・プリュスとベルテルスマンが出資)開発のメディアボックスとキルヒ・グループ/ネットホールド開発のd-boxの2種類のデコーダによる競争が繰り広げられている。カナル・プリュス、キルヒ・グループ及びBスカイBのニューズ・コーポレーションの3者によるメディア市場への影響力/支配力が急速に高まりつつある。 
【アジアを中心】1991年以降、衛星放送を中心とした多チャンネル化、グローバル化が進展している。今後、デジタル放送の普及に伴って、より一層の多チャンネル化が進むと予想される一方、収益や番組ソフトを重視した再編が進む可能性がある。 メディアの再編に伴い、想定される課題とその対応策は次のとおりである。
 (1)【課題】国内放送事業者の競争力の強化【対応策】@グループ関係の強化、A水平統合等 である。
 (2)【課題】アジアを中心とした番組ソフト流通の促進【対応策】@人材の派遣、A放送事業者相互による共同制作の推進、B翻訳システムの構築や翻訳者の育成等 である。 今後とも、メディア事業の「デジタル化」、「ボーダレス化(グローバル化)」、「市場化」(株の売買、買収・統合等市場原理が際立った企業活動をいう。)は、ますます進むものと予想される。そのようななかで、本来、放送サービスが持っていた社会的機能、公共的機能をどのように担保していくか、議論される必要があろう。また、そのときの行政のあり方として、規制緩和策に象徴される産業政策とメディア事業の公共的役割とのかねあいをどのようにつけていくのか。また、サービス内容の質の向上を図るために、行政の施策としてどのように取り組むべきか。放送のデジタル化に見られるように、既存の放送事業が電気通信系のサービスとどのような形で融合することが、その社会的機能、公共的機能を有効に果たし得るか。加えて、急速に成長を見せるアジアのメディア市場において、日本のメディア事業はどのような役割を担えるのか、多角的な視点からの論議が必要と思われる。


1. はじめに

 米国におけるウォルト・ディズニーのABC買収をはじめ、欧米主要国では放送メディアの再編が進んでいる。我が国放送業界は今や、電気通信業界同様、熾烈な競争場裏に巻き込まれようとしている。例えば、メディア王マードック氏による昨年6月のテレビ朝日株取得も記憶に新しい。 そこで、郵政省郵政研究所通信経済研究部では、1996年10月から『グローバルマーケットにおける放送メディアの再編の動向に関する調査研究』を開始し、メディア再編の最新動向を調査してきた。本稿ではその調査結果の概要を述べる。


2. 調査の目的・視点

 (1) 目的 諸外国・地域の放送分野におけるメディア業界の動きについてみると、米国では参入規制や料金規制など経済的規制の緩和を盛り込んだ米国通信法の改正(1996年2月)等と平行する形で、ウォルト・ディズニーのABC買収、AT&TのディレクTVへの資本参加などメディア業界の再編が進んでいる。
 一方、英国では、メディア所有の規制緩和や地上波デジタル放送の導入に関する1996年英国放送法が先般、成立したところである。こうした諸外国・地域の動きにより、電気通信事業者と放送事業者の相互乗り入れなど、世界的なメガメディアの出現が一段と活発化するものとみられる。
 そこで、放送政策に資するとともに放送メディアの健全な発展に資するため、このような国内外の状況を踏まえ、放送メディアの再編の動向を調査、把握することとした。

 (2) 視点 従来の放送業界は地上波放送優先で、さらに国内に限定したドメステックな世界であった。しかし、衛星放送やCATVなどの新しい放送メディアの出現、放送のデジタル化の開始や外資規制などの経済的規制の緩和の潮流から、欧米主要国では合併、提携等により放送界、コンテンツ産業などのメディア産業の再編が急激に行われ、マードック氏のニューズ・コーポレーションにみられるようなメガメディアが出現してきた。 従って、外資規制等の現状を把握するとともに、米国、欧州、アジアの各地域間の番組ソフトの流通量等の推移をバックデータとすることにより、放送メディアのグローバル化の進展を浮き彫りにする。この視点を図示すると図表1のようになる。




図表 1  調査の視点

図表1 調査の視点





3. 諸外国・地域におけるメディアに関する外資規制等の現状


 (1) 外資規制
 各国・地域の外資規制の状況は図表2のとおりである。



図表 2  各国・地域の外資規制

国・地域名 対象 外資制限 備考
米国 全体 20%> 地上波、衛星とも同様。
英国 全体 50%> 非国内衛星放送は適用除外。
フランス 地上 20%> 資本の過半数を所有する法人は外国籍と見なし、直接支配と同様の基準を適用する。
衛星 なし
中国 全体 × 放送局はすべて国営であり、外資の余地無し。
香港※1 地上 49%≧ 2、4、6、8、10%を超える毎に事前承認必要。間接支配の規定有り。※2
衛星 49%≧ 間接支配も不可。
CATV 49%≧ 2、4、6、8、10%を超える毎に事前承認必要。間接支配の規定有り。※2
インドネシア 全体 × 民間TV局を所有できるのは、人と人によって所有されている企業のみ。後者は49%まで外資可能(間接支配49%まで)。現在放送法案を制定予定(96年12月9日国会通過)、変更の可能性有。
韓国 地上 × 国際親善団体等からの出捐は、長官の承認があれば可能。
衛星 現在審議中の放送法改正で制度化中。
CATV × 番組供給事業者(報道を除く)に対しては、15%まで可能。
シンガポール 全体 なし(3%≧) 外資規制は存在しない。しかし、集中排除規定により放送事業者に対する3%以上の出資には(外資に限らず)SBAの認可が必要。
台湾 地上 × 直接支配、間接支配を問わず排除。
衛星 × 現在衛星放送に係る特別法を審議中。成立までは地上の規定を準用。
CATV 20%≧ 直接支配は不可、間接支配のみ外国技術導入の観点から20 %まで可。
タイ 全体 50%> 資本の過半数がタイ人でなくてはならない。


※1 外資とは、個人については7年以上の香港居留民、法人については香港在留法人でない者
※2 間接保有により影響を及ぼすと委員会がみなした場合は、制限を課すことができる
(出所)郵政省資料




 上記に示したようにアジアは、外国資本による放送事業者への出資そのものを認めていない国・地域が多く、外資規制が無いシンガポールも実質的には、自由に外国人が放送事業者に出資できる環境にはない。
 タイ、インドネシア(間接支配)については、50%を超えない範囲で外資の導入が可能となっており、アジアの中では、もっとも外国資本に対して開かれた法制度の環境となっている。
 欧米主要国では、米国とフランスが20%を上限としているのに対し、英国は50%までであれば、外資の導入を認めている。

 (2) 外国人役員規制 各国・地域の外国人役員規制の状況は図表3のとおりである。
 外国人役員規制については、アジアのほとんどの国・地域が外国人役員の就任を認めておらず、唯一、インドネシアだけが外国人役員に関する規制が明文化されていない。
 なお、米国、英国及びフランスの3か国には外国人役員に関する規制は無い。



図表 3  各国・地域の外国人役員規制

国・地域名 対象 内 容
米国 全体 なし
英国 全体 なし
フランス 全体 なし
中国 全体 放送局はすべて国営であり、外国人役員の問題は存在しない。
香港 地上 役員の過半数は香港在留民(7年以上)でなくてはならない。また、代表役員及び番組編成担当役員は香港在留民(7年以上)でなくてはならない。
衛星 役員の過半数は香港在留民(7年以上)でなくてはならない。
CATV 役員の過半数は香港在留民(7年以上)でなくてはならない。また、代表役員及び番組編成担当役員は香港在留民(7年以上)でなくてはならない。
インドネシア 全体 なし
現在放送法案を制定予定(96年12月9日国会通過)、変更の可能性有。
韓国 地上 韓国 地上 外国籍の者、外国居住者、外国法人の代表者等は放送局の長または編成責任者になることができない。
衛星 現在審議中の放送法改正で制度化中。
CATV CATV 外国籍の者、外国居住者、外国法人の代表者等は総合有線放送事業※1を行う法人の代表者、役員、監事及び編成責任者になることができない。
シンガポール 全体 シンガポールの市民権を有さない者は最高経営責任者になれない。また、役員の半数以上はシンガポールの市民権を有する者でなくてはならない。※2
台湾 地上 台湾 地上 外国人役員は不可。
衛星 現在衛星放送に係る特別法を審議中。成立までは地上の規定を準用。
CATV 外国人役員は不可。
タイ 全体 放送事業者は、station director、technician of the station、announcer、program producerを置かねばならず、それらはタイ人でなくてはならない。


※1 総合有線放送事業とは有線放送事業(オペレータ)、番組供給事業、伝送網整備事業の全てを指す。
※2 いずれの場合も、SBA(放送庁)の認可による適用緩和措置がある。
(出所)郵政省資料




 (3) マスメディア集中排除原則
 各国・地域のマスメディア集中排除原則の状況は図表4のとおりである。
 米国及び英国では、マスメディアの集中排除に関しても規制緩和が進んでいるが、アジアの各国・地域の多くは、1放送事業者に対する出資比率の上限を設けるとともに、新聞等他のメディアとの兼営を禁止している。
 なお、中国は国営のため、該当事項は無く、また、タイ、インドネシアに関しても、特に規制は無い。




図表 4  各国・地域のマスメディア集中排除原則

国・地域名 対象 内 容
米国 全体 ・同一地域内での規制を除き放送局の複数所有規制はラジオ、テレビ共に廃止。
・合計視聴世帯数の全国視聴世帯数に対する割合(カバレッジ)の規制は35%。
英国 全体 ・局数制限はなし。視聴者シェア15%を上限。・地上波、衛星、CATV間の相互所有規制はない。
・新聞社との相互所有は、シェア20%以上の全国紙を除き、規制はない(同一地域内でシェア20%以上の地方紙は当該地域のローカルテレビ、ローカルデジタル放送局を支配できない)。
中国 全体 ・該当事項なし。
香港 全体 ・広告事業者、番組供給事業者、番組伝送事業者が新たな免許を取得することはできない。
・広告事業者、番組供給事業者、番組伝送事業者に対して15%超の議決権を行使する者は免許取得ができない。
インドネシア 全体 ・なし
韓国 地上 ・単一の個人・法人による放送法人の30%以上の株式取得を禁止。
・財閥の株式取得を禁止。・放送法人の日刊新聞又は通信社の兼営禁止。
CATV ・原則は地上波と同様。・同一株主の持株比率は10%未満であること(同族は20%未満)。
タイ 全体 ・なし


(出所)各国・地域資料より野村総合研究所作成





 4. 諸外国・地域における番組ソフト流通等のグローバル化の進展

 (1) 西欧諸国
 西欧では、1980年代に入って地上波及び衛星の双方において、急速に多チャンネル化が進んだ。新しく開局したチャンネルの多くは、商業ベース(民間放送)のチャンネルである。多チャンネル化の動きは、放送の商業化の動きと連動していると思料される。その動きの中で視聴者(あるいは加入者)を多く獲得していくためには、魅力ある番組を数多く調達することが事業者にとって重要となってきた。
 魅力ある番組を大量に提供する能力を有している国は米国であり、多チャンネル化が進むに従って、米国を中心とする外国番組に対する関心が高まってきた。そして、米国制作の番組が氾濫することにより、ヨーロッパの文化に悪影響を与えるという懸念が高まってきた。
 1989年10月に、当時のECが加盟各国に対し、法改正を行うよう求めた「国境なきテレビ」指令では、放送番組の51%以上をEU内で制作された番組にすること(ローカルコンテント規制)としている。
 西欧の幾つかのテレビ局における外国フィクション番組比率をまとめたのが図表5である。フィクション番組はドラマのみで映画、スポーツ、ニュースは除いている。これによると外国番組の比率は、国や地上波放送・衛星放送の違いを問わず、41.2%から65.7%までの間に広がっており、全体的に高い傾向にある。下記の国の中では、スペインのTVE1が比較的低い比率であるのに対し、ドイツの衛星放送、イタリアのレテ4などの外国番組比率が高い。西欧諸国では番組ソフトの供給を外国、特に米国等に依存しているといえよう。




図表 5  外国フィクション番組の放送比率(1995年10月)

図表5 外国フィクション番組の放送比率(1995年10月


 (2) アジア
 アジアで放送される番組ソフトのうち、外国番組が占める割合は、平均で概ね20%程度である。図表6は、アジアの主な地上波テレビ局12局に対し、郵政省が1996年に実施したアンケート調査の結果である。これによると、日本の割合が最も低く、カンボジア(40%)、ベトナム(50%)等が高い割合を示している。
 外国番組の比率が高すぎると自国民が必要以上に外国文化に侵食されるという危惧から、EU諸国同様、ローカルコンテント規制を行っている国・地域もある。例えば、モンゴルでは70%以上を自国制作にするよう規制している。また、インドネシアは60%以上、カンボジアは65%以上を自国制作にするよう規制している。



図表 6  アジアの主要地上波テレビ局の海外番組放送比率

国(放送局)
5 - 6% 日本(NHK、TBS)
10% 中国(CCTV)
15% フィリピン(GMA)
20% インドネシア(TVRI)
マレーシア(RTM)
ミャンマー(MTRD)
ラオス(LNT)
30% モンゴル(MRTV)
タイ(ITV)
40% カンボジア(TVK)
50% ベトナム(VTV)

(出所)郵政省資料




 アジアは、これまで述べてきたように、外国番組比率が我が国に比べ高くなっているが、この比率が今後も一貫して上昇していくとは思われない。自国内に番組制作能力の蓄積が不十分な状況においては、放送時間をカバーするため、他国からの番組調達に依存するのは自然なことであり、国内の番組制作体制が整備されてくれば、自国制作番組比率が高まってくると考えられる。これは、一般に視聴者は、自国独自の文化・習慣を反映した番組を受け入れる傾向があるためである。特に地上波放送については、外国番組が大きなシェアを有しているのは一時的な現象であると思われる。
 一方、多チャンネル型CATVやデジタル衛星放送などが今後、アジア地域においても普及していくと考えられるが、これらの放送については、外国番組比率は高いまま推移すると思われる。図表7は現在、アジアで映像国際放送サービスを行っているチャンネルを番組制作国・地域別に集計した結果である。衛星放送に関しては、米国で制作されたチャンネルが高い割合を示している。




図表 7  アジアにおける映像国際放送番組の国・地域別内訳
(1996年3月)

国・地域名 チャンネル数
米国 11
香港 9 9
シンガポール 1
中国 1
フィリピン 1
インド 1
豪州 1
英国 1
合 計 26

注)事業主体の国籍ではなく、番組の制作国・地域をベースにカウントしている
(出所)郵政省資料




5. 海外におけるメディア産業の再編動向

 (1) 米国を中心とする動向 
 1990年代に入り、バイアコムのパラマウント買収、ディズニーのABC買収、ウェスティングハウスのCBS買収、タイムワーナーのTBS買収など、米国内では、メディア産業の再編の大きな動きが見られる。この一連の動きに共通してみられる点は、映像ソフトの制作から流通までといった垂直的統合の動きであり、放送と通信の融合領域であるマルチメディア市場に対応できる経営資源の確保の動きである。さらに、新たな提携・買収のための投資力を確保するための経営規模の拡大の動きである。
 経営資源及び規模の拡大を目指す動きは、米国内に留まらず、欧州・アジアと国際社会全体へと広がりを見せているが、そのキープレイヤーのほとんどは、米国のメディアジャイアンツと呼ばれる企業である。米国企業が中心となるのは、国際的に、かつ、マルチユースに利用価値のある映像ソフトの大半が、米国のハリウッドメジャースタジオによって制作されているところによる。映像ソフトを保有するメジャースタジオにとってみれば、映像ソフトの流通力の強化(劇場、地上波、衛星、CATVなどのウィンドウの確保)を図ることが、メディア市場の中で生き残って行く上で重要なポイントである。一方、ウィンドウを持つ企業にとっては、そのウィンドウをどれだけ魅力あるものにしていくか(どれだけ多くの人に観てもらえるか)が競争のポイントであり、そのため魅力あるソフトを供給できる能力のある企業を確保することが重要なポイントとなっている。
 グローバルな規模での再編が進む中、特に最近の動きの中で注目すべき点は、放送を軸にした再編が行われているという点である。すなわち、地上波、衛星放送、CATVを軸にした再編と見ることができるのである。これは、CATVや衛星放送など放送の多チャンネル化が欧州および日本において急速に進展してきたためであるが、アメリカのメディアジャイアンツ、特にソフト制作者にとっては、欧州、日本を始めとするアジア地域の放送というウィンドウを確保することが、何よりも重要であり、欧州や日本の映像プロダクションやスタジオを買収するという動きにはならないのである。
 次に、米国内の主要な再編の動きについて整理する。図表8に示したのが、米国のメディア産業相関図であるが、これによると主要なプレイヤーとして、映像ソフトを制作・流通するメジャースタジオ、CATV等に番組を供給する事業者、地上波ネットワーク、多数のCATV局を傘下におくMSO、衛星放送事業者、デコーダなどの端末を製造する電機メーカー、電話会社、コンピュータソフト会社などが挙げられる。
 近年、繰り広げられている再編の動きの特長としては、このいずれかのカテゴリーに入る企業が他のカテゴリーに入る企業との提携・買収を行うケースがほとんどであること、買収金額が膨大になりつつあることが挙げられる。



図表 8  米国メディア産業相関図

図表8 米国メディア産業相関図



(出所)郵政省資料


 (2) 欧州を中心とする動向
 欧州では、1990年にBSBとスカイテレビジョンが合併し、BスカイBが成立した頃から、メディア産業の再編が活発になってきた。再編の中心的な役割を果たしてきたのが、ニューズ・コーポレーション会長のルパート・マードック氏である。その他、フランスのカナル・プリュス、ドイツのキルヒ・グループなどが次々と提携・出資・買収を進め、現在までのところ、この3つの核が欧州のメディア産業に大きな影響を与えるようになっている。
 最近の大きな合併として、カナル・プリュスによるオランダのネットホールドとの合併が挙げられる。この合併により、カナル・プリュスは、ネットホールドの衛星放送加入者を新たに獲得し、ベネルクス3国、北欧、東欧、アフリカ、中近東まで事業エリアを広げた。
また、従来から、フランス、スペイン、ベルギー、ドイツ、ポーランドでは、有料テレビ放送事業を展開していることから、欧州において、より大きな影響力を行使できるようになったと言える。また、この合併を別の面から見ると、カナル・プリュスとキルヒ・グループがイタリアのデジタルTV「テレピウ(DStv)」では、共同出資者という関係になる。
 また、欧州のメディア産業を見る場合、ペイTVに必要となるデコーダのタイプによるグループ分けを行うことも重要である。現在、欧州では、SECA(カナル・プリュスとベルテルスマンが出資)の開発したメディアボックスとキルヒ・グループ/ネットホールドが開発したd-boxの2種類のデコーダによる競争が繰り広げられている。メディアボックスを採用しているのはカナル・プリュス、ベルテルスマンのグループであり、 d-boxを採用しているのはキルヒ・グループ、ネットホールドなどである。ここで注目すべきは、カナル・プリュスとネットホールドが合併したことによって、同じグループの中で2種類のデコーダが競合することになる。カナル・プリュスによると既存の2種類のデコーダの競合を通じて開発されるであろう第2世代のより優れたデコーダを採用するとしているが、関係者の間では、この合併がこれまでのカナル・プリュスとベルテルスマンとの関係を解消に向かわせることになると見られている。
 上記のような最近の動きを見るだけでも分かるように、欧州の主要プレーヤーは完全な競争関係になっているというケースはない。国によって、あるいは、出資する放送事業者によって提携する相手が異なるという構図があり、その結果として、カナル・プリュス、キルヒ・グループ及びBスカイBのニューズ・コーポレーションの3者による欧州メディア市場への影響力/支配力が急速に高まりつつある。
 欧州メディア産業の相関は図表9のとおりである。




図表 9  欧州メディア産業相関図

図表9 欧州メディア産業相関図


(出所)郵政省資料




 (3) アジアを中心とする動向
 アジア地域は1990年代に入ってから急速に多チャンネル化の進んだ地域である。1980年代までのこの地域は、報道に対する規制が強かったこと、娯楽映像メディアに対して抑制気味であったこともあり、チャンネル数は限られており、各国・地域とも地上波のチャンネル数は2〜3といったところが多かった。
 しかし、韓国、台湾、香港、シンガポールを中心に始まり、その後アセアン諸国や中国、インドなどにまで広がったアジアの著しい経済発展は、国民の多様な番組に対するニーズを高めた。放送に対する規制がある状況下でのニーズの高まりは、例えば、1980年代に見られた台湾やインドでの無認可CATVの普及や韓国での日本の衛星放送の越境受信などの問題を引き起こすに至った。
 このような環境下において、アジア地域で初めての国際衛星放送であるスターTVが1991年に開始された。スポーツ、音楽、総合娯楽、ニュースといったニーズに合致した番組を放送したことにより、各国・地域のCATV加入者を中心に受け入れられていった。
 従って、アジア地域の放送のグローバル化が本格的に始まったのは、1991年以降であり、ここ数年の内に欧米では見られないほどの速さで衛星放送を中心とした多チャンネル化、グローバル化が進展している。
 別の見方をすれば、3で述べたようにアジアの多くの国・地域には放送事業に対する外資規制があるため、アメリカを中心とするメディア・ジャイアンツが放送局に直接出資をしているケースは少ない。しかし、番組提供という面からアジア市場を見た場合、多チャンネル化の進展に伴う番組不足が生じたことで、メディア・ジャイアンツを中心とした番組供給体制が構築されつつある状況にあると言えよう。
 日本のデジタル衛星多チャンネル放送(63チャンネル)を含めアジアでは、合計で246チャンネルが提供されている。そのうち、米国が制作している番組はアジアでは43チャンネル放送されており、全チャンネル数に占める割合は約16%である。アジア発のチャンネル数としては、パーフェクTVが開始されたことで、日本の73チャンネルが最大となっているが、日本国内向けではない外国向け国際放送としては、NHKがパス2号機及びパス4号機で行っている2チャンネルに過ぎない。
 米国と日本の間で、外国向けチャンネル数に大きな差異があるのは、両国の番組ソフト制作資金の回収に対するシステムの違いに起因しているところが大きい。すなわち、我が国では1回の放送ですべてを回収するという姿勢で制作しているのに対し、米国では、歴史的に番組ソフトの2次利用、3次利用を前提にした制作をしている。
 日本の在京キー局の番組制作予算の考え方は、原則的には1回の放送で得られる広告収入をベースにしている。一方、米国では、スタジオが独立し、スタジオ相互の競争が激しいこともあって、3大ネットワークに選ばれる企画を制作するには受注金額を上回る費用が必要となるケースが多いと言われている。3大ネットワークからの売上だけでは、赤字になるが、3大ネットワークで高視聴率を獲得できれば、ローカル局やCATV、海外などにも販売することが可能となり、結果的に投下資金を回収することが可能となるのである。
 日本では「1回の放送で何人見たか」が重視されるのに対し、米国では「結果的に何人見たか」が重視されているのである。
 このような姿勢の違いが、両国の海外進出に対する姿勢も大きく変えている。米国では、ソフトをできるだけ多くの人に様々なメディアを通じて見てもらおうとするため、自ずと海外進出に力を注いできた。しかしながら、我が国のメディア企業は国内市場だけで十分採算がとれるため、これまで海外市場を念頭に置いた事業を行ってこなかったのである。




 我が国以外のアジアの国・地域での衛星放送による発信チャンネル数は、香港が最も多く、次いで中国、インド、タイ、シンガポール、インドネシアなどとなっている。このうち、インドネシアやタイは主に自国民を対象とした衛星放送を行っている。
 現在までのところ、供給されるチャンネルを満たすために、欧米のチャンネル及び番組ソフトが多く放送されており、今後も多チャンネル化が進むことによって、番組ソフトの欧米依存は当面の間は続くと予想される。しかし、アジア各国・地域は国民のニーズもあって、番組の自国制作能力の強化を望んでおり、徐々にではあるが、制作基盤の強化と相まって欧米依存体質は改善されていくと予想される。
 200チャンネルを超える番組が放送されているアジアの衛星放送市場であるが、その市場規模は地上波放送の市場に比べ、著しく小さい。電通の試算によると、日本を除くアジアのTV広告市場は、6,560億円で、そのうち、衛星放送の広告費は120億円であり、全体の1.8%を占めるに過ぎない。衛星で放送される番組の多くは、地上波向けに制作されたものの再送信か、欧米など他地域で放送されたものをそのまま流しており、番組制作費が膨大な額にのぼるという状況にはないまでも、ほとんどの衛星放送事業者は赤字決算であると言われている。最初に市場に参入し、最大の受信世帯数を誇るスターTVは、1995年に3,000万ドルの赤字を計上しており、1996年も8,900万ドルの赤字を計上すると予測されている。
 厳しい経営環境に置かれながらも、欧米のメディア・ジャイアンツがアジア市場に次々と参入してくるのは、欧州の例が示すように、将来、加入者数が増え、受信料収入による安定した経営基盤を確保できることを目論んでいるからであると考えられる。しかし、欧州以上に多言語で文化の多様性が見られ、かつ、平均的な所得水準も欧州に比べ低いアジアにおいて、衛星を利用した広域的な番組配信事業を軌道に乗せることは、多くの困難が伴うと考えれる。
 1996年10月に、スタースポーツとESPNがアジアのスポーツ放映権の購入会社を合弁で設立すると発表したことは、今後のアジア市場の動向を見る上で興味深い事例である。スタースポーツとESPNは、ともにアジアでスポーツ番組を中心に放送しており、その放映権料を巡って激しい競争を演じていた。競争激化に伴い、放映権料が高騰し、両社の経営悪化の原因となっていたため、これを改善すべく両社が歩み寄ったとされている。アジアには、すでに複数の同じジャンルの放送サービスを行うチャンネルがいくつか開局されており(例えば、海外ニュースを中心に提供しているCNBCアジア、CNN、アジアビジネスネットワーク)、スタースポーツとESPN同様の提携・合併が進む可能性が指摘されている。
 今後、デジタル放送の普及に伴って、より一層の多チャンネル化が進むと予想される一方、米国などで進むメディア事業の再編と同様に、アジアにおいても収益や番組ソフトを重視した再編が進む可能性もある。



6. 放送メディアの再編の行方


       〜メディアの再編に伴う我が国放送事業の課題及び展望〜     

 (1) 課題及びその対応策

 ア 国内放送事業者の競争力強化

 我が国の放送業界は、現在、欧米を中心に行われているような激しい競争とは無縁の状態が続いてきた。キー局間の視聴率競争など「局地戦」は見られるものの、業界再編に結びつくような合従連衡を、放送業界がかつて経験したことはない。
今後は、ニューズ・コーポレーションによるテレビ朝日株の取得の動きに見られるように、欧米のメディア・ジャイアンツが世界的な巨大市場の1つである日本を目指す動きはますます激しくなると思われる。また、ニューズ・コーポレーションと共同でテレビ朝日株を取得したのはソフト販売・出版を手がけるソフトバンクであった。コロンビアピクチャーズを買収したのはソニーであり、MCAを買収したのは松下電器であった。また、都市型CATVの多くに私鉄や商社などが出資している。このように我が国の非メディア系企業が、メディア市場に参入するケースが目立ってきている。
 外資参入、非メディア企業の参入といった動きは、放送市場と通信市場が融合する近未来のマルチメディア市場への期待が極めて高いことを示している。マルチメディア市場において競争優位を保つため、これまで参入が難しいと言われてきた我が国の放送市場へも積極的に関与していこうとする動きが活発になるのは間違いない。
 外資および異業種からの参入は、放送産業の「市場化」(株の売買、買収・統合等市場原理が際立った企業活動をいう。以下同じ)を意味する。すなわち、系列に代表される日本的商慣習とは異なる資本の論理で動く産業へと変化していくと予想される。

 [対応策]
  CATVへの外資規制緩和が行われたように、今後は郵政省においても電波法、放送法、有線テレビジョン放送法等の規制緩和が進められ、法制度面からも市場化に向けた環境が整備されていくと考えられる。市場化する放送業界において、今後予想される放送事業者による競争力強化を図るための動きとしては、以下のようなものが考えられる。
 @グループ関係の強化、A水平統合 である。
 @のグループ関係の強化は、一連のテレビ朝日株の取得事件の経過からも分かるように、新聞資本、キー局資本によって系列化された各テレビ局の連携をより一層強めるという動きである。ニューズ・コーポレーションが地上波テレビ局に資本参加することに対し、我が国のメディア関係者はマードックの予想以上に過敏に反応したと言われており、結果的に、彼にテレビ朝日株の売却を決断させたとされている。今回の事件を教訓に、我が国のメディア各社がグループ関係の強化を図っていくことは、十分に考えられるシナリオである。グループ関係の強化を図ろうとする動きと、資本の論理によって参入を試みる動きとの間で、激しい摩擦が生じることも予想される。
 Aの水平統合は、CATVや衛星放送などの普及によって急速に多チャンネル化する中において、地上波のみならずCATV、衛星を含めた水平統合が進むことを意味している。多様なウインドウを確保することは番組ソフトを確保するのと同様に、今後の放送市場を展望する際のキーワードになっている。キー局の中でもCS放送進出の意欲を見せているところが見られるなど、水平統合に向けた動きが散見されるようになってきた。
 我が国のメディア市場は、米国に次ぐ世界第2位の規模を持っており、欧米のメディア・ジャイアンツの注目度は極めて高い。また、後述するように日本で制作される番組もアジアを中心に商品価値を持つようになってきており、ソフト供給国としての魅力も高まりつつある。
 外資が主導権を握った提携・買収が今後も続くと思われるが、その一方で、外資の豊富な資金あるいは豊富なソフトを目的とした国内企業主導による国際的な提携も活発になると予想される。




  イ アジアを中心としたソフト流通の促進

 アジアではCATVおよび衛星放送の立ち上がりや国・地域によっては新たな地上波放送の参入が認められるなど、1990年代に入ってから急速に多メディア多チャンネル化が進んでいる。現在までのところ、多チャンネル放送を見ることのできる世帯は、中間所得層以上の一部の世帯に限られているとされているが、今後は、多チャンネル放送の普及が急速に進むと予想される。普及が進むことで市場としての価値が増大し、さらなる市場参入者が現れ、ますます多チャンネル化が進むと考えられる。
 近年の番組ソフトマーケットの動向を見ていると、アジアにおける我が国の番組ソフトに対する期待は極めて高いものがある。
 アジアにおける更なる多チャンネル化の進展が予想される中、質の高い映像ソフトに対するニーズが、より一層高まるのは必至であり、我が国のアニメやトレンディドラマなどのソフトは、アジア地域において国際競争力をもった商品として流通すると予想される。
現在、市場ニーズの高まりに呼応する形でJETが事業を開始しているが、今後は、従来型の番組輸出にJETのような新しい番組発信の仕組みを加えた形で、ますます、番組の輸出が進むと考えられる。

  (ア) アジア側の課題
 我が国の放送事業者、プロダクションなどは、増大する我が国番組ソフトのニーズに対応すべく、番組販売努力を進めると考えられるが、その際のアジア側の課題としては、次のような事柄が考えられる。
 @多様な国・地域の存在および国民所得格差の存在、A現地放送事業者の経営基盤の弱さ、B流通システムの不備及び商慣習の相違、C権利意識の低さ、D現地語への翻訳 である。
 @でいうと、アジアは、経済発展の状況が様々であり、香港やシンガポールのように先進国とほぼ同等の所得水準を達成している国・地域もあれば、発展途上の国・地域もある。また、各国・地域内においても、所得格差の激しい国・地域が多く、このことがアジアを単一市場として見なせない、すなわち、各国・地域の国情に応じたマーケティングを必要とするという課題がある。
  →マーケティングが煩雑であり、コストも高くなる
 Aでいうと、経済が発展途上にある多くの国・地域では、放送事業者の経営基盤も弱く、番組ソフトを購入するだけの十分な資金を持っていないところが多い。
  →番組枠と広告とのバーターシンジケーションによる販売
  →加入料ベースの事業展開より広告収入をベースにした収入計画
 Bでいうと、多くの国・地域において、放送が事業として成立するかしないかといった段階にあるため、番組ソフトの流通システムが整備されていない点や国際的なビジネスルールに則った商慣習が普及していない点、さらにCとして、著作権などの権利意識が低い点、Dとして日本語から現地語への翻訳作業(吹き替え、字幕スーパー等)の必要性なども、課題として挙げられる。
  →市場の健全な育成に向けた支援
  →知的所有権に関する国際ルールづくりとその遵守
  →番組の、英語・現地語翻訳作業の効率化、翻訳に携わる人材の育成




  (イ) 日本側の課題
 アジアへの番組ソフト流通の促進における我が国側の課題としては、次のようなものが挙げられる。
 @不十分な権利処理システム、A流通ルートの未確立、Bローカライゼーション(現地化) である。
 先ず@でいうと、我が国の一般的な放送番組の制作姿勢は、1次利用だけを前提にしたものであり、出演者等の権利は原則、1次利用の場合だけについて処理されている。このため、番組ソフトを海外に販売する場合、海外番販を試みようとした段階で初めて、2次利用に関する権利処理を行うケースが多い。番組の企画段階における出演交渉の際に合わせて権利処理するのと異なり、番組が放映されてから、数か月あるいは数年を経た後の手続きであるだけに長時間を要することはしばしばである。また、関係者全員の合意が得られないため、販売を断念せざるを得ないケースもある。すなわち、権利処理が「足枷」となって、思うように海外に販売できないといった課題がある。
 次にAでいうと、権利処理と相まって、円滑な海外番販を妨げている課題として、番組を流通させるルートが十分に確立されていないということが挙げられる。現在の海外番販の流れは映像ソフトマーケットでの販売やスポット的な直販が主であった。取扱量が少量である場合は、このような対応で十分であるが、今後、積極的にアジア等への番販を進める場合は、より戦略的な流通システムを構築していく必要がある。
 最後にBでいうと、日本側とアジア側の協力による効率の良い翻訳システムの構築や、中長期的には現地のニーズを考慮した制作も求められよう。
  →番組制作時の出演交渉等において2次利用まで意識した権利処理の推進
  →海外番販体制の強化(社内組織改革、現地代理店設置など)
  →翻訳における国際間協力体制の構築、各国・地域ニーズを考慮した番組制作(中 長期目標)

 [対応策]
 アジアの多メディア多チャンネル化が進展し、放送市場が立ち上がりつつある中で、我が国の放送事業に関するノウハウをアジアに伝えていくことは、アジアの放送市場の発展に大きく寄与すると考えられる。
 しかし、各国・地域の市場とも、民営化や規制緩和が進み、自由競争市場へと発展していくという大きな流れがあることから、従来の放送サービスを普及させることを主眼においた援助ではなく、新しい形の貢献策が求められよう。
 具体的には、人材育成のための支援、放送事業者相互による共同制作の推進、翻訳システムの構築、翻訳者の育成などが考えられる。自由競争市場の中では、本来、こういった動きは民間事業者が主となり、提携先を確保する過程などにおいて行われるものであるが、その一方で、高度な放送サービスを受信できる環境を整備するという目的の下、政府間の協力や教育機関相互の協力なども検討する必要があると考えられる。




 (2) 展望

 ア 放送事業の「デジタル化」、「ボーダレス化(グローバル化)」、「市場化」

 これまで見てきたように、電気通信技術の発達を背景に、放送・通信の領域で、多様なメディア・サービスが登場しつつある。特に放送事業においては、デジタル伝送技術の進展によって、@高画質・高精細化、A多チャンネル化、Bコンピュータとの結合によるサービス形態の多様化といった変化が進みつつある。このような放送サービスの変化は、放送事業自体に大きな変化をもたらしつつある。
 具体的には、新たなサービスを中心に、これまで既存のメディア事業とはあまり関わりのなかった事業も含めて、新規参入者が増加しつつある。
 これらの事業は、多額の資本投下を要する装置産業である一方で、システムの成立後もコンテンツへの資本投下、インフラの整備・補修を永続的に行う必要のある事業である。当然、そこには厳しい競争原理が働く。それがメディア資本の再編といった形で進みつつあるといえよう。 加えて、これらの多メディア・多チャンネル化といった動きは、世界的な潮流であり、メディア資本の活躍する場が「グローバル化」したと見ることができよう。特に1990年代に入って、アジア市場の急速な伸びのなかで、欧米を中心としたメディア資本のアジア市場での活躍が目につくようになっている。
 このような一連の動きのなかで注目すべきは、メディア資本の行動原理が、メディア再編、市場の国際化の過程で、以前よりも市場原理が前面に出るように変化しつつあることである。メディア事業がデジタル化、コンピュータ化する過程で、非メディア系資本が参入する一方で、必要とされる多額の投下資本を、株式市場などに求める傾向がより強まっている。そこでは、既存のメディア事業者において見られた、一見、非効率的ではあるがメディア事業の社会的役割を重視するなかで選択された行動といったものが後退し、短期的な意味での市場原理がより前面に出てきたと言えよう。その意味で、メディア事業の「市場化」が進んだと見ることができるのではないだろうか。




 イ 今後に向けての課題

 以上のような、メディア事業の「デジタル化」、「ボーダレス化(グローバル化)」、「市場化」は、日本においても、今後、ますます進むものと予想される。そのようななかで、本来、放送サービスが持っていた社会的機能、公共的機能をどのように担保していくか、議論される必要があろう。
 また、そのときの行政のあり方として、規制緩和策に象徴される産業政策とメディア事業の公共的役割とのかねあいをどのようにつけていくのか。また、サービス内容の質の向上を図るために、行政の施策としてどのように取り組むべきか。放送のデジタル化に見られるように、既存の放送事業が電気通信系のサービスとどのような形で融合することが、その社会的機能、公共的機能を有効に果たし得るか。加えて、急速に成長を見せるアジアのメディア市場において、日本のメディア事業はどのような役割を担えるのか、多角的な視点からの論議が必要と思われる。

7. おわりに

 本稿では、海外、特にアジアを中心とした放送メディアのグローバル化の最新の動き、そして海外の最新動向を踏まえた我が国放送事業の今後の展望を述べてきた。
 我が国の放送を中心とするメディア産業は様々な規制によって、経営面でも番組制作面でも外国資本の進出から保護され、ドメステックな産業として我が国の文化の向上等に貢献してきた。 しかし、ニューズ・コーポレーションによるテレビ朝日株の買収・売却のケースにみられるように、放送に関する規制緩和が進められてきたこと、及び海外の放送メディア業界の再編の進展に伴って、我が国においてもグローバル化の波が押し寄せようとしている。
 昨年10月から、我が国最初のデジタル衛星放送であるパーフェクTVが開始され、今後、ディレクTVジャパン等のデジタル衛星放送が開始される予定である。まさにデジタル化、多チャンネル化、グローバル化といった「放送新時代」の到来といっても過言とはいえない。
 今後とも我が国も含め、欧米主要国のメディア産業の再編の動向、さらには衛星放送、CATV及び地上波放送のデジタル化の動きなどについて注視していきたい。



[参考文献]

(1) 「通信白書」郵政省(1997年版)
(2) 「情報通信学会誌」(「日本を中心とするテレビ情報フローの現状と問題点」川竹和夫著、1994年 Vol.12 No.1)
(3) 「新映像産業白書」財団法人ハイビジョン普及支援センター(1996年)
(4) 「映像情報産業におけるマルチメディア化に関する調査研究報告書〜映像ソフトの国際流通の現状と課題〜」財団法人マルチメディアソフト振興協  会(1994年)
(5) 「放送研究と調査」NHK放送文化研究所(「日本を中心とするテレビ番組の流通状況」川竹和夫、原由美子著、1994年11月)
(6) 「Screen Digest」(1993年5月、10月、1995年5月、10月、11月、1996年8月、1997年1月)
(7) 「Television Business International」(1996年10月)
(8) 「Asiaweek」(1996年11月8日)
(9) 「MIP ASIA TERRITORY Reports」Reed Midem Organisation(1996年)
(10) 「Asia Speaks Out Final Report」放送文化基金(1996年)
(11) 「Le cinema a la television en 1992-1993」Conseil superieur de l'audiovisuel (1994年)
(12) 「New Media Markets」(1996年9月)