1997.8

調査・研究


移動体通信の普及動向と加入需要及び通話支出の分析




通信経済研究部    大石 明夫


[要約]

 移動体通信(携帯電話、PHS、ページャー)が急速に普及している現在、移動体通信の世帯への普及状況およびどのような属性の個人(世帯構成員)に普及しているのか、また、世帯における移動体通信の加入需要および通話支出について郵政研究所で実施した関東地方の世帯を対象としたアンケート調査から分析を試みた。
(1) 関東地方では移動体通信が約半分の世帯に普及している。個々の移動体通信の普及率を全国と比較すると、携帯電話、PHSの普及率が高い。また、PHSの普及率が高い都県では、ページャーの普及率が相対的に低いという傾向がある。
(2) 普及率を個人(世帯構成員)およびその属性でみた場合、携帯電話については、男女とも20代の普及率が最も高く、男性では年代が上がるにしたがって普及率は低化するものの幅広い年齢層で利用されている。女性については40代以上の普及率が低いのが特徴である。PHSの普及率については、男性の普及率が全般的に高いものの男女で傾向に大きな違いは見られない。ページャーについては、男性が各年齢層に普及しているのに対し、女性は10代、20代に利用者が集中しており、男女で傾向が大きく異なっている。
(3) 各世帯における携帯電話をPHS合わせた移動電話の加入需要と通話支出をサンプル・セレクションモデルを用いて同時推計を行った。結果は以下のとおりである。

加入需要
(@) 所得が有意に正の影響を及ぼすが、その係数は0.313と低い。
(A) 20代の男女が移動体通信の加入需要に影響を与えており、前述した普及率につながっているものと思われる。
(B) ページャーを保有している世帯は、他の移動体通信である携帯電話、PHSへの需要があることを示している。
(C) 携帯電話の料金は有意ではなく、移動電話に対する需要は料金以外の要因が強いことを示唆しているのかもしれない。

通話支出
(@) ページャーの所有の有無が有意に負であり、ページャーを保有することによって各世帯が移動電話の支出を抑制することによって移動体通信全体の支出額を調整している可能性がある。
(A) 20代男性については、加入の選択と、支出の選択に関しては反対の意思決定をしていることになり、この包括的な解釈は難しいと言える。

(4) 次いで、移動電話が加入電話の通話支出に与える影響をみるために、加入電話の通話支出を被説明変数とし、最小二乗推定を行った。
(@) 携帯電話の料金が有意に負であり、移動電話の料金が下がると加入電話の支出が増えることを示している。
(A) ページャの所有が有意に正であり、これはその特性上、受け専門のメディアであることから加入電話の支出が増加するものと考えられる。
(B) 移動電話の所有は有意ではなく、今回の推計では、移動電話の所有の有無が加入電話の支出額へ影響を及ぼすとは言えなかった。



はじめに
 
 現在、移動体通信市場は急成長を続けており、また、個々の移動体通信についても、ビジネスマンや若年層を中心に一般化が進み急速に普及している。1997年5月現在で携帯電話とPHSを合わせた「移動電話」は総加入数が2,900万台を超え、さらにページャーを含めた「移動体通信」の総加入数は3,900万台に達している(図表1)。また、加入電話の総加入数と比較すると、移動電話の契約数は約半分となっている。このような成長の背景には、端末の自由化(売り切り制の導入)、サービスエリアの拡充、料金・端末価格の低廉化等が挙げられる。ただし、移動体通信の中でもページャーについては、95年度まで毎年着実に加入数を伸ばしてきたが、携帯電話、PHSが急増した96年度には減少に転じており、各移動体通信間でその取り巻く環境の変化が起こっていることが窺える。
 また、現在の通信に関するトレンドは「パーソナル化」であり、この移動電話はまさしく電話のパーソナル化である。加入電話は世帯が保有、利用するのに対し、移動電話の保有、利用は個人に依存するところが大きい。
 そこで、本稿では、アンケート調査に基づき、現在の移動体通信の属性別の普及動向および世帯における通話支出を分析し、また、移動体通信の加入電話への影響を分析することを目的とする。
 なお、本稿中、意見にわたる部分は筆者の私見である。

1. アンケートの概要
 
 本稿では1997年1月に郵政省郵政研究所が実施した「電話サービスに関するアンケート」のデータを用いる。このアンケートは関東地方1都6県(茨城、栃木、埼玉、千葉、東京、神奈川)の世帯(単身世帯を含む)の各電話サービスの通話支出および保有動向を各々の属性と関連付けて調査したものであり、市町村単位で住民基本台帳から多段無作為抽出法により標本を抽出し、また実施に際しては郵送調査法を採用した。配布数は6,000世帯、回収数(率)は1,517世帯(25.3%)であった。ただし、以下の分析では、その目的によって全サンプルから欠損値または異常値(例えば、基本料金が存在する電話サービスに対して支出額を0円としたサンプル等)を除いている。


図表1 移動体通信の加入数の推移
出所:郵政省資料より作成



1) 本稿では、携帯電話(自動車電話を含む)、PHS、ページャーを「移動体通信」とし、携帯パソコン、PDA等は対象としていない。また、携帯電話とPHSを合わせて「移動電話」と呼ぶこととする。なお、ページャー(無線呼出し)とは、一般にはポケットベル(ポケベル)として知られているが、これはNTTDoCoMoの登録商標である。
2) 家などに備え付けられている普通(固定式)の電話。

2. 普及動向 

2.1  世帯における移動体通信の普及動向
 図表2のとおり関東地方の世帯における移動体通信の保有率は、携帯電話が35.2%、PHSが12.3%、ページャーが14.8%であった。また、携帯電話、PHS、およびページャーのいずれかを保有している世帯の割合は48.5%に達している。これを全国水準と比較してみると、郵政省が毎年全国調査を実施している「平成8年度通信利用動向調査報告書」によると全国の保有率は携帯電話が24.9%、PHSが7.8%、ページャーが15.0%また、いずれかを保有している世帯の割合は36.4%である。ページャーの保有率はほぼ同じであるのに対し、関東地方の世帯の携帯電話、PHSの保有率の高さが目立つ。
 さらに各都県(東京、神奈川、埼玉、千葉)ごとにその割合をみると、携帯電話については各都県とも30.0%以上の保有率であり、最低の千葉県と最高の東京都の差は5.0%とPHS、ページャに比べ保有率の差は小さく各都県とも普及が進んでいる。PHSについては、東京都、神奈川県と埼玉県、千葉県で差が見られるが、これは、通話可能エリアによるものと考えられる。ページャーについては、逆に埼玉県、千葉県の保有率が高い。これについては、前述した各移動体通信の加入数の推移からみて、ページャーの需要がPHSあるいは携帯電話に移行していることが考えられる。特にPHSについては、料金が受信後の折り返しの電話料を含めたページャーのそれと比べてそれほど高くないことからPHSの通話可能エリアの拡大にともなってページャー需要を吸引する可能性がある。


図表2 移動体通信の世帯普及率
出所:「通信利用動向調査報告書」(郵政省:1996)
   ただし、全国の普及率のみ



3) サンプル数が少ない(100世帯以下)県は分析の対象から除いた。

2.2  移動体通信の個人普及動向
 家庭にある加入電話(固定式電話)は世帯が保有、利用するのに対し、移動体通信の保有、利用は個人に依存するところが大きい。そこで次に移動体通信の利用動向を各世帯の構成員単位でみることにする。
 個人普及率は、携帯電話15.0%、PHS4.8%、ページャー6.2%であり、移動体通信全体(いずれか保有)では23.1%であった。また、利用者のうち携帯電話、PHS、ページャーの併用率は11.9%であった。さらにこの普及率を個人の属性別にみると以下の通りである。
 男女別普及率 普及率を性別でみると(図表3)、携帯電話で男性が21.7%に対し女性は7.2%と普及率に大きな差が見られる。PHSは男性が5.7%、女性が3.7%と平成7年度からサービスが開始されたため普及率はまだ低いが、男女の普及率には約1.5倍の差がある。ページャについては、男性6.4%、女性6.1%と普及率の差はほとんどない。移動体通信全体の普及率では、男性が29.6%、女性が15.4%であった。また利用者のうち携帯電話、PHS、ページャの併用率は男性13.1%、女性9.1%と男性ほど1人で複数の通信媒体を利用している。

 年齢別普及率
 普及率を年齢別にみると(図表4)、携帯電話では20代が30.1%と最も高く、30代についても24.0%と高い。PHSについても20代が最も高いが普及率は11.0%に留まっている。ページャーは、10代、20代の普及率が高く、20代を境に普及率が大きく低下しており携帯電話、PHSに比べ、利用する年齢層が偏っている。

 男女別・年齢別普及率
 次に各移動体通信の普及率を性別と年齢で分類したものが図表5である。携帯電話については、男女とも20代の普及率が最も高く、男性では20代〜50代まで普及率が20%を超え60歳以上でも10%と幅広い年齢層で利用されている。女性については40代以上の普及率が低いのが特徴である。PHSの普及率は、男性の普及率が全般的に高いものの男女で傾向に大きな違いは見られない。一方でページャーは男性が各年齢層に普及しているのに対し、女性は10代、20代に利用者が集中しており、男女で傾向が大きく異なっている。


図表3 移動体通信の男女別個人普及率


図表4 移動体通信の年齢別個人普及率



図表5 移動体通信の男女別・年齢別個人普及率


図表6 男女別、年齢別外出時間
出所:「国民生活時間調査」(NHK放送文化研究所:1995)より作成


 外出時間と移動電話
 いつでもどこでも利用することができる移動体通信は、当然のことながらほとんど外出時に使用される。また、個人のライフスタイルによっても移動体通信のニーズに違いがある。そこで前述した個人普及率の属性別傾向・特徴を属性別の外出時間から考察する。
 NHK放送文化研究所の「国民生活時間調査1995」によると男女別、年齢別の平日の外出時間は図表6のとおりである。
 外出時間を男女別、年齢別でみると、男性では30代が一番長く、20代、40代と続いており60歳以上になると外出時間が急激に減少する。女性は10代が最も長く、外出時間の長さの傾向は、20代と50代を境に変化している。この外出時間の傾向を移動体通信の普及率の傾向と比べると、外出時間の長い年齢層に普及していることが分かる。

 職業別普及率
 職業別普及率である(図表7)が、職業の分類については、有職者か否か、定職か否か、さらに自営業か否かによって大きく4つに分類した。携帯電話については自営業が、PHSとページャーについては会社員・公務員が最も普及率が高い。
 また、学生への移動体通信の普及状況は図表8の通りである。携帯電話は男女とも大学生になると急激に普及率が上がっており、ページャーについては、女性の普及率の高さが目立つ。



4) 「国民生活時間調査」の在宅時間のデータをもとに外出時間(=1日−在宅時間)を算出。


2.3  加入・利用動向
 加入理由
 携帯電話もしくはPHSを利用されている世帯に加入理由を理由の強い順に3つまで回答してもらった。(図表9)
 加入理由の最も強いものは「どこにいても電話ができて便利」が90%と他の理由と比較し圧倒的に高く、65%の世帯が一番の理由に挙げている。次いで、「自分の周りの人が持つようになってきたから」(36%)、「基本料金・通話料金が安くなったから」(34%)となっている。その他の意見としては、「緊急、安全のため」、「外出が多いため」、「無料でもらったから」「ポケベルで受信後、折り返しの電話が面倒」などがあった。

 利用形態
 また、複数自由回答で利用方法を尋ねると(図表10)、「主に友人とのプライベートな連絡に使う」(39.5%)、次いで「個人で持っているが仕事上で使うことが多い」(37.5%)、「主に待ち受けとして使う」(37.4%)となっている。その他の意見としては、「乗り物で移動中に利用」、「待ち合わせ」、「電話帳がわり」、「長距離用として」「特定の相手にのみに利用する」などがあった。 加入理由として最も多い回答であった「どこにいても電話ができる」というのは、移動電話の一番の特長であり、また利用者にとって一番の便益である。この理由のほかにも様々な要因によって現在の移動電話の爆発的な普及へとつながっているわけだが、加入時の費用およびランニングコストの低廉化、周りで移動電話をもつ人が増えてきたこと、電話のパーソナル・メディア化等も大きな普及の要因と考えられる。アンケートでも自分の周りの人が移動電話を持つようになったことが2番目に多い回答であったが、これは「需要の外部性」あるいは「ネットワークの外部性」といわれるものである。
 「通話の経済分析」(三友仁志 1995)によると利用者の便益は次の二つの外部性の影響を強く受ける。 


図表7 移動体通信の職業別個人普及率



図表8 移動体通信の学生への普及率


図表9 移動移動体通信の加入理由(N=621)



図表10 移動体通信の利用形態(N=621)


(1) 「受信(または通話)の外部性」
 基本料金のみを支払い、直接的な対価を支払わずに、他の加入者からの通信すなわち受信によって便益を受けることができる。
 
(2) 「需要の外部性」
 加入者の需要および便益がシステムの加入者数や、だれが加入しているかあるいは加入するつもりかという点に依存する。
 この「需要の外部性」の特徴は、通信システムへの加入者数が増加するほど、一加入者が当該サービスから得ることができる便益は増加し、またその加入者と他の加入者との関係の強弱によって便益が変化することを意味する「通話の経済分析」(三友仁志 1995)。
 また、利用形態で「主に待ち受けとして使う」と答えた世帯の便益は、この「受信の外部性」に該当する。
 次に移動電話を「主に友人とのプライベートな連絡に使う」(39.5%)、と「個人で持っているが仕事上で使うことが多い」(37.5%)は、ほぼ同じくらいの比率であるが、「平成8年度通信利用動向調査」(郵政省)によると同じ移動電話でも携帯電話とPHSでは仕事上、プライベートの利用割合に大きな違いがあることが分かる(図表11)。


図表11 移動電話を仕事上の目的に使用する頻度
出所:「通信利用動向調査報告書」(郵政省:1996)



 トラヒックデータからみた移動電話の利用形態の特徴
 ・移動電話発信の一回当たりの平均通話時間
 電気通信事業報告規則に基づく平成7年度トラヒックデータによると、加入電話・公衆電話、携帯電話およびPHSの各メディア間の通信状況は図表12、13のとおりである。通話回数では、加入電話・公衆電話発信が圧倒的に多く全体の94.3%を占める。一方、携帯電話発信は全体の5.5%、PHS発信は0.2%にすぎない。また、通話時間でみるとさらに格差は広がり、加入電話・公衆電話発信が全体の96.8%に対し、携帯電話発信、PHS発信は、それぞれ3.1%、0.1%である。
 また、この平成7年度トラヒックデータをもとに1回当たりの平均通話時間を計算すると、携帯電話発信のは1分25秒であり、PHS発信は1分35秒であった。これに対し加入電話発信は2分43秒であった。また、公衆電話発信の平均通話時間は1分31秒であり、携帯電話、PHSのそれとほぼ同じであった。室内で利用する加入電話と主に屋外で利用する携帯電話、PHS、公衆電話では、その特性から平均通話時間で2倍近い差が生じている。


図表12 各電話メディア間の通信状況(通信回数)
単位:億回
加入電話 携帯電話 PHS 合 計
加入電話 847.1 31.0 0.5 965.6
公衆電話 87.1
携帯電話 43.4 12.8 - 56.3
PHS 1.7 - 0.1 1.8
合計 979.3 43.8 0.6 1,023.7
出所:郵政省資料より作成



図表13 各電話メディア間の通信状況(通信時間)
単位:百万時間 
加入電話 携帯電話 PHS 合 計
加入電話 3,888 88 2 4,201
公衆電話 87.1
携帯電話 - - - 133
PHS - - - 5
合計 - - - 4,339
出所:郵政省資料より作成



5) 携帯電話およびPHSの着信回数は、発信が加入電話と公衆電話の区別がないため、加入電話発信と公衆電話発信の総通話回数および総通話時間を区別することはできない。
6) ここでは、加入電話発携帯電話着および加入電話発PHS着の総通話回数および総通話時間をそれぞれ加入電話と公衆電話の総通話回数および総通話時間の比で案分して加入電話発信、公衆電話発信それぞれの1回当たりの平均通話時間を求めた。


図表14 移動体通信の世帯支出額


3. 移動体通信への支払料金について
 
 前節で移動体通信の普及動向を見てきたが次に移動体通信に加入した世帯の支払額について考察する。

3.1 携帯電話、PHS、ページャー(無線呼出し)の支払額
 各移動体通信の支払額は図表14の通りであり、そこでは1世帯当たりの支払額を横軸に世帯数の割合を縦軸にとっている。なお、対象からは業務用に使用している電話を除き、また、支払額には基本料金が含まれている。
 
(1) 対自動車・携帯電話支払額
 サンプルは499世帯で、平均支出額は10,994円、最高は60,000円である。5,000円から10,000円の世帯の割合が最も多い。
 
(2) 対PHS支払額
 サンプルは173世帯で、平均支出額は5,431円、最高は30,000円である。5,000円未満の世帯の割合が最も多い。
 
(3) 対ページャー支払額
 サンプルは195世帯で、平均支出額は3,860円、最高は20,000円である。5,000円未満の世帯の割合が最も多い。なお、ページャーは平成8年4月より従量制が導入されている。



4. 移動電話の加入需要と通話支出

 ここでは、同一アンケートを用いて加入電話の通話支出の分析を行った(実積・太田・大石[1997])を参考に同様の手法で移動電話の通話支出関数の推計を行う。そこで、移動電話の通話支出を被説明変数に、また図表15の各変数を説明変数としサンプル・セレクションモデルを用い、加入需要と通話支出を同時推計する。なお、移動電話の通話支出額は各世帯単位で携帯電話とPHSの支払額(基本料金を含む)を合算したものである。
 サンプル・セレクションモデルは次式のように定式化される。
[y*i1=x′i1β1+ui1
[y*i2=x′i2β2+ui2 
[yi2=y*i2 y*i1>0
[yi2=0 y*i1≦=0  i=1,2i…,N  (1)

 ここで、yi1は加入需要関数で、yi2が通話支出関数である。そして、(1)式から対数尤度関数(lnL)を作成し、最尤推定量を求めることになる。 ln L=Σi∈(yi=0)lnΦ(−x′i1β/σ)+Σi∈(yi=y*i1)ln∫f(ui1,yi2−x′i2β)dui1  (2)

 移動電話の通話支出関数の推定結果は図表16で示される。β1は事業者の選択に関する諸変数の効果を示すので、基本的には両者は係数の符号を異にするのみであるが、サンプル・セレクションモデルでは同時推定となるため、係数の値も若干異なる。まず、移動電話の加入需要についてはInc、Mal20、Net、Self、Pager項が5%の有意水準で正、有意水準を10%とすればFem20項が有意に正となる。所得については、その係数は0.313と低い。また、20代の男女が移動体通信の加入需要に影響を与えており、前述した普及率につながっているものと思われる。ページャが正に有意であることは、ページャを保有している世帯は、他の移動体通信である携帯電話、PHSへの需要があることを示している。なお、携帯電話の料金が有意でないことは、移動電話に対する需要は料金以外の要因が強いことを示唆しているのかもしれない。
 次に支出であるが、Mal20、Pager項の2項のみが5%の有意水準で負であった。ページャーを保有していることで各世帯が移動電話の支出を抑制し、それによって移動体通信全体の支出額を調整していることを示しているのかもしれない。また、20代男性については、加入の選択と、支出の選択に関しては反対の意思決定をしていることになり、この包括的な解釈は難しいと言える。



図表15 推計に用いる説明変数
Inc 世帯所得
Family 家族構成員数
Pntts NTTの近距離通話料金
Pnttl NTTの長距離通話料金
Pmob 携帯電話の通話料金
Fem10
(10代女性ダミー)
10代女性の有無
Mal10
(10代男性ダミー)
10代男性の有無
Fem20
(20代女性ダミー)
20代女性の有無
Mal20
(20代男性ダミー)
20代男性の有無
Relative
(遠隔地ダミー)
遠隔地に親族がいるか否か
Net
(ネットワークダミー)
パソコン通信、インターネットに加入しているか否か
Self
(自営業ダミー)
世帯主職業が自営業か否か
Ido
(移動電話ダミー)
移動電話を所有しているか否か
Pager
(ページャーダミー)
ページャーを所有しているか否か


図表16 移動電話の通話支出関数の推定結果(N=603)
加入需要 通話支出
説明変数 回帰係数 t値 回帰係数 t値
lnInc 0.313663 4.40942**    
lnFamily        
lnPntt        
lnPncc        
lnPmob        
Fem10        
Fem20 0.134490 1.66203    
Mal20 0.336168 4.32353** −0.653124 −3.29732**
Relative        
Net 0.197555 2.28605**    
Self 0.368465 3.98267**    
Pager 0.444058 4.70042** −0.740785 −3.23131**
※ただし、有意水準5%で帰無仮説が棄却できたものを**
有意水準10%で棄却できたものをで示した。



5. 移動体通信が加入電話の支出に与える影響について
 
 ここでは、加入電話の支出額を被説明変数とし、以下の式で、最小二乗推定を行い、移動体通信の加入電話への影響をみることにする
 lnENTT=β0+β1lnInc+β2lnFamily+β3lnPntts+β4lnPnttl+β5lnPmob+β6Fem10+β7Mal10+β8Fem20+β9Ma120+β10Relative+β11Net+β12Self+β13Ido+β14Pager
 推計結果は図表17のとおりである。移動体通信に関する変数としてPmob項が5%の有意水準で負であり、移動電話の料金が下がると加入電話の支出が増えることを示している。次にPager項が5%の有意水準で正であり、これはその特性上受け専門のメディアであることから加入電話の支出が増加するものと考えられる。
 また、アンケートで在宅時の移動電話の使用状況を尋ねたところ、「必ず加入電話でかける」が76%であり、在宅時にも移動電話でかけることがある世帯が1/4程あるわけであるが、Ido項は有意ではなく、今回の推計では、移動電話の所有の有無が加入電話の支出額へ影響を及ぼすとは言えなかった。


図表17 加入電話の通話支出関数の推定結果(N=1446)
説明変数 回帰係数 t値
世帯所得(lnInci 0.254776 3.51254**
家族構成員数(lnFamilyi 0.303324 2.59752**
NTT料金(lnPntti    
NCC料金(lnPncci −1.14108 −2.81342**
移動電話料金(lnPmobi −9.94109 −2.16796**
10代女性数(Fem10i    
10代男性数(Mal10i −0.202858 −1.96995**
20代女性数(Fem20i 0.193485 2.14096**
20代男性数(Mal20i −0.221465 −2.49224**
遠隔地ダミー(Relativei 0.253992 2.69881**
ネットワークダミー(Neti 0.233565 2.61006**
自営業ダミー(Selfi    
移動体通信ダミー(Idoi    
ページャーダミー(Pageri) 0.255190 2.32242**
※ただし、有意水準5%で帰無仮説が棄却できたものを**
有意水準10%で棄却できたものをで示した。



7) 分散均一性の仮定を満たすため、Whiteの一致性のある分散の推定を行った。誤差項の分散が不均一である場合、推定量は不偏であるが、有効性がなく、またこれは有意性の検定を誤らせることにもなる。これについては、Maddala[1992], ch. 4で詳しく扱われている。
8) 自由度修正済み決定係数は、0.059884であった。


6. ま と め
 
 郵政研究所で実施した「電話サービスに関するアンケート」のデータを用いて、関東地方における移動体通信の世帯普及状況を考察してきたが、全国の世帯普及率と比較して、携帯電話、PHSの普及率は高いが、ページャーについては、ほぼ同水準であることが分かった。各都県レベルでみると携帯電話については、各都県とも普及が進んでいるが、PHS、ページャについては、各都県間にかなりの差が見られた。個人については、20代男女が現在の普及に大きく影響しており、全体的にみると男女間、年齢間で傾向に大きな違いが出た。また、サンプルセレクションを用いて分析を行った移動体通信への加入需要および通話支出については、所得、20代男女、ネットワークダミー、自営業ダミー、ページャーダミーが移動電話の加入需要に有意に正の影響を及ぼすという結果が導かれたが、通話支出に関しては有益な結果を得ることはできなかった。これには新たなモデルおよび説明変数の検討が必要であり、今後の検討課題である。
 最後に移動体通信の今後の動向について簡単に触れて本稿のまとめとしたい。
 現在利用者の電話に対する思考スタイルは変化しており、電話はいつでもどこでもかけることがができるという概念が定着しつつある。特に青年・若年層の頃から移動体通信を利用している利用者にとっては、今後も移動体通信は必需品になるであろう。そして、ビジネスの場面で活用する利用者が多い移動体通信であるが、移動電話による携帯型パソコンやPDAからのデータ通信など、ビジネスの場面でますます必要不可欠な存在になることは想像に難くない。また、人口カバレッジが95%に達している携帯電話においても、平成8年3月末において約2割の市町村で利用することができない。そのため郵政省では、2000年までには利用不可能な市町村の割合を10%に半減することを目標にしており、今後、地域間格差も是正されていくものと思われる。
 このように移動体通信はさらにその利便性を向上させ、今後、幅広い年齢層に普及は進んでいくものと思われる。



[主な参考文献]

実積寿也・太田耕史郎・大石明夫[1997]「アンケート調査に基づく世帯通話支出の分析」郵政研究所ディスカッション・ペーパー・シリーズ1997‐5
三友仁志[1995]「通話の経済分析」(郵政研究所研究叢書)日本評論社
NHK放送文化研究所[1995]「データブック国民生活時間調査1995」日本放送出版協会
郵政省大臣官房財務部[1997]「平成8年度通信利用動向調査報告書」



9) 電気通信審議会平成8年諮問第1号「高度情報通信社会構築に向けた情報通信高度化目標及び推進方策」