郵政研究所月報
1997.11 

調査・研究


デジタル時代における放送ソフト制作



通信経済研究部  外薗 博文 




[要約]
 放送ソフトに対する高度化・多様化するニーズや多メディア・多チャンネル化による放送ソフトの需要増に適切な対応が求められている。
 これまでの放送ソフト制作環境はほとんどがアナログ機器により構成されていたが、最近のデジタル技術の急速な進歩を背景に、デジタル技術を活用した迅速・効率的な放送ソフト制作が可能となりつつある。さらに、デジタル技術はこれまでの技術では実現できなかった、高度で画期的な放送ソフトの制作をも可能にしている。
 その一方で、地方や中小プロダクションにおけるデジタル化への対応の遅れや、デジタル環境に対応できる人材の不足など多くの課題が指摘されている。
 本稿では、デジタル技術を活用した放送ソフト制作環境の在り方を展望する。

(1) 放送局やプロダクションのデジタル化は、ほとんどの事業者の方針がデジタル化の方向にあることや、現在、生産されている放送関連機器のほとんどがデジタル機器であることから、将来的には着実に進展していくものと思われるが、現状においては、放送局やプロダクションにより、その進展状況や取組み状況に大きな格差がみられる。

(2) デジタル技術やコンピュータの映像処理能力の飛躍的な進歩を背景に、最近ではCG(コンピュータ・グラフィックス)やバーチャルスタジオなど、最先端のデジタル機器が放送ソフト制作の現場で活用されるようになった。

(3) デジタル技術には、高度な映像表現、放送ソフト制作の効率化など様々な効果があり、今後ともデジタル技術による放送ソフト制作環境の改善が期待されている。ただ、ネットワーク化やマルチユース化等のように、デジタル化の効果が未だ十分に活用されていない分野もある。

(4) 今後、解決しなければならないデジタル化の課題としては、デジタル技術の規格や方式の標準化の問題、地方や中小のプロダクションにおけるデジタル化への対応の遅れ、デジタル化に対応できる人材の不足といったことがある。その他にも、放送ソフトのマルチユース化や海外展開が求められている。
  また、設備のトータルシステム化・ネットワーク化による放送ソフト制作環境の高度化の促進、及びデジタル時代に対応した人材の育成が望まれる。

1 はじめに
 
 昨今のデジタル技術の進展により、放送分野においても従来の技術や制作手法では不可能であった高度な放送ソフトの制作や、編集さらに送出などにおける迅速化・効率化が期待されている。しかし、デジタル化が着実に進展しているコンピュータや通信業界に比べ、放送分野においては一部の放送局を除いて未だアナログ方式が主流となっており、抜本的なデジタル化はこれからという状況にある。
 これまでも技術が先行し、それに誘発されて新しい画期的な放送ソフトが数々生み出されてきた。もちろん、放送ソフト制作は関係者の地道でデリケートな創造の営みの積み重ねではあるが、デジタル技術は、放送ソフト制作の単なる効果的な道具ということだけでなく、将来的に画期的な放送ソフトを作り出すなどの無限の可能性をも期待させる。
 本稿では、放送を取り巻く環境が急激に変化する中で、高度化・多様化する放送ソフトに対する人々のニーズに適切に対応していくために、デジタル技術を活用した放送ソフト制作環境の在り方を明らかにしようとするものである。
 具体的には、まず、放送局やプロダクションにおける放送ソフト制作の現状やデジタル化の進展状況を明らかにするとともに、デジタル化で期待される高品質化や効率化などの効果を整理している。
 更に、以上のデジタル化の現状や効果を踏まえた上で、デジタル化を推進していく際の課題を整理し、デジタル化の効果を活用した放送ソフト制作環境の方向性や在り方を検討している。そして、最後に望ましい放送ソフト制作環境を実現していくための課題の検討を行っている。
 なお、本稿は、郵政省郵政研究所通信経済研究部において、平成8年10月から平成9年5月にかけ実施した、「デジタル技術の進展に伴う放送ソフト制作の将来動向に関する調査研究」の研究成果をベースに取りまとめたものである。


図表1 放送局・プロダクションの系統図



2 放送ソフト制作の現状
 
(1)  放送ソフト制作システム

@ 放送局とプロダクション
 放送システムを機能面からみると、プロダクション部門(放送ソフト制作部門)と放送送出部門に大きく分けることができる。さらに、プロダクション部門は、放送局内のプロダクションと放送局外のプロダクションに分けることができる。
 我が国においてテレビ放送が開始された1953年当時においては、全て放送ソフトは放送局内で制作されていたが、1958年に現在のTBSが初めて外注で制作を行っている。その後、放送局の企業合理化に伴い制作部門における独立採算性と競争原理の導入が要請されたことや、放送局の優秀なディレクターが次々に独立し極めて優れた作品を制作し続けてきたなどの理由により、徐々にではあるが外部制作への依存を強めていった。
 現在では、放送ソフト制作における外部プロダクションの占める役割は非常に大きくなっており、それぞれ特徴のあるノウハウや人材及び設備を持ち、放送ソフトのみならず他の映像メディアのソフトも制作しているプロダクションも多い。その正確な数は把握されていないが、地方や中小のプロダクションを合わせると約3,000社あると言われている。
 また、放送ソフト制作を、内容でなく放送ソフトの制作主体がどこにあるかによって、自社制作、外部制作、購入の三つに大別できが、この分類基準でいくとキー局の場合8割以上を外注に依存しているという報告も見られる。なお、キー局の系列地方局においては、番組のほとんどをキー局に依存しており、自社で計画・制作している番組の比率が1割を切っているのが現状である。

A 放送ソフト制作の主要設備
 放送ソフトを制作する上での主な設備には、スタジオ設備、中継・ロケーション設備、ポストプロダクション設備などがあるが、制作されるソフトの内容によって活用される設備も大きく異なってくる。

1) スタジオ設備
 スタジオ設備は、カメラ、照明、音声マイクなどからなるフロア設備と、映像設備、照明調光装置、音声設備などからなる副調整室設備に大別される。この中で、放送ソフト制作で重要な役割を果たしているのが、映像素材を切替え加工する映像スイッチャーと呼ばれている映像設備で、カットやディゾルブ切替え、特殊効果などの処理が可能である。

2) 中継・ロケーション設備
 中継番組を作るための基本となる設備やシステムはスタジオ設備とほぼ同じであるが、異なる点は生放送するためのマイクロ伝送路や衛星を利用した伝送路(SNG)などの設備を必要とすることである。また、中継やロケーション用の設備は機動性を持たせるため、個々の装置をコンパクトにした可搬型のものが多い。

3 ポストプロダクション設備

 ポストプロダクションの主要設備としては編集装置がある。編集作業の中核設備となっているのがオンライン編集(本編集)装置で、1:1編集のものとマルチロール編集の2種類がある。ポストプロダクションにはこの他にも、多種多様な映像効果処理が可能なデジタル特殊効果装置(DVE:Digital Video Effect)があるが、いずれも比較的高価な設備が多い。

B 放送ソフト制作スタッフ
 放送ソフト制作する上でのスタッフには、放送局やプロダクション、あるいはスタジオ、中継、ロケ等において若干の違いはあるものの、基本的には以下のスタッフの組合わせで実施される。


図表2 放送ソフト制作スタッフ

企画 プロデューサー
演出 ディレクター、アシスタントディレクター
美術 デザイナー、チーフ、タイトル、大道具、小道具など
照明 プランナー、ディレクター、オペレーター
撮影 カメラマン、アシスタント
映像切替 スイッチャー
音声 ミキサー
音声 ミキサー、音声アシスタントなど
VE ビデオエンジニア、ビデオオペレーター
編集
編集、合成担当

参考)「テレビ番組の制作技術」森田敏夫、伊藤清次監修(兼六館出版)


(2) 放送ソフト制作のプロセス

 放送ソフト制作のプロセスは、放送ソフトのジャンルにより大きく異なる。しかし、どのジャンルのソフトも企画、制作などの各ステップを踏みながら完成されていく。以下、スタジオ制作番組の一般的な制作プロセスについて簡単に整理する。

@ 企画(編成、立案、提案、決定など)
 放送局の番組の大綱を決めるのは編成(編成局)の仕事であり、プロデューサは編成の意向に基づいて、決められた予算内で企画を作成し、最終的には編成で決定される。この際、例えば枠(ドラマ枠など)の中の企画かどうか、スポンサーが決まっているかどうか、さらに出演者が決まっているかどうかといった様々なケースがある。また、中には企画が外部の制作プロダクション、スポンサー、広告代理店などから編成に持ち込まれる場合もある。
 放送が決定された番組は、次の制作段階に移る段階において、前述したように自社制作か外部制作かといったことが決定される。

A 制作(構成、台本作成、出演交渉、取材、スタジオ収録、ポスプロ作業など)
 企画が通ると、費用、日数、機材などの諸条件を考慮しながら構成表を作成し、この構成表をもとに撮影や収録などの作業を行う。
 次に、撮影や収録した映像素材の編集作業を行うが、この編集過程には、ポストプロダクションのスタジオを使って行う本編集(オンライン編集)と、その準備段階として、放送局や制作プロダクションの内部設備を用いて行う予備編集(オフライン編集)とがある。また、同時に、編集した映像にテロップやナレーションを入れたり、効果音をつけていく作業も行われ、放送ソフトが完成する。


図表3 編集作業フロー



3 放送ソフト制作におけるデジタル化の現状 

(1) 放送ソフト制作関連機器のデジタル化の現状

 デジタル技術の飛躍的な進歩とワークステーションやパソコンの映像処理能力の向上を背景に、最近ではコンピュータグラフィックス(CG)やバーチャルスタジオなど、最先端のデジタル機器が放送ソフト制作の現場で活用されるようになった。また、制作の中核を構成する編集機やスイッチャー等の設備についても、コンピュータのデジタル技術をベースにしたものが開発され導入されている。この放送ソフト制作関連機器のデジタル化の流れには、従来、放送ソフト制作に使われてきたアナログの専用機そのものをデジタル化したものと、CGのようにコンピュータをベースにソフトウェア上で対応している二つの流れがある。

@ デジタルVTR
 デジタルVTRは、ほぼすべての放送局で導入され活用されている。ただ、全体でみるとまだまだアナログVTRも多く残っており、当分はアナログ/デジタルの混在する状況が続くものとみられている。
 フォーマット別にみると、各社間での番組交換基準及びCM搬入基準となっているD‐2(コンポジット)が大半を占めているが、最近では、デジタルベータカムが急激にシェアを伸ばしている。また、次世代のENG(Electric News Gathering)用VTRとして期待されているDVCPRO、ベータカムSXX、DVCAMといったVTRは、いずれも画像圧縮を前提としており、コンピュータやネットワークとの親和性が高いという特徴を有している。

A ノンリニア編集機
 ノンリニア編集機は、従来、オフライン編集で活用されていたが、ハードディスクの大容量化、圧縮技術の進展などにより、オンライン編集においても活用されるレベルまで進歩してきている。
 このノンリニア編集機とビデオサーバーやネットワークとを組み合わせることにより、効率的でインタラクティブ性を持った収録・編集・送出システムの構築が可能となっている。

B バーチャルスタジオ
 CGを用いて仮想空間上に三次元のスタジオセットを作り、カメラの実写映像と合成する技術をバーチャルスタジオと呼んでいるが、グラフィック・ワークステーションの高機能化により、単なるクロマキー合成と異なり、カメラワークに連動したリアルタイムでの自然な合成が可能となっている。
 コスト面、映像効果面での将来的な期待は大きいものの、システムがまだまだ高価であることもあり、一部のキー局でしか活用されていないのが現状である。

C 映像アーカイブ
 ビデオサーバーを活用して、リアルタイムでの映像の取り込と蓄積を行い、蓄積された映像を複数の端末からオン・ディマンドで選択し、視聴できる「映像アーカイブ」が開発され、実験的に運用されている。
 これにより、過去の映像素材やニース素材などへの自由なアクセスが可能となり、次世代の放送ソフト制作支援システムとしての幅広い活用が期待されている。

D CMバンクシステム
 CM自動送出装置のCMバンクは比較的早い段階から積極的に導入されており、現在、放送局の中で最もデジタル化が進んでいる分野の一つである。これは、このシステムが相対的に自己完結しており、素材の交換などでフォーマットの制限を受けないことから、新しい技術を導入しやすかったことが一つの理由として考えられる。


図表4 放送ソフト制作関連機器のデジタル化


(2) 放送局やプロダクションにおけるデジタル化の現状

 現在、メーカーで生産されている放送関連機器のほとんどがデジタル機器であることや、ほとんどの放送局やプロダクションの方針がデジタル化の方向にあることから、フルデジタル化が将来的には実現するものと考えられる。しかし、現状としては、キー局や大手のプロダクションに比べ地方局や中小のプロダクションでデジタル化が遅れているなど、その対応は各事業者によって様々である。

@ 放送局のデジタル化
 放送局の場合、キー局がデジタル化を積極的に推進し、進展しているのに対し、地方局では、既にフルデジタル化を実現している局も一部にはあるが、ほとんどの局が資金力に乏しいこともありデジタル化への対応が遅れている。特に、地方局の場合、機器の更新時期に合わせてデジタル機器を導入しているのが一般的で、その結果アナログ機器の中に虫食い的にデジタル機器が混在している構図となっている。

1) キー局
 ノンリニア編集機なども数多く導入され、また、スタジオ内で用いられる機器についてもデジタル化はかなり進行している。ただ、ニュースとスポーツ番組を除いては、局内で収録したものでも、コスト削減のために編集はポストプロダクションに任せることが多いのが現状である。
 送出部門に関してもデジタル化は着実に進展しているが、地方局に比べ局全体のシステムが大きすぎることもあり、ネットワーク化によるビデオサーバーからの直接送出などに関してはほとんど行われていない。特に、ドラマなどの完パケものに関しては、現在のところビデオテープからの送出がほとんどである。
 キー局の中でも、最近、局舎の移転を行った放送局では、機器単体でのデジタル化にとどまらず、光波長多重のような先進的伝送技術を取り入れた局内伝送路やSNGシステムを構築するなど、移転に伴って最新のデジタル機器やシステムを導入している。

2) 地方局
 地方局の多くは、耐用年数の来たものから順次デジタル機器に取り替えるといったように、段階的にデジタル化を進めている。このため、同一システムの中でもアナログ機器とデジタル機器が混在する状況が多く見られる。ただ、本社屋改築を契機に放送システムのフルデジタル化に取組み、ビデオサーバー、ノンリニア編集システムによるノンリニア放送システムを構築し、主に報道番組などにおいて効率的な番組制作を実現している地方局も一部にはみられる。
 地方局においてデジタル化が進展しない理由としては、キー局ほどの資金的余裕がないといった問題以外にも、デジタル化に対応できる人材の不足といった要因も指摘されている。
 さらに、将来の送出設備や送信所のデジタル化まで視野に入れると、さらに数十億円規模の投資が必要とみられていることもあり、現状の資金力で放送ソフト制作設備のデジタル化を積極的に推進するのは厳しいのが現状である。
 ただ、今後、都市型CATVやデジタル多チャンネル衛星放送などの普及により、地方局を取り巻く経営環境はますます厳しい方向に向かっていくと考えられ、単なる「既存機器の置き換え」といったことでなく、「制作能力の向上」といった観点からのデジタル化が強く求められている。


3) 都市型CATV
 都市型CATV事業者の場合、地域情報番組などを制作するために放送ソフト制作機器を保有しているが、特に、最近開局している事業者には、将来のデジタル化やインタラクティブ・サービスに対処するといったこともあり、ノンリニア編集機などの高度なデジタル機器を導入しているところが多い。
 ただ、既存の都市型CATV事業者については、地方局と同様に、機器の更新時期に合わせてデジタル機器を導入しているのが一般的で、最近、事業を開始して約10年が経過し、設備の更新時期を向かえている事業者が多くなっている。なお、一部の先進的な事業者の中には、インタラクティブ・サービスやデジタル多チャンネル放送等のデジタル実験を計画しているところもある。

A 制作プロダクションのデジタル化
 制作プロダクションについても、一部の大手を除くと、今のところデジタル機器を積極的に導入する考えはないというところが多く、地方局と同様デジタル化はこれからという段階にある。
 また、制作プロダクションのデジタル化の進展度合は、制作している番組のジャンルや、制作依頼を受けている放送局のデジタル化の状況にも左右されることが多い。例えば、ドラマのように特殊効果を通常あまり使わない分野の番組は、積極的にデジタル化を推進する必然性に乏しいが、逆に、CM制作などにおいては、CGを多用しているため最先端の高性能機器を備えていることが求められる。
 ただ、制作プロダクションの場合、採算性や効率性の面から自前の設備を用いて作業を行うのではなく、ポストプロダクションや放送局の設備を使用するのが一般的となっているが、最近ではデジタル化により機器によっては低価格化が急速に進んでいることから、自前で設備を持つところも増えつつある。これに伴って、従来ポストプロダクションに委託していた編集業務を、内製化する動きも見られる。
 なお、制作プロダクションでどのような機器を導入するかは、納品する放送局の機器にも左右されることが多いことから、制作プロダクションのデジタル化は、今後も放送局のデジタル化と密接に関連しながら進んでいくものと考えられる。
 地方の制作プロダクションについてみると、放送ソフト制作市場がキー局中心の構造になっているため、東京を中心とする大都市圏に比べ地方の市場規模は極端に小さく、経営的にも苦しいところが多い。こうした状況を反映し、比較的新規参入も少なく、競争の少ない安定した市場ではあるが、魅力の少ない市場となっている。このため、デジタル機器の導入にもそれほど積極的でなく、これからという事業者が多く、機器の更新ペースもそれほど速くないのが実情である。

B ポストプロダクションのデジタル化
 編集機等の装置を揃えた貸しスタジオを、放送局や制作プロダクションに提供することを主な業としているポストプロダクションは、その性格上、常に最先端の機器が求められている。このため、ビデオスイッチャー、デジタル特殊効果装置、ノンリニア編集機などの最新のデジタル機器の導入を余儀なくされており、その結果として大手を中心に設備のデジタル化は着実に進展していると言える。
 しかし、特に最近では、デジタル技術の進歩があまりにも急速なために、その設備投資が大きな負担となっている。このため、この巨額な設備投資を回収するためには、機器をある程度長期間にわたって使用せざるを得ないという、相反する構造的な問題も抱えている。
 さらに、コンピュータ関連機器の高性能化・低価格化で、自前で編集設備等を持つ放送局や制作プロダクションが増えていることや、放送局でビデオサーバーやノンリニア編集機をネットワーク化することにより、マスターテープを必要としない制作環境が整いつつあるなど、ポストプロダクションの市場が徐々に失われつつある。
 また、巨額な設備投資負担が、今後、大手のポストプロダクションと中小のポストプロダクションの格差を広げていく可能性が強い。実際、大手のポストプロダクションが高性能のデジタル機器を次々に導入しているのに対し、資金力に乏しい中小のポストプロダクションでは、現在でもアナログ設備を使っているところが多く、その差は徐々に開いているとの指摘もある。


4 デジタル化の効果 

 デジタル技術の最大の特徴は、指数関数的に処理能力が向上し、高機能化や新しい機能が次々に実現されるということにある。ただ、その技術が受け入れられるためには、結果として期待どおりの効果が得られることが求められるというのは言うまでもない。
 放送ソフト制作におけるデジタル技術の活用をみると、ネットワーク化やマルチユース化などのように、デジタル化の効果が未だ充分に活用されていない分野もあるが、今後とも、デジタル化の効果が次々に導入されるかたちで放送ソフト制作環境の改善が進むものと考えられる。

(1) 放送ソフトの高品質化

@ 劣化しにくい画質
 録画において、アナログ記録方式の場合、ダビングの際にある程度の画質の劣化が生じるが、デジタル記録方式では、ダビングによる画質劣化がほとんどなく、完成した放送ソフトでも撮影時と変わらない画質を保つことができる。また、デジタル方式は、保存においてもアナログ方式に比べ劣化のない状態で長期間の保存が可能である。

A 映像効果
 デジタル技術により、従来の技術では実現不可能であった映像表現や特殊効果が可能になってきている。既に、テロップの挿入やCMなどの特殊効果などに広く活用されている。最近では、CGと実写を組み合わせるなどの映像表現も、コンピュータの性能が飛躍的に向上したことで、比較的低価格のコンピュータでも可能となりつつある。
 また、3次元スキャナを利用したモデリング作業の効率化や、モーションキャプチャリング技術を利用したキャラクターの入力作業の円滑化が図れるようになり、従来よりも容易にCG画像を放送ソフト制作に活用できるようになった。
 さらに、デジタル技術は、様々な要素技術を容易に組合わせられる特徴を持っており、例えば、バーチャルセットとモーションキャプチャリングの技術を組合わせた「パフォーマンスアニメーション」を、海外では教育番組で実際活用している例もみられる。

(2) 放送ソフト制作環境の改善

@ 効率的で自由度の高い制作環境
 ノンリニア編集機は、従来の編集機に比べて操作性が向上しており、専門家でなくても比較的簡単に操作方法を習得できる。また、ランダムアクセス機能により編集作業を短時間で行うことも可能となった。
 このため、高い機動性が求められる報道分野では、ノンリニア編集機の導入が他の分野より特に進んでいる。生放送のスポーツ中継においても、中継映像の一部や過去の映像資料をノンリニア編集機に蓄積しておいて、ハイライトシーンの紹介などに活用する例もみられる。
 また、これまで映像素材をノンリニア編集機のハードディスクに読み込ませるのに時間がかかるといった問題があった。しかし、最近では、ハードディスク内臓のデジタルカメラから映像素材を直接ノンリニア編集機に接続することで、編集作業時間が大幅に改善されており、ビデオジャーナリストなどにおいても活用しやすくなっている。

A 操作・保守の容易化
 これまでのアナログ機器の場合には、正常に稼動させるには常時さまざまな微調整が必要であり、また操作についても専門知識を持った技術スタッフが不可欠であった。それに対し、デジタル機器については、細かい微調整もあまり必要でなく、操作方法もいたって簡単になっているので、専門の技術スタッフ以外の一般のスタッフでも操作が可能になっている。
 ある地方局では、サブで送出を行うのに、従来は技術スタッフと報道担当を合わせて10名以上必要だったのが、デジタル化やネットワーク化で、現在では報道担当者3名だけで行えるようになったという例もある。


B 制作プロセスの合理化、制作コストの削減化
 例えば背景の景色と登場人物を別々に撮影し、CG等のデジタル技術によってそれらを合成することによって、制作期間の短縮、ロケーションに同行するスタッフの削減、タレントの拘束時間の削減など、制作プロセスの一部を合理化することが可能となった。
 また、アーカイブ等に蓄積されている景色の背景の映像素材を活用することにより、制作プロセスを合理化することも可能である。すでに、CMなどの制作において一部利用されるようになってきている。
 さらに、制作プロセスの合理化により、ひいては人件費を削減できるとともに、CG等の技術を活用することで、美術セットの制作費や保管のためのスペースを削減できる。ドキュメンタリー番組の場合、1時間番組で2,700万円かかっていた制作費が、デジタル化で約700万円削減できたという試算もある。

C 機器の低価格化
 従来のアナログ機器は、放送分野に特化した専用機で生産台数も少ないということもあり、価格も比較的高価なものが多かった。一方、コンピュータをはじめとするデジタル機器には、指数関数的に進化し、急速に安くなり、次々に新しい機能が付加されるという特徴を有しているが、最近ではコンピュータ技術と放送技術の融合が進み、汎用コンピュータをベースにした放送機器が次々に登場しており、機器の低価格化も急速に進んでいる。
 ノンリニア編集機は、数年前までは数千万円したものが、最近ではパソコンをベースにした数百万円の低価格の製品も登場している。このため、中小制作プロダクションにおいてもノンリニア編集機の導入が容易になってきており、これまで外製してきた編集業務などを社内で内製化するという動きもみられる。

(3) ネットワーク化による共有化・分散化
 画像圧縮技術の開発により、ハードディスクなどの記憶媒体に映像データを長時間記録することが可能となったと同時に、圧縮によって映像データ量を少なくすることにより通信ネットワークを使った映像データのやりとりも容易になった。このように、デジタル画像圧縮技術により映像データと通信ネットワークやハードディスクとの親和性が飛躍的に向上し、放送システムのネットワーク化が可能となった。

@ 局内ネットワーク
 従来、社内における映像データは主にビデオテープでやり取りしていたが、最近では局舎の建て替えなどをきっかけに、デジタル機器への更新と同時にビデオサーバーや光ファイバーを用いた局内ネットワークを構築する例も増えている。
 このようなネットワークを構築することにより、局内のいろいろな部所からネットワーク端末を介してビデオサーバー内の映像情報にアクセスが可能となり、ビデオテープを必要としない効率的な制作環境を実現できるようになった。ある地方局では、ネットワークを活用したニース制作支援システムを構築しており、取材されたニュース素材をビデオサーバーに取り込んだ後は、編集処理などの一連の作業をオンエアまでネットワーク上で一元的に管理している。
 また、ビデオサーバーを核としたネットワークにどこからでもアクセスできるようになり、分担編集や自動送出が可能となった。さらに、作業のテープレス化も実現できるので、度重なるダビングにともなう画質劣化も避けることができる。

A 局外ネットワーク
 現在、放送局と局外を結ぶネットワークとしては、通信衛星を利用したSNGと、番組配信のため系列ネットワーク局を結ぶ地上波マイクロ回線がある。ただ、制作プロダクションやポストプロダクションとの間をネットワーク化するには、通信料金等のコストがまだ採算ベースにないこともあり実現されていない。
 しかし、米国においては映像を伝送するための大容量のデジタル通信回線が比較的安価に利用できることもあり、放送局やプロダクションとの間が通信回線で結ばれ、放送ソフトや映像素材が自由にやり取りされ、制作の効率化が進んでいる。
 将来的には、例えばキー局と地方とをネットワーク化し、キー局の番組を地方のプロダクションで制作したり、地方局のビデオサーバーから直接全国にオンエアしたりといったことも考えられる。また、全国のプロダクションとネットワーク化することにより、放送ソフト制作過程の分業化をより広範囲に促進させることもできる。



(4) 放送ソフト/映像素材の有効活用

 最近の放送のデジタル化などを背景にした多メディア・多チャンネル化の進展により、放送ソフトを他の媒体で2次的、3次的に利用する機会や、映像素材を有効に活用する機会が拡大している。

@ 放送ソフトのマルチユース化
 放送ソフトのマルチユース化の効果としては、制作費の2次的回収を図れるというメリットと、最近の多メディア・多チャンネル化に伴い増えてきたソフトのニーズに対応できるというメットがある。
 まず、放送媒体間での利用ということで、既に現在でも行われているが、地上波放送局で制作した個々の放送ソフトを、都市型CATV、CS放送、デジタル多チャンネル衛星放送で再利用するということで、2次利用の裾野が拡大してきている。さらに、吹替えや字幕などをつけて海外の放送局へ販売することも今後増えていくものと考えられる。
 また、放送ソフトの非放送系メディアでの2次利用の方法としては、ビデオやDVDといったパッケージソフトとして利用することがあげられる。さらに、インターネットを通じた放送なども登場しつつある。DVDなどの新しいメディアでは、マルチアングルやマルチストーリーなど、従来の放送メディアでは実現が困難であったさまざまな表現が検討されている。

A アーカイブ化で映像素材の有効活用
 放送ソフトの制作に当たって、すべての映像を新たに撮影するのではなく、一部はアーカイブ等に蓄積された既存の映像素材を活用することで、制作の効率化や必要なコストを削減することが期待できる。
 まだ、映像素材の活用は、CM制作などにおいて背景画面の映像素材と別に撮影された出演者とを合成する場合や、報道番組などにおける過去の資料映像としての利用に限られているが、将来的には、ドラマでの利用やインターネット、DVDといった他メディアでの利用も期待されている。

5 デジタル化の課題 

 デジタル化の効果を最大限に活かしながら、放送局やプロダクションにおける放送ソフト制作環境のデジタル化を推進していくために、今後、解決すべき課題としては次のようなものがある。

(1) 技術的な課題

 技術的な課題として、まず、デジタル技術の規格や方式の標準化の問題がある。フォーマット変換やデジタル画像圧縮技術による画質の劣化は人間がほとんど認識できない程度のものであるが、VTRのフォーマット、画像圧縮方式、ネットワーク伝送方式などの規格がそれぞれ統一されていないため、何度もフォーマット変換を行ったり、異なる方式での画像圧縮を繰り返すことになり、画質の劣化が累積され、画質が著しく低下するケースも生じている。
 さらに、ポストプロダクションにおいては、様々な規格が併存する中で、放送局や制作プロダクションのニーズに対応していくためには、それぞれの規格に対応した機器を用意する必要がある。このため、個々の機器の稼働率の低下や、投資を十分に回収しないうちに機器が陳腐化するといった問題が避けられない状況にある。
 また、放送の場合には、技術的なトラブルによって放送の送出が停止することだけは避けなければならないが、現時点における放送局内におけるデジタルネットワークの信頼性は、必ずしも満足できるほど高くないので、バックアップ体制の確立などにより、ネットワーク上のトラブル発生時にも放送を継続できるシステムを確立する必要がある。
 今後、更なる技術の向上が期待されているものに、現在の高性能のコンピュータを利用しても1枚のCG画像を処理するにはある程度の時間がかかるが、CGをリアルな動画として利用するためには、グラフィック・エンジンの高性能化などの一層の機能向上が求められる。
 また、ビデオサーバーをネットワーク上で自由に活用できるようにするためには、長時間の映像情報を蓄積できることが不可欠なことから、高倍率のロスレス圧縮技術等の開発によるハードディスクの大容量化が求められている。ノンリニア編集機についても、現状ではハードディスクの容量に編集作業が制約されることが多く、このため、高倍率の画像圧縮を行っている機器もあるが、多少画質が劣化することを考えるとハードディスクの大容量化や画像圧縮のロスレス化が望まれる。



(2) デジタル化の遅れ

 最近では新たに製造・販売される放送関連機器のほとんどがデジタル機器であるため、放送ソフト制作環境は明らかにデジタル化の方向にあるものの、現状をみると、特に地方や中小のプロダクションにおけるデジタル化への対応の遅れが目立っている。
 地方においては、経済的な理由の他にも、放送ソフト市場の東京一極集中という構造が依然として続いているため、限られたニーズしかないのが現状である。また、中小のプロダクションについても、放送局や大手プロダクションの下請けという立場にあることから、脆弱な経営基盤から脱しきれず、デジタル化へ移行するための設備投資がままならない状況にある。以上のような理由から、地方及び中小のプロダクションおいては、依然としてアナログ方式の機器が主流となっている。
 ただ、デジタル化を推進するにあたっては、単にアナログ機器であったものをデジタル機器に置き換えるという発想だけでは、デジタル化の効果を最大限に享受することはできない。今後は単体機器のデジタル化にとどまらず、ネットワークの活用や放送設備全体のトータル的なデジタル化を考える必要がある。
 なお、これまでのアナログの放送機器は、10年〜20年と長期間使用されることが多かったが、デジタル機器については、技術の急速な進歩により新製品の発売サイクルが短く陳腐化のテンポも早いことから、各事業者が機器を購入するタイミングをつかみにくくなっているのも事実である。

(3) マルチユースと海外展開

 放送のデジタル化を背景としたチャンネル数の飛躍的増加にともない、各放送局の放送ソフト調達能力が注目される一方、一つの放送ソフトを様々なメディアで流通させ、収入源の多様化を図ることが計画されている。しかし、シンジケーションと呼ばれるソフト市場を中心にマルチユース環境が極めて整備されている米国に比べ、我が国の放送ソフトのマルチユースや海外展開は余り進んでいない。
 この背景の一つとして、放送局の系列以外からの放送ソフトの購入がほとんど行われないという、系列の問題があげられる。また、著作権上の問題として、とくに放送ソフトの2次利用についてあらかじめ取り決めが行われていない場合、後で2次利用のための権利処理を行うことは極めて困難な状況にある。
 また、地上波放送用に制作された放送ソフトを、後でそのまま別のメディアで流用しようとしても、そのメディアにとって必ずしも魅力的なソフトにはならないとの指摘が多く、今後、マルチユースを推進していくためには、企画段階からマルチユースを前提としたソフト作りや権利処理への対応が必要である。
 海外展開についても、特にアジア市場における日本の放送ソフトに対する需要は決して低くないにもかかわらず、吹替えや字幕等の追加コストが必要になることや海外市場では高く取引されないなどの理由で、あまり積極的でないのが現状である。
 映像素材のアーカイブについても、CM制作や報道番組に一部活用されているだけで、ほとんど整備されていないのが現状である。これまでなされてきたアーカイブの取り組みは、ビデオサーバーなどハードを中心とした技術的な問題に重点を置いた議論が多くなされてきたが、実際にアーカイブが放送ソフト制作に活用されていくためには、既存ソフトの使われ方から根本的に考えていく必要があり、その使われ方に対応した蓄積・検索システムの構築が必要である。

(4) 人材の不足

 デジタル化された放送関連機器を十分に使いこなすためには、それを操作する人間の側にも、従来のアナログ機器の場合とは異なったスキルを求められているが、このようなデジタル環境に対応できる人材の不足が指摘されている。
 例えば、今後CGなどの高度な表現技法を使いこなすためには、コンピュータやデジタル技術に通じかつアーティストの素養のある人材が求められる。
 また、これまで企画、撮影、編集といった業務は、複数の人間が分担して担当していたが、これからはこれら総ての業務を一人でこなすビデオジャーナリストのような、マルチタスク型の人材も必要となる。
 我が国においてこのような人材が育ってこない背景には、創造的で優秀ななクリエーターが社会的・経済的に評価されていないという現状がある。我が国にも米国のハリウッドやコンピュータ・ソフト業界にみられるようなサクセスストーリーが必要である。
 また、人材の育成にあたっては、放送業界においては、これまで十分な研修を行う余裕もなく、現場におけるOJTが人材育成の大部分を占めてきた。しかし、今後のデジタル化に対応していくためには、最新のデジタル技術等を取り入れた講習会型の研修を行っていくことも必要である。同時に、創造的なクリエイターに対しては、最新の設備とできる限り自由な活躍の場を与え、社会的な評価システムの確立も求められる。


図表5 デジタル・多メディア時代の放送ソフトの流通構造


図表6 デジタル時代の放送ソフト制作環境
(キー局におけるトータルシステム化・ネットワーク化)



6 望ましい制作環境 

 放送ソフト制作環境におけるデジタル化は、現在、移行期あるいは過渡期にあることや、さらには放送そのものの将来的不透明感とあいまって、その将来像はなかなか見えにくい状況にある。最後に、フルデジタル化を想定した将来の放送ソフト制作環境について、その望ましい在り方について、検討を試みる。

(1) トータルシステム化とネットワーク化

 フルデジタル化が完成した段階においては、撮影から編集、蓄積、送出まで、共通のフォーマットによる一貫したトータルシステムの制作環境が構築され、更に、ネットワークを通じて放送ソフトや映像素材が有効に活用される。
 さらに、多機能のマルチ機器による処理の集約化や、分業化されていた制作プロセスが統合されるなど、トータルシステム化やネットワーク化で、放送ソフト制作に新たな効果や可能性が生まれてくる。
 特に、ネットワークにより、「場所」や「距離」に制約されない複数地点(地域)での分散処理や資源の有効活用が可能となる。放送局、制作プロダクション、ポストプロダクションといった放送ソフト制作に係る事業者をネットワークすることで、自由な映像素材のやり取りが可能となる。また、放送ソフトや映像素材のアーカイブについてもネットワークで共有することで、蓄積された資源を有効活用することができる。さらに、番組の送出についても、例えば、直接送出するキー局に事前に蓄積する事なく、各地のビデオサーバーから直接通信ネットワークを通じて送出することも可能になる。特に、ネットワーク化でニーズの少ない地方のプロダクションや地方局の発展可能性が大きくなると言える。
 また、ハリウッドなどのプロダクションや海外の放送局とのネットワーク化により、海外との放送ソフトや映像素材の自由なやり取りも可能になる。例えば、海外との時差を利用して、24時間体制での放送ソフト制作も可能となる。さらに、海外の優秀で賃金の安いクリエイターとリアルタイムでやり取りしながら放送ソフトを制作するといったことも可能となる。

(2) 放送ソフト制作環境の高度化

 デジタル技術の今後の進歩により、放送ソフト制作における操作性や効率性が向上し、さらに、この効果をソフト内容の充実に転化するといったように、放送ソフト制作の一層の高度化が図れる。
 また、今後、放送ソフト画像の更なる高品質化、高画質化が図られるとともに、デジタル技術によりクリエイターの自由な発想を自由に表現することが可能となり、人間をより一層感動させる放送ソフトの制作が可能となる。
 このような背景となる技術に、CGやバーチャルスタジオの高度化、制作・送出のノンリニア化、テープレス化による効率的な取材・編集、デジタル・アーカイブや映像ライブラリー構築による放送ソフト・映像素材の有効活用が考えられる。
 次に、放送ソフト制作を間接的に取り巻く環境として、まず、放送ソフトや映像素材のマルチユース化が進展する。デジタル化によって、DVDなどのパッケージ系メディア、インターネットなどの通信系メディアなど、さまざまなメディア間のシームレス化が進み、一つの放送ソフトを多様なメディアで共用することが容易になる。さらに放送ソフト流通の国際化により放送ソフトが国境を越えてグローバルに展開される。このように放送ソフトが多方面へ展開され、有効活用が進む。
 また、これまで放送ソフト制作には資金が集まりにくい構造になっていたが、制作される放送ソフトに対して資金を供給するようなコンテンツファンドが登場する。それによって、マルチユースを想定した放送ソフト制作が今まで以上に活発化する。


(3) デジタル時代の人材と人材育成

 デジタル化された放送ソフト制作環境では、これまでと違ったタイプの人材が必要とされ、それらの人材を育成するプロセスも、従来とは異なったものとなる。
 人材については、一人で企画から撮影、編集まで何でもこなすマルチタスク型の人材と、CGなどの特定分野で高度の専門性を有する人材に二極化が進む。デジタル化により多機能化と操作性の向上が進み、これまで何人かで分担していた作業を一人でこなすことが可能になる。一方、CGや特殊効果など、デジタル技術がさらに進歩することでより多様な映像表現が可能になり、これらの高度化した分野においてより専門的能力の高い人材が求められる。
 なお、このような二極化が進む過程においては、従来の技術者の役割は相対的に低下するものの、クリエイターとしての芸術的素養がこれまで以上に求められるとともに、ネットワーク技術などこれまであまり必要とされてこなかった分野の技術的な能力がある程度求められるようになる。
 人材育成については、技術の進歩やそれに伴う制作現場の変化が激しいことから、教育機関、放送ソフト業界、放送機器メーカーといった関係機関が連携しながら、最新の制作設備や手法及び実務を提供しながら教育していく必要がある。
 また、すべての人材が、新しい時代の新しい感性を持っているわけではないので、クリエイターとしての優れた芸術的素養のある人材を確保し、十分な最新の制作環境と実務の場を提供することも、国際的に通用する優れた人材をより多く確保するためには必要となってくる。
 同時に、人材を活性化するために、優れた作品を制作した能力ある人材が、社会的にも経済的にも適切に評価される環境整備が望まれる。

7 おわりに 

 デジタル技術は、今や放送メディアの発展を支える大きな柱となっている。そして、デジタル技術の成果を活用することによって、放送メディアの在り方が大きく変わろうとしている。このような変化の中で、今後、以下のような点が望まれる。
 まず、人材に関しては、デジタル化に対応した人材が求められているが、現在なされている議論は、過渡期である今の状況が強く反映されている部分も多いので、デジタル化された近い将来を念頭において、どのような人材が技術面・クリエイティブ面で必要となるかを詳細に検討し展望する必要がある。その際、デジタル技術の活用が我が国より進んでいる欧米の例は参考になるであろう。
 次に、放送ソフト制作において、今後、映像素材の多元的な利用が不可欠と指摘されているが、これまではデータベースやアーカイブの必要性の議論が中心で、どのような映像素材が蓄積の対象として適しているのか、権利処理問題はどのようにクリアするのか、どのような運営体制が現実的なのかといった、実現に向けたより具体的な内容の検討が求められる。
 また、放送ソフト制作コストを多元的に回収するという経済的効果という観点から、マルチユースに対する放送ソフト業界の期待は高い。マルチユースを推進する一つの方策として、これまでマルチユースの成功事例が少ないことから、公的な支援のもと実験的に「マルチユースの成功事例」を作り出し、そのプロセスを広く公開していくことでマルチユース化を促すことが考えられる。
 同様に、ネットワーク化に関しても、デジタル技術の効果を最大限に活用するためには、ネットワーク化のインパクトを放送ソフト制作にどのように活かすかということが不可欠である。しかし、一部の放送局やプロダクションを除いて、ネットワーク化にあまり関心が持たれていないの現状である。このため、放送ソフト制作関連事業者に、ネットワーク化による効果への理解をいかに浸透させるかが重要なポイントとなるであろう。
 また、地方のプロダクションについても、ネットワーク化によって可能性が急激に増大する。地方のプロダクションは、地域性の発揮、相対的な低コスト性などの点で多大な可能性を秘めている。このような地方プロダクションの育成は、地域経済の活性化、地域産業の振興、地域情報化の観点からも重要といえる。今後、地方プロダクションの経営基盤を安定させるという経済的観点と、地域性を活かしたより質の高い作品を制作していくという文化的な観点の政策的な支援を行っていくことが求められる。




(用語解説)

アーカイブ:本来は公文書、古文書あるいは、それぞれの保管所を意味する言葉であるが、放送やマルチメディアの世界では、取材で収録した映像やCG等で作成した映像を蓄積し、その内容をデータベース化したものという意味で使われることも多い。

オンライン編集:放送ソフトの編集過程には、ポストプロダクションのスタジオを借りて行う本編集の「オンライン編集」と、その準備段階として、通常制作プロダクションの内部設備を用いて行う予備編集の「オフライン編集」がある。編集作業には時間と手間がかかるので、高価なポストプロダクションの設備を使用する際の出費をできるだけ少なくするために、本編集の前に、比較的安価な編集機器で予備編集を行っている。

クロマキー合成:色の違いを利用して画面を合成する特殊効果。1台のカメラで青い色の背景の前に立つ人物を撮影し、別のカメラで撮った映像や、ビデオの画面をはめ込むのが一般的である。

コンポジット信号:色信号と輝度信号が混合された信号で、後述するコンポーネント信号に比べ画質は若干劣るものの、データの記録レートがコンポーネント信号よりも少ないため、カセットの小型化や記録の長時間化が可能となる。我が国の放送に使われているNTSC信号に派、コンポジット方式が採用されている。

コンポーネント信号:色信号と輝度信号が分離された信号で、コンポジット信号に比べ高画質である。特殊効果などの複雑な加工を加える場合に、しばしば用いられる。また、画像圧縮をする際に行われる「映像の符号化」の方式は、コンポーネント信号を対象として設定されている。

スイッチャー:放送ソフト制作において、最終的に放送される番組を構成するために、映像や音声、その他の各種放送素材を切り替えるための機器。

デジタルベータカム:1994年に発表されたデジタルVTRデジタル、コンポーネント信号に対して2分の1の圧縮を行っており、記録レートは125.6Mbpsである。ベータカムSX:1996年に発表されたデジタルVTRデジタル、MPEG2によってコンポーネント信号に約10分の1の圧縮を行っており、記録レートは18Mbpsである。主に非放送分野や報道分野における利用を想定している。また、従来のアナログ方式である、ベータカムSPのテープも再生可能となっている。ノンリニア編集:映像素材をコンピュータのハードディスク等に一旦蓄積し、コンピュータ上で編集作業を行うもの。ディスク媒体はランダムアクセスが可能であるため、ノンリニア編集機は、テープを用いた編集機に比べ、効率的な編集が可能となる。

ビデオサーバー:LANや通信回線で接続された端末に、デジタル化した映像や音声を送るサーバー。ビデオ・オン・ディマンド・システムをはじめとした、双方向のマルチメディアサービスに活用されている。高性能のCPU、高速での入出力が可能なメモリー、多くの端末に画像データを送る多重分配装置などで構成されている。

フォーマット:信号の方式の意味。デジタル信号には、D1、D2、D3などのさまざまなフォーマットが存在する。

副調整室(サブ、サブコン):多くの場合スタジオに隣接して設けられており、スタジオ制作番組の指令塔としての役割を担っている。副調整室には、カメラの映像を切り替えたり、映像効果を付加したりする映像調整卓、音声信号をミキシングする音声調整卓、照明効果を演出するための調光卓等が設置されている。これらの機器を用いて、最終的な放送ソフトに仕上げる。

モーションキャプチャー:人間や動物などの動きをセンサーが読み取り、それに連動する形でCGのキャラクターを動かす手法。テレビゲームなどに登場する、CGキャラクターの映像作成に用いられている。

CG(Computer Graphics):コンピュータを用いて図形や映像を作成・処理すること。

D‐1:D‐1フォーマットは、色信号と輝度信号を分離した「コンポーネント信号」を利用しており、高画質である。特殊効果を加えるなどの複数の加工を加える場合には、D‐1フォーマットを利用する場合が多い。

D‐2、D‐3:D‐2、D‐3フォーマットは、色信号を輝度信号の周波数成分の間に混合して送る「コンポジット信号」を利用した方式である。D‐2は主に民間放送局において利用されており、民間放送局間の番組交換や、制作プロダクションなどから民間放送局への番組の納入には、D‐2が広く利用されている。また、D‐3は主にNHKにおいて利用されている。

DVCPRO:1996年に発表されたデジタルVTRで、記録レートは25Mbps、画像は5分の1の圧縮を行っている。
4分の1インチ幅のテープを用いることで小型化を図って折り、主として非放送分野や報道分野における利用を想定している。

ENG(Electric News Gathering):従来行われていた16mmのフィルムを用いたニュース素材の収録と異なり、小型のVTR組込み型のカメラを用いて取材を行う、ニュース素材収集システムのことである。ENGの実現により取材スタッフの機動性は増し、あらゆる場所へカメラマンが入っていけるようになった。また通信機器を連結して、現場の映像をマイクロ波で放送局へ伝送することが可能となり、より速報性に優れた報道が実現された。

MA(Multi Audio):映像編集の終わった放送素材に対して行う音声の付加処理を、MA 処理という。具体的には、音の大きさのバランスを整え、不要なノイズを除き、BGMやナレーションを加えるなどの処理によって、放送素材を最終的な一本の放送ソフトにまとめあげる。

MPEG-1:動画像の符号化方式の一種で、主にCD-ROM等の蓄積メディアを対象としている。転送速度は、約1.5Mbpsである。

MPEG-2:動画像の符号化方式の一種で、転送速度は数Mbps〜数十Mbpsという幅広い範囲を対象としている。放送や通信での使用が想定されており、パーフェクTVをはじめとした、デジタル衛星放送の伝送方式としても採用されている。



(参考文献)

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17) 「フジテレビの光波長多重方式、映像・音声信号系統図」フジテレビ資料
18) 「平成8年度版民間放送年鑑」(社)民間放送連盟
19) 「岩手朝日放送の放送設備」岩手朝日テレビ技術局著、放送技術、平成9年2月号P. 93
20) 「朝日放送デジタルコンポーネント中継車」小松博昭 他著、放送技術、平成8年5月号P. 76
21) 「東京メトロポリタンテレビ放送システム」東京メトロポリタンテレビ資料
22) 「日本テレビのCS用マスター」長野道美 他、放送技術、平成9年1月号P. 94
23) 「パーフェクトチョイス」サテライトマガジン、平成9年1月号P. 12
24) 「郵政関連業実態調査」郵政省
25) 「図解デジタルビデオ読本」久保田幸雄編、オーム社
26) 「NHK大河ドラマ『秀吉』制作記」林田茂男 他、放送技術、平成8年5月号p.91
27) 「デジタルコンテンツ革命」三浦文夫、1997、日本経済新聞社
28) 「放送ビッグバン」西正、1997、日刊工業新聞
29) 「宮城テレビ放送におけるノンリニア編集システムの活用等」宮城テレビ資料
30) 「スポーツ中継におけるノンリニア機器使用例」竹下達郎、放送技術、平成8年8月号P. 136
31) 「ハードディスクを内蔵したデジタルカメラ」池上通信機資料
32) 「Open Media Framework Interchange」アビッド社資料



(ヒアリング調査先一覧)

全日本テレビ番組製作社連盟  NTV映像センター  IMAGIKA
東急ケーブルビジョン  東京放送  松下通信工業
日本シリコングラフィックス  パーフェクTV  九州朝日放送
東京メトロポリタンテレビ  ソニーPCL  テレビ神奈川
ビデオステーションキュー  テレコムスタッフ  熊本放送
デジタル・ハリウッド  アビッドジャパン  おふぃすまどか
NHK放送技術研究所  博報堂  JIC
NHK放送文化研究所  大映テレビ  放送番組センター
オムニバス・ジャパン  NHK  日本テレビ放送網
テレビマンユニオン  ソニー  上智大学
フジテレビジョン  電通総研