郵政研究所月報

1998.10


調査・研究

消費のソフト化・サービス化の進展とマルチメディアの利活用がマーケティングに及ぼす影響      


情報通信システム研究室研究官  多田 雅則

[要約]

1 消費者にとっては、情報を知名し、想起するには、財の区分の違いによる差は少なく、情報の理解、確信及び選好という情報評価の段階についてみると、最寄品、買回品及び専門品へと移るにつれて、クーポン・試供品等の販売促進、ノンパーソナルメディアから人的接触さらに専門的な人的接触へと、メディアの位置付けが変化してきている様子がうかがえる。

2 通常、製品は、@製品の核、A製品の形態及びB製品の付随機能の三レベルから構成される。近年の動向は、消費のソフト化・サービス化にともない製品の付随機能が重視される傾向にあると考えられる。製品を商うに際し、複雑な商品特性を持つものに対して、いかにわかりやすい商品説明がなされるか、また、個々の商品特性が千差万別であることから必然的に発生する質問に対する回答プレゼンテーションが必要となってくる。今後、消費者の購買行動において製品に対するニーズは付随的機能が重視されていくと予想され、商品戦略の面からは製品の形態及び製品の付随的機能面での差別化戦略が必要となるものと考える。

3 企業は、情報システムとしてデータベースを構築し、実名の顧客管理を展開することにより、標的とする顧客層のニーズに一層的確に対応する商品政策を展開してきている。近年の情報通信分野における技術の進展により、企業活動等における情報システムの役割は拡大してきており、企業におけるマーケティングにも影響を与えてきている。サービス産業は製造業に比べマーケティングの開発と利用が遅れていると指摘されるが、競争の激化により、航空・金融等の分野では積極的になってきていると考えられる。近年の動向としてはその導入が一段と進んできていると考えられる。データベース・マーケティングのように実名により顧客を管理するマーケティングの一段の進展を可能とする背景としては、情報通信技術の進展が場所の制約を越えてリアルタイムでインタラクティブなメディアによる企業と顧客のコミュニケーション及びそのデータ処理を可能としてきていることが挙げられる。

4 さらに、マルチメディアの出現にともない、人と人との直接接触というコミュニケーション・ルートに変更が生じてきていると考えられる。ここで、コミュニケーション・ルートの変更が及ぼす影響としては、@人というコミュニケーションツールがマルチメディアにより代替されるようになること、A人が今までどおりコミュニケーションツールとして存在し、顧客に接触し、その技術を後方本部へリアルタイムでインタラクティブに通信し、対処するようになることの二面を挙げることができる。@の問題については、津国(1997)は、「人間の移動をともなう必要がないため、人間のやり取りを必要とする取引の経済効果を飛躍的に向上させ、販売・購入を初めあらゆる取引コストを大幅に低減させる。」と指摘している。Aの問題については、モバイルコンピューティングの発達により、営業所という場所の概念が、営業員一人ひとりを拠点化するようになり、後方本部からの意思表示、判断もリアルタイムで伝送されるようになるものの、顧客と直面している営業員にデータが共有されることから、その場での判断の必要性は一段と高まることが予想される。さらに、インターネットバイキン グ等の電子商取引等にみられる仮想店舗の登場は、消費者に対し、時間及び場所的な制約を解除するものであり、利便性を高めるものである。その一方で、購買決定段階で消費者を「限定的な問題解決」の状況に置く可能性が高いと考えられることから、マーケターには、そのためのコミュニケーションプログラムの作成と実行がもとめられよう。

 

1 はじめに

 近年、消費のソフト化・サービス化にみられるように消費者の購買行動は、大きく変化してきている。従前であれば機能性というハード面に着目して商品を購入していた消費者が、デザインやブランドなどのソフト部分を重視するようになってくるなど、総じて購買行動において有形のものそのものに価値を見出していた段階から、ソフト部分やサービス部分を重視した購入ヘと行動パターンが変化してきている。これは、マーケターの営業活動も、画一的なものから消費者の購買行動により着目した販売活動への転換を示唆するものである。

 一般的に、営業員には商品の販売に終わることなく、販売活動を通じて顧客とのコミュニケーションの中から、当該商品に対する消費者の評価など、製品開発に資する情報や自社製品に対する潜在的需要などの情報の効率的な収集を行うことが求められる。

 本稿では、購買の対象物である製品を構成する三つの概念の視点から、消費者の購買行動の変化が製品概念の三レベルとどのような関係にあるのか、さらに、消費者の購買決定の中核をなすソフト・サービス部分の充足の視点から、情報通信技術の進展がマーケティングに及ぼす影響について考察を行うものである。

 

2 製品の三レベルと有形財におけるソフト化・サービス化

(1) 財の分類と販売場面

 財は、非耐久財、耐久財及びサービスに分類することができる。非耐久財は、通常、少数(回)の使用で消滅するものであり、耐久財は、通常、長期の使用に耐える有形財である。サービスは、便益や満足である。また、財は消費財と生産財とに大別される。ここでは、個人である消費者の購買行動の変化と製品概念との関係を考えることから、消費財について取り上げることとする。

 消費財は、次のように区分される。

@通常、消費者が頻繁にかつ即時に購入するもので購入比較はほとんど行わない最寄品、
A商品選択と購入の過程で品質・価格等の比較を行う買回品、
B固有のブランド等の識別を持つもので情報収集に労を惜しまない専門品。

 消費者の商品に対する必要情報量を考えると、

@最寄品は購入商品が固定されており、ほとんど購買に係るデータを必要とせず購買決定が行われ、
Aについては、同質品と異質品に細分され、同質品については、価格等の最小限の比較データが必要となる。また、異質品については、仕立てや見かけ等の品質・デザインに係るデータが購買決定プロセスにおいて必要とされる。
Bの専門品は、消費者が購買するにあたり、情報収集に時間を惜しまないものである。

 消費者にとっての必要情報量は、最寄品、買回品の同質品次いで異質品、専門品となるにつれて増加する。消費者の購買決定プロセスにおいて、告知機能を持つ商業的情報源の中で、とりわけ評価機能を持つ情報提供者としての販売員を必要とすることになる。

 マクマリーの販売パターンの区分と財の分類を重ね合せてみると、概ね最寄品等の非耐久財では創造的販売を強く必要とはせず、専門品等の耐久有形財や無形財ではより創造的販売になり、また人的販売を行うケースが多くなると考えられる。

 これを「購買行動に関する生活者グループインタビュー(1993年、郵政研究所)」の結果で具体的にみると表1のようになる。

 表1から分かるように、情報探索の段階では、専門品については他の品群に比べ人的な要素が強いものの、総じて最寄品、買回品及び専門品ともTVCMや雑誌等のマスメディアが効果的に用いられている。すなわち、情報を知名し想起する情報探索の段階では、財の区分の違いによる差は少ないといえよう。

 これに対して、情報の理解、確信及び選好という情報評価の段階についてみると、最寄品、買回品及び専門品ヘと移るにつれて、試供品等の販売促進やノンパーソナルメディアから人的接触さらに専門的な人的接触ヘとメディアの位置付けが変化してきている様子がうかがえる。

 さらに、前掲の調査で対象としなかったものであるが、例えば有形物で創造的販売に適合するコンピュータは専門品として自動車と類似しよう。また、無形財としての保険は、創造的販売に相応しく、本来人的販売に適合するものであろう

 

表1 商品別購買プロセスにおけるメディアの例
財の区分 商品例 情報探索メディア 情報評価メディア  
最寄品  洗剤 TVCM 試供品等 →購買決定
買回品 同質品 日常的な衣品 雑誌 DM・店頭販売員 →購買決定
異質品 化粧品 TVCM くちこみ+試供品等 →購買決定
専門品 自動車 雑誌・パンフレット・展示・ショールーム・TVCM・セールスマン →購買決定
出所:購買行動に関する生活者グループインタビューの結果をもとに作成。
 注 :斜体字は人的メディア、太斜体字は人的販売。
 
マクマリーの分類によると、その財の販売における創造性の段階により、「製品の引渡しである定型的な段階」から、「掃除機・冷蔵庫等の耐久有形財の創造的販売」、「保険・広告宣伝・教育等の無形財の創造的販売」までの7段階に区分される。 Return
人的販売は、消費者の購買過程の中で買い手の選好・確信・行動を形成するために効果的な手段であり、人的対面・深耕・応答のプロセスを踏むものである。とりわけ、人的対面は相互のニーズを直接観察することができ、その調整を迅速に行うことができる点に特徴がある。また、深耕は、営業員の顧客に対する継続した良好な関係を維持することである。 Return
コンピュータは、専門品と考えられることから、消費者はそれを購入するにあたり情報収集に労をおしまないものであり、「購買行動に関する生活者グループインタビュー(1993年、郵政研究所)」の結果を援用すれば情報源として「体験談や専門店店員」があげられており、専門的な個人情報源から情報を入手していると考えられる。 Return
津国実(1997)「双方向性対話型マルチメディア情報通信と生活設計に関する一考察―高度情報社会における消費者と生命保険の事例―」(京都経済短期大学論集第4巻第2号P.182) Return

 

(2) 製品の三レベル

 通常、製品と呼ぶものは、@製品の核、A製品の形態及びB製品の付随機能の三レベルに区分される(図1)。ここで、製品の各レベルについてみると、製品の核とは、その製品の中核を形成する便益である。そして、製品の形態とは、製品特性やブランド名など製品の核を具象化したものであり、コンピュータなどの有形財と保険や教育などの無形財に分類される。製品の付随機能は、製品の形態の提供に付随する便益である。

 具体的には、製品の核とは、事務の効率化などの便益であり、製品の形態には、当該製品の品質やパッケージやスタイルやブランド名などがあり、製品の付随機能には、保証や配達と信用供与やアフターサービスなどが挙げられる。

 近年の動向としては、消費のソフト化・サービス化にともない製品の付随機能が重視される傾向にあると考えられる。

 ここで、具体的に有形物としてコンピュータ、無形物として保険を取り上げ、製品レベルを概観することとする(表2)。

 まず、有形財であるコンピュータについてみると、消費者が、それを購入することにより、例えば、事務の効率化を図るならば、これが製品の核である。また、製品の形態として、薄型軽量で最新機能を搭載している製品を購入するということになる。

 しかし、製品の核が例のように事務の効率化であるとするならば、その機器を使いこなせなければならず、消費者にとっては、そのための人的サポートまたは、ソフト化されたマニュアル・テキストといったサービスが付加されていることが好ましい。操作説明のようなアフターサービスに加え、保証などが製品の付随的機能である。

 つぎに、無形財である保険についてみると、製品の核となるものは、生活設計であり安心である。製品の形態としては、自ら及び家族を含めての生活設計を図るため、例えば、子供の将来の進学に対応することが目的であれば学資保険を、自らの生活設計の一部を形成するものであれば養老保険があげられる。

 保険に加入しようとする者のさまざまなニーズに合わせた生活設計が組めるようになっているが、逆にこのことが年齢・家族構成・資産構成などの個々のニーズを錯綜させ、基本保険と特約等の組み合わせなど多様な商品が形成されることになる。したがって、消費者にとっては、生命保険商品は複雑を極める製品形態を持つことになる。

 そこで、付随的機能としてこれら複雑な千差万別の商品特性を持つものに対して、わかりやすい商品説明や消費者がもつ質問に対する回答プレゼンテーションが必要となってくる。

 このような状況の中、消費者の購買行動にとって製品に対するニーズは、付随的機能がより重視されていくことが予想され、販売戦略の面からは製品の形態及び製品の付随的機能面での差別化戦略が必要となるものと考える。

 ところで、製品の形態はまさにソフトそのものであり、製品の付随的機能はサービスであると考えられる。製品の核を充足させるための製品の特性はそれが消費者が求めているものであり、それに価値を見出さない者は当該商品を購入することはないと考えられる。これに対して、販売戦略上、差別化を図る製品の付随的機能部分については、それがなくても製品の特性が消費者を十分に満足させるものであれば、消費者による購入決定が行われる。

 

図1 製品の三レベルと有形財におけるソフト化・サービス化

 

表2 コンピュータと保険における製品レベル
  コンピュータ 保険
製品の核 事務の効率化 生活設計(安心)
製品の形態 A社製品(ブランド)
  最新機能搭載
薄型軽量 など
学資保険
養老保険 など
製品の付随的機能 保証
アフターサービス
(操作指導・修理)など
わかりやすい商品説明
顧客の質問に対する迅速な回答
など
出所:企業ヒアリング等をもとに作成。
 
安住透、永野秀之、多田雅則(1994)「小売業のダイレクトマーケティングのあり方と消費のソフト化・サービス化に関する調査研究報告書」(郵政研究所)では、消費のソフト化とは、「消費者の生活行動におけるソフトの一層の重視である。」と定義され、共通の要素としては、「消費者の生活活動において、なんらかの不満が自覚され、その不満を解決する(あるいは不満がより減少する)ために現在ある商品・サービスの改善が求められ、そのためのソフトが投入されなければならないということである。」と指摘されている。なお、サービス化とは、家計における消費支出のうちサービスの占める部分が高まることである。 Return

 

(3) 不満足因子の除去と満足因子の拡充

 ハーツバーグの二因子動機理論(図2)に従うと、満足要因は消費者の製品の核に対する要求を真に充足させるための製品特性を開発することであり、消費者のニーズを適切に捉えることが必要となる。

 今日、消費者は個性化してきており、そのニーズも多様化してきている。企業は、絶えずその標的とする顧客層に対してデータベース・マーケティングなど実名の顧客管理を展開することにより、一層そのニーズに適確に対応する商品政策を展開するようになる。情報通信技術の進歩は、顧客と営業員、営業所及び本部といった場所の制約を解除してきており、顧客の満足要因の拡充に有効に作用すると考えられることから企業の経営戦略上人材育成が要請され、ここに営業員の情報リテラシーとしての訓練の必要性が生じる

 一方、不満足要因の除去は、製品に対する保証、確実なデリバリーなど製品に共通な付随機能もみられるが、操作サポートや質問に対する迅速なレスポンスなど、製品特性に応じた製品の付随機能もみられる。特に、先に取り上げたコンピュータや保険については、人的なフォローが重要な位置を占めている。ここに、営業員に対する訓練の必要性が生じる。

 

図2 不満足因子と満足因子
不満足因子
消費者に一律平等の要因であり、これが満たされないと不平不満が生ずる。
しかし、この欲求は充足されても満足感にまでは達せず、不満がゼロとなるものである。
 
 
 
例:商品の保証
対応の悪い営業員
満足因子
個々の消費者に対する要因で、この欲求が充足されると真の満足が得られる。
 
 
 
 
 
 
例:商品の高付加価値部分
小 ← 不満足 → 大 小 ← 満足 → 大
 
データベース・マーケティングは、企業が消費者のデータ・ベースシステムを起点として、それを活用して、多様なコミュニケーション手段を用いて顧客にアプローチするマーケティング手法であり、企業における情報システムを戦略的に活用するものである。特に、購買プロセスの五段階モデルにおける、購買後の行動をフォローするものであり、顧客満足度を高める役割を果たす。先の製品の三レベルに当てはめてみると、製品の付随機能を高めるものである。 Return
多田雅則(1998)「マルチメディアの普及がマーケティングに与える影響と営業員訓練のあり方について」(産業教育学研究第28巻第2号PP.53−54) Return

 

 

3 情報通信技術の進展とマーケティング

 以上みてきたように、消費のソフト化・サービス化が進展してきており、人々は、購買プロセスにおいて付随機能を重視した行動を展開している。他方、近年の情報通信分野における技術の進展は、企業活動等における情報通信の役割を拡大させ、企業におけるマーケティングにも影響を与えてきている

 ここでは、消費のソフト化・サービス化の影響の視点から情報通信の進展が企業におけるマーケティングに与える影響について考察することとする。


例えば「平成9年度通信利用動向調査(企業対象調査)」(平成10年3月郵政省公表)によると、全体の62.7%で既に電子メールを利用しており、平成5年調査に比べ約45.5%の上昇となっている。また、LANの利用状況をみると、75.2%で既にLANが利用されており平成5年調査に比べ約35.6%の上昇となっている。 Return
上記7に同じ(産業教育学研究第28巻第2号PP.49−51) Return

(1) サービス産業分野におけるマーケティングの変化

 P.コトラーは、サービス産業では製造業に比べマーケティングの開発と利用が遅れていると指摘しているが、競争の激化により、航空・金融等の産業では近年積極的に行なわれてきていると考えられる10

 データベース・マーケティングのような実名による顧客管理を可能とする背景として、情報通信技術の進展により、場所の制約を超え、リアルタイムでインタラクティブなメディアによる企業と顧客のコミュニケーション及びそのデータ処理が可能となってきていることが挙げられよう。

 このように、サービス産業のマーケティングは、コミュニケーション技術の進展にともない、企業の生産性の向上と協調的な業務遂行を指向してきているものといえる。


10 日本では、サービス産業分野では、通信販売関連企業が、昭和40年代後半以降、コンピュータによる顧客管理の導入を開始し、顧客データの蓄積を進めてきており平成に入り顧客属性データの活用が一段と活発化してきている。
その他のサービス産業分野についてみると、百貨店では従来、外商等特定の分野では、顧客を実名で管理する手法をとってきているもの大半は店頭での匿名の管理となっていた。ハウスカードが導入されてからは、顧客データの収集によるデータベース・マーケティングの精度向上が図られてきており、また、顧客データ活用に本腰を入れ始め、旅カードにより収集してきた40万件の顧客データをもとにダイレクトメールや電話によるマーケティングを強化し、従来支店ごとに管理していたデータを本部で一元的に管理し顧客対応の時間の短縮を図ることとした大手旅行代理店での事例も同様である。
Return

(2) マルチメディアとコミュニケーション・ルートの変更

 近年、顧客は個性化してきており、ここに、営業員は、営業活動上、自社製品について顧客にいかにドラマティックにアッピールするかという問題が生じる。とりわけ、消費のソフト化・サービス化が進展している中にあって、人的販売の手法がとられる商品の創造的販売の方法としては、人的対面、深耕及び応答のプロセスが踏まれる。これらは、従前は、まさに人と人との直接のコミュニケーションにより実施されていたものである。

 今日、情報通信技術の進展にともない、表現メディアの統合、インタラクティブ化、デジタル化という流れの中で、情報通信ネットワークを通じて、文字、音声、データ、映像等の情報を、複数組合わせ、かつ同時に利用でき、対話的にやり取りすることが可能なマルチメディアの出現にともない、人と人との直接接触というコミュニケーション・ルートに変更が生じてきている。

 ここで、コミュニケーション・ルートの変更が及ぼす影響としては、

@人というコミュニケーションツールがマルチメディアにより代替されるようになること
A人が今までどおりコミュニケーションツールとして存在し、顧客に接触し、その技術を後方本部へリアルタイムでインタラクティブに通信し、対処するようになること

の二面が挙げられる。

 @の問題については、津国(1997)は、「マルチメディア情報通信は、時間的、空間的に隔たりのある者同士が、必要な情報を、必要な時に、あたかも直接その場で対面にいるかのように対話しながらやり取りができるようにする。それは、人間の移動をともなう必要がないため、人間のやり取りを必要とする取引の経済効果を飛躍的に向上させ、販売・購入をはじめあらゆる取引コストを大幅に低減させる。」としている。

 Aの問題については、モバイル・コンピューティングの発達により、営業所という場所の概念が、営業員一人ひとりを拠点化するようになり、これらの間での協調が必要とされるであろう。後方本部からの意思表示、判断もリアルタイムで伝送されるようになり、顧客と直面している営業員にデータが共有され、その場での判断の可能性は一段と高まることが予想される11

 津国(1997)によると、例えば保険の販売については、「営業担当者は、長期訪問によりそのニーズをつかむとともに、消費者から信頼関係を得て正確な“個人情報”を入手する。そして、消費者ヘ保障内容と保険料のより適切な商品を提案することにより契約ヘと結びつけるのである。また、複雑な商品と重要な“個人情報”のやり取りは直接対面でなければ難しく、今日まで営業担当者の訪問販売以外に適当な代替手段が無かった」と指摘されている。

 これは、人的対面のマーケティングを行い、顧客との深耕を進めるなど人的販売の手法をとることを表わしている。

 保険は、マクマリーが分類する販売場面では、最も創造的な型に属する商品であるが、今日では他の金融サービス分野でも商品の多様化が進んできていることから保険の場合と同様に考えることができよう。

 ここで次の事例をとりあげ、考えてみる。

〈事例〉 S銀行は、平成10年9月までに振り込みとローン相談等ができるテレビ電話型のマルチメディア端末機を全国50か所に設置する方針を固めた。利用者は、電話で資金移動や残高照会が可能なほか、テレビ画面により住宅ローンの返済シミュレーションもできる。
(日経新聞(1998.4.27)要約)

 この事例でのテレビ電話型マルチメディア端末機は固定端末である点で1990年代に関西系の銀行が東京進出にあたり積極的に無人店舗を導入したケースに類似する。ただし、後者の主な取扱業務が金銭の出入れ業務のみであるのに対し、本事例は、定期預金の開設、住所変更、金融商品の紹介、簡単な資産運用等、無形財の創造的販売を電子媒体(ここでは、テレビ電話型マルチメディア端末機)で行う点において区別される。本サービスの実施は、個人顧客に対する利便性の向上を図るものであるが、従来窓口業務として人的に顧客に対応していたものを一部マルチメディア機器により代替することで業務の効率化を進めるものと考えられる。

 本事例での消費者側からみたソフト化・サービス化としては、「端末機の増加にともない資産運用相談に要する時間の短縮」、「営業時間の延長に伴う時間の有効利用」ということになろう。

 本事例を顧客との深耕12の視点からみると、「複雑な商品を重要な個人情報のやり取りが直接対面でなければ難しく、今日まで営業担当者の訪問販売以外に適当な代替手段がなかった」(津国(1997))ことから、営業員による人的販売の手法がとられていたものが、マルチメディア機器により代替されてきたものである。

 このように、マルチメディア機器を活用した事例が登場してきているが、これは、固定端末を用いている点で営業所と営業員を拠点とする事例の間に位置するものと考えられる。また、インターネット・バンキングについてみると、残高照会、入出金明細照会、振込み・振替え等のサービスが提供(実験を含む。)されている。

 現状では、マルチメディア機器が人的販売に代替しているものとみることは困難であるが、確実にその方向を指向しているとみることはできよう。


11 例えば、大手食料品メーカーA社では、社内ネットワークの改革と営業担当者への情報端末の配備を進めており、データが情報として迅速に共有化されるようになっている。これにより従来型のコミュニケーションルートと比較してタイムラグが縮小することとなったが、同時に組織内における選択可能情報量が拡大することとなり、一方で消費可能情報量が制限的であることから合理的な情報のセグメントがサブシステムとして必要と考えられるようになってきている。 Return
12 人的販売においては、実際の売買から深層に立ち入った様々な関係を生じ、通常、営業員は、顧客との継続的心底からの関係維持を図ろうとする。 Return

(3) 限定的問題解決の状況とコミュニケーション

 インターネット・バンキング等の電子商取引等にみられるバーチャル(仮想)店舗の登場は、消費者に対し、時間及び場所的な制約を解除するものであり、利便性を高めるものである。その一方で、購買決定段階で消費者を「限定的な問題解決」の状況に置く可能性が高い13と考えられ、マーケティング戦略にも変化が生ずると考えられる。

 限定的な問題解決の状況では、消費者は、情報収集を通じてリスクを低減しようとすることから、マーケターは、購買者のブランド理解と自社に対する信頼性を高めるようなコミュニケーション・プログラムをデザインする必要が一段と高まってきているといえよう14


13 通常、よく知っている製品の中に知らないブランドが登場する場合は、購買者はその求める製品の品質を知っているが、その全てのブランドについて知っているわけではなく、限定的問題解決といわれる。購買者は、情報収集を通じてリスクを軽減しようとする。マーケターは、例えばマス広告の普及性や公衆へのプレゼンテーション機能や説得チャネルを活用して購買者のリスク軽減を図ろうとする。仮想店舗の登場は、多くのブランドを林立させる可能性を持ち、購買者に対しブランド過多の状況を作ることとなる。 Return
14 消費者は、理解の点からは、通常、わかりやすい説明や具体的な説明を商業的情報源(広告、パッケージ等)から受ける。ただし、消費者の購買行動における購買決定の視点かた情報源をみると、商品の試用や医薬品の試供品等の経験的情報源といわれる製品(サービス)の試用等が有効に働くと考えられる。しかし、全ての製品(サービス)に対してこのような情報源が存在しているものでなく、購買決定において適否の判断や評価の機能を果たすという点ではクチコミ等の個人的情報源の有効性があげられる。通常、公衆へのプレゼンテーション機能や普及性を有する広告等は空間的にみて大規模に行われるのに対して、クチコミ等は当該消費者を取り巻く限られた範囲の中において行われる。マーケターは、これらのメディアをミックスして購買者のブランド理解と信頼性を高めるようなコミュニケーション・プログラムをデザインする。 Return

 

4 まとめ

 消費のソフト化・サービス化の進展にともない消費者は、製品の形態及び製品の付随機能の重視に転じており、製品に対する不満足因子の除去及び満足因子の拡充が求められてきている。このような状況の中、情報通信技術の進歩に伴うモバイル・コンピューティングによる顧客とのコミュニケーションルートの変化による顧客満足の向上が可能となってきている。一方で、消費者は、限定的問題解決の状況に置かれつつあり、マーケターにとっては、そのためのコミュニケーション・プログラムの作成とその実行が一段と求められてきている状況にあると考えられる。

 

(主な参考文献等)

1 アーサー・ストーン・デューイング「ケース・メソッドへの導入(1931)
  『ケース・メソッドの理論と実際』収録(訳者:慶応義塾大学ビジネススクール)」

2 岡部博「企業内研修戦略」第1章社会、経営、研修
  (産業能率大学出版部、1982年)

3 多田雅則「産業動向週報No.59今週の視点」
  (郵政研究所第一経営経済研究部、1992年10月26日)

4 多田雅則「マルチメディアの普及がマーケティングに与える影響と営業員訓練のあり方について」
  (産業教育学研究第28巻第2号、1998年7月)

5 津国実「双方向性対話型マルチメディア情報通信と生活設計に関する一考察
  ―高度情報社会における消費者と生命保険の事例―」
  (京都経済短期大学論集(第4巻第2号)、1997年3月)

6 フィリップ・コトラー「マーケティング原理(監修者:村田昭治、訳者:和田充夫、上原征彦)」
  (ダイヤモンド社、1990年12月)

7 郵政省編「平成8年版通信白書」
  第1章 第3節 情報化の動向、第3章 第2節 情報通信がリードする我が国経済の構造改革

8 「小売業のダイレクト・マーケティングのあり方と消費のソフト化・サービス化に関する調査研究報告書」(郵政研究所、1994年8月)

9 安田隆二「金融ビッグバンは、日本経済を再活性化できるか」
  (1997年10月28日講演)