郵政研究所研究叢書



                                第7号(日本評論社・1993.12.発行)

「90年代の金融政策」

 
          編著: 貝 塚 啓明(*1)、 原 田  泰(*2) 
          執筆: 貝 塚 啓明(*1)、 原 田  泰(*2)、 浅 子 和美(*3)、
              池 尾 和人(*4)、 岩 田 一政(*5)、 日 向野幹也(*6)、
              堀 内 昭義(*7)、 牧   寛久(*8) 
 日本の金融制度と金融政策は、規制と慣行によって守られた護送船団体制から、しだいに自由化されつつある。金融資産の急速な貯蓄は、金融制度の自由化をいずれにしろ引き起こすことになるが、その過程で、国債の大量発行と外圧のもたらした効果もまた大きかった。このような金融自由化の経緯については、80年代の金融自由化の進展によって、金融政策上のさまざまな問題が明らかになってきた。

 とくに80年代後半から90年代初頭にかけてのバブルの発生と崩壊は、人々に大きなショックを与えた出来事であった。本書の堀内論文で述べられているように、常軌を逸したバブルの拡大とその必然的な崩壊はどうして生じたのか、という疑問は多くの人々の強い関心事であろう。バブルの崩壊によって生じた不良債権は、金融システムの安定性に疑いを持たせるまでの規模になり、これまでの護送船団行政による信用秩序維持政策の正しさについても疑問が投げ掛けられている。また、バブルの一因となったと評価されている80年代後半の過大な金融緩和はなぜなされたのだろうか。これらのことすべてに対しての疑問に加え、これまで当然のものとして受け入れられてきた日本独自の金融制度・金融慣行、たとえば長短分離政策・メインバンク制・日本的証券市場などにも疑問が向けられている。

 そこで、郵政省郵政研究所では、金融の研究者と実務家の方々にこれらの課題について論じていただき、今後のあるべき金融政策のあり方を展望するために、1993年3月22日〜23日にコンファランスを開催した。本書は、ここに提出された論文を、コンファランスでの議論をふまえ改訂した上で取りまとめたものである

 本書の貝塚啓明論文「制度改革と金融システムの安定性」は、金融制度改革は金融システムの安定性との関係で論じられるべきことを強調し、その関係をアメリカで生じたこととの比較によって明らかにしようとしている。貯蓄貸付組合(S&L)の破綻に代表されるようなアメリカの金融システムの脆弱性が、不適切な動機付けによって生じたことを示し、日本においても同様の問題を抱えていると指摘している。現在の日本の金融システムも不良債権の著増によって安定性の問題に直面しているが、とくに日本の場合、会計基準がアメリカに比べてより不透明であること、経営破綻に陥った銀行の処理がルール化されていないことなどによって、より問題が大きいことを指摘するとともに、日本のシステムが、むしろ銀行業全体の効率化を阻害する可能性を警告している。

 堀内昭義論文「銀行行動と金融システムの安定性」は、1980年代後半の銀行のリスク選択の拡大に着目し、それがなぜ生じたのか、そのような行動を起こすにいたった環境の中で金融システムの安定性の維持をどのように考えたらよいのかを論じている。銀行のリスク拡大行動が、金融自由化に伴う「構造的現象」であることを示した上で、リスク選択の主体である自己資本の意味を明らかにし、過大なリスク拡大を抑制する市場規律の重要性を強調する。

 日向野幹也論文「社債発行規制とメインバンク制」は、日本のメインバンク制の実態を明らかにしつつ、それはアメリカのリードバンクなどと相当の共通点があり、相違点としてあげられるものは規制や政策の結果でしかないと主張する。違いをもたらす上でとくに重要なのは日本の社債発行規制であるが、これが実効上自由化されるにつれて、日本のメインバンク制も変貌していかざるをえないと結論づける。また、社債発行規制の副作用として、とくに都市銀行の審査能力の蓄積を遅らせ、抜け道としての外債発行を促進し、社債発行市場としての東京市場の空洞化を招いたことも指摘している。

 岩田一政論文「日本の株式市場のアノマリーと市場改革」は、日本の株式市場の特殊性として、企業間の株式持合比率が高いこと、株式の流動性が低いこと、機関投資家の力の弱いことなどをあげ、これらの特徴と株式市場のパズルといわれる現象や株式市場に規則的に収益を上げる機会が存在しているというアノマリーの関係とを考察している。もしアノマリーがあれば、それは市場が非効率的であることを意味し、それゆえ、より効率的な株式市場を形成するための改革を行う余地があることになる。このような考えに基づいて岩田論文は、効率的市場のための政策的インプリケーションを引き出している。その主なものは、持合解消とそれに代替する機能の導入、投資信託業務への参入促進、情報開示、会計基準の透明化などである。

 浅子和美論文「金融自由化とマクロ経済」は、金融自由化の経緯を概観したのち、それがマクロ経済にどのような変化をもたらしたかを探ろうとするものである。金融自由化は、資金の効率的な配分の達成に資するものであるが、金利変動によるリスクの増大はマクロ経済を不安定なものにするかもしれない。しかし、浅子論文の実証分析によれば、金融自由化の実質経済成長率を高める効果とインフレ率を低める効果が暫定的にではあるが検出された。

 原田泰・牧寛久論文「1980年代以降のマクロ金融政策の評価」は、石油ショック以降安定的な金融政策を行っていた政策当局が、80年代後半以降、なぜ不安定な金融政策を行うにいたったかを分析する。石油ショック以降、日本銀行はマネーサプライを安定的に供給しているようにみえたが、その場合でも「マネーを作るのは民間銀行部門であって中央銀行ではない」という銀行主義は、日本銀行の基本的なドクトリンであった。銀行主義者がマネタリストであるはずはなく、80年代後半以降、為替レートの安定を重視してマネーサプライに注意を逸らした。そのことが実体経済の大きな変動をもたらしたと結論づける。

 池尾和人論文「金融自由化以後のプルーデンス政策」は、金融業については、信用秩序維持(プルーデンス政策)と預金者保護のために公的介入が必要であることを理論的に明らかにする。そののちに、これまでの政策を評価するとともに、金融自由化以後の信用秩序維持政策がいかなるものであるべきかを論じている。ここで得られた主要な結論は、これまでの政策が、とくに自由化以後モラルハザードを引き起こしやすいこと、自己資本比率規制が有効であること、早期是正行動を取ることが重要であることなどである。

 1970年代後半から徐々に始まった金融自由化も、さまざまな制限は付いているにしろ、銀行業務と証券業務の乗入れなど業務規制の緩和、94年に予定されている流動性預金金利の自由化などで一応の決着をみることになる。そこで、以上の論文及び討論の結論として、自由化以後の90年代に臨まれる金融政策、金融行政を展望してみれば、つぎのようなことがいえるであろう。

(1) 金融自由化以後の金融機関の行動は、貝塚論文が示しているように、これまでの護送船団行政の下でのそれと異なり、モラルハザードの危険をはらんだものとなるということである。そしてその一部は、堀内論文が示したように、バブル期の銀行行動にすでに表われている。

(2) また、貝塚論文が示しているように、金融自由化や金融制度改革を評価するにあたって、金融システムの安定性についての考察は欠かすことができない。現在のような金融システム安定性の維持政策は、モラルハザードを引き起こし、また日本の銀行業全体としての効率向上を阻害する可能性がある。

(3) しかし、金融自由化への動きを押し止めることは不可能である。自由化は資金配分の効率化を通じて経済成長を高めうるものであり、またインフレ率も低下させうるものであることを浅子論文は示している。

(4) 日本の金融の特殊性としてしばしば指摘される点は、日向野論文や岩田論文が示しているように、規制と密接な関係があり、日本に根づいた特殊性とは言いがたいことも明らかになった。また、両論文が指摘するように、そのような規制は、日本の金融システムの効率向上を阻害した可能性が強い。

(5) 自由化が望ましいものであるにしても、その中で金融機関の行動がモラルハザードを引き起こしやすくなっているとすれば、堀内論文や池尾論文が指摘しているように、信用秩序を維持する上で市場規律を用いることの重要性は高まっている。

(6) 以上、すべての前提として原田・牧論文が示しているように、安定的マクロ金融政策の重要性はなおさら高まっている。安定的金融政策の下にあってはじめて、金融機関は正しいリスク選択をなしうるのである。

*1 東京大学教授 *2 第二経営経済研究部長 *3 横浜国立大学教授 *4 京都大学助教授
*5 東京大学教授 *6 東京都立大学助教授 *7 東京大学教授 *8 第二経営経済研究部研究官

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