郵政研究所研究叢書

21号(日本評論社 1999.4 発行)

 

『わが国公的金融の役割』

                      特別研究官       井上  徹

                      第二経営経済研究部長  鵜瀞 由己

 

 本書は、公的金融もしくは公的部門がこれまでどのような役割を果たしてきたか、また、今後どのような役割を果たし得るかを、理論的・実証的に分析することを試みたものである。第1章から第4章では、公的金融に関する理 論的・実証的分析を、その経済厚生的側面に注意を払いつつ行っている。

 第1章では、寡占市場の設定の下で、収支相償原則で行動する公的金融仲介の経済厚生から見た機能を理論的に分析している。寡占的な市場では、一般に価格が限界費用から乖離し、生産量が過少となる可能性が高いが、収支相 償の公的企業は適切に運営されるならば、民間企業のみによる寡占的市場よりも高い経済厚生を達成できる可能性が示されている。

 第2章では、コンポジット・コスト・ファンクションを 用いて、公的金融の費用関数を推定する。推計結果からは、公的金融の費用関数に大きな固定費用が存在し、平均費用逓減局面が存在すること、また、公的金融が推計期間中、ほぼ平均費用逓減局面もしくは、平均費用極小点の周辺で操業していたことを読み取ることができる。

 第3章では、貸出市場における情報的不完全性を明示的に取り上げる。貸し倒れリスクが存在し、また、情報の非対称性が存在するため、借り手が貸し手に対して、債務履行に関する誘因両立性条件を課すような状況で、収支相償原則で行動する公的金融の存在が経済厚生を改善する可能性を示している。また、公的金融の貸出が景気変動に対して貸出を安定化させる方向に動く可能性が示されている。さらに、公的金融、民間金融の貸出行動について、 貸し倒れリスクを考慮した実証分析を行っている。

 第4章では、政府系金融機関の貸出が、個別企業の民間 金融機関からの借入、設備投資、及び企業の収益性に与える誘導効果を、企業財務データを用いて実証的に分析している。政府系金融機関の貸出がエージェンシー問題を 緩和する効果を持つならば、民間金融機関の貸出、企業の設備投資と収益性に正の効果を持つと考えられる。実証分析からは、この仮説を支持する結果が得られている。

 第5章、第6章及び第7章は、公的部門の重要な役割である社会資本整備を取り上げている。第5章では、最新の社会資本ストックデータを用いて、マクロ生産関数を推定し、社会資本の生産力効果と社会的割引率を推計している。推計結果によれば、個々のプロジェクトについては議論があろうが、少なくともマクロ的には社会資本の生産性は高く、全体として社会資本の供給は過少であったと判断される。

 第6章は、むしろミクロ的な観点から、社会資本整備はどうあるべきか、またどのように評価されるべきか、という点についての議論を俯瞰し、問題点を整理したものである。特に、個別の社会資本評価としての費用便益分析について解説している。

 第7章は、新しい社会資本整備の在り方として、いわゆるPFI(Praivate Finance Initiative)の事例を取り上げ、解説したものである。ここで取り上げたオーストラリアのシドニー・ハーバー・トンネルは、PFIの中でもいわゆるBOT(Built Operate Transfer)という手法を取ったものであるが、個々の社会資本の事前評価、事後評価を行う上で参考となる事例であろう。