(第6号 1995.3.発行)

『低金利政策と銀行業の効率性』

                          特別研究官(大阪大学教授) 筒井 義郎
                           第二経営経済研究部研究官 上岡 孝一

                                    研究官 洞口 紳也

                                    研究官 堀内  聡

 金融自由化以前に支配的におこなわれてきた低金利政策は、金融仲介に関して経営上の非効率をもたらした半面、金融システムの安定性に貢献し、高度成長の達成に寄与したとしばしば言われてきた。しかし、その主張は必ずしも十分な実証的根拠をもっているとはいい難い。たとえば、低金利政策が高度成長に寄与したという主張は、低金利政策が企業の資金コストを引き下げることによって投資を刺激したという論理に立っているが、低金利は資金の供給意欲を弱め、貯蓄総量を減少させる効果もあったはずである。また、高度成長期において、預金金利規制は厳格に実施されたが、貸出金利規制についての規制が実効的であったかどうかは必ずしも明らかでない。したがって、そもそも低金利政策によって企業の資金コストが十分に引き下げられたかどうかも自明な事実ではない。
 銀行が競争的であれば、預金金利規制によって預金者から受け取った所得をすべて貸出の金利競争によって企業に移転するであろう。しかし、銀行業においては新規参入が厳格に規制されており、いろいろな非価格競争規制・自主規制がおこなわれていた。したがって低金利政策の効果は、預金金利を引き下げ、預金者から銀行に所得移転をもたらしたが、それがどの程度企業の資金コストの引き下げに寄与したかは疑問である。もし、その引き下げ幅が小さければ、低金利政策はもっぱら金融機関の利潤の増大に寄与し、実物的な企業の投資・生産力の増大にはあまり寄与しなかったことになる。もちろんその場合にも、銀行の利潤を高めることは金融システムの安定性に寄与し、ひいては産業界への円滑な資金供給を可能ならしめるというメリットがあったということはできようが、「低金利政策が高度成長に寄与した」という通説的見解に、少なくとも、疑問を投げかけることになろう。
 本稿は高度成長期における低金利政策、とりわけ預金金利の低位固定が、銀行部門と最終的な借り手である企業部門にどのような影響を与えたかを分析する。預金金利の低位固定化は、金利規制がおこなわれず市場が均衡していた状態と比較すると、預金者から銀行部門への所得移転をもたらしたはずである。低金利政策が高度成長を促進するものであるためには、この預金者から銀行部門への所得移転がさらに貸出金利の低下を通じて企業部門に移転されなければならない。本稿は、1980年代後半以降は預金金利、貸出金利ともに均衡金利であり、均衡金利は時期によって変化しないという前提のもとに、預金者から銀行への所得移転の大きさとそれが銀行部門と企業部門にどのような比率で分配されたかを大ざっぱに試算した。その結果、たとえば、1961年〜65年について銀行と企業の所得の分配は貸出表面金利を用いると、分配比は1:1.35、銀行にとどまった利益は2,500億円強であり、実効金利を用いた場合には分配比は1:1.24、銀行にとどまった利益は2,700億円弱であることを見いだした。このように、低金利政策は企業の資金調達コストを引き下げもしたが、平均的にみて、より大きな部分が銀行部門にとどまった可能性もある(ただし、近年の経費の節約には情報通信技術の進歩がなければ実行できない部分もあるはずであり、その分を考慮すると、その可能性は低くなる)。
 銀行部門に滞留した部分があるとするとそれがどのように使われたかが問題となる。もしこの部分が短期的な利益を生み出すように投資されたとすると、横ならびと評される当時の協調行動と矛盾したと思われる。また、銀行株主への配当として支払われたのでないことは、配当に関する観察からほぼ確実である。そうすると、銀行部門に滞留した部分は、「銀行部門活動の非効率性」かあるいは直接短期的な利益にはつながらない「資産蓄積目的の投資」(株式の政策投資や不動産投資が相当する)に使われたのではないかと推測される。
 このような想定のもとで、(利益+経費)の率(粗利潤率)が大きい銀行(あるいは年度)ほど「蓄積目的投資」が大きいかどうかを調べたところ、それを明確に支持する結果は得られなかった。また、(利益+経費)を変数として含むいくつかの定式化について回帰分析をおこなったところ、いくつかの場合についてはわれわれの想定と整合的な結果を得たが、全体として明確な支持を得たとはいい難い。
 経費の中では、人件費をとりあげ、1人当たりの資金収支が大きい銀行ほど1人当たりの人件費が大きいかどうかについて実証をおこなった結果、想定を支持するような結果を得た。また、資金収支が大きい銀行ほど1人当たりの人件費が大きいかどうかについて実証をおこなった結果、それほど明確ではないが、地銀・相銀については、想定を支持するような結果を得た。しかし、われわれの仮説が正しければ、その傾向は高度成長期にはみられるが最近はみられなくなっているはずであるが、実証分析の結果はどちらの期間にも認められた。
 これらの結果を総合すると、人件費率についてはある程度われわれの想定を支持する結果が得られているし、株式投資についても高度成長期には短期的利益を追求した投資が少ないことを裏付けるような結果が得られているものの、全体としては、残念ながら、われわれの想定がデータによって強く支持されたとはいい難い。これは、そもそもわれわれの想定が成立しないことを意味するのかもしれないが、分析の具体的な方法に問題がある可能性も否定できない。分析方法の改善は将来の課題としたい。