郵政研究レビュー

(第8号 1998.7 発行)

『日本における長期資金のマクロ分析 −期限別貸出残高を使った計測−』

                         特別研究官   福田 慎一

                         客員研究官   計   聡

                         研究官     中村 彰宏

                         研究官     曽根 知広

 戦後日本の金融市場では長い間、「銀行法」に基づく普通銀行に加えて、「長期信用銀行法」に基づく長期信用銀行や「金融機関の信託業務の兼営に関する法律」に基づく信託銀行などが存在する銀行の専業規制が行われてきた。この専業規制の結果、各銀行の貸出期間を見た場合、長期信用銀行が金融債を発行することによって長期貸出を主たる業務とする一方、普通銀行は主として短期貸出を行うという「長短分離」が存在することとなった。このような長短金融の分離による長期資金の政策的な供給が、戦後日本の高度成長を促進する上で大きな役割を果たしてきたことは多くの研究者によって指摘されている。しかしながら、各銀行の長期資金の貸出比率は、日本の経済発展や各時期のさまざまなマクロ経済の環境に影響を受けて時代とともに変化してきた。例えば、高度成長期において産業間の資金配分に影響を与えたとされる産業資金部会の活動は、1970年以降は実質的な意味を失ったとされる。また、金融自由化が進展し、長短分離の垣根が弱められた今日では、少なくとも民間銀行を通じた長期資金の流れは政策的に決定される側面は小さくなり、マクロ経済状況により敏感に反応して変化するようになってきていると考えられる。

 そこで本稿では、日本銀行調査統計局による「全国銀行銀行勘定期限別貸出残高」のデータを使うことによって、高度成長期から安定成長期にかけて、日本の民間銀行による長期資金がどのように推移し、どのようなマクロ的要因に影響を受けて変動してきたかを分析する。本稿の前半ではまず、全国銀行、都市銀行、地方銀行、信託銀行、長期信用銀行それぞれの期限別貸出残高の構成比が、時代とともにどのように推移してきたかを概観する。特に、そのデータを使って、各タイプの銀行の平均的な貸出期間及び分散を、いわゆるカールソン・パーキン法を拡張・修正した方法を使って推計し、その結果、高度成長期までは存在した長短分離は、1970年代前半頃から変化の兆しが表れ、金融自由化が進展して業務の垣根が弱められた今日では、民間銀行を通じた長期資金の流れは、以前のように政策的に決定される側面は小さくなってきている。また、以前は短期貸出を行うことが原則であった都市銀行や地方銀行も、長期貸出の比率を高めてきており、その傾向は住宅ローンや消費者信用の伸びの影響を取り除いた場合でも、基本的に変わらないことを明らかにする。

 次に、本稿の後半では、各銀行の長期資金の貸出比率の短期的な変動が、各時期にどのようなマクロ経済変数の影響を受けてきたかを分析する。分析は、長期資金の流れがいつ頃からどのようなマクロ経済変数に影響を受けるようになったのかを、長期資金に対する需要関数及び供給関数を推計することによって検討する。その結果、長期資金の需給は以前はマクロ経済環境とは独立に政策的に決定される側面が多かったものの、長期資金の需要と供給の両面において近年その影響が有意に観察されるようになっていたことを明らかにする。特に、逐次的チャウ・テストの結果から、まず1980年頃に需要関数でその変化が現れ、ついで1982〜83年頃に供給関数において、民間銀行を通じた長期資金の流れがマクロ経済状況により敏感に反応して決定されるようになってきていることが示される。