1994年5月:調―94―VI―02

『欧米諸国における最近の衛星放送の動向に関する研究調査報告書』

                              通信経済研究部研究官 竹下  剛
                                     研究官 田中 明宏
                                     研究官 岸本 伸幸
                                     研究官 越前 敬一
 本報告書は第1部において、米国における衛星放送(DBS:Direct Broadcast (ing) (via) Satellite)の状況について、失敗に終わった1980年代前半の経緯と原因、さらにその後の事業環境の改善について述べる。その上で、現在の規制及び事業者の状況について概説し、最後に今後の展望についてふれる。

 その後、第2部で、欧州諸国における衛星放送の規制や技術の経緯と現状について述べ、それに関連する機器メーカー、広告市場、番組内容といった周辺市場についても概説する。

第1部 米国

 1980年代前半の米国では、FCCは、米コムサット社の子会社STCをはじめとする8社に衛星放送システムの暫定建設許可を与えたが、その頃通信衛星を用いて衛星放送を開始したUSCI社の失敗の影響などもあり、事業の見通しを立てられないまま、その多くが1985年頃までに撤退してしまった。

 この原因としては、(1)技術的な未成熟、(2)ケーブルテレビやホームビデオ、TVROといった強力な競争者の存在、(3)番組調達上の困難、などが挙げられる。  現在まで実際にサービス開始にまで至った事業者はなく、通信衛星を用いた衛星放送がわずかに行われているだけである。

 ところが、(1)デジタル画像圧縮技術の利用による多チャンネル化、衛星や受信機器の高性能化、といった技術進歩、(2)番組アクセスルールの制定により番組調達が容易になったこと、(3)視聴者の有料テレビや多チャンネルへの慣れ、ケーブルテレビのサービスへの不満の高まり、などといった近年の変化が、米国における衛星放送事業の普及の可能性を大きく改善させている。

 現在は、9つの事業者に暫定建設許可が与えられており(そのうち、ヒューズとUSSBの2社に正式な事業許可が授与されている)、この中では、ヒューズ・コミュニケーションズ社の子会社であるディレックTV(DirecTV)を中心としたグループの計画が最も進んでいる。このグループは、今年6月末にはサービスの提供を開始し、デジタル圧縮技術を用いて、最終的にはニア・ビデオオンデマンド・サービスを含む150チャンネルのサービスを提供する予定である。総投資額は約10億ドルで、視聴者用の受信システムの価格は700ドルを予定している。5000店の販売網を構築し、2000年には1000万世帯の加入を目指している。

 この他にも、ケーブルテレビの大手が出資するプライムスター、ディレックTVと同じ衛星や受信システムを用いて放送を開始するUSSB等、いくつかの事業者が衛星放送の計画を進めている。

 これらの事業の見通しとしては、前述のように、1980年代当時と比べれば、米国の衛星放送を巡る事業環境が格段に改善されているため、ケーブルテレビへの加入が不可能な地域に止まらず、可能な地域でもある程度の普及が見込めるものと思われる。一方、加入者が700ドル以上の初期投資を負担する必要があることや、デジタル圧縮等の新技術の実用段階での実績が乏しいこと、短期間で全米での十分なサービス網を構築できるか、といった点が懸念される。

第2部 欧州諸国(ドイツ、フランス、イギリス)

 一方、1980年代前半から、衛星放送に関しては、日本を除けばいつも欧州が中心であった。1994年1月現在、欧州全体で22機の衛星が打ち上げられており、受信世帯数も1000万強と世界最大の市場を形成している。特に欧州最大のドイツ、第2位のイギリスを合わせると全体の65%を占め、両国は常に欧州衛星事業の中心であった。

 こうした今日の繁栄の裏には、市場原理導入のため規制緩和により自由化を目指した行政側の努力と、技術革新の流れの中で主導権争いを繰り広げた民間側の競争があった。ドイツでは、地上と宇宙のセグメントにおける国内市場、国際市場の自由化政策を打ち出し、市場開放を最大限押し進めた。

 また、EC委員会は、技術面で日本のハイビジョンに対抗し、欧州独自のMAC方式を衛星放送標準規格と認定し、欧州各国も競って、国家プロジェクトとして放送衛星を打ち上げた。

 しかし、欧州諸国の思惑とは逆にMAC方式は衛星放送事業者をはじめとした関係者から全く支持を受けず、各国政府の構想は頓挫していく。それとは対照的に、地上波との互換性と多チャンネル化を特徴とするPAL方式(アストラ衛星)が立ち上げの困難さを克服し、次第に衛星としての地位を確立していった。MAC方式の失敗の原因は、当時米国は既にデジタルHDTV採用を決めており、MAC方式が時代遅れの技術になっていたことと、MAC方式はECからの要求スペックが厳しく、かつ、実用面でのデメリットが多く、コスト面でも割高となっていたことがあげられる。

 1億世帯を超える衛星TV潜在市場をもっている欧州は、周辺市場にとっても魅力的な市場となっている。地上波、CATV、衛星放送とも欧州最大の規模を誇るドイツでは、直接衛星放送受信機器、広告、番組ソフト市場、すべてで引き続き堅調な成長が期待されている。放送衛星ではドイツと共同プロジェクトを組んできたフランスは、地上波の国内競争が激しく、CATV、衛星放送ともにまだ発展途上の段階にある。それだけに、将来ドイツ、イギリスに匹敵する周辺市場を形成する可能性が高く、興味深い存在となっている。ドイツに次いで欧州第2位の衛星放送市場を持つイギリスは、直接衛星放送受信機器、広告市場で欧州最大の実力を持っており、最近では電気通信事業の自由化を機に、CATV事業者の多くが電話サービスを行う等、欧州では唯一、民間主導で衛星事業を推進しており、欧州では確固たる地位を築いている。

本文書[rtf形式]の転送


HomePage