郵政研究所月報

1998.12


調査・研究

日本版債券レポ市場の現状と課題


第三経営経済研究部研究官  前田 秀紀 

[要約]

T. 日本版債券レポ市場とは、正式には「現金担保付き債券貸借市場」といい、その名の通り、現金を担保として国債を貸付ける取引である。これを逆から見れば、国債を担保として現金を借り受ける取引でもあり、この両面性がこの取引の特徴となっている。

 現在のレポ市場では、資金貸借の性格を持つ取引が大半を占める。市場残高は現在40兆円を超え、短期金融市場で最大の市場に成長している。市場参加者は、様々な制約から金融機関に限られている。

 なお、1997年11月からは、日銀オペの対象ともなっている。

U. レポ取引の大きな特長は、国債を担保としているため、リスク・フリーであることである。しかし、取引相手がデフォルトに陥ったときの担保債券の処分には疑義を挟む余地が残っている。

 また、レポ市場の歴史は、信用リスク等の様々なリスク回避のための市場改革の歴史である。

V. レポ市場は、税制、フェイル、参加者の拡充などの問題を抱えている。2000年末にも予定されているRTGS(即時グロス決済システム)の導入により、いくつかの課題には解決の道筋がつくと思われる。

目次
  T.日本版債券レポ市場の現状
   T.1仕組み〜債券取引にして金融取引
   T.2現況〜新しい短期金融市場
   T.3金融調節〜日銀オペの中核として
  U.日本版債券レポ市場の特長〜リスクとの関わり
   U.1リスク・フリー
   U.2レポ市場の沿革〜リスク克服を目的として
  V.日本版債券レポ市場の課題
   V.1税制
   V.2フェイル
   V.3参加者の拡充
   V.4将来展望

 

はじめに

 本稿は、日本版債券レポ市場について論じるものである。

 この耳慣れない名前の市場は、1996年4月に設立された、最も新しい短期金融市場である。しかしその市場規模はその後わずか2年で急激に拡大し、現在ではコール市場をも陵駕する最大の短期金融市場に成長している。また、こうした市場の成長を受け、1997年11月からは日銀の金融調節(オペ)手段にも採用されている。

 このようにレポ市場は、 短期金融市場に大きな位置を占め、既にそれ抜きでは市場を語れないほどの存在になっている。それは、これまでの市場にはない新しい特長―リスク・フリー―が、リスクに敏感になった投資家に受け入れられたからであった。しかし同時に、その新しさゆえに、いくつかの克服すべき課題を抱えていることも事実である。本稿は、こうした点を踏まえ、この市場の現状、特長、ならびに課題を概観するものである。

 まず第1部では、日本版債券レポ市場の現状として、市場の仕組み、市場の現状、そして日銀の金融調節について述べる。

 第2部では、日本版債券レポ市場の特長として、リスク・フリーについて論じる。その後、なぜそうした特長が生じたかを知るために、市場設立の経緯を振り返る。

 第3部では、日本版債券レポ市場の課題として、その発展のために検討すべき課題についていくつか検証し、最後に簡単な将来展望を試みる。

 


以下、本稿で単に「レポ取引」「レポ市場」等という場合は、特にことわりがない限り、「日本版債券レポ取引」「日本版債券レポ市場」等を意味する。 Return

 

T.日本版債券レポ市場の現状

T.1 仕組み〜債券取引にして金融取引

T.1.1 基本的なスキーム

 日本版債券レポ取引は、正式には「現金担保付き債券貸借取引」と言い、その名称が示すとおり、「債券の貸出(借入)に際して、その債券の担保として現金を徴求する(差し入れる)」取引である。

 ここですぐに気付くことは、この取引が、「現金の借入(貸出)に際して、その担保として債券を差し入れる(徴求する)」取引と全く同じ経済効果を持つことであろう。このように、一つの取引で「債券(貸借)取引」と「金融取引(資金貸借取引)」の両面性を持つところが、レポ取引の最大の特徴となっている。

 これを具体的に図で示すと、図1の通りとなる。この図にあるように、債券の借り手は借入債券について貸借料を支払う一方、債券の貸し手は現金担保について利息を支払う。この債券貸借料と担保金利息の差額が取引の利益(または費用)となる。金利ベース、つまり債券貸借料率と担保金利息率(付利金利という)との差は「レポレート」といい、取引条件は通常このレポレートで示される。

 また、慣例的に、債券を貸し出す(=現金を調達する)ことを「レポ」、債券を調達する(=現金を貸し出す)ことを「リバース・レポ」と呼んでいる。図1の例では、Xにとってはレポが、Yにとってはリバース・レポが行われていることになる

 

図 1  日本版債券レポ取引の基本的なスキーム

 

 以上のように、レポ取引は債券取引と金融取引が表裏一体となった取引である。しかし、現実の取引においては、取引当事者のニーズに応じて、債券取引か金融取引いずれかの性格だけを(または一方の性格をより強く)持っているのが普通である。これについて整理したものが、表1である。

 

表 1  レポ取引のニーズと性格
ニーズ 債券の貸し手 ・保有債券の有効活用 ・保有債券を担保とした短期資金の調達
債券の借り手 ・空売り
・空売りした債券の手当
・余剰資金の短期運用
レポ取引の性格 債券(貸借)取引
金融取引

 

 このように取引の性格が異なると、実際の取引もそれぞれ違った形態をとることになる。

 即ち、取引が債券貸借取引の性格を持っているときには、貸借される債券の銘柄を具体的に特定した取引が行われる。これをスペシャル取引(S取引、SC取引、SC。special collateral transaction)という。一方、取引が金融取引の性格を持っているときには、主として取引期間やレポレートのみが考慮され、債券の銘柄は特定しない取引が行われる。これをジェネラル取引(G取引、GC取引、GC。general collateral transaction)という。

 以上が、レポ取引の基本的なスキームである。次節以降では、このスキームの様々な点について、さらにもう少し詳しくみていくことにしよう。

T.1.2 債券の種類および参加者

 レポ市場での取引は、現在のところ、国内金融機関による国債(登録国債または振決国債)の取扱いだけとなっている(登録国債・振決国債については補足1参照)。理論的にはこのような制限はないのであるが、現実には、@源泉徴収の不適用が望ましいこと、A決済システムの使用が必要なこと、B市場設立の経緯、これら3点から、取扱い債券も参加者も限定されている。それでは、この3つの理由について詳しく見ていこう。

@源泉徴収の不適用

 国内外の法人が公社債等の利息の支払いを受ける場合には原則として所得税が源泉徴収されるが(所得税法第212条。なおこのときの債券を「課税玉」という)、国内金融機関が登録国債または振決国債の利息の支払いを受ける場合には、源泉徴収は適用されない(租税特別措置法第8条。「非課税玉」という)。

 課税玉をレポ市場で扱うには、実務上いくつかの困難な問題が存在する。例えば、貸借期間中に利払いがあった場合の源泉徴収相当額の処置(通常、利金は債券の借り手に支払われ、その後借り手は利金相当額を貸し手に支払う。この場合、借り手が源泉徴収されると問題が生じる)はその一例である(この問題については、第3部で詳述する)。

 こうしたことからレポ市場では課税玉の取引は行われず、非課税玉のみの取引となっている。前述のように、非課税玉は国内金融機関の所有する登録国債・振決国債に限られており、ここから参加者と取り扱える債券の種類も制限を受けることとなる。

A決済システムの使用

 レポ取引には債券(国債)と資金の受け渡しが付随しており、市場参加者はその決済を確実かつ正確に行うことが必要とされる。

 債券(国債)と資金の決済には、現在「DVP(Delivery Versus Payment)」と呼ばれる決済システムが多く利用されている。これは「日本銀行金融ネットワークシステム(日銀ネット)」と呼ばれる金融機関間の電子決済システムの資金系(当座預金系)ネットと国債系ネットをリンクさせたものであり、市場参加者は原則としてこのネットへの加入を要請される。この条件により、参加者は日銀ネットに参加している日銀と民間金融機関に、また債券の種類は日銀ネットで取り扱える登録国債・振決国債に、それぞれ限定されることとなる

 ただし、これには例外がある。まず資金決済については、生損保等の日銀ネットに加入していない(そもそも日銀に当座預金口座を持たない)金融機関も市場に参加している。これらの金融機関は銀行送金や銀行小切手などにより資金授受を行っている。

 また、国債決済についても、DVPに未加入の金融機関は多い。日銀はそうした金融機関に対して、「国債MAC(Message Authentication Code)」と呼ばれる簡易決済システムの普及を進めているが、全参加者が利用しているわけではない。これは、システム投資負担の忌避や、非居住者が源泉徴収を回避するために(紙の)登録変更請求書での決済を行っていることが背景にある(後述)。

B市場設立の経緯

 これについては第2部で詳述するが、日本版債券レポ市場の設立の目的の一つは、国債の取引に絡む様々なリスクの克服であった。こうした経緯から、日本版債券レポ市場は国債の市場として設立され、発展してきたのである。

 

(補足1)登録国債と振決国債
 登録国債と振決国債とは、いずれも国債本券が発行されないか若しくは日銀に寄託され、所有権等の管理が日銀における登録簿または帳簿によって行われている国債である。
 登録国債は「国債登録制度」の中に位置付けられており、国債権者の請求に基づき、所有者、銘柄、残高を登録簿に登録し、以後の権利行使を国債登録簿上で行う。国債権者には登録済通知書が発行される。権利移転を移転登録請求のみで行うことができ、売買、ディーリングが容易である。根拠法は、「国債ニ関スル法律」である。
 振決国債は「国債振替決済制度」によるもので、1980年に国債の取引量の増加に伴い導入された。この制度は国債登録制度の枠組みを利用し、さらに取引の迅速化を図ったもので、制度参加者は日本銀行に国債を寄託、日銀はそれを日本銀行名義で一括登録するとともに、参加者帳簿(口座)を設け、参加者毎の寄託額を管理する。参加者間の権利移転は、参加者の振替指図に基づく帳簿上の口座振替によって行うため、より迅速な取引が可能である。日本銀行法第25条の大蔵大臣認可に基づく制度であるが、その内容は日銀と制度参加者との契約に基づくものである。

 

T.1.3 現金担保

 レポ取引における現金担保は、借り入れ債券(国債)の時価総額に一定の比率(基準担保金率という)を乗じたものとなる。この場合、@借り入れ債券の時価が変動した場合の処置(値洗い)、A基準担保金率の設定の2点が問題となる。これについてみていくことにしよう。

@値洗い

 国債の時価は日々変動しており、そのため担保金額の過不足が生じることがある。このときに、担保金の余剰額の返還請求、または不足額の追加差し入れ請求により、担保金を適正な額に調整することを、値洗いという。値洗いは、レポ取引の大きな特長である。他にも有担保の金融取引は多いが、担保額は約定時に決定されるため、その後の担保価値変動リスクに対応できないか、または対応するために担保掛目を設定せざるを得ず、債券等の有効活用が十分に図れない場合が多い。値洗いはレポ取引をそうした問題から解放し、リスク回避と債券の有効活用という命題の両立を可能にしているのである。

 レポ市場の発足当初においては、借り入れ債券の時価が約定時(または前回値洗い時)の上下一定幅を超えて変動した場合に担保金の調整(値洗い)を行う方式が一般的であり、許容される変動幅は上下2%の場合が多かった(これを「2%ルール」という)。しかしながらこの方式では、許容変動幅内での価格変動の場合には無担保での信用供与が発生することになり、信用リスク管理上、レポ取引を敬遠するに十分な理由となる。

 このため、1997年に「マージン・コールmargin calls方式10」と呼ばれる方式が導入された。これは、簡単に言えば、許容変動幅を0%とするもので、取引当事者が変動幅の大小に拘らず担保金の調整を請求することができるものである。ただし、担保金調整請求は自動的に行われるわけではなく、取引当事者が各々のリスク管理、リスク判断に基づいて請求することとなる。マージン・コール方式はリスク管理上優れた方式であり、現在の市場でもこの方式の利用が拡大している。また、日銀のオペレーション(オペ)でもこの方式が採用されている(後述)。

A基準担保金率の設定

 基準担保金率は、いわば担保の掛け目であり、従って基本的には、取引期間、担保の流動性、取引当事者の信用度などを反映して当事者間で決定するものである。しかし日本のレポ市場では、担保が流動性が高くリスク・フリーの国債であること、市場参加者がはじめから限定されていることなどからこれを100%未満にすること(「ヘアカット11」という)が忌避される傾向にあり、現実には100%(即ち債券の時価総額と同額)が中心となっている。ただし、日銀が(オペで)債券を借り入れる場合については、ヘアカットをかける(100%未満の率が設定される)のが普通である(後述)。

T.1.4 レポレート

 前にも述べたように、レポレートとは通常レポ取引の取引条件を示すにあたって使用され、@付利金利マイナスA債券貸借料率で計算される。

 では、レポレートの水準形成はどのように為されるのであろうか。これを検討するために、上の2つの金利の水準形成について、それぞれ見ていこう。

@付利金利の水準形成

 付利金利は、通常、貸借期間に見合う無担保コール金利に連動している。

 ただ最近(1998年夏〜秋頃)は、コール市場金利が日銀の超低金利政策などにより低下する一方、レポ市場では資金の出し手が少ないこと(後述)などから、相対的に金利が下がりにくく、連動性が薄れ金利差が生じている状況にある12

A債券貸借料率の水準形成

 債券貸借料率の形成プロセスは、スペシャル取引とジェネラル取引とで全く異なっていると言ってよい。

 スペシャル取引では、貸借料率は銘柄ごとに、その銘柄の需給を反映して決定される。従って、指標銘柄などの需要が多い銘柄は貸借料率も高い。

 また、3月下旬や9月下旬など期越えの取引が多くなる時期には、決算処理上債券(国債)を貸し出せない場合があることから、供給が絞られ、貸借料率が高騰するケースが多い。期末以外でも、何らかの理由で特定の銘柄の需給バランスが崩れれば、貸借料率が高騰する場合がある(この点については、第3部で詳述する)。

 ジェネラル取引では、債券には担保以上の意味はないため、貸借料率は極めて低い。通常は、0.01%としている場合が多い。

 以上を踏まえると、レポレートの水準は、原則的に無担保コール金利よりも低くなるはずである(別の見方をすれば、レポ取引は有担保取引であり、リスクプレミアムの分だけ無担保取引よりも金利が低いはずである)。しかし最近は、@で述べたように付利金利が相対的に高く、レポレートと無担保コール金利が逆転する(レポレート>無担保コール)現象も生じている。

T.1.5 (参考)他の類似取引との比較

 ここまで日本版債券レポ市場の仕組みについて述べてきたが、最後に参考として、この取引と類似した取引をいくつか取り上げ、その類似点及び相違点について整理しておこう。具体的には、債券現先取引13および米国のレポ取引を取り上げる。

 債券現先取引とは、買戻し条件付き債券売却(現物売り・先物買い)取引または売戻し条件付き債券買入(現物買い・先物売り)取引のことである14。形式上はあくまで債券の売買であるが、実質的には債券を担保とした短期の金融取引(資金貸借取引)である。

 米国のレポ取引も、売買取引(即ち、買戻し条件付き債券売却、または売戻し条件付き債券買入)であり、金融市場として機能しているという点で現先取引と同じである。そもそも、「レポRepo」という名称自体、「買戻し/売り戻し条件(付き売買)Repurchase/Resell Agreement」の略とされ、「レポ」とは本来は売買取引を表す語なのである。日本のレポ取引が売買ではないにも拘らず「レポ」を名乗るのには、市場創設にあたって米国のレポ取引と同様の経済効果を持つ取引の導入が企図されたものの、債券の売買という形では税制(有価証券取引税や印紙税)、商品の法的構成、業際問題などがあったため、現金担保付き債券貸借という形を取らざるを得なかったという経緯がある。「日本版」債券レポ市場と表記することが多いのは、そのためである15

 さて、以上を踏まえた上で、この3種の取引の共通点・相違点についてみていこう。

@取引の形態

 上で述べたように、この3取引は、形式上の形態こそ債券貸借取引(日本のレポ取引)、買戻し/売り戻し条件付き債券売却/買入(現先取引、米国レポ取引)と違いはあるものの、債券取引としての一面を持つと同時に、実質的な金融取引(資金貸借取引)としても機能しているという点で共通している。またこの点から、現実の市場で金融市場としての性格をより強く持っており、中央銀行(日銀、FRB)の金融調節の対象となっていることも同じである(レポ市場の現状および金融調節については、次章以下で述べる)。

 その一方で、税務・会計上の取扱いは、三者三様である。日本のレポ取引は債券貸借取引として取り扱われる。現先取引は、債券売買取引または金融取引(資金貸借取引)としての処理のいずれでも選択することができる(ただし、同じ方法を継続して採用する必要はある)。後者については特に「現先会計」と呼ぶことがある。米国のレポ取引は金融取引(担保付き資金貸借取引)として扱われている。現先取引や米国のレポ取引で、形式上の形態(債券売買取引)と異なった会計処理(金融取引)が認められるのは、近年の会計原則について、形式上の内容に囚われず、実質的、実効的な内容を評価の対象としようとする流れがあるからである。

 こうした違いを反映して、財務諸表上の表示も異なってくる。レポ取引は、現金担保は担保金として処理され、債券借入の場合のみ債券も同時に保管有価証券として計上される。但し、損益計算書には付利利息・債券賃借料のみが記載される。現先取引の場合は、例えば買戻し条件付き買入の場合をとると、債券売買取引として会計処理を行った場合は保有有価証券が計上され、売買損益の実現、簿価の変動、国債価格変動引当金16の計上などが生じる。金融取引として会計処理を行った場合は貸付金として処理され、貸倒引当金の計上が可能になる。米国のレポ取引は、買戻条件付き売却有価証券または短期資金として処理される。

 なお、米国のレポ取引は、法的には債券売買として扱われている。これは、取引相手が破産法の適用を受けた場合に、取引対象の債券が金融取引の担保という扱いになっていると当該債券を勝手に処分できなくなるという問題が生じるため、それを回避するための措置である(後述)。

A値洗い

 前述のように、日本のレポ取引では値洗い(マージン・コールを含む)が行われるが、現先取引では行われない。債券売買取引である現先取引で、担保金の調整という概念が有り得ないのは当然である。ところが、米国のレポ取引では値洗い(マージン・コールを含む)を行う。これは、@で述べたように米国のレポ取引が実質的に資金貸借取引として扱われていることの一つの顕れである。

Bレート

 これも前述のように、レポ取引では付利金利と債券貸借料率の2本建てとなっている。より正確に言えば、取引上は両者の差であるレポレートが使われているが、会計上では分離して計上されている。これに対して、現先取引では「現先レート」と呼ばれるレートで取引され、米国のレポ取引も単一のレポレートで取引される。

C取引の対象となる債券

 これは3取引とも明示的に定められているわけではないが、日本のレポ取引では長・中期国債が取引のほとんどを占めている。これは、日本のレポ市場が長・中期国債の貸借市場から発展してきたという経緯に負っている。現先取引では、売買高の9割以上が短期国債(TB・FB)となっている。これは、長・中期国債は有価証券取引税が課税されるが、短期国債は非課税であるためである(D参照)。米国のレポ取引では長・中・短期全ての財務省証券(米国国債)17が取り扱われており、一部ではモーゲージ債18なども取り扱われている(これは、モーゲージ・レポ等と呼んで区別することが多い)。

D有価証券取引税

 日本のレポ取引は、貸借取引であるので、有価証券取引税は課税されない。現先取引は売買取引であるので原則として課税対象であるが、短期国債(TB・FB)については課税されない(有価証券取引税の問題については第3部で詳しく論じる)。米国には、有価証券取引税が存在しない。

EBIS規制上の取扱い

 日本のレポ取引では債券価額と現金担保の差額がリスク資産となる(レポ取引とBIS規制については後述)。これは米国のレポ取引でも同様である(担保が財務省証券の場合)。一方現先取引は、保有する債券がリスク資産となる。もっとも、取扱い債券は現実にはほとんどが国債であり、そのリスク・ウェイトは0%であるため、実質的にBIS規制上のリスク資産とはならないと考えてよい。

F取引相手が債務不履行に陥った場合の対応

 日本のレポ取引は、契約上の特約により、レポ取引にかかる全ての債券債務が他の債券債務と切り離されて一括清算されることになっている(後述)。米国のレポ取引も一括清算される点では同じであるが、その根拠は、レポ取引が法的には売買として取り扱われるという点にある(@参照)。現先取引の契約には一括清算の定めはなく、それぞれの取引を別々に契約通りのエンド単価で終了する形になる。

 以上について総括したものが、表2である。これを見ると、日本のレポ取引が米国のレポ取引の手法を多く取り入れていることが分かるであろう。先にも述べたように、債券売買でないにも拘らず「レポ」を名乗るのには、こうした背景があるのである。

 

表 2  レポ取引と類似取引との比較
  日本版債券レポ取引 債券現先取引 米国のレポ取引


形式上 現金担保付き債券貸借 買戻/売戻条件付き
債券売却/買入
[形式上・法律上]
買戻/売戻条件付き
債券売却/買入
実質 債券担保付き資金貸借 債券担保付き資金貸借 債券担保付き資金貸借
会計上 債券貸借 売買または資金貸借 資金貸借
市場 ほぼ金融市場 ほぼ金融市場 ほぼ金融市場
中銀の
金融調節
対象となっている 対象となっている 対象となっている
値洗い あり(マージン・コールもあり) なし あり(マージン・コールもあり)
レート 付利金利−債券貸借料率
(レポレート)
現先レート レポレート
対象債券 長・中期国債 短期国債 長・中・短期財務省証券
(米国国債)
有価証券
取引税
非課税 課税(短期国債を除く) 有価証券取引税が存在しない
BIS規制 債券価額と現金担保の差額についてリスク・ウェイトを適用 保有債券についてリスク・ウェイトを適用 債券価額と現金担保の差額についてリスク・ウェイトを適用
取引相手
の破綻時
契約上の特約により取引を一括清算 各々の取引について取引終了 法的には売買取引なので取引を一括清算

 

 以上、ここまで日本版債券レポ市場の(技術的)スキームについて述べてきたが、最後に、そのスキームが与える意義について簡単に述べておこう。

 これまでみてきたように、レポ取引は、債券取引としては現金を、金融取引としては国債を担保とし19、かつ値洗いによって常に担保の過不足を調整している。これが意味するところは、レポ取引は信用リスクをほぼ完全に回避できる、即ちリスク・フリーということである20。これはそれまでの債券・金融取引にはない、レポ市場の大きな特長であり、この性質からレポ市場の発展に大きく寄与し、またレポ市場を他の市場から差別化するものとなっている。

 このリスクとレポ市場に関する具体的な事例等については、第2部で詳しく述べることにする。

 では次に、レポ市場の現在の状況についてみていくことにしよう。

 


実際には、債券ディーラーを中心に考える(債券ディーラーが債券を貸し出す取引をレポと呼ぶ)ことが慣例になっている。図1の取引は、Xが債券ディーラーの場合はレポ、Yが債券ディーラーの場合にはリバース・レポということになる。 Return
collateralは、レポ取引においては特に「担保となっている証券」を意味する。 Return
「非課税」とは便宜的な呼称であって、最終的に法人税が課される点では課税玉と同じである。 Return
日銀ネットは、1988年10月から当座預金・準備預金関係の業務がスタート、その後1989年2月には外国為替関係、1990年6月には国債関係の業務がそれぞれ稼動を開始している。DVPは1994年4月から稼動。それ以前は資金決済時間から国債決済時間まで2時間のタイムラグがあり、その間決済リスクが生じていた。 Return
1998年4月からは社債等系ネットもDVPシステム化されており、従って正確には、社債等についてもDVPでの決済が可能になっている。 Return
顧客間の登録変更請求書の授受に代えて、コードによって請求意志の確認をするもの。1997年2月に最初のコード配布。実際の国債の受け渡しは、DVPに参加している金融機関が代行している。 Return
日本銀行法は1997年6月に改正(翌年4月施行)されている。本文中の内容は改正前のもので、日銀は、主務大臣の認可を受け信用制度の保持育成の為に必要な業務を行うことができるとされていた。改正法では第38条が該当するが、大蔵大臣の要請があったとき日銀は必要な業務を行うことができるとの内容に変更され、日銀の独立性が尊重されている。 Return
前営業日付の東京証券取引所小口取引における終値(上場国債の場合)や日本証券業協会による店頭基準気配値(非上場国債の場合)などが使用される。なお、1998年12月から証券取引所への取引集中義務が撤廃されるのに伴い、上場国債についても日本証券業協会の気配値が使用される予定である(『日本経済新聞』1998.10.16付)。 Return
10 マージン・コールとは本来、「追加証拠金」「追い証」、レポ取引であれば追加で差し入れる担保金を差し、市場発足当初はその通りの意味で使われていた。 Return
11 例えば債券100に対して98の担保金しか差し入れなかった場合、債券の貸し手は「2%のヘアカットをかけられた」という言い方をする。 Return
12 『日経金融新聞』1998.5.4付、同1998.7.17付。 Return
13 以下、本稿で単に「現先取引(市場)」という場合は、特にことわりがない限り、債券現先取引(市場)を意味する。 Return
14 語源については「現時点で先日付の取引を確定する」であるとする説もあるが、定かでない。 Return
15 市場参加者の間では、単に「レポ」「債券レポ」「現担レポ」などの名称で呼ばれている。 Return
16 銀行が保有する国債の価格変動によって発生する損失に備えて積み立てるもの。以前は一定割合の引き当てが義務づけられていたが、1997年12月の大蔵省による貸し渋り対策の中で義務づけが廃止された。 Return
17 短期国債はTreasury Bills(Tビル、1年以下)、中期国債はTreasury Notes(Tノート、1年超〜10年以内)、長期国債はTreasury Bonds(Tボンド、10年超30年以下)と呼ばれている。 Return
18 資産担保証券の一種で、特に不動産担保付き貸付債権を裏付けとして発行したもの。抵当証券、抵当債権等と訳される。米国では政府保証またはそれに準じる高い信用力を有している他、財務省証券よりも利回りが高いことから、投資家にとって魅力のある投資対象となっている。 Return
19 注7でも触れたように、社債決済のDVP化も実現しており、理論的には社債レポも可能な状態にはある。社債レポについては、紙幅の関係上、本稿では触れない。 Return
20 厳密にいえば、値洗いは1営業日前の時価で行うため値洗い時点では時価と相違するとか、また後述するような決済リスク、フェイルの問題などもあり、完全なリスク・フリーではない。しかし、本稿ではそうした細かい技術的問題はさておく。 Return

 

T.2 現況〜新しい短期金融市場

T.2.1 短期金融市場としてのレポ市場

 先に述べたように、レポ取引は債券貸借取引としての性格と資金貸借取引としての性格を併せ持っている。ただ、全ての取引が等しく双方の性格を併せ持っているのではなく、個々の取引によっていずれかの性格が強く要請される。そしてその性格は、その取引がスペシャル取引かジェネラル取引かという事実によって端的に表されるのであった。

 従って、現実の市場におけるスペシャル取引とジェネラル取引の割合を知ることができれば、レポ市場がどのような市場として機能しているのか知ることができるであろう。残念ながら、その割合については現在のところ統計的な調査は行われていないが、その数字は市場関係者の証言などから推察することができる。それによると、1998年7月頃でスペシャル対ジェネラルの割合は概ね1対9とされている21。このことから、レポ市場は資金貸借市場、即ち金融市場としての性格を強く持っていると言えるであろう。

 さらに、レポ市場は、金融市場の中でも短期金融市場としての性格を強く持っている。このことを確認するためには、レポ市場の取引期間別の成約高および残高を見るのがよいが、そうした詳細な統計が存在しないため、ここでは便宜的に、債券貸借市場全体(即ち、レポ取引を含む有担保取引と無担保取引の双方を含む)の、翌日物取引の占める比率だけを見ることでそれに代えることにしよう(図2)。

 

図 2  債券貸借市場に占める翌日物取引の比率
(注) 債券貸出・借入の平均。
成約ベースの数値は、月中成約高、約定・額面ベース。
残高ベースの数値は、翌日物残高は推定し(月中成約高を営業日数で除して算出)、
債券貸借市場全体の残高は月末残高、受渡し・額面ベースを使用して、算出。
(資料)日本証券業協会

 

 図2からは、レポ市場が短期金融市場としての性格を急速に強めてきていることが読み取れるであろう。特に成約ベースでは、最近の翌日物の割合は6割を越えており、これまでコール市場などが独占的に担ってきた超短期の資金貸借という場において、レポ市場も大きな役割を果たすようになったことを示している。

 ただここで強調しておきたいのは、残高ベースの数値の推移にも示されるように、レポ市場は決して翌日物のような超短期取引のみの市場ではないという点である。これに関して、残高ベースでの翌日物取引の割合を、コール市場と比較してみよう(図3)。

 

図 3  債券貸借市場およびコール市場に占める翌日物取引の比率(残高ベース)
(注) 9月末値。債券貸借市場の数値は、図2と同様。コール市場の残高は、無担保・有担保合計。
(資料) 日本銀行、日本証券業協会

 

 図3から明らかなように、レポ市場は残高ベースではコール市場に比べ翌日物の割合が遥かに少なく、その分多様な期間の取引が多い市場であると推察される。

 これを象徴的に示しているのは、日銀のオペであろう。詳細は次章で述べるが、日銀は1997年11月以来1年弱の間に50回を超えるオペを行っているものの、そのうち期間が1か月未満の取引は2割程度を占めるに過ぎず、むしろ3か月超のオペが3割以上を占めるなど、長めの期間のオペを実施することも多い。

 こうしたことから、レポ市場は、他の多くの短期金融市場とは異なり、1日から数か月まで様々な期間の取引が行われる、いわば超短期物とターム物の特徴を兼ね備えた柔軟な市場であるということが分かるのである22

T.2.2 レポ市場の規模

 前節では、レポ市場の短期金融市場としての性格について概観してきたが、それでは、 市場規模という観点からは、レポ市場は国内短期金融市場の中でどのような位置を占めているのであろうか。

 これについて、1998年7月末現在での残高23とシェアを見ると、図4の通りである。

 

図 4  日本の短期金融市場の中のレポ市場
(注) 1998年7月末現在。ただし、債券現先のみ6月末現在。       
TBの残高は発行残高。FBは市中売却残高が0円のため省略している。
(資料) 日本銀行、日本証券業協会

 

 この図から分かるように、レポ市場は、残高が40兆円を越える、今や国内で最大の短期金融市場なのである24

 しかしこの市場は、その規模の割には、馴染みの薄い市場である。その理由は、レポ市場がまだ新しく、また最近急速に拡大した市場であるところに求められよう。レポ市場の設立は1996年4月である。それからわずか2年で現在の規模まで発展してきたことは驚くべきであるが、当初の市場拡大ペースは順調ながらも緩やかなもので、1996年末に市場残高10兆円、翌年7月末には20兆円に達したものの、短期金融市場の中ではとりわけ目立つ存在とは言えなかった。しかし、1997年11月の日銀レポオペ実施と、同時期の金融不安の高まりを背景としたリスク回避・有担保取引指向の流れが起爆剤になり、11月末から12月末までに実に9兆円の増加を示すなど、急激に規模を拡大し、現在に至っているのである(図5)。レポオペと金融不安については、それぞれ次章と第2部で詳しく述べることにしよう。

 

図 5  短期金融市場の残高の推移
(注) データは、コール・手形・TBは8月まで、CD・CPは7月まで、          
債券現先は6月まで。FBは1997年12月以降市中売却残高が0円となっている。
(資料) 植月[1997]、日本銀行、日本証券業協会

 

 またここで、レポ市場が40兆円もの資金を集めた代わりに、どこかの市場が40兆円の資金を失ったのではないかとの疑問が生じよう。ここで、再び図5に目を転じると、驚くべきことに、レポ市場は他の市場をほとんど侵食せずに成長してきたことが分かる。即ち、レポ市場は確かに40兆円まで拡大したが、短期金融市場全体でも40兆円以上拡大しており、レポ市場以外の市場の残高は(合計としては)減少していないのである。ここからは、レポ市場が近年の金融取引の活発化の波に乗って発展したと同時に、レポ市場自体も新たな金融取引を喚起し、短期金融市場全体の発展に寄与したということができるであろう。

T.2.3 レポ市場の参加者

 先に述べたように、日本版債券レポ市場の参加者は金融機関に限定されている(即ち、短期金融市場としてはインターバンク市場に分類される25)。具体的には、証券会社、銀行(都市銀行、長期信用銀行、信託銀行、地方銀行、第二地方銀行)、信用金庫、生保の他、系統金融機関、郵政省、短資会社、そしてオペを行う日銀などが参加者であり、その参加形態は、おおよそ表3の通りである。

 

表 3  レポ市場の参加者
参加者 参加形態
証券会社 レポ市場設立当初から市場の中心的存在。在庫やポジション調整からスペシャル取引(以下S取引)での債券貸借が多い一方、ジェネラル取引(以下G取引)での資金調達も多い。国内大手3社(かつて4社)の他、外資系も海外での豊富な経験を背景に存在感は大きく、日銀オペ先に多数選定されている。銀行系証券子会社も、債券業務を中心に行っていることから、積極的。
銀行 資金運用・調達、債券貸借の両面で活発な取引。一部都銀・興銀・一部信託・上位地銀などは、早い時期から積極的。97年秋の金融不安を契機に参加者・規模とも拡大。信託は温度差があるが、レポ信託・レポ特金や、既受託財産中の債券の運用など。
信用金庫 債券貸出。97年に国債MACが配布され、97年秋の金融不安もあり、参加が増えた。
生命保険・損害保険 債券貸出。96年後半に生保大手の大半が参入。資金の出し手としての役割が期待されている。損保はやや消極的とも。
系統金融機関 債券貸出。手持ち債券の有効利用という側面が強い。中央金庫の他、系統信託銀行に委託しての参加など。
郵政省 債券貸出。97年夏から、信託銀行などに委託する形で参入。
短資会社 仲介のみ。ただし正確には自己勘定を通す形をとっている。短期金融市場としての拡大を見込み、市場設立時から参加。短資経由で日銀オペに参加する金融機関も多い(地銀や系統金融機関など)。
日本銀行 現在のところ債券借入のみ。97年11月よりオペレーションを実施。
(参考)
投資信託
他の市場では大きな資金の出し手だが、レポ市場に関してはほとんど参加なし。
(資料)植月[1997]、レポ[1998]、日本経済新聞、日経金融新聞

 

 この表からも分かるように、債券の借り手(資金の出し手)が少ないことが現在のレポ市場の問題点とされている。一方では資金需要は多いため、先にも述べたように、付利金利が上昇し、無担保の無担保コール金利よりも有担保のレポレートの方が高いという逆転現象が起きるなど、市場に歪みが生じている。この問題については、第3部で詳しく論じる。

T.2.4 レポ市場での取引

T.2.4.a 取引の形態(スペシャル取引とジェネラル取引)

 レポ取引は、取引の目的によってスペシャル取引とジェネラル取引に大別できる。これについては前章で既に述べたので、簡単にまとめておくにとどめよう。

@スペシャル取引(SC取引 special collateral transaction)

 貸借される債券の銘柄を特定した取引である。債券貸借取引としての性格を強く持つ。そのため、債券の貸借料率は銘柄ごとに、その銘柄の需給を反映して決定される。従って、指標銘柄などの需要が多い銘柄は貸借料率も高い。また、季節的に需要が高まる時期も貸借料率が上昇する。

Aジェネラル取引(GC取引 general collateral transaction)

 貸借される債券の銘柄を特定しない取引である。資金貸借取引としての性格を強く持つ。債券には担保以上の意味はないため、貸借料率は極めて低い。通常は、0.01%としている場合がほとんどである。

 両者の違いは単に債券の銘柄を指定するか否かという点にとどまらず、そのニーズの違いから債券貸借料率が異なるなど、取引コストにも大きな違いをもたらす。また、前にも述べたように、レポ市場において債券貸借取引と資金貸借取引のいずれがどの程度行われているかを推論するにあたり、スペシャル取引とジェネラル取引それぞれの占める割合に着目するのが一般的である。その意味で、スペシャル取引とジェネラル取引はその形式上の違い以上に異なった取引であると言える。

T.2.4.b 取引の方法(直接取引と仲介取引)

 レポ取引の方法は、直接(業者間)取引と仲介(ブローキング)取引に大別できるが、仲介取引はさらに単純ブローキング(単純仲介)取引とワンタッチ・スルー・ブラインド取引に分けられる。即ち、3種類の取引方法が存在するわけである。

 実際の市場においては、成約高ベースでみた場合、直接取引がもっとも多く、次いでワンタッチ・スルー・ブラインド取引、単純仲介の順序とみられる。

@直接(業者間)取引

 言うまでもなく、債券の貸し手と借り手が、仲介業者(ブローカー)を経由せずに直接行う取引である。事務手続などを自前で行う必要があるが、当然にブローカーを経由した場合のコスト(後述する仲介手数料やスプレッドなど)を回避できるため、効率のよい大口取引中心に行われていると考えられる26

A単純ブローキング(単純仲介)取引

 仲介業者(ブローカー)が、債券の貸し手と借り手の出合いを仲介する取引である。このとき、ブローカーは取引の当事者とはならず、貸し手と借り手の双方から仲介手数料を受け取る。取引事務を代行する場合もある。

 日本相互証券や仲立証券が行っている。

Bワンタッチ・スルー・ブラインド取引

 ブローカーが取引当事者となり、仲介を行う取引である。即ち、ブローカーは貸し手(または借り手)からの注文を一旦自己勘定で受け、その後借り手(または貸し手)と反対取引を行う。このとき、ブローカーは2取引の間のスプレッド(レポレートの差)をとることにより収益を得る。

 この方式の大きな特徴は、ブローカーが一旦取引当事者となるため、債券の貸し手・借り手とも(本当の)取引相手が誰であるのか分からない点である。レポ取引では取引当事者の債券の持ち高が注文に密接に関わっているため、取引相手が分からない方が使いやすいとされており27、この観点から需要の高い取引方法となっている。

 短資会社6社が中心に行っている。

 以上、レポ市場の現況について概観してきた。このような市場の発展を背景に、レポ市場は金融政策の実行の場としても大いに利用されている。次章では、その点について述べていくことにしよう。

 


21 『日経金融新聞』1998.7.17付。 Return
22 制度の上で超短期物からターム物まで規定されている市場は他にもあるが(無担保コールなど)、実際には特定の期間に取引が集中している場合が多い。例外として、CDについては、従来はターム物中心だったが、最近は超短期の取引も増加している(『日本経済新聞』1998.10.14付)。 Return
23 本稿で用いるレポ市場の市場規模の数値は、96年4〜12月は植月[1997]、97年1月以降は日本証券業協会による。いずれも貸付・借入平均ベース。ただし、前者は日本相互証券(BB)・短資取扱い分を除くが、後者は含むため、数値は連続しない。 Return
24 月によって変動はある。 Return
25 海外では事業会社等の参加もあるため、オープン市場に分類される。 Return
26 『日本経済新聞』1998.4.23付では農林中央金庫の例が報道されている。 Return
27 『日経金融新聞』1997.6.15付。 Return

 

T.3 金融調節〜日銀オペの中核として

T.3.1 短期間で中核的存在へ

 日銀のレポ市場に向けたオペ(以下、レポオペという)は、昨年(1997年)11月にその第1回目が実施された。これは、後述するように、日銀にとっても市場参加者にとっても、待望の実施であった。それを裏付けるかのようにレポオペの残高は急増し、わずか4か月後の1998年3月末には7兆円近くにも達したのである。しかもこれは一過性の熱狂では終わらず、レポオペはその後も安定した規模を維持し、オペ手段の中核的な位置を確固として占めている(図6・図7)。

 

図 6  レポ市場向けオペの推移
(注) スタート日ベース。
(資料) 日本銀行

 

図 7  日銀オペの推移
(注) 上の棒グラフは、月末残高の推移。下の円グラフは、1998年9月現在での割合。
(資料) 日本銀行

 

 このようにレポオペが急増した背景には、@先に「待望の実施」と表現したことに象徴されるような金融市場環境の要請があったこと、そしてAレポ取引自体が中央銀行のオペ手段として優れた性質をいくつか持っていたことの2点が挙げられよう。これについて、もう少し詳しくみていくことにしよう。

@急伸の理由(1)金融市場環境の要請

 日銀は、1996年以降金融調節としての日銀貸出を実施しておらず28、日銀オペは手形、TB、FB、債券現先などの市場において行っていた。しかし、その中心的な存在である手形の造成率が低下傾向を辿り手形市場が縮小するなど29(図8)、これらの市場の量的伸長は期待しにくい状況にあり、代替オペの導入が望まれていた。こうした中で、新たな短期金融市場として成長していたレポ市場をオペの対象に加えることは、日銀がレポ市場設立当初から待ち望んでいたことであると想像される。

 

図 8  手形造成率と手形市場の推移
(注) 手形造成率は、全国手形交換高の、国内銀行預金残高(一般法人)に対する倍率。
あくまで便宜的な概算であり、厳密な手形造成率を表すものではない。
手形市場残高の1998年に入ってからの急増は、日銀オペの影響が非常に大きい。
(資料) 日本銀行、全国銀行協会

 

 こうした日銀の事情に加え、市場の環境もレポオペの強力な実施を求める状況にあった。まず第一に、1997年は例年に増して年末に必要な信用供与(資金不足)が大きかった。そのため日銀は、レポオペ導入は勿論、10月にCPオペも再開するなど、オペ手段の多様化でその年末を乗り切る準備を進めていたのである。そして第二には、いうまでもなく、11月の三洋証券、山一證券、北海道拓殖銀行の破綻に始まる金融不安の高まりである。この局面では金融機関の資金繰りがかなり懸念され、日銀は多額の資金供給を行う必要に迫られた。その先鋒の一つになったのがレポオペであり、3月期末に向けて多額のオペが実施されたのである(前掲図6)。また、投資家のリスク回避・有担保取引志向も、こうした傾向を下支えすることとなった。これについては第2部で詳述する。

A急伸の理由(2)レポ取引の優れた性質

 レポ取引が有していた、中央銀行のオペ対象として優れた性質としては、3つ挙げられよう。第一に資産として健全な(リスクの少ない)ものであること、第二に市場規模が(実現済みでも潜在的にも)大きいこと、そして第三に取引期間が柔軟に設定できることである。

 第一の点については第2部で詳述するが、レポ取引は(資金取引としては)リスク・フリーの国債を担保とし、かつ値洗いを行うなど、中央銀行資産の健全性を維持するという面で優れていると言える。同じ時期に再開されたCPオペが、発行者の信用という面から中央銀行の資産としての健全性に疑問を呈されているのとは対照的である。

 第二の点、市場規模については、先にも述べたように、現在既に国内最大規模の短期金融市場に成長している。のみならず潜在的な市場規模として、単純な計算ではあるが、1998年8月末現在のレポ市場規模43億円に対し、取引の対象となっている超長期利付国債・長期利付国債・中期利付国債の残存総額は合計で254億円に達しており、レポ市場がまだ拡大の余地を残していることを示唆しているといえよう。

 第三の点、取引期間については、前章でも述べたように、レポ取引のそれは超短期から数か月まで幅広く、レポオペもこの点を存分に活用した内容となっている。即ち、日々の資金繰りニーズなどへは1か月未満の超短期のオペで対応し、一方期末・年末を睨んだ資金調達ニーズに対しては、金融機関の資金繰りが真剣に懸念された時期でもあり、かなり早い時期から長め(3か月超など)のオペを実施して対応しているのである30。図9は、昨年(1997年)11月のレポオペ開始から今年(1998年)10月末までの55件のレポオペを期間別に分類したものであるが、これをみると1か月未満から3か月以上まで様々な期間のオペをバランスよく行っていることが分かるであろう。もっとも時系列的にみるとやや偏りがあり、1997年12月〜98年2月頃にかけては、年末・期末越えの長め(3か月超)のオペが多く実施されている一方、最近では1か月未満〜2か月程度の短いオペが中心となっている。

 

図 9  レポオペの期間別件数
(注) スタート日からエンド日までの期間。
(資料) 日本銀行

 

T.3.2 レポオペ導入をめぐる議論

 以上のように、レポオペは様々な事情やその優れた性質を踏まえて、実施されるべくして実施されたと言える。実際レポ市場は、米国FEDが重要なオペの対象としている米国レポ市場を一つのモデルとして設立されたということもあって、その設立(1996年4月)当初からオペの対象となることを期待する声は非常に多かったのである31。しかし、それでは何故、レポオペの実施をみるのに、レポ市場設立から1年半も待たなければならなかったのであろうか。

 この答えは、レポオペのどのような意義を重視するかという関係者の姿勢の中に見出すことができるであろう。この点、日銀と市場関係者は全く相反する認識を持っていた。一言でいえば、@日銀は効果重視であり、A市場関係者は発展重視であった。そして日銀の姿勢に立てば、市場の発展を待ってオペを実施するのが当然の結論であり、実際に日銀はそのようにしたのであった。ここには、オペというものに対する本質的な考えが顕れていて興味深い。以下でそれを紹介していくことにしよう。

@日銀の立場/オペの効果を重視

 レポオペについて、日銀は市場の厚みが出てきた段階でオペ実施を検討するという立場であった。これは、上で述べたように、オペの効果を重視したものであったといえる。中央銀行の立場としては、筋の通った主張である。

 オペがその効果を発揮するためには、その対象市場が量的・質的にある程度成長している必要がある。即ち、量的な面では、対象市場に多くの投資家が参加していること、言い換えれば対象市場が相応の規模と参加者層を持っていることが必要である。また、質的な面では、対象市場の金利(等の取引条件)が他市場の金利形成に影響を及ぼすこと、より具体的にいえば、他市場との裁定取引(金利裁定等)が円滑に行われることが必要である。

 しかもこれらに加えて、ことレポ市場に関しては、さらに次の2つの条件の充足が必要であった。まず第一に、そもそもそれが短期金融市場として(債券貸借市場としてではなく)機能することである。端的に言えば、市場におけるジェネラル取引の比重が高まる(スペシャル取引の比重は少なくなる)ことが必要であった。そして第二に、市場環境(取引ルール等)が整備されることである。これが(少なくともある程度は)統一されることが、多くの参加者を募るべき日銀オペの実施に必要なことは言うまでもないであろう。

 これらの点からは、レポ市場の発展を待つとの日銀の姿勢は当然であった。設立当初にあって市場が量的・質的に未成熟なのは当然である。第1部でも述べたように、レポ市場の残高が40兆円といっても、それは最近の急速な拡大によるものなのである(前掲図5)。参加者の顔ぶれも、初期の頃は一部の金融機関に限られていた。また、短期金融市場としての機能についても、先述のように最近こそジェネラル取引中心の市場となっているが、設立当初のレポ市場はスペシャル取引中心であり、レポ市場設立半年後の1996年9月頃ではスペシャル対ジェネラルの割合は概ね8対2であったという32。さらに市場環境についても、新しい市場の宿命として、設立当初のレポ市場では様々な取引ルール・事務ルールが不統一のままであり、その統一は1997年6月の契約書付属覚書(ひな形)33の制定を待たなければならなかったのである。

A市場参加者の立場/市場発展を重視

 一方の市場参加者は、市場の厚みを増すためにはオペ実施が有効であるとの考えであった34。これは、市場の発展を重視したものであったといえよう。

 先にみたように、市場参加者は債券の貸し手(資金の取り手)に偏重しており、市場発展のためには安定的な債券の借り手(資金の出し手)の参入が不可欠であった。日銀オペ実施は、それ自体が資金供給になりうるとともに、資金の出し手としての役割が期待される投資家の市場参加を間違いなく促すと考えられたのである(このことは、後のオペ実施によって実際に裏付けられた。オペ開始の11月から後の数か月間で、レポ市場は飛躍的な拡大を遂げたのである35。前掲図5)。

 この考えは、日銀に市場を育成する役割の一端を担うことを求めたものと言える。金融市場の重要性が増し、金融政策の実施も市場抜きには考え得ない現在の環境にあって、日銀がそうした役割を果たすことも確かに求められているであろう36。その意味では、市場参加者の主張は合理的なものであり、また時代の要請にも沿ったものであった。もっとも、オペという「行為」にそうした役割を負わせるかは別の問題であり、かつ意見の分かれるところでもあって、その点が日銀と意見の一致をみなかった最大の理由でもあったのである。

 

(補足2)日銀法とレポオペ
 日銀法は1997年6月に改正されたが(施行は翌年4月)、この改正以前の日銀法(以下、旧法という)では、日銀の業務に債券の貸借は含まれておらず、レポオペを行うことはできなかった(旧法第20条・第27条)。しかし、日銀法の抜本改正が議論される中でこの問題も指摘され、改正された日銀法(以下、新法という)では、日銀の業務として「金銭を担保とする国債その他の債券の貸借」が新たに加えられ、レポオペの実施が可能になったのである(新法第33条)。
 ただ、新法の施行は1998年4月であったが、先述のようにレポオペ実施の環境が整うとともに市場情勢も変化し、レポオペを早期に実施する必要性が生じてきた。このため日銀は、旧法27条但し書きに基づいて1997年10月30日にレポ取引を実施するための大蔵大臣認可を得37、新法の施行に先立ちレポオペを実施したのであった。

 

 以上、第1部では、レポ取引の現状として、その仕組み、現況、そしてレポオペについて概説してきた。続く第2部では、レポ取引を大きく特徴づけている「リスクとの関わり」という点に注目し、この点からレポ取引について論じていくことにしよう。

 


28 ただし、1997年11月、金融不安の高まりを受けて再開している。 Return
29 もっとも現在では、1998年3月前後から以降の日銀手形売りオペ急増などによって、市場残高は大幅に増加している。 Return
30 1997年12月には、97年末・98/3期末を一気に超える長めのオペを何度か実施し、話題を呼んだ。 Return
31 短資会社がレポ取引の仲介業務に参入したのも、将来の日銀オペ実施が見込まれたことが理由の一つであった。 Return
32 『金融経済事情』1996.9.30号「市場の風景」。 Return
33 レポ取引にあたって必要になる契約書類は、基本契約書、用語読み替えのための合意書、取引の細部について定めた契約書付属覚書の3点である。 Return
34 小田[1996]。 Return
35 前述のように、市場参加者のリスク回避志向も市場拡大に大きく寄与した(後述)。 Return
36 日銀自身も、市場インフラの整備が中央銀行の「大きな責務」であると指摘している(藤原日銀副総裁講演「マーケットと新しい日本銀行」1998.9.1。)。 Return
37 旧法27条の規定によれば、日銀は日銀法に規定のない業務を行うことができないが、日銀の目的達成上必要な場合に主務大臣の認可を受けたときは、この限りではない。 Return

 

U.日本版債券レポ市場の特長〜リスクとの関わり

 金融市場にとってリスクは不可避もしくは不可分のものであり、レポ市場とてその例外ではない。しかし、レポ市場はそのリスクとの関わりという点において、他の短期金融市場にはない大きな特長を持っている。それは第一に、先にも述べたように、(信用リスクについて)リスク・フリーを実現していることである。そのことがレポ市場の発展に大きく寄与し、またレポ市場の他の市場からの差別化を実現しているのであった。第二に、市場の設立や発展自体がリスクの克服を重要な目的としていたことである。他の市場の目的は、銀行間資金融通(コール)、通貨供給手段の拡充(手形)、証券会社の資金繰り改善(債券現先)、運用・調達手段の拡充(CD、CP)などであり、金融の制度的または量的な側面が背景となっている。これに対してレポ市場は、リスク回避といった質的な側面が背景にあるという点で、他の市場にない特質を持っていると言える。

 以上を踏まえて、第2部では、まず前者について、その象徴的な事例として金融不安、金融調節、BIS規制のそれぞれとレポ市場との関係について述べ、さらに取引相手が債務不履行に陥った場合にレポ取引の担保保全力についても検討する。その後に、後者に関する議論として、レポ市場の沿革をリスクとの関わりという観点から述べることにする。

U.1 リスク・フリー

U.1.1 金融不安とレポ市場

 1997年11月、三洋証券、山一證券そして北海道拓殖銀行と金融機関の破綻が相次ぎ、我が国の金融界が未曾有の混乱に陥ったことは記憶に新しい。その際、特に金融市場関係者が戦慄したのは、三洋証券破綻の折、コール市場でデフォルトが発生したことであった。言うまでもなく、それまで無担保コール市場が無担保であることが何ら問題にならなかったのは、デフォルトが起こらない=市場参加者(金融機関)の破綻はない、との前提があったからである。その後コール市場の資金は保護されるとの声明が発表されたものの、一度リスク管理の重要性を認識した市場参加者がその姿勢を再び放棄する理由は何もなかったのである。こうして、取引相手の選別が進み、市場規模は縮小し、日銀が直接介入するコール市場以外の短期金融市場の金利は軒並み急上昇するなど、いわゆる「金融不安」が拡がっていったのである。

 しかしこれら一連の動きは、単なるパニックが一時的に或は一部にあったとしても、全体としては市場参加者が予想されるリスクに対して相応のプレミアムを要求するようになった結果であると言える。この意味では、(いささか皮肉なことであるが)市場がようやく本来あるべき姿になったのだという評価も下せるかもしれない。こうした中で、取引相手の選考だけにとどまらず、資金運用の手段に対してもリスク管理の観点から選考が進むのは自然の流れであった。実際、この時期、「運用の有担保化」は一つの大きなキーワードであったのである。その中で、有担保、リスク・フリーであるレポ市場が急速に拡大したのも当然の帰結であったといえよう。むしろそれまでが、リスクにあまりにも鈍感過ぎたのである。

 こうした投資家の行動は、レポ市場の残高の推移によって明快に表現される。前掲図5から分かるように、レポ市場以外の短期金融市場(合計)が11月から12月にかけて残高を大きく減らす中で(計−13.8兆円)、レポ市場は大きく残高を伸ばしているのである(+9.0兆円)38。また視点を変えて見ると、短期金融市場に占めるシェアの推移からもこのことは一層明らかになる。レポ市場は11月から12月にかけて急速にシェアを伸ばし、その後も安定して大きなシェアを占めているのである(図10)。このように、金融不安の高まりは、結果的にレポ市場の持つリスク・フリーという特長に正当な評価を与えるきっかけとなったといえよう。

 

図 10  短期金融市場のシェア
(注) CD・CP市場は9月、債券現先市場は8・9月の数値が未公表であるが、
これらは直近の数値が変わらず続くものと仮定して算出した。  
(資料) 日本銀行、日本証券業協会

 

U.1.2 金融調節とレポ市場

 日銀オペの対象としてレポ取引をみた場合、そのリスク・フリーという性質は、中央銀行資産の健全性を保つという意味で優れたものである。では日銀は、具体的にレポ取引のどのような側面をもってリスクを回避し、その資産の健全性を保っているのだろうか。この答えとして、@担保の安全性、A値洗い、B担保金の確保、Cオペ対象先の選定の4点についてみていくことにしよう。

@担保の安全性

 この点は、レポオペ実施と同じ時期に再開されたCPオペと比較される点である。CPはその信用を発行体である一般企業に負っており、その企業の信用リスクが存在する。目下CPオペは格付が概ねa−1以上の企業に限られているものの38−2、CPオペが資産の健全性を損なう可能性は否定しきれない。もっとも、それでもCPオペを続けざるを得ないところは昨今の金融情勢の厳しさを反映していると言えよう。

 一方、レポオペにおける担保は(今のところ債券借りオペだけであるので)国債であり、言うまでもなく国債はリスク・フリーの債券である。この点が、資産の健全性という観点からみてレポ取引が優れている点の一つである。

A値洗い

 第1部で述べたように、債券の時価の変動による担保金額の過不足は、日々値洗いによって調整される。これが、他の短期金融市場にないレポ取引の大きな特長なのであった。

 値洗いは当初債券の時価の変動が上下2%を超えた場合に行うことが多かったが(「2%ルール」)、これでも最大許容変動幅分までは無担保での信用供与が発生することから、1997年にリスク管理上より優れたマージン・コール方式が導入された。日銀のレポオペでは、このマージン・コール方式が採用されている。

 日銀はその採用の理由として、リスク管理上優れていることの他に、市場取引においてもこの方式が拡大していることを挙げている39。もっとも、レポオペ開始時においてマージン・コール方式は市場の多数派ではあったものの標準であったとは言えず、日銀オペでのマージン・コール方式の採用がその市場での普及に結果的に寄与したという面も指摘できるであろう。

 値洗いの存在は、債券現先オペとの比較の上でもっとも顕著な相違となっている。先述のように、現先取引では値洗いは行われない。従って、対象債券の価格が変動した場合は無担保の信用供与が発生する可能性があるのである。

 なお日銀はこの値洗いについて、日銀はリスク・フリーの取引主体であるので、日銀への担保金積み増し請求権をオペ先に認めないという考えもありうると指摘している。ただ、これを認めることによりオペ先の資金効率が高まる他、市中の取引慣行(この場合、慣行では通常担保金調整請求権は相互に認められている)を極力尊重するという基本方針もあり、日銀・オペ先の双方が担保金調整を請求する権利を持つ取扱いとしている40

B担保金の確保

 これも第1部で述べたように、日本のレポ市場ではヘアカットをかけない、即ち、担保金算出の基礎となる基準担保金率を100%とし、担保金額を債券の時価総額と同額にする場合が多い。しかし、日銀が(オペで)債券を借り入れる場合については、2%のヘアカットをかける(オペ先は債券時価の98%の担保金しか受け取れない)のが一般的である。

 これには、2つの理由がある。第一に、ヘアカットをかけない場合、債券価格がわずかでも下落するとオペ先に対して無担保の信用供与が発生することになり、中央銀行与信のあり方として好ましくないこと、第二に、それを回避するためには頻繁な値洗いが必要となり事務負担がかさむことである。ヘアカットは原義的には取引期間、担保の流動性、取引当事者の信用度等を反映するものであるが41、ここではやや違った観点からヘアカットが行われているのである。

 こうした措置により、日銀オペでは、債券時価の下落がわずかなものであれば、担保金返還請求即ちマージン・コールが行われない場合もある42

Cオペ対象先の選定

 結論から言えば、日銀はオペ先の選定によってリスクを回避しようとはしていない。1998年6月に発表された日銀のオペ先選定基準によれば、オペ先に期待される役割は積極的な市場参加、迅速・正確な事務処理能力、情報・分析提供への貢献の3つであり、リスク概念は具体的な選定にあたり自己資本比率が検討されるにすぎない(レポオペ開始当時のオペ先選定基準は公開されていないが、基本的には同様の内容であったと推測される)。

 こうしたことから、レポオペはオペ先のリスクとは無縁ではいられない。その典型的な例が、オペ開始当初にオペ先に指定され、その後経営が破綻した山一證券であろう。もっとも、これを批判の対象とすることは適切でない。その理由は第一に、そもそも担保の存在によってオペ先のリスクはカバーされるからであり、また第二に、オペの機動性や実効性を重視する中で、オペ先の信用リスクよりも取引実績等を重視するのは自然の選択であるからである。勿論、レポ取引契約は取引相手のデフォルト等の事態に対して予め対応を規定しているのである(後述)。

 なお、現在、オペ先には35社が指定されている。内訳は、短資6社、国内証券10社(うち常時オファー先433社)、銀行7社(同4社)、外国証券9社(同7社)などである。

U.1.3 BIS規制とレポ取引

 レポ取引のリスク・フリーの性質は、BIS規制の自己資本比率計算上のリスク資産を算出する上でも大きなメリットがある。周知のように、BIS規制でリスク資産とされるのは、各債権にそれぞれの債務者のリスク・ウェイトを乗じたものである。ただし、現金・預金および政府等の発行した債券などが担保となっている場合に限り、その担保でカバーされている分は担保となっている資産のリスク・ウェイトと同一とされることとなっている44

 これを、レポ取引と、比較のために無担保債券貸借取引および通常の資金貸借取引に、それぞれ当てはめてみよう(表4)。

 

表 4  BIS規制上のリスク資産の算出
  レポ取引 無担保債券貸借取引 資金貸借取引
債券貸出 資金借入 計算
元本
債券時価−現金担保
(下限はゼロ)
債券価額
リスク
ウェイト
債券の借り手の
リスク・ウェイト
債券の借り手の
リスク・ウェイト
債券借入 資金貸出 計算
元本
現金担保−債券時価
(下限はゼロ)
債権額
リスク
ウェイト
債券の貸し手の
リスク・ウェイト
資金の借り手のリスク・ウェイト
(注)債券貸借は、国債の場合。融資取引は、担保が現金・預金・国債等でない場合。

 

 まず無担保の債券貸借取引であるが、債券貸出の場合は、債券の価額全額に対し、債券の発行者のリスク・ウェイトと債券の借り手のリスク・ウェイトの合計が適用される(100%が上限)。ただし取引の多くは国債の貸借であり、国債のリスク・ウェイトは0%であるので、現実には借り手のリスク・ウェイトがそのまま適用されると考えてよい。こうしたことから債券貸借が敬遠され、債券不足から賃貸料が高騰したこともある45。債券借入の場合は、リスク・ウェイトは0%である。

 通常の資金貸借取引の場合は、債権額のうち、現金・預金・国債等が担保となっていればその相当額のリスク・ウェイトは0%(現金・預金・国債等のリスク・ウェイトは0%であるので)、それ以外の部分は資金の借り手のリスク・ウェイトが適用される。ただ一般的に預金等が担保となっている場合は少なく、その意味では、債権全額にリスク・ウェイトが適用されると言っても大差ない。

 レポ取引では、債券貸出の場合は、債券の価額全額についてその発行者のリスク・ウェイトが適用される点は無担保の債券貸借取引と同様であるが、債券の借り手のリスク・ウェイトは、債券の時価相当額のうち現金担保でカバーされていない部分にのみ適用される。実際には,現在のところ取引対象がリスク・フリーの国債だけに限られており、担保でカバーされていない分だけが問題となる。債券借入の場合は、現金担保額に対し債券の貸し手のリスク・ウェイトが適用されるが、担保となる債券が国債であるため、実際には国債の時価でカバーされていない部分にのみ適用される。

 以上から明らかなように、レポ取引は、債券貸出の場合は無担保貸出に比して、資金貸出の場合は通常の資金貸出に比して、BIS規制上のリスク資産額を圧縮する効果がある。これは、レポ取引のリスク・フリーという性質がもっとも顕著に効果を発揮している一例であろう。

 なお、上記では債券時価と現金担保が一致せず差額が生じている状況を想定しているが、マージン・コール(担保金調整請求)を実施することにより、この差額をゼロにすることができる。即ち、債券の貸出・借入いずれの場合でも、マージン・コールをかけた時点で、貸出債券時価が現金担保で(または現金担保が借入債券時価で)カバーされたと見なされ、従って両者の差額がゼロとなるのである(1997年9月30日付全銀協通達)。

 これは、マージン・コールによってレポ取引にかかるリスク資産額をゼロにできることを意味している。実務上でも、決算期末日にマージン・コールを行うことにより、BIS規制対策の担保金調整が行われているようである。

U.1.4 取引相手の債務不履行とレポ取引

 レポ取引の標準的な契約(基本契約書)では、レポの取引相手が債務不履行に陥った場合、レポ取引にかかる債権債務を全て合計し、差し引き計算(相殺)することができる旨を定めている。こうした条項は、海外で広く使用されている統一的な標準契約書46にも盛り込まれており、「一括清算(ネッティング)条項」と呼ばれている。この条項によって、債務不履行時においてもレポ取引の安全性が保証されるのであり、値洗いと並んでレポ取引の大きな特長であるといえよう。

 しかし通常、債務不履行は倒産すなわち破産や会社更生の手続きなどを伴うものである。一般的な法の認識としては、これらの手続きの過程では債務不履行者の資産の処分は制限される(破産法等によらなければ処分できない)はずであり、従って、例えば債務不履行者から借り入れた債券について勝手に処分できないのではないかといった疑念が生じる。これに対して、レポ契約はどのような根拠をもって相殺(一括清算)を実行しうるのであろうか。これについて、まず破産関連諸法の規定、次いでレポ基本契約書の規定について確認し、その整合性について検討することにしよう。

@法の規定

 ここでは、破産関連諸法として、破産法、会社更生法、和議法47および民法の規定についてみていきたい。

 これらの法規によれば、破産宣告等の時点で債権債務が存在し、それらが相殺適状(法的に相殺の要件を満たしている状態)でなければ、相殺をすることが出来ない48。相殺適状の条件は、双方の債務が同種の目的を有し、かつ双方とも弁済期にあることなどである。前者の条件(同種の目的)から、相殺が行われうるのは種類債権(商品等)または金銭債権に限られる。現実には、主として金銭債権が対象となろう。後者の条件(弁済期)については、破産等の場合は相殺権が拡張されていて、債権債務が期限付き・条件付き等で弁済期になっていない場合なども相殺が可能とされている。

 なお、支払いの差止めを受けた債権、即ち差押え等を受けた債権に対して相殺を行っても、これをもって差押え債権者に対抗することはできない。しかしこれについては、判例によれば、差押え時点で相殺の対象となる金銭債権債務が存在していれば差押え債権者に対抗できるとされている。

 以上が相殺手続き自体に関する規定であるが、この他にも留意すべき点がある。破産等の時点で未履行の双務契約については、管財人が契約を解除するか履行するかを選択することができる。従って、一連の一括清算手続きは管財人の権利を侵害するのではないかとの指摘があるのである。これについては、破産法に「取引所ノ相場アル商品」については取引の解除があったと看做すと規定されていることから、レポ取引はこの「商品」に該当すると考えられるので、権利侵害には当たらないとの意見がある。またこの規定は、会社更生法にも類推適用できるとも考えられる。

 以上をまとめると、レポ取引の相殺を行うには、それが破産宣告あるいは差押え等の時点で金銭債権債務として存在していなければならないことになる。

A契約書の規定

 これに対して、レポ基本契約書はどのような規定を有しているのであろうか。

 まず基本契約書第10条では、債務不履行による契約の解除を規定している。即ち、破産、会社更生手続き開始、和議開始等の申し立てがあったときや、レポ取引に関する債権について差押え命令や通知が発送されたときなどには、「当然にすべての」契約が解除されるとしている。さらに、債券の借入者にこの第10条の規定に該当する事由が発生した場合には、債券の借入者が差し入れた担保金は「借入者の貸出者に対するいっさいの債務を共通に担保する」とされている(基本契約書第5条7項)。これが、前述の「一括清算(ネッティング)条項」である。この条項に基づいて、基本契約書第11条では、全ての個別取引の賃借料、金利、時価、遅延損害金について計算し、その総額を差し引き計算して、差額を清算することとしているのである。

 以上のように、レポ取引は、破産宣告あるいは差押え等の時点で自動的に金銭債権債務に転化することになっているのである。

 上の2項を総合すると、破産宣告等の時に一括清算条項によって生じた金銭債権債務が、破産宣告等の時点で存在したものであると認められれば、相殺(一括清算)が法的な有効性を有することになる。これについては、レポ取引が債務不履行時に相殺によって清算されることを取引当事者双方が取引開始時に認識していることなどを根拠に肯定する意見があるが、現状ではそうした事例についての判例などがなく、その是非は不透明な状態であると言わざるをえない。

 しかしながら、債務不履行時の相殺(一括清算)はレポ取引の安全性の根幹を為す機能であり、もしこれが認められなければ、レポ市場はその存在意義を大きく毀損することになろう。実際に、米国のレポ市場では、裁判所が担保証券の処分(による相殺)を認めないとの見解を表明したことから市場が大きく動揺したことがある49。この教訓に習い、またレポ取引の意義に鑑みても、我が国においても、早期に立法措置によって一括清算の法的有効性を確立することが求められているところである。

 以上、レポ取引のリスク・フリーという性質に関して、象徴的な事例をいくつか列挙してきた。次の章では、レポ市場の沿革とリスクとの深い関わり、即ち市場がリスクの克服を重要な目的として発足・発展してきたことについて検証していくことにしよう。

 


38 第1部で述べたように、この他に日銀オペの開始も大きな要因となっている。 Return
38−2 『日経金融新聞』1998.11.13付。 Return
39 後[1997]。 Return
40 後[1997]。 Return
41 もっともヘアカットはマージンの調整に使うこともでき、そうした利用が広まっていくことも考えられる(レポ[1998])。 Return
42 後[1997]。 Return
43 オペ対象先35社のうち、25社が毎回オファーされる常時オファー先、10社がほぼ2回に1回オファーされる輪番オファー先である。 Return
44 この他、政府等の保証などでもリスク・ウェイトの軽減が認められる場合がある。 Return
45 銀行以外の民間金融機関のリスク・ウェイトは100%であり、従って証券会社に債券を貸すとその全額がリスク資産に計上されてしまう。『日本経済新聞』1990.9.19付、『日経金融新聞』1991.3.21付。 Return
46 PSA(Public Securities Association)とISMA(International Securities Market Association)が策定したもので、PSA-ISMA95と呼ばれている。 Return
47 和議法では、相殺については破産法の規定を準用する(和議法第5条)。 Return
48 会社更生の場合は、さらに、更生債権の届出期間内に相殺を実行しなければならない。 Return
49 1982年、ロンバード・ウォール証券の破綻に際して、レポ取引が売買取引ではなく担保付き貸借取引とする判決が下った。この点、日本は当初から貸借取引との位置付けなので、単純な比較はできない。
なお、米国ではその後1984年に破産法が改正され、第11条に基づく破産(再建型破産)については担保証券の処分が認められるようになった。しかしその後、カルフォルニア州オレンジ郡が第9条による破産(公共団体の債務整理)を申請した際に、再び担保処分の是非が問題となった。
Return

 

U.2 レポ市場の沿革〜リスク克服を目的として

U.2.1 貸債市場の設立

 レポ市場の歴史を遡るならば、それをリスクという観点から見るか否かに拘らず、その起点は1989年5月の債券貸借市場(貸債市場)の設立におくのがよいであろう。なぜなら貸債市場は、その設立が(現物の)相場変動リスクを軽減するためという一面を持っていたと同時に、制度的にも現在のレポ市場の母体となるものだからである。

 貸債市場設立の背景にあったのは、銀行の国債フル・ディーリング認可による国債相場の乱高下である。銀行による国債のディーリングは、既に1984年6月には一部の銀行の残存期間2年未満の公社債については認められていたが、翌年6月からは公社債全てについて認められるようになった。これをフル・ディーリングという。そしてこれによって、国債相場は極めて不安定な動きを示すようになったのである。

 これには、需給面と制度面からの理由があった。需給面の理由とは、債券ディーラーが出来高や売買差益の実績づくりのために売買高を膨張させたことである。とりわけ、ディーリング債とも呼ばれた特定の債券(指標銘柄)に売買が集中し、相場を不安定にさせる主因となった50。一方制度面の理由とは、債券の空売りが難しく、債券の需給がダイレクトに現物債の需給に直結したことであった。即ち、債券を売却した際に、債券の空売りが出来なければ、決済日までにその債券の現物を調達しなければならない。決済日に受け渡しされる現物債が不足すれば、相場が不安定かつ投機的なものになるのは自明の理である。金融界の要望もあり、債券の空売りは1987年5月から認められたが51、約定日に空売りし決済日前に買戻しを行うという限定的なものであり、いずれにしても決済日の現物債需給を調整することにはならなかったのである。

 こうした事態を是正し、債券現物の価格変動リスクを軽減するには、決済日を跨いだ空売りを認め、かつ決済日に現物を借り入れることのできる債券貸借市場の設立が必要であった。こうした認識から、1989年5月、大蔵省事務連絡「債券の空売りおよび貸借の取扱いについて」が公表された。これにより、決済日を跨いだ空売りが認められるとともに、債券貸借市場(貸債市場)が設立されたのである。

U.2.2 レポ市場の設立(1)信用リスクの克服

U.2.2.a 貸債市場の抱える信用リスク

 こうして相場変動リスクの克服を一つの大きな目的として設立された貸債市場であったが、この市場は設立早々からまた別のリスクを抱え込むこととなった。それは、無担保の信用供与による信用リスクであった。

 貸債市場の取引は、そのほとんどが無担保となっていた。有担保取引の占める割合は、2割程度とも、1割にすぎなかったとも言われているが52、いずれにしても全取引の一部に過ぎなかったことは確かである。言うまでもなく、無担保の貸債取引においては、貸し手は借り手に対して与信を行っている。即ち、借り手に不慮の事態が生じたときに、貸し手は貸し出していた債券を失う可能性があるのである。

 では何故、このように無担保取引が大半を占めるようになったのであろうか。この理由としては、以下のような、@付利金利制限とA担保金額制限の二つの制限の存在を挙げることができよう。

@付利金利の制限

 債券の借り手が債券の貸し手に対して現金担保を差し入れる場合(スキームとしては現行のレポ取引と同様。前掲図1参照)、その現金担保に付利する金利、即ち担保を差し入れた債券の借り手が受け取る金利は、本来的には市場実勢と同水準になるべきである。しかしこの金利には、現実には「有担保翌日物出し手レートマイナス1%」という制限が設けられていた。即ち、市場参加者が資金運用を試みたとしても、通常の有担保運用より1%も低い金利でしか運用できないのである。

A担保金額の制限

 @と同様に債券の借り手が債券の貸し手に対して現金担保を差し入れる場合、その現金担保の金額は、理論的には被担保債券の時価と同額であるべきである。しかし実際には、担保金額は債券時価の105%以上との制限が課されていた。従って、債券の借り手は債券借入にあたっては、債券の時価よりも5%以上多い現金を担保として差し入れなければならないのである。

 以上のように、この二つの制限は債券の借り手にとって著しく不利な条件となるもので、現金担保を差し入れようとするインセンティブが働かないのも当然であった。これらの制限は、債券貸借に現金担保を認めると債券現先と同じ経済効果を持つことになることから、現先に課される有価証券取引税逃れの貸債取引を封じ、債券貸借市場としての貸債市場、資金調達市場としての現先市場との峻別を明確にするためのものとされている53

 もちろん、代用有価証券など現金以外を担保とする方法もあったわけであるが、事務管理の煩雑さなどから敬遠される傾向にあった。それに加えて、次のような問題も存在した。

B無担保取引の容認

 貸債市場は、原則有担保という建前であったが、実際には当初から制度として無担保取引を容認していた。

 即ち、この市場においては、取引は日本証券金融を介した仲介取引か、あるいは当事者同士の相対取引かのいずれかの方式で行うこととなっていたが、前者については有担保とされていたものの、後者については無担保でもよいこととなっていたのである。この結果、相対取引では無担保取引がほとんどを占めていたとみられる。

C仲介取引のコスト

 仲介取引にあたっては、当然ながら、仲介業者である日本証券金融に手数料を支払う必要があった。また、前述のように、仲介取引では担保を差し入れることも求められた。これらのコストを嫌い、取引が仲介取引(有担保)から相対取引(無担保)に流れる傾向があった。

 以上のような事情から、現金担保機能は事実上機能せず、貸債取引のほとんどが無担保で行われるようになったのである。

U.2.2.b 信用リスクの顕在化(ベアリングズ事件)

 以上のような貸債市場の信用リスクの問題は、長らくその存在すら意識されてこなかったといってもよい。しかし1995年2月、英国のマーチャントバンク54であるベアリングズの破綻で、風向きは急速に変わることになった。

 ベアリングズ破綻の直接の原因は、同社のシンガポール現地法人が日経平均先物取引等で巨額の損失を出したことであったが、同社は貸債市場で日本の一部金融機関から無担保で国債を調達し、その国債を証拠金として取引所に差し入れて、先物取引を行っていた。このため、同社の破綻により、貸出債券が貸し手に戻ってこない可能性が生じたのである。幸いこのときはオランダのINGグループがベアリングズを買収し事無きを得たが、この一件で無担保の債券貸借の持つ信用リスクが顕在化した。この結果、取引先選別の動きが拡がり、市場規模もピーク時の6割に縮小した55。そして、市場参加者の意識も大きく変わったのである。

 こうしたことを背景に、有担保の債券貸借市場が必要との声が強まり、その中で現金担保の付利制限・担保金額制限を撤廃し貸債市場の機能を発展させる形で有担保(現金担保付)債券貸借市場を作るという構想が提案された。この流れを受け、1995年9月の緊急経済対策の中に付利制限の撤廃が盛り込まれ、大蔵省銀行局事務連絡が改正されるに至ったのである。またこの改正の中で、担保金額制限についても同時に撤廃された。この2点の改正を得て、翌年4月には現金担保付債券貸借市場  レポ市場が設立されるに至るのである。

U.2.3 レポ市場の設立(2)ローリング決済の導入

 このように信用リスクの克服という面から希求されたレポ市場であったが、それと時期を同じくして、証券の決済リスク56の面からもレポ市場の設立が望まれていた。即ち、国債の決済リスクの克服のために決済方式の改革が企図され、それに伴って決済に必要な債券・資金を円滑に調達できる市場の整備が求められたのである。

 証券(国債を含む)の決済方式として行われている慣行は、ある期間に約定された取引の決済を特定の日にまとめて行うという特定日決済方式と、約定日から常に一定期間経過後に行うローリング決済方式の二つに大別できる。従来世界各国においては、特定日決済が多く行われており、我が国の国債の決済についても、各月の5・10・15・20・25・月末日だけに決済が行われる「五・十日(ごとび、またはごとうび)決済」と呼ばれる方式が行われていた57

 しかしこの特定日決済方式は、受渡事務こそ軽減されるものの、約定から決済までの日数が長い(我が国の五・十日決済の場合、平均9営業日後(10営業日目))上に、決済日に向けて未決済残高が積み上がるため、決済リスクが大きくなるという問題があった。加えて、金融の証券化やグローバル化、デリバティブの増加などによって取引額や決済件数が増大し、決済に障害が生じると金融市場が大きな混乱に陥ることが懸念されたのである。

 こうした認識のもと、1989年3月、先進国の民間金融関係者等により構成された国際的な賢人グループであるG-30(Group of Thirty、国際経済金融情勢協議会)は、決済リスク軽減などを目的として、証券決済に関する9項目の提言を公表した。このうち、ローリング決済およびレポ市場に係わるものは以下の2つである。

 @ローリング決済を全ての市場で採用し、約定から決済までの期間を短縮すること。具体的には、1990年までには6日目決済(6日というのは約定日自身を含む。従って、約定日の5営業日後に決済を行う。「T+5」と表記する)を、1992年までには4日目決済(T+3)を実現すること。(提言7)

 A約定の決済を容易にするため、証券の貸借を促進すること。規制および税制上の障害は、1990年までに除かれること。(提言8)

 このように、決済リスクの軽減のためにローリング決済導入による約定から決済までの期間の短縮が図られると同時に、日々の決済に必要な証券・資金を円滑に調達するために証券貸借市場の整備が求められたのである。この提言を受け、主要各国は相次いでローリング決済の採用、決済期間の短縮を実施した。我が国においても、諸外国よりいささか出遅れたものの、1996年10月決済分からT+7に、翌年4月からT+3に移行した。そして、これに先立つ市場環境整備として、1996年4月に債券レポ市場が創設されたのである。

 こうした経緯の必然の結果として、レポ市場発足後に行われたT+7、T+3の実施は、レポ取引の規模・内容の充実に大きく寄与した。オーバーナイト物(翌日物。貸借期間が1日のもの)の取引の急増、取引量の小口化と取引件数の増加などがもたらされ58、これらは市場を一層活性化し、その発展を促す結果となったのである。これは、レポ市場がその決済リスク軽減という目的を十分に果たした証左であると言えよう。

 以上、第2部では、レポ市場とリスクとの関わりについて概観してきた。最後の第3部では、レポ市場が抱えているいくつかの問題点を明らかにし、その未来像の構築を試みよう。

 


50 指標銘柄が他の銘柄に対し割高になるなど、価格形成面でも歪みが生じた。 Return
51 大蔵省事務連絡「債券の空売りの取扱いについて」。ただ、債券の約定から受け渡しまでの日数が長く、約定時に現物の有無のチェックもされないことから、事実上の空売りはそれ以前から行われていた(『日本経済新聞』87.2.23付)。大蔵省の事務連絡は現状の追認であったといえる。 Return
52 貸債市場については詳細な統計が存在していなかった。 Return
53 この他、担保金への付利について、出資法(「出資の受入れ、預り金及び金利等の取締りに関する法律」)への抵触の可能性を指摘する意見もある。現状ではそうした懸念はないと思われるが、いずれ検討が必要な場面が出てくる可能性はある。 Return
54 証券発行業務や外国為替手形の引受けを行う金融機関。 Return
55 『日経金融新聞』1995.5.11付。 Return
56 一口に「決済リスク」といってもその概念は幅広く、信用リスク、流動性リスク、システミック・リスクなどが含まれる。 Return
57 国債の決済方法が定められたのは1986年3月で、約定から受渡までの期間は原則20日間を超えないものとされた。同年7月には10・20・月末日決済に移行し、翌1987年8月から五・十日決済となった。 Return
58 植月[1997]、『金融財政事情』1997.6.30号「市場の風景」。 Return

 

V.日本版債券レポ市場の課題

 ここまで見てきたように、レポ市場は今や国内最大規模の短期金融市場に成長し、昨年からは日銀オペの対象にもなるなど、順調な経緯を辿っている。しかしその一方で、解決すべき課題が依然として多く残されていることも事実である。

 これについて第3部では、税制、フェイル、参加者拡充の問題を検討し、もってレポ市場の将来像の簡単な構築を試みることにしする。

V.1 税制

V.1.1 有価証券取引税(撤廃の方向へ)

 近年、金融市場の自由化・国際化が進むにつれて、金融取引にかかる税体系について多くの問題提起がなされるようになった。レポ取引もその例外ではない。その代表的な事例の一つが、有価証券取引税であろう。

 有価証券取引税は、いうまでもなく、有価証券、即ち国債を含む公社債、株式等の譲渡に対して課される税である。

 有価証券取引税は、レポ取引と、そして債券現先取引にとって重要な意味を持っている。第1部でも述べたように、債券現先取引はレポ取引と同様の経済効果を有している。しかしながら、債券現先取引は債券売買取引であり、有価証券取引税が課税される一方、レポ取引は債券貸借取引であり、有価証券取引税が課されない。この違いが、いわばレポ取引の存在理由の一つになっているのである。

 実際、レポ取引が(形式的には債券売買である米国のレポ取引をモデルとしたにも拘らず)債券貸借の形をとっているのは、有価証券取引税課税を回避することが重要な目的の一つであったことは間違いない。もし有価証券取引税が存在しなかったならば、日本のレポ市場は債券現先市場を整備する形で創設されていたであろう。また、取引金利についても、レポ取引において(事務等が煩雑になり、また実務上もレポレート1本で取り扱われているにも拘らず)付利金利と債券貸借料率の2本立てとなっているのも、両者を1本化すると貸借取引であることが明確にならず、有価証券取引税を課されるおそれがあったからであると考えられる。

 しかし、1998年度税制改正大綱59において、金融関連税制の見直しも盛り込まれ、有価証券取引税についても1999年末までに廃止される方向が決定された。これによりレポ取引と現先取引の大きな違いの一つが消滅することになり、両市場は統合されるか、またはそれぞれの特色が強調されて使い分けが進むことが考えられる。これについては、後述の議論も踏まえ、後であらためて論じることにしよう。

 

(補足3 有価証券取引税の負担)
 有価証券取引税の税率は、国債の場合譲渡価額の1万分の1.5、即ち0.015%(証券会社等の債券ディーラーは1万分の0.5、即ち0.005%)である60。一見小さく見えるこの税率も、現先取引のように取引期間が短い場合は、大きな負担となる。たとえば、現先取引で、一般投資家が証券会社を取引相手として資金運用を行う場合を考えてみよう61。この場合、税率は
 

0.005%(※1)+0.015%(※2)=0.020%

  ※1…取引開始時、証券会社からの債券譲渡にかかる税率
  ※2…取引終了時、投資家からの債券譲渡にかかる税率
ここで取引期間を30日とし、年利回りに換算すると、
  0.020%×365日/30日=0.243%
同様に、様々な期間について計算してみると、表5の通りとなる。ここから分かるように、取引期間が短ければ短いほど、有価証券取引税の利回りベースでの負担は増すことになるのである。
 なお、有価証券取引税は、償還期限が1年以内の国債(即ち、TB・FB)の譲渡には課されない。このため現先市場では、平成2年頃からTBの発行増加に伴って取引の中心がTB・FBに移行し、現在では売買高の9割を占めるに至っている62

 

表 5  現先取引における有価証券取引税の負担(年利回りベース)
5日 10日 30日 60日 90日
1.460% 0.730% 0.243% 0.122% 0.081%

 

V.1.2 所得税(利子所得税の源泉徴収)

 第1部(I.1.2)でも述べたように、国内外の法人が公社債等の利息の支払いを受ける場合には原則として所得税が源泉徴収されるが、国内金融機関が登録国債または振決国債の利息の支払いを受ける場合には、源泉徴収は適用されない。逆の言い方をすれば、国内事業法人や非居住者(外国法人)が国債の利息を受ける場合には、所得税が源泉徴収される。この源泉徴収の存在は、事業法人や非居住者の取引を阻害する一因になっている。

 その理由は幾つか挙げられる。以下にそれを列挙しよう。

@事務が煩雑となる

 特に非居住者の場合は、一旦源泉徴収された税の還付を受けるという手続きが必要になり、源泉徴収がない場合(税の納付・還付に関する事務は全く必要ない)に比べて負担感は大きいと思われる。事業法人の場合も、源泉徴収額分を法人税額から控除するという手続きが必要になる。

A貸借期間中の利払いの問題

 第1部でも例示したが、貸借期間中に利払いがあった場合の処置も問題となる。国債の利金は、通常債券の借り手に支払われる63。この利金相当額はその後借り手から貸し手に支払われるのだが、借り手が源泉徴収された場合、借り手は源泉徴収相当額を一時的に負担して利金相当額を支払わなければならない。さらに、当該税額の還付など煩雑な手続きが必要になる。

B価格形成の歪み

 課税玉は価格に源泉徴収額分を織り込むために、価格形成が非課税玉と異なるものとなり市場の分断の要因となる。

C税の控除・還付の時期

 税の控除・還付の時期は債券の保有者によって異なり、それが流通を阻害する一因となる。

 これらの理由64から、第1部でも述べたように、現在のレポ市場には事業法人の参加はない。また、非居住者についても、名義を変更すると課税玉となってしまうため65、名義を変更せず登録変更請求書のやり取りだけ行う、いわば名義貸しの状態で取引しているのが実態である66。この他、一部には、こうした法人はオフショア市場67でレポ取引を行っており、その規模は数兆円に達するとの見方もあり68、それが事実であればレポ市場の空洞化すら懸念されよう。

 こうした折、「円の国際化」というやや異なった観点から、源泉徴収制度の撤廃が模索されている。「円の国際化」とは国際取引における円の利用、保有の割合を高めようとするものであるが、1998年10月の自民党の小委員会提言69では、非居住者の日本への投資を円滑化するために、日本国債の源泉徴収制度を撤廃する方針を盛り込んでいる。この提言の主眼はTB・FBの(国内事業法人も含めた)源泉徴収撤廃であるが、レポ市場で取り扱われている中・長期国債についても、非居住者に限り免除する方向性が打ち出されている。現実に非居住者(あるいは事業法人)が市場に参加するにはDVP参加など超えるべきハードルも多く、早期の実現には困難が伴うと思われるが、今後の議論のさらなる進展が期待される。

 ただ、こうした対策は、ある意味で矛盾を抱えてもいる。確かに、事業法人や非居住者の市場参加を円滑化するには、源泉徴収制度の撤廃が必要であろう。ただ、源泉徴収制度は適正・公平な課税の確保という観点から設けられており、その点からは一部に例外を認めることは問題があるとの指摘も無視できない。この対立する二つの意見の両立を図るには、米国の納税者番号制度のような総合課税システムの導入が有効と考えられる70。もちろん総合課税の導入問題はもっと幅広い多様な視点から論じられるべきものであるが、その際にはこうした市場整備の視点からの議論も必要であろう。

V.1.3 法人税(受取配当金の益金不算入)

 法人税法上では、所有株式71にかかる利益の配当(配当、中間配当、剰余金の分配)等のうち一定の金額は、益金に算入されない(法人税法第23条)。

 この規定は、二重課税を回避するためのものである。即ち、利益の配当とは、税引き後の(=既に課税が済んでいる)利益の分配であるから、もし法人が利益の配当を受けそれを益金に算入した場合、その益金に対して課税されると受取配当分は二重に課税されることになる。これを避けるために、利益の配当を益金に算入しない旨の規定が設けられているのである72

 しかしここで、もし借入によって調達した資金で株式を購入したとしたらどうであろうか。この場合、受取配当金は益金に算入されない一方で、借入金利息(負債利子)は損金として益金から控除されることになり、合理性を欠くことになる。そこで、株式取得のための借入の利息は受取配当額から控除することとなっている。ただ、実務上は株式取得のための借入を特定することは困難であるため、明らかに株式取得のためではない負債利子を特に「特定利子」として指定し、それ以外の負債利子を全て受取配当から控除する扱いとなっているのである(法人税法施行令第22条)。

 ところが、レポ取引で調達した借入金は、通常明らかに株式取得のためのものではないにも拘らず、その利息は「特定利子」として規定されていない。従って、その利息は受取配当金から控除されてしまうことになる。これは、課税の適正あるいは公平という視点からみて、是正を検討する価値がある点であろう。また、現状では低金利下で金額も小さいため問題視されていないが、今後金利の上昇などにより金額が増加した場合は、市場参加者の利益に影響を与える影響が大きくなってくる可能性もある。その意味からも、関心を払うことが必要な問題であると言えるであろう。

 以上ここまでで、税制の問題を概観した。次に、「フェイル」について論じていこう。

 


59 自民党税制調査会、1997.12.16。翌年1.9には閣議決定されている。 Return
60 日銀オペの場合は一切課税されない。運用部現先の場合は、ディーラー側の0.005%のみ課税される。 Return
61 なお、現先取引における有価証券取引税は、全て資金調達者が負担する。 Return
62 森田[1996]。 Return
63 国債の利金は名義人に支払われる。レポ取引では名義が移転するので、債権の借り手に支払われることになる。 Return
64 この他、超過源泉徴収額の還付が最長4年間留保される制度(ある年度の源泉徴収額が法人税額を上回った場合、翌年度以降の法人税額から4年間に亘って控除し、それでも控除しきれなかった部分を4年目に還付する。租税特別措置法第68条の2)も問題点として指摘されていたが、1998年度税制改正で廃止された。 Return
65 一般事業法人や非居住者が一旦債券を持つと、その債券は課税玉となり、たとえ再度金融機関が取得しても、次の利払日までは(金融機関も)源泉徴収の対象になる。 Return
66 植月[1997]。 Return
67 オフショア市場とは、(国内市場に対する)「沖合(off-shore)市場」を意味し、非居住者間(外−外)または非居住者と居住者間(外−内)の金融取引を行う概念的な市場である。 Return
68 『日経金融新聞』1998.7.17付。 Return
69 自民党金融問題調査会「円の国際化に関する小委員会」、1998.10.14。 Return
70 なお米国のレポ市場では、事業法人・非居住者にも源泉徴収不適用が認められ、幅広い投資家が参加するオープン市場となっている。 Return
71 短期所有のものを除く。 Return
72 日本の租税制度は、法人の利益は最終的に個人が受け取るものであり、法人税は個人の所得税の前払いである、との考えに立脚している。この点から利益配当への課税を考えると、利益はそれが最初に発生した法人において課税され、以後その配当が移動した場合には、法人の場合は受取配当金の益金不算入によって、個人の場合は所得税の配当控除によって、それぞれ二重課税を排除する仕組みになっていると整理できるだろう。 Return

 

V.2 フェイル

 フェイルfailとは、債券の受渡不履行を意味する。具体的には、@スタート日に貸し出す債券が手当できないAエンド日に貸し出した債券が戻ってこない、などの事態が想定できよう73。米国や英国のレポ市場で実際に発生しているフェイルは、Aのタイプのもの(エンド日に債券が戻ってこない)が大半と言われている74

 ここで留意したいのは、米国等レポ市場のフェイルが単なる失策ではなく、市場の安全弁として機能していることである。例えば、レポ取引における債券の借り手を考えてみよう。この借り手が借り入れた債券を運用していた場合、取引のエンド日には、その債券の返却のために、当該銘柄の現物債を市場から調達しなければならない。ここで、その銘柄が品薄となっていたらどうであろうか。その借り手はどんな高値でもその銘柄を調達しなければならず、相場は高騰し、価格形成が歪められることになるであろう。こうした事態を防止するために、フェイルを利用することができる。フェイルの実行によって、借り手はペナルティを課される代わりにその銘柄を調達する必要がなくなり、需要は緩み、正常な価格形成が行われるようになるのである。

 こうしたことから、米国のレポ市場ではフェイルの発生は珍しくなく、しかもそれは市場参加者の金融状態が不安定なことを示すわけではない。また、フェイルを利用して収益を得るディーリングすら存在するのである75。しかし日本のレポ市場では、フェイルは認められていない。このため、相場(債券貸借料率)の高騰に対処できないとの問題が指摘されており、フェイルを制度的に認めるべきとの議論は多い。このことについて、もう少し詳しく述べていこう。

V.2.1 フェイル導入への期待

@スクイーズ対策

 フェイルの導入が望まれている背景には、相場(債券貸借料率)の高騰が実際に発生し、しかもそれに対して何ら打つ手がなかったという経緯がある。特に、市場関係者にフェイルの導入を強く動機づけたのが、1996年9月の債券先物9月限の決済に絡んだ相場の高騰であった。

 市場関係者の推測では、このとき市場ではスクイーズが行われていたと言われている。スクイーズ(またはショート・スクイーズ、Squeezing shorts)とは投機的な債券買い占めのことで、フェイルが認められていないことを逆手にとって、需要の高い債券の銘柄を意図的に買い集めて品薄にし、値上がりしたところで高く売り抜けるものである。1996年9月のケースでは、先物受渡適格銘柄76の現物をあらかじめ買い集めるとともに先物にも買いを仕掛け、決済用現物を手当できない投資家に高値で債券を売却した(あるいは先物を買戻させた)ものであったとされている。

 しかしながら日本の市場には、こうした動きに対して打ち出しうる対策は何もなく、決済日が近づくにつれ債券貸借料率が30%台まで跳ね上がり、割高な別の銘柄を手当する参加者も目立つなど、決済不能の事態すら真剣に懸念されるほどの深刻な状況を呈する結果となった。しかしこうした局面にあっても、東証や日銀の取り得た対策は、市場関係者に決済を滞りなく行うよう口頭での注意を喚起することだけであった77。こうしたことから、スクイーズ(または過度の相場上昇)の防止策を講じることが強く求められるようになったのである。

 この議論の中で、いくつかの防止策が提起された。第一に、市場の監視である。これは、スクイーズの行為自体を管理しようとするものと言える。米国では、スクイーズは価格操作とされ、当局が常時市場を監視し、また一社の建玉が一定以上に膨らんだ場合は取引所への報告義務もある78。さらに、最悪の場合はニューヨーク連銀が債券を貸し付ける制度も用意している。日本もこうした市場監視を強めることが必要であろう。第二は、国債の流動性を高めることである。昨今相場高騰を起こりやすくしている素地として、国債の取引量が減少し、市場から特定の銘柄を調達しにくいことなどが指摘されている79。このため、国債の発行を3か月に1度(現在は毎月)にして、銘柄毎の流通量を増やし流動性を向上させるべきであるとの議論もある80

 しかし、これらの対策以上に効果があるとされているのが、フェイル制度の導入である。フェイルが認められていれば、スクイーズが仕掛けられて相場が高騰した場合には、フェイルを実行することによって、無理な価格での買入を回避することができる。従って、スクイーズは容易には成功しない。その意味で、フェイルはスクイーズの強力な抑止力になると言える。こうしたことから、日本でもフェイルを認めるべきとの声が多く挙がるようになったのである。

Aスクイーズ防止という点から離れて

 このように、スクイーズ対策はフェイル導入の動機の主要な部分を占めているが、スクイーズ防止という観点から離れても、何らかの事情で偶発的にフェイルが発生した場合の処理について定めておく方が実際的だとの意見は少なくない。実際、@の事件の後も相場の高騰が何度か発生し81、特に1998年6月には実質的なフェイルが発生しているのである。

 この(実質的な)フェイルは、レポ市場ではなく、日銀債券買い切りオペの決済で発生した。このときオペの対象となった銘柄(超長期債)の一つの落札額が予想外に膨らみ、市場推定で発行額の3分の1相当に達するという状態となって、対象銘柄が極端な品薄に陥った。このため、この銘柄を集中的に落札していた東海地方の地方銀行が決済日に受け渡す現物債券を手当できず、結局日銀が落札そのものを取り消す措置をとってその場を収めたのである。

 この一件は、二つの点で問題を提起した。第一に、このケースでは取引相手がフェイルを認めていない当の日銀であったために、契約履行よりもフェイル回避を優先し、約定(この場合落札)をなかったことにするという思い切った措置を取ることができた点である。もし取引相手が日銀以外であった場合には、もっと複雑な事態に発展していた可能性がある。第二は、その地方銀行が実質的なフェイル(あるいは、少なくとも契約不履行)を起こしたにも拘らず、何らペナルティを課されなかった点である。この点には、市場では不公平であるとの批判が多い82。フェイルが認められていれば、その地方銀行はフェイルし、その代わりにペナルティを支払ったであろう。

 こうした問題は、市場関係者にフェイル制度の整備の必要性をあらためて認識させる結果になったのである。

V.2.2 フェイル導入への課題(RTGS導入)

 以上のように、日本でもフェイルを認めるべきとの考えは、市場関係者の間に拡がっている。それにも拘らず、フェイルが認められないのはなぜであろうか。

 この理由は、明解である。現行の決済システムが、フェイルに対応できないのである。

 現在、日銀の決済システムは、「時点決済」と呼ばれる方式で行っている。これは、複数の決済処理をある時点で一括して行う方式であり、現在は1日に4回決済を行っている83。この方式の利点は、決済時点での未決済残高の差額だけを決済する方式であるので、決済の際に必要な資金量が少なくて済み、民間金融機関も効率良く資金を使えることである。しかし一方で、この方式は大きな問題を抱えている。どこか一つの金融機関でも決済不能に陥ると、連鎖的に他の決済も行えなくなり、システム全体が麻痺してしまうのである(これを「システミック・リスク」という)。これが、日銀がフェイルを認めない最大の理由である。フェイルの実行とは国債の決済を履行しないことであり、従ってそれは決済システムの麻痺を招くおそれがあるのである。

 しかし、この数年金融機関の破綻が相次ぎ、システミック・リスクの顕在化が現実的な懸念となっており、一部の金融機関が決済不能に陥ってもその影響が連鎖的に波及しない仕組みの構築が急務となってきた。こうした中、日銀は、「即時グロス決済(RTGS)」と呼ばれる新しい決済システムを2000年末までに導入する方針を打ち出している。この方式は、個々の約定の決済を、約定の都度、約定と同時に行うものである。そのため、決済の都度その全額を決済資金として用意する必要があり、時点決済よりも遥かに多額の決済資金が必要になる(日中ピーク時で30兆円近い資金不足が生じるという試算もある84)。しかしこの方式ならば、仮に決済不履行の取引が生じたとしても、その影響はその取引だけにとどまり、他の取引には(ましてや市場全体には)影響しない。従って、フェイルを行うことも可能になる。

 このように、フェイルの導入はRTGSの稼動が前提となる。RTGSの稼動までにはまだ解決すべき問題もいくつか残っているが、1997年4月には当座預金決済の、1998年9月には国債決済の枠組みが公表されるなど、着々と準備が進められており、フェイルの導入が現実味を持って議論されるのも遠い将来ではないであろう。

 以上が、フェイルの問題であった。続いて次の章では、参加者の拡充について述べていく。

 


73 エンド日に担保の現金が戻ってこない、との事態もありうるが、これは取引相手のデフォルトの場合か、単なる事務ミスの場合などに限られるので、本稿では議論しない。 Return
74 植月[1997]。 Return
75 テイラー[1997]。 Return
76 先物の決済の際、差金決済などを行わない分は現物によって決済するが、この決済に用いることができる国債の銘柄を受渡適格銘柄という。このとき、最も割安な銘柄を用いるのが普通であり、その銘柄に需要が集中することになる。 Return
77 『日経金融新聞』1996.8.25付。 Return
78 もっとも一方では、ディーリングの一手法としても認識されているようである。テイラー[1997]。 Return
79 『日経金融新聞』1998.8.18付。 Return
80 この議論は、このところ国債指標銘柄の全取引に占めるシェアが低下していることから、「指標」銘柄として取引量の多い銘柄を作るためにも有効だとして主張されることも多い。 Return
81 いくつか列挙すると、@1997年11月、三洋証券の経営破綻でデフォルトが発生したことから、無担保の債券貸借市場(貸債市場)で貸し手が債券の貸出に慎重になり、借り手がレポ市場での借り入れを増やしたため、債券が品薄になった。A1998年7月、債券相場の下落観測が拡がり、ヘッジ売りのための債券ニーズが急増した。投資家の貸出慎重姿勢もあり、先物受渡適格銘柄の中で割安な銘柄の貸借料率が上昇した、など。 Return
82 『日経金融新聞』1998.8.18付。 Return
83 列挙すると、「朝金(あさがね)決済」(午前9時、コール取引の決済)、「交換尻決済」(午後1時、手形交換・コール取引等の決済)、「3時決済」(午後3時、外為、国債DVPの決済)、「為決(ためけつ)決済」(午後5時、全銀システムの決済)である。 Return
84 レポ[1998]。 Return

 

V.3 参加者の拡充

V.3.1 新たな投資家の参入

 第1部で述べたように、レポ市場の参加者は国内金融機関に限られ、しかも債券の借り手(資金の出し手)が少ないという問題がある。しかし一方では資金需要は多いため、付利金利が上昇し、無担保の無担保コール金利よりも有担保のレポレートの方が高いという逆転現象が起きるなど、市場に歪みが生じているのであった。

 こうした面からは、安定的な債券の借り手(資金の出し手)の参入が望まれるところである。日銀の債券借入オペは、その観点からもレポ市場の発展に大きく寄与したといえるであろう。しかし、中央銀行に市場の片翼を委ねるという構図は、健全とは言い難い。民間投資家が債券の借り手(資金の出し手)として参入することが求められているのである。

 この意味で今後の参入が期待されているのは、投資信託と生損保(債券の借り手として)である。以下では、それぞれについて簡単に述べていく。

 また、非居住者(外国銀行等)についても、その動向が注目されることになろう。これは資金の出し手・取り手どちらかにつくわけではないが、経験の豊かさなどを背景に今後のレポ市場で大きな地位を占めていくと考えられる。これについても、議論を試みよう。

V.3.1.a 投資信託

 投資信託の参入にかかる期待は大きい。投資信託は信託財産の一部を、投資家の解約に備えての支払準備金として、また来たるべき投資機会に備えての一時的余裕金として、市場で運用している。このため(レポ市場以外の)短期金融市場の重要な資金の出し手となっており、レポ市場でも同様の役割を果たすと期待されているのである。

 それではなぜ、レポ市場の設立から2年半以上も経過しているにも拘らず、投資信託はレポ市場に参入していないのであろうか。これについては、以下のような理由が指摘される。

@リターンの低さ

 レポは有担保であるため、無担保の取引(無担保コール等)よりもレートは低くなる。即ち、資金運用のリターンが低くなるのである。

 ただ、先述のように、最近はレポレートと無担保コール金利の逆転現象も見られるようになり、リターン面での問題は(一時的にせよ)棚上げできる状況にある。もちろん、市場が整備されていく中で、レポレートは再び無担保コール金利を下回る水準に落ち着くものと思われる。

A超短期取引ができない

 前述のように、投資信託が市場に資金を待機させているのは不測の解約等に備えるためであり、従って通常は当日物や翌日物などの超短期運用が主体となっている。ところがレポ市場の取引はほとんどT+2決済(決済が約定の2営業日後)となっているため、投資信託の運用ニーズと一致しないことになる。

 これについては、前章で述べたRTGSが導入されれば決済期間が短縮し、T+0決済の取引も増加していくものと思われることから(既に一部ではT+0決済が行われている)、RTGS導入を契機として、またはそれを睨んで、投資信託の参入意欲が高まるものと期待される。

BDVPの未利用

 現在、投資信託の債券・資金決済にはDVPが使われておらず、資金と債券の決済時間に2時間のタイムラグが生じている。これはDVPを前提とした基本契約には相容れず、取引の障害となっている。

 しかし、今後はDVP化が検討されており、それが実現すればこの問題は解消する。

C初期投資と事務負担がかかる

 レポ取引においては、値洗いやマージンコールの実行、保有債券の管理等が必要になるため、相応のシステム投資が必要となる他、少なからぬ事務負担も発生する。このため、レートの差が僅かであれば参入に二の足を踏むのもやむを得ない動きであろう。

D責任の所在が不明確

 投資信託は自ら資金運用を行うわけではなく、信託銀行に信託財産を委託し、運用指図を行う。信託銀行はその指図に基づき、実際の売買等の諸手続きを行うことになる。

 こうしたことから、投資信託や信託銀行の経営が破綻した場合や、運用指図が適切に伝わらなかった場合、発生した損害についての責任が不明確となっている。

 このように投資信託のレポ市場参入には多くの障害がある。しかしそのうちのいくつかは将来的に解消される方向が示されていることも指摘されなければならない。また投資信託は、昨今の「ビッグ・バン」の一連の動きの中でも注目されている商品であり、今後その規模はますます拡大していくであろう。こうした中で、投資信託の参入意欲も向上していくものと見られ、数年以内にレポ市場の中心的プレーヤーとなっている可能性も十分にあると思われる。

V.3.1.b 生損保

 生損保は、投資信託と同様に他の短期金融市場では資金の出し手となっており、このことからレポ市場設立当初においては投資信託とともに資金の出し手として参入することが期待されていた。しかし実際には、第1部の表3にもあるように、資金の取り手側に回っている。これは、レポ市場を一時的な資金不足などの場合に資金を調達できる市場とみなしているからであると推測される。

 しかし生損保は資金とともに債券も大量に保有しており、実際に貸債市場では大口の貸し手であった。こうしたことから、レポ市場においても債券の貸し手(資金の出し手)として参加することが期待されている。

V.3.1.c 非居住者

 非居住者のレポ市場参入にあたっての問題点は既に指摘してきた通りであるが、そのうち債券利子への源泉徴収については免除する方向で進み、残るはDVP参加などの技術的条件の解決となっている。こうしたことから、非居住者のレポ市場参入は急速に現実味を帯びてきているといえるであろう。

 非居住者は、取引に応じて資金の出し手、取り手のどちらの側にも立つ。この意味で、非居住者に資金の出し手としての役割を期待するのは誤りである。むしろ、「出し手」「取り手」といった概念自体が、業態によって資金が大きく偏在しているという我が国の特徴的な金融環境を反映しているものなのである。

 市場にとっての非居住者の参入のメリットは、規模的拡大もさることながら、非居住者が海外レポ市場で培ってきた様々な手法が持ち込まれることにある。言わば、質的拡充である。勿論、既に一部の金融機関は現地法人を設けているわけであるが、それにも増して様々な法人が参入すれば、レポ市場は量・質ともに豊かな市場に成長していくであろう。

 また、海外勢は概してレポ市場に熱心であり、その結果として日銀オペのオファー先も35社中9社が外資系証券となっている。こうしたことから、非居住者(および外資系金融機関)は今後さらに存在感を増し、市場の中核的プレーヤーの一となっていくことが予想される。

 以上、今後期待される市場参加者について簡単に述べてきたが、これらは言わば直接参加を前提とした議論であった。次節では、信託の手法を使った間接参加について概説する。

V.3.2 信託の利用

V.3.2.a レポ信託・レポ特金

 地方銀行や信用金庫などの地域金融機関や共済組合などを中心に、レポ市場への間接参加のニーズは高い。というのも、債券や余裕資金を保有していることやリスク資産圧縮の観点などからレポ取引自体への参加ニーズは高いにも拘らず、直接参加ということになると、前章でも触れたような新規システム導入や煩雑な事務は、こうした投資家にとって負担となるからである。

 このようなことから、国内の一部の信託銀行では、投資家から国債を受託してレポで運用するレポ信託(運用有価証券信託85)、また最近では逆に金銭を受託してレポで運用するレポ特金(特定金銭信託)の取扱いを始めている86。特に前者は順調に受託を増やし、現在の受託残高は5兆円に達していると推定されている。このように、この信託はレポ市場の参加者の裾野拡大に寄与しているのである。

 この信託では、委託者(投資家)は取引相手や対象等を最初に指定(レポ信託)または取引毎に指定(レポ特金)するのみで、値洗い・決済その他の事務手続き一切を信託銀行が行う(図11)。この点で事務負担を大幅に軽減でき、システム投資も不要となる87。なおかつ資産の管理も、信託受益権として一括して計上し、収益については信託収益金として計上すればよいのであり、会計上も非常に簡明になるのである。

 

図 11  レポ信託、トライ・パーティー・レポ、投資信託

 

V.3.2.b トライ・パーティー・レポ

 以上のレポ信託・レポ特金は、信託銀行が取引当事者の一方の側に立って取引を行うものであるが、これをもう少し発展させて、信託銀行が取引当事者両者の間に立ち、第三者的な決済機関となってレポ取引の決済・値洗い等を代行する取引形態が、トライ・パーティー・レポTri-party Reposである。

 例えば、投資家A・Bと、信託銀行Cの取引を考えてみよう。まずAとBは、あらかじめ信託銀行Cに金銭を信託する88(同時に口座も開設しておく)。その後AB間で取引の約定が相成ると、信託銀行CはAとBの指図に従い、Cの中にAとBが開設した口座の間で決済を行う。勿論、その後の値洗い等の事務も全て代行するが、その決済はCにある口座同士で行うのである。

 これによって委託者(投資家)は、レポ信託・レポ特金と同様に事務を軽減し、会計も簡明にすることができる。また、債券の移転が信託銀行Cの内部で行われ、登録名義人がCのままで変わらないので89、移転に関するコストも削減することができるのである(図11)。

 トライ・パーティー・レポは米国で広く普及している取引形態であるが、日本ではまだ行われていない。しかし今後は、コスト圧縮の観点から信託形式による市場参加者が増大し、その中でトライ・パーティー・レポも普及していくものと思われる。その過程で、決済機関となる銀行(カストディ銀行とも言う)も2、3社に選別され、決済が集中して利便性も増していくことになるであろう。

 以上第3部では、レポ市場の課題について整理してきた。それでは最後に、まとめにかえて、レポ市場の今後の姿について、若干の展望を試みることにしよう。

 


85 信託は、運用方法が指定か特定か、また受託財産が金銭か否かで大まかに分類される。レポ信託(運用有価証券信託)は指定有価証券信託、特金は名称の通り特定金銭信託となる。前者で「運用」とあるのは、有価証券の管理を行う信託(管理有価証券信託)との区別をつけるためである。
なお、「指定」とは、投資範囲、投資手法などを決め、個別の投資判断は信託銀行に一任するものであり、「特定」とは、個別の投資判断を逐一委託者が行い、信託銀行は事務手続き等のみを行うものである。
Return
86 『日経金融新聞』1997.4.21付、1998.1.14付、1998.5.4付。 Return
87 もちろん投資家は、その対価として信託報酬を支払うのである。 Return
88 この信託は、A・Bともに特定信託である。この点は、指定信託であるレポ信託とは異なる点である。 Return
89 信託契約では、信託された財産の名義は信託銀行に移転する。これは真の所有者に代わって様々な行為を行うことを容易にするための便宜的な移転であって、通常の名義移転とは厳格に区別されている。 Return

 

V.4 将来展望

 ここまで、日本版債券レポ市場の現状、特長そして課題について概観してきた。最後に、レポ市場の将来の展望について述べることとしたい。

 将来の展望といっても様々な切り口があろうが、本稿では二つの視点から将来展望を試みる。第一は、市場の取引の規模や内容について、第二には、レポ市場特有の事情として、債券現先市場との関係について述べていく。

V.4.1 市場取引についての展望

 市場取引について展望する上で鍵となるのは、先にも触れた、2000年末までに予定されているRTGS(即時グロス決済)の導入であろう。これによって、取引の期間の短期化が進み、即日決済(T+0)の取引―特に翌日物―のウェイトが高まっていくと予想される。これに合わせて、金融調節(日銀オペ)においても超短期のオペが実施されるようになるであろう。

 また即日決済が可能になることによって、前述のように投資信託の運用ニーズと一致するようになるため、投資信託の市場参入が促されるものと期待される。実際には、RTGSの導入を先取りする形で、1999年中に参入第一号があっても驚きではないだろう。

 投資信託の参入は、市場残高の面から言って相当のインパクトがある。というのも、レポ市場の現在の参加者ベース(投資信託は含まれない)の残高は、今後はあまり伸びが期待できないと思われるからである。インターバンク市場全体とオープン市場全体の残高について見てみると、オープン市場がほぼ横ばいで推移しているのに対し、インターバンク市場の残高は急増しており、過去の推移からみてもかなり高い水準に達していることが分かる(図12)。これは昨秋以降の金融不安を受けた日銀の大幅緩め調節などの影響と見られ、従って今後金融不安が解消するに従って、再び昨秋以前の水準まで残高を落としていく展開が考えられる。この場合は、レポ市場も縮小を避けられないであろう。こうした中で投資信託がレポ市場に参入すれば、短期金融市場の中のレポ市場のウェイトが格段に高まり、金利形成などの面での影響力は飛躍的に高まると考えられる。

 

図 12  インターバンク市場とオープン市場の残高の推移
(資料)植月[1997]、日本銀行、日本証券業協会

 

V.4.2 現先市場との関係〜市場の統合へ?

 さて、最後の議論として、再び債券現先市場に立ち返ろう。これまでも見てきたように、レポ市場と現先市場は、債券取引と金融取引が表裏一体になっている点をはじめとして類似点が多く、両者の最大の違いはその仕組みそのものではなく税制(有価証券取引税の有無)にあると言ってもよい。しかし前述のように、その有価証券取引税も1999年末までには撤廃される方向が打ち出されており、レポ市場と現先市場はそれぞれのアイデンティティを問われる事態になっている。

 こうした状況にあって、「レポ市場と現先市場は統合されるのか?」という点が、当然に疑問として浮かび上がってくるであろう。

 これについては、もし今後、現行の制度に特段の変更を加えないのであれば、答えはノーであると考えられる。確かにレポ取引と現先取引には多くの類似点が見られるが、相違点も少なくない。特に、会計上の相違は重要である。現先取引では、債券売買取引として会計処理していれば90、有価証券勘定の残高を調整することができる。このため、銀行などは期末に向けた債券のポジション調整に現先取引を活用している。また、利付債の直接利回りが現先レートを上回っている場合には、買戻し時の単価が売却時の単価を下回るという「簿価下げ」の効果も得られる。さらに、売却損益の実現も可能である。そしてこれらは、いずれもレポ取引では為し得ないものであり、そうした取引へのニーズから、現先市場は縮小こそすれ消え去ることはないであろう。

 しかしながら、それでもレポ市場と現先市場は統合されるべきであろう。なぜならば、両市場が同じ経済効果を持っている以上、両者を併存させるのは非効率だからである。両者を統合すれば市場規模も一層拡大し、より効率的に機能する市場となりうるのである。また、需給以外の要因で金利が形成される市場が存在すると、金融市場全体の金利形成に悪影響を及ぼす可能性がある。前段で着目した会計上の効果はあくまで取引の付随的効果であって、そのために市場を残すというのは本末転倒なのである。

 もちろん、レポ市場と現先市場を統合するにあたっては、様々な問題が予想される。その中で最大の問題は、同時に最も根本的な問題でもあるのだが、統合された市場を債券貸借市場とするか、売買市場とするかである。

 これについては、総じて売買方式の方がメリットが多いように思われる。まず何より、レポ取引の安全性の根幹である、取引相手が債務不履行に陥った場合の担保債券・現金に対する権利関係が明確になる。売買であれば手元の債券は自分の所有物であり、その処分は全く自由である。これに対して貸借の場合は、第2部で展開したような法解釈をして、なお法的有効性に疑義が残るのである。

 しかし一方で、現実のレポ取引のほとんどは債券担保の資金貸借としての性格を持っている。こうした活動の実体を尊重するのであれば、レポ取引は貸借取引であると主張すべきであろう。また、値洗いという行為も(これはリスク管理として優れた方法であり、当然に統合後の市場でも行われるべきである)、その契約が貸借であることを明らかに示している。なぜなら、担保金の調整というものは有り得るが、売買代金の調整というものは有り得ないからである。

 以上を総括すると、レポ取引は、実態は貸借取引であるが、債務不履行時の担保処分を考えると、売買取引ということにしておいた方が好都合であろう。こうした考え方を認めるかどうかは、政策的判断の問題である。即ち、法を厳密に適用するか、または重要な金融市場の維持発展を優先するか、という問題になる。米国は、国債の大量発行を消化しなければならないという事情もあって、後者を選択し、破産法を改正するに至った。日本では、まだこの点に関する司法判断、立法措置などは行われていない。市場の健全な発展のためにも、極力早い時期にそうしう措置等を取る必要があろう。

 


90 金融機関などは債券売買として、事業会社などは金融取引として会計処理することが多い。植月[1997]。 Return

 

おわりに

 以上、日本版債券レポ市場について、その現状、特長、課題について概観してきた。

 レポ市場は、これまで量的な意味で大きく発展を遂げてきたが、今後は質的(商品開発など)、あるいは制度的な面(現先市場との統合など)で大きな発展を遂げることが期待されている。特に有価証券取引税撤廃(1999年末まで)、RTGS導入(2000年末まで)に向けた動向には注目していきたい。

 レポ市場は、設立からまだ2年半ということもあり、その規模と重要性の割には一般的に馴染みが薄い。本稿が、レポ市場に関心を持つきっかけになれば幸いである。

 

<参考文献>

植月貢[1997]『実践・レポ取引入門』日本経済新聞社

後昌司[1997]「レポ市場向けオペレーションを実施へ」『金融財政事情』1997.12.1号(社)金融財政事情研究会

小田徹[1996]「クレジットリスクに対する意識変化がマーケット拡大のカギを握る」『金融財政事情』1996.7.1号(社)金融財政事情研究会

(社)経済団体連合会(経団連)[1998](意見書)「短期金融市場の整備と円の国際化」

斎藤精一郎[1995]『ゼミナール現代金融入門』日本経済新聞社

高見茂雄[1996]「示唆に富む米国レポ市場の成立ち」『金融財政事情』1996.6.3号(社)金融財政事情研究会

通商産業省[1997]「産業構造審議会産業資金部会産業金融小委員会中間報告書」

エレン・テイラー/日本興業銀行総合資金部訳[1997]『レポ市場ガイド  米国レポ取引の実際』(社)金融財政事情研究会

中島將隆[1996]「日本における債券貸借市場の再編成」『証券経済研究』1996.11号(財)日本証券経済研究所

中村和徳[1996]「債券貸借取引の見直しについて」『金融』1996.5号全国銀行協会連合会

中村泰敏[1996]「債券貸借取引の見直しで新たな一歩を踏み出す」『金融財政事情』1996.5.27号(社)金融財政事情研究会

日本銀行[1995]「決済システムを巡る海外の動き」『日本銀行月報』1995.10号

 同  [1997.10.28]「金銭を担保とする国債その他の債券の貸借の実施に関する件」(政策発表)

 同  [1997.10.31]「レポ市場向けオペレーションの実施について」(政策発表)

 同  [1997.11.7]「日本銀行金融ネットワークシステム(国債関係事務)についてのディスクロージャー」(政策発表)

 同  [1998.6.12]「マーケット・オペレーションにかかる透明性の向上について」(政策発表)

長谷川芳春編、マネーマーケット・フォーラム[1996]『ザ・マネーマーケット』(社)金融財政事情研究会

松岡慶一[1997]「債権流動化に関する一考察」『郵政研究所月報』1997.2号

森田達郎、原信編[1996]『東京マネー・マーケット』有斐閣

横山昭雄[1989]『金融機関のリスク管理と自己資本』有斐閣

レポ・トレーディング・リサーチ[1998]『レポ取引のすべて』日本実業出版社(文中での引用に際しては、著者名を「レポ[1998]」と略している。)

官報(各号)

六法(各種)

日本銀行『経済統計月報』(各号)

(社)金融財政事情研究会『金融財政事情』(各号)

日経金融新聞(各号)

日本経済新聞(各号)

上田短資(株)(ホームページ) http://www.ueda-net.co.jp/tanshi/index.html

大蔵省(ホームページ) http://www.mof.go.jp

日本銀行(ホームページ) http://www.boj.or.jp

日本証券業協会(ホームページ) http://www.jsda.or.jp


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