1.はじめに
 貸出市場におけるリスクと非対称情報の問題の重要性は、早くから認識されており、最近ではCostly State Verificationなどの多くのモデルが提案されている。しかし、金融機関の費用条件を考慮したモデルは少なく、貸出行動とリスクの関係についての実証研究も少ない。さらに、公的金融の貸出行動とリスクについての実証研究は皆無といってよい。この論文の目的は、リスクと非対称情報の存在と金融仲介機関の費用条件を明示的に取り入れたモデルの下で、公的金融と民間金融の行動を実証的に分析することである。

 金融仲介に関する非対称情報モデルは、数多く提出されているが、公的金融に関するモデルは少ない。Williamson(1994)は、Townsend(1979)流のCostly State Verificationを公的金融に応用した数少ない例であるが、金融仲介の限界費用が一定であるため、ここでの公的金融は実体的に民間金融とほとんど差異がなく、通常の状況では公的金融の存在意義はない。公的金融の特性は、政策的な金融を除外すれば、収支相償行動に求められるが、限界費用一定のモデルを用いる限り、収支相償と利潤最大化行動に違いが全くなくなるので、この結果は当然である。

 しかしながら、井上・夏井・宮原(1995)や、その他の金融仲介の費用関数に関する実証研究からは、金融仲介の費用条件が少なくとも費用一定ではないことが示されている。これらの実証結果に依拠すれば、収支相償行動をとる公的金融の存在は、貸出市場の均衡に大きな影響を持つはずである。

 金融機関の費用条件と、公的金融の収支相償原則を明示的に取り入れた非対称情報下での貸出モデルを提示した研究として、井上(1997)がある。井上(1997)は、このようなモデルの下での均衡における比較静学分析を行うと同時に、経済厚生について考察している。

 この論文では、井上(1997)で提示されたモデルに依拠し、金融仲介の費用条件を考慮した民間金融と公的金融の貸出行動に関する実証分析を行う。まず、第2節において、井上(1997)のモデルについて述べ、実証分析を行う上での検討を加える。すなわち、平均費用逓減局面が存在する費用関数の下で、貸倒リスクが存在する場合の公的金融と民間金融の簡単な行動モデルを提示し、その含意について考える。ここでの公的金融に関する重要な含意は、第1に、公的金融が収支相償で行動するなら、景気循環に対してカウンターシクリカルな資金供給を行う可能性がある、ということである。第2に、一定条件の下では、公的金融が、相対的にプロジェクト・リスクが大きく、担保の少ない借り手にも同一金利で貸出を行える、という含意が得られる。第3節では、その行動モデルに基づく実証分析を行う。実証結果は、概ね、モデルと整合的であった。第4節は、まとめである。



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